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アルバムを整理していた過程で、ひょんのことから見つかった一本のネガフイルム。 インデックスに書かれていたのは「羽田空港にて 1978年10月22日」というメモ。 これか!! と一瞬胸が躍りました。 私事ですがこの年の春、進学のため上京。期待と不安が交錯する学生生活を始めて半年。入学すぐ趣味を通じてある友人と出会いました。彼は私と地域的に正反対とも言える九州福岡の出身。でも境遇はなぜかとても似ていて、親しくなるのにほとんど時間はかかりませんでした。 彼と付き合い始めて今年でちょうど30年。あっという間の時の流れです。 昭和53年10月22日、その友人と二人で出撃したのが羽田空港でした。買ったばかりのエアバンドレシーバーを持って行ったのは覚えていますが、写真も撮ったんだ、と自分ながら思いました。 確かこの春成田空港が開港、羽田は国内線中心に。30年を経て日本の空から去った飛行機ばかりです。 ただネガに経年劣化と保管不良と思われる画像の乱れがあり、出来る限り修正したものの、お見苦しい点があることをご容赦ください。 (乱れに乱れた画像にDC-8が・・・。泣、アップできなのが残念です) DC-8と並んで好きだったDC-10。機材数が少なかったので、搭乗した経験があまりありません。 国際線用の機材では、メインギアの間に補助ギアがついていたのが特徴でした。写真は国内線機材です。 活躍が残り少なくなっていたB727の離陸。消音ナセル装着とはいえ、大きなエンジン音が懐かしいです。アメリカでは727も一部現役だとか。航空大国らしい。 こちらはL10-11(トライスター)の離陸。かのロッキード事件で一躍有名になった機材。この飛行機は先進的な自動操縦システムがついていました。ただキャビンは収納ラックが少なく、乗客・乗務員にはちょっと不評でした。 当時のライバルJALのDC10とANAのトライスター。中央エンジンの形状を除いてほとんど見分けのつかいないような機材。ただJALは747SRを国内線に投入していたので、DC10は地味な存在だったようです。 TDAを忘れてはいけませんね。JASの前身。当時主に地方路線を担当、主力機材のDC9。この飛行機、体の大きさに似合わず、大きな音は有名でした。 個人的に気に入っているショット。出発の光景はいつ見てもいいものだなぁ、と思います。飛行機だけではないですが、実に多くの人の支援によって運航が成り立っていることを実感させてくれます。 |
羽田空港
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