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証言集め命果てるまで

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自分史同好の集いで満蒙開拓団について説明する重田さん(左)

(6)戦争体験を次世代に−記録作り

証言集め命果てるまで


 「ハルビンに向かう途中、侵攻してきたソ連兵にすべて略奪されました」。金沢市内で9日開かれた「自分史同好の集い」(県教育文化財団主催)で、戦争体験者が約100人の参加者を前に自らの生々しい体験を語った。

 集いは15年前から、県内在住の元特攻隊員や中国残留孤児らを招くなどして月1回のペースで開催され、151回を数える。戦争の記憶を語り継ぐ県内でも唯一の取り組みだ。集いで語られた証言を集めた本もこれまでに3冊出版した。

■遺族の姿原点に■ 同財団理事長の重田重守さん(73)(金沢市笠舞)は、戦争を語り継ぐ活動への熱意を「少年期に見た遺族の悲壮な姿が自分を動かす原点」と語る。

 重田さんは旧鳥越村出身。物心がついたころには日本は戦渦のまっただ中。わずか25戸の集落から13人が戦地に赴き、5人が戦死、満州(現中国東北部)に渡った開拓団9人のうち、8人が帰らぬ人となった。だが、その家族は決して人前に感情を出そうとはしなかった。娘を「大陸の花嫁」として満州開拓移民に嫁がせた母親は、じっと庭の木にしがみついて悲しみをこらえていた。息子の戦死の知らせを受けた家では、父親が親戚縁者の前で、「国に命をささげた」と軽く笑みを浮かべていた。こらえきれなくなった嫁がむせび泣いた。

 戦後、重田さんは古美術商を営み、その出入りを通じて財団創設者と知り合い、現在の事業に携わるようになった。折しも自費出版による自分史作りがブーム。93年に戦争体験記を募集したところ、172人から応募があり、すべて本に収録した。また、原体験でもある白山ろくから満州に渡った開拓団の悲劇について、生存者の聞き取り調査と現地取材に10年を費やし、昨年出版。大きな反響を呼んだ。

■若者の参加少なく■ 戦争体験を次の世代につないでいきたい。だが、何度も集いに若者の参加を呼びかけているが、出席は皆無。2001年8月には、中高生向けに体験記の朗読会を開いたが、集まったのは2人だけだった。「子どもは純粋で『行きなさい』と言われれば参加する。それよりも親に関心が無いことが原因。『語り継ぐ』と口で言うのは簡単だが、我々でさえこの程度」。言葉には徒労感が漂う。活動の後継者も探しているが、「事業はボランティア。心の機微を読む資質も求められるため、なかなか難しい」。

 今年7月、「あれから60年―わたしの残したい話」をテーマに原稿を募集したところ、100通以上が集まった。「『語り継ぐ』。その思いは捨ててはいけない」。体の続く限り証言の収集に終わりは来ないと思っている。

       (おわり)

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