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シリア

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石器の写真(シリア)

 石器の写真の撮り方を教わって、次は撮った写真の並べ方を聞いてきた。
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 あと1〜2枚欲しいがとりあえず。太陽が微笑んでくれないと、写せないから。
 (シリア)としたのは、長泉町でも見つけるつもりだからである。

シリアの石器ー補足

シリア・メスケネで拾った「石器」のうち、古い方には、いろいろ問題がある。まず 写真の撮り方。縦にしなければいけないとか 蔭をつけないとかある。スケールは全長6cm。
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 きれいな石の方は、石器ではないことになったので除く※。この石も、石器でない可能性もある。が、石器だとすると重大な問題がある、と考古屋さんは云う。

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 この石、最初に見た時に石器?という疑いを持たなかったので割ってしまった。それが残念だが、この断面が問題を示している。断面に見える風化?の痕が、元からあった面と剥離された面とで異なり、さらに剥離された面からの風化も、かなり進んでいる(最大、1センチ)。岩質は“砂岩”で硬いにもかかわらずである。このことから、石器として加工された時代が非常に古いのではないか、という推測が出てくる。
 一方、この石の出所は? 事務所の前に敷かれた砂利の中から見つけたので、「どこかの砂利穴」である。どこの砂利穴か? 段丘礫層を掘ってきたのだろうと思うが、アサド湖の湛水はかなり進んでいるから、残っている段丘は高位段丘だけである。高位段丘の時代は、ぼくの推定では70万〜50万年前である。石器だとしたら、使っていた人間は、ネアンデルタール人(旧人)ではなく、ピテカントロプス(原人)となる。 こんなに古くしてしまって良いのかな! である。 
 石器の原岩は砂岩だが、古い時代のもの(少なくとも3000万年前より前)なので、玉髄(カルセドニィ)になっている。石は半透明なので、中の構造ーラミナが見えている。ラミナは微褶曲している。

 写真は、2枚ともクリックで拡大します。
 写真は、3月28日、太陽の光の下で撮ったものに取り換えた。 3月29日、横が少し見えた方が良い、というので、また、取り換えた。
     
※きれいな方の石は、「石器ではないかもしれないが、“人”の手が加わった可能性がある」と云う意見が出てきたので、ブログに投稿することにした。
 含石膏層の問題は、「石膏が水に溶ける」ということである。溶解度は食塩の100分の1程度だが、溶けるのである。今までの半砂漠であったならば、水は乏しかったので、「溶ける」ことに対する心配は必要なかった。しかし、「潅漑」が本格化し、良い水が、今までと比べて多量に供給されるようになれば、「溶ける」ことを心配する必要がある。

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 石膏殻(ジプサムクラスト)にあった亀裂。ボーリングで使った水が溜まっていた。亀裂面が滑らかであることは、水の通路になっていて、石膏が溶解したり、再結晶したりしていたことを示す。

 メスケネ地域の場合、地層が石膏化(ジプサムクラスト化)することにより、透水係数は1〜2桁小さくなった(水の通りが悪くなった)。しかし、局所的に水の通りの良い部分があり、継続的な潅漑によって、それらが活性化する可能性はある。するとどうなるか、【解説】参照。
 もちろん、1年や2年の話ではなく、10年、20年、・・100年・・・先の話である。モニタリングが必要である。

【 解 説 】 「風が吹けば桶屋が儲かる」的であるが
・継続的な潅漑で、亀裂などが拡大すると、地下深部に浸透する水が増える。
・浸透水が増えれば、地下深部の塩水化した地下水の水位を上昇させる。
  (メスケネの地下には、塩水化した地下水が存在している)
・その水位があるところまで上昇すると、今度は、毛細管現象で塩水が地表に到達する。
・地表に到達した塩水は、乾燥気候のもとで、塩になる。
・こうして、地表に塩分が集積し、作物は育つことが出来なくなる。

石膏の存在形態

石膏を含む地層が地表に現れると、石膏は結晶水を失って、白い粉(ジプサムパウダー)になってしまう。
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 地中では、地層を固めるだけでなく、結晶としても成長する。
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ワジの中では、少量の水分があるので、泥の中という条件があれば、結晶はよく成長する。泥の塊を割って、無色透明の結晶を見つけたことがある。10センチ角以上の単結晶だった。(写真がなくてゴメンナサイ ●█▀█▄)。

雪花石膏(アラバスター)

ラッカの方には、アラバスターの鉱山がある。日本にも輸出している、と言っていた。何でも、薬に混ぜるとか。写真の石は、最大で1メートル角くらい。 
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Rasafeh(ラサフェ) 遺跡

アラバスターが出てくると、アラバスターで出来た”隊商宿の遺跡”を紹介しなければならない。現在は、整備されて、きれいになっているが、ぼくが行った時は、まさに廃虚だった。
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 石膏は水に溶けるので、こうなってしまうのだが。大理石よりは透明なので、夜などランプの光に映えたことと思う。アラビアンナイトとは、そんな夜だったんだなぁと想像した。

シリア・メスケネの地質

 メスケネ一帯は、干上がりながら、干上がり切らずに途中で決壊してしまった内陸海の名残りの地域である。
干上がりの状況は、石膏(CaSO4・nH2O)が晶出する段階くらいまで。食塩などが沈殿するまでには至らなかった。
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 決壊の時期は前期更新世以前(70万年前より前)。 シャラート・アンズやネザー・メスケネ、その頃の浅瀬だった。波食台のような平らな面があり、石灰藻石灰岩の礫(アルガロ・ボール)がゴロゴロしていることから推定。現在の標高は、380〜390m。
 現在の東メスケネの集落やプロジェクト地域の標高は、約360m。海面が約30m下がる間に何があったかは不明。
標高360m以降、海面は、下がっては停滞、下がっては停滞を繰り返した。国道沿いでは繰り返しが6回、標高340mくらいまで下がった。停滞期には、小高い所にアルガロ・ボールを残した。低い所には、連続的に砂質シルト層が堆積していた。
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 砂質シルト層(厳密には、シルト質砂層かも知れないが)には、生物も住んでいて、巣穴が残っている。しかし、石膏分も浸透していた。石膏分は再結晶し、地層は硬くなり、石膏殻(ジプサム・クラスト)と呼ばれるものになっている。
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 褐色の円形の斑点が巣穴。白いものは、石膏の結晶。

 この地域の一番古い地層は「マール層」で、その頃は、地中海などとつながる海だったことが予想される。時代は、古第三紀(6500万〜2350万年前)。それが、古第三紀末、断層活動を主とした構造運動によって隆起し、内陸海になっていった、と推定する。
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 内陸海になって行く過程で礫岩や礫層(高位段丘礫層とした)が堆積した。両者の識別は、主として、硬さの違いによる。これらの位置づけはまだ出来ていない。しかし、粗粒な堆積物が堆積すると云うことから、周辺の地形が、ある程度険しかっただろうという推定をしている。
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