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平成25年11月26日
西日本スポーツ紙裏一面 九州スタジアム
森山良二氏が取り上げられていた。
北九州市出身で現東北楽天ゴールデンイーグルスの一軍投手コーチブルペン担当。
日本シリーズ第7戦9回表の巨人の攻撃でマウンドに上がったのは前日160球を投げて負け投手になっていたエースの田中。
誰もが驚き期待を抱いた。
この田中がマウンドに上がるまでのブルペンでの話はかなり興味深い。
87年のプロ入りから07年まで選手としてコーチとして活躍されていた森山氏。
10年から楽天の投手コーチだが、
その前08年09年は独立リーグの四国九州アイランドリーグ 福岡レッドワーブラーズ(活動休止中)の監督を務めていた。
日本一になった楽天の投手コーチが、この取材では今シーズンの楽天の戦いやクライマックス、日本シリーズの戦いと裏話を話してくれるだけで十分だと思いますが、
中央の取材写真では楽天のスタジャンを着ていますが無帽で、この独立リーグ福岡レッドワーブラーズでの2年間が指導の原点と語っている。
熱く
独立リーグと独立リーグの選手のこと。
うれしい。
泣けました。
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福岡レッドワーブラーズ
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ある朝、それはいつもと変わらない朝でした。
いつものように朝食を摂りながら新聞をサーフしていた。
そして地方面のある記事で目が止まった。
交通事故の記事だった。
バイクの男性が死亡
バイクを運転していた福岡市南区長○数丁目の○○△△さん21歳が死亡・・・。
福岡市南区・・・
○○(苗字)・・・
21歳・・・・
○○(苗字)君は南区と言っていたような・・・
あの頃高校生だったから今頃21歳くらいか・・・
下の名前は聞いたことがあったか・・・・
あったかもしれないが解らない・・。
いや、違う 違う 違うだろう
そんなことない・・・
そのまま仕事に行った。
僕が○○君と出会ったのは2008年の春。
この年、福岡に野球の独立リーグのチームが誕生した。
福岡レッドワーブラーズ
福岡には超人気プロ野球チームのソフトバンクホークスがある。
そこにやって来た独立リーグの野球のチーム。
よ〜し応援しよう!と一人興奮した。
球場に足を運ぶうち、観客といっても数百人入ればいい方。
当然いつも顔を合わせる人もいて、自然と挨拶を交わし会話をするようになる。
その中に、自ら太鼓を打ち鳴らしスタンドのみんなの応援を一つにリードしてくれる応援団がいた。
それが彼です。
体格はいいけどまだあどけなさの残るルックス。
高校3年生とのことだけど、応援団としての声援やスタンドをまとめ上げるリーダーぶりは立派。
この福岡レッドワーブラーズは08年09年の2年間の活動で休止してしまった。
それから2年。
○○君という名前しかしらない彼とは会ってない。
朝の記事がやっぱり気になる。
彼と別の団体の応援団の青年に○○君の下の名前知ってる?てメールした。
夜中にメールが来て、○○君の名前は△△君です。と・・・。
やっぱり・・・。
その夜は眠れなかった。
2年間の福岡レッドワーブラーズを一緒に応援しただけ。
名前と当時の年齢くらいしか知らない。
だけど、2年間の同じ思いで福岡レッドワーブラーズを応援していたことはとってもとっても大きなことだった。
09年2月、前原市の曽根球場へレッドワーブラーズの練習を見に行ったとき、○○君が自転車でやって来た。福岡市から峠を越えて自転車で。
09年3月、福岡市天神の初めて行く喫茶店でランチをしていた時、友人と二人で○○君がやって来た。ふつうならこんなところで会うはずはないのですが、この喫茶店はレッドワーブラーズの当時の森山監督の叔父さんがやっている喫茶店で、叔父もよくワーブラーズの応援にスタンドに来てあったんです。
それで僕は初めて行ったのですが、彼も現れたってわけでした。
09年4月、北九州市民球場での地元開幕戦ではまだ中学生の妹さんを連れて来ていた。
09年5月、愛媛の坊ちゃんスタジアムにワーブラーズの応援に行った時、愛媛のチームカラーのオレンジに紛れてワーブラーズの赤いユニホームを着こんだ○○君が一人で姿を現した。
そして試合が始まると太鼓を打ち鳴らしオレンジの中にワーブラーズを一人応援していた。
彼とは約2年会ってなくても、福岡レッドワーブラーズが活動していた2年間はかなり濃いものでした。
後日、僕は新聞に載っていた福岡市南区長○数丁目に行っていた。
戸建であれば表札で自宅がわかるかも知れない。と。
でも、長○数丁目は閑静な住宅街で戸建も当然ありますがマンションや団地も林立していて分かるはずはなかった。
しばらく、戸建の表札を見て回っても○○の表札は発見できず。
団地の入口へ行ってみると、郵便受けには名前は書かれてなかった。
そうですよね。
分かる訳がない。
界隈をさまよいながら、また団地の入口を見てみた。
すると、そこに掲示板があり、駐車場の割り当て表が貼ってあった。
でも、こんなにマンションや団地が建っているので分かるはずがないと思いながら見ていると。
○○と彼の苗字が書いてあった。
まさか・・。
その棟だけではなく何棟もたっている団地の見取り図と駐車場の位置が書いてあり、よく見ると○○と書かれているお宅は○棟の○○○号みたいだ。
僕が入った棟の隣にある。
○棟の○○○号へ行ってみるとそこには○○と表札が上がっていた。
しかし、「忌中」の札は貼ってなかったし、「ピンポン〜」って訳にはいかない。
○○君の自宅はそこかも知れないが、どうしようもなくその場を離れた。
団地を離れて少し行ったところに葬儀屋さんの看板が見えた。一度そこを通り過ぎたが戻っていた。
ちょっと聞いてみよう。
小さな会場でおばさんが一人で片付けものをされていた。
「あの・・・、ちょっとお尋ねしますが・・・、数日前に○○さんって・・・」
「はい、うちでお通夜とお葬儀を執り行わせていただきました」と・・。
この言葉を聞いた時、○○君の死の事実を突き付けられた思いがした。
21歳。今から社会で活躍しお父さんお母さんに恩返しをするはずだったのに。
葬儀屋のおばさんに、彼との関係を説明した。
この葬儀屋さんお前に幼稚園があり、
「彼はこの幼稚園の卒園生で、発表会の時は王子様の役をやったそうなんです。それでお父様お母様が園児の声が響き渡るうちで行っていただきました」
これで、いっきに涙が溢れ出た。
おばさんは続けて、
「よくうちとわかりましたね。近くにも葬儀屋さんは何件もあるし、ここは会場だけで普段は誰もいないのです。今日はこの時間たまたまいました」とのこと。
ご遺族に連絡とりましょうと言ってくれて、紙に名前、電話場号や彼との関係を書いてその場を離れた。
すると、すぐにお母様から電話がありました。」
彼との事を一気にしゃべり今日のことを話すと、
「△△が来てもらいたかったのでしょうね」と。
ご自宅はさっき訪れたところで間違いなかった。
後日、福岡レッドワーブラーズの試合でよく会っていた先輩とご自宅を訪れお参りさせていただきました。
遺影の前には彼がスタンドで着ていた「福岡翔撃覇」の刺繍が入ったTシャツと、彼のお手製の福岡レッドワーブラーズの応援旗が置かれてました。
福岡レッドワーブラーズを愛し、スタンドのみんなの声をまとめあげ選手に声援を送ってくれた○○君。
2年間の福岡レッドワーブラーズを通してのお付き合いでしたが、ありがとうございました。
安らかにお眠りください。
合掌
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プロ野球ドラフト会議2011が今日行われました。
指名されてうれし涙を流す選手。
指名されなくて悔し涙を流す選手。
指名されても、意中の球団ではなくて笑顔が見えない選手。
様々です。
そんな中
広島に育成2位で指名された中村真祟選手
おめでとうございます。
北九州市出身で東筑高校から立命館大学からJR東海と進み、08年途中から僕が応援していた四国九州アイランドリーグ 福岡レッドワーブラーズに入団しました。
09年には4番を打ち、首位打者を獲得。1塁手でベストナインにも選ばれました。
09年秋に福岡レッドワーブラーズの活動停止により香川オリーブガイナーズへ移籍。
そして今日の日を迎えました。
今年は四国アイランドリーグをはじめ多くの独立リーガーが指名されました。
高校生や大学生で指名されなくてもあきらめ切れずに野球を続けたい選手などが頑張っている独立リーグ。
今後の独立リーガーの励みになると思うし、独立リーグ自体の活動にも活気が出てくると思います。
09年8月23日 鳥栖市民球場にて福岡レッドワーブラーズ対香川オリーブガイナーズ戦
福岡レッドワーブラーズの4番中村選手が初回にレフトへ豪快なホームラン。
雁の巣球場での中村選手。
ちょっと眠かったか・・・^_^;
たとえ育成でもプロへ入ればチャンスは近い。
一日でも早く支配下選手登録をされて一軍で活躍されることを願います。
頑張れ中村真祟選手! |
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3月1日、福岡レッドワーブラーズが地元前原市の曽根球場でキャンプインした。 朝9時からのセレモニーでは、前原市長はじめ市の職員の方々や沢山のファンが駆けつけた。 球団代表、森山監督、コーチ、選手がグランドに整列した。 市長の挨拶の後江口球団代表の挨拶。 昨年この福岡レッドワーブラーズの一員でソフトバンクホークスにドラフト6巡目に指名されキム・ムヨン投手が、前日の2月28日、新生秋山監督率いるソフトバンクホークスのオープン戦の第一試合目に登板し、見事勝ち投手になった。 江口球団代表の挨拶で、このキム投手の活躍がみんなに紹介された。 うれしくてぼくは思わず拍手をした。 が、拍手をしたのは僕だけだった・・・。 恥ずかしかった・・・^_^ だけど、寂しかった・・・。 昨年この場にいたキム投手の活躍が今年ここにいる選手の励みになるはずだ。 この中から来年NPBへ一人でも多く行ってもらいたい。 森山監督に花束贈呈。 松本市長へ球団からユニホームがプレゼントされた。 その場で袖を通したユニホームの背中には「911」とある。 ???と思っていると、松本市長の奥様の誕生日だそうだ。 きっとこのユニホームのように真っ赤に燃えるラブラブなんでしょうね。 選手一人ひとりが自己紹介をし最後に森山監督が今年の意気込みを語ってくれた。 こんなちびっ子ファンがサインのおねだり。 セレモニー終了後アップからキャッチボール、シートノックで汗を流した。 福岡レッドワーブラーズの選手に混ざって、昨年まで福岡ソフトバンクホークスで活躍した山田秋親氏がいた。 昨年の秋、肩の手術をし、まだ軽くキャッチボール程度しか投げられないみたいだけど、リハビリと自分自身のトレーニングで参加しているらしい。 そして今年の秋にはNPB復帰を目指している。 福岡レッドワーブラーズ、がんばれ〜 山田さんもがんばれ〜
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NPBの12球団は毎年2月1日がキャンプイン。 四国九州アイランドリーグに属する、福岡レッドワーブラーズの今年のキャンプインは3月1日だ。 だけど2月のはじめから監督コーチをはじめほとんどの選手が集まり合同自主トレと行っている。 新戦力も加わり楽しみです。 昨年コーチを務めた稲嶺氏が、今年からソフトバンクホークスの球団職員として復帰。 代ってやってきたのが昨年まで楽天イーグルスで活躍した山下氏。 大きな体で大きな声を張り上げ選手を鍛え上げている。 とても昨年まで選手でコーチ業初めてと思えないほどコーチ業が板についている。 森山監督と山下コーチが交代で内野ノックをしていた時、 山下コーチのノックを終えた選手がゴロリと天を仰いで転がった。 そして一言 「監督の方がやさしい・・・」 ユニークなトレーニングも取り入れている。 選手は両手にバットを持ち足をまげて中腰に。 バットを持った両手を左右に水平に伸ばしてバットを垂直に立てる。 立てたバットを左右に伸ばした手と同じように水平に倒す。 腕を水平に保ったままバットだけまた垂直に立てる。 これを数回繰り返すだけで選手の悲鳴が聞こえてきた。 数人の選手が丸く円陣を組んだ形でこのバットを使った手首のトレーニングは行われた。 また、外野のレフトからライトへ中腰のまま 「カニ、カニ、カニ・・・」といいながらの横歩き。 中腰のままなのでこれもかなり応えるらしい。 黙ってストイックにこなすトレーニングも大切でしょうけど、 飽きずにみんなで声を出し楽しみながらやるトレーニングもいいですね。 この厳しいトレーニングで一年間戦える体力をつけるのでしょう。 山下コーチに期待してます。 そして選手もがんばれ〜! この日は芥屋の海岸でのトレーニング。 この日はファンの方が大勢見に来ていた。 小学校の下級生くらいの女の子もお母さんと一緒に来ていた。 その子はグローブにボールも持ってきていて、選手とキャッチボールをはじめた。 女の子は大喜び。 選手は下手で軽くフワッと投げてあげる。 ナイスキャッチ! 女の子は至近距離から上投げでビシッ! 選手はびっくりしても、さすがだすかさずキャッチ。 これを見ていたお母さんが 「こんなに近くからそんなに強く投げたらダメよ!」 といった。 すると女の子は 「だって、プロ野球選手だからいいでしょう^_^」 これには選手も回りも笑った^_^ ある意味、選手にとってもいい練習になってるかも。 遠く離れた岬に腕組みをした森山監督がいた。 海を見つめて何を考えているのだろう。
今年の戦いが監督の中では始まっているのかな。 まさか今夜の晩御飯じゃないでしょうね^_^ |





