■ブログ07 9/21 ‘緊張’を力説したついでなら、ピントにピンボケを連ねる立体空間にも、力説しなければ伝わらない平凡の奥があるので、案内します。子供ジダイは写真家では食っていけないと煙たがられましたが、今はどこに行っても、写真スポットに三脚が立ち並び、駐車が道路を塞ぐありさまです。
☆☆ ピントにピンボケを連ねるひみつ ☆☆
…リハビリの手に、カメラが渡され、しかたなしに云われるまま、シャッターを押せば、1000枚を越えようとする頃、子供ジダイの夢が甦ってきます。つくづくと眺めた千枚の壁は、水玉いがいが気に入らず、ぼやいた拍子に、子供ごころに囁いたピントの妙味が、こつ然と再生されます。ピンボケの水玉を見ていたとき、ピンボケあってのピントを、思い出させました。教えは、木村伊兵衛さんのスナップ写真です。ファインダーを覗かず、焦点距離をを感でセットした、あの街角の立体空間です。脳裡を走り始めたトタン、ピントの‘欲と思い’は、空想する頭脳の夢となってすぐさま全開します。
つまり…、ピントを逸した水玉が、ピンボケにするはずだった水玉へピントを移動させ、オっと思う、いい写真になっていたのに、気づいたからです。謎を探る中、ニコンのデジタルカメラが、ピンボケカメラであることを確証させたので、サポートセンターと打々発止を繰り返していると、いちどカメラをみさせてください、修理します、と誘われ、悪い予感を抑え、イヤイヤながらに発送して戻ったカメラをみると、MFギヤは外され、オートフォーカスのサーボといえば、反対に重く鈍くピント合わせの‘動作’が、もっと悪くするサーボに交換されたという、仰天する結果とゴッツンコします。カメラの‘企画標準’に合格するか不合格になるかのテーマは、やはり予感通りに、ユーザーが暖簾に腕押しで逆退させられ、リスク細分型へ転じたアフターサービスは、直感したように、企業性悪を無遠慮にヒケラカし、PL法もなんのその、中央‘こうむいん’と談合したクレーム措置範囲は、企業赤字を増やさず、ユーザーに犠牲を負わせる代物でした。ニコンの、詐欺にあうとは、生還した生命が敏感に反応し、怒りを湧れさせます。
…次に手に渡されたデジカメは、ガイコクで先に売り出されるという、鳴るもの入りのものでしたが、ファインダーの中央を拡張して見せる拡大ウィンドーがあって、ピント合わせを確実にさせ、またついてきたAEロックが、ハイライトの介入を阻止し、それなりに明暗の構造を自由に確実にさせ、戻ってきたこどもごころに入り浸って、数千枚のシャッターを押させました。リハビリの思惑は、大成功です。元気一杯です。しかしその途中から、後で云いきったプログラム・暴走がチョイチョイ発生しはじめ、また詐欺にあったかと愕然としながら、現代の‘徴’を探していましたら、プログラム暴走を確証するに至り、シャッターを引き込んだまま加熱する、いよいよ‘破壊’を想定させる事態に臨んだので、サポーターが誘うまま2ど修理や交換に応じながら、プログラムの暴走はすぐに起こる始末で、3どめに届いたカメラは、配送やの手の間を投げ取りされるのを見たのがウンのツキ、トラブルの原因に運搬の粗雑が絡むと注意し、受け取りを断ったら、参考に渡してあった1メガのCFカードは戻らず、修理中に渡された臨時の代用カメラだけが手元に残るという、散々です。‘一流’法人の詐欺は、現代の‘徴’そのものです。デジカメの大ブームといっても、機種によっては、‘非情’が押しつけられます。中央‘こうむいん’は、もっぱら、安田講堂を追うム政府活動に夢中のようです。行政責任など、‘国営’大法人までのことで中止し、“格差”の下のユーザーには、‘非情’が手際よく押しつけられます。まけてなるものか!!
…ガッカリしたカラダをリハビリさせ、正月のカメラショップにつき合って、観念して苦手の人混みをのろのろと歩いていれば、D200の話題が耳に入り、眼を合わせた販売員に捕まり、覗いたファインダーがF/5、F/10、F/20の深度の違う像をクッキリと浮かべるので仰天し、しばし深度の変化を堪能しました。傍らに黙って立っていた家内は、ニンマリし、販売員と交渉を開始、いいですかと、促され、D200は詐欺商品にはしないだろうと相づちを打ったら、さっそく、思い重いシャッターのピンポイントに引き込まれ、ピンポイントの魅力に夢中です。カメラのコンピュータだと、興奮気味。しかしこれも、プログラムがトラブルを起こし、晴れた阿蘇山や草千里が撮れず、ストにあって使えませんでしたといったら、その3ヶ月通算半年後、カメラを調べますとムニャムニャいわれ、戻ったカメラは、故障知らず。やっとの思いで、ピンポイント・フォーカスに夢中になります。これは失敗がつきものですから、必死です。アベレージ・フォーカスを棄てた天罰は、容赦がありません。こころは20代前へ、スッ飛びます。写真調整ソフトのトラブルにも、案の定悩まされながら、電話で伝えたバグは、ダウンロードのソフトから消え、濃い色や潤いのある艶や透明感を取り戻し、雲から軒下まで、明暗のコントロールは、読み次第になり、いよいよこども時代へ、ドップリ浸ります。杖は、こころに今も焼きつく‘木村伊兵衛さんのスナップ写真’です。そのピンボケをピントに連ねた、街角の立体空間は、思い出せば、ウンのツキ、1万枚のRAWを脳裡に刻ませ、ああだこうだと寝入っても夢中にさせます。D300がでましたヨと、欲を抓られても、思いはD200に首っ丈です。AEロックが馴らされておらず、シャッタースピードも、/80いじょう/5000まで、三脚を使うスローシャッターは手つかず。ヤンマや鳶や蝶を追い、雲から波まで、日陰の地蔵さまから個性の強い花々や陰影の極端な仏寺まで、眼を白黒させるばかりで、余裕がありません。つくづくとフィルム・カメラをみやり、小さい穴を楽しむピンポイント・フォーカスはムズカしい、ユメのまた夢ですと、ボヤけば、いいレンズだから、大きな穴で撮ってこそ、麗しい写真が撮れるのにと、ヒヤカされ、ピントを失ったのはつい昨日である私でしたから、ウン十年を跳び越え、明日を知る私となった私は、ピンポイントの魔に魅せられます……著作・丈司ユマ
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