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夏の終わりに近いある朝、三人は大阪駅に降り立った。
大阪駅前からは市電が忙しげに動いていたが、途中の車窓からは
延々と続く焼け跡と、大きな爆弾池が点在しているのが見えた。
母は父の故郷、山口県の萩へは向かおうとせず、
博多駅から自身が生まれ育った
大阪を一直線で目指した。11人兄弟の末っ子だった母は、
10人もの兄や姉が住んでいる大阪が
一番頼りに成る街に、思えたのだろう。
まず最初に母の長姉、小春おばちゃんの所を訪ねた。
森小路にある、門も塀も無い、小さな二階家だった。
ご主人は小学校の先生だったが、生活は苦しそうだった。
長女、千恵子さんに、婿養子を迎え3人の子供共々
この家に同居して、暮していた。
此処に引揚者の親子3人の這いり込む余地は無かった。
既に実家で米屋をやっていた、築港にあった家は
戦災に遭って跡形もなく、消えていた。
後を継いでいた長兄の消息は解らなかった。
急遽急いで兄、姉の所へ総て連絡を入れたが、
何処も自分等が食べるのが精一杯で頼れるところは無かった。
取り敢えず引揚者簡易宿泊所を探し当て
此処で何か手立てを考えるしかなかった。
右も左も人々は腹をすかして歩いていた。
母は、サツマイモを蒸かして、ざるに入れ布巾をかぶせて
街中で立ち売りしながら、生計を立てようとした。
千林の商店街に大人気の薬局が在った。
チリ紙や歯ブラシ、歯磨き粉・石鹸等が飛ぶように売れていた。
その店の右横に細い路地が在った。
その路地の入口に立って、ふかしイモを売り始めた。
龍司も横に立って大声を張り上げたが、
売れ行きは、サッパリであった。
二日目の夕方、「商売は如何ですか?」声の主は
薬局のご主人だった。
ニコニコしながら、「店の者のおやつにいいな」
「後幾つあるの」「残りは全部買わせて貰いましょう」
と、救いの手を出して呉れた。
この時は、涙が出るほど嬉しかった。
後に成って解った事だが、
このご主人こそ、若かりし頃の
スーパーマッケット・ダイエーの創業者、
中内 功 さんで在る。
旭区役所に引揚者相談センターが在る。
此処で紹介された民生委員の方のお世話で
母子寮へ入れる事と成った。
母子寮の名前は「赤川ホーム」である。
カリタス修道女会の運営であった。
2階の一室に祈祷所が在り
月に一回はサレジオ会の修道神父が訪れミサが行われた。
寮長は、シスターユリアナ・久保先生である。
龍司は此処で初めて小学校へ入学した。
年齢を基準にされて、4年生への編入であった。
毎日は退屈で、面白くなかった。
教室で行われるすべての教科は、
全て知り尽くしている事ばかりであった。
試験は総て100点。
甲、乙、丙、ランクでは、全甲。
優、良、可、ランクでは、全優。
運動も騎馬戦や棒倒しなど、龍司に敵う者等無く、
相撲を取っても6年生が相手でも
左手一本で土俵の外へ吹っ飛ばしてしまう。
ここでもまた大相撲からお誘いが在った。
腹いっぱい飯を食わすからと言われたが断った。
5年生に成った時・全大阪健康優良児の代表に選ばれた。
時の大阪府知事、赤間文蔵氏から表彰状を貰った。
腹の足しにもならない紙切れは、嬉しくも無かった。
学校は本当に退屈で、面白くなかった。
興味を持ったのは、日曜日ごとに通う
関目カトリック教会の神父さんの話であった。
神学校で学び・哲学博士・音楽博士・の資格を持つ
西村神学神父である。
サレジオ会の修道神父は全部外国人であったが
西村神父は日本人である。
毎週末には、赤川ホームから4キロほど離れた関目まで
約45分かけて歩いて通って行った。
西村神父のお話に影響を受けて旧約聖書を読破した。
新約聖書は総て暗記した。
解答形式で書かれた、カトリックの教義書、
公共要理に熱中した。
全ての質問に、実に明快な答えが得られることに感激した。
此れも完全に暗記した。
どのページの、何処を質問されても、即答できた。
少学4年生の暮には神童と呼ばれていたが
カトリック信者と成るべく、洗礼の秘跡を受けた。
クリスチャンネームは、ドメニコ・サビオ。
小額5年生の暮には
キリストの騎士と成る為の儀式、堅信の秘跡を受けた。
堅信名は、ドン・ボスコである。
我国へキリスト教を普及する為に来日した聖人
フランシスコ・ザビエルの「軌跡の片腕」が
上陸400年記念式典の目玉として
我国へ送られてきた。
大阪では甲子園球場で盛大なミサが開催され
其の後各地のカトリック教会で
荘厳なミサが行われる事に成った。
関目教会でも西村神父の流麗な歌ミサが予定された。
此のころ龍司は簡単なラテン語のやり取りは
出来る様になっていた。
助祭の資格を取っていたのである。
助祭とはミサの最中に司祭に寄り添いミサの進行を補佐し、
御祈りの受け答えを行う少年の役所である。
今回の歌ミサでは
フランシスコ・ザビエルの
「奇跡の片腕」を捧げ持つ大役を仰せつかった。
つづく
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14)焼け跡の大阪で
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