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日本大学文理学部 地球システム科学科 のブログアーカイブ

教員インタビュー

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地テムには,どんな先生がいるのでしょうか?非常勤の先生のインタビューもあります.
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だいぶ間があいちゃいましたが、教員インタビューの4番バッターは、地質科学研究室の小坂和夫教授、満を持しての登場です!
上の写真は小坂先生が撮影された、ある山に現れた断層とのこと。インタビューにもありますが、自然はいつも先生を叱り励ましてくださったんですって。
ときどき先生のおちゃめな言い回しに話のかじを取られつつ、学生時代から現在まで語っていただきました〜。




―――早速ですが、先生がこの分野の研究を始めようと思ったきっかけは何ですか?

 私の場合はいろんなことをやって挫折して、最後にこの分野が残って、もう変えられないなと思ったという大変後ろ向きな選択です。

―――ある意味、消去法的な。

 えぇ。もっと明るく語った方がいいというのであれば話し直しますが(笑)。

―――いえいえ、そのままで結構です(笑)。先生は最初は数学科に在籍しておられたと伺いました。

 大学生は数学科で、大学院から地質系でした。

―――では大学院に入るときに迷われて進路変更したんですね。

 大学院に入るときはもう心を決めていたんですが、大学生の時に、数学科にいながら哲学で卒業論文を書きました。単位は数学で取って、卒論だけ哲学で。

―――・・・それは問題ないことなんですか?

 まぁ、その頃は問題なかったということでしょう。9月卒業のね。

―――半年遅れで卒業されたんですね。

 いや、一年半遅れでした。

―――そして哲学からどうして地質系に進もうと思われたんですか?

 まぁ許される限りさまざまなことをしたいと思う気持ちが、若い頃は当然ありますよね。それから、いろんな本を読んでいるうちに、風景写真を見て、ほら、ああいうのって心が和みますよね。それであまり学問的な理由でなく、こういうところに行きたいなという気持ちを持ったんですね。本にはそのきれいな山がどういう風にできたということが書いてあって、こういう学問もあるんだなと知って決めました。

―――なるほど。そして博士号まで修得されて、すぐにここで働くようになったんですか?

 そうです。

―――勤続何年になりますか?

 えーと、60マイナス31ですから29年…植木算で多少プラスマイナスがあるとは思いますが。

―――元学生の考えですが、小坂先生は学生に厳しく指導されるという印象を持っているのですが…

 学生への指導の方針はどの教員も変わらないと思うんですよ。ただ、学生が受ける印象というのは変わりますよね。例えば「それはいけない」と指導するときに「いけない」と言うか、違ういい方をするかとかでね。あと、多くの人は2年次の必修科目(07年度入学生までのカリキュラムに該当)の「地質図学」の印象が強いんじゃないかな(笑)。

―――(笑)地質図学は名物授業ですね。

 多くの人が苦手とする図形を取り扱っているのでね。途中の考察までが当たっていても出来上がりの図が違ったら、どうしてもマルはあげられないですから。おそらくそういう巡り合わせでしょう。

―――あと、先生はよく卒業生の方と連絡を取っていらっしゃいますよね。

 それは一つには、ここに長く勤めているためですね。他の多くの先生はここでの在任期間が短くて卒業生との関わりが少ないですから、長く勤めている教員の役割として、関わりを持つということですね。密度は薄くても(笑)。

―――(笑)いえいえ。

 なんかさっきからあんまりいいこと言ってないなぁ。ウフフ。

―――そんなことないです。

 母校って、折にふれて思い出すものですよね。それで会社なんかに勤める卒業生が関連する業務に携わっていて、ちょっと聞きに来たりとか、そういうことで密度が濃くなっていくことはあります。

―――このインタビューを読んだ卒業生が「小坂先生のところに訪問してみよう」と思って来るのはウェルカムですか?

 そりゃあ…そうじゃないですか?教員なら誰でも、ねぇ。フフフフ。

―――じゃぁ、そう書かせていただきます(笑)。先日卒業生による還暦パーティーが開かれたとのことでしたが、いかがでしたか。だいぶ幅広い年代の方が集まったと伺いましたが。

 楽しかったですよ。一番古い卒業生は私と10歳違って、一浪していれば9歳、二浪していれば8歳違うんですけど。そりゃそうか(笑)、当たり前のこと言っちゃって。だから上は51歳から下は一番最近の卒業生まで。たぶん幹事の方がだいぶ努力して下さったんでしょうけど、各年代から集まりましたね。
 おそらくね、こういうことをきっかけでみなさんが顔を合わせられるというのも、学校の先生の嬉しいところなんだと思います。同窓会ができるってことね。

―――のりしろみたいなものですかね。

 のりしろ!そう、うまいこと言いましたねぇ、のりしろかぁ、のりしろ…(ブツブツ)。

―――二つ伺いたいことがあるんですけど、一つは、今の学生に伝えたいことをお願いします。

 うーん、これは今この場でブログに適当かそうじゃないか選択しながら言わなきゃいけないんでしょ?

―――いえ、私がうまくソフトに変換しておきますので。

 そうですねぇ、「必修科目はちゃんと勉強しなさい」とか、それじゃつまらないでしょ?

―――いや、それも大事ですからちゃんと載せておきます。

 若いときは好きなことをするのが一番大事な時期じゃないかと思うんですよね。最近は「しちゃいけない」と思わざるを得ない場面が昔に比べて多いせいか、学生も縮こまっている感じがするんですよね。自分が年とともに元気を失ってるから、他の人も元気がないように見えてしまうのかもしれませんけどね…って、これだとクヨクヨしたメッセージになっちゃうなぁ(笑)。だから自信を持って、人に迷惑のかからない限りのびのびと、好きなことをしてほしいと思います。

―――ありがとうございます。では高校生に向けて伝えたいことはありますか?

 最初にお話しした自分の若いころのことを考えますと、進路選択の時は、まぁいろいろ経済的な事情とか親に辛い思いをさせないようにとかありますけど、できる環境にあるならば、失敗してもいいから好きなことを大事にしてもらいたいと思いますね。
地質科学の勉強をしていきたいと思っている高校生がいるとしたら、是非数学と物理と化学と英語を一生懸命勉強してもらいたいと思います。地学は、それ自身の基礎を数学とか物理、化学に置いているわけですから、それらをきちんと学んでおけばよりよく理解ができるということです。英語は、新しいことや面白いことは英語で書かれていることが多いからです。英語が苦手という人は多いですが、興味のあることだったらできると思うんですよね。例えば英語の歌を覚えるとか。そういう能力の伸ばし方をすればいいと思います。

―――先生ご自身は、数学科で学んだことは今の研究に活きていると感じていますか。

 直接的には役に立たないです。数学科の数学というのは、「1たす1が何故2になるのか」ということを3カ月かけて考えたりするようなものですから。ただ、思考力とか証明する力ということでしたら若いころは役に立ったなと感じます。日常生活では「理屈っぽい」と人に嫌がられることが多いですけどね。ふふん。
 …また印象悪いこと言っちゃいましたけど大丈夫かな?

―――教授の人柄が伝わるインタビューであればいいと思っていますから。特に高校生にとっては、大学の教授って話しかけにくい人達という印象があると思うのですが、実際は学科によって雰囲気が全然違いますから、それが伝えられるものになればいいですよね。

 特にここは賑やかですよね。先生も学生もみんな元気。それは30年間ずっと変わらないですよ。野外調査に行ったときに、一緒にお風呂に入りますよね。それから一緒に川の水を採取したりとか。そういう時ってとても気持ちが打ち解けますよね。人間って出会う場所によって印象が変わるので、学生が教員と一緒に野外調査に行くことによって打ち解けて、この学科・分野のいい雰囲気を作ってきていると思いますね。それを楽しめる人はとっても幸せですよね。
 風景写真を見て「いいなぁ」と思って研究を始めた後に、本当に行き詰って地質学をやめたくなった時が何度かあって、そういうときに、野外の楽しさが続けるきっかけになってきたんですよね。今振り返ってみれば、ずいぶん力をもらったと思います。

―――いま行きたいところはありますか?

 行きたいのはスイスアルプス。あれだけ有名できれいなところですから行ってみたいですよね。国内だと沖縄に行きたいですね。まだ行ったことないから。沖縄にいろんな地層や岩石が出てますよね。

―――え、そうなんですか??(=近年に地質的に新しい発見があった、という意味だと思って)

 出てなかったら海に沈んじゃいますから。地面があるから沖縄の島なので。

―――あぁ、そういう意味ですね(笑)。

 そう。だから地面があれば地層や岩石を見て回りたいですね。ましてきれいな海があるし。

―――地質は本島とは違うのですか?

 今日は予習してきてないから知らない(笑)。

―――(笑)。それでは最後にインタビューの締めの言葉をどうぞ。

 この機に昔の忘れていたことを思い出せてリフレッシュできました。

―――御役に立てて良かったです。どうもありがとうございました。



(インタビュー後記)
つたない文章で皆様に伝わったか自信がないですが、「野外が好きだからこの研究を続けてこられた」とおっしゃったときは、本当に自然の風景が好きだという気持ちがとても強く伝わってきて感動しました。インタビュアーは得ですね。
卒業生の皆様、是非遊びにいらしてくださいね。



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加藤先生インタビューの後編。生活に身近なお話がてんこもりです。



―――地球温暖化問題はかなり世間の関心も高い問題だと思うのですが、そういった研究をなさってきて感じること、訴えたいことはありますか。

 この研究が始まった当時、1988〜89年くらいだったかな、科学者の間で地球温暖化が問題として騒がれ始めたのですが、アメリカが乗り気じゃなかったんですね。でもある年、アメリカに大干ばつが起こって、それによってやっとアメリカも本気になって考え出し、世界的なトピックスとなったと思っています。でも世の中の人は、その後10年くらいは半信半疑でね。「地球温暖化はウソだ!」なんて書いてある本が出たりしまして(今も出ていますが)、事の重大性に気づいてなかったんですね。最近はまぁ意識が高まってきていますけど。

 人間というのは、例えば自分の住んでいる地域に工場の煙突があって煙たく感じたり、有害物質が出ていることがわかって直接的に自分が被害をこうむったら大騒ぎしますね。でも地球温暖化というのはそういう短い時間スケールの話ではないでしょ。自分の子供とか孫の代に影響が起こるという遠い先の話であって、その子供がどうなるのかということを考えていかなければならないんですよね。考えて、対策を練っていくのが人間の役割。科学者は世の中に警告していかなければならないんですね。温暖化問題はこれまでずっと訴えてきて、だんだん認識が高まってきたのは嬉しいことですが、まだ意識していない人もいるから、科学者としてまだまだ警告し続けていかなければと感じていますね。


―――これから地球温暖化問題について研究していきたいと考えている学生たちに、どのような一歩を踏み出してほしいと思いますか。

 ひとつは、東アジアとか日本といったローカルな地域での温暖化予測をやってもらいたいですね。そしてもうひとつは、地球温暖化が及ぼす生物とか社会生活への影響を正確に理解してもらいたいと思います。正確に理解しないと対策も考えられない。一人だけで研究を進めるのはたいへんな仕事なので、それぞれが部分部分を担って研究してもらいたいですね。

 温暖化問題は注目度も高いですから、やりがいのある研究ができるというのもいいところですね。温暖化予測は多くがグローバルな視点で行われているけど、以前、日本という地域を対象とした研究をしたら、新聞に載ったりニュースステーションで解説を頼まれたり・・・ささやかな自慢話ですが(笑)。地域を限定すると、世間も身近に感じてくれるようになりますね。


―――確かに…。局地的に実感できると反応するというのはよくわかりますね。
私の友人が仕事の関係で茨城に住んでいて、去年のお盆の頃に自分の実家がある愛知に帰ったそうなんですね。そしたらもうものすっごく暑くて暑くて、蝉がじゃんじゃんじゃんじゃん鳴くって言ってまして。

 あぁー、あの辺はもとから暑いですよね。


―――それで彼女は、このままでは地球が壊れてしまうと感じて、今まで以上にゴミの分別をきっちりやるようになったんですよ。人が捨てたゴミを分け直したり。

 ハハハハ!えらいっ!!最後に言いたいのはそこですよ。最終的にはね、科学者がどう対策していくか考えるより、ひとりひとりの個人がどうするかなんですよね。京都議定書を受けてCO2削減を目指して産業界は結構努力しているのに、できていないのはむしろ個人個人の社会生活なんですよ。民生部門のCO2排出量がどんどん増えている。

 よく小さいときから、部屋にいないときはもったいないから明かりを消しましょうと言われてきたでしょ。そういった心がけがすごく大事で、省エネがCO2削減につながるってことをよく知っておいてほしい。それと、ものを作るのにはエネルギーが使われていますね。例えばコップ一杯の水を浄化するのにも石油等のエネルギーが使われて、CO2が排出されている。だから水をジャージャー出しっぱなしにすることは、CO2をどんどん排出しているのと同じことなんですよね。そのようなことを意識してほしいですね。そしたら民生部門のCO2排出量は減っていくはずだし、省エネ意識が環境問題への貢献になっているんだと感じることができる。


―――先生ご自身は、普段どのようなことに気をつけていらっしゃいますか。

 やはり電力に関わる研究所にいたから、電気の使い方に関しては特に気をつけますよね。こまめに消したりとか。ひとりひとりがそういった小さいことをやるべきなんですね。こんなの微々たるものだという意識じゃなく、日本の1億人がやれば効果が生まれると意識しないといけませんね。
 このような話は授業や外部でも時々するんですが、一番反応があるのが小学生対象の講演会ですね。地球温暖化についてかみ砕いて話して、最後に「じゃあ私たちに何ができるんでしょう」と問いかけて、電気をこまめに消すとか物を大切にするといったことを話す。そうすると後から小学校からお手紙が来て、子供たちが家庭でちゃんと実践してくれているって書いてあるんですね。ああいうのはやはり、嬉しいですよね。大学生くらいになるとあんまり反応してくれなくて(笑)。


―――(笑)。 これから大学に入ろうとしている高校生へ、メッセージをお願いします。

 いま「理科離れ」が叫ばれていますが、昔に比べて小さいときに実験をやったり理科的な素材に触れる機会が減っているから、必然的な流れだと思うんですよね。ぜひ外に出て、見えるものに興味を持って欲しいと思います。変わった地形だな、でも、珍しい雲があるな、でもいいから。興味を持ったらそれに対して「なぜだろう?」と考えてみる。それを突き詰めていくといろんなことがわかってくるんですが、要はそれが研究なんですよね。科学をテーマにしたある本のサブタイトルに「驚く・疑う・考える」というのがあったんですが、是非それを実行してほしいと思います。
 あと、良い科学者というのは良い芸術に触れているものなんです。ただ知識を膨らませようとしている研究者は成功しません。良い研究者は良い芸術に触れて、感性が磨かれて、アイデアが豊かになる。研究者はみな同じくらいの知識のレベルがあるのだから、アイデアを生み出せるかどうかで差がつくんですよ。アイデア無しでは研究になりませんからね。


―――先生が触れている芸術は何ですか。

 私のご趣味は写真を撮ることです。若いときから、年寄りじみたことに仏像巡りが好きで、その延長で鎌倉のお寺の花の写真を撮り続けています。写真の腕を上げておくと、研究発表で掲載する写真もいいものが載せられるし、趣味と実用を兼ねていると思っています。


―――なるほど。貴重なお話をどうもありがとうございました!


(インタビュー後記)
世間の関心の高い地球温暖化について研究していらっしゃるので、生活と研究が深くかかわっているのですね。「警告を発するのが科学者の仕事」というお言葉はとても印象的でした。
加藤先生、お忙しい中ありがとうございました。
ちょっと久々の教員インタビューは、本年度より当学科の教授として指導してくださっている、加藤央之教授です。
加藤先生は地球温暖化や気象統計を専門としています。環境問題に興味のある方はぜひ先生からのメッセージを受け取ってください。



―――まずは、学生の時に気象学の道を選んだきっかけはなんでしょうか。

 小さい頃から、地質とか岩石とか地学全般が好きだったんですね。で、中学の時に一冊の本に出会いましてね。


―――ほほぅ。

 こういう展開はいかにもインタビュー向けでしょ(笑)。


―――ええ、ありがたいです(笑)。

 「登山者のための気象学」という本なんですけど,雲の十種分類の写真が載って説明されていたり、登山者が天気を予報する方法が書いてあったり、天気図を描く練習ができたり。入門書であり実用書であるという、すごくわかりやすくていい本だったんです。それで気象が好きになって、将来は気象の研究をしようと決めて、大学受験はもう地学一本で行きました。


―――お話を伺っただけでも、良さそうな本だなぁとわかりますね。
 それで北海道大学に進まれて、まず卒業論文はどういったテーマで研究なさったんですか。

 「局地風」というものがありますね。気象条件・地形条件が整った時にローカルに吹く風のことで,日本では「赤城おろし」とか「六甲おろし」といった「おろし」や、ある地域にだけ非常に強い風が吹く「だし」などが有名です。卒業論文ではこの局地風の文献調査をやりました。北大の卒業論文は、ある研究テーマが、これまでにどのように研究されているかをレビューしてまとめるのが主なんです。


―――へぇ…分析ではなく文献の調査なんですね。

 えぇ。私は研究の中で文献調査を重視していて、この学科で学生の研究指導をする際にも初めにそれをしっかりやってもらおうと思っています。というのも、好き勝手にやりたい研究をやって、後で「それはもう既に研究されていますよ」となってしまったら遅いですからね。ある研究について現段階でどこまで進んでいるかよく調べて、まだこの部分は研究されていないから私はここをやるのだという点を明らかにすれば、自ずとその研究の成果は出てきますから。


―――そうすると、先生の修士の時の研究は、卒論でやったレビューの結果を受けての研究ですか。

 まぁ、ある意味、風のひとつですが、海風・陸風ってご存知ですか? 海と陸の境界で、温度差によって起こる風ですけど、海でそういった風が発生するなら湖ではどうなんだ? というところに着目したんですね。海陸風に対して「湖陸風」と呼びますが、北海道の洞爺湖で2年間観測を行って、湖陸風があることを実証しました。今では気候気象学の辞典に「湖陸風」とちゃんと載っていて、市民権を得ているんですよ。その欄には「洞爺湖」の例も書いてあって(笑)。


―――それは嬉しいですね。

 それはもちろん嬉しいですよ。で、博士課程では湖陸風の研究を続けることを考えたのですが、観測のできない冬場に始めた気象データ解析にはまりまして、方向が変りました。多変量解析という数学的手法の中に「主成分分析」というのがありますが、その頃、それを気象学に利用しようとする動きがありました。そこで、私もこれをデータに適用して地域の気象的な特性を把握しようとしたんです。気候区分ってご存知ですよね? 熱帯とか温帯とか。その気候区分を、例えば高気圧や低気圧の動きに対応する気温や日照時間の空間分布などのパターンによって定義しようとしたんですね。そして博士論文では、北海道の新しい気候区分を主成分分析によって提案したんです。
 当時は主成分分析を気象の分野に使うなんてことはまだ珍しかったのですが、今ではこの学科の山川研(山川修治教授:気候気象システム研究室)の学生が卒論でやっていますね。私はその草分けの一人だと自負しているんです。


―――おぉ、湖陸風と合わせて二つも草分けがあるんですね。

まぁ、新し物好きですから(笑)。


―――卒論、修士論文、博士論文と、まったく異なる手法を用いて研究なさったように思えるのですが、それらの手法が互いに活かされているなと感じたことはありますか。

 データ解析をする時、手に入ったデータをそのまま信用して解析する人がたくさんいるけれども、博士課程でデータ解析やった時は、修士課程の時に自分で実際にデータをとった経験があったから、まずデータの質とか精度とか、持っている意味とかを解析前にきちんと吟味するくせがついていたという点で前の研究が活きているなと感じました。その感覚はホントに、自分でデータを取っていないとわからないですからね。
 例えば世界各地で温度や湿度が観測されていますが、昔、ある地点では観測機器の周りに管理人さんが自分の洗濯物干していて、信頼性は大丈夫?なんて笑い話もありました(笑)。データの中に、あれ、おかしいなって感じる値を見た時にきちんと疑えるかどうかは、非常に大事ですね。


―――電力中央研究所に勤務する(1983〜2008.3勤務)ようになってからは、どのような研究をなさったんでしょうか。

 大学の学部・修士・博士課程の手法を全部用いました。洞爺湖以外の湖で湖陸風の測定も行いましたし、台風で鉄塔が倒壊した時は局地風を測定しに行って、データ解析もしましたしね。


―――企業での研究というと、災害に関してのものが多いようなイメージがあるのですが。

 災害と、それから利用ですね。風力など発電に気象をうまく生かせるよう研究をする。それともう一つは環境問題。例えば発電所を含めた様々な工場などからの排ガスの拡散評価。そのような取り組みを「環境アセスメント」と呼びますが、環境アセスメントをどう行っていけば効率が良いか検討するのも役割の一つです。そういった大気環境についての研究を、勤め始めてからしばらくやっていました。


―――最近ではどのような研究をなさっていましたか。

 1980年代終わりごろから、地球温暖化について取り組んで、ずっとそれを中心に研究を進めてきました。東アジア、特に日本が温暖化によってどうなるかという予測と、気温が何度上がって、それによって関東地方がどうなるかといったような影響評価。それと、IPCCってご存知ですか? 世界各国の、温暖化について研究している研究者2000人くらいが集まった組織で、そこで温暖化に関する最新の報告書をまとめたものをIPCCレポートと言います。もちろん日本もそれに参加していて、私も関係しており、私の研究論文は第3次・第4次報告書に引用されています。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
前編はここまで!
後編は地球温暖化に対する人々の意識や、科学者が担うべき役割などについてのお話があります。おたのしみに☆
   
教員インタビュー第2弾は、地球システムが誇るナイス・ミドル、森和紀教授です。
森先生は2008年度新入生の学年担当であります。新入生のみなさん、こんにちはー!見てますかー!?みなさんの担任の先生からのメッセージを受け取ってくださいね。



―――先生が水の研究を始められたきっかけを教えていただけますか。

 それはねぇ、私は非常に人間が単純だから「教えを受けた先生の人柄に惚れたから」なんですよ(笑)。純粋に水の研究に興味を持ったというよりかは、水の世界に引き込んでくれた先生の人柄ですね。大学2年の時に出会った山本荘毅先生という方なんですけど、非常に学生の面倒見の良い方で、この先生の門を叩きたいなと思いました。


―――研究対象地域はどちらだったのですか?

 初期のフィールドはずっと湖で、卒論は相模湖、修士論文は栃木の湯ノ湖ね。で、博士論文は水月湖。水の研究の中で湖をやりたいと思ったのも、やっぱり恩師の影響ですね。


―――そのようにずっと水の研究をなさって、どんなことを感じましたか。

 うーん…、やっぱり「経験の科学」だなぁということですね。地球科学全般に通じることですけどね。いつも地べたと向かい合って調査するじゃないですか。だから1回目よりは2回目、2回目よりは3回目と、失敗があればそれを反省し、新しい発見があれば嬉しいし、次に活かせるし。そういう発展の連続じゃないかと思うんですよね。
 大学院を出てからは、三重の大学の助手になったんですが、そこでは地域が抱える水環境の課題について研究してきました。水質汚染、洪水や渇水といった水環境・水資源にかかわる問題です。


―――先生は海外での生活も長かったと伺ったんですが。

 うん、行きましたよ。1983年から1年間はオランダにいたんだけど、その後は主に東ヨーロッパ。1990年前後に政治変革があったでしょ。例の、ベルリンの壁が壊されたりとかね。水環境の実態はあまり調査されていない地域だったんだけど、そういった政治変革で調査しやすくなったし。それまで表に出なかったことが分かるようになるんじゃないかと思って、取り組み始めましたね。それからオーストリアに1年住んで、あとはポーランドとかルーマニアとか、アジアではインドネシアで3ヶ月くらい調査を行いました。


―――トータルするとだいぶ長いこと海外におられたんですね。

 そぉだねぇ・・・。(遠い目)


―――・・・。

 ・・・。


―――この期間で、研究以外に得られたことって何でしょう?

 そりゃもう、人だな。友人。もちろん今も付き合いが続いていますよ。日本大学の海外招へい研究員としてポーランドから来てもらったり、逆に私が呼ばれてあっちで講義したり。そういった形でずっと続けてきました。


―――学生の頃から今に至るまで水の研究一筋にやって来られた中で、特に学んだこととは何でしょうか。

 前の研究の経験と成果を活かして常に模索を続けることかな。ある意味では試行錯誤の連続でね。もちろん、失敗談もいろいろあるよ。調査器具を湖に落としちゃったとか。
 学生にもよく言うことなんだけど、「『不測の事態』か『配慮の不足』か、その見極めをよくしなさい」ってね。多くの場合は配慮が足りないんだよね。例えば、ウン十万円の調査器具がいま200mの湖底に沈んでるという現実ね(笑)。ワイヤーがねじれて切れちゃったんだけど、それもあらかじめよく点検しておけば防げたことだよね。そういう自分の経験から、この言葉を学生によく言うんですよ。「不測の事態」っていうのはほとんどないよね。遅刻するのも、提出物の締切りに間に合わないのも「配慮の不足」ですよ。


―――なるほど…。それにしてもウン十万の調査器具ですか。

 教員になってからなんだけどね。それはもうショックだったよ(笑)。あっという間に沈んでいって。取ろうとしてもできないし…ねぇ。


―――研究の話に戻りますが、先生のこれからのビジョンを教えていただけますか。

 もっぱら「開発途上国の水問題をどう解決するか」、「安全な水をいかに安定して確保するか」、このことですね。そうした課題を形のあるものにもっていきたいですね。そのために自分に何ができるかというと、現地の人々や行政に調査の結果を還元し、水環境の保全と水資源の管理の大切さを伝えることじゃないかと思います。


―――なるほど。学生に対してはどのようなことを伝えていきたいですか。

 それはもう「大きな目標を持とう。小さな一歩から始めよう」に尽きますね。竹内均さんという地球物理学者の言葉なんですがね。やっぱり自分でまず動かなければいけないと常に感じています。


―――環境のことを学びたいという高校生や学生は多いと思うのですが、彼らはどういった「小さな一歩」を踏んだらいいでしょうか。

 うーん。自分のしていることがまわりにどう結びつくかを考えることだと思いますね。例えば水に関して言えば、今使っている水はどこから巡ってきたのか、この水を捨てたら環境にどう影響するとかね。そういったことを考えれば、自然に水環境を守ったり節水に自ずから結びつくと思うしね。日本人は世界の他の国に比べて、一人当たりの水の使用量が2倍近いと言われてるでしょ。逆にいえば、今使っている水を半分にしたって十分生活していけるということ。水の適正な使い方を考えなきゃいけないよね。


―――先生ご自身が気をつけていらっしゃることは?

 んーとね、毎日、何か水のニュースはないかなって探してることかな(笑)。20世紀は「石油の時代」だったけど、21世紀は「水の時代」と言われるでしょ。日本にいると余りピンとこないけど、現に国境を跨ぐ国際河川の上流と下流で、水をめぐって深刻な争いが起きてる。解決しなきゃいけない問題です。


―――国際河川は昔から国際河川ですから、そういった上流と下流の水の奪い合いはいま始まることではないと思うのですが??

 いやいや、人口が増えてるから。途上国を中心に人口が増えて、食糧が多く必要になるから灌漑用水をたくさん使って、それが水の争奪戦になる。学科のブログに以前、ルーマニアの人がバケツで水を運んでる写真を載せたけど(「ルーマニアでの水環境の調査から」 )、ドナウ川でもそういった問題が現に起こってる。



―――ははぁ。納得です。無知な質問ですみません・・。
教育の話になりますが、研究室の学生への指導のビジョンをお聞かせください。

 3年から4年にかけて、プレゼンと質疑の能力を伸ばすこと。分かりやすい発表とコミュニケーションが進むようにしています。研究の分野にとどまらず、若い人こそコミュニケーションを大事にしてもらいたいですね。


―――わかりました。どうもありがとうございます。
最後に、これだけは言いたい!という一言をどうぞ。

 えぇ〜。そうだなぁ…。水の問題は必ず人間が絡んでるんですよ。水を汚すのも人間だし、水が汚れて困るのも人間だしね。だから自然現象を扱うという共通点はあるんだけど、水の研究は人間臭いんじゃないかなぁと思いますね。うん。見方を変えればそれは、自分自身が関わっているということだからね。そういうところに、水の世界のやりがいを感じます。



(インタビュー後記)
あらかじめこちらの質問のお答えを用意しておられたかのように、よどみなく、またわかりやすい言葉で話してくださいました。(実際は「突撃インタビュー」ですから、質問を前もってお教えしてはおりません)やはり研究に対する信念や意志の強さというものの表れなのかなぁと感じました。
森先生、お忙しいところありがとうございました。

 教員インタビュー、記念すべき御一人目は『茶色いテフラの宣教師』と若手スタッフが密かに心の中だけでお呼びしている、宮地直道教授です。
 宮地教授は、指導教員と学生の距離が近い地球システム科学科の中でも、特に親身なご指導をしてくださっています。インタビュアーが研究室に伺った時も学生と談笑しておられました。そんな宮地教授に研究への思いを語っていただきました。



―――前から伺ってみたいなと思っていたんですが、先生はご自分で畑を作っておられますよね。

えぇ。富士山の近くでやってますよ。ピーマン、トウモロコシ、ジャガイモ、ナス、ニンジンなどなど。標高1100メートルあって、冬は早く来るし春になっても土は凍っていてなかなか融けないし、作期が短くて大変。


―――それは趣味でなさってるんですか?それとも研究の一環でしょうか。

まぁ両方ですね。趣味もあるし、学生を連れて行って土壌の研究に使ったりもするし。穴掘って、肥料や堆肥を使うとこんな風に土の中を窒素が浸透していくんだよ、とかね。あとは子供の教育にも使ってますよ。家庭菜園用のトラクターを運転させて耕したり。


―――なるほど・・・。いいフィールドになってるんですね。そもそも先生は、どういった経緯で富士山などの火山や環境の研究を始められたのでしょうか?

私がこの学科の学生だったときは、火山を学べる研究室はなかったんですよ。でも当時の学生は、先生に教わらなくても自分で好きな課題を見つけて、若手同士切磋琢磨しながら育っていく風潮があったので、私も火山学会の巡検に参加したり、学科の3年生向けの巡検に参加して先輩と先生が激論を交わしているのを見たりしていて、火山の研究って面白そうだなぁと思ってました。
それとは別に、祖父が植物学者でもあったので、その影響を受けて花粉の研究をやろうかなぁ〜という気持ちもあって。遠藤先生(遠藤邦彦教授:第四紀地球環境研究室)の研究室に入りましたけど、何を研究しようか迷っていたんですね。
どうして火山の方に決めたかというとですね、まず顕微鏡で花粉を見続けるよりフィールド調査する方が好きかなってことが一つ。それと、生まれが静岡の清水で、富士山に慣れ親しんできたのが一つ。その富士山は当時研究し尽くされていると言われていたけど、溶岩層の研究とテフラ(火山灰)の研究が全く分かれていたので、テフラも火山噴出物なのだから溶岩と一緒に層序を考えていかなきゃいかんだろうと思い立ったのが一つですね。


―――新しい発想だったんですね。

そりゃもう(エッヘン)。


―――では卒論は富士山のテフラですか?

そう。富士山の最新の噴火である1707年噴火(宝永噴火)のテフラがどのように風にのって関東一円に広がったかを研究しました。


―――その後大学院まで行かれた後、公務員になられたのですね。

このまま研究を止めたら後悔すると思って大学院に進学し学位を取ったのですが、大学の教員になる道は容易ではありませんでした。いろんな大学の公募に出したけど、落ちまくっちゃった(笑)。そうこうしているうちに公務員試験を受けたらまぐれで農水省に入りました。北海道の農業試験場勤務になったんですが、実は北海道は農地開発のためにテフラの研究が進められた、テフロクロノロジー発祥の地なんです。これは自分の専門を生かせるぞと思ったんですけどね、実はそうでも無かったんです・・・。


―――えぇ。

まぁ社会はそんなに易しいものじゃないから(しみじみ)。


―――・・・(一緒にしみじみ・・・)

その当時、農作物の生産量を増やすのは技術的に頭打ちになり、生産より環境対策のための研究に移行していたんです。あと湿原保全。全然経験がないうちに突然農家のおじさんに「環境に良い肥料作ってくれない?」と言われたりして四苦八苦。もう実務を重ねて無理やり勉強しましたよ。


―――現場で鍛えられたんですね

本当に。わからないからできないとか言ってる場合じゃなかったですよ。でもその後もいろいろな職場を転々としましたが、そうやって農家の人など現場の生の声を聞き問題点は何なのかを感じ取る力が今の研究に生きてるかなと思いますね。


―――というと?

まず現場の人の立場でも考えられるようになったということ。
静岡では長年、茶園にたくさんの窒素肥料が使われてきました。私が静岡に赴任し、茶園の地下水を調べてみると、ほとんどの場所で窒素が変わってできた有害な硝酸で汚染されていることが分かりました。
そういうネガティブなデータを「研究結果だから」という理由で公表するのは簡単ですが、それだけでは問題の解決にはなりません。農家の人だって美味しいお茶を作るためにやっているのだし、そもそも消費者がそれを求めているんだから。だからといって害のあることを隠すのもいけないですよね。

我々は「何故この研究するか、そしてその結果をどうするか」という点まで考えなければなりません。研究結果を踏まえてどのような対策をたてるべきかまで考えるのが、研究者の社会に対しての責任なのだと思います。

環境問題というのは時間的・空間的にも、さらには理学以外の人文・社会学といった分野的にも幅広い視野を持って研究をして、対策を練っていかなければならないんですよ。
先のお茶の例でも、たとえうまみが低下したとしても環境のため、安全のために肥料を減らしたお茶を飲む、という私たち消費者の意識の改革が必要です。また、肥料を減らしても茶園の土の中の窒素はすぐには無くなりません。実は昔から茶園の下流側には田んぼがあり、茶園からの湧き水をこの田んぼに入れることにより、微生物の力で有害な硝酸を浄化していたのです。ところが、米を食べなくなり田んぼが減り浄化ができなくなったため、河川の汚染が深刻になったのです。そう考えると、もっと水質浄化の場としても田んぼは見直すべきでしょう。

今、食べものの安全性について関心が高まっていますが、環境を守ってくれる田んぼや安心して食べ続けることができる日本のお米のありがたさをもっと感じて欲しいと重います。

「自然との共生」なんて言いますけど、地盤が弱い場所や火山の麓など本来は住んではいけない場所に人間が住んでいるのだから災害も起こる。人間が便利さや欲望を満足させようとする結果、環境破壊も起こる。
このような環境や防災の問題の大半は誰が悪いといった善悪をつければ済む問題ではありません。まず自然のことを正しく知ることが大切なんですよね。その上でどのような問題が起きているかを正確に理解して、対策・解決をする力をつけていく。時には私たちのライフスタイルを変えるような提案をすることになるかもしれない。それが求められていくと思います。


―――なるほど。環境や防災問題について興味を持って先生の研究室を訪れる学生は多いと思うのですが、まず初めにどうやって一歩を踏み出してほしいと思っていますか?

先ほども言いましたが、環境や防災の問題は簡単には善悪の区別がつけられないことがほとんどです。それでもテレビやネットなどの情報でイメージばかりが先行してしまうんですね。
この学科では、環境や防災に関するさまざまな科学的なデータを得ることができます。それをもとに、多面的に問題をとらえて知恵を出していくことが必要です。

この分野では風評被害というウワサ話による産業への被害がよく話題にのぼりますが、そういった問題は正しい情報がない時ほど起こりやすいんですよ。だから環境・防災を学びたい人は、ウワサ話ではなく正しい情報を集めること、できれば現場に行って本当に問題とするべきなのは何なのかを、自分の目で確かめてもらいたいです。ゴミ焼却所でもどこでもいいからまず現場。そしたら何が本当に大変なのかわかるから。



―――わかりました。本日はありがとうございました!!




(インタビュー後記)
 熱いお話が聞けて、私もとても勉強になりました。「問題を知って、理解して、対策・解決をする力をつけていく」という姿勢はどの分野でも必要なことですね。漠然と「環境問題やりたいな〜」と思っていた方は、ご参考になりましたか?多面的に問題をとらえるのは大変そうですが、自然との共生を考えるときは不可欠なことなんですね。
宮地先生、お忙しいところありがとうございました。

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