西日本めぐり・その4 <鳥取砂丘・天橋立><4・5日目行程> 0910 鳥取駅前 ↓ 日本交通バス 0930 砂丘センター砂丘展望台 <鳥取砂丘散策> 1032 砂丘東口 ↓ 日本交通バス 1052 鳥取駅前 1109 鳥取駅 ↓ 山陰本線 1152 浜坂駅 1226 浜坂駅 ↓ 山陰本線 1330 城崎温泉駅 1353 城崎温泉駅 ↓ 山陰本線 1404 豊岡駅 1446 豊岡駅 ↓ 北近畿タンゴ鉄道 1557 天橋立駅 <天橋立散策> 1744 天橋立駅 ↓ 北近畿タンゴ鉄道、山陰本線・タンゴディスカバリー4号 2004 京都駅 2030 京都駅 ↓ 山陽本線・新快速 2122 米原駅 2124 米原駅 ↓ 東海道本線 2205 大垣駅 2319 大垣駅 ↓ ムーンライトながら号 <車中泊> 0442 東京駅いよいよ最終日。今日の目玉は鳥取砂丘と天橋立。 不覚にも二度寝してしまい、起きて10分でホテルを出る。 2時間用意していた鳥取砂丘散策タイムが1時間に。ん〜しかたなし。 鳥取砂丘は乾燥帯にできる砂漠とは別物と考えていただいたほうがよいだろう。 砂漠は少雨乾燥により植生がなくなり、砂漠化してしまったところ。 一方、鳥取砂丘は中国山地から流下する千代川が運んできた土砂が沿岸流や北西季節風によって吹き寄せられて堆積したものである。千代川上流はかつてたたら製鉄のために木材の切り出しが盛んに行なわれていたこともあり、こうしたことも土砂流出に拍車をかけたという。 見た目は似てるけど、両者は全然違うものだ。 鳥取砂丘では雨も降るし冬には雪も降る。おまけに夏はフェーン現象で暑い。 おかげで鳥取砂丘では一部で雑草が繁茂してしまい、除草作業をするそうです。砂漠じゃありえないことです。参考→ http://www.tottorisakyu.jp/sakyu/iv/2006jyosou/jyosou.html 馬の背とよばれる小高い砂列(浜堤)にはわずかな風紋を確認することができた。 また、馬の背の下にはオアシスがあり、内陸のほうから水が流れてきていた。源流を探そうと思って水辺を歩いていたのだが、あまりにも虫が多すぎて断念した。 わずかな滞在時間であったが満足し、次の目的地・天橋立に急ぐ。 鳥取から山陰本線は細切れ運転で乗り継ぎが続く。5時間かけてようやく到着。 天橋立の概略は前に記事で紹介したのでここでは割愛させていただくが、日本三景のひとつである有名な砂州である。 地理ビアの泉:「約3500年かけてつくられた橋がある」 駅の南の高台にある天橋立ビューランドというところからお目当ての写真を撮ることに。 教科書などに載っている天橋立の写真の多くはここから撮ったものと思われる。 ビューランド自体は展望遊園地なのだが、一切遊ばずにさっさと降りる。 次に、天橋立そのものに向かう。 ちょうど海水浴シーズンなので、砂浜は海水浴客でいっぱい。海水浴場になっていたとは知らなかった。 高波もなく安全に遊べると言う点ではいいのだが、多数の来客でゴミの散乱がひどく、日本三景の実情の一端を垣間見てしまった。 また、全国的に海岸侵食が問題になっており、天橋立もその例にもれないという。 その対策として、海岸線と垂直に護岸工を海のほうへ張り出して、土砂の流出を防ごうとしている。 地形図などで見ると、何本も棒状のものが海へ突き出している。 私は以前からこの護岸工が何でできているのか疑問だったのだが、天橋立の場合は石が積み上げられていることを確認できた。 最後に三人寄れば文殊の知恵の智恩寺文殊堂に参って、いよいよ帰路に着く。 ここでも予定外に特急に乗って帰ることに。そのため予定外のルートで大垣に向かう。 京都駅で夕食を調達しようと思ったが、いい店がない。 大垣駅で食べようと思ったが、店が閉まってる。探し歩いた挙句、結局駅から歩いて10分ほどのコンビニで調達。バスの来ないバス停で食べる。 そしてムーンライトながら号からムーンライト見ながら帰京したのでした。 帰還後、パソコンの故障などがあり、報告が大幅に遅れてしまいました。
楽しみにされていた方、申し訳ありませんでした。 たいした内容は書いておりませんが、報告は以上です。 |
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