|
☆☆子供たちからの贈りもの∈ 青りんご 大人になるには おこらなきゃ(小6女)∋ ☆☆あらきみほ『小学生の俳句歳時記』2001 蝸牛新社から。
こどもたちから贈られた めりーくりすます。いつまでも真っ赤っかのサンタなんて、青臭い。警柵でパチンとやられるように、何をするんだと、真っ赤っかになって怒ってみたらどう。それで真っ赤っかになって、ホワイト栗澄すになったら、天然の真っ赤っかを青から眺めた、そんな贈りものを欲しがらせ、贈っていいじゃん。なんたって一年に一度くらい、真っ赤かになるほど怒ってホシい、天然の青リンゴ。木霊が木霊を呼び、おこる声に、こどもたちが白い兎のように、聴き耳を立てます。
∈ 青りんご 大人になるには おこらなきゃ(小6女)∋
こどもの怒りは、花一匁の‘見返り’決意から、月の兎に相通じ、今に引き継がれます。そんな愚痴が、万機公論を避け、公論で決させず、日本の伝統に、背を向けた、しがないコームいんたち。小さくなった良識を片隅に追いやり、大きくなったタカる欲をマル出しにした、あれやこれやの拝み取り、欲ボケ一杯に、めりーとはナンだ、仏さまからは何もないのに。だらしがない。だから尻から、青臭さが抜けず、マル出しの尻にその徴が残るんだ。可愛がりましょう、自我の無我の無私の、怒る我こそ、リスクに怯まず、立ち上がって怒った、そんな父さんを、女にならない母さんが、忘れません。
∈ 天国は もう秋ですか お父さん(小5女)∋。
孤高も、自我も無我も無私も、下々下の下の我となれば、渡りも引き返しもせず、‘往きはよいよい帰りは怖い’、健気な伝統の嘘の谷間も、嘘で崩されます、シャッキンに継ぐシャッキンとは。‘とうりゃんせ’だったのに、‘皆で渡れば怖くない’なんて、子供が聴いたら、サンタで済まされず、クリスマス・キャロルをナントカしなさいと、青い尻を叩かれます。あまりに臆病すぎますねー、天国のお父さん、子供はチリジリ、苦労するお母さんが、その死を悼みます。女を誇るクリントン母さん、大雪の渋滞中、日本大使を呼びつけ、中国に振られたばかりのG2の鼻先、ジ民トーの約束を裏切らせるトクはソンと唆しても、許されざるヒトになるハズがないでしょう。
反アジアの親台、大規模な地雷原を埋め、休戦のまま放置した北朝鮮、占領したオキナワから先ずは出るよう悟らされ、スケジュールを組んでグァムへ撤退を始めた再編米軍。心理学しゃが嘘つきジ民トーや外務ショーを分析、引き裂かれた日本を攻略するなら、その臆病な見栄っ張りの、真っ赤っかな鼻を折り、木で鼻を括らせ、青っ尻をマネーなしの暇な野党から眺めさせ、嘆かせるのが早道と、伝授。野次馬・泥棒の退治には、急がば回れと、コイズミ平蔵さんも、継いだ安倍晋三さんも、福田康夫もそのアッソー太郎さんも、臆病に自滅する、その秘の謎を、実証するままに伝授。
ジャリ砂利がバレれは、ドーメーの上塗りが損ねられ、いろいろの政権を追ってはしくじった天然軽視のアメリカの、その歴史を曳く、人工過誤の偏重・禍。反アジアの親台は揺さぶられるまま働かず、核主権の北朝鮮からロケットとともに蹴り跳ばされた…存在の保障・要求…、世界の中で最強米軍を釘づけ、傍観する米国の前を‘休戦の戦争’はどうなるのと、騒ぎます。許されざる者にも、なれません。じゃぶじゃぶ凄惨金利のドルマネーとドル国債、対岸から投げられるロープなしには、最強のアメリカ新大陸も、責任を問わないム責任の野放図のまま流されて漂流。自我も無我も無私も呑みこんだ下々下の下の我は、チェンジに手が届かず、金融大騒擾の激流を大浪や小浪を食らって、転覆しかねません。ハックルベリーやトムソーヤは、ミシシッピーに始まった西部開拓そして、ティファニーの朝食までの、その終わり。グローバリゼーションの大河には、浮かぶ外輪の蒸気船はなく、土砂降りにもハリケーンにも襲われ、干天を見上げては身震い、慄えるままに、立ち竦む千のプラトーは、
∈ ざぶりざぶりざぶり 雨ふる枯野かな ∋一茶
シャッキンはコクみんが払うのに、シャッキン好きのシャッキンにタカった、共済天国のコームいんたち、目的を離脱した彼らの不正の、そのマネー横領を、怒らずに黙って、払うのでしょうか。悩むのは損と、天然コクみんがヤジ馬の人工コクみんになって、足や眼、耳すら忘れたドアツードアの、車・偏重。非の灯を知る天然コクみんは、無党自由しみんの覚悟を固め、シャッキン不能の谷間に墜ちた、下々下の下の花の月を見遣り、無駄を咲かせる人工・談合を叱り、盗み逃げを戦う…猿蟹ガッセン…の情けなさを、怒らせ、もの忘れの世捨て人…浦島太郎…に同調させず、奪われた天幕から浮世に出てきたところを、チンプンかんぷんのその頭を、ざぶりザブリと、浸らせます。
∈ 花の月と、ちんぷんかん 浮世かな ∋一茶
太くも細々にも唄い継がれた花一匁の‘見返り’、童が怒って、大人になったらと、大人の青っ尻を叩き、赤く腫らせます。こころの歌を忘れず、天国のお父さんに、大の大人のチンプンカンを嘆き、ざぶりざぶり降る、雨の枯れ野から、秋の手紙を投函しました。
∋ 天然の春、民主々義の盆栽を悼む、花霞 ∈ユマ
西洋の意志に対立させる、‘心理’の意識は、東洋が意志に代え、すべては一過性の、災厄のこの時に反映、外には目的を感じさせずに、献身的言動が成果を上げても、成果へ自己言及することなど意に介さず、そんな不思議を、日本人を知らない、異端なものに眺めさせます。
通潤橋の円形分水、理解不能の公費が出費を拒む中、為政の外の田舎に過ぎない粗野に、石工を集め、庄屋や多少の金持ちが私財を叩き、卑しめられ、食い詰めながら、自前・開発。東西に遠く眺めさせ、里山が世界に誇る、貧に通じる、華々しい器用仕事。慎んで、器用仕事に眼を止め、最高の栄誉を認めたレビ・ストロースさんに感謝。その誇りを知らぬ存ぜずに呆け、ム徒ム能に墜ちるコームいんたちに向け、ジャジャ馬の人工・バカを悟らせます。
公共コストを吊り上げたまま、その是正に背を向け、‘4000兆円インフレ自爆デフレ’の跡も、内需拡大の義務を裏切り、派遣切りとイッショにデフレの滑り台、スパイラル斜傾を放置。世界ナンバー2の誇り高き歴史、吊り上げた公共コストが、愚か者の徴・デフレ構造を深々と彫ったので、世界が仰天。時給700円は、高い電気代ガス代水道代、そして電車・バス代がマズ奪われ、食うものに窮させるのが食品・消費税や住民税や健康保険税、生活保護のレベルに届かないのは、関所をつくっては通行税や応益・利用税をムシった、ジ民トーのニッポン・コッカだけ。
例えば道教。そして実際に多く現れた東洋哲学。アリストテレスの形而上学の、最も基礎的なドグマを幾つも乗り越え、拒むその幾山河をものともせず、越え去り、哀しみの果てるクニを、指差しました。現代の西洋哲学はほとんど完全に、古典的な形而上の問いのその内面でストップ、疑いの対象にされることを怖がり、内張の内めんを仮面のように当てて覆い、開き直りに惚けました。つまり器用仕事の鋭意を軽視、内省的内面を自由に発達させず、粗雑化させ、日本狭小列島に劣りました。
論理が立たないところは、仮面に隠し、論の立つところは、論理尽くめで押しとおす。コームいんが東西同じように、愚か者に走り、人工のヤジ馬を走らせ、戦争をリピートさせました。真を押し退け、偏重する嘘の力を誇示、天然の‘欲と思い’を武装し、人工化しました。無常の裁きと、非情の打ち首。アリストテレスの形而上学に異を唱える者が、ヘーゲルの論理学のように、西洋に多く現れ、高学歴を鞍に乗せ、人工のジャジャ馬を国境に走らせました。ぷらとん爺さんを困らせた、ギリシャのヤジ馬が、スケジュール化した高学歴のジャジャ馬に、代わっただけという、厚顔無恥。
☆☆ 日本には、ぷらとん爺さんやヘーゲル父さんに劣らない童が、花一匁を歌い継ぎました ☆☆
なにもかも兎の輪の話の和に集められた天然の人知、‘欲’が膨らませ塗った血糊を利かせジャジャ馬を駆け回らせる、高学歴の人工知の‘思い’は非情。優しさと非情を使い分けさせない、花一匁の‘見返り’決断。ジャリ砂利のミン主トーに、真似できない、絡め取られない独立・独歩の健気な魂。
∈ 海の夏 ぼくのドラマは ぼくが書く(小2男)∋
天然と人工の角力…はっけよい、残った残った…、世界からヒトを土俵に集め、兎の輪の話の和を土俵で悟らせ、見るヒトあっての、ごっつい賞金、ありがたさをシミジミと悟らせ、‘欲と思い’に、フェアを刻ませます。文明開化の人工思考と俳句の天然思考、複雑なコンプレックスをマル出しにした、日本はフェアこそ故郷。裸一貫で躍り出たドルの大戦場、敗戦後を勝ち抜き、奇跡を遂げました。
しかし嘘をエネルギーやストライキに燃え立たせたシャッキンの炎、投身するはずの…山県有朋1899年のコームいん集団…は、ほとんど投身しません。兎の輪の話の和を返す、その手が、人工の無謬や超然を囃し、嘘に始めウソの破綻で、無人の駅舎を並べました。
☆☆ ミン主トーは鳴くでしょうか、
∈かっこうがないてどうわの森になる(小3女)☆☆
郭公は、一羽で鳴きません。和の木霊が、郭公の森になります。ヒトリ善がりを崩し、絡め捕られる臆病を笑い、紫式部のように、始末の悪い女狂いや、男恋しさ、物心の欲に、朧月や浮き船や浮き橋など、災いの一式を揃えて用意、童話の森に妬み、嫉み、蔑み、荒む、その葛藤を結びました。寂聴さんの現代語訳のおかげで、古文の先生がニガテにした、女ごころの深く広く捩れる、生きものの不思議がテキパキと案内され、後宮に潜む‘月’の兎が審らかにされました。
∈ 海の夏 ぼくのドラマは ぼくが書く(小2男)∋
こどもだって自分の人生は、自分の手でと、思いに臆さず、自由に、平等に‘欲と思い’を書きます。それを冒さないことで公正、歪めないことで公平。‘応仁のラン’を展べては、歴史になりません。童の自由や平等を邪魔をすれば、居場所を失うか失わされるか、薄っぺらな家族のヒト壁前線など、仕切り紙を突き抜けさせた、慎太郎チヂさんの見栄っ張りなど、自己言及的にも失する、夢憂のアプレゲール。
形而上学の語源を歩く、良寛1758〜1831年、いろはの歌が童話に結んだ悠久の、天然の輪の話の和。何もできない兎が、みずから火の中に飛びこみ、その身を焼いて献じた、今昔物語を結ぶ良寛さんの長句‘月の兎’、ナポレオン・ボナパルト1769 - 1821年の、同時の産土でした。良寛さんがこよなく愛したと言われる言葉…愛語よく回天の力あることを学すべきなり…、こんな‘思いの想い’だったら、欲が修まらず、ただの知った被りが流行るという、仏の無情。説法に閑古鳥が鳴けば、怒りを人知に運ぶという、八咫烏の三つ脚の知、…昨日である私が、また明日を知る私。人の心は不思議なるかな〈死の書〉…を越えられず、‘月の兎’に解悟して初めて、童話の茂みを豊かに実らせました。
無常 信(まこと)に迅速
刹那刹那に移る
紅顔 長く保ち難く
玄髪 変じて糸となる
いざ歌へ われ立ち舞はむひさかたの
今宵の月に いねらるべしや
いざさらば われは帰らむ 君はここに
いやすくいねよは 明日にせむ
つきてみよ
一二三四五六七八九十
(ひふみよいむなやここのと)を
十(とお)でをさめて
また はじまるを、
∈ 散る桜 残る桜も 散る桜 ∋良寛
∈ 納戸の隅に折からの一挺の大鎌あり、
汝が意志を まぐるなというが如くに ∋牧水
つづく
つつしんで……丈司ユマ著作権
|
georgeyumaさん。おはようございます。
今日は、クリスマスイヴですね。良きクリスマスをお迎えくださいね。
竹文
2009/12/24(木) 午前 11:53
丈司ユマさん


コメントを残してませんが…本来…頭で考えず…とにかく動く!タイプの私には少し難しい位の(難しくて…その時には意味が解らない事が多いのですW)丈司さんの記事が自分の行動を省みる間をくださいます!感謝です
素敵なイヴを
丈司さんにも
いつも…記事を読ませて頂いてます
2009/12/24(木) 午後 4:41
こころの中のクリスマス、あいさつもこころの中で。そう心掛けるとイッソー見えてくる、日本人の‘うわべ好き’や‘本音と建前を使い分ける旧き嗜み’、うわべを飾って無罪放免へ逃げる近世の風習も、イタチとなった‘デフレ’に食いつかれ、株の日本売りや日本買いが、弥次郎兵衛を揺らせます。ダモクレスの剣がない、野放図な箝口・無頼。拒んだ内需拡大の深い傷など、デフレと結べない、上辺飾りの限界・財務システム。学問を斥け、都合のコマを回しつづけた箝口・無頼の最終符、いつも火の車を走らせるシャッキン倒れのイロハニホヘト、∈初忘れ 頬を赤らめ イロハニホヘト∋一茶。
遠慮を端折れば、未熟都市の限界・過密集合を雪の舞う長崎で実感しました。蘭学が花を咲せ、漢文や観念の、その漢字に対抗する、新しい天然の息吹が沸かせたのに、それが欲をガチガチした、人工ジャングル。浦上天主堂も‘お地蔵さま’。国際通商の武器の風や情報の嵐を吹かせた、グラバー邸も石畳の急坂も隅に傾ぐ、ミニチュア原寸セット。都市計画を持たない日本狭小列島の、その苦難とその場限りをつづけた100余年、→
2010/1/6(水) 午前 1:34 [ georgeyuma ]
→ガチガチ人工ジャングルが天然と自由を棄てさせ、欲を担保に欲の中に思いを沈めます。知がデスクの上、和が談合の内では、天然が引き裂かれ、ガチガチ人工ジャングルがヒトの脚を邪魔し、外を絶つ内輪の損得・勘定が、限界・未熟の明日を、欲で降りこめます。∈ ざぶりざぶりざぶり 雨ふる枯野かな ∋一茶
2010/1/6(水) 午前 1:35 [ georgeyuma ]
確信の…1…も、そのガラン胴に気づかせれば、埋める意識を持たせ、慎重な思考を積ませます。思うのにその思いはスカスカ、戸惑って、いつのまに怒りの中に、自分を投げ入れたり、自分をなだめたり、励ましたり、…1…の中に気づかせた‘間’は、誠に真。‘月の兎’の投身が、間の隅々を占拠して守ります。間の複雑さに引きこむ、固有の個のさまざまな思いのその数々、リストにならなければスケジュールにも収まらせず、要領よくその複雑を究め要領をワキマエようとする軽はずみを止め、安易を叶わさせず、最期の支えは、間をもって複雑を制する、潔い‘間の問答無用’。
無常 信(まこと)に迅速
刹那刹那に移る
紅顔 長く保ち難く
玄髪 変じて糸となる
いざ歌へ われ立ち舞はむひさかたの
今宵の月に いねらるべしや
いざさらば われは帰らむ 君はここに
いやすくいねよは 明日にせむ
つきてみよ
一二三四五六七八九十
(ひふみよいむなやここのと)を
十(とお)でをさめて
また はじまるを→
2010/1/6(水) 午前 1:38 [ georgeyuma ]
→
∈ 散る桜 残る桜も 散る桜 ∋良寛
∈ 納戸の隅に折からの一挺の大鎌あり、
汝が意志をまぐるな というが如くに ∋牧水
…1…の広さと複雑さ、知れば知るほど、苦も増します。やって了ってから考え始めるか、歩きながら考えるか、解るまで黙過を押し通すか、ヒトの性格はヒトそれぞれでも、…1…と…間…を憶えたこころは、誰からも好かれ、受け入れられるでしょう。いってみれば、幸せ者です。一挺の大鎌を疎わず、意志を怠らせない、納戸に用意した母の配慮、そう若山牧水さんは、読み取りました。情緒のレベルを越えた傑人なら大勢います。ただ教科書ではネグって、もっと唯々諾々に耽ったヒトを偉そうに書くだけです。お寄りの折りは、お気に召すまま、コメントは、まったく自由です……丈司ユマ
2010/1/6(水) 午前 1:38 [ georgeyuma ]
固い芯に触れて身震い、慄えるまま退いた藤井もと財務ショーコームいん、…来年も同じように収拾の労をお願いします…、柔らかそうな表皮の、その内包はガリガリ人工の‘固い不蝕の芯’。事業仕分けを藻屑で始末した、放漫のシャッキン膨れコッカ予算、天下り天幕の内を、触ってはならぬとばかりに、用意した通り、パンパンを変えずに固執、デフレ脱却の予算が、天国に食い潰されました。アホの世界のような、阿保な咄。
…指示を受け再検討を努力しましたが、予算はシャッキン国債42兆円までが限度です。予算案をこれ以上に変更されるのでしたら、経済刷新や戦略の政治主導にお任せします。よしなにどうぞ…。コームいんのショク務を、政治主導に委ね返す、ストライキ戦術の最高峰。固い芯の毒気を知らず、唯々諾々に無視、藤井さんを失意で失い、鳩山・菅・仙石・枝野のお神輿、お祭り組が、小沢の国家再生プランを、足蹴にできるかどうか。
…民主党は財務官僚に完全屈服したのは間違いありません…、嵌められ濡れ衣を着せられた、もと財務コームいん高橋洋一さんの、裁断。→
2010/1/8(金) 午後 0:45 [ georgeyuma ]
→ナイさんが、日本の外交を米国が脅してはなりませんと、友好アジアに横槍を入れないように、プレス談話を流しました。取り巻きが‘固い芯’の表皮では、柔らかいオバマ大統領のチェンジが悲鳴を上げ、ブッシュ流の西部劇が再開を目論んで荒れるでしょう。再編米軍は、中国や北朝鮮に急かされ、グァムへまっしぐら。タイワンやオキナワの、占領の放棄がヒト眼を隠せません。日本に代わる中国の、新造空母約2兆円が東シナ海や日本海を巡航する日まで。
関所好きのニッポンのム徒ム能・コームいん集団、こなた、戦争を終結できず、脅し好きに走る米国の固い表皮のペンぺら集団。アジアは、友好アジアののどかな大平洋。
補正しながら書き加えました。
……公共コストを吊り上げたまま、その是正に背を向け、‘4000兆円インフレ自爆デフレ’の跡も、内需拡大の義務を裏切り、派遣切りとイッショにデフレの滑り台、スパイラル斜傾を放置。世界ナンバー2の誇り高き歴史、吊り上げた公共コストが、愚か者の徴・デフレ構造を深々と彫ったので、世界が仰天。→
2010/1/8(金) 午後 0:54 [ georgeyuma ]
→時給700円は、高い電気代ガス代水道代、そして電車・バス代がマズ奪われ、食うものに窮させるのが食品・消費税や住民税や健康保険税、生活保護のレベルに届かないのは、関所をつくっては通行税や応益・利用税をムシった、ジ民トーのニッポン・コッカだけ。……
お寄りの折りは、お気に召すまま、コメントは、まったく自由です……丈司ユマ
2010/1/8(金) 午後 0:54 [ georgeyuma ]
mitosya芭蕉句集 連句篇 冬の日から。
∈ぬす人の記念の松の吹おれて∋芭蕉、先ずはこの句から。情から入って、好評の日本底辺論、嘘の腑分けから入った‘おおがいさんのトモダチ’の苦心惨憺。しかし友好アジアの、その日本狭小列島・意識を、脅してはなりませんと、米国のカタイ表皮が自重へ縮退、その不思議は、中国が到達したミサイルによるミサイルの撃墜・成果から。いよいよ、日本狭小列島は‘底辺’から脱する本気で正気の新しい噺に向かって、執着しなければなりません。 自我も無我も無私も、下々下の下の我では、もはや底辺をうろつき、温めることすら‘嘘’になります。
ブログは時を読む、絶妙な、記事となりました。ありがとう。…即興性や緊張感…は、底辺意識が欠かせないのに、芭蕉爺さんや一茶爺さんそして良寛爺さんの、秘めたその形而に迫らなかった、大岡信、丸谷才一、安東次男、石川淳たちによる歌仙の興行は、萎まざるをえませんでした。5・7・5の短句では、センスや機微より、形而への集中力が決め手と考えます。山頭火や啄木、牧水や放哉を、弁証法の視点から見返し、→
2010/1/13(水) 午前 5:35 [ georgeyuma ]
→わらべ唄の不思議に囚われ、花一匁の傑作に、底辺論をダブらせます。
最期の仕上げはブログのセンスが、リードする通り、∈骨を見て坐に泪ぐみうちかへり∋芭蕉。
…即興性や緊張感…も、この底辺にまで行き着くと、鬼気の形而がグンと迫ります。全体がどんな部分にも常に要求される音楽の、その領域には、金子陶太さんも及びません。それにしても、あらきみほさんが収拾した、子供たちの句の、その形而のレベルの高さに、圧倒されます。
浦沢 直樹『YAWARA!』『MONSTER』『20世紀少年』1960年や呉智英…民主主義とは一言でいえば、バカは正しいという思想…が審らかにした、サブやメインの相互乗り換え自在な日本カルチャーの逞しさ、世界の中に開いて献上した、そのコンプレックスに押し返され、鳥篭の中へ押しこめられた精神科医のおぞましさ、それをつくづくと見て自我の眼が緊張します。お寄りの折りは、お気に召すまま、コメントは、まったく自由です……丈司ユマ
2010/1/13(水) 午前 5:37 [ georgeyuma ]
猿田彦
nonajun 大江健三郎をほる 影と光の猿田彦―大江健三郎『万延元年のフットボール』覚書 2007/4/24(火) 午前 4:57
……通俗を、通俗の言葉をもって語り、現代の瓦版にしたのが日本辺境論、そんな視点を瞼に修め、再訪しました。‘辺境’とは、また大いに気取り、辺境を心得ないはずのム知の‘辺境’意識が、卑屈や臆病を和らげて通俗を靡かせたことに、気づかせ、太宰治さんの自殺と重なり合うような猿田彦が、やっと眼の中に、像を結ばせ、それを書かせる余裕を授けました。
ここまでは追及しなかったレヴィナスのフランス哲学。
‘辺境’も、驕って昂ぶったウヌ惚れの思いを、正直に顕した素直な内めん面、外めん面の、その狡賢さに対抗、作文を煽る自己の動機に殉じ、衝動禍を鎮めない内めん面、外めん面に向い、直に正直を斜陽に書き、直に素直を人間失格に納め、猿田彦を生誕100年の前に読んでいたらと、思わず、太宰治さんを死なせた作り物の日本辺境を、憂えさせました。
役を果たした新大陸へ、輪と話と和を解く里山の‘公正で自由な公平や平等’を捧げ、→
2010/1/16(土) 午前 8:37 [ georgeyuma ]
→もとバイキングへ、火に投身し餓にニクを献上する‘月の兎’を噺して聴かせようと思います。‘責任’が通俗の責任を逃すという猿田彦の骸をヒトつならずと累し、死と生を鏡に映す新大陸の限界を、一兵も一艦も一機も新大陸へ飛ばさなかったその無恥を無知をもって知らせたのに、それはそれ、ミサイルによるミサイル撃墜に成功した中国は、嘘に始めウソの幕引きを繰り返した日本狭小列島の主に、猿田彦を回帰させました。駄目なのはニッポンのマル暗キ・学問と、‘捨てないで思考’に意固地なニッポン・文学。
破滅を内省するレヴィナスの反省・哲学、それなら瀕する貧に抗した日本の傑人が先輩です。
一気書きを悪しからず。ブログのコメント文字は、オリジナルの真っ白な文字ばかりです。
お寄りの折りは、お気に召すまま、コメントは、まったく自由です……丈司ユマ2010/1/16(土) 午前 8:00[ georgeyuma ]……。
2010/1/16(土) 午前 8:38 [ georgeyuma ]
こんばんは♪
不躾ですが…お願いがあります!
日本人の[捨てないで思考]?のところを…もう少し語ってください!
お願いします。
2010/1/16(土) 午後 6:45
万葉に始まった5・7・5・7・7の和歌は恋心を伝えるのに丁度よい字数の、思い切りを収めさせました。禅の厳しさに狼狽え、現場を取り仕切る裁きや多難の多忙に孤立し、孤独へ追われた武士は、和歌に息抜きを憶え、失念や失望、自負や自助、そんな情を差し込める和歌に私淑、元寇の後は不安を情で隠し、こころの乱れを抑えましたけれども、決断に欠ける女々しさを露呈、‘応仁のラン’後は辞世に情を残す和歌を珍重しました。
情の氾濫を嘆き、いろはの会話言葉を磨き直したヒトビトが、情を差しこませない俳句を完成させました。良寛さんなどチンプンカンプンのお経や講話を唱える、下々下の下に地団駄を踏み、仏教の天井を長歌‘月の兎’で開口、西洋流の形而を確立、ややこしく、情に流れる人間関係を花一匁の決断にまでシンプル化、一茶爺さんや芭蕉爺さんらが、こころを映し、意志を映し、戒めをも映す、5・7・5の俳句を完成させました。
武士が開かなかった観念、武士道の条理を固めさせ、真の独立と自律の双つを磨きだし、平等の至難を諭し、雄々しさを多数の俳句の言葉に修めました。→
2010/1/17(日) 午前 2:02 [ georgeyuma ]
→はみ出したのが、情を軸に、捨てないで欲しいと願い、ナン問に苦しむヒトビトの前に立ち、貧に瀕するヒトビトと触れ合いながら、策に窮して白を切った、臆病な武士たちです。自らを情の中にリードして自らを慰めるマナーに、取り憑かれた武士たち、努力が報われない新しい社会の中で、彼らがアピールしたのが、‘捨てないで思考’の始まりです。
ここから慎太郎チヂさんの‘捨てないで思考’が、灯火に灯を灯します。長くなるので、今日はここでストップ。
エクスキューズミーと不躾と、どちらが、優しいマナーで、どちらがサバサバしたマナーか、と考えれば、和歌が‘捨てないで思考’を支えて助け合う一方、用向きをストレートに見せるのが俳句レベルの不躾。西洋のいい習慣は、相互の独立や自律に、平等を心得、相互が尊敬し敬意を示す、そんな社会マナーを大事にしました。どれを選ぼうと好き勝って、ヒトを引っ張り込む‘捨てないで思考’は、武士道の惻隠の情に似ても、眉を潜ませます。キッパリとさせる俳句に支えられた‘情’なら、優しく接しても、‘捨てないで思考’の女々しさに、落ちないでしょう。木霊をありがとう……丈司ユマ
2010/1/17(日) 午前 2:04 [ georgeyuma ]
丈司ユマさん
ありがとう
ございました!
2010/1/17(日) 午前 2:23