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正直と素直だけでは、小説が風邪を引きますから、消え失せる大望をどう広く遠く近くにテレポートするか、津軽の情動・不定の中はシュレーディンガーの猫状態、迎えた太宰治・生誕100年。
字面を追ってみると、明か明かと現れる、太宰治の謙虚さが、こころを潤します。戦下の文壇に君臨した、志賀直哉という人物のその信条をハッキリさせたかったので、太宰治の書き残した文章の字面を丁寧に追い、自虐の怒りに慄えさせた、その小説の神様に、真相のスポットライトを投じ、志賀直哉は文人が恥ずべき要領の打算に腐心、上意下達と折り合う打算の要領に思いを募らせ、文学界に持ち込んだ打算の要領を、その成功で囃し、要領の成功にこころが充ちて満たされていたことが、判ります。
その思い上がりを、太宰治が見逃せるはずがありません。
無視・黙殺を貫き黙過したように思われても、フランス語の学習が一番いいと志賀直哉が奨めたフランスには、教訓に湧れるテオドール・ジェリコーの名画があり、人心の悲惨に沸く1816年メデューズ号・筏事件が、世界に注目され世界の絶賛を博した絵画でしたから、倫理感の深く高いその未踏の頂きは、和辻哲郎の倫理感や風土記を斥け、200年後の戦下でも変わらない世界・周知、虜囚の辱めを受けることなかれと暗誦させた戦陣訓に囲まれ、一流に限った志賀直哉の大サロンも、協賛の渦から避けられず、ゆきゆきて神軍を後押ししたことを疑わせません。志賀直哉のサロンでは、軍事絵画が大流行。
…… 後で聞いたが、Sさんはそれから一週間、その日の事を思ひ出すと恥づかしくて、酒を飲まずには居られなかつたといふ。
ふだんは人一倍はにかみやの、神経の繊細な人らしい。これもまた津軽人の特徴である。生粋の津軽人といふものは、ふだんは、違う。
粗野な野蛮人ではない。なまなかの都会人よりも、はるかに優雅な、こまかい思ひやりを持つてゐる。
その抑制が、事情に依つて、どつと堰を破つて奔騰する時、どうしたらいいかわからなくなつて、「ぶえんの平茸ここにあり、とうとう。」といそがす形になつてしまつて、軽薄の都会人に顰蹙せられるくやしい結果になるのである。Sさんはその翌日、小さくなつて酒を飲み、そこへ一友人がたづねて行つて、
「どう? あれから奥さんに叱られたでせう?」と笑ひながら尋ねたら、Sさんは、処女の如くはにかんで、「いいえ、まだ。」と答へたといふ。
叱られるつもりでゐるらしい。……。(修正変更した抜粋の引用)
☆☆ 高貴な野蛮人。
レヴィ・ストロースの「野生の思考」が概念を誘う。
サルトルのレヴィ・ストロースへの答えは、
「腐敗した西欧社会」を叩きつぶす「自由な精神」
自由な精神は、限定サロンを驕る小説の神様・志賀直哉より、
大望が重すぎて、よろめいてゐる太宰治が先行、
村八分のソトにも眼をやる正直と素直
貧の貪欲・カニバリズムと、富の壮絶・カニバリズム、
そんなのに吊り上げられたら、自由な精神を盗まれ、
神様や文化サロンと同じ、タダのバーバリアンズ。☆☆
……「どうです。この辺で、席を変へませんか。」と、世慣れた人に特有の、慈悲深くなだめるやうな口調で言つた。いいのか、と私はT君に眼でたづねた。
「僕たちが前から計画してゐたのです。Sさんが配給の、上等酒をとつて置いたさうですから、これから皆で、それをごちそうになりに行きませう。Nさんのごちそうにばかりなつてゐては、いけません。」T君が傍についてゐてくれると、心強いのである。
昔は北海道へ渡るのに、かならず三厩から船出する事になつてゐたので、この外ヶ浜街道は、全国の旅人を、朝夕送迎してゐたのである。
皆、Sさんの上等酒を飲み、ごはんを後廻しにした。T君はお酒を飲めないので、ひとり、さきにごはんを食べた。酔ふに従つてSさんは、上機嫌になつて来た。
「私はね、誰の小説でも、みな一様に好きなんです。読んでみると、みんな面白い。なかなか、どうして、上手なものです。だから私は、小説家つてやつを好きで仕様が無いんです。どんな小説家でも、好きで好きでたまらないんです。私は、子供を、男の子で三つになりましたがね、こいつを小説家にしようと思つてゐるんです。名前も、文男と附けました。文(ぶん)の男(をとこ)と書きます。頭の恰好が、どうも、あなたに似てゐるやうです。失礼ながら、そんな工合に、はちが開いてゐるやうな形なのです。」
私の頭が、鉢が開いてゐるとは、初耳であつた。ひどく不安になつて来た。Sさんは、いよいよ上機嫌で、
「どうです。お酒もそろそろ無くなつたやうですし、これから私の家へみんなでいらつしやいませんか。ね。ちよつとでいいんです。うちの女房にも、文男にも、逢つてやつて下さい。たのみます。リンゴ酒なら、蟹田には、いくらでもありますから、家へ来て、リンゴ酒を、ね。」と、しきりに私を誘惑するのである。T君は、
「行つておやりになつたら? Sさんは、けふは珍らしくひどく酔つてゐるやうですが、ずいぶん前から、あなたのおいでになるのを楽しみにして待つてゐたのです。」
私は行く事にした。頭の鉢にこだはる事は、やめた。あれはSさんが、ユウモアのつもりでおつしやつたのに違ひないと思ひ直した。容貌に就いてばかりでなく、私にいま最も欠けてゐるものは「自信」かも知れない。
「おい、東京のお客さんを連れて来たぞ。たうとう連れて来たぞ。これが、そのれいの太宰つて人なんだ。」津軽人の本性を暴露した熱狂的な接待振りには、同じ津軽人の私でさへ少しめんくらつた。
「挨拶をせんかい。早く出て来て拝んだらよからう。干鱈をたたくには、こんな工合ひに、こんな工合ひに。
あ、痛え、まあ、こんな工合ひだ。この茶飲茶碗でもいいか。さあ、乾盃、乾盃。おうい、もう二升買つて来い、待て。
坊やを連れて来い。小説家になれるかどうか、太宰に見てもらふんだ。どうです、この頭の形は、こんなのを、鉢がひらいてゐるといふんでせう。
あなたの頭の形に似てゐると思ふんですがね。しめたものです。
お前はここにゐてサアヴイスをしろ。お客さんが逃げてしまふぢやないか。さあ、みんなにお酌。リンゴ酒は隣りのをばさんに頼んで買つて来てもらへ。
をばさんは、砂糖をほしがつてゐたから少しわけてやれ。砂糖は、お客さんがお帰りの時でいいんだつてば。音楽、音楽。レコードをはじめろ。
シユーベルト、シヨパン、バツハ、なんでもいい。音楽を始めろ。待て。なんだ、それは、バツハか。やめろ。
うるさくてかなはん。話も何も出来やしない。もつと静かなレコードを掛けろ、待て、食ふものが無くなつた。アンコーのフライを作れ。ソースがわが家の自慢と来てゐる。それから、卵味噌のカヤキを差し上げろ。これは津軽で無ければ食へないものだ。
卵味噌だ。卵味噌に限る。卵味噌だ。卵味噌だ。」
疾風怒濤の如き接待は、津軽人の愛情の表現なのである。私は決して誇張法を用みて描写してゐるのではない。津軽人の愚直可憐、見るべしである。
津軽に於いては、牛鍋、鳥鍋の事をそれぞれ、牛のカヤキ、鳥のカヤキといふ工合に呼ぶのである。先住民族アイヌの遺風、ではなからうかと思はれる。貝焼(かひやき)の訛りであらうと思はれる。貝殻から幾分ダシが出ると盲信してゐるところも無いわけではないやうであるが、卵味噌のカヤキといふのは、その貝の鍋を使ひ、味噌に鰹節をけづつて入れて煮て、それに鶏卵を落して食べる原始的な料理であるが、実は、これは病人の食べるものなのである。Sさんは、それを思ひつき、私に食べさせようとして連呼してゐるのだ。
奥さんに、もうたくさんですから、と拝むやうに頼んで、Sさんの家を辞去した。
その日のSさんの接待こそ、津軽人の愛情の表現なのである。しかも、生粋(きつすい)の津軽人のそれである。私に於いても同様な事がしばしばあるので、遠慮なく言ふ事が出来るのであるが、友あり遠方より来た場合には、どうしたらいいかわからなくなつてしまふ。ただ胸がわくわくして意味も無く右往左往し、さうして電燈に頭をぶつけて電燈の笠を割つたりなどした経験さへ私にはある。
箸を投げ出し、口をもぐもぐさせながら、食事中にあらはれた珍客を迎え、玄関に出るので、かへつてお客に顔をしかめられる事がある。……
☆☆ 太宰に散見するニーチェの儚い夢は、儚さが突出、
思い思うツァラストゥラの陰で、困惑する焦躁は
永遠回帰に向かわず、直感通り、情動・不定のPTSDに
耐えさせませんでした。フロイトのアーカイヴの
病に記録されず、カラ函・コッカの造り物を叩かせ、
トカトントンを響かせたそれは、世の中のために
なって当然でした。貧の貪欲・カニバリズムと、
富の壮絶・カニバリズムに挟まれ、ジェリコーの絵
メデューズ号の筏が、脳裡に現れたかどうか。☆☆
……お客を待たせて、心静かに食事をつづけるなどといふ芸当は私には出来ないのである。到れりつくせりの心づかひをして、さうして何やらかやら、家中のもの一切合切持ち出して饗応しても、ただ、お客に閉口させるだけの結果になつて、かへつて後でそのお客に自分の非礼をお詫びしなければならぬなどといふ事になるのである。
ちぎつては投げ、むしつては投げ、取つて投げ、果ては自分の命までも、といふ愛情の表現は、関東、関西の人たちにはかへつて無礼な暴力的なもののやうに思はれるのではあるまいか、Sさんに依つて、私自身の宿命を知らされたやうな気がして、帰る途々、Sさんがなつかしく気の毒でならなかつた。
津軽人の愛情の表現は、少し水で薄めて服用しなければ、他国の人には無理なところがあるかも知れない。東京の人は、ただ妙にもつたいぶつて、チヨツピリづつ料理を出すからなあ。ぶえんの平茸(ひらたけ)ではないけれど、私も木曾殿みたいに、この愛情の過度の露出のゆゑに、どんなにいままで東京の高慢な風流人たちに蔑視せられて来た事か。「かい給へ、かい給へや。」とぞ責めたりける、である。
Sさんは尋ねられ、処女の如くはにかんで、「いいえ、まだ。」と答へ、奥さんに、叱られるつもりでゐるらしい。……(修正変更した抜粋の引用)
(三外ヶ浜)につづく
つつしんで……丈司ユマ著作権
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