日大 地球システムのスタッフブログ

日本大学文理学部 地球システム科学科 のブログアーカイブ

地球の見所(国内編)

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梅雨の頃に愛知県瀬戸市にある粘土鉱山へ行ってきました.
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粘土鉱山は驚くほど広大で,梅雨空を吹っ飛ばすような爽快感を感じました.

愛知県瀬戸市周辺には,瀬戸陶土層と言われる地層が分布しており,
陶器の原料としてつかわれる木節粘土(キブシネンド)や蛙目粘土(ガエロメネンド),
またガラス原料としてつかわれる珪砂(ケイシャ)などが採掘されています.
↓の黒茶色の部分が木節粘土,白い部分が蛙目粘土,下位の灰白色の部分が珪砂にほぼ相当する層です.
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瀬戸陶土層は,花崗岩の風化生成物が堆積したもので,
木節粘土は,高品位の粘土材料で,その名の通り,炭化した木材が含まれているのが特徴です.
蛙目粘土は,木節粘土よりも粘土含有量が少なく,
代わりに含まれる石英粒が蛙の目のように見える為,その名がつけられており,
珪砂はほとんど石英粒からできていいます.

木節粘土や蛙目粘土は,水簸(スイヒ)と言われる行程を経て,
粘土分だけが集められ,最後は板状にプレスされ出荷されます↓.
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日本で,セトモノといえば陶器の代名詞となっており,
おそらく日常的に瀬戸で生産された陶器を使っていると思われますが,
今もなお,原料調達から加工まで全てこの周辺で行われているということは知りませんでした.

瀬戸周辺は平安時代から窯業が営まれており
周辺の丘陵地には,当時の登り窯の跡地が大量に発見されているそうです.
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↑陶芸資料館に保存されている登り窯跡

日本の焼き物文化に関する資料館などもあり,
瀬戸市は,地質好きの方や焼き物好きの方は,一日中楽しめる場所だと思います.

金丸龍夫


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地質調査実習

茨城県ひたちなか市の平磯海岸へ地質調査実習へ行きました.
ここには白亜紀後期に堆積した礫岩から泥岩がみられ,
異常巻きアンモナイトなどの各種動植物の化石が見られることで知られています.

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↑の写真のように40度ほど傾斜した地層が見られ,
地層の姿勢を調べる練習には最適です.
ちなみに,写真手前に見える赤茶色のものは「ひじき」だそうです.

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↑潮が引くと,沖合まで泥岩が露出してきます.

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泥岩部には,生痕化石らしきものがしばしば見られます.

この日は晴天で,多くの家族連れがバーベキューや磯遊びなどを楽しむ中,
ひたすら石を見つめていたため,
実習中何人かの地元の方に話しかけられましたが,
皆さんの地学リテラシーの高さに驚かされました.
今から私が説明しようとしていることを,漁師の方が全て説明してくれたりして・・・

周辺には海水浴場や魚市場などもあり,
家族や友達と地学散歩しながら一日楽しめる名所だと思います.


金丸龍夫


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竜巻

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今から30年ほど前のことである。私がまだ大学院の院生のとき,研究室の先生の手伝いで北海道十勝地方に気象観測に行った。十勝地方は農業が盛んであるが,風が強い場所であり,碁盤の目のような農地は防風林に囲まれている。そこで,この防風林の効果(どの位置で風がどの程度減衰するのか)を明らかにするために,数台の風向・風速計など,気象測器を設置し,観測ベースにテントを張って数日間の観測を行った。

機器の設置も進み,データも順調にとれ出したので,3名ほどで周辺の防風林の様子を調査すべく十勝平野を車で走りまわった。風の強い日であり,良いデータが得られるだろうと期待しつつ移動している矢先,遠方に砂煙を見つけた。これは竜巻ではないかとその方向に向かい,何枚かの写真を撮った(写真1,2)。
規模としてはそれほど大きなものではない(つむじ風程度?)が,竜巻というものに遭遇したのが初めてだったため,新鮮な驚きを覚えたのを記憶している。その後,年がたってから米国において,一度は海上から陸に近付く竜巻を,また一度は西部の乾燥地帯を移動する竜巻を見るという経験があったが,その時は距離が離れているにもかかわらず,これが近付いてきたらという恐怖を覚えたのも事実である。やはり自然はあなどれないということである。

さて,十勝平野の観測の話にもどるが,竜巻の写真をとった後,我々はその話を土産に意気揚々と観測ベースに向かったところ・・・そこで見たものは,竜巻によって吹き飛ばされた観測ベースであった。ベースを守っていた仲間の話によれば,いきなり竜巻に襲われ,テントが数メートル上空に巻き上げられ,その中の測定機器はひっくり返って大変だったとのこと。彼らは身をもって竜巻を体験したのであった。幸い,測定機器に大きなダメージはなかったため,観測は復興して続けられたが,自然は怖いということを身をもって体験した観測であった。


加藤央之

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根室車石

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暖かくなってきたとはいえ今年は寒い日がまだまだ続き,このような日にはカニ鍋が欲しくなります.カニの中でもゆでると真っ赤になる花咲ガニは最高ですね.
というわけで,花咲ガニで有名な花咲漁港に近い北海道東部の根室半島花咲岬にある根室車石(ねむろくるまいし)の話です.
根室車石は約6500万年前の中生代白亜紀の末期に恐らく海底火山から噴出した玄武岩質の溶岩がその重みで柔らかい海底の泥の中にもぐりこみ,ややゆっくりと冷え固まってできた半径約3mの小球状の岩の塊のことです(写真上).

なぜ車石かというと,溶岩が冷える過程で表面から球の中心方向に向かい垂直方向の割れ目ができ,この割れ目の形が車の中心軸から四方に伸びるスポークに似ているからだそうです.このような割れ目のことを放射状節理といいます.また,球状になったのは,溶岩の先端は停止したものの,後から溶岩の供給は続き,行き場がなくなった溶岩が膨れ上がったため,と考えられています.昭和14年には国の天然記念物に指定され,観光地になっています.この時代にはアンモナイトやイノセラムスなどの生物が海の中を泳ぎ回っていたはずです.噴火に遭遇した生き物はゆで上がってしまったことでしょう.


一方,この岩体のそばでは丸い岩が積み重なっているように見えます.海底に流れ込む溶岩の量が少ないと溶岩は泥にもぐりこむことなく海底に積もり,海水によって急速に冷やされ,細長い指の集合体のような形で固まります.その断面をみるとあたかも楕円形の枕を積んでいるように見えるので枕状溶岩といいます(写真下).枕状溶岩は下位の溶岩の上に積み重なるため,楕円形というよりも底がやや平らな正月の餅のような形をしています.そして,その中心部に向かい車石よりは細かいですが放射状割れ目が発達しています.海の中でどのようにして溶岩が固まるかはこれまで良く分かっていませんでしたが,ハワイで実際に溶岩が海に流れ込む様子などが観察され,その出来方が大変詳しくわかるようになりました.
今度,花咲ガニを食べる機会があったらこの車石を思い出し太古の海が沸騰する様子を想像してみませんか?


宮地直道


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屈斜路火砕流

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今年も北海道東部の斜里町から網走市にかけてのオホーツク海沿岸に流氷が接岸しました.この地域は斜網(しゃもう)地方と呼ばれ,小麦やジャガイモ,てん菜の産地として知られています.皆さんが今日食事で使う片栗粉や砂糖はこの地方の作物が原料かもしれません.斜網地方の南には屈斜路(くっしゃろ)カルデラと呼ばれるわが国最大級の巨大カルデラがあります.このカルデラは34〜 3万年前にかけて繰り返し発生した大規模な噴火により作られました.この噴火に伴い噴出した火砕流(屈斜路火砕流)はカルデラ周囲の谷を埋め火砕流台地を作りました.先に挙げた畑作物は水はけの良い土地を好みます.このため,火砕流台地の広がる斜網地方は北海道でも有数の畑作地帯となったのです.ただ,火砕流の堆積面には起伏があるため,大規模な農地を作るにはある程度,人工的に斜面を削って平らな農地を作る必要があります(写真上).その結果,多くの露頭が出現しました.

このようにして作られた露頭の一つでは11万年前に噴出した屈斜路火砕流堆積物の断面を観察できます(写真中).この時の火砕流の噴出量は100km3以上と見積もられており,とてつもなく大規模な噴火の産物であることがわかります.露頭の中ほどには大きく波打ったような境界が見えます.この境界はどうやってできたものでしょう?よく見ると波打った境界の上を覆う層には多数の横筋が見えますが,下の方の層には見えません.また,境界の右側の一番谷底のようになっている部分には多数の礫が集まっていました.これらのことからどうやら下の火砕流が堆積した後,その上面が削られて凹凸ができ,そこを何度も細かな流れが覆ったようです.

この境界面を良く見ると,最初に境界を覆っているのはとても細かな火山灰の層です.ただ,この火山灰は良く見ると直径1cm程度の丸い球状の火山灰の塊の集合のように見えます(写真下).このような火山灰をもとに作られた球状の塊を火山豆石(かざんまめいし)といいます.火山豆石は空中に飛散した火山灰が落下する際に空気中の大量の水分があると,この水分をもとに火山灰同士がくっついて成長し形成するといわれています.

では,この大量の水分はどこから来たのでしょう?一つのアイディアとしては大規模噴火でカルデラが形成され,その窪みに水が溜まり,そこで新たに噴火が起きて火山灰と一緒に湖水も大気中に吹き飛ばされたことが考えられます.別のアイディアとしては,大規模噴火により多数の塵が大気中に放出され,それが気候の寒冷化とともに降雨の増加を招いたことが考えられます.このような大気中の水は降雨となり火砕流の堆積面を削り,削られたできた土砂は火山泥流となってこの地域を何度も埋めたのかもしれません.いずれにせよ噴火による気候の寒冷化や火山泥流など噴火の影響が完全に収まるには何10年,あるいは100年以上の期間が必要だったことでしょう.

このような巨大噴火はめったに発生しませんが,当学科の高橋正樹教授も著書「破局噴火」の中でご指摘の通り,このようなカルデラができる場所には少しづつマグマが蓄積し数万年に1度の頻度で巨大噴火が発生するリスクがあるのです.ただ,同時にこのような噴火による影響は長い歴史の中ではほんの一時期で,噴火のお陰で風光明媚な屈斜路湖が誕生し,すばらしい畑作地帯が作られ,我々はその恩恵を享受していることも忘れるべきではありません.


宮地直道

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