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□§2907 11/21 「リンカーンの知のレベルと真実の関係や、研究成果の事実のレベルと認識の関係」
☆☆じりき本願や、他力ほんがん 1 ☆☆
南北双方から合わせて1万人の戦死者を一晩で出したゲティズバーグの戦いは、外国人にもその意味するところの理解は、少なからずとも十分に達しますから、それなら誰れでもエイブラハム・リンカーンさんに成れるかといえば、多からずノーと否定されます。そうであるからこそ、リンカーンの知のレベルと真実の関係は、人が人となるうえで持たなければならない‘知と真実’の認識となって学習の対象にされ、民主々義の真実も知も、尊ばれるに違いありません。
問題は、普及の原理となって人の輪を、20世紀まで引っ張ってきた近代国家のその基礎は、学ぶものに感動を与え、民主々義の発展の中に明日の未来を見させたにもかかわらず、戦争の対立を避ける原理としては民主々義が働かなかったという、とんでもない事実が累々と現れて横たわったことです。
…南北戦争(1831~1865)以来、突然人の知の中に湧き上がった民主々義の原理は、教養や常識に持たれながら、戦争対決の図式を平和解決の図式に代えなかった新たな事態が誕生したため、依然として戦争対決が、‘国家’を‘主権’国家の名目で戦争へ突入させます。ブッシュ大統領を‘選出’した選挙制度は、現代の知のレベルでは、ベストの制度として、現在の民主々義をリードしますが、民主々義が一国家内の正義であって、国際の正義ではないという‘当たり前’の理解をねじ曲げた難問と化したまま21世紀が幕開けされました。
…幸か不幸か、文明開化の民主化闘争は、明かな理解を生む南北戦争や独立戦争とは似もしなければ反対に逆行し、民主々義へ向かったどころか、その正反対の‘格差’服従原理へ向かって集結したため、民主々義vs服従原理が、ニハン頂上談合によってギャップを広げ、シャッキン尽くめの日本内にパンパンに膨らんだ矛盾のハケ口として‘侵略’戦争が準備され、踏み切るには躊躇させた一人戦争の不安も独・伊とリンクしてその不安を掻き消したため、不服従の旗を掲げて、戦闘力に劣る中国を攻め、ハワイの米艦隊をテロ攻撃し、優位な戦争をスタートさせました。
…文明開化を彷彿とさせた人はというと、吉田松陰さんをおいて他になく、刑に服する身で敢然と開いた松下村塾が、虐げられる下級藩士の矛盾に眼を開き、人の和を人の輪に求め、平等の原理を説き、海洋を是非とする諌言を世に贈り、虐げる鎖国の武士の世に唐突ではあっても民主化‘思考’を閑かに世に広めました。残念にも、文明開化の三志士松陰・龍馬・晋作さんが若死した後、志士残党の一人となった伊藤博文さんは、民主化を背に回し、武士の世と同じ‘格差’服従原理へ走り、岩倉具視使節の‘非代表’性を突いて心底脅したビスマルクさんのプロシャ憲法を下敷きに、ニッポン憲法を数人がかりの密室で書き上げ、突如発表するにおよび、多勢に無勢のニハン頂上談合をもって不落の屈強を確立し、ニハン談合に服従する‘こうむいん’を集めてニハン談合を堅固に誇り誇らせるに至りました。
リンカーンさんの知がアメリカを一流の“独立”国家にしたとする限り、日本を文明開化の‘知’へ導いた人を、吉田松陰さんとしなければ、建国の歴史がピンボケになり、現在の‘徴’を脱せません(つづく)。
つつしんで……丈司ユマ著作権
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