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聖母の騎士学園での生活が1年を過ぎやっと環境に慣れた頃
大阪の赤川ホームから一通の手紙が届いた。
寮母シスターユリアナからの便りである。
母が出産した後、強度の精神障害を起こし
精神病院へ入院した。
取り急ぎ一度戻ってくるようにとの内容であった。
手紙には帰りの旅費が同封してある。
「出産?」何事だ、誰の子なんだ!
「精神病院?」何故、何が在って、気が狂ったんだ。
一体母の身の上に何が起こったのだろうか?
考えられない、信じられない、如何考えても在り得ない出来事である。
龍司は一瞬立眩んだ。
帰り着くと、赤川ホームは静かだった。
シスターエレナが両手を大きく広げて龍司を迎えて呉れ
優しく抱きしめて呉れたが、言葉は一言も出なかった。
経緯について説明してくれる人は誰も居なかった。
部屋に入ると布団の中に小さな赤ん坊が寝かされていた。
息は微かにしているのが解った。
男の子だと言う。髪の毛が赤かった。日本人では無い!
時々通ってくる、修道司祭の面影が一瞬、脳裏を過ぎった。
母の様態が落ち着くまでは面会できないからと
入院先は教えて貰えなかった。
俺は此の子を断じて弟とは呼べない。
亡父の子でない事は間違いない。
弟何て、呼べるわけは無いだろう。
妹、淳子はこの時は既にカリタス修道院へ送られていた。
龍司は頭を抱えた。いい考えなど浮かぶわけがない。
此の子の面倒を俺に見ろと言うのか?
名も無い此の子は、生かすべきでは無い。
彼は生まれて来るべきでは無かったんだ
生きていちゃあいけないんだ。
2日後の午前9時に、龍司は赤川ホームの玄関を出た。
小さな木造りのミカン箱に真綿で包んだ赤子の死体が入れて在る。
此れを両手で抱えて、
都島に在る火葬場を目指して歩き始めた。停留所4つ程の距離である。
道中で訳のわからぬ涙が溢れ出し、止まらなかった。
見たことも聞いたことも無い一人葬式である
足は重かった。
教会と修道院には、今日でキッパリと縁を切ろう。
受付で林檎箱を差し出すと。吃驚した係員は
「ご両親は?どなたか付添いの方は?」
等と狼狽えたが、何とか引き受けて貰えた。
火葬場では仏教のお坊さんがお経をあげて呉れた。
焼き場では、1時間も待たずに
木造りの小さな骨箱を渡された。
哀れに思ったのか「費用は一銭もいらないよ」と言ってくれた。
その足で生江小学校へ向かった。
校長先生に退学を申し入れた。
今は6年生2学期の途中である、せめて卒業まで我慢しなさいと
担任や教頭先生を交えて大騒ぎと成ったが。
事情細部は口に出来るような事で無いので
ただひたすら、卒業証書は要りませんので今日で退学します。
と、言い張って頑張り通した。
学校を出ると、赤川ホームへは戻らずに
大阪駅へ向かった。
東京へ行こう!
大阪駅周辺は、乞食、浮浪児、闇屋等々でごった返していた。
金は60円しか無い。
10円で入場券を買いホームへ上がった。
グットバイ!
カトリックも、サレジオ会も、カリタス修道女会も
赤川ホームも、聖母の騎士学園も
グットバイ
!
つづく
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17) グットバイ
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