おいしい無農薬発酵肥料有機野菜で、自給自足的健康生活!

無農薬有機肥料での栽培方法、健康との関係、簡単なレシピの紹介をします。

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今日は第3集、第4集を飛ばして、第5集 「そして日本人が生まれた」について書きます。

2300年前、大阪平野に土着の縄文人ではないひとたち、大陸からの渡来人が出現します。
中国の春秋戦国時代、戦さに敗れ大陸から新天地を夢見て日本に渡ってきた渡来人は、
土着の縄文人とトラブルが発生すると、当然といえば当然なのですが、相手を殺して問題を解決しました。
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今までになかった人間同士の殺し合い、戦さというものが初めて日本で発生したのです。

強力な武器を持ち、戦さなれした渡来人が圧倒的に優勢で、わずかの間で
大阪平野から濃尾平野までが渡来人の支配地域になりました。
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しかし、森の民ではない渡来人は、縄文人が多く住む東日本には進攻できず、
その状態がしばらく続きます。

ところが、しばらくすると渡来人の支配地域で、その土地の粘土を使った縄文式土器が、全国各地で発見されました。
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さらに、2100年前の小田原中里遺跡で、6万m2もある大集落が発見されます。
住民の多くは土着系縄文人ですが、渡来人の骨も発見され、
土器も縄文式土器だけでなく、大陸系の土器も発見されました。

すなわち、多数を占める縄文人が森の開墾を担当し、水田稲作は渡来人が担当していたようです。

縄文人もすでに稲作をしていましたが、渡来人の優れた稲作技術を認め、
交流し、融和する道、共存共栄の道を選んだのです。

そして、土着系縄文人と渡来人はいっしょになって、次の弥生時代をつくりあげ、日本民族の原型ができあがります。
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大和民族とは、シベリアのブリヤート人、インドネシアのワジャク人、それに大陸からの渡来人が
混血してできたものであり、決して日本列島に日本人というひとつの純粋な血筋を持った民族があったわけではなかったのです。

また、世界の歴史において、民族間、国家間の争いで一方が他方を完全に制圧、支配してしまうまで
戦うということが常でしたが、日本列島では互いの優れた点(縄文人の開墾技術、渡来人の稲作技術)を認め合う共存共栄社会が実現しました。

発明改良の知恵、そして共存共栄・和のこころ、このふたつが日本人であることの大きな特長だったんですね。

大和魂というのは、絶対に勝つといった精神をいうのではなくて、自然の中で発明改良により生活を豊かにし、争わず互いに認め合う和の心こそがふさわしいのではないかと思います。

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方角は違いますが、
うちの奥さんの母親の兄弟はみんなポリネシア系の
顔つきで、色黒で髪の毛もくせ毛です。
誰がみても南方系です。東北地方に生息しておりますが
昔船でやって来たのだろうと自らもそう思っています。
うちの奥さんには引継がれませんでした。

2011/5/18(水) 午後 7:25 hanapapa 返信する

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スンダランドから黒潮に乗って東北まで行ったのかも知れませんね。ワジャク人の子孫も、目がキラキラ輝いていて、可愛かったですよ。

2011/5/18(水) 午後 8:34 [ genkigaichiban ] 返信する

genkiさん
難しい・・・とっちーは???です。
オクラ 2本立てにしました。畝幅が狭いので・・・しかし
虫攻撃にはうんざりです。今は、木酢液と薫タンですが
じぃじは低農薬の消毒剤を散布してますがウリバエは防ぐことができません。

2011/5/18(水) 午後 9:35 とっちー 返信する

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防虫対策わたしもいろいろしましたが、結局カメムシと葉まき虫には負けました。お金がいるのでお金があっただけですが、今年は、オクラハウスで防虫しています。

2011/5/18(水) 午後 10:56 [ genkigaichiban ] 返信する

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