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自衛隊

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入校

こちらの書庫も久しぶりの更新になります。

忘れもしない3月11日 私は(下の子の)中学校の卒業式を無事に良かった良かったで終え、家でまさしく横に

なってその子と2人昼寝をしていました。 そんな時自衛隊の息子(Tとする)からケータイに電話が鳴り「大きな地

震で大変なことになってる テレビつけて!」それだけで電話は切れて…すぐにテレビをつけた私はとんでもない

規模の地震がきたのだということを知った。みるみるうちに家が車がのみ込まれ逃げ惑う人たちの姿もみえた。

多くの方がそのテレビを見て悲鳴に似た声を出さずにはいられなかったのではないかと思う。私も言ったところで

どうなるものでもなかろうに「逃げてー」「逃げてー」とテレビに向かってさけんでいました。そう念力でも送るように。

その頃息子Tは自衛隊ラッパの入校中で1月から3月末までの日程でラッパの訓練に入っているところだった。

事態が深刻さを増す中で息子は助けにいきたいと言っていたが結局行く機会はなく今に至っている。

しかし、同期で入った同じ年の子は2人被災地に行ったという。

一人は被災者の方にお風呂に入ってもらうため、もう一人は行方不明者捜索のため。

18、19の若者に行方不明者捜索はとてもとても過酷な仕事だったと思う。

でもその子はうちの子に、とても感謝されることもありやりがいも感じたといい。本当は2年でやめようかなと思っ

ていたけど自衛隊の仕事をつづけたいと思ったと言ったそうだ。

私は熱いものを感じた。

息子のいる駐屯地からも先輩にあたる隊員がたくさん被災地に向かった。帰った隊員から風呂場などで惨状を

聞くこともあったようだ。

今息子は7月4日から10月いっぱいまでの日程で自動車免許(大型なども)取得のため入校で別の駐屯地で生活

している。

電話をすると、あいかわらず前向きで元気な声が返ってくる。親は椎間板ヘルニアでしょぼくれてるけど

その元気さがありがたいな〜って思う。



ヘリコプター事故

 
 忘れもしないH22年10月3日。
 私は寺の行事で出役(檀家として)がかかり、礼服を着て受付の任務を担当していた。
 
 息子からのメール 目の前でヘリが墜ちた  「あ゛?」っと私
 
 すぐ電話した  僕は大丈夫 ニュースになってる  勤務中だというのでそれだけで電話は切った
 
 携帯でネットにつなぎニュースを確認 ヘリの写真を見て とにかく誰も死んでいませんように 願った
 
 どうやら亡くなった人はいないようだ。  
 
 しかし息子の心情を思うと複雑だった。
 
 息子はヘリのライセンスを取りたいと言っていた。
 
 私の心も複雑になった。
 
 その後搭乗していた4名は命には別状なしがわかりとりあえずはほっとした。
 
 その後息子から電話があった時 大丈夫?(精神的に)って聞いたら 大丈夫 って言っていた
 
 仕事への熱意は変わっていないようだった。
 
 
新入隊員後期教育修了式に行ってきました
 
 831()
楽しみにしていた息子の陸自の後期教育修了式に行ってきました
 朝455分ころお父さん(息子の)、私 中三の弟、お父さんのお母さんつまりおばあちゃんの
4人で出発。降りるインターを若干間違えたことはあったものの815分ころには駐屯地の
側まで着いて、早かったのでマックにて休憩をゆっくりできた。
 854分駐屯地着。門のところで来ていた葉書を差出し4人分のおめでたデザインのリボンを
いただいた。右の胸につけて下さいとのこと。
誘導に従って車を止め、少しの緊張と晴れがましい気持ちで建物の中に入った
 会う人会う人に感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
名簿のようなものを持って立っている方に○○ ○○の親ですというと
あ〜○○君の〜と親しみを込めて返してくれたことがとても嬉しかった。
息子はかわいがってもらったのだなということが素直に感じられた。
間もなくして連絡を受けた息子が現れた。真黒に日焼けしたその顔にまだよれていない夏の制服が
まぶしく見えた。真黒すぎる顔はかわいそうに思ったが表情はやわらかく元気そうだった。
K区隊長がさわやかにごあいさつしてくれた。言葉尻ははっきり覚えていないが息子のことを良く言ってくれたのは嬉しかった。あとで区隊長賞を貰ったと息子から聞いた。
 9時半を過ぎた頃ヘリコプター2機を見学させてもらい戦時中からある建物を今は展示館にしている中も見せていただいた。
 この日もまた最悪の暑さみまわれ汗が噴き出した。
 やっと涼しい部屋にて簡単な自衛隊の組織についてと後期教育での内容を何枚かの写真をプロジェクターに映しながら説明してもらった。
 その人がK区隊長だったのだが最後のところで思わず男泣きをした。
どれだけ心を砕いて新隊員に接していただいたかがもうそれだけで
十分伝わってきた。本当にありがたかった。
区隊長といってもまだ30歳くらいにしかみえず肩肘の張らない明るい若者に見えた。
青森出身には驚いた。
だってここは日本の中央部位より更に西 だから。
 そのあとは式典。体育館のようなところで行ったがここもまた暑かった。
音楽隊の演奏は少し涼しく感じられたが…。
 1215分ころ会食スタート。メニューは、お赤飯、豆腐とマイタケのお吸い物、肉じゃが、ドーンを大きい鯛の塩焼き、プチトマト。
梅干しはご自由にという感じだった。
息子は希望した通信に配属がきまり今後ともお世話になる上官の方と対面する席に座ったが私と上官の間におばあちゃんが座ったので上官の方の話が遠くいまいち息子と上官の会話に参加できなかったのが悔やまれる。
 どうやらその通信の上官の方は息子のことを逆指名したと言ってくれていたようだった。
息子はとても感激した様子で「ありがとうございます」と23度言っていた。
そのことへのお礼がちゃんと言えずそれは後悔している。
 食事の後来賓あいさつや新隊員の後期教育の感想などを聞いた。
31名の新隊員のうち3名が女性。4人感想を述べたのだが男性は一人だけで
女性は3人とも発表した。
 航空隊の後期教育は2カ月間だが密度の濃い大変な訓練の日々だったようだ。
一生の宝物です」と言っていた女の子がいたがその言葉には気持ちがこもってた。
会食も終わるころN上官がごあいさつに来てくれた。
「立派な自衛官になるよう私が責任をもってお預かりします」と目をみてはっきりと
言ってくださった言葉がありがたくて ありがたくて思わず泣けてしまいました。
後期教育を終えた新隊員はまた違う駐屯地に配属になる人もいて仲間同士涙ぐみ別れを惜しむ
男子の姿もみられた。
うちの子は同じ駐屯地に残り、居室は5階になるという これはちょっと大変。
でも志のある同期や責任をもって真剣に後輩を育てようとする上官の姿に触れ感謝の
気持ちでいっぱいになりました。
職種が職種なので病気や怪我の心配はあるが、ぶれてない息子を見て安心しました。
イメージ 1
なんと
3億円するそうです
イメージ 2
9月6日から30kmの夜間行軍だそうです  ガンバレ!!

 

伊勢神宮へ

自衛隊に行った息子から今三重の明野駐屯地に向かっているというメールが4日ほど前に入った

3泊4日の日程でいくのだという

その後の電話では生まれて初めて生で見るヘリコプターばかりですごかった! とてもはじけた声だった

中にも座らせてもらったとのこと

明日は伊勢神宮に行くという いろいろなところに連れて行ってもらえて 普通では体験できないようなことも

させてもらって良かったなあと思う

7月1日から始まった後期教育だが 34人いた同期は3人やめた とのこと

ちょっとやめる率が多いような気がする そのほか1人は肺炎で入院したとのこと これは 早く元気なってほしい

そんなんで三重には30人で移動したのだ

息子はヘリコプターの整備がしたいと言っていたが後期教育を受けるなかで通信の仕事にも興味をもったよう

で 今悩んでいると言っていた 通信だと今いる駐屯地に残れるらしい

今いる駐屯地の居ごごちがいいらしい_よかったなーって思う




625日、自衛隊 前期教育終了式に行ってきた。
 天気は快晴。主人とお姑さんそして私の3人で745分頃出発。
順調に車を走らせ1015分頃駐屯地着だった。
 入隊式同様体育館のようなところでウェルカムお茶をいただきしばし他の家族の方とちょっとぎこちなくたわいもない会話をして10時半過ぎにマイクロバスで講堂に移動した。
 息子は誓約の言葉のようなことを新隊員を代表して前に出て言うことになったということだったので私たち家族はとても楽しみにしていた。
 式が進み、ついにその時にがきた。
でも えっーっ!!やっちまったっ--息止 とーっても短い文言なのに最後の一言が出てこない!しばし間を空けて上司の方が小声でプロンプしてくださった。
 これまで生徒会活動等で多くの人の前で言葉を発してきた経験があるのに?ちょっと信じられない失敗だった。親の私は演劇畑で長〜いセリフもなんのそので覚えられたのに(カンケーなかった)でも、しかぁし、これも人生の教訓として成長していってくれればいいと思う。そう思うしかない。。息子も私も生涯忘れられない瞬間だった。
しっかりしてると思っていたがやはりまだまだ未熟な青年なのだと思った。
 あとで聞くと直前の言葉を間違えたために最後の一言が真っ白になり出てこなかったのだという。
 表彰の場面では何人かがメダルを首にかけてもらいとても立派に見えた。
 我が息子は練習ではいい成績なのに本番の試験でははずしてしまったとのことだった。
 本番に弱いか…
でも自衛隊生活はまだ始まったばかり、まだまだ色々失敗したり学んだりしながら経験を積んでいってくれればいいなあと思う。
お祝いの生演奏は4月の時と同じメンバーが来ていたが間違いなく腕を上げてきていた ように聞こえた。すてきな演奏だった。
 昼食の食事会ではこの3ヶ月間の訓練の様子をプロジェクターで映して見せてくださった。ちなみに今回は四角いお弁当箱に梅シソ?ご飯とおかずはとんかつやえびフライなどが入っていた。デザートはスイカだった。量としてはちょうどいい感じだったが、胸がいっぱい感覚の私は完食はできなかった。
 新隊員を代表して2がこの3ヶ月間の感想やエピソードを発表した。これが2人とも抜群に面白かった!!全部自分の言葉で語り、なんの添削も先輩隊員からされていないところが広い意味でとても好感がもてた。
 こんなユーモアあふれる話をひるむことなく大勢の人の前でできる同期生をもてて良かったなあとありがたかった。
 ちなみにかいつまんで言うとガス訓練で一回の発射で十分な訓練なのに2回もガスを発射したあげくその発射した先輩自衛官は自分だけガスマスクを装着しておりその光景に愕然とし、将来自分がその立場になった時は自分は新人隊員と同じ苦しみをわかちあおうと思ったということ。
 もう一人の発表者の話は_
 同期生の中には教えて下さった先輩自衛官よりアイロンがけが上手で畳むのもどうみても先輩よりきれいにできてる人がいて、そういうことに心血をそそいでいる同期がある日の休日意気揚々とこれやったり、めちゃめちゃすばらしいことを思いついたという嬉しさを隠し切れない様子で帰ったきた。
実家に帰ってなんと実家にあった車に使うワックスを隊に持ち帰りこれでこの官品(貸与品)の革ぐつをみがいたらきっとめちゃくちゃきれいになるし傷もつかない!ブラボー!!
と思ったらしい。いや、やめておいた方がいいと何人かが止めたそうですが、思い込んでいる人を止めることはできず、… 今その彼の靴は光沢は消えうせ色も黒から灰色なってしまったそうです。
 いやほんとに楽しい終了式でした(^_^)/
 
息子は念願かなってヘリコプターがある航空部隊に配属が決まり、またもや家から車で3時間はかかる駐屯地へ移動になりました。同期では息子一人がその任地になりみんなとは別れ別れとなりました。
 それとこの間で一人の新人がやめたそうです。理由はわかりません。
 新任地へ630日に移動し、これから3ヶ月間は後期教育期間となります。
 「ここのごはんもおいしい!」 というメールがきました。
 親としてはとりあえず“ホッ”です。
 
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