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昨日のfacebookで初山権現さん<鏡岳神社>が出ていたので今日は初山の権現さん。
4年前はじめていってみました。勝本んもんなので勝本・湯の本と郷ノ浦は市街地以外ほとんどわかりません。
石田方面も高校生になって初めて。 特に初山は人類未踏の地の果てという感じ。 未踏の地へ、まだ見ぬ樹海の果ての天空の社へ、意を決して向かいました
郷ノ浦大橋のたもとから細めの県道を東へズンズン
雑貨店らしき民家を通過したら・・・家がない 店がない すれ違う車もない、両脇は樹海
道を聞こうにも村人発見できず、なんか学校らしき建物に。いや??ここじゃない。これは何だ。
二度ばかり車とめて地図を確認して20分後ぐらいに小さな漁村と三角山が見えた。 よかった・・・人が住んでる痕跡はあった
漁船数隻の集落の奥にゲートボール場みたいな広場があって 三角の山の下に鳥居が見えた
でも神社らしきものはない、横に平屋の建物がある、これが権現さん??まさか・・
鳥居の横に車を寄せた。鳥居くぐって上を見上げてたまげた。
三角山のてっぺんまで石の階段が いったいどんだけの段数??
てっぺんまで、とは言うがてっぺんは見えない、あの先がてっぺんかな・・ みたところ100段か150段ぐらいかな、せっかく来たんだ、上ってみるか・・
これが間違いだった。一言で言うと 「あ、心臓が爆発する・・」
150段は半分でしかなたった・・
切り出されたままのような太めの四角柱の石の柱が階段になってるんで一段の高さがやたら高い。
階段の踏み石の幅もせまい。50段も上がればヘロヘロ。
階段の両脇は深い山の樹木に覆われてます。うっそうとして一人はちと怖い。タヌキが出てきてだまされるかも・・とか思いながらも心臓が更に大きな音をたてる。持ちこたえられるか不安になった。
もうダメばい、引き返そうか・・と思った頃、少し広いオドリバにたどり着いた
ひえ〜死ぬ〜〜。おいはもうダメかも、ココで倒れたら半年は誰にも発見されんかも知れん・・
バックンバックンする心臓を気遣いながらしばし休憩。
ふと上も見上げるとはるか天空に赤いものが
お、見えたあれが権現さんだ!!
行こう、あの社まで!
己を励ましてなんとか頂上へ
死ぬ思いでやっと階段登りきったのですが、いわゆる境内がありません、
階段を上りきった目の前は神社の本殿の壁、ホントに山頂なんです。せいぜい7・8メートル四方
ひえ〜せめ〜〜、拝殿の戸は閉じられてて大の字になって休憩ができないやんかい!
カメラ構えても近すぎて社が収まらない、壁と屋根だけ
賽銭箱も見当たらない。敷居に30円置いてきました。
今度は階段を降りるのですが、一段あたりの高さが高いし幅が狭いので、登りでガタガタになった足腰がよろけるよろける。手すりもないから危ないです、
こうしてはじめての初山権現参拝が終了しましたが、この三角山の急斜面に樹海の木を切り倒し、300段も石の階段積み上げた人たちってどんな人たちかな・・そもそもの初山権現さんの縁起は初山に住んでいた信心に篤い人が、私をあの鏡岳に祀りなさいとの権現様のお告げを受けて鏡岳のてっぺんに祠を祭ったそうです。
そんなに古い神社ではないようですが、この石段には参った
同時に、こんなとこに道作って、かいだんを作った人たちの信仰心はすごいもんだとおもうのです。 今の時代なら土建屋さんが工事請け負って機械を多く使って・・でしょうが、昔はすべて人力の奉仕活動でしょうから、それに携わった村人の信仰心に打たれます
もう一度上ってみたい。だけど316段の急な階段を上れるのかなあ・・・こんどこそ心臓が止まるかも・・。
ユンケル10本飲んで、医者と看護婦と葬儀屋も伴って上ってみるか・・
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ヤマトの神々に逢う
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しょうもんさんの十日祭りの様子(西村とくみっちゃん撮影)
14・15日の祭りは学校が休みなので一部始終記憶にあるけど、それに先立つ十日祭りのことは詳しくわからない。数年前観光ボートの船長の松尾んおんちゃんが「十日祭り」にはこんとで?ということ聞かれて、そら何で?
みたいなことになった。そういえば・・「十日祭り」って単語はかすかの頭の中に残っていた。
勝本浦総鎮守の聖母宮の神様(神功皇后親子)が、神輿に乗って勝本浦の氏子の家々の軒先をくまなく廻るのが14日の大祭
その前に、西の端の聖母宮社をはなれて勝本浦の東の端にお移りになるのが十日祭り。
聖母宮を出た神様は二隻の漁船にお神輿一基ずつになって、仲折から勝本湾内を時計回りに3度旋回されて勝本の東の端天が原の石油タンク横に着かれるとか。
ええ?天が原の石油タンク横??ほんとに勝本浦東の端までなんだな・・
その昔は多分「おかりど」まで。
その後築出し・塩谷に家が増えて塩谷まで。 そして現在は、塩谷を回りこんだ天が原の串山下に住宅ができてるから石油タンクあたりでオカに上がられることになったようです。それから串山住宅からおかりどまでお神輿行列??そいばって、石油タンクからおかりどまでは・・かなりあるばい・・。
それに、私がご幼少の頃は聖母宮が終点だったのが今は馬場先本町から磯ん先廻ってババントヤの「おやすんば(お休み場)」に戻って来るようになってる。神輿担ぐ人も、お囃子もあの距離はやおいかんめ・・
壱岐のことあれこれ情報発信中 facebookに連動になってる・・・はず?今から確認します
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歴女の皆様、戦国時代のモノノフたちの足跡を訪ね終わったら、
そもそもの日本の歴史はどこに始まったのかちょっとお勉強なさいませんか。
日本・ヤマトの歴史をずっと遡ると、はっきりしているのは大和朝廷まで。
それ以前は??
邪馬台国・卑弥呼の時代
それ以前は??
実は邪馬台国以前の九州の小さな島に自由に海を渡り、交易で栄え、大陸の最新文明・最新軍事力を持った国家があったのです。
その国家が海を越えて肥前マツロの国を制圧し、イトの国を従え、筑紫の国々を押さえて邪馬台国になりました。
海の上の最新軍事力を持った国家、それが「壱岐」です。
邪馬台国と書きますが 常用漢字の制限のなかった少し前まで 「邪馬壹國」が正しい表記です。 壱岐も以前は「壹岐」と表記していました。「壹國」は「壱岐国」です。
つまり邪馬壹國は山(陸)のほうの壹國、陸の壹國建国以前、彼らの母国に 水平線の向こうにかすかに見える海の壹國(壱岐)があった。
しかしながら、これは魏志倭人伝以前のこと、いうなれば神話時代。
記録がないので今現在物的確証がないのです。
でも状況証拠は多いのです。それが古事記・日本書紀
その後の大和朝廷の壱岐に対する扱いなど まず古事記・日本書紀をお読みください
天上からイザナギ、イザナミが降り立ち天に届く一本柱を建てて、その周りを廻って国づくりをはじめました。
天に届く一本柱の島「天比登都柱(あめひとつはしら)」 これが壱岐です。
これについて書くと長くなりますので別の機会に。
秋になったら歴史を訪ねるたびは壱岐へ!
ヤマトの起源の島へおいでください。 歴女の皆様のおいでを「海壹國」の末裔たちがお待ちしています。
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壱岐は東西15キロ、南北18キロの小さな島で、高い山がなく女性的な優しい島です。
移動時間も車で30分も走れば 端から端へ移動できます。 きれいな海と歴史遺跡、麦焼酎発祥の島、壱岐旅行のお誘いです。 神道発祥の神社「壱岐・月読神社」 釜山の町が見える国境の島 対馬
壱岐とは対照的な対馬、海岸からいきなり険しい高い山という印象の男性的な島。 縦に細長く、東西18キロ、南北82キロの日本で四番目に大きな島です 南の厳原港から北端の比田勝まで車で2時間半。車の持ち込みかレンタカーは必要です。 対馬観光では移動時間に配慮が必要です。 仏教伝来、日本初のお寺「対馬・梅林寺」
魏志倭人伝のはるか以前、日本国創世の根幹にかかわる対馬と壱岐。
イザナミ イザナギが天から降り立ち夫婦になって国づくりを始めた島 さあ、離島を旅しましょう。
ヤマトの神々のふるさと 壱岐と対馬へ
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壱岐島荘は8月から改修に入りますので今年は7/23の宿泊までだそうです。 夏の予約はお早めに! |
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百合畑古墳群と掛木古墳
ほんの小さなの島の中にこうした古墳がおよそ250基も点在している。その多くが亀石周辺の壱岐の中央部。暮らしは海の近くが便利で海岸べりだったろうから、海岸から5・6キロ奥まったこのあたりは古代人の生活の場ではなく聖なる魂の眠る場所、壱岐の「王家の丘」だったのでしょう。。
最近整備されて全体を見ることができるようになった「双六古墳」
ほかの古墳とは規模が違う、形が違う。長崎県で最大の大きさ、九州で二番目の大きさ。
丸い形から南に伸びる部分がくっついてる「前方後円墳」の原型だといわれています。
南の端からの画像です
全長90m、前方部の高さ5m、後円部の高さ10mあります
海水浴だけではない 歴史の島、壱岐
一支国博物館に収蔵しきれない史跡があちこちに存在します。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 島内観光するなら ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ■壱岐タクシー観光 ぐるたく
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