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今回は前投稿(七星山)の続きみたいな話です. 七星山がある大屯火山群の西麓に位置するのが北投温泉です.北投は日本統治時代に温泉街として整備され,大正12年に皇太子(後の昭和天皇)も訪れたという名温泉なのです. 温泉街の一番奥にある泉源「地熱谷」は高温の温泉水の湧き出しのために,もうもうと湯煙が立ち上り,強い硫黄の臭いがします.この温泉,なんとPH.1.2-1.6の強酸性.北投で最も歴史のある銭湯といわれる「瀧乃湯」に実際入ってみましたが,肌が真っ赤になりヒリヒリ痛みました・・・.お勧めです. 写真1,2:地熱谷の様子 写真3:泉質を示した看板 写真4:瀧乃湯入り口 この温泉は北投石が見つかったことでも有名ですが,それは次に書くことにしましょう. 温泉大好き,村瀬雅之
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早朝にアリーカを出発した車は,一路アルティプラノの高地をめざして登り始めた.高度差はおよそ4000mである.前のトラックには運転手,ウーゴ氏,そしてわたしが,後のトラックには運転手,ラーセン教授,そしてN氏が乗り組んだ.前日より高熱と下痢でグロッキー気味のわたしは,運転席にへたりこんでいた.トラックは未舗装の急な坂道を,土煙を上げながら驀進していった. アルティプラノの高原にたどり着いた頃には,陽もすっかり暮れていた.この日の宿舎は国境警備隊の軍隊の基地である.われわれに与えられた宿舎は,木製の貨車を改造した兵舎で,窓もなくあかりはランプだけであった.高熱で意識も朦朧としつつあったわたしは,夕食もとらず,布製の簡易ベッドに崩れこむように横たわった. その夜,心配したラーセン教授らが,基地の軍医を連れてきてくれた.わたしは尻に注射を打たれた.白衣を着た寡黙な軍医は高山病ではないだろうといったきりで,それ以上の詳しい説明はなかった.翌朝になると,熱は少し下がって楽になっていた.しかし,無理はできないというので,その日わたしは基地に留まり,火山調査には参加しないことになった. わたしは一日中暗い貨車の中に横たわっていた.ここから日本は遠い.日本は地球の裏側である.もしかするともう日本には帰れないかもしれない.30代の初めで,こんなところでこの世とおさらばになるかもしれないが,まあそれも運命なのかな,などとぼんやりと考えながら,貨車の外にみえる強い昼の日差しを浴びた褐色の山肌を,一人ぽつねんと眺めていた. つづく(高橋正樹)
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