日大 地球システムのスタッフブログ

日本大学文理学部 地球システム科学科 のブログアーカイブ

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 お忙しいところ無理やりお邪魔してインタビューしましたのは、我々の大先輩であります、東京大学大学院教授、辻誠一郎先生です。
最初はとてつもなく緊張しましたが、こちらのたどたどしい質問に真剣に向き合って答えてくださり、最後は仕事だということも忘れてお話に夢中になりました。

これから大学に入って研究しようという皆さんへの、貴重なメッセージです。



―――ホームページで経歴を拝見いたしましたが、先生は当学科で働いておられたのですね。

 そうです。遠藤先生(教授:第四紀地球環境研究室)に誘われて、実験助手として5年間ですね。その時は岩石鉱物鉱床学をやってて、岩石学実験とか、鉱物学実験とかの補佐をしてたんですよ。


―――そうなんですか。てっきり、花粉の研究をしていらっしゃったのかと思っておりましたが…

 もとの専門はそれですよ。生態とか花粉とか。そもそも自分は文系志望だったんですよ。哲学が好きでね。禅の思想なんかに興味があって。それでまぁ、この大学に入った時に自分は何の研究をしようかと思って色んな文献を読み漁ったんですよ。それで生態系の歴史を学びたいと思うようになったのですが、でも学科にその道の先生がいなかったので、東北大学の有名な先生の所に行って「弟子にしてください」とお願いしたんですよね。この学科はね、遠藤先生にしても堀福太郎先生(元教授:岩石学専門)にしても、そういう気持ちをサポートしてくれるというのがいいところですね。


―――仙台まで通っていらっしゃったんですか。

 いやもう、住み込みで。「弟子にしてくれますか」と言ってしばらく様子伺いされていたんだけど、いろんな技術が必要だってことがわかって。それで東京に半年くらい基礎的な技術習得のために戻ったんですね。


―――それで岩石鉱物鉱床学というのは、生態系の歴史とはだいぶ分野が離れているような気がするのですが。

 そんなことはない。そのときやっていた岩石や鉱物の知識が、今もあらゆるところに活きていますよ。生物も岩石・鉱物も同じ地球の生態系を構成しているものですから。例えばその時火山地質や火山灰層序学を学んだお陰で、生態系の歴史を編年したり生態系の成り立ちを考えるときに重要な武器になっています。分野名っていうのはね、後から付けられたものだから。


―――なるほど…。自分は頭が固いので研究を「○○分野」という名称でしか捉えられないんですが…。

 ハハハ。


―――その後また、分野名で言うと違った方向に行かれますよね。

 大阪市立大学の理学部で植物分類学と生態学を15年やっていたんですが、だんだん人間の方に興味が移っていったんですね。人間と環境という身近なところにね。人間の活躍は生態系をどのように作ったか、またどうやって作り変えていったか、そして作ったのならそれが地球環境に良かったのか悪かったのか、といったこと。例えば農業は人間の営みでできた新しい生態系ですけど、それがどんなプロセスで、地球にとってどのような影響があったか。こうなると考古学も入ってきますけど。その辺から、もともと興味のあった哲学と関わってきたように思いますね。


―――哲学ですか。

 そう。人間のことを考えているし、生きるということは哲学だから。
 それから国立歴史民俗博物館の歴史研究部で助教授として、完全に文系の考古学とか歴史学の世界なんですが、環境学と歴史学をくっつけたような環境史という世界を開拓しようということで、人間と環境との関わりの歴史を読み解くにはどうしたらいいかということを考えたわけです。それを切り開く手法として、人文社会科学だけでなく、地球科学や生物学を使いまくったのです。


―――具体的にはどういった研究をなさっていたんでしょうか。

 合理主義以前の世界観を重視するんです。歴史や文化・体験を通して認識論まで高めて、その当時の精神世界を復元する。例えば工業とか大量生産などといったものは合理主義の産物ですね。それに対して、例えば色の文化史。ここに青い瓶がありますけど、青というのは人間が本来ずっと基調として用いてきた色なんですが、なぜ青なのか、どうして人はその色に傾倒してきたのかってことは合理主義とは関係ないですよね。現代は精神世界の豊かさを求める人がものすごく増えている。合理主義がこれだけ発展しているのになんでだろう?と。色に限らず、そういった合理主義に代わるものがあれば地球生態系はもっとsustainable(持続可能)なものにしていけるんじゃないかと思うんですよ。そのためにね、過去の精神世界を知ることが必要になってくる。


―――哲学的ですね。

 そうです。自分がずっと支持してきた西田哲学というのがあるんですが(西田幾多郎:哲学者)、その根本にあるのが、「知るということは愛情を持つということ」要は知ることと愛情の抱き合わせですね、それを実践した形になったかなと思いますね。知るためには人文科学だろうが社会学だろうが、自然科学だろうが手法は問わないんですよ。人文科学・社会科学・自然科学の学融合ですね。


―――ようやく固い頭にもピンと来たような気がします。高校生や大学生に向けて伝えたいことはありますか。

 今はいろんな分野出身の学生の面倒を見ていますが、彼らにはそれぞれ自分なりに学融合をして、新しい認識の世界を考えていってほしいと思います。自分は1980年頃に「ショックと彷徨の理論」といった理論を作り出して、火山噴火や突発的な環境変動に関する論文を書いたんですね。縄文時代を4つの画期的な出来事ごとに時代を分類して発表したんですが、当時は大きな反応はなかったのに今になって若い研究者が注目してくれているんですね。ほんとうの姿を見出すために、考古学とか生態学とかの分野に閉じこもって考えては、見るべきものが見えなくなります。土器の見方を考古学的だけでなく他の見方から見れば、一つの社会がわかるんです。

 一つの専門だけを追っていては、広い知の世界に針で点を突くようなものです。我々が知りたい知の世界は限りなく連続的なものなのになぜ放っておくのか。分野のすき間の科学を行っていけば、もっと面白いことがあるはずなんです。

 これから大学に入ろうという人は、大学出たところで22歳かそこらですから、それからいろんな人生があるわけです。夢を持つのはいいことですけど、研究者になりたい!と生き様を決めつけていては損をしますよね。まずいろんなものに関心を持つこと。知ることは愛すること、愛することは知ること、そういった人生を貫けるような哲学を育んでほしいですね。疑問だと思ったことを素直に追えば広い空間がある。それを教えてくれるような大学に行って欲しいと思いますね。


―――どうもありがとうございました。

(・・・と、青い瓶からお酒が注がれて、辻研究室の長い夜が始まるのでした。乾杯!)



(インタビュー後記)
 青い瓶のお話がありましたが、先生はそれに非常に興味があるそうで、研究室の棚に様々な青の瓶が置いてありました(写真の瓶は先生の研究室のものではありません)。
 そしてお酒の瓶の底にある点字のような記号について「生産者が意図した以外の意味があるかもしれない」ということで分類してみたいとおっしゃっておりました。
 非常に興味深く、また貴重なお時間をありがとうございました。

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