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[ 山田 宙 ]
2011/5/13(金) 午前 9:00
外ヶ浜の謙虚さに、ジワッと襲う退屈の縛り、立てた屏風は5年ごとの凶作や旱魃、義経寺に兄弟の死闘・伝説を追い、津軽を慄わす、安寿と厨子王の気高く謙虚な花一匁、山椒大夫の陰りと陽向に、謙虚に蹲る独りぼっち
自力の国益
[ この前言ってたバイトの件 ]
2011/5/10(火) 午後 4:36
[ こんなんでいいのかよ!?W ]
2011/5/3(火) 午後 9:04
[ どこで身につけたんだよ!? ]
2011/4/29(金) 午前 3:12
[ georgeyuma ]
2011/4/12(火) 午前 0:06
→ 核開発や核所有に駆られる貪欲・カニバリズムの夢を、中・米が、日本狭小列島から抜き取って奪い去るでしょう。尖閣諸島も竹島も、北方クリルも、このままでは風前の灯火。
世界に吹かせた民主の嵐が、日本狭小列島から遠ざかるのを見ると、カラ壜・カラ缶やカラ樽・カラ荷を集めたカラ函・コッカの封建・一途が、反省をしないム反省の明日を気づかせ、アジアや国際・世界を、列島を鎖したウソの世界に、踏みこませます。
カニバリズムを抜き取る改革に、千の風が吹き、ウソに草臥れ破綻した痴の貪欲・心理に、新鮮に甦るのは、いい古されたことば、ばんじ塞翁が馬。気持ちよくても、ウソは駄目です!!!
お寄りの折りは、お気に召すまま、コメントは、まったく自由です……丈司ユマ
[ georgeyuma ]
2011/4/12(火) 午前 0:01
[ georgeyuma ]
2011/4/11(月) 午後 11:57
→ 「正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七、斎藤緑雨三十八、国木田独歩三十八、長塚節三十七、芥川龍之介三十六、嘉村礒多三十七、太宰治三十八」。太宰治の文章は、正気そのもの、それを裏切ったのが文壇の劣等・悪ですから、文人たちに曝かれず、デフレ30年のサボタージュに転落、そこのけそこのけ お馬が通ると、阿漕を窮めつづけます。
(修正変更した抜粋の引用)の抜粋と引用が、苦心した苦心のしどころでした。太宰治の優れた文章を、カンメイに取り出すために工夫した、その結果です。
ビジネスで気取るカンブに向かって、使った5分トークのそれは、気取りの種をカンタンに見破るそれとなり、気取りを豹変させ、襟を正させ礼儀よくさせるか、権力を口から迸らせ、→
[ georgeyuma ]
2011/4/11(月) 午後 11:55
→ 心情は、意外な面の多様な陰りを、こころに悟らせます。コメントのレベルの高さが、光ります。
そんな不幸な気持にさせるのは、なに、なぜ、読書の世界から消されたこれら、だいじなポイントですから、ブログの散策の中で、その謎が問わずに明かされます。
太宰治が残した警鐘を取り上げ、なぜウソに隠り、どうしてウソに隠された真実に、背を向けるのか、捻れて曲がり歪んで反る140余年をふり返ると、瀕する貧から逃れる観念を頼り、観念に命ぜられ、観念に汚された日本人のこころが、浮かびあがります。和辻哲郎の鼻先は、単純なだけに、気忙しくさせます。
ゼロの白紙から鉛筆の一筋で、スタートする漫画が唯一、観念とケンカし、観念が押しつける、誠実のその影に陰るウソと闘いました。産まれなければ善かったと思い思う、心痛の深い棘を抜かせ、産まれて善かったと笑みを零した、そのこころの世界こそ、字面の文字がはたすべき自負心でした。太宰治にはそれがあります。ニッポン文壇は、依然、それに気づきません。→
[ georgeyuma ]
2011/4/11(月) 午後 11:52
被災者の心情に近い言葉を、文字にしたり語るする人がめっきり減り、気持が陰るので、陰りを晴らすコメントが眼にはいると、空しさが遠のき、ホッとヒト息を吐きます。
…死んでこそ太宰らしい…、そんな言葉が本を読む人の中に、まことしやかに使われるのを、ブログの散策で知りましたから、火元を被災者に丸投げ、加害の立場にいるひとたちが、火事場・騒ぎにウツツを抜かし、加害の責任を意味不明のまま頬被りしてみせれば、ニッポン・マスコミもまた加害の責任を隠そうと、囃して売り上げ増を暗躍させるその逆さまが、公然と騒ぎ立ち、世界を仰天させたのに、非を感じない否のウツツに、退き隠り、列島の不幸の根を世界に知らせました。国際世論は、これから厳しさを増すでしょう。
体験されながら、戸惑いの真っ直中にいるようですが、→





