忘れたくない適当な雑感〜病後の転身で…〜

走り回ってやる〜ネフローゼ・膜性腎症の病床で〜の続き

日記

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2年3か月ぶり…

前回の記事が2011年3月27日。震災の取材中で、岩手県内のホテルからだった。
それからどたばたと忙しくなり、なんとなく本当になんとなく書かなくなってしまった。
あれから大きかった出来事は、1年ほど前にテレビディレクターを離れる決断をしたこと。
そして転身したのは「介護職」。今は、とある老人ホームでヘルパーをしている。
そして、自分でいうのもなんだが、選んだのが「介護」といくのは、自分らしくて結構気に入っている。
病気をきっかけの45歳の転職など珍しくもないのだろうが、本人は結構いろんなことを考えるもので…。
ちょっとこの2年のことは、一言で書き終われない。
というわけで、あえて同じブログからタイトルを変えただけで、
再スタートしてみようと思っている。
 
*お気に入りなどで残してくれていた方、大変失礼いたしました。これからはたまにですが、更新していこうかと思っています。これまでの不義理をお許しいただけるならば、今後ともぜひよろしくお願い申し上げます。
 
 

被災地

岩手県宮古市に昨日から急遽取材に入った。東日本大震災ー。
 想像を絶するー。左をみても右を見ても崩壊した家屋と打ち上げられた車の残骸。電柱は無惨に折れ曲がって形をなしていない。津波が街を崩壊させ、多くの人を飲み込んだ。
避難している人たちの思いは、この崩壊した街と同様にがちゃがちゃしていて複雑でとても一言では表現できない。どう伝えていったらいいのか?めちゃくちゃ過ぎてその事の重大さが捉えきれない。型にはまった気持ちの表現では足りないことは間違いない。
 ちゃんと伝えないといけない。5日程の滞在予定。
 
 テレビでは次々と被災地の悲惨な映像が流れているが、被害のほんの一部と考えられる。被害が広がらないのを祈るばかりだが…朝になったらどれだけの被害が報告されるのだろうか?想像したくないー。
 個人的にも東北に何人かの知人がいる。まさかと言う思いが頭をよぎってしまう。
 不運なことになっていない事を願っているしかないー。
 このブログを見てくれている人たちは、大丈夫だろうか?東北地方の人もいるのではないか?
まだ入院生活や養成中の人も多いと思うが、大丈夫か?皆が元気でいてほしい―。

 かくゆう私は、都内の事務所から出ることなくJRの復旧を待っている。神戸の時は、その時に常駐していた放送局に早朝、ポケットベルで呼ばれたのを思い出した。

 今はとても東京から個人で被災地に入るなど無茶する気持ちはない。ただテレビを見ながら、どこに行けばどう取材すれば何かを伝えられるか、どうやったら現場の中心に入れるか、考える。本当に苦しいのは今テレビで流れている「速報」の後、被災者が家族や知人を失ったりした悲しみと向かい合いながらのこれからの生活だったりする。そして残された人たちが力を出さなければならないのも、実はそこからだったりする。どう伝えるべきか?
 今は、建物の下敷きになって必死に生きようとしている人が一人でも助かるように切に祈るしかないー  
 
 
 中国で更新できずにいたことを言い訳に、帰ってからもついつい更新を怠った。生活記録も曖昧、それにほとんど節制していない状況が続いている。薬だけはしっかり飲み続けているが…。過ぎてしまった記録は仕方ないのでなかったことに?してこれから再開!

 アシスタント時代、演出助手として伝統工芸のドキュメンタリー映画に何度か関わらせて頂いた時期がある。人間国宝の制作現場にお邪魔しおよそ1年かけて作る一つの作品をつぶさに追いかけるドキュメンタリー映画。35ミリフィルムで撮影するそれは、今となっては貴重な体験で私がドキュメンタリーを作る上でなくてはならない経験の一つになっている。
 その際の監督と撮影カメラマンと15年ぶりにゆっくり飲んだ。監督は既に65歳。私よりふた周り程年上。そしてカメラマンは53歳、私の10歳年上ということになる。突然飲むことになったのは、ひと月ほど前、突然脳梗塞で亡くなった先輩の葬式でのことー「こういうこともあるから会えるうちに会っておこう」というカメラマンの一声で日時と店をその場で決めた。
 夕方の17時、人形町のおそば屋さん。日本酒が美味しいとの監督の勧めでここに集った。近しい人の死からふと集ることになった会ー。二人ともまだ現役で映画にこだわっている。私はディレクターになると会社を離れてテレビの現場にどっぷり浸かっていて後ろめたさの少々ある。それにかつて怒鳴りつらされていた監督にはちょっと遠慮もある。どうなるのか、少し重い会になるかと思っていた。
 しかし、なんともこのそば屋で明るいうちから飲む日本酒が旨く感じられるのだ。それにこの映画屋達と飲む空気がとにかく楽しい。二人の話は一見、たわいもないこと。例えば最近食べた旨いもの自慢、映画作り、テレビのドキュメンタリーの話、それとかつてのスタッフとの思い出話などー。だかこうした話に実に何かしらの変なこだわりがある。あの料理のポイントは…、あの陶芸作家のあの作品のあの部分は…、あの映画のあのカットは…、あのドキュメンタリーのすごさは…などなど。で最後は「とことん楽しくやること、これでいいんじゃない」で締められていく。
 <昔と変わらない>雰囲気が漂っている。
 そう、”昔と変わらない”というのが、どうもこの10年来私の中で忘れている感覚になっている。例えば、番組を作るという前提のマインドー。
 まずテレビでは視聴者が何を求めているかを考える。それは決して悪いことではない。だがともすると如何に人に合わせるか、時代に合わせるかみたいな事にすっかり慣れてくる。そうしているうちに自分が何を感じているか、どうしたいかみたいなことが二の次になってそのうち自分が考える何かなど忘れてしまう、ということに陥っていないかー。自分にこだわるたわいもないそば屋の会話についていく中でそんなことを考えていたー。
 年に3回くらい、同じこのそば屋で会う約束をして別れた。
 今、日々のテレビの仕事の中では楽しさがかつてより薄れている。これは恐らくどのテレビマンも共通して感じていると思う。だからこそ、今、昔話やかつてのこだわりを少しでも思い出していかないと、日々の厳しさだけでは押しつぶされてしまう時代なのではないか。
 何が大事なのか、再確認する時間を意識して持っていなければー。多分どんな仕事でもどんな立場でも忘れないようにしなければならないことかもしれない。

<3月7日/135日目>

朝ー生野菜/パン
昼ー外食)パスタなど
夜ーネギトロ、山芋、
風呂ースーパー銭湯1H
自転車ー30分!(銭湯往復)
移動ー自宅〜銀座


 
 
 14日に北京に入ってから、本日深圳に移動し現在も撮影が続いています。
 PCを中国まで持ってきているのですが、実は予期せぬ理由で全くブログを見ることすらできない状況になっています。というのは北京ではこのブログに閲覧すらできない規制がかけられていて更新どころか見ることすら出来なくなっていました。ツイッターやフェイスブックが見られないのは聞いていましたがこんなことになるとは…。現地の人の話によると、エジプトの暴動以来ネットの規制が激しくなっていてそうです。おそらく、今この更新ができているのは”経済特区深圳”に入ったからだからだと思われます。前回中国にロケハンに来た1月10日前後で、その後中国について多少肯定も否定もする記事を簡単には書きましたが、こんなことになるとはびっくりです。
 
 その一方でー。朝7時頃、北京市内にあるかなり大きな公園を散歩してみるとーこれまた日本ではあまり見られない光景に出くわしました。どこかしこから次々と集まる高齢な方々の姿…公園中を埋め尽くす感じでやってきます。周りを見渡すと人だらけで見えるだけで数百人。北京の気温、間違いなくこの時零下です。なのに彼ら彼女らは行なっているのはー「太極拳」とかなにやら不思議な「ダンス」やらそうかと思えば「独自の体操」の集団が会ったり。何しろ運動しにきているのです。この光景は毎日で、冬は人数が少ないくらいだそうです。運動の理由は健康のためです。 
 中国は経済の発展は著しいとはいえ、まだ庶民の生活レベルは富裕層の生活とはかけ離れています。それに保険制度はまだ整備されておらず、重い病気になれば多くの人は金のかかる治療を受けられない人がほとんど。自然と自分の健康に気を使うために朝の運動ということになるそうです。
 そして何より印象的なのはー『みんな朝の運動を互いに楽しんでいる』ーこと。顔見知りの人もそうでない人も朝から笑顔で運動している姿ーなんか懐かしい感じ。
 そうー子供の頃夏休みのラジオ体操なんです。
 真冬の北京で高齢の方々が興じる運動とそして朝からこぼれ出る笑顔ー。実は中国の底知れぬパワーはこうした人々の力が源になっていくのかもしれない。そう考えるとー実は格差社会の底辺の人々、13億人の潜在能力は計り知れないもののはずです。格差社会という負の部分は報道されても今一この13億の潜在能力の脅威は伝えられていないような気がします。

 冒頭のネット規制など政治的には世界に冠たる国とは言いがたいと言われます。
でも、中国にいると日本で報道されている事がほんの一部分であることも気づかされます。中国は想像以上にこれからも発展を続けるだろうし、政治的にもスピード感をもって変化していくと思います。
 日本の馬鹿げた政治を思うとこのまま日本はいろんな意味で取り残されていくと確信を持ちます。
経済的に取り残されていくことが悪いとは思いません。でも零下の北京の公園で老人達の笑顔を見ると
ー”人々の元気の度合いが負けていく”そんな感じがして危機感を覚えます。
 
 ところでー。やはり仕事とはいえ、海外のしかも中国と言えばやっぱりー「食」ー。毎日、毎日こりもせずに食べ続けてしまってー。最近病人らしからぬ食べっぷりで太り続けているのに…また輪をかけて食べまくってしまっていますー初日は四川料理(麻婆豆腐他)2日目は火鍋、3日目は小龍包専門店、4日目は北京ダック…今日深圳では取材相手に勧められるがままにかなり高級な中華料理アワビ丸ごと他などなど…もうカロリーも塩分も気にならなくなってしまっていて…まずいっすー。
 帰ってから外来がすぐに来るので、検査結果がまた心配の種になりそうー。
 それにしてもステロイドとこの病気に慣れてきているのかー腎炎が発覚したときのような自分自身への緊張感が薄れている。これ再発への道のり?かもしれない。完全に油断している。家族のこと、仕事のことを真剣に考えると油断している訳にいかないのだがー食欲に勝てない?いや勝たねばならないーどうすればいいの?!明日から少しでも我慢!!

 5日後はまた北京に戻るので、またアクセスできなくなる可能性が大です。
なるべく書いておかねばと思っています。

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