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島原大変

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今日,5月21日は日本の火山災害史上忘れられない日です.長崎県島原半島にある眉山(まゆやま)は1792年5月21日(旧暦四月一日)の夕方,強い地震を引き金に東側斜面が崩壊し,崩壊した多量の土砂は眉山の山麓を埋め,有明湾に急速に流れ込んで大津波を引き起こしました.この津波は対岸の熊本県側の海岸部の村々を襲い,津波や土砂による生き埋めにより,1万5000人余りが犠牲になったといわれています.これはわが国の火山災害史上,最大の犠牲者数です.当時,熊本県側は肥後(ひご)の国と呼ばれていたため,この災害は「島原大変,肥後迷惑(しまばらたいへん,ひごめいわく)」という言葉とともに現代まで語り継がれています.

上の写真は丁度,眉山のすぐ東側に建つホテルに宿泊したときに撮影したものです.崩壊後200年以上経った現在でも眉山には多数の筋状の沢が発達した崩壊跡地を確認できます.また,下の写真のようにホテルの反対側の海中(港の後ろ側)には小さな島々が点在しています.これらの島々は眉山の崩壊物が作る多数の小山で九十九島(つくもじま)と呼ばれています.この写真の右手には対岸の熊本県側の山並みも見えます.

5月21日の地震が発生する前の2〜3月には眉山の西方の普賢岳で溶岩流が流れ出す噴火が続いていました.このため,肥後の国の人たちは恐らく自分たちには関係の無い「対岸の火事」としてこの様子を見ていたに違いありません.しかし,眉山の崩壊とともに予期しなかった大きな津波が暗闇の中を突然自分たちの方に襲ってきたため,被害が大きくなったと思われます.最近の古文書の調査などから熊本県側では10m以上の高さの津波が何度も襲来したこと分かっています.

島原大変から200年余りが経ち,当時と比べ物にならないほど防災対策は進んでいます.しかし,防災対策に「完璧」はなく火山噴火や地震などが頻発するわが国ではこのような災害があったことを忘れてはいけません.また,今回,中国で発生した四川大地震も決して他人ごとではありません.このような時こそ「対岸の火事」ではなく,「他山の石」として地震や津波に遭遇したときにどのように避難したら良いか,本棚や家具は固定されているか,水や避難用品はあるかといった身の回りの防災対策を確認したいものです.

宮地直道

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