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勝本浦、漁師町の家並み。ここは田間から琴平に抜ける「のりこし・はなごうん坂」
小学校の通学路で、幼稚園もこの道でしたから7年・8年通い続けた道です
当時この坂は石段でした。
てっきりそのままの石段を予想していたのですがコンクリートの坂になっていました。
思えば、この坂を通るのはもう半世紀ほど前以来でした。
のりこし坂の頂上を越すとト琴平への下り坂。頂上の左に文房具扱う店がありました、今はありませんでした。
琴平側の坂に同級生の家が2軒あって、もし残っていればかなり古い家が残っているはず・・
見つけられませんでした、建て変わっていました。
今回の壱岐は天気に恵まれて、いい写真が撮れました
ちょうど磯の時期で引き潮時の海辺はあの磯のにおい、いやあ、懐かしかった。
田間・琴平・のりこし はなごうん坂はフェイスブックにアルバムでアップしてます。がありましたらどうぞ!
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勝本浦町並さらき
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勝本町 かざはや
壱岐市が4町合併の前に出来ていたコミュニティ施設ですがほとんど何の施設わかりませんでした。
結婚式の披露宴に使われているぐらい・・
今回、フリースポットでWi-Fi接続が出来るというのでためさせてもらい、ちょっと話も聞いてみました。
勝本エリアの公設ポイントはほかに イルカパーク、中央公民館、役場で接続できます。
民間では黒瀬の下條くだものやさん。
で、ここの利用を観光客の皆さんにもおすすめ。
と言うのはお風呂が300円で入れる!
温泉じゃないですが大浴場です。
ちょっと時間が出来たってとき、サッパリできる!
夏に海水浴してシャワーだけだとまだ潮が残ってる気がするなら、
風早で大きなお風呂できれいさっぱり。、あったまってください
もちろんインターネット接続は無料!
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勝本浦 石井敏夫さん所蔵画像
中国から日本に梅屋トク、梅屋庄吉、ほかを三体の胸像が贈られることになったとか。
そのうち梅屋トクは壱岐出身の人だから壱岐に置くことになった。
トクは勝本浦塩谷の香椎家の人、一部で勝本浦のどこか、生家近くに・・という要望もあったが長く保存保管するにには個人や有志では無理があると、当初の予定通り博物館に収まることになった。
3月15日です、お時間ございましたら是非どうぞ!
石井さんの写真も、多分展示されると思います。 以下、博物館のホームページに掲載の案内より
このたび一支国博物館では、梅屋トクの胸像を設置し、それを記念して「梅屋トク展」を開催することにいたしました。
梅屋トクは、辛亥革命の指導者であった孫文を、盟約に従って生涯支援し続けた長崎出身の梅屋庄吉の妻でした。 孫文と庄吉の関係を活かして、長崎県では、辛亥革命から100年目にあたる今年度、中国との交流促進や観光客誘致のための プロジェクトを推進していることは皆様ご承知の通りです。一方、中国側では、この梅屋夫妻の功績に対する感謝の意を込めて、 長崎県に孫文・庄吉・トク3人の銅像を贈り、トクのふるさと壱岐市にトクの胸像を贈ることにしました。 壱岐市では、この胸像を一支国博物館に設置することにし、同時にこれを記念して、郷土の誇りである梅屋トクについての 特別展を開催する運びとなりました。 つきましては下記の通り、「梅屋トク像 除幕式」ならびに「梅屋トク展 開会式」を開催させていただきます。 ■梅屋トク像 除幕式/梅屋トク展 開会式 日時:平成24年3月15日(木)午前8時30分〜 場所:一支国博物館 1階エントランスホール ◎梅屋トク胸像は、当館1階エントランスホールに設置致します。 ■梅屋トク像設置記念 特別開催 梅屋トク展 会 期:平成24年3月15日(木)〜平成24年5月6日(日) 場 所:一支国博物館 3階多目的交流室 時 間:午前8時45分〜午後5時30分(最終入館 午後5時) 観覧料:無 料 主 催:壱岐市立一支国博物館 後 援:壱岐市、壱岐市教育委員会、長崎県、長崎歴史文化博物館 特別協力:小坂文乃 |
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アホな役人がその名前を恥ずかしいとアホなことやってるという、アホウ塀
日本で二番目にカネモチだったという 勝本土肥鯨組の茶屋屋敷の石塀。
いくら金があるとはいえ、こんな石垣はいらんめえ、あほなことよ・・・ということでいつしか「アホウ塀」とよばれるようになりました。直接見てみてください、おっそろしく高い、長い・・。隣の二階建ての屋根より高い。
三年の年月をかけて築いた高さ7メートル、長さ90メートルの石垣はかなり細かく計算されて組まれたようで、石と石の隙間がほとんどない精巧なもの。
どんな屋敷が建っていたのか資料がありませんが、金銀をふんだんに使った超豪華な屋敷だったそうです。
上方でも直接鯨の肉や脂の販売事業を手広くやっていて、京都で散財し、気に入った女をかたっぱしに身請けして勝本に連れてきて住まわせて、順番に鯨組の男たちと所帯を持たせていたようで、勝本浦にはいつしか壱州弁と京都弁が混じった「勝本弁」が定着しました。 私もそうですが、勝本漁師は自分のことを「あたい」といいます。決してオネエじゃありません。
戦前までここは大きな遊郭だったそうです。
うちのアホオヤジなどは遊びに行く年齢の前に赤線廃止になったようですが、悪がきだったのでわざわざ馬場先から何度も大人の世界を覗き見に来たらしい。 もちろんなかには入れません。
出入り口の門の前に、いかにも喧嘩の強そうな用心棒のおっさんが立ってっていたそうで、見つかっては「われたちゃまた来ちょい、帰れ!」と怒鳴られていたそうです。
われわれの年代は、小学校の予防接種や検診で、熱が出た、腹が痛いなどで現在敷地内の手前に建っている勝本診療所に何度も通いましたが緻密に組まれた石垣だとは知りませんでした。石垣があることはわかってましたがツタや草で覆われていました。
15年ほど前、市の要請で暇な老人たちに声がかかり、このツタや草を取り払ってみて、石と石の隙間のない立派な石垣だとわかりました。
声がかかった暇な老人たちの中にうちのオヤジもいて、 あらあいっきよい立派な石垣やったばい、隙間んなかと・・と言ってました。
ガキの頃遊郭覗きに来て見ていたはずなんですがね・・
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