おおがいさんのトモダチ

森の生け花や山野の一輪差しを思う常識から常識による常識のための常識

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 ☆☆ 良寛さんとぷらとん爺さん 双つの、無人の駅舎のリニューワル 2 ☆☆
 ☆☆ 良寛さんとぷらとん爺さん そして一対ヒト組みをめぐる三浦梅園さんの概念「一、一」☆☆
 対話で展開された、ぷらとん爺さんのてつがくが、気がつくと、コンクリートのようになっています。有名とはいっても、あの国家は、想定した架空の、コッカにまつわる噺しですし、現存したことがない想像のコッカなのに、あったように信じ、辞書で単語を調べさせながら、よみ砕かせるホド、固くコチコチなトーチカのような地下要塞になってしまいました。対話が、地下要塞に変わる……、必然性にいろいろあるとしても、対話をコンクリートにするなんて、そんな必然性があったらおかしい、そう思ったからこそ浄財を集めてつくった、アルカイダの勉強キャンパスで、…対話…を幅広く遠く広げさせ、行き詰まってうまく行かない諸々を、対話したそれを記録して継ぎました。 夢に見た理想のコッカが、ガリガリのコッカの支配構造を、書き残させるはずがありませんし、絶対の圧政をヒッスとさせる、ギスギスな完全シュ義を、理想にさせるはずがありません。
 対話集を、弁証法と名づけ、単語を観念化させ、観念で思うそれを、純粋、厳密に、競い合う、どこで捻れなんで歪んだのか、ジレンマが観念論争で険しくされ、対話から常識の外へ、ドロップアウトしてしまいました。日常と非日常のあわいを軋ませ、生に触れ、干乾びを視て、慄えてシね!と、花一匁の覚悟を諭します……。戦争に敗れたアテナイが、師のソクラテスを刑死で失わせ、ぷらとん爺さんは若い時をアテナイから逃亡しながら、苦しみ抜きました。
 日常と非日常のあわいは、ウヌ惚れが継ぎ、それを独占します。自信を持たせ意欲を沸かせるウヌ惚れは、強く烈しいほど、日常と非日常をイッソー厳しく対立させ、対立する対決型死票と犠牲型多票が、ム責任を競ってコクみんコッカ社会を歪めて破壊、制度という制度が予算を抜かれ、破綻させられます。革命前夜は、悲鳴を上げるヒト壁前線が、その共通点になります。
 自由には古いそれに代って、自由が産まれますが、平等が行き詰まると、革命が大小を爆発させます。平等だけは、騙しに使えず、犠牲が負わされ、平等が悲痛を叫び、犠牲が平等を求めさせます。ヒト壁前線は、平等を押し潰す圧政の中に現れます。教科書はそんなことを絶対に書きません。革命という語は烈しすぎると嫌い、改革といって過激でないことをアピールするのが、世の習わしになっています。
 平等は護られていると、嘘に支配されます。機会均等の嘘は、勝ち組を正当化するため、便宜がいわせますから、コイズミ平蔵の「生殺与奪の新ドクトリン」が、セーフネットをつくらず、ボロボロの穴だらけにし、自殺を高いレベルに推移させました。
 勝ち組が負担増を回避する、その‘秘中の秘’が、機会均等という騙し言葉でした。音波や記号で感動を味わうヒトなら、言葉に騙されず…1…を壊されずに済みます。ぷらとん爺さんが逃走しながら、ソクラテスとの対話をまとめに掛かり、ソクラテスの刑死を振り返りながら、コッカの理想を対話集に収めました。素手で読むのが、ぷらとん爺さんの話しです。こころが清澄に洗われます。

 ☆☆ 書いて散る知、残る知も、書いて散る知 ☆☆
 ヒトとヒトの対話は、桜並木を眺めて愛で、昨日を激し、明日へ思いを募らせます。
 ∈ 散る桜 残る桜も 散る桜 ∋良寛。
 その意のすべては、散る桜 残る桜も 散る桜。そのように、同じヒトつにこだわる愚を、散って咲く桜を見て、諭しました。先に散ろうが、残ったと思おうが、残った後を散ろうが、散る桜の先か、その次か、その最後かと、そんな先後を思い煩う女々しさに、気づかせます。ソントクツゴーがそこにまで達しているなら、残ったことを誇り、先に散ったものより、マシと慰め、死の苦しみを最後にしたものの 不手際を蔑むなど、みんな死ぬだけですと運命に、眼醒めさせる、良寛さんがそんなことに、思いをこめるハズがありません。
 非情を命令に借りる軍人に、誤用されたお陰で、良寛さんの句の深さが認識を高めさせ、誰も言わないそれを、コンクリートにされたぷらとん爺さんを慰めつつ、双りを並ばせ、散っては咲く桜を、みなで愛でます。
 桜の木になるも、桜を愛でるも、散る桜を咲かせるも、よし。知は花を咲かせ、残る知を忘れず咲かせ、最後の知を咲かせて散る、日々の知の生命。
 ぷらとん爺さんの対話集が、分厚いコンクリートに変じたのは、これも…不思議のクニの物語り…にされなければ、良寛さんの境地には届かず、多くのヒトがぷらとん爺さんを、無人の駅舎に押し込めてしまいます。
 イデアとプシュケーが、対話と思考の出発点を、定めたように錯覚、ぷらとん爺さんがイデアを知りプシュケーを知っていたと、思いこんでしまいます。逃亡中も苦しみに募らされ、ふとソクラテスの…弁明…に気づき、その無念が往時を偲ばせ、イデアに積まされ、プシュケーに慰められ、知と魂に無念を悼み、理念と精神に救いを期しました。
 それを千年も二千年も後追いした、著述のあまたのカンチガいは、どれも見聞できないイデアやプシュケーから生じ、素手の対話の中で、そんなカンチガいに陥らないようにあれこれ生命を賭して気を配った、丁寧な注意が、お構い知らずに消されました。
 思いを極めるなんて許されない、未知のもので終わって了うような、それがその常識。だからレスラーだったその腕力や技能を知る、ぷらとん爺さんならではの哲学は、イデアとプシュケーの反対、…失望…や…自暴自棄…の現実から、逃亡の苦しさを通して、トコトン体感したものですから、事実と理念をストレートに語り、‘哲学’を素手の対話に連ね…フェア…が全うされました。
 笑ってしまえば、誤用の愚から解放されます。魂や、理知な魂、気概な魂や、欲望な魂が、飽きたらない不満に飢える対話限りのその枠を破り、どれもこれも学問されたんですから、知も精神も、異常を来し、歪みや捻れが、そこここに残され、コンクリートにされました。魂がコンクリートに。犠牲が止まず、犠牲に走らせる…月の兎…に、苦悩した良寛さんが、その魂のコンクリートを見たら仰天したでしょうけれども、生憎コンクリートの魂に気づかず、気が惹かれず、ム徒の思いに囚われるこころを察した、その苦悶がこの句を生みました。咲いて散る桜は花の悦びを生み、散る花の影を生み、生身の儚さを生み、どれも同じ生がなま身を支えます。
 観念を使ったマル暗キ思考は、カンチガいの渦を巻かせ、詭弁を大量生産、思考は溺れるまま‘行き詰まり’、コンガラカって消尽させ、意識の先の意志を謝絶、花一匁の決意には近づきませんでした。温めた…意識…は、その後…思いと意志…に引き裂かれて分解されれば、そこが終着駅です。ヒトが集まる駅舎になるか、ヒトを集めず無人の駅舎になるか、交代する世代に残した詰問は、詰問ゆえに敬遠され、詭弁の禍根にされて、消されます。意識が意志に継ながらない、散る桜 残る桜も 散る桜。意識から意志に継ながり意図に届く、散る桜 残る桜も 散る桜は、こころを躍動させます。 
 イデアとプシュケーは、「知」と「魂」、べつに、「理念」と「精神」。プシュケーは、‘欲望な魂’の3段階に組まれ、対話で予定するところは、理知な魂や、気概な魂。
 イデアは、数のそのもの、図のそのもの、形のそのもの。
 「大」とか「小」という「大」のそれ自体が、イデア。イデアは抽象のそのものでありながら、同時に、具体のそのものという、対話あっての心理を、全うする真理でした。詭弁を誘ってイデアが、スタートさせる八百長のカラクリは、原形となるとアッケラカンとします。こんなにもカンタン明瞭な、メカニズムですから、詭弁に巻かれたヒトは、詭弁に洗脳され、理解を失います。対話に残されたのは、辻褄合わせの小事ばかりです。桜の木も、盆栽のそれに代えられます。対話で教えられた…信じる確信…が、そのまま、騙しに使われ、おびただしい詭弁がそのツド、誕生しました。

 プラトンは、ソクラテスを刑死させたその興奮から、思惑(ドクサ)を知って怖がり、その手前の観念論つまり対話集を、清澄に組み上げました。ドクサが…ウヌ惚れ…を正味としていないため、観念論の意識が思索のカタチを見て撮って、安全停止、一層ややこしくなる…失敗と成功…に向かう…意志や意図…の区域には、意識からそれを切り離し、思考の彼方に霞ませ、消しました。裏切りや犯罪の世界に踏みこまなかった、もとレスラーぷらとん爺さんならではが見せた、ゲームの知性がはじまります。
 フェアの世界が、ドロドロしたイデアとプシュケーを区画し、フェアを沸かせました。ムリと思おうと、スポーツいがいに優勝しない原因として、…ウヌ惚れ…に気づくヒトがいなかったようです。双りの面目ヤクジョです。王権神授説が己惚れを消す論理の帰結だとしても、5千年前から…ウヌ惚れ…の悪さが神職の間で議論されたなんて、史実に語られて残されません。せいぜい、昨日である私が、また明日を知る私。人の心は不思議なるかな〈死の書〉。
 戦争の死闘の中で、己惚れをセンサクしたところでラージサイズにミニサイズの哀愁が填められ、空論に追い詰められます。(中断)
 不満のいいようによって、公平や公正は、カンタンにねじ曲げられ、修正されます。戦争や、金融大騒擾の根は、公正や公平を歪めた…理屈…です。無罪放免にすれば、そのヒトらしさがその理屈を繰り返します。プシュケー(欲望)が、魂の3段階を使って説明され、理知な魂、気概な魂、欲望な魂が、混乱の原因を理解させました。こうしてプラトンは、師であって刑死したソクラテスの、その真実を悟りました。ソクラテス63歳、プラトン20歳、紀元前407年ごろの出会いが、近代社会の基礎知識を、刑死のショックと対話で、紐解かせました。ですから良寛さんの知的レベルが、劣るなどと考える必要がありません。
 江戸時代の天宝文明から、三浦梅園が「一、一」概念を発表、コッカや世の中の壮大な大きさに挑み、半分の組み合わせが巨大で壮大なクニの‘ありよう’へ迫りまって見せます。
 良寛さんの‘三つの嫌い’は、‘詩人の詩’に始まり‘書家の書’に至り‘料理人の料理’までの、…ウヌ惚れ…の邪。
                     つづく
     つつしんで……丈司ユマ
著作権

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