|
☆☆太宰治さんのオーソリティーとオーソドクシー、そのチガいとギャップ☆☆
理念を現す観念とそれを著す人物の間には、ギャップがあります。理念に示された明日のための計画が、それを実現するにはその人物が必要であるため、その人物に注目しギャップを直視するヒトを多く集め、陽の目を見ます。適切に語られ綴られる観念と明日のための観念で確立される計画や、それを思い描きだした人物の、その3つに挟まれ3つを継なぐギャップと闘いながら、明日を呼び寄せます。 …多の新しい観念・壮大で複雑な計画・思い描く人物のリーダーシップ…に、掲示される意図と目的を承知して痺れ、歪んで孕んだ矛盾によって理想を失った過去の計画に代わる、新しい理念と新しい方法や新しい資本の投入方法が、新しい制度の担い手シューダンを後押しします。これに向けられた批判や、提案、そして非難は、露呈する欠陥や非認識の数々を克服させる、ダイナミックな議論を埋めながら、公論を進行させ、新しい明日のための計画が、実行に移されます。
…社会というものはありません、あるのは個人と家庭だけです(鉄の女マーガレット・サッチャー)…、ヒトリの呟きでも、批判の眼は確かです。ガジガジになったスケジュールのカタマリが社会なら、社会を否定、レジティマシーが突出します。 …観念は、観念のカタチになったトタン、観念を変質させる、そのヤヤこしさ…、これに立ち塞がれ、オーソリティーを欠かせず、ギャップが明日の計画へ、ヒトビトの情熱をカキ立て、広く集め、時代を吸収させます。そのギャップが天然から人工へ、スイッチをオン・オフするので、思想の潤滑剤…正直と素直…が、新しい理念を理解し、マスターさせる新しい‘鍵’になり、オーソドクシーが確立します。
不忠のシャッキン千兆円となって国際信頼を失った日本狭小列島、傭兵・ジ民トーを…山県有朋1899年のコームいん集団…から引き剥がし、理念なき敵失漁りに終始した空ッポ・保守シューダンの、自滅を、呆然と眺めるのも、勇気あってのこと。つまり歴史や制度の、その行き詰まりや破綻を知れば知るほど、反省の‘鍵’を握り、進歩の先を直感させる…正直と素直…が輝きます。‘むかつく私’ではなく‘怒れる私’が必要です。 正直が、素直を表に引き出し、素直が、正直を裏に隠らせ、バカ正直が、素直をツワモノに転じます。千と千尋の‘神隠し’にみる、3つの鍵は、複雑になって忘れ去られる…正直と素直…の正気を、そのこころに刻ませます。自我の意志の複雑さ、一茶爺さんが∈下々も下々下々の下‘策’の涼しさよ∋と、卑劣に堕ちる謎を、明かします。ウソ八百は、瀕する自由の、ダイナミズム。
動機を知性に根づかせ、制度の変革に直感をもって挑む、雄々しい‘怒れる私’には、 ∈うらをみせおもてをみせて 散るもみじ∋が、頭中を舞い、太宰治さんが残した…正直と素直…を、裏から表に引き出させます。 ☆☆ HUMAN LOST・1936年 ☆☆ 性虐待の情動PTSDに悩まされる状態では、構想を立て筋の展回に工夫を凝らし、感情移入のカタチに腐心し、感情の変化を表す会話の変調に、苦心を集中させて加味するなど、格式と品格を磨く、そのような集中力が鍛えられません。著した全文を空で、どこからでも、暗誦するほどその集中力の集中に意を砕いても、集中力は断続、ヒト回り大きなスケールに想が広がらず、自信を遠ざける焦燥に、陥らせました。 …正直と素直…が情動PTSDで攪乱されては、自我も無我も無私も、下々下の下の我が崩れ、全文暗誦が、空を斬りました。
デッドロックは、…1から10まで造り物の感じ…。動かないデッドロックを怒って、三葉の写真を吐き、弾け出たのが…正直と素直…です。英語ではhonestyの一語。 Billy Joel: Honesty is such a lonely word. Everyone is so untrue. Honesty is hardly ever heard. And mostly what I
need form you, I can always find someone to say
オネスティーは何なのか不明、直感が直感的に反応するだけ。ファーブルなら、本能の命令、となるのでしょう。不立文字に鎖される、直感の壁をヤブり、文字で捕らえようとすれば、破局を多く体験し、多くを苦しんだ太宰治さんを置き、その被害妄想が咽ぶ辛酸の矛盾や、誇大妄想の反社会・破廉恥を背負い、被害妄想と誇大妄想の狭間を往還しつづけた38才の、その自虐・意識の代わりを、他に探すのも至難です。they sympathize. If I wear my heart out on my sleeve.....。 (1)朝日新聞10/2/17・オピニオン・インタビュー:ジョージ・パッカード/日米同盟の見方−より深刻な危機何度もあった−普天間過剰反応だめ−日本人特殊論やめよ−東アジアの将来考えて\。(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲに分けて転載します) Ⅲ /東アジアの将来考えて\ −ライシャワー氏は、中国の研究者でもありました。 「もともとは、日本研究家ではなく、唐や宋が専門だった。古い文献の研究の殻にこもらず、50年代から米政府の対中政策を激しく批判した。共産中国を国家として承認するようはやくから米政府に提言もしました」 −日本と中国をどう位置づけていたのでしょう。 「日米中の関係を、いずれかの2国が接近すると残り1国が孤立するという三角関係のモデルではとらえなかった。彼の中では、日中に韓国を含めた東アジア全体を円として理解していた。中華文明圏に対するあれほどの理解は当時の欧米人にはなかった。広い視点で東アジアをとらえ、米国人として米国の国益を考えた。現在の日米中の関係をよく見通していたと思う」 −今の中国の台頭は日米関係にどんな影響を与えますか。 「日中接近は米の利益になるし、中米接近は日本にも利益になる。なぜなら、これまで政治体制が異なるために距離が遠かった中国を、貿易や市場、人権や知的財産権など多くの分野で日米の側に引きつけられたら、それは日米両国にとってプラスに作用するからです」 −沖縄の米軍基地のプレゼンスにはどう影響しますか。 「そもそも米国が沖縄に基地を造った理由のひとつは、共産中国から台湾を守ることでした。しかし実際には中国は武力侵攻せず、台湾も性急な独立宣言などしなかった。この先、日米と中国の距離が縮まって対北朝鮮政策で足並みがそろえば、極東の緊張は一気に緩和される。そうなれば米軍も、沖縄に今ほど広大な基地を構える必要がなくなるでしょう。」 −外務省の密約調査の識者検証が終盤です。ライシャワー氏もかかわった核持ち込み密約が公表されます。 「自分が残した密約がずっと機密扱いされたと知れば、ライシャワー氏はそれもう落胆しただろう。米艦船が核を積んで日本に寄港していることを日米政府がひそかに合意していたことは、もう密約でも何でもなく天下公知の事実と思って世を去ったのだから」 −評伝には「63年4月、ライシャワーは極秘で大平正芳外相を大使館に招いた。(核兵器搭載の艦船は日本に入港していないとの国会答弁をした)日本政府の姿勢について、米国が(米側の理解と違う旨)抱いている不安を説明した」とあります。 「ライシャワー氏はその直前、核持ち込みを日本で曝露してしまおうと画策した。米艦船が日本の港に入る時だけいちいち核装備を外すようなことを米軍はやらないし、できるわけがない。核持ち込みを日本人に隠しておくこと自体が危ないと考えた。だから彼は大平氏との面談の直前、国務省に『公表したい』と許可を求めた。だが許可されなかった。国務省は、60年安保で吹き荒れた反米の嵐がまた吹くことを警戒した」 −81年に会見で密約を自ら公表した。なぜでしょう。 「歴史学者だった彼は、うそをついたまま死にたくなかった。歴史に残る外交史実を正しく説明しておきたかった。会見は私が設定しました。彼は体調が悪く声も小さかったが、懸命に信念を語った。公表して、胸のつかえがおりた風でした。その後も日本政府が密約をひた隠しにしたのは彼には想定外の事態。死後20年たってようやく歴史が正しく書き改められることに、ホッとしているはずです」(了) 被占領と占領が支配、∈ちんぷんかん浮世∋では、太宰治さんの自虐の念が、黙るわけがなく、品行を損なわない‘むかつく私’に、止まるはずがなく、‘怒れる私’が沸いたでしょう。丸山真男さんを混乱させた双つの観念オーソドクシーとレジティマシーが、太宰治さんの中でも、渦巻きます。 収容・強制が情動不定を被占領下で、凶暴化させた時、言語道断の牙を剥く‘矛盾’が、感性を刺戟、‘矛盾の構造’を閃めかせ、向精神薬に妨げられず、占領する脳病院の実存・風景を掠め、被占領の無念を書き結んだ、HUMAN LOST・1936年が‘捨てないで思考’の軸になって確立します。 文字にならない…正直と素直…、こころを圧して挑戦、死ぬまでの8年を掛け、正直とは何かを追及、裏切りや卑劣を思うままに、ひっくり返したその裏と表は、抜きんでた豪宅の暗い空間と、使用人に囲まれた乳母・育ちの明るい空間の思い出。怨念を超えた‘斜陽’が直下立ち、…正直と素直…が、人間失格に納められました。 斜陽の影の深さや、凍る辛い無念の思いがトリガーする斜陽の実感は、東京の躓きで不動・尖鋭化し、ナン癖の情動PTSDに不惑をもって対抗、慰め・美化する品格のあれこれを奪う実存・風景の数々、自尊の裏をみて表をみせて、尊大を蔑ませ、徹底しない正直や行き届かない素直が、気取って飾って軽く唸らせるだけの志賀直哉の暗夜行路の、ウソ・ムゲのハンパに‘むかつき’、受賞の妨害を激怒させたその直情に、振り向かせた‘正直’が、出筆の意志を固めさせ、断腸の思いのすべてを…斜陽…の正直に、投じました。 散る紅葉の、見せた裏をどう書き、見せた表を何と書くか、書こうとすれば、‘裏をみせた’紅葉が一冊、‘表を見せた’紅葉が一冊、‘裏を見せ表を見せて散る’紅葉が別に一冊、…裏と表…ですら、それを別な‘ことば’で書くとなると手で空を掴むような、タイソーなもにになるのですから、…正直と素直…をジカに書こうとすれば、10巻セットの百科事典が双・組も必要となって、歴史書のそれと並ぶとすれば、だれが著するでしょう。ぷらとん哲学が放念、2000年をジャンプしたへぇーげる哲学は無視、…正直と素直…は、正面から追及され究明が挑まれた例がなく、無垢そのものの天然の世界です。 …正直と素直…の実存・風景を開かせる、乳母から受けた性的虐待の、その歴史。うらをみせおもてをみせて 散るもみじ(良寛)、最期のこころに映ったのは、散るもみじのような…正直と素直…だったのでしょう。 情動を煽る怖ろしい影がいつも襲うから、 ∈ 人が来たような 枇杷の葉の おちるだけ ∋山頭火 自筆の全文を空で、どこからでも、暗誦する真剣さで、身心をカシヅかせても、 ∈ すずめを おどるや たんぽぽ ちるや ∋同 自己の自我が見えるだけに、情動PTSDの惨いつれなさ、 ∈ 炎天かくす ところなく 水の 流れくる ∋同 つづく つつしんで……丈司ユマ</b></font>著作権 PS 写真を投稿する方法がわかりません。どうぞ、教えて下さい。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2010年03月19日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





