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☆☆子供たちからの贈りもの∈ 青りんご 大人になるには おこらなきゃ(小6女)∋ ☆☆あらきみほ『小学生の俳句歳時記』2001 蝸牛新社から。
こどもたちから贈られた めりーくりすます。いつまでも真っ赤っかのサンタなんて、青臭い。警柵でパチンとやられるように、何をするんだと、真っ赤っかになって怒ってみたらどう。それで真っ赤っかになって、ホワイト栗澄すになったら、天然の真っ赤っかを青から眺めた、そんな贈りものを欲しがらせ、贈っていいじゃん。なんたって一年に一度くらい、真っ赤かになるほど怒ってホシい、天然の青リンゴ。木霊が木霊を呼び、おこる声に、こどもたちが白い兎のように、聴き耳を立てます。
∈ 青りんご 大人になるには おこらなきゃ(小6女)∋
こどもの怒りは、花一匁の‘見返り’決意から、月の兎に相通じ、今に引き継がれます。そんな愚痴が、万機公論を避け、公論で決させず、日本の伝統に、背を向けた、しがないコームいんたち。小さくなった良識を片隅に追いやり、大きくなったタカる欲をマル出しにした、あれやこれやの拝み取り、欲ボケ一杯に、めりーとはナンだ、仏さまからは何もないのに。だらしがない。だから尻から、青臭さが抜けず、マル出しの尻にその徴が残るんだ。可愛がりましょう、自我の無我の無私の、怒る我こそ、リスクに怯まず、立ち上がって怒った、そんな父さんを、女にならない母さんが、忘れません。
∈ 天国は もう秋ですか お父さん(小5女)∋。
孤高も、自我も無我も無私も、下々下の下の我となれば、渡りも引き返しもせず、‘往きはよいよい帰りは怖い’、健気な伝統の嘘の谷間も、嘘で崩されます、シャッキンに継ぐシャッキンとは。‘とうりゃんせ’だったのに、‘皆で渡れば怖くない’なんて、子供が聴いたら、サンタで済まされず、クリスマス・キャロルをナントカしなさいと、青い尻を叩かれます。あまりに臆病すぎますねー、天国のお父さん、子供はチリジリ、苦労するお母さんが、その死を悼みます。女を誇るクリントン母さん、大雪の渋滞中、日本大使を呼びつけ、中国に振られたばかりのG2の鼻先、ジ民トーの約束を裏切らせるトクはソンと唆しても、許されざるヒトになるハズがないでしょう。
反アジアの親台、大規模な地雷原を埋め、休戦のまま放置した北朝鮮、占領したオキナワから先ずは出るよう悟らされ、スケジュールを組んでグァムへ撤退を始めた再編米軍。心理学しゃが嘘つきジ民トーや外務ショーを分析、引き裂かれた日本を攻略するなら、その臆病な見栄っ張りの、真っ赤っかな鼻を折り、木で鼻を括らせ、青っ尻をマネーなしの暇な野党から眺めさせ、嘆かせるのが早道と、伝授。野次馬・泥棒の退治には、急がば回れと、コイズミ平蔵さんも、継いだ安倍晋三さんも、福田康夫もそのアッソー太郎さんも、臆病に自滅する、その秘の謎を、実証するままに伝授。
ジャリ砂利がバレれは、ドーメーの上塗りが損ねられ、いろいろの政権を追ってはしくじった天然軽視のアメリカの、その歴史を曳く、人工過誤の偏重・禍。反アジアの親台は揺さぶられるまま働かず、核主権の北朝鮮からロケットとともに蹴り跳ばされた…存在の保障・要求…、世界の中で最強米軍を釘づけ、傍観する米国の前を‘休戦の戦争’はどうなるのと、騒ぎます。許されざる者にも、なれません。じゃぶじゃぶ凄惨金利のドルマネーとドル国債、対岸から投げられるロープなしには、最強のアメリカ新大陸も、責任を問わないム責任の野放図のまま流されて漂流。自我も無我も無私も呑みこんだ下々下の下の我は、チェンジに手が届かず、金融大騒擾の激流を大浪や小浪を食らって、転覆しかねません。ハックルベリーやトムソーヤは、ミシシッピーに始まった西部開拓そして、ティファニーの朝食までの、その終わり。グローバリゼーションの大河には、浮かぶ外輪の蒸気船はなく、土砂降りにもハリケーンにも襲われ、干天を見上げては身震い、慄えるままに、立ち竦む千のプラトーは、
∈ ざぶりざぶりざぶり 雨ふる枯野かな ∋一茶
シャッキンはコクみんが払うのに、シャッキン好きのシャッキンにタカった、共済天国のコームいんたち、目的を離脱した彼らの不正の、そのマネー横領を、怒らずに黙って、払うのでしょうか。悩むのは損と、天然コクみんがヤジ馬の人工コクみんになって、足や眼、耳すら忘れたドアツードアの、車・偏重。非の灯を知る天然コクみんは、無党自由しみんの覚悟を固め、シャッキン不能の谷間に墜ちた、下々下の下の花の月を見遣り、無駄を咲かせる人工・談合を叱り、盗み逃げを戦う…猿蟹ガッセン…の情けなさを、怒らせ、もの忘れの世捨て人…浦島太郎…に同調させず、奪われた天幕から浮世に出てきたところを、チンプンかんぷんのその頭を、ざぶりザブリと、浸らせます。
∈ 花の月と、ちんぷんかん 浮世かな ∋一茶
太くも細々にも唄い継がれた花一匁の‘見返り’、童が怒って、大人になったらと、大人の青っ尻を叩き、赤く腫らせます。こころの歌を忘れず、天国のお父さんに、大の大人のチンプンカンを嘆き、ざぶりざぶり降る、雨の枯れ野から、秋の手紙を投函しました。
∋ 天然の春、民主々義の盆栽を悼む、花霞 ∈ユマ
西洋の意志に対立させる、‘心理’の意識は、東洋が意志に代え、すべては一過性の、災厄のこの時に反映、外には目的を感じさせずに、献身的言動が成果を上げても、成果へ自己言及することなど意に介さず、そんな不思議を、日本人を知らない、異端なものに眺めさせます。
通潤橋の円形分水、理解不能の公費が出費を拒む中、為政の外の田舎に過ぎない粗野に、石工を集め、庄屋や多少の金持ちが私財を叩き、卑しめられ、食い詰めながら、自前・開発。東西に遠く眺めさせ、里山が世界に誇る、貧に通じる、華々しい器用仕事。慎んで、器用仕事に眼を止め、最高の栄誉を認めたレビ・ストロースさんに感謝。その誇りを知らぬ存ぜずに呆け、ム徒ム能に墜ちるコームいんたちに向け、ジャジャ馬の人工・バカを悟らせます。
公共コストを吊り上げたまま、その是正に背を向け、‘4000兆円インフレ自爆デフレ’の跡も、内需拡大の義務を裏切り、派遣切りとイッショにデフレの滑り台、スパイラル斜傾を放置。世界ナンバー2の誇り高き歴史、吊り上げた公共コストが、愚か者の徴・デフレ構造を深々と彫ったので、世界が仰天。時給700円は、高い電気代ガス代水道代、そして電車・バス代がマズ奪われ、食うものに窮させるのが食品・消費税や住民税や健康保険税、生活保護のレベルに届かないのは、関所をつくっては通行税や応益・利用税をムシった、ジ民トーのニッポン・コッカだけ。
例えば道教。そして実際に多く現れた東洋哲学。アリストテレスの形而上学の、最も基礎的なドグマを幾つも乗り越え、拒むその幾山河をものともせず、越え去り、哀しみの果てるクニを、指差しました。現代の西洋哲学はほとんど完全に、古典的な形而上の問いのその内面でストップ、疑いの対象にされることを怖がり、内張の内めんを仮面のように当てて覆い、開き直りに惚けました。つまり器用仕事の鋭意を軽視、内省的内面を自由に発達させず、粗雑化させ、日本狭小列島に劣りました。
論理が立たないところは、仮面に隠し、論の立つところは、論理尽くめで押しとおす。コームいんが東西同じように、愚か者に走り、人工のヤジ馬を走らせ、戦争をリピートさせました。真を押し退け、偏重する嘘の力を誇示、天然の‘欲と思い’を武装し、人工化しました。無常の裁きと、非情の打ち首。アリストテレスの形而上学に異を唱える者が、ヘーゲルの論理学のように、西洋に多く現れ、高学歴を鞍に乗せ、人工のジャジャ馬を国境に走らせました。ぷらとん爺さんを困らせた、ギリシャのヤジ馬が、スケジュール化した高学歴のジャジャ馬に、代わっただけという、厚顔無恥。
☆☆ 日本には、ぷらとん爺さんやヘーゲル父さんに劣らない童が、花一匁を歌い継ぎました ☆☆
なにもかも兎の輪の話の和に集められた天然の人知、‘欲’が膨らませ塗った血糊を利かせジャジャ馬を駆け回らせる、高学歴の人工知の‘思い’は非情。優しさと非情を使い分けさせない、花一匁の‘見返り’決断。ジャリ砂利のミン主トーに、真似できない、絡め取られない独立・独歩の健気な魂。
∈ 海の夏 ぼくのドラマは ぼくが書く(小2男)∋
天然と人工の角力…はっけよい、残った残った…、世界からヒトを土俵に集め、兎の輪の話の和を土俵で悟らせ、見るヒトあっての、ごっつい賞金、ありがたさをシミジミと悟らせ、‘欲と思い’に、フェアを刻ませます。文明開化の人工思考と俳句の天然思考、複雑なコンプレックスをマル出しにした、日本はフェアこそ故郷。裸一貫で躍り出たドルの大戦場、敗戦後を勝ち抜き、奇跡を遂げました。
しかし嘘をエネルギーやストライキに燃え立たせたシャッキンの炎、投身するはずの…山県有朋1899年のコームいん集団…は、ほとんど投身しません。兎の輪の話の和を返す、その手が、人工の無謬や超然を囃し、嘘に始めウソの破綻で、無人の駅舎を並べました。
☆☆ ミン主トーは鳴くでしょうか、
∈かっこうがないてどうわの森になる(小3女)☆☆
郭公は、一羽で鳴きません。和の木霊が、郭公の森になります。ヒトリ善がりを崩し、絡め捕られる臆病を笑い、紫式部のように、始末の悪い女狂いや、男恋しさ、物心の欲に、朧月や浮き船や浮き橋など、災いの一式を揃えて用意、童話の森に妬み、嫉み、蔑み、荒む、その葛藤を結びました。寂聴さんの現代語訳のおかげで、古文の先生がニガテにした、女ごころの深く広く捩れる、生きものの不思議がテキパキと案内され、後宮に潜む‘月’の兎が審らかにされました。
∈ 海の夏 ぼくのドラマは ぼくが書く(小2男)∋
こどもだって自分の人生は、自分の手でと、思いに臆さず、自由に、平等に‘欲と思い’を書きます。それを冒さないことで公正、歪めないことで公平。‘応仁のラン’を展べては、歴史になりません。童の自由や平等を邪魔をすれば、居場所を失うか失わされるか、薄っぺらな家族のヒト壁前線など、仕切り紙を突き抜けさせた、慎太郎チヂさんの見栄っ張りなど、自己言及的にも失する、夢憂のアプレゲール。
形而上学の語源を歩く、良寛1758〜1831年、いろはの歌が童話に結んだ悠久の、天然の輪の話の和。何もできない兎が、みずから火の中に飛びこみ、その身を焼いて献じた、今昔物語を結ぶ良寛さんの長句‘月の兎’、ナポレオン・ボナパルト1769 - 1821年の、同時の産土でした。良寛さんがこよなく愛したと言われる言葉…愛語よく回天の力あることを学すべきなり…、こんな‘思いの想い’だったら、欲が修まらず、ただの知った被りが流行るという、仏の無情。説法に閑古鳥が鳴けば、怒りを人知に運ぶという、八咫烏の三つ脚の知、…昨日である私が、また明日を知る私。人の心は不思議なるかな〈死の書〉…を越えられず、‘月の兎’に解悟して初めて、童話の茂みを豊かに実らせました。
無常 信(まこと)に迅速
刹那刹那に移る
紅顔 長く保ち難く
玄髪 変じて糸となる
いざ歌へ われ立ち舞はむひさかたの
今宵の月に いねらるべしや
いざさらば われは帰らむ 君はここに
いやすくいねよは 明日にせむ
つきてみよ
一二三四五六七八九十
(ひふみよいむなやここのと)を
十(とお)でをさめて
また はじまるを、
∈ 散る桜 残る桜も 散る桜 ∋良寛
∈ 納戸の隅に折からの一挺の大鎌あり、
汝が意志を まぐるなというが如くに ∋牧水
つづく
つつしんで……丈司ユマ著作権
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