ブログ■とっておき07 7/31ちょさくけん「全滅はないという自然の摂理」
☆☆全滅はない自然の摂理☆☆
日本ジンの誠実を研ぎ出したニッポンの三重苦‘無常や無情’と‘非情’は、常々に、三途の川やルビコンを渡らせながら、生きるものが、迎える最期の掟に“こころ”を預けさせ、ヒトを棄て‘させ’た代わりに「全滅はないという自然の摂理」にヒトを返し、ヒトを戻‘させ’ます。その苛酷は永々とつづく‘噂’のような歴史イシキによって支え‘られ’ます。
死となったヒトは誠実の殉教者となり、生となったヒトは誠実の幸福者となります。キリスト教が孤島ニッポンで広がらずに姑息の世界に囲われて萎んだのは、踏み絵の“囚りこの囮”には半身を献げ、残りの半身は「全滅はないという自然の摂理」に献げた‘誠実’にグルッと囲まれたからです。
こころから‘ユダ’を廃した日本人の誠実は、常に、「全滅はないという自然の摂理」を弥次郎兵衛に振ります。
生を引いたヒトの誠実な幸福や、死を引いたヒトの誠実な殉教の前に、‘ユダ’は出現しません。最後の晩餐にたくしたレオナルドさんのダビンチ・コードは、孤島ニッポンにおよびませんでした。
しかしそんなム理ヤ利は、生死を引かせた‘もの’の責任を追及しない‘反ローマの道’をさ迷わせます。そう‘ム責任と誠実 ’のペアが孤島ニッポンに根づきました。東大のみせるチャランポランがそれです。野依良治さんから申請したCOEのほとんどが退けられました。「悪法も法なり」が二ハン頂上談合体制から贈られ託されたチャランポランの‘虎の巻’です。三志士が若死にしていなければ、こんなデタラメは陽の眼をみません。
法治に代わった便宜シュ義の象徴‘鎖コク’が生んだとんだ厄介者です。が、露骨に表裏を替える‘ユダ’や露骨な‘裏切り’をみるよりはマシとばかりに、自ブンのではない他ニンの‘裏切り’を、‘ユダ’と併せて一所の墓場へもって往かせます。‘往きはよいよい帰りはこわい’は、観念を廃した最高な表現法とおもえば、悪の死者に向けて響かせる日本人の‘発想’の傑作になるし、そンな‘たいしたもの’の存在感は、復讐の原爆二発を浴びた全土焦土から引き継ぐドルの大戦場で、おもうゾンブンに発揮しました。
捨て身ではない捨て身を平然とやってのけますから、それを実感‘させ’るでしょう。相続財産とはいっても世界に開いた世が、狂わ‘され’るホドのものではないし、売れに売れたハリーポッターですら、税の高い日本を棄て、税の安いクニへピープルフライトもマネーフライトもすませて澄ましこむように、その末裔がヌクヌクと暮らす環境は孤島ニッポンにありません。その末裔は孤島ニッポンにはいなくなるという世上観が、ム責任のピリオドを大して狂わせません。
しかし二ハン頂上談合体制をつくったヒトビトは、にわかづくりの東京招魂社やその靖国神社の参拝をテコに使い、末裔までその非合理を貫こうとします。さいわいにも晋三さんが‘ボヤボヤ’な人格の持ち主だったお陰で、孤島ニッポンの‘掟’は健在をたもちまし‘た’。
宮沢喜一さんが亡くなったとはいえ、担保を食い荒らした金融にひきつづき、食い荒らされた年金も転がりでたように、非合理な現実は、“格差”に閉じ籠もって特権を貪る‘こうむいん’や、存立の永遠を企むその「天下り焼け太り天国」の意識を盾にとり矛にとって、‘コクミン’に損害や犠牲を強いた二ハン由来の異常な行動をも、炙り出せたし、傭兵のジ民トーや傭兵に加わろうとしたコー明トーをイッショクタにノックアウトしたのですから、矢っ張り、日本人はもてるその凄い存在を、世界に向かって露わにしました。
‘シャッキン’だけでは動かない誠実な日本‘人’のその存在は、世界で評価されるでしょう。ニッポンの三重苦‘無常や無情’や‘非情’がそれでも消さずに灯しつづけた、‘命と知’の‘ともしび’は灯火を絶やしません。返済しない不忠の‘シャッキン’千兆円のヒザ元には、二匹めとなる“インフレ自爆デフレ”が‘コクミン’消費を抑止する円安で動き、ミズからの手でそれを解決しなければ、またまたユレに揺れるドルのグローバリゼーションからトロイの木馬を運びこま‘され’ます。
世界のコッカやシステムに積もり積もった地球のドルは、産業を棄ててペラペラになったドルの‘舵取り’を危うくし、そのグローバリゼーションに割りこんだユーロやゲン、加えてエネルギーを裏にもった新コイン・ルーブルに波立‘られ’、第三の波ともの作りの波が仲よくシーソーを揺らすようになるまで、どのクニも“インフレ自爆デフレ”の恐怖を、世界恐慌の隣に双つ揃ってならばせます。
丈司ユマ著作権つき
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