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前回の続き、小樽散策。小樽駅から海側へぶらぶら歩きました。 北海道最初の鉄道である手宮線跡。明治13年(1880年)11月28日、手宮-札幌間が開通、日本で3番目の鉄道でした。昭和60年(1985年)まで主に貨物線として使用されました。廃止後線路撤去の計画もありましたが、保存運動により公園化、道路部分以外線路は残され遊歩道として開放されています。 「北のウォール街」と呼ばれた小樽金融街にあって、ランドマーク的存在である日本銀行旧小樽支店。大正元年(1912年)竣工、現在は金融資料館。北海道の経済・金融の中心地であったこの地区には、銀行はもとより大手商社の支店なども集結していました。 硝子工芸の街でもある小樽。もともと漁業用の浮きやランプ、業務用の飾り硝子などを作っていたもの。今では小物・アクセサリーを中心に多彩な硝子細工が出来ています。 歩いていたら「大正硝子」という趣ある店がありました。 今や小樽の象徴となった小樽運河。 この運河再生によって観光都市小樽があるといっても過言ではないでしょう。しかしここまで多難なる紆余曲折あり。 私が中学から高校にかけての時代、小樽運河は荒廃し朽ちた廃船が放置され無残な姿でした。特に荒廃のひどかった山側の細い運河は埋め立てられ、現在道路になっています。再生された運河は海側の大きな部分。 定番アングルでシャッターを押しました。 |
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こん○○は。
運河埋め立てのときは、私は小学生でありました。
小樽もよくなりましたねぇ…
ただ、マイカル建設は余計でしたが(涙)
あと、遅ればせながら「お気に入り」登録させて頂きました。
同郷同士、よろしくどうぞです。
2008/9/4(木) 午前 0:58 [ - ]
1970年代、さびれていた頃の小樽を知っているだけに、いまの活気はいいことでしょうね。身勝手なことを言うならちょっと綺麗になり過ぎましたかね(笑)。
そう、マイカルの元は小樽築港機関区、蒸気機関車のネグラでした。汽笛が鳴り響き、煙をもうもうと吐いていた光景を思い出します。
2008/9/4(木) 午後 0:56
手宮線あとの散歩道、いいですよね〜。洋館好きな私は小樽は一番のお気に入り観光地です。
でもそんな街にも荒廃した時期があったとは。。。今は一二を争う洒落た街になりました。
2008/9/7(日) 午後 4:36
古すぎて恐縮ですが、お写真拝見すると 鶴岡正義と東京ロマンチカの「小樽の女よ〜♪」が聞こえてきました(笑)美しくなっている現在の倉庫街の姿しか知りませんでしたが 過去はそんな状況だtっとは・・知りませんでした。私も小樽 ゆっくりと散策してみたいです。
2008/9/8(月) 午前 8:48
みゅげさん、おはようございます。
手宮線跡いいでしょ。わたしには線路を残してあるのが嬉しいです。これは捨てられない肝心なものを外さず残しているのが小樽のよさですね。古いものでも後世にしっかり残すという姿勢には頭が下がりますし立派だと思っています。
2008/9/8(月) 午前 9:07
Y夫さん、鶴岡正義と東京ロマンチカ・・・古いねぇ(笑)。お互い年代が分かっちゃうよ。でも渋いよね。「小樽の女」ヒット曲ですよ。それと「君は心の妻だから」も有名(失礼しました)。
70年代の初め、小樽に観光で訪れる人少なかったけれど、それはそれで懐かしいです。
北海道へお越しの機会ありましたら是非立ち寄ってください。
2008/9/8(月) 午後 0:38