日大 地球システムのスタッフブログ

日本大学文理学部 地球システム科学科 のブログアーカイブ

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先日,眉山崩壊による島原大変のことを書きましたが,1991年5月20日はこの眉山に隣り合う長崎県雲仙普賢岳が噴火して山頂に溶岩ドームが出現した日でした.普賢岳の噴火は1990年から1995年まで続き,この間に9000回以上の火砕流が発生して44名の方々が犠牲になりました.また,噴火が終息するまでに火砕流や土石流により1700軒近くの家屋が埋まり,一時は7000人あまりの人たちが避難し,避難生活が5年以上に及ぶ人たちもいました.現在,普賢岳は目立った火山活動を停止しており,ヘリコプターからの様子は先月,村瀬さんがこのブログでご報告されたとおりです http://blogs.yahoo.co.jp/geogeosys/6928812.html .また,噴火で被害を受けた町並みは完全に復旧し立派な道路や橋も作られています(写真).これから数回にわたってこの噴火の話をしたいと思います.

普賢岳の噴火の中でも最も深刻な被害が発生したのは1991年6月3日の噴火で,このときに発生した火砕流に巻き込まれ43名の方々が犠牲になりました.普賢岳の火砕流は山頂の溶岩ドームの一部が崩落して発生するタイプのもので,火口から数100度の高温のマグマの破片やガスの混じったものが時速100km近くの高速で流れてくるため,目の前に遭遇したら逃げるすべがありません.「火砕流」という言葉は,この噴火が起きるまで日本では火山の専門家くらいしか知りませんでしたが,この日の惨劇が噴煙の映像とともに全国のニュースで繰り返し流されると,火砕流の恐ろしさを一般の国民も思い知らされることになりました.

犠牲者の中には火山噴火の映像記録を撮影するために来日していたフランスの有名な火山学者であるクラフト夫妻や,日本の火山の研究のために来日していた若きアメリカの火山学者のグリッケン氏も含まれていました.ご主人のモーリス・クラフトさんとは亡くなる数年前にお会いしましたが,2m近い巨体に似合わず握手をすると大きくて大変柔らかな手であったことが印象的でした.とても仲の良いご夫婦で,お二人で世界中の火山噴火を撮影していました.ハリー・グリッケン氏とはちょうど数週間前に一緒に食事をしたばかりでしたが,とてもシャイな青年で日本には多数の友人がいました.いろいろな事情があったとはいえ,これらのプロの火山学者でさえ噴火で命を落としてしまったことは,私を含め日本の多くの火山学者にとって大変なショックでした.この日の噴火を境に日本では火山噴火による災害を減らすための研究や取り組みが本格化したのです.

宮地直道

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