おおがいさんのトモダチ

森の生け花や山野の一輪差しを思う常識から常識による常識のための常識

日々の一輪差し

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虞美人草に燻って焦げるお節介の不快・迷惑2/2
…おい、今から休息しちゃ大変だ、さあ早く行こう…。
 愛される心地の中ですから、佇んだ思い思う咽びが、生の初声を耳に訊かせ、アホが響く下品を口にさせないはず。相続・戸主のワンマンに吐かせる、唯一無二の肉声なら、誠実な徴集兵士は雑兵にされる死の運命を、背に科せられ、無常の中に囚われ鎖ざされざるをえません。
…「君はあの山を頑固(がんこ)だと云ったね」と聞く。
「うむ、動かばこそと云ったような按排(あんばい)じゃないか。こう云う風に」と四角な肩をいとど四角にして、空(あ)いた方の手に栄螺(さざえ)の親類をつくりながら、いささか我も動かばこその姿勢を見せる。
「動かばこそと云うのは、動けるのに動かない時の事を云うのだろう」と細長い眼の角(かど)から斜(なな)めに相手を見下(みおろ)した。
「そうさ」
「あの山は動けるかい」
「アハハハまた始まった。君は余計な事を云いに生れて来た男だ。さあ行くぜ」と太い桜の洋杖(ステッキ)を、ひゅうと鳴らさぬばかりに、肩の上まで上げるや否(いな)や、歩行(ある)き出した。瘠(や)せた男も手巾(ハンケチ)を袂(たもと)に収めて歩行き出す。
「今日は山端(やまばな)の平八茶屋(へいはちぢゃや)で一日(いちんち)遊んだ方がよかった。今から登ったって中途半端(はんぱ)になるばかりだ。元来(がんらい)頂上まで何里あるのかい」
…「頂上まで一里半だ」
「どこから」
「どこからか分るものか、たかの知れた京都の山だ」
 瘠(や)せた男は何にも云わずににやにやと笑った。四角な男は威勢よく喋舌(しゃべ)り続ける。
「君のように計画ばかりしていっこう実行しない男と旅行すると、どこもかしこも見損(みそこな)ってしまう。連(つれ)こそいい迷惑だ」
…「君のようにむちゃに飛び出されても相手は迷惑だ。第一、人を連れ出して置きながら、どこから登って、どこを見て、どこへ下りるのか見当(けんとう)がつかんじゃないか」
「なんの、これしきの事に計画も何もいったものか、たかがあの山じゃないか」
「あの山でもいいが、あの山は高さ何千尺だか知っているかい」
「知るものかね。そんな下らん事を。――君知ってるのか」
「僕も知らんがね」
「それ見るがいい」
「何もそんなに威張らなくてもいい。君だって知らんのだから。山の高さは御互に知らんとしても、山の上で何を見物して何時間かかるぐらいは多少確めて来なくっちゃ、予定通りに日程は進行するものじゃない」
…「進行しなければやり直すだけだ。君のように余計な事を考えてるうちには何遍でもやり直しが出来るよ」となおさっさと行く。瘠(や)せた男は無言のままあとに後(おく)れてしまう。
 春はものの句になりやすき京の町を、七条から一条まで横に貫(つら)ぬいて、煙(けぶ)る柳の間から、温(ぬく)き水打つ白き布(ぬの)を、高野川(たかのがわ)の磧(かわら)に数え尽くして、長々と北にうねる路(みち)を、おおかたは二里余りも来たら、山は自(おのず)から左右に逼(せま)って、脚下に奔(はし)る潺湲(せんかん)の響も、折れるほどに曲るほどに、あるは、こなた、あるは、かなたと鳴る。山に入りて春は更(ふ)けたるを、山を極(きわ)めたらば春はまだ残る雪に寒かろうと、見上げる峰の裾(すそ)を縫(ぬ)うて、暗き陰に走る一条(ひとすじ)の路に、爪上(つまあが)りなる向うから大原女(おはらめ)が来る。牛が来る。京の春は牛の尿(いばり)の尽きざるほどに、長くかつ静かである。
「おおい」と後れた男は立ち留(どま)りながら、先(さ)きなる友を呼んだ。おおいと云う声が白く光る路を、春風に送られながら、のそり閑(かん)と行き尽して、萱(かや)ばかりなる突き当りの山にぶつかった時、一丁先きに動いていた四角な影ははたと留った…。
 思い思う生は、生殺しの生に貼り合わせれば、チガいの酷さが懐を抉ります。
 お節介に背を向け、お節介の外にスラッと出て麗しく美しい、藤尾の跡をなんにん仕留めるか、反応を見た漱石は、お節介の禍中に死を貼られ、死に向かう藤尾の独つに、咽ぶ一意の意の異を奉じ、生を絶つお節介の悲劇に荷担すれば、広がる悲劇のお披露目のお節介を断念、生殺しの延長から訣別しました。銀河鉄道の生は一本限り、大塩平八郎の乱は、鴎外の生で打ち切り。莫大な儲けの秘訣を父に尋ねなかった太宰治は、HUMAN LOST・1936年のメモランダムで6男・オズカスの正直や素直を堅め、未練の生を束ね5回目の心中で、思い思う屍の生を封じ、生殺しの悲惨な悲劇を賛美歌の中で絶ちました。
 お節介に燻る僻み(ひがみ)妬み(ねたみ)嫉む(そねむ)やっかみが、お節介を発揚、欲を自由のシンボルに篝る自由・知ら図の愚が山岳・列島を、漢字・観念の瓶詰めや缶詰にしました。欺し騙し瞞すウソ八百が、保守・傭兵ジ民トーの空に、入れ替て入れたのは、なち親衛隊・ミン主トーの虚空。
 燻る空・権力。マニフェストの中身はカン空・奸、4年をデフレ30年に収めたカン空奸の報酬・セッ取はカンワの逆手・増税が見返り。カラ壜・カラ缶や、カラ樽・カラ荷を詰めて集めた、カラ函・コッカはウソの効用を世界に知らせます。ヤキモチにスタンスを張る島田雅彦さんや斉藤環さん、お節介の猛毒を無心に呑み過ごして、驚かせました。
 ウソ書き歴史に身を潜めるカスミ我セキ・独裁、山県有朋・由来のエイエンを目指すから、驚く。エジソン・フォード・ライトやヘレンケラーの20世紀・文明市場は、荷を失った機関・車をスローダウン、ギガ・ネット社会が継ぐ自由市場は、欲を制し、携帯電話の荷を募らせます。世界遺産が大穴を埋めると思うなら、泥沼の泥舟や泥縄ばかり、権力・ジゴロの背後からホロコーストが迫ります。
…百折(ももお)れ千折(ちお)れ、五間とは直(すぐ)に続かぬ坂道を、呑気(のんき)な顔の女が、ごめんやすと下りて来る。身の丈(たけ)に余る粗朶(そだ)の大束を、緑(みど)り洩(も)る濃き髪の上に圧(おさ)え付けて、手も懸(か)けずに戴(いただ)きながら、宗近君の横を擦(す)り抜ける。生(お)い茂(しげ)る立ち枯れの萱(かや)をごそつかせた後(うし)ろ姿の眼(め)につくは、目暗縞(めくらじま)の黒きが中を斜(はす)に抜けた赤襷(あかだすき)である。一里を隔(へだ)てても、そこと指(さ)す指(ゆび)の先に、引っ着いて見えるほどの藁葺(わらぶき)は、この女の家でもあろう。天武天皇の落ちたまえる昔のままに、棚引(たなび)く霞(かすみ)は長(とこ)しえに八瀬(やせ)の山里を封じて長閑(のどか)である。
「この辺の女はみんな奇麗(きれい)だな。感心だ。何だか画(え)のようだ」と宗近君が云う。
「あれが大原女(おはらめ)なんだろう」
「なに八瀬女(やせめ)だ」
「八瀬女と云うのは聞いた事がないぜ」
「なくっても八瀬の女に違ない。嘘だと思うなら今度逢(あ)ったら聞いてみよう」…
 お節介が、たわいもないお節介を、詰み上げねます。
…「誰も嘘だと云やしない。しかしあんな女を総称して大原女と云うんだろうじゃないか」
「きっとそうか、受合うか」
「そうする方が詩的でいい。何となく雅(が)でいい」
「じゃ当分雅号として用いてやるかな」
「雅号は好いよ。世の中にはいろいろな雅号があるからな。立憲政体だの、万有神教だの、忠、信、孝、悌(てい)、だのってさまざまな奴があるから」
「なるほど、蕎麦屋(そばや)に藪(やぶ)がたくさん出来て、牛肉屋がみんないろはになるのもその格だね」
「そうさ、御互に学士を名乗ってるのも同じ事だ」
「つまらない。そんな事に帰着するなら雅号は廃(よ)せばよかった」
「これから君は外交官の雅号を取るんだろう」
「ハハハハあの雅号はなかなか取れない。試験官に雅味のある奴がいないせいだな」
「もう何遍落第したかね。三遍か」
「馬鹿を申せ」
「じゃ二遍か」
「なんだ、ちゃんと知ってる癖に。はばかりながら落第はこれでたった一遍だ」
「一度受けて一遍なんだから、これからさき……」
「何遍やるか分らないとなると、おれも少々心細い。ハハハハ。時に僕の雅号はそれでいいが、君は全体何をするんだい」
「僕か。僕は叡山へ登るのさ。――おい君、そう後足(あとあし)で石を転(ころ)がしてはいかん。後(あと)から尾(つ)いて行くものが剣呑(けんのん)だ。――ああ随分くたびれた。僕はここで休むよ」と甲野さんは、がさりと音を立てて枯薄(かれすすき)の中へ仰向(あおむ)けに倒れた。
「おやもう落第か。口でこそいろいろな雅号を唱(とな)えるが、山登りはから駄目だね」と宗近君は例の桜の杖(つえ)で、甲野さんの寝(ね)ている頭の先をこつこつ敲(たた)く。敲くたびに杖の先が薄を薙(な)ぎ倒してがさがさ音を立てる。
「さあ起きた。もう少しで頂上だ。どうせ休むなら及第してから、ゆっくり休もう。さあ起きろ」…。
  悦から離れ、侘び寂びにこころを広げた西行の名を控え、個の拗る私の悦を成敗の先に尊び、観念の先き迸りを妨げ、代わりに大原女の健気な清冽を眼前に拝み、お節介の出鼻を挫き、異変の侘びを信に諭す寂びこころ、調変の寂びを懐かしむ隣の侘びこころ、暗示の文法・律は、お節介の頭々を、寡黙の中に押しこめ、沈めました。嫌う対照を、文の嫌う限りにいたぶればいい(甚振る)、そんな考えを理解に持たない漱石ですから、お節介のドロップ・アウトは、読みながらお節介を認識するのも芳しくないレベルに低迷し、お節介に触れる鬱陶しさに迫られる思い思う徒労は、上手の手から零れて逃れ、軽い読みを貫く精一杯がその終わりを全うします。お節介が渦まく無人の駅舎に迎えられれば、万事休すです。
…「誠に済みません。――親不孝な学問か、ハハハハハ」…、
序でに燻すお節介の半畳は、
…「君白い帆が見える。そら、あの島の青い山を背(うしろ)にして――まるで動かんぜ。いつまで見ていても動かんぜ」…(停止する引用1/3の永遠回帰)
つつしんで
丈司ユマ
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金の小判すら通貨に使った商人主導のコッカ・権力、その前は岩見銀山が、アジア圏の通商を拡大させたのに、コッカ・産業の認識から隠されました。
トラックバックへの対応12/5/12: 源氏物語の有頂天は異常、誇った有頂天は卑しさが涌きあがり、ヒトの心軸が怪しく揺れて割れ、政の軸と性の軸が錯綜、律の軸がそれらの情欲に塗され、為政の軸足にソントク・ツゴーの心情を湧かせます。治世なんて漢字を使って云っても実態のない騙しに疼くタダの観念、ヒュポケイメノンを論じれば論理が笑い声を漏らし哭きかねません。いろは会話の日本語に混ざった漢文・漢字、実体に反するカタチを山岳・列島の内に遊ばせ、意の異を切ったアジアの一番手も文明開化が、二ハン談合・絶対独裁のもとで歪められ、借り物の空の観念がコッカ・権力を空洞を脅して響かせたため、降伏しないそれに原爆二発がを浴びせられ、アジアはヒトつなりを棺桶に納め、空っポには反省が起こらず、世界の奇蹟・自由貿易にも待ち伏せたデフレ30年に捕まり、富裕リッチのポピュリズムはサボタージ・権力に囚われ、心軸の無い怖い空洞が囲む自由貿易から直撃されました。芭蕉や一茶・良寛は、ソントク・ツゴーの情欲に流れ、心情が理不尽に乱れることに気づき、禁欲を時事に折り込む日本魂を5・7・5…最小にして最大、最短にして最長…の俳句に納め、感情を拭い去る言葉のその真髄に到達、感情を誘い乱れる元になった漢文・漢字を日本語の中枢から除外しました。しかしそれに頓着しないのがニッポン文学。お節介は世の中のにウソや騙しの毒を流す、そうアピールした漱石の虞美人草は、不発。シャッキン1000兆円が吐いて造った厚い瘡蓋は、勤勉で誠実を誇った山岳・列島の血潮を薄め、デフレ30年の加重を掛け、押し潰します。
束ね詰まれる借用書のその紙切れの書き換えを武士に向かって拒否、商人は信用商売の厚い広がりを誇り、金貨の小判・大判を借用書の書き換えに要求、どこでもどこにでも露われる権力・オフィサーたちの権力・ジゴロ、責任の及ばないポピュリスト・ポピュリズムを撒き散らし、民の対立心を臆病の中に誘います。衆愚は恭順の裏返し、‘衆愚’の陪審制がコッカの正義を判断、権力・司法を束ねるカスミ我セキ・独裁は野心・カニバリズムがコッカ・権力の内を疾しる蛮・族の呪いです。一気書きは、ココでブレーキ、お寄りの折りは、お気に召すまま、コメントは、まったく自由です……丈司ユマ

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   対等の花が咲く山岳・列島のあわれや、もののあわれ。
   書くことや喋ることは、意志そのものの現れと思われていますが、言葉の世界では、意志のそのままが書かれず、お喋りされないことがホトンどであるのに、言葉の裏に意志が退き隠らされ字面の表に現されていないのだとは、気づかれません。
   意志とは何か、外の表に向かって現す意志は、紛れもない自分自身なのに、字面の世界や議論の世界では、意志がその裏にも曲げられネジられ、明暗を衝く二股使いの曖昧が常套に蔓延り、恭順や反対に向かって意志が錯綜し言葉の裏に隠されます。
   嘘とは何か、嘘がなぜ自然を装って八方に吐かれつづけるのか、哲学すら嘘を捕まえ真実から区別できず、ソクラテスを刑死させた体験すら解かれず不幸の再現を阻めず、戦争を幾多もリピート、人殺しの大量・死が歴史の中に放ったらかされます。
   吐かれた嘘を承ける言葉で解明できず、嘘の論を分析し解明し嘘の論の嘘を成敗できないのが言葉の世界です。どの言葉や発言が嘘であるのか、嘘を認識できず嘘を指摘できませんでした。奇蹟と嘘は、こころのコイン。言葉の無力が、法治社会を覆い、嘘のトクがヒトの欲を渇望させ、嫉妬の欲を根絶やしにしません。
   編み出された弁証法を駆使しても、嘘は嘘のまま、ホントーの顔をしてホントーの中に紛れます。仮面がパーティーの主役となる仮装パーティーが、欧米社交の中心のヒトつになれば、山岳・列島には狂言が興り、能がこころの世界を演じ、仮面に代わり、化粧で固めた歌舞伎の前は、人形浄瑠璃の素顔が一世を風靡したように、真実の噺や真実を貫く面白くもない咄を後に斥け、嘘が活躍するこころの二面性に、胸一杯の熱気を陶酔のスポットに充たし、嘘まがいの実話に、ドラマを組んで楽しむエンターテイメント、嘘抜きのドラマに広い興味が惹かれることはありません。
   正義も哲学中の難題のまま、なにが正義であるか解明されず解かれた名言を書き取れず、述べられず、契約のトップに捕囚した自由がロールズの部分正義を囃すまま暴走、金融大騒擾を大爆発させたのに裏切った嘘には大学連山は知らん顔、白熱・教室が解釈のあれやこれやを沸かすだけ。
   正義も自由も意志の表に現したいのに、沈黙の中に閉じこめられ、正義は主張されずに自由から切り離され、統合・統治の外に放っておかれます。権威と闘い、観念にむしゃぶりつき、薄弱意志に肘鉄を食らわせ、マル暗キする条件反射の中、砂粒を型の中に押し固めた観念や権威の生そのものの脛を蹴り上げ、生意気を誇った保守・江藤淳の急所・意志薄弱に襲いかかった吉本隆明の芸術言語、野心・カニバリズムには迫れなかったにしても、唯一無二を煽って空威張りする観念は、有害の毒を水俣に流し、エイズに流し、ハンセン病に流し、山岳・列島の科学は嘘好みの想定・談合に代わられ、森林太郎にはじまった反科学はとうとう被爆に被曝を継がせ、悪のエンドレスに嵌った統合失調を、恥じらいもせず世界に披露しました。貴族をキゾクならしめた欧米の貪欲・カニバリズムや、皇帝に恭順せず闘魂の絶倫を誇った孔子の人肉喰、中庸に届かない嘘好みの薄弱意志は、山岳・列島のソントク・ツゴーに割り込む野心・カニバリズム、豊満リッチの拡大格差を煽り、フンドシ・皇帝の口泡を吹き、想定の短刀を刃に奮い暴れました。
  デフレ30年は、権力・ジゴロらのポピュリスト・ポピュリズムが囲むもの。1000万人・かすみ我関のウソ八百に挑む橋下徹チヂ・シチョーが統合失調に民主々義のメスを立てます。
   対等の扉ですから、扉の外には、時局の嵐が吹き荒れます。感情の内と外を擦れチガわせ、気を揉ませながら、対等の扉はカンタンに開きません。裂かれたGDPの烈風が吹き、異常な千の風が渦をマくので、身の交わしようがなく、嵐の中に眼を閉じて立ち竦みます。墓が見えません、墓は幽む向こうです。
    言葉を掠った千の風、風に舞い、風の中に甦る、読み人知らずの魂。
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風になって あの大きな空を 
吹きわたっています…………、千の風に舞い 千の風に名残り
無の風に吹かれ 名残りを涼しげに舞う 虞美人草の風
夏目漱石を吹き抜ける お節介の眼は 千の風に舞い 
風に運ばれ 幽んで消えるお節介の眼 そこに私はいません 
眠ってなんかいません 私の前で 泣かないでください

吐血に苦しみ 神経衰弱に鬱ぎ 傷んだ夏目漱石のこころ
お節介の眼から解かれ 虞美人草の風邪にのり
自由が意志へ 里帰りました
眠ってなんかいません 私の前で 泣かないでください

幼児から青年を終わる24才まで、夏目漱石を苦しめ、
細く渦まくお節介の長い眼、転々とする養子、里子に注ぎ、
喜びを鎖し、優しさに飢えさせ、云われるままに
その余りを噛むご飯の不味さ、
眠ってなんかいません 私の前で 泣かないでください

光る眼の下で、雁字搦めにしたお節介 こころはささくれだち、
閑かなひと時に包まれるのは、字を読む言葉の空の下だけ
知を結ぶ優越に当たって刺さる冷やかさ、時をおかず芯を抜かれ、
ふにゃふにゃに萎む自由・意志の 寂しい侘びしさ、
不自由が急かす自由はこころをキツく締めつけ、狡賢いひとの眼が
素早く自由を切り分け、丸まるのひと時を与えず、こころは
常にボロボロ、不自由の切れ目に匂い立つ、虞美人草の艶やかな芳り、
芥子の深遠を掴み東大で手にした転職の自由・意志、
眠ってなんかいません 私の前で 泣かないでください

初めもそれは、独立の意志を虞美人草の謎に託した自由・宣言、
正直に撤し素直を温め意志の自由に迫る厳しさは足らず、
言葉を束ねて結ばず、臥せる子規の眼から授かった、
不足の足しを、我が輩の猫に焦がし、自由・気侭な自由を愛でて拝み、
先行く眼は子規のヒトつ、こころの神経を自前のとおりに温めます。
傷んだこころを鼓舞する意志は、初めて自前に細工の流々を秘め
道具使いの快速・自在を確保、ややこしい字句の輪郭を
虞美人草で彫り揃え、こころの謎を字句にキッチり囲わせ、
霊に傾ぎよそ見する小泉八雲の裂ける意志を騒がず、
日本語と英語を串刺し 東西の魂を虞美人草の開化に供えます
   眠ってなんかいません 私の前で 泣かないでください
   ∈ぬす人の記念の松の吹おれて…
         骨を見て坐に泪ぐみうちかへり(芭蕉)∋
                        つづく
          つつしんで  丈司ユマ
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  ☆☆ オズカスの卑を霧散させ、
     津軽の顔を造ろうとした太宰、
     人情の壁は厚く、卑しさに隠る
     強情な退屈の意固地に屈し、
     故郷を思い思う心情は
     卑屈の中で乱れました、 
   待ち構えるのはHUMAN LOST・1936年 ☆☆

 神妙になる図を読まされるに及んで、思うようには一人前に自律しないオズカスの奴隷並みの身を腐し、思い思う矛盾が詰まされるその苛烈さを偲ばせ、シノニム・アントニムを斬り分けて聖書を読み、俳句や和歌にあわせ賛美歌を愛し、引用までする太宰が、時代の顔となりつつあるキリシタン4人組・新渡戸稲造・内村鑑三・矢内原忠雄・南原繁のクラークを拝む大志のまるごとを、無視・黙殺・黙過して堪える…矛盾の退屈…が逼迫、あらためてHUMAN LOST・1936年のメモランダムに、正気のその沙汰を思い知らされ、骸になる意識の想定が音を立てて歯車列を回し軋ませ、敗け戦の厭戦に打ち拉がれる心情を伐り立てます。
 受賞の競いを有利にしない卑屈の退屈が書かれて読まされれば、巨きなサロンを開いて小説の神様を自負する志賀直哉の毒牙に掛かり、練りが足りないと蔑まされ除け者にされるのは当然の成り行きになります。尊ぶ観念を根刮ぎに消す太宰の詰めは、世の受賞・意識に油を注ぎ燃え上がらせるもの。
 おクニの大事を練りあげる志賀のその観念が火炙りにされるのですから、志賀を批判する一文を太宰の作品から読んだ直哉が、舞い上がって怒り、文壇から追い出しを謀るのは、サロンの主には当然というわけです。
     ☆☆ 敬う観念の否定は主の否定 ☆☆
 敬う観念の否定は主の否定、列島は言葉の不当を罵倒して急せ、観念を絶対と仰がせ、上意・下達の下責め・意識が、列島を観念で狂わせました。誤解を上積んで手抜かりしたとは、直哉をへつらい諂う取り巻きが付け足す、架空の言いぐさ、陶酔する観念が緩み、陶酔が純粋を譲り、退屈を純化する陶酔の裏腹は不能・不可の一徹、強情な退屈が融けて消えようとは微塵も考えません。退屈に砕かれ心が荒廃に襲われると、優しさの名残る思い出が涌いて浮かび、閃輝暗点、ヒステリーの激情が迸り、退屈する心を重々しく締めあげます。自責の念が粉々に飛び散り、自己・嫌悪が退屈をいっそう意固地にさせます。
 退屈から脱しようと、誘って向かわせる先はネオンの明かりと酒の臭いや色の香、赤提灯が不思議な光でいじましさを集め、悍ましさを執・拗させます。ゲーム感覚なら川端康成を友連れに、不滅の精霊が集う雪国の、執拗なる鎧亜の牢獄。退屈の怖さに気づいたら、若冲のミリ画・絵画を飽きて渇くまで眺めつづけ、見飽きない痺れに縛られる秘の秘を会得したら、万事上々、しかし太宰治は江戸時代の若冲を知らず、地元の絵師に執拗に拘りました。
 観念は退屈を呼んで退屈を硬め、不慟の観念が退屈を意固地にさせ、行動の停止する退屈が行動を止めた人の後ろ髪を曳き、自発・意志の不動へ人々を鎮め、怖いものを疎んじ怖いものから遠ざかり、知らぬが仏を極めるが、心の中に入った退屈が人間に何をさせるか、 
美学の美意識なんて、日々・時々の口げんかを誘うだけで、褌が赤かろうが白かろうが、汚れていようがフルチンだろうが、日常の列島にはなんのトクもソンもなく、ツゴーも傷つきません。薔薇好みで、終戦や敗戦が嫌忌される図は、大人になり損ねたマル暗キ・正義のなれの果て、マル暗キの言葉が何に反応して飛び出したか、それを考えるなら、観念の陶酔を甘味と崇めず、甘味のそれを裂いて割り、観念の悪用や乱用を戒め、外国に向かって手抜かる無警戒・無防備の観念を、国際・情報の中で、綿密に分析・構成しなければ、真実や真理を失します。真実や真理は、観念の中から産まれる訳がありません。伯仲戦なら敗けないというのは観念で、勝ちや敗けの真実や真理は、観念通りにいきません。想定の観念なんて、反対意見を締め出して半数未満に抑えれば、何でも観念になります。この愚を案じ、俳人は想定の忌まわしさを指摘、
     ∈下々も下々下々の下国の涼しさよ∋一茶。
 列島を覆う巨大な退屈を書いて示す、その作品が泡沫のような津軽から出現した事態は、蝦夷やアイヌを片づけたように、受賞対象にしない封印を志賀の天下に示させました。読み手を陶酔させる観念こそ、おクニを大事にさせる作家の義務であって、義務を果たさなければ、正統に与されないばかりか、異端の枠に封じられるという、卑屈・排斥の文学・権力です。惨敗しム知のム恥を上塗りし、敗ける敗けのその重大・結果には、志賀は責任を感じて示さず、ハワイの米海軍を布告のどさくさに紛らわせる、テロ攻撃、敗ける侵略に米の返り討ちをセットしたム理ム徒の敗北は、初めのその時から終いを見ずに分かり切っていたのですから、文壇がコクみんのおクニを意識したなら、列島の大都市が次々と大火災に包まれつづける頃、降参しかない降参をおクニの大事に選ばず、最悪の観念へ無理解のまま奔走、20万人を死なせた沖縄決戦は、時間稼ぎの大儀を3月ほどで分解し何の役にも立たず、大空襲が始まった列島は騙しが事実となった本土決戦を布告、被爆の歴史を墨書させました。志賀の手には、降伏を拒む日本人200万人の喪失と原爆二発が残されましたが、怒りを舞い上がらせた気配はありません。文字には怒り、事実には沈黙、練りを誇る志賀の思い思うおクニ大事は無想・分解、原発の放射能・被爆が空前の三発目になります。
     ☆☆ またまた…反省…がない ☆☆
 またまた…反省…がないのは、太宰がエグって示した卑屈の退屈を思い起こせば、ごく当たり前な成り行きになります。‘は’より‘が’がいい‘が’より‘は’がいいと会議・決裁して散会した原子力安全委員会の斑目春樹が‘云った’‘云わない’の喧嘩は何だったのかと大向こうの罵倒を追加、志賀直哉・流の言葉・権力が国際の中で、よちよち一人歩きするのを、殺される退屈を拒みぼんやりしながら、骸の太宰のように眺めさせられます。観念に、真実も真理もなく、正しいもマチガいもなく、観念はソントクツゴーの神々を取っ替え引っ替え盥回しする、その限りのもの。
 最后に訪ねた津軽で、卑屈が刺戟され、思い思う意も異も故郷に黙過され、いじましい…退屈…のドン底から悍ましい現実を、直面させられる彼の眼には、津軽に来た一週間遅れの実家・訪問に、青空が仰げず、兄も娘婿も、オズカスを相手におお者の場を踏んで見せるばかりでした。成りすら酷いオズカスを易々と見下げ、カタチばかりの相好を訪問のそれに崩し、太宰を腐らせ、豪壮・屋敷を囲んで羨望する辺りの人目を充たせば、オズカスは退屈のそれまでの、それっ切りにされます。
 巨きな財をなし、束ねた多くの田畑を故郷に誇示する家主も養父も、嫡男の家族も、おクニ大事の観念のその筆頭なら、敬わされ、待ち構えたように絶対の服従を、オズカスに名残らせ、挨拶遅れの訪問はまさに退屈のその骨頂に吊され、なんのために故郷に戻ったのか。多くの人が思い思う故郷は、戸主・嫡男の掟の下では上・下が尖って刺さって痛く、故郷は遠くにありて思うもの……らしい。山岳の山河・森林が7割、がら空き海岸線・四周のその内・3割は、観念より地理と計画の理念がおクニの大事だと云うのに、凶作・干魃や風水震災害を相手に陶酔する、観念の飾り選びや観念の練りに思う思いを掛ける必要はないのに、内紛が列島の伝統です。
     ☆☆ 五百旗頭真が嘆く応仁のランは、
        治の情動・不安とそっくり、どちらにも
        足軽将軍・骨皮道賢が奔るようです ☆☆
 信頼されず盛り上がらず焦る復興構想会議の五百旗頭真議長、2011.5.13の記者会見で云うことは、応仁の乱(1467年)や戦国時代を振り返り、「国中が、血で血を洗う争乱で乱れに乱れた。今の首相がバカかどうかという問題のレベルではなかった」と絶叫。カンブが絡め取られたギ員ギ会とかすみ我せきの権力・争いが、責任を実感する人の前で、卑屈の退屈を底深く、縦覧させます。
 足軽大将・骨川道賢が、観念の一騎打ちに名乗りをあげ、うろうろする武士や武家の劣情が列島内に広められました、足軽大将が必要らしいと。責任を掛けて責任を果たす、逃れて条理に背を向ける卑屈の退屈は、列島の伝統となってリレーされつづけます。大本営が臆病の巣だだったなんて想像させないのが、観念がおクニに果たす観念の役割ですから、内政を越え侵略・植民を煽った和辻哲郎もキリシタン4人組・新渡戸稲造・内村鑑三・矢内原忠雄・南原繁も、足軽大将・骨川道賢の跡を追うのでしょう。大本営全権梅津美治郎参謀総長は…終戦は認めるが敗戦は認めない…とごね、責任・観念は薔薇の愛好家どまりでした。
    ☆☆ 津軽といふのは、日本全国から見て
        まことに渺たる存在 ☆☆
……芭蕉の「奥の細道」には、その出発に当り、「前途三千里のおもひ胸にふさがりて」と書いてあるが、それだつて北は平泉、いまの岩手県の南端に過ぎない。青森県に到達するには、その二倍歩かなければならぬ。さうして、その青森県の日本海寄りの半島たつた一つが津軽なのである。……
……金木の生家に着いて、まづ仏間へ行き、嫂がついて来て仏間の扉を一ぱいに開いてくれて、私は仏壇の中の父母の写真をしばらく眺め、ていねいにお辞儀をした。それから、常居(じよゐ)といふ家族の居間にさがつて、改めて嫂に挨拶した。……
……金木の生家では、気疲れがする。また、私は後で、かうして書くからいけないのだ。肉親を書いて、さうしてその原稿を売らなければ生きて行けないといふ悪い宿業を背負つてゐる男は、神様から、そのふるさとを取りあげられる。所詮、私は、東京のあばらやで仮寝して、生家のなつかしい夢を見て慕ひ、あちこちうろつき、さうして死ぬのかも知れない。……
……ひるすぎ、私は傘さして、雨の庭をひとりで眺めて歩いた。一木一草も変つてゐない感じであつた。かうして、古い家をそのまま保持してゐる兄の努力も並たいていではなからうと察した。池のほとりに立つてゐたら、チヤボリと小さい音がした。見ると、蛙が飛び込んだのである。つまらない、あさはかな音である。とたんに私は、あの、芭蕉翁の古池の句を理解できた。私には、あの句がわからなかつた。どこがいいのか、さつぱり見当もつかなかつた。……
      ∈花の月とちんぷんかん浮世かな∋一茶    つづく
              つつしんで  丈司ユマ
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 敗戦を前に自己問責の旅、字面の観念を消しカラ函・コッカを無視・黙殺した津軽、中国大陸を前に生誕100年の太宰治は忙しい

 12月8日の正義と微笑で立ち上がった太宰治さん、敗戦を前に、自己問責を旅し、津軽で字面の倫理や風土やキリシタン4人組を、無視・黙殺。
 内気の正義と微笑、父に疎、母に遠、使用人になつく空ッポのその大豪邸、世話するたけに親しむ躁、鬱が炙る正義と微笑は、津軽で自己とそのフロンティアを悟りました。
    ☆☆ 字面の現実、虚けの洞察 ☆☆
 字面の現実を書き、書いた字面の中に埋没し、自己をその中に閉じ籠め、外界の律動を感じながらしようとすることと云えば、字面のその観念に拘り、意の異の字面を表に並べること。
 自・他の意志を意思・意識の中に紛らわせ、裏を構え、オール・オア・ナッシングに慄える本心は、その裏に退き隠らせ、気取る表を虚勢で飾り、一意の意すら現実から滑り落とし、字面にバラした意思・不明を、意の異を異の意のように混ぜ合わせ、正統と異端の弁を表に涌かせ、上意の想いをその下達の恭順によって天下にアピール。
 言葉のその挙げ足取りを、囚りこの囮にさせまいと踏ん張って誠実も強情を張り、談合・密会の内は現実・感より、字面の事務・現実が狡猾・支配、書き表されるソントクツゴーのその順番・表が、上意下達の上意を固めるという、超然の無謬・現実を字面で迫り立たせ、脇道に逸れた二ハン頂上談合体制の、その多勢に無勢の少数・志向は、関心を持たれず、情報のない孤立を唯々諾々させました。
    ☆☆ 対等の平等 ☆☆
 対等の平等は、寄って集った談合・密会の中で凸凹に歪められ、中抜きされて空ッポ、早い者勝ちを唸らせるそのソントクツゴーから外に押し流され、狡猾の中で消滅、瀕する貧に揉まれるヒトビトの中で、対等の平等が閉じこめられ引き継がれました。急進する中国大陸と競るには、字面の優越・観念に頼るより、対等の平等の中で思いの丈を募らせ、誠実を連ら抜く強情を前面に出す方が確実にトク。
    ☆☆ 多様性が促す個人の影は、高く長く ☆☆
 個人の影を高く長く伸ばし、コッカ権力がリアリティを字面に埋めカラ函・コッカのその無を露呈させても怯まず、競争リスクの最前線に立つコクみんのエネルギーは本物のダイナミズム、創意・創作を産んで励むそのの狭間、器用仕事の領域こそ、個人あってコッカの中実が詰められる現実・フロンティアです。
 富めるニッポン人の動機は、ソントクツゴーの一色に染まって変質、それを裏に退き隠らせる狡猾が縦長の上意下達に沿わせ、知の秩序の外観を痴で飾ります。
 表書きのその字面の中に呑み砕き、隠然を極めてもそれは米大陸を見るように、衰退の兆し。サンデルさんが焦って焦れても、失われた狭間の復活は、ありません。上意を上意と黙する小さな談合・集団が、近代化に背を向けさせ、…山県有朋1899年のコームいん集団…が、中抜き、カラ函・コッカを寡占しました。
    ☆☆ 早死にし若死にする 対等の平等 ☆☆
 文明開化の三志士松陰・龍馬・晋作が早死にし若死にしたあと、対等の平等は文明開化から蒸発して消え、337藩と二ハンの手がコッカ社会コクみんのコクみんを、瀕する貧に閉じこめ、粥を啜る裸足や草履足を痛めさせます。富国強兵のカラ函・コッカは軍拡のシャッキンを詰め、対等の平等を追い出した中抜きのカラ壜やカラ缶、囮の囚りこにした富豪はカラ樽やカラ荷を集めたところで、軍国主義のミクロ全体主義が独占した、カラ函・コッカは知の痴を募らせ、尻に火が点いたその苦し紛れを、港の機能をイギリスに占拠され鈍重をのたうつ清朝の中国大陸へ向けました。
 とうとう対等の平等は、日本狭小列島の現実の中で踊ることが、叶われませんでした。挙国一致のチッさな全体主義は無勢、多勢のコッカ基盤はその対等の平等をカラカラに干されて消され、ソントクツゴーの色香に掠め取られたカラ函・コッカは、マチガいだらけの痴を走らせ、日本辺境を深く掘り下げました。旧来の格差・意識を鼓舞する、チッさな全体主義へ、理念を捨てて坂の下へ転がり落ちました。
 貧と富が裁いた真剣勝負と手柄勝負、その結果は、勝ちの名を与えた日露戦争がコッカの疲弊を促し虚けを隠させ、カラ函・コッカを卑劣の痴の果てに引きこめさせれば、敗けの帝国ロシアが共産革命に揺さぶられ崩壊。
 期待が煽られ煽った戦争賠償は、日清戦争のその泥鰌2匹とは行かず、瀕する疲弊の中に、自重と酷税の懲役刑が科せられます。封じられた…げんろんの自由…に代わって、カラ函・コッカに付和雷同したマスコミが、…たわごとの自由…を囃し、日本辺境に隠る怠惰な大学連山の知を絞らせず、正統と異端の反動を画策、‘アジアはヒトつなり’を失敗したその強情は、対米戦争に傾斜、米大陸を視界から消し、ハワイまでに限定したあまりに酷い痴は、ことなかれ事務・正義の八百長を破綻させます。愚々愚の…山県有朋1899年のコームいん集団…、権力を奮うなかれ、傭兵の貧相を知って、シャッキンを詰み上げるなかれ。失敗の置き土産は、急進・中国大陸に呑まれる、その手土産の朝貢・策。被占領策の手土産で成功した、米大陸とオナじかチガうか。
  ☆☆ 朝貢のテスト かすみ我せきのシャッキン・釈明 ☆☆
 朝貢はかすみ我せきの服従だから、傭兵を継いだ親衛隊・ミン主トーが、裏切って背を向けた…コームいん改革…の完成を、廃の派遣再雇用で実現させるかも。
     ☆☆ 太宰治さんの正直と素直 ☆☆
 なるに任せる列島・日本人のダイナミズム、神仏融合に徹した後、廃仏毀釈で脇に追いやる仏も神も頼むその限り縁、奇蹟を想い浮かべ篤いその信仰心から死の復活を人生に悼む永久の信仰に刻む深い陶酔、正統と異端を口外に沸きたたせ、多勢の無勢を惹き立たせ、ヒトリになることを拒むその誠実はことなかれ事務・正義に献げ、責任を逃れた無責任を謳歌、日本・ダイナミズムは、瀕する辛苦を手懐け誠実を連ら抜く強情がその正体。
津軽を書いたのは、無謀・開戦の直中、1944年・昭和19年36歳の時でした。
 太宰治さんは津軽の前に立ち、蝦夷を字面に配し、ヒトの代とヒトの格差・差別に想いを馳せる、風土・地政学のこころえは、気づけば、蝦夷を字面に滑らせ和辻哲郎の暈かしを埋めた唯一の本格物でした。日本狭小列島のフロンティアは、カラ函・コッカが背を向けた日本の現実、心理の綾では太刀打ちできない現実、臆病を裏づける表の裏は、……そのペエジには次のやうな、津軽凶作の年表とでもいふべき不吉な一覧表(58件)が載つてゐた。
  元和一年  大凶  元和二年   大凶  寛永十七年 大凶
  寛永十八年 大凶  寛永十九年   凶  明暦二年   凶
     (跳んで飛んで)
  天保十年  凶  慶応二年   凶  明治二年    凶
  明治六年  凶  明治二十二年 凶  明治二十四年  凶
  明治三十年 凶  明治三十五年大凶  明治三十八年 大凶
  大正二年  凶   昭和六年   凶  昭和九年  凶
  昭和十年  凶   昭和十五年 半凶
 津軽の人でなくても、この年表に接しては溜息をつかざるを得ないだらう。大阪夏の陣、豊臣氏滅亡の元和元年より現在まで約三百三十年の間に、約六十回の凶作があつたのである。まづ五年に一度づつ凶作に見舞はれてゐるといふ勘定になるのである。さらにまた、N君はべつな本をひらいて私に見せたが、それには、「翌天保四年に到りては、立春吉祥の其日より東風頻に吹荒み、三月上巳の節句に到れども積雪消えず農家にて雪舟用ゐたり。五月に到り苗の生長僅かに一束なれども時節の階級避くべからざるが故に竟に其儘植附けに着手したり。然れども連日の東風弥々吹き募り、六月土用に入りても密雲冪々として天候朦々晴天白日を見る事殆ど稀なり(中略)毎日朝夕の冷気強く六月土用中に綿入を着用せり、夜は殊に冷にして」……。
 とうとう蝦夷に遡った津軽を前にしても、ゴスペルは黙視されて聴かせず、バイブルは黙殺されて開かず、チャペルも教会も牧師すら現れず、早りの無教会の影すら引かず、字面の津軽は、こころを固めた造り物のそれらは出所・不明に掻き消され、滅ぼされた蝦夷と養子入りのゼロから金貸商に転じ有数の田畠を金木の天空高く叩き詰み、西洋レンガ壁で囲んだ豪邸が、やがて迎えるその斜陽を仰ぎながら佇み、こころを囲むフロンティアの荘厳な険しさに伏しました。刻々と迫るのは、メモランダムに事前承諾した、HUMAN LOST・1936年のその人生・末、たけにも会って心残りを一括・消去、閑かに向かって人生・末に臨みました。
 あまりにも正直なこころの内を、書き連ねた字面の清々しさ、しかし気取る威の外にジ我ジ尊を飾り立てた文人の虚けは、代々の月日に追われムカシに消えたソントクツゴーの時の時めき、素直なこころの外に瀕するそのウソ八百を励まし、磨き鍛えられたダイナミズム、いよいよ、急進する中国大陸に向かって、よよと崩れ、変転自在の誠実を連ら抜く強情で、個の闘いに巻きこまれます。もちろん敗けなどないのが、コームいんの威勢を眼に入れず、個の時空に器用手先を活用、個は個をもって多様性に挑み他の個に親しんで我境の境を打ち立て、日本狭小列島をそのまま狭間に持ちこみ、里山の公正で自由な公平や平等を涌き清水のように濡らし、殺しのソンに瀕させ、共存のトクに瀕させ、カラ函・コッカへ向ける憧れとは別に、個の固有の自・他の個をジ我ジ尊の渦に巻かせます。つづく
    つつしんで……丈司ユマ
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