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矢所・室野峠から七面宮に向かう参道の傍ら(標高・315)、露頭ではないが、現地性だろう! 動かし易い礫の写真を撮った。
左側の2個は、石英斑岩か石英閃緑岩。右側の1個は、輝緑岩か? 輝石の斑晶が目立つ。変質していると思うのだが、硬い! 写真にしなかった小さな礫は、硬質砂岩が多かった。 層厚は、ここでは 約 20 m、雨乞山の西肩では 50 m となる。地質図から読んだ! |
旧-富士川町・蒲原町
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最近 富士市と静岡市とに なりました。
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昔の名前では、岩渕村、その前は 木島村と松野村との境の山々? 雨乞山(・377) 杉堂山
東海道延絵図によれば、杉堂山。だが 現在は、右の高まりを「杉道山(・313.5)」、中央から左側を「明神山(・315.8)」と云うようだ。
野黒山(・266.5) また、この地域には、「天王平(てんのうひら)」と云う地名も残っている。 「郷土教育資料※」によれば、雨乞山と杉道山との間に広がっていて、「天王社」が祀られていたと云う。 ※「郷土教育資料」:富士川尋常高等小学校、昭和6年 発行。
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旧富士川町の雨乞山の「西麓」と書いたが、標高 581m の山頂に対して、標高 3301m 付近だから、「西の中腹」だろう! 林道「室野中山線」が通っている。この林道沿いに露頭があった。林道が崩れたので、露頭になったのだ!
路面にこぼれている石ころを 拾って来た。
すべて 円礫。そして、礫の表面に 酸化鉄の皮膜がついている。岩質は これから。 この辺りに礫層が分布することは、大塚弥之助(1938)が書いているが、崩れていない所を掘って確かめることも出来ないし、崩壊の原因を知るためにも、崩壊は需要な観察対象だ! |
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旧富士川町の木島と松野との境に、標高315m 程度の山がある。この山の上に、大塚弥之助(1938)は、礫層が分布すると云うし、古い地図(例えば、明治23年〜昭和47年発行)には、お寺の記号がついているので、行ってみた。 車で走れそうな道があった。 標高312m を越したあたりに、こんな灯籠があった。建物はなかった。 寛政十一年に奉納されたらしい。何処かのお寺の「七面宮」とある。 しかし、ぼくの狙いは、こっちの方! 露頭は見つけられなかったが、他所から運んで来たものではないだろう。
大塚弥之助(1938)は、「露頭がある」と書いているんだけれど、見つけられなかった。 |
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東名高速道路を越える新坂橋。 橋の両側には欄干があり、欄干の外側に金網が張ってある。
その金網の張り方、上り側と下り側とに違いがある。チョットした違いだが、写真を撮る人にとっては、重要! 写真が下手で スミマセン!! |





