geminiの飛行機ほか雑記帳

しばらく おいとまします。皆さんお元気で。

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皆さんはこういう疑問を持ったことはありませんか。

交通機関といわれる「鉄道」「自動車」「船舶」「航空機」のなかで、なぜ「航空機」だけが自国の産業として生産されていないのかということです。
「鉄道」「自動車」「船舶」は自国で生産できるばかりでなく、外国にも多数輸出されています。その技術は世界トップレベルであり、海外から高い評価を得ています。
それなのに「航空機」だけはごく一部を除き外国からの輸入に頼っているのが現状です。
どうしてこのような格差が生じてしまったのでしょうか。我が国ではどうして航空機が生産できないのでしょうか。生産できる技術がないからでしょうか。

戦前我が国は航空先進国でした。第二次世界大戦という戦闘状態にあり、戦争が航空技術を革新的に向上させたのは事実です。その間数々の名機が誕生しました。代表格はやはり「零戦」、通称ゼロ戦です。そのほかにも「紫電(改)」「隼」「烈風」「雷電」など陸海軍機が次々と生まれました。戦争末期にはドイツの資料を基にロケット機「秋水」、ジェット機「橘花」が試作され航空技術は戦前のピークに達しました。

ところがご存知のように日本は敗戦。当時の技術資料の大部分は焼却処分されました。
一番の影響はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)から一切の航空活動の禁止が命令されたことです。この命令により航空機の生産はもとより、日本の航空機の飛行、航空技術の研究などあらゆる活動が禁止となったのです。
これは連合国側の我が国に対する報復の何物でもないと思っています。

この活動禁止期間は7年も続きました。昭和27年サンフランシスコ講和条約により我が国が独立を回復し、やっと活動が再開できることになりました。しかしこの7年という歳月は我が国の航空技術を立ち直れないほどに打撃を与えました。この間航空機はプロペラ機からジェット機へ移行し、技術が飛躍的に発達していたのです。戦争末期我が国はジェット機の試作機を作っていましたが、実用化には至らず敗戦により終了。連合国は我が国より数百歩も先を歩いていたのです。

昭和30年(戦後10年)になって、我が国はようやく国産中型輸送機計画(YS計画)を実行に移しますが、試作機が完成した昭和37年には若干時すでに遅しの感あり、世界の趨勢はジェット輸送機であり、60人乗りのプロペラ機YS-11が活躍する場所は限定される運命でもありました。
結局YS製造・販売は赤字となり昭和48年に182機で生産を終了します。販売価格を叩かれ原価を割ったとも言われています。しかしYS-11は戦前の航空技術を受け継いだ人々の手で作られた優秀な飛行機です。

赤字のため生産を終了してしまいますが、当時の国鉄の借金と比べたら全然比較にならない桁違いの金額です。赤字でOKとは言いませんが、生産を止めないで作り続けていたら、改良型や別の小型ジェット機へ発展した可能性があり、新たなビジネスチャンスにより事業再生ができたかも知れません。誠に残念なことです。
それ以来我が国では国産の航空機は生産していません(ライセンス生産除く)。

我が国の航空機産業はYS計画が挫折した以降、アメリカのボーイング社などの部品製造の下請け業務に甘んじていましたが、ボーイング社の新鋭機 787シリーズでは、日本の製造担当が主翼を始め機体の主要部分を占めるようになり、我が国の航空技術が世界と肩を並べる、或いは日本の技術なしでは先進の航空機は造れないところまで来ました。

このような技術の進歩により、再び国産旅客機を製造しようという機運が高まり、現在三菱重工が中心となって小型ジェット旅客機(MRJ:Mitsubishi Regional Jet)の開発が進行中で、座席数70席〜90席の小型のジェット機です。このクラスの航空機の需要は今後10年間で2000機以上と言われています。この開発計画が実行に移されるかどうかは、来年中に決定されるとのことです。いま市場調査と航空会社への打診を行っているとのことで、ある程度の受注見込みが得られれば計画が実行されるそうです。
詳しくは→http://www.mrj-japan.com/

ただしこのクラスの飛行機にはライバルが多く、熾烈な競争が予想されますが、先進の技術をもって世界にアピールしてほしいです。仮にこの開発計画が中止になったら、おそらく永久的に国産旅客機が空を舞うことはないでしょう。
国は実質的に国家プロジェクトと位置づけ、財政的に航空機メーカーを支援する必要が不可欠です。

残された時間はほとんどありません。この計画の実現化とそして再び国産旅客機が飛び立つことを切に願っています。

閉じる コメント(5)

YS-11は昭和48年までで製造打ち切りだったのですか〜。昨年まで飛んでいましたから機材は長持ちするのですね。
やはり長いスパンで考えなくてはいかない分野ですが、新しい技術が育つ可能性が大きいのではないでしょうか。

2007/9/14(金) 午前 8:16 みゅげ

YSは特に耐久性に優れていました。本当はまだ飛べるのです。衝突防止装置の取り付けが義務化されて、改修に多額のお金がかかるので我が国の空からは引退しました。
技術はきちんと継承されていると思います。これからの新型機計画に期待したいです。

2007/9/14(金) 午後 0:35 gemini

興味深く拝見させていただきました! もし第二次世界大戦の敗戦による航空機産業の空白期間が日本になかったとしたら・・おそらく三菱重工あたりが ボーイングのような会社となって世界の航空機市場を席捲していたかもしれませんね。もちろんエンジンメーカも。これだけの工業国でありながら 自国産の旅客機がないというのは寂しい限りです。MRJ・・JALが検討対象とするとしていましたが、同クラスのエンブラエル170の導入も発表されましたし・・やはり日本の航空会社がある程度発注しなければ採算ベースで厳しいものがあるかと思いますが YSに続く国産旅客機 是非実現して欲しいものですね。

2007/9/15(土) 午前 11:31 Y夫

おっしゃる通りですね。全く同感です。
屈辱の7年間がなければ、日本の航空機産業は現在とは全く規模の違うものになっていたでしょう。アメリカの戦略にやられましたね。
この期に及んでは、MRJのプログラム・ローンチを何が何でも成功させたいです。先進の技術力をもってライバル社に対抗してほしいと思います。我が国の航空会社もMRJをもっと評価すべきだと思いますが。

2007/9/15(土) 午後 9:31 gemini

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投稿後の記事紹介から来ました
TBしときます〜

2008/8/2(土) 午前 11:34 aic*an*ic*a

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