おおがいさんのトモダチ

森の生け花や山野の一輪差しを思う常識から常識による常識のための常識

臆病のプライド

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  観念を砕くデジカメ・カラーのダイナミック・スナップ〈木村伊兵衛の風〉
 島田雅彦や斉藤環は、デフレの谷底を転がって雨月物語に戻って戦き控える、虞美人草のハードルがこれホド高かったと仰天させる無惨、対等の花が咲く山岳・列島のあわれや、もののあわれ
 してみると期待の星だった島田雅彦はヒトの利用に枯れて飢え、情けない悲劇のヒトに連なる、お節介を蔑視し憎む虞美人草はそう囁き、その耳元に無常を粘らせ、眼元に幻光を射してヴァーチャルに眩ませる。同席する斉藤環には、悲劇のヒトに役立たないそれを喜劇のひとに甘んじさせ納戸の片隅に押しこめ、収入に見合う精神科医の仕事に没せよと、耳垢を穿って引っ張り、お節介をでしゃばって緩み放うけるその口を噤ませる。ニホン文士が虞美人草を理解しないム恥・ム知を21世紀に曝す悲劇は、漱石が怖れた喜劇、何かに意志を隠し、売り上げ増の感情移入にウソの構えを高じ、豊満リッチ1%の恭順に取り憑かれて眼が醒めず、虞美人草の毒に当たる、それなら雨月物語へデフレの谷底を転がって戻るしかない。行きわよいよい帰りわ怖い、花一匁をバエズが歌ったら悲しげに聞こえるでしょうか、貶めを聴かせるでしょうか、千の風を声に聴かせるでしょうか。
 ∈納戸の隅に折から一挺の大鎌あり 汝が意思をまぐるなといふが如くに(牧水)∋
 芽吹く虞美人草の艶やかな咲き誇りを閑かに控え忍び寄る飽きに曳かれ永遠回帰を結ぶ虞美人草のその死の亡骸、虞美人草に挑むバカに仄めくお節介の眼は亡骸を拒んで代々をリレー、島田雅彦が枯れた借り物の意志薄弱に燻されて燻み、義美人草の蔓を滑り落ち、こころのコインに兆す奇蹟から隔てられ、ウソにマルめられ、生命の命令を憶え知らすふん転がしの知恵に及ばず字面に呑めって劣すれば、読み手なしに付け入りヒトごとの明後日を意志抜きのカルテ・字面に残し、専ら躁の鬱を交互に喋る医師の意志・ブ養生、動かない岩を見て岩に傾ぎ身を正し、ダイナミックに鳴く蝉の声を岩に聴き、蝉の精力に耳を傍立て、閑かさを偲び、自然の奇蹟を咽ぶ他方、奇蹟を認識せず、観念に閃き、意図に疼く思い思うお節介の眼、虞美人草に開いた怖れに戦く永遠回帰のその兆しから逃れず、そして即天去私の受難に気づかず、神経衰弱に祟られ、食に味わったお節介の味を忌み嫌わせた惨い因果に触れられず、大吐血したその不幸・不運を理解しない。第一義の意図が見落とし見逃す。
  ☆☆意志は、道義の認識、意図や抱負は道義の否認☆☆
  意図を重視する理由は、安全・安心が高まるから。認識では得た認識に安心感も安全・確実意識も持てず、正しい認識だったのかと迷い出し、迷いを絶てない不安に襲われるため、無関係の他の認識を束ねて認識を大きな意図の中に包み、意図の概念の一部に認識をセットし、丸裸の認識を意味ありげな意図に変質させ、意志を字面から消し去り、はなはだしきは、その意志を忘却してしまいます。
  ヒトとひとを束ねる意図は、絆に非ず、お節介や出しゃばりの悍ましい蔑み・地獄、お節介の眼に曝されお節介の眼が心魂に沁み、神経衰弱の中で大吐血した夏目金之助が死に、虞美人草の嫉妬や秀麗や冷視の無視に甦って、夏目漱石がまたヒトり誕生する。お節介を頂上体験する虞美人草を読んだら、ポール・エクマンに向かってライ・ツー・ミーを、意志・露わに実行、藤尾の死を悼み思い思う故郷は、遠くにありて思うもの、近くにあって思い焦がれる、蓴羹鱸膾じゅんこうろかい、お節介の眼に炙られて驕り出しゃばる中に飲まれます。
  その背景には、意志をマル出しに射す一瞬に、不安・心理が臆病を衝いて意志を覆って包むことがあります。しかし意志には、不安や心配や失敗を気にする必要がないのに、意志を出すことに馴れていないと、意志を丸裸にするその思い思う瞬間の躊躇いが烈しく、意志の丸裸を、意図の意味の中に刷りこませ、意図のカタチで思い思うことを書き、述べるため、意志が意味の裏に隠され、字面やお喋りの表に意志を現せません。
  吉本隆明とギ論した江藤淳が、権威の陶酔ポイントを、手際よく主張し切れずモタツき、マル出しした生脛を吉本隆明からケっ跳ばされると、感情を剥き出し、罵詈・雑言を吐いたため、見守るひとビトに江藤淳の劣勢を直感させた上に、吉本隆明から見くびられ、意固地になった保守・ホン流の自尊・意識を喪失、彼の評を読むひとを減らし、余所見しながらホンを読むなと大岡昇平から叱責された後はキレを喪ったしどろもどろが売りに転じ、権威の威勢を喪失、軽々しいヒトのひとりに落ちたのは、デフレに墜ちたコッカとオナじですから、本望らしかったようです。小林秀雄が、小林秀雄を超えたと誇らしくホコった下々下の下々の下・ワイを江藤淳から聞きながら、笑ってなにも答えなかったシーンを、思い出させます。驕りがどこから興りどこからどこに射すのか、憶え易き文と覚え難き言葉すら知らない恭順の保守・ホン流は、反省も不能の改革もままならない権力・ジゴロに混ざるポピュリスト・ポピュリズムのヒトりでした。
  金閣寺を焼滅したように安田講堂の焼き討ちに向かう全学連を見て、茫然自失したそれは、国会を囲んで巨っきくうねった反安保のデモ大行進を前に講演、その吉本隆明がなぜ愚民・共同妄想に呑まれパワーを失って縮んだか、冗長にすぎる芸術言語のその幻想に浸み着き拭い取れない欠陥に気づかなかったらしい真実を、仄めかせたものでした。 権威と闘い、観念を蹴飛ばし壊した闘いは、芸術・言語論では支えられず、ホンを買わずホン読まない愚民の群れがその荒廃の後をリレー、対決死票に退き隠った大労組・政トーは、陳腐化のサボタージに耽る大企業とともに、嘘に生きシャッキンに焦げる政府・かすみ我関の三巨頭・政治のム恥・ム策を転がり、日本世界・自由貿易の終わりの始まりを認識せず、ジョーン・バエズが唄った市場に向かう牛のように、デフレ30年の谷に沈みました。
  意図が意志より尊ばれ意図・合戦の終始を追わせるのは、意志を隠したままが咎められず許されるからです。こうして文藝春秋には嘘が嘘に詰まったまま野積みに詰みあげられ、図書館は整理室に大部屋を割かなければならず、焚書坑儒の逆さ吊りに悩まされます。
     ☆☆鋭い夏目漱石☆☆
 鋭い夏目漱石は、双つの鳥籠の囀りを聴き較べながら、観念や意図を先ず、当の頭脳から洗い清めて掃き出し、頭から観念や意図を空っポにすると、双つの鳥籠に耳を傾け、聴き惚れる意志をマジマジと真面目に眺め、なぜ意志を現さない習慣の中に、勉強した英知を刷りこみ表に現さない意志を裏に退き隠らすのか、疑問は懐疑を跳び越え急旋回、字面や咄しから、意志が掻き消されるのをヨシとするのは、何故か、諸悪の根源は深く張った、根っ子の先にコビりつく怨念とは別にさらに刷りこみ習う倣いにあるのではないかとホンキをホントーに掻き立て、気持ちを揺さぶるお節介の眼や口元の存在に気づき、文学でお節介を逆さに吊るし、不安な自我を欺し、驕るヒトを騙す芥子の媚薬とオナじそれを塾考、お節介の眼や口元を表から退かせることが意志の大成に欠かせないと確信、自我を騙しヒトを欺くこころの執着・コインの頭と尻尾をペアに組み、麗の妖が疼く藤尾を死に行かせるワケとワザを心得ましょうと、虞美人草の十九を現し、お節介の眼と口元を消す信の構えに自由の意志を律し、恭順の愚民・共同幻想を戒め、侮りに隠れる外国の厳しさに注意を促し、虞美人草に惑わない自由を意志に向かって宣言、お節介を固める恭順の猛毒を藤尾に呑ませ、自由・意志の天下・武布を認めました。

虞美人草 十二   貧乏を十七字に標榜して、馬の糞、馬の尿を得意気に咏ずる発句と云うがある。芭蕉が古池に蛙を飛び込ますと、蕪村が傘を担いで紅葉を見に行く。明治になっては子規と云う男が脊髄病を煩って糸瓜の水を取った。貧に誇る風流は今日に至っても尽きぬ。これを卑しとする。
虞美人草 十九   凝る雲の底を抜いて、小一日空を傾けた雨は、大地の髄に浸み込むまで降って歇んだ。春はここに尽きる。梅に、桜に、桃に、李に、かつ散り、かつ散って、残る紅もまた夢のように散ってしまった。春に誇るものはことごとく亡ぶ。我の女は虚栄の毒を仰いで斃れた。花に相手を失った風は、いたずらに亡き人の部屋に薫り初める。
   藤尾、友禅の小夜着、片輪車、浮世らしからぬ恰好の染め抜き、色づいた蔦、淋しい模様、郡内を二枚重ねた敷布団、滑かに敷き詰め塵さえ立たぬ敷布(シート)、下には粗い格子の黄と焦茶が一本ずつ。
   黒髪、取って捨てた紫の絹紐(リボン)、有るたけは、有るに任せ、枕に乱し、今日まで、浮世と思う母、櫛の歯も入れてやらぬ、乱るる髪、純白な敷布(シート)にこぼれ、小夜着の襟の天鵞絨(びろうど)に連なり、仰向けの顔、昨日の肉をそのまま、色が違い、眉は濃く、眼は母が眠り眠るまで、母は丹念に撫った――見えるのは顔だけ。
   敷布の上の時計、濃に刻んだ七子は無惨に潰れ、鎖だけはたしか、ぐるぐると両蓋の縁を巻き、五分ごとに曲折する黄金の光を真中に、柘榴珠がへしゃげた蓋の、眼のごとし。
   逆に立つ二枚折の銀屏、六尺一面に冴え返る月の色、会釈しない緑青の柔婉を、茎の乱れに描き、不規則のぎざぎざを畳む鋸葉に描き、緑青の尽きる茎の頭に、薄い弁(はなびら)を掌ほどの大さに描き、茎を弾けば、ひらひらと落つるばかりに、軽く描き、縮む吉野紙の幾重の襞、畳む絞りを描き、色は赤に、紫に描き、銀の中からすべてが生え、銀の中に咲き、落つるも銀の中、思わせるほどを、描く。
   花は、虞美人草、落款は抱一(ほういつ)〈耳成芳一??〉。
   屏風の陰に、寄木の小机を置き、高岡塗の蒔絵の硯筥は、書物と共に違棚に移し、机の上は、油を注した瓦器、昼ながらの灯火を一本の灯心に点け、瓦器の丈を余る灯心は新らしく、三寸を尾に引く先は、油さえ含まず白くすらりと延びる。
   ほかに白磁の香炉、線香の袋が蒼ざめた赤い色を机の角に出し、灰の中の五六本、一点の紅から煙となって消えて行き、香は仏に似て、色は流るる藍、根本から濃く立ち騰るうちに右に揺き左へ揺き、揺くたびに幅が広がり、広がりながら色を薄め、薄い帯のなかに濃い筋がゆるやかに流れ、しまいには広い幅も、帯も、濃い筋も行方知れず、燃え尽きた灰が時に、ぱたりと、棒のまま倒れる。
   違棚の高岡塗は、沈んだ小豆色に古木の幹を青く盛り上げ、寒紅梅の数点を螺鈿擬に錬り出し、黒地の鶯が、裏に一羽飛び、蘆雁の高蒔絵の中、昨日まで深き光を暗き底に放つ、柘榴珠が収まり、両蓋に隙間なく七子を盛る金側時計を収め、高蒔絵の上に、一巻の書物が載り、四隅を金に立ち切った箔の小口が鮮かに見せ、間から紫の栞の房が長く垂れ、栞を差し込んだ頁の上から七行目に「埃及(エジプト)の御代(みよ)しろし召す人の最後ぞ、かくありてこそ」〈死の書?? 昨日である私が、また明日を知る私。人の心は不思議なるかな〉の一句、色鉛筆の細い筋が入る。
   すべてが美くしい。美くしいもののなかに、横わる人の顔も美くしい。
   眠った藤尾は、驕る眼を長えに閉じ、驕る眼の眉も、額も、黒髪も、天女のごとく美くしい。「御線香が切れやしないかしら」と母は次の間から立ちかかり、「今上げて来ました」と欽吾が云い、膝を正しく組み合わせ、手を拱いている。(中断1/3)

    ∈君が代は 乞食の家も のぼりかな∋
    ∈日本と砂へ 書きたる 時雨かな∋
   江田憲司が云う、財務省の裏舞台工作員による 人格攻撃は尋常じゃない、それなら、
    ∈腹切りを怖がるや 武士の春(一茶)∋
                      つづく
        つつしんで  丈司ユマ
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観念を砕くデジカメ・カラーのダイナミック・スナップ〈木村伊兵衛の風〉
☆☆ 謙遜を捨てて掛かる謙虚。観念を意志から追放、ライ・トゥ・ミー☆☆
     謙虚さは謙虚さ。しかしへりくだって黙過すれば、
     重々しい矛盾を、兄に伝えずに終わり、
     オズカスが臆病に患います。二の舞は最后の津軽平野でも
     リピート、正面切って伝えなければ、矛盾の切迫は
     エンエンと続きます。とうとう退屈も
     苦痛を覚え観念に坐します。
     津軽平野の永遠の誇りが、飛び出します。☆☆
……私はジヤンパー姿のままで二階に上つて行つた。金襖の一ばんいい日本間(にほんま)で、兄たちは、ひつそりお酒を飲んでゐた。私はどたばたとはひり、
「修治です。はじめて。」と言つて、まづお婿さんに挨拶して、それから長兄と次兄に、ごぶさたのお詫びをした。長兄も次兄も、あ、と言つて、ちよつと首肯いたきりだつた。わが家の流儀である。いや、津軽の流儀と言つていいかも知れない。私は慣れてゐるので平気でお膳について、光ちやんと嫂のお酌で、黙つてお酒を飲んでゐた。お婿さんは、床柱をうしろにして坐つて、もうだいぶお顔が赤くなつてゐる。兄たちも、昔はお酒に強かつたやうだが、このごろは、めつきり弱くなつたやうで、さ、どうぞ、もうひとつ、いいえ、いけません、そちらさんこそ、どうぞ、などと上品にお互ひゆづり合つてゐる。
……外ヶ浜で荒つぽく飲んで来た私には、まるで竜宮か何か別天地のやうで、兄たちと私の生活の雰囲気の差異に今更のごとく愕然とし、緊張した。……
  ☆☆ 津軽平野の永遠の誇り、
     敬って謙虚の中に退屈を静めても
     恭しい観念は慟哭せず、惨めさを募らせ、
     へんに嬉しくて仕方が無い気分を涌かせ、
     退屈を炙り出す兄の孤独を見た。 
     ニーチェが病んだ精神・異常は、誰も語らない。☆☆
 ニーチェの病んだ精神が砕かれ解かれ、否定する神に傍だって沸くのは、禁欲に閃く純な物質主義。急かされ焦がされ、唯一無二のヒステリー・観念が、列島・山岳を縛ったその禁欲・列島に、色即是空を立ちこめます。サボタージに行き詰まった資本主義は自由を剥奪され、日干しの情欲に充ちぬ自我を持ち重りする物質主義に吊し、思案投げ首。
 物質主義の退屈に鎖され、ダモクレスの剣がその両刃に諭す禁欲の潔癖・創意は、情欲を囃しざわめく末人の争乱を、禁欲の底に転がし、情欲の物質主義に触れさせず、蓄えた知識を陳腐化。
 なにごともタダ故のタダを無視・黙殺・黙過する辺境・意識は、禁欲と情欲を逆さ読み。…さび・わび・かろみ・ほそみやしをり…を禁欲とは気づかず、隣のひとを見る眼は、嫉妬の炎をかがせば、なにする人ぞ、その太り具合を想像・想定。
 シラバくれって白気ける秘術を驚かせ、禁欲を逆さに吊して燻る情欲の炎、ニーチェを泣かせ、悍ませ退き隠る精神病から、タダでは解放させない永遠回帰。ニーチェと物質主義を絡ませないニホンの解釈は、時計が回る心理の陽と陰、常套・無常の鐘が鳴るニホンの漢字・観念、中島みゆきが時代はまわるを唄い、恋心を諦める情欲を明日に回し、わがままが欲しいと疼く禁欲を恋人に伝え、情欲の物質主義を永遠回帰。禁欲を嫌って忌む情欲をうつつ抜かすなら、語るに落ちた末人の、哀愁・愁訴が末路の足元を闇に包む。
 それを呑みこんで涌く番組の真砂は1年・12ヶ月・毎日の1日・毎時間の24時間。番組の物質主義が、涌かせる情報を、切り刻み、鋼鉄・コンクリートのスケジュールでひと心を串刺し、タダ故のタダの精神を分裂へ追い遣り、電波が圧す唯一無二のコッカ・観念。
 泡沫のひとつひとつの泡を拝み、情報・呼応するのは、膜のように泡に貼りつく膜間の同情・意識か、ラブレターを認める賛成・多勢に貼りつく膜間の自尊・意識か、よこしまのラブレターに貼りつき膜間に隠る反対の無勢・自慰か、こころを刺戟する情報は、塗りこめられ膜に貼られて渦巻く情なのか。タダ故のタダに備える無警戒・無防備の自我は、手出し無用に踏み倒すヒステリーに煽られ流され、天の邪鬼を真似る似非に唆され拐かされるまま、情念のダイナミックを沸かせて対応するそれイガイに、対処の仕方も浮びようがない侘びしさに討ち延ばされます。唯一無二のヒステリー・観念は、そのまま高揚するソントク・ツゴーの神々に誘われ、ツゴーの合間を縫ってソンを避けトクに固執、頭の先から爪先まで鼻くそやゲップと一体に、トクを美化し、トクの美意識に悍ましい自己を献げ、渾身のムダに、虚しい哀愁の念を悼みます。哀愁は詫び寂のマ反対。哀愁は、タダ故のタダのム能・ム徒が蹲って放心し放念し、動機とともに自己を裏切り、忘年の灯火を年忘れの宴に炎し盆を迎えて送る臆病の慰問・自我。ウソや隠蔽を唯一無二の墓場まで運ばせる人生のエスカレーターは縦社会の構造に限るという、とんでもない咄。女は産んだ子を位階・世襲で守る、対等の平等に預け苦労させるのは忍びないと、世襲・位階の縦構造を祈願する、列島の浅ましさ。
 民主々義ですからと云って弾み、民主々義を小馬鹿にしても、否定に及ぶその本音は表に立てず、裏に結ぶ一意の意。民主々義の愚に絡まれず、伝統の唯一無二の観念が最后を凛と燻らせて了る一意の異の否定を学んでこころえ、その時のその場限りを陰らせ鎖す、そう云うだけの云い分だから、民主々義の否定が粘る世の常を患って煩い、列島に咲きホコって乱れる桜の雲を遠く映すその眼は、思い思う吐息に曇り、平らな眼に映る花曇りの華やぎを渺と眺め、散り始める桜が眼をよぎって陰る、そこはかなとない募りは、否定のニュアンスをグーに燻らせ、秘かな本音の中で、肯定の否定が折檻の罰を疼かせ、和の輪に映す散る桜の道理は陰る中で不束に戦き、思い思う散る桜から残る桜を眼醒めさせ、参入・動員するその輪を順序・不同に撹乱、咲き初めの初々しい桜も咲き誇る桜もゆく行くは一過を残して余す散る桜と知りながら、生・死の順序はツゴーのトクを煙らせ、賛成・多勢の反対・無勢を誇る残る桜が散る桜を囃し、気勢を焦がす残る桜は、後先をひっくり返し先後を繰り返させ、後先に名残る常の思いを拗らせ、散る桜を粛々と無視・黙殺・黙過、残る桜もやがてすべてが散る桜になって散り行くその定めを瞬く刹那の狭間にあって否定、残る桜の異を意の頂上に反り返して幽ませ、高々、先後のその後咲きだから、死に後れようが死に急ごうが、服従の無常を非情に炙るはやめよう、そう思う思いは唯一無二の恭順を前に、なにごともタダ故のタダを足掻き、唯一無二に囚われ、囚われの囮になった自己の覚悟は、唯一無二の観念に囲われ、ウソの構造がひとり勝ちの火事場騒ぎを煽って騒ぐ術中の真ん中、犠牲を強いる罰の監獄・洞窟と思わず邪を騒がず、試練はふつうに入った耳から耳の外へふつうにパスさせなかった自我に固執する自意識の問題、ふつうに眼に入り思いの外へふつうに去らせれば、自尊を自損の屈辱から自律させ、詰み重なる字面の多に脅えず臆さず、無に瀕する臆病を知に扱いた意志は意思とうりに働き、倣ねる安全の陳腐化・ヒステリーに竿を差して動かず、自我に固執する自己の自意識は生涯のテーマ。 云い分に目くじらを立てず、白を切って定めに刃向かわず、現実の生・死をシラバっくれ、デンデン太鼓を叩く縦社会がその意を叶える打ち出の小槌だから、想定・外を念仏する肯定の否定に惑わされないように、縦社会と云ったって、無敵を誇った武士の出家も色々だし開化ごは外国勢を加えてもっと熾烈、ピンからキリまでならぶ商人のそのどれを倣ねカプラー・転回するも、天体すら自由は無限、想定・内というコワばりには心意が不在、臆病が色めき立つヒステリーの世界も、これまた色即是空、宇宙マルごとの自由に多さの不足はない。野放図、そんなニッポン漢字がありました。想定の字面には、想定・内も想定・外も云い分の自由が自在・勝手。
    ∈云ぶんのあるつらつきや引がへる(一茶)∋
    ∈散る桜 残る桜も 散る桜(良寛)∋
    ∈花の世や出家さむらい諸あきんど(一茶)∋
    ∈秋深きとなりはなにをするひとぞ(芭蕉)∋
 内側は粘る密の鈍速、外側は疎の高速、非似ながら同じカタチは、ウソの構造。
∈古池やかわず飛びこむ水の音(芭蕉)∋
 《禁欲と情欲を、その両刃に仕込んだダモクレスの剣》
 禁欲の太刀を探して枯れ野を歩き、情欲の西国を背に、自然・境界に瀕して闘う蝦夷の東国を咽んで忍び、奥の細道を山刀伐峠に歩み、禁欲の奥に…さび・わび・かろみ・ほそみ・しをり…を探し、生・死の情欲に信に深い芭蕉、芭蕉を敬い古池に閃く形而・感性を憧れ、飛びこむ水の音に、耳を澄まして傾ぎ、蛙の機敏に眼を見張り、岩に沁みいる蝉の声、温もるこころに聴き耳を立て、冴える庶民の慎ましい禁欲の情欲に手を合わせ、擦って焦げる手触・感性を遠目に翳しした一茶、手鞠をつく童を愛おしみ、凛とリーダーの自己・禁欲を、月の兎に包み、禁欲の慈愛に慄え、情愛の切ない契りに咽び嫌った。
  良寛の三つの嫌忌…詩人の詩、書家の書、料理人の作った料理… 
  ∈とびは鳶 すずめは雀 さぎは鷺∋
  ∈からすは烏 何かあやしき(良寛)∋
  ∋木の葉ずく・梟・ミミズク、
   チガっても同じでも三つの嫌忌、何かあやしき(偽・形而)∈  つづく
  つつしんで  丈司ユマ著作権

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☆☆まづしいものの、まづしい命だけ
  破格の着想 風流の概念の破壊
  にやけたマンネリズムを見事に蹴飛ばし
  あけすけでいや味
  私たちは学校で、どんな説明を
  与へられてゐたか。
  耳触りのいい言葉を捨てて離れ、
  退屈や自惚れから、心を澄ませ心を冴えさせる
  芭蕉・風に脱帽、津軽平野の2 ☆☆
……名物にうまいものなし、と断じてゐたが、それは私の受けた教育が悪かつたせゐであつた。あの古池の句に就いて、私たちは学校で、どんな説明を与へられてゐたか。森閑たる昼なほ暗きところに蒼然たる古池があつて、そこに、どぶうんと(大川へ身投げぢやあるまいし)蛙が飛び込み、ああ、余韻嫋々、一鳥蹄きて山さらに静かなりとはこの事だ、と教へられてゐたのである。なんといふ、思はせぶりたつぷりの、月並(つきなみ)な駄句であらう。いやみつたらしくて、ぞくぞくするわい。鼻持ちならん、と永い間、私はこの句を敬遠してゐたのだが、いま、いや、さうぢやないと思ひ直した。どぶうん、なんて説明をするから、わからなくなつてしまふのだ。余韻も何も無い。ただの、チヤボリだ。謂はば世の中のほんの片隅の、実にまづしい音なのだ。貧弱な音なのだ。芭蕉はそれを聞き、わが身につまされるものがあつたのだ。古池や蛙飛び込む水の音。さう思つてこの句を見直すと、わるくない。いい句だ。当時の檀林派のにやけたマンネリズムを見事に蹴飛ばしてゐる。謂はば破格の着想である。月も雪も花も無い。風流もない。ただ、まづしいものの、まづしい命だけだ。当時の風流宗匠たちが、この句に愕然としたわけも、それでよくわかる。在来の風流の概念の破壊である。革新である。いい芸術家は、かう来なくつちや嘘だ、とひとりで興奮して、その夜、旅の手帖にかう書いた。
「山吹や蛙飛び込む水の音。其角、ものかは。なんにも知らない。われと来て遊べや親の無い雀。すこし近い。でも、あけすけでいや味(み)。古池や、無類なり。」……
……「いつ、東京を?」と嫂は聞いた。
「一週間ほど前です。東海岸で、手間どつてしまひました。蟹田のN君には、ずいぶんお世話になりました。」N君の事は、嫂も知つてゐる筈だつた。
「さう。こちらではまた、お葉書が来ても、なかなかご本人がお見えにならないので、どうしたのかと心配してゐました。陽子や光(みつ)ちやんなどは、とても待つて、毎日交代に停車場へ出張してゐたのですよ。おしまひには、怒つて、もう来たつて知らない、と言つてゐた人もありました。」
 その二人の姪が、からみ合ひながら、えへへ、なんておどけた笑ひ方をして出て来て、酒飲みのだらしない叔父さんに挨拶した。陽子は女学生みたいで、まだ少しも奥さんらしくない。
「をかしい恰好。」と私の服装をすぐに笑つた。
「ばか。これが、東京のはやりさ。」
 嫂に手をひかれて、祖母も出て来た。八十八歳である。
「よく来た。ああ、よく来た。」と大声で言ふ。元気な人だつたが、でも、さすがに少し弱つて来てゐるやうにも見えた。
「どうしますか。」と嫂は私に向つて、「ごはんは、ここで食べますか。二階に、みんなゐるんですけど。」
 陽子のお婿さんを中心に、長兄や次兄が二階で飲みはじめてゐる様子である。
 兄弟の間では、どの程度に礼儀を保ち、またどれくらゐ打ち解けて無遠慮にしたらいいものか、私にはまだよくわかつてゐない。
「お差支へなかつたら、二階へ行きませうか。」ここでひとりで、ビールなど飲んでゐるのも、いぢけてゐるみたいで、いやらしい事だと思つた。
「どちらだつて、かまひませんよ。」嫂は笑ひながら、「それぢや、二階へお膳を。」と光ちやんたちに言ひつけた。……

  ☆☆ 謙虚さは謙虚さ。しかしへりくだって黙過すれば、
     重々しい矛盾を、兄に伝えずに終わり、
     オズカスが臆病に患います。二の舞は最后の津軽平野でも
     リピート、正面切って伝えなければ、矛盾の圧迫は
     エンエンと続きます。とうとう退屈も苦痛を覚え。
     津軽平野の永遠の誇りが、飛び出します。☆☆
……私はジヤンパー姿のままで二階に上つて行つた。金襖の一ばんいい日本間(にほんま)で、兄たちは、ひつそりお酒を飲んでゐた。私はどたばたとはひり、
「修治です。はじめて。」と言つて、まづお婿さんに挨拶して、それから長兄と次兄に、ごぶさたのお詫びをした。長兄も次兄も、あ、と言つて、ちよつと首肯いたきりだつた。わが家の流儀である。いや、津軽の流儀と言つていいかも知れない。私は慣れてゐるので平気でお膳について、光ちやんと嫂のお酌で、黙つてお酒を飲んでゐた。お婿さんは、床柱をうしろにして坐つて、もうだいぶお顔が赤くなつてゐる。兄たちも、昔はお酒に強かつたやうだが、このごろは、めつきり弱くなつたやうで、さ、どうぞ、もうひとつ、いいえ、いけません、そちらさんこそ、どうぞ、などと上品にお互ひゆづり合つてゐる。
……外ヶ浜で荒つぽく飲んで来た私には、まるで竜宮か何か別天地のやうで、兄たちと私の生活の雰囲気の差異に今更のごとく愕然とし、緊張した。……

  ☆☆ 津軽平野の永遠の誇り、
     敬って謙虚の中に退屈を静めても
     恭しい観念は慟哭せず、惨めさを募らせ、
     へんに嬉しくて仕方が無い気分を涌かせ、
     退屈を炙り出す兄の孤独を見た ☆☆
……秩父の宮様が弘前の八師団に御勤務あそばされていらつしやつた折に、かしこくも、この農場にひとかたならず御助勢下されたとか、講堂もその御蔭で、地方稀に見る荘厳の建物になつて、その他、作業場あり、家畜小屋あり、肥料蓄積所、寄宿舎、私は、ただ、眼を丸くして驚くばかりであつた。……
……修錬農場は、その路から半丁ほど右にはひつた小高い丘の上にあつた。農村中堅人物の養成と拓士訓練の為に設立せられたもののやうであるが、この本州の北端の原野に、もつたいないくらゐの堂々たる設備である。
……農場の入口に、大きい石碑が立つてゐて、それには、昭和十年八月、朝香宮様の御成、同年九月、高松宮様の御成、同年十月、秩父宮様ならびに同妃宮様の御成、昭和十三年八月に秩父宮様ふたたび御成、といふ幾重もの光栄を謹んで記してゐるのである。金木町の人たちは、この農場を、もつともつと誇つてよい。金木だけではない、これは、津軽平野の永遠の誇りであらう。実習地とでもいふのか、津軽の各部落から選ばれた模範農村青年たちの作つた畑や果樹園、水田などが、それらの建築物の背後に、実に美しく展開してゐた。お婿さんはあちこち歩いて耕地をつくづく眺め、
「たいしたものだなあ。」と溜息をついて言つた。お婿さんは地主だから、私などより、ずいぶんいろいろ、わかるところがあるのであらう。
「や! 富士。いいなあ。」と私は叫んだ。富士ではなかつた。津軽富士と呼ばれてゐる一千六百二十五メートルの岩木山が、満目の水田の尽きるところに、ふはりと浮んでゐる。……
「へえ? ちつとも、知らなかつた。金木には過ぎたるものぢやないですか。」さう言ひながら、私は、へんに嬉しくて仕方が無かつた。やつぱり自分の生れた土地には、ひそかに、力こぶをいれてゐるものらしい。……
……「まるで、もう、高山帰りの姿です。」嫂は、私のさつきの高山へ遠足してみじめな姿で帰つた話をふと思ひ出したらしく、笑ひながらさう言つて、陽子もお婿さんも、どつと笑つたら、兄は振りかへつて、
「え? 何?」と聞いた。みんな笑ふのをやめた。兄がへんな顔をしてゐるので、説明してあげようかな、とも思つたが、あまり馬鹿々々しい話なので、あらたまつて「高山帰り」の由来を説き起す勇気は私にも無かつた。兄は黙つて歩き出した。兄は、いつでも孤独である。……  四 津軽平野・終わり
      ∈目には青葉 山ほととぎす 初がつを∋山口素堂
      ∈骨を見て坐に泪ぐみうちかへり∋芭蕉 つづく
               つつしんで  丈司ユマ
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∋異境のような東北、アーカイヴの病 偉人と非人を 小分けするかも∈(津軽、二蟹田3)
   ……気持の説明は、いやなのだ。下手な感懐を述べた。何だかどうも、見え透いたまづい虚飾を行つてゐるやうで、慚愧赤面するばかりだ。かならず後悔ほぞを噛むと知つてゐながら、興奮するとつい、それこそ「廻らぬ舌に鞭打ち鞭打ち」口をとがらせて呶々と支離滅裂の事を言ひ出し、相手の心に軽蔑どころか、憐憫の情をさへ起させてしまふのは、これも私の哀しい宿命の一つらしい。
 芭蕉翁の遺訓にはそむいてゐるやうだつたけれども、居眠りもしなかった。
 下手な感懐をもらす事はせず、大いに雑談にのみ打興じた。
 蟹の山を眺めて楽しんでゐるばかりで、私が一向に手を出さないのを見てとり、N君の小柄でハキハキした奥さんは、これは蟹をむいてたべるのを大儀がつてゐるのに違ひないとお思ひになつた様子で、ご自分でせつせと蟹を器用にむいて、その白い美しい肉をそれぞれの蟹の甲羅につめて、フルウツ何とかといふ、あの、果物の原形を保持したままの香り高い涼しげな水菓子みたいな体裁にして、いくつもいくつも私にすすめた。
アトフキをはじめた。お客が皆かへつた後で、身内の少数の者だけが、その残肴を集めてささやかにひらく慰労の宴の事であつて、或いは「後引(あとひ)き」の訛かも知れない。N君は私よりも更にアルコールには強いたちなので、私たちは共に、乱に及ぶ憂ひは無かつたが、
 「しかし、君も、」
 「相変らず、飲むなあ。何せ僕の先生なんだから、無理もないけど。」
 僕に酒を教へたのは、実に、このN君なのである。
 「うむ。」
「僕の知つた事ではない。ひとりで、酒飲みになつた奴に違ひない。」N君は盃を手にしたままで、「僕だつて、ずいぶんその事に就いては考へてゐるんだぜ。君が酒で何か失敗みたいな事をやらかすたんびに、僕は責任を感じて、つらかつたよ。」でもね、あいつは、僕が教へなくたつて、真面目に首肯き、かう考へ直さうとした、このごろはそう考えようと努めてゐるんだ。
 「ああ、さうなんだ。そのとほりなんだ。君に責任なんかありやしないよ。全く、そのとほりなんだ。」
 鶏鳴あかつきを告げたので、驚いて私は寝所へ引上げた。T君は、青森の病院の、小説の好きな同僚の人をひとりを連れて来てゐた。T君がゐてくれると、私は、何だか安心で、気強いのである。
 むらさきのジヤンパーを着て、緑色のゲートルをつけて、海の見える観瀾山へ花見に出掛けた。
 雪の溶け込んだ海である。ほとんどそれは湖水に似てゐる。蟹田の海は、ひどく温和でさうして水の色も淡く、塩分も薄いやうに感ぜられ、磯の香さへほのかである。南方の人たちは、東北の海と言へば、どす暗く険悪で、怒濤逆巻く海を想像するかも知れないが。
 下北半島が、すぐ真近かに見えた。
 山高きが故に貴からず、樹木あるが故に貴し、とか、断言してはばからぬ実利主義者もあるのだから、津軽の産物に、全国有数の扁柏(ひば)がある。
 林檎なんかぢやないんだ。林檎なんてのは、明治初年にアメリカ人から種をもらつて試植した。
フランスの宣教師から、フランス流の剪定法を明治二十年代に教はつて俄然、成績を挙げ、この林檎栽培にむきになりはじめ、青森名産として全国に知られたのは、大正にはひつてからの事、まさか、東京の雷おこし、桑名の焼はまぐりほど軽薄な「産物」でも無いが、紀州の蜜柑などに較べると、はるかに歴史は浅い。
 日本三大森林地の一つは昔から。冬もなほ青く繁つてゐる津軽の山々には、樹木が枝々をからませ合つている。
   ☆☆ 蟹田川の河口の大きな写真が出てゐる、
         日本地理風俗大系には、
      観瀾山から眺められるこんもり繁つた山々が紹介され、
       日本三美林の称ある扁柏の津軽・国有林があり、
          蟹田町はなかなか盛んな積出港、
        ここから森林鉄道が海岸を離れて山に入り、
      毎日多くの材木を積んでここに運び来るのである。
        西方の書に無視され、異境のような東北にも、
        文明開化以前の堅実な営みが、継承され、
     フランス流の剪定法を得た林檎栽培は俄然、成績を挙げ、
        大正から、青森名産として全国に知られる。☆☆
……津軽の大森林は遠く津軽藩祖為信の遺業に因し、爾来、厳然たる制度の下に今日なほその鬱蒼をつづけ、さうしてわが国の模範林制と呼ばれてゐる。
 はじめ天和、貞享の頃、津軽半島地方に於いて、日本海岸の砂丘数里の間に植林を行ひ、もつて潮風を防ぎ、またもつて岩木川下流地方の荒蕪開拓に資した。爾来、藩にてはこの方針を襲ひ、鋭意植林に努めた結果、寛永年間にはいはゆる屏風樹林の成木を見て、またこれに依つて耕地八千三百余町歩の開墾を見るに到つた。
 藩内の各地は頻りに造林につとめ、百有余所の大藩有林を設けるに及んだ。かくて明治時代に到つても、官庁は大いに林政に注意し、青森県扁柏林の好評は世に嘖々として聞える。けだしこの地方の材質は、よく各種の建築土木の用途に適し、殊に水湿に耐へる特性を有すると、材木の産出の豊富なると、またその運搬に比較的便利なるとをもつて重宝がられ、年産額八十万石、と記されてあるが、これは昭和四年版であるから、現在の産額はその三倍くらゐになつてゐると思はれる。
 この観瀾山から眺められるこんもり繁つた山々は、津軽地方に於いても最もすぐれた森林地帯で、れいの日本地理風俗大系にも、蟹田川の河口の大きな写真が出てゐて、さうして、その写真には、「この蟹田川附近には日本三美林の称ある扁柏の国有林があり、蟹田町はその積出港としてなかなか盛んな港で、ここから森林鉄道が海岸を離れて山に入り、毎日多くの材木を積んでここに運び来るのである。津軽半島の脊梁をなす梵珠山脈は、扁柏ばかりでなく、杉、山毛欅(ぶな)、楢、桂、橡、カラ松などの木材も産し、また、山菜の豊富を以て知られてゐる。半島の西部の金木地方も、山菜はなかなか豊富であるが、この蟹田地方も、ワラビ、ゼンマイ、ウド、タケノコ、フキ、アザミ、キノコの類が、町のすぐ近くの山麓から実に容易にとれるのである。
 このやうに蟹田町は、田あり畑あり、海の幸、山の幸にも恵まれて、それこそ鼓膜撃壌の別天地のやうに読者には思はれるだらうが、しかし、この観瀾山から見下した蟹田の町の気配は、何か物憂い。活気が無いのだ。
 いままで私は蟹田をほめ過ぎるほど、ほめて書いて来たのであるから、ここらで少し、悪口を言つたつて、蟹田の人たちはまさか私を殴りやしないだらうと思はれる。
   ☆☆蟹田の人たちは温和である。
     温和といふのは美徳であるが、
     町をもの憂くさせるほど町民が無気力なのも、
     旅人にとつては心細い。
     天然の恵みが多いといふ事は、町勢にとつて、
     かへつて悪い事ではあるまいかと思はせるほど、
     蟹田の町は、おとなしく、しんと静まりかへつてゐる。
     ドガの失敗談が、気忙しげに、頭を去来し、
     政治家の無意識な軽蔑の眼つきにやられ、
     骨のずいまでこたへ、同情の念の、胸にせまり
     来るのを覚え、無視・黙殺し黙過された、
     傲慢不遜の名匠にも思いが立つ。☆☆
 河口の防波堤も半分つくりかけて投げ出したやうな形に見える。家を建てようとして地ならしをして、それつきり、家を建てようともせずその赤土の空地にかぼちやなどを植ゑてゐる。
 蟹田には、どうも建設の途中で投げ出した工事が多すぎるやうに思はれる。
 町政の溌剌たる推進をさまたげる妙な古陋の策動屋みたいなものがゐるんぢやないか、と私はN君に尋ねたら、この若い町会議員は苦笑して、よせ、よせ、と言つた。
 つつしむべきは士族の商法、文士の政談。私の蟹田町政に就いての出しやばりの質問は、くろうとの町会議員の憫笑を招来しただけの、馬鹿らしい結果に終つた。
 ドガの失敗談が、それに就いてすぐ思ひ出される。フランス画壇の名匠エドガア・ドガは、かつてパリーの或る舞踊劇場の廊下で、偶然、大政治家クレマンソオと同じ長椅子に腰をおろした。ドガは遠慮も無く、かねて自己の抱懐してゐた高邁の政治談をこの大政治家に向つて開陳した。  ……「私が、もし、宰相となつたならば、ですね、その責任の重大を思ひ、あらゆる恩愛のきづなを断ち切り、苦行者の如く簡易質素の生活を選び、役所のすぐ近くのアパートの五階あたりに極めて小さい一室を借り、そこには一脚のテーブルと粗末な鉄の寝台があるだけで、役所から帰ると深夜までそのテーブルに於いて残務の整理をし、睡魔の襲ふと共に、服も靴もぬがずに、そのままベツドにごろ寝をして、翌る朝、眼が覚めると直ちに立つて、立つたまま鶏卵とスープを喫し、鞄をかかへて役所へ行くといふ工合の生活をするに違ひない!」と情熱をこめて語つたのであるが、クレマンソオは一言も答へず、ただ、なんだか全く呆れはてたやうな軽蔑の眼つきで、この画壇の巨匠の顔を、しげしげと見ただけであつたといふ。ドガ氏も、その眼つきには参つたらしい。よつぽど恥かしかつたと見えて、その失敗談は誰にも知らせず、十五年経つてから、彼の少数の友人の中でも一ばんのお気に入りだつたらしいヴアレリイ氏にだけ、こつそり打ち明けたのである……。
 十五年といふひどく永い年月、ひた隠しに隠してゐたところを見ると、さすが傲慢不遜の名匠も、くろうと政治家の無意識な軽蔑の眼つきにやられて、それこそ骨のずいまでこたへたものがあつたのであらうと、そぞろ同情の念の胸にせまり来るを覚えるのである。とかく芸術家の政治談は、怪我のもとである。ドガ氏がよいお手本である。一個の貧乏文士に過ぎない私は、観瀾山の桜の花や、また津軽の友人たちの愛情に就いてだけ語つてゐるはうが、どうやら無難のやうである。……(抜粋・引用)
                         (蟹田4に)つづく
          つつしんで……丈司ユマ
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 ☆☆ バカの壁と人格の壁、個の固有をムカツき、精神障害の、その心象・風景や偏愛・言語の中で確執、麦畑のキャッチャーを模写、麦畑のような日本の辺境に、こころを誘導、極楽トンボの内田樹さんが、良寛爺さんや一茶爺さん、芭蕉爺さんや山頭火さんのその後を、追います ☆☆
 ☆☆ 自我も無我も無私も下々下の下の我があれば、武士道・志向に眼醒めなかった臆病の代表もあり、嘆じて励ましたのは 
 ∈下々も下々下々の下国の涼しさよ∋一茶、
乱れるコームいんを案じ、武士道・志向を奮起させた切支丹の長−い‘むかつき’は、
 ∈腹切りを怖がるや 武士の春∋一茶 ☆☆
☆☆ バカの壁と人格の壁、個の固有を精神障害の、その象・風景や偏愛・言語に、確執、すべてのヒトを‘精神障害’に見立て、その外にいるように‘会話をワンウェーで遮断し会話・不全の‘ことば’の山や心象画’を擬製する、精神科医の下流・無頼が深刻な一方、…ペドファイル幼児性愛者・保因者の排泄物…が、…千と千尋の神隠し…であると、蛮勇を怒らせ、‘むかつき’を拒んだ、斎藤環・精神科医。千のシグサやセナカのその表現が、幼児性愛・者の好みそのものと固執、警察にメールを送り幼児の惨殺をコマゴマ伝えた宮崎学のあのクセやコノミと、カワらず同じダンゲン、社会コッカこくみんの人気アニメーションの、その人気に背を向ける下流・志向、‘むかつき’をムカツく中でこね回し、核を保有しない不遇を、突発性・仏文学者症候群に紛らさせ、真っ赤っかに焦がす思いは、‘日本辺境’の内 ☆☆
     ☆☆ライ麦畑でつかまえて☆☆
 もの真似を‘物真似’と思いたくない、そんな現れ方が、ヒトつの注目点。なぜって、刺戟を‘刺激’にしただけでは、‘フリする’苦心も、我慢も、タダの自嘲ちなって、消えてしまい、それでは身も蓋もない、と馬鹿なキブンに取り憑かれ、愚の愚に堕ちてしまいます。これでは極楽トンボは、飛びません。
 すべてが、受けた刺戟を‘下敷き’に、その上に立ってこそ、自信と安心の桃源郷を意識。刺激されて浮かんだ心象風景の中で、したいことをヤり、いいたいことをイい、自分が思ったようにする、その居場所の固執・確執。
 新型インフルの葛藤と同じです。レヴィナスの問い、…中にいる人間がどれほど不道徳であっても、道徳的に機能するシステムを人間は作り出すことができるのであろうか…。言葉や観念による征服は不可、そう諭させた突発性・仏文学者症候群を仕込んだ‘下敷き’。実存・風景を裏に見せ、心象・風景を表に見せ、真理に代えた心理を散らし、辺境の桃源郷に、ジ画ジ賛の極楽トンボを、飛ばします。
  ☆☆ 絶対のスケジュールと監視のリストに、
     現れない、ライ麦畑のキャッチャー ☆☆
 真似の中に‘いない’自分を填めこみ、自分を意識させ、自分を安心させる、という条件反射の万華鏡、自分の足元を万華鏡で不明にさせ、充たせぬ‘動機’を素早く手料理。足や手をいただき、口や眼や耳もそっくりいただき、頭をそれに渡し、感性や感じ方を自分のモノにするという、願いが万華鏡の‘麦畑で捕まえて’となりました。だれかが、見守り、手を貸し、安全を与えているから、生きているんだ、記憶を持つまでに夢中になれるのは、だれかが‘捕らえ’て、だれかに‘捕らえ’られるから、そんな広い麦畑のヒトりになりたい……。‘月の兎’を知っていたら、ライ麦は畑のだだっ広くひと目の消えるその広さに憧れず、兎もよし、猿もよし、狐もよし、キャッチャーの軸心がこころを充たします。
 むかつき男から抜け出す、そのヒトつの方法、ヒトそれぞれのヒトの意識を‘こころ’え、ヒト心地を、天然に吐きます。……最短にして最大、最小にして最長……の日本語は、ライ麦畑を一望下におさめ、
 ∈ 花おのおのの 日本だましひ 勇ましや ∋一茶
 ∈ 君が代や よその膳にて 花の春 ∋一茶 
 ☆☆ 無常や無情を乗り越えた、5・7・5の俳句 ☆☆
 むかつくとか、怒るとか、非日常の扉を開く日常の入口は、落胆が開けて待ちます。落胆を繰り返し、繰り返しをつづけるささやかな思いは、怒りが支え、邪の邪魔がむかつかせます。退けない無念には、‘怒れる’思いを募らせ、狡く‘むかつく’思いでツノを溜めてはなりません。怒れる‘溜め’は不屈の気力を沸かせ、‘むかつく’溜は、キモチをグズグズさせ、気力の血気を迸らせません。
 散る桜が、落胆を慰めるなんて、思いもしない、奇麗に咲いている姿は、落胆を‘惨め’にするとこころに言い返し、だからといって眼を隣に展べれば、三分から五分になって美しさを輝かせる桜もある、2週間ほどであれも散る桜になるのか、そう思うと、散る桜の次に残る桜も、いづれは散る桜、この時の今を焦らず、咲く桜を迎えるのは、そんなに先でもない数年後と思えば、怒れるキモチも、むかつくキモチも、どうということもない、今のこの時は、散る桜を愛で、残る桜も、散る桜になる明日を数えに容れ、この時の今のキモチを、散る桜に刺戟され、残る桜に励まされ、散る桜を思いながら、思いの丈を燃やし尽くす、その時を今に思いはじめます。
 咲き乱れる、その思いに駆られるより、散っては、残る桜にこころを止め、チカラが及ばなければ、散った桜のその次の桜を夢に描き、こころを永遠の思いに惹かせます。
    ∈ 散る桜 残る桜も 散る桜 ∋良寛
  ☆☆ 敵失を狙う下流・志向の、日本辺境、
     トヨタの遅い動きが法治に咎められ、
      弁解や釈明を先行させた下流・志向の
       ‘知の欺瞞’、殺人罪の嫌疑を包ませます ☆☆
 敵失を高得点でものにし勝ち名乗りを宣した‘優秀’ピラミッドの天下ビト、しかし本を離れ現実に直面、横並ぶ競い合いを堪え‘むかつく男’に徹し、‘怒れる男’を自制、‘敵失の的’とされるのを心底怖れ、理も将来もビジョンに描かず、大小仔細の既得・成果をマル暗キの‘正確’な知識に蓄え、外来システムの多少を加え、既得スケジュールから年次行事を埋める年期・計画の支出大から小を揃え最先・日時を埋め、中央を挙げた365日の予定を‘既得下’に制し、その絶対スケジュールに従い、順序を正して地方を下流・志向させ、都道府県から政令都市・大小都市そして町も村もコンクリートの枠に、おのおののスケジュールを固めさせ、コッカ・マネーにシャッキンを含ませて、マネーを分配、絶対スケジュールの四重を下敷きに行使の絶対を確保、ギシギシの非を俯瞰しながら、スケジュール中の雑費や予備費に特権で手を着け、現行の指一本に止まらせ、
 ∈下々も下々下々の下国の涼しさよ∋一茶を、肝に命じさせ、恙なき拝金を悼み、慈しみを‘天下・武布’。リスクを眼中から消し、公正を公平の名の下に時間差を差しこみ‘都合・便宜’主義を転がし、‘行き詰まり’にあって‘非常事態’を宣言、時と伴に訪れる、行政のム能ム徒の破綻を、‘無常’に‘無情’も借り、下々も下々下々の下の弱者の押しつけ、弱者の犠牲を利用、天然を棄てた階層の人工・鉄骨コンクリート・ジャングル、三権分立を横刺しにこうむいん集団を優先するのですから、…山県有朋1899年のコームいん集団…が、近代化を歪め、絶対スケジュールと旗門リストをオール窒息、断末魔を侵略戦争に差し向け、テロ襲撃のトガは原爆の二発を受け、最も遅い‘無条件降伏’を受け容れ、300万人のコクみん犠牲をもって終了へ、追いこまれましました。‘4000兆円インフレ自爆デフレ’は、反省に代えて開き直ったため、コイズミ平蔵さんの嘘隠しシステムが、コクみんコッカ社会の基幹制度を壊滅、3万人んの自殺と派遣労働切りで、ヒトの生活を破壊、確率に反する平蔵が‘機会均等の勝ち組’を叫き、輸出8割コク内2割の、トヨタの壮大なピラミッドを、走らせ、死者をフヤす下流志向‘千万台リコール’を表面化、いつもの自滅へ追い詰めました。コイズミ平蔵・行政の、責任を問う代わりに、個人の不明に明け暮れ、進歩も反省もない、‘敵失の勝利心’が今日を、昨日の喧噪を復活させ、我を亡くさせます。友好アジアの風が、日本狭小列島の国旗を、旗めかせすのに。
  つづく
     つつしんで……丈司ユマ
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