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			<title>おおがいさんのトモダチ</title>
			<description>☆☆ 日本狭小列島といえば、栄枯盛衰をココロし、瀕する赤貧の闇に寄り添い、器用仕事の叡知を宙に轟かせ、傲慢・慢心の幾山河を越え去り、生き抜きました。
　世界一流の…公正で自由な公平や平等…が、平和に加勢するトッテ置キの武器。浴びせられた二発の原爆にメゲず、手に入れた平和憲法を、かっての敵の世界へ振りカザし、四海の国際貿易をＦＴＡに広げ、地球の奇跡を行き届かせます。
　核対決を尻目に沸いた焦土の民主・トルネードですから、非核・トラウマに疲弊する、米大陸のスーパー恐怖攻撃システムを解体に向かって労り、ペリーさんのように、厳かに友好アジアの風を尊んで親しませます。世界のコームいんの、その狡猾や裏切りを国際ボランティアが、民主公開のグリッド結合コンピュータで、仔細を交代・監督、猫ばばをジ画ジ賛する共同謀議の巣、事務・正義や自己勘定を、舐めるようにデジタル監視、ホイッスルは世界を慄わせて鳴り渡り、棄てられた正義と善を、汗して復活させます。
　世界は確立した日本狭小列島のその地政パワーに敬意を払い、一計100年うねり経済の中国大陸は、古代から21世紀へ復古、米大陸に肩を列べさせ、米ドルが中国元に寄り添い、野放図から自由を奪還、金融大騒擾の主犯、金融の契約…自己勘定…を、ソントクツゴーの神々から引き抜き、ヒト並みに御します。
　しかし、内需拡大が要求されるまま、“トロイの木馬”に運びこまれた…４０００兆円インフレ自爆デフレ…、毎年４０兆円、１０年通期４００兆円、信用規模の４０００兆円の深層崩壊に、打ち砕かれ、デフレは早20年、孤島・ピラミッドが自暴自棄の谷底へ崩壊、宮沢喜一・田中曽根内カクの、敗ける戦争の敗け自滅につぐ、自滅する自暴自棄の再燃ですから、もて余すデフレ禍は魔の真っ最中です。
　誠実がことなかれの強情を張って事務・正義にひきこもり、ロールズさんの…格差原理と公正な機会均等原理・1971年…に眼を傍立て、仲良しの相合い傘を妄想、中国大陸がその危うさに割って入り、反省しない列島の強情を万力で、挟撃します。
　無謀・開戦に向かって、正義と微笑を掲げた、太宰治さんの思いを忍ばせるように、サンデルさんが公開哲学講座に、正義と善を公示、慈しみを掛けて洗います。
　∋  愚々も愚々　愚々の愚コクの　嘘こもり　∈ユマ、微笑しながら、ああ賢人、
　∈　下々も下々　下々の下国の　涼しさよ　∋一茶　　☆☆ 丈司ユマ</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/georgeyuma</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>おおがいさんのトモダチ</title>
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			<description>☆☆ 日本狭小列島といえば、栄枯盛衰をココロし、瀕する赤貧の闇に寄り添い、器用仕事の叡知を宙に轟かせ、傲慢・慢心の幾山河を越え去り、生き抜きました。
　世界一流の…公正で自由な公平や平等…が、平和に加勢するトッテ置キの武器。浴びせられた二発の原爆にメゲず、手に入れた平和憲法を、かっての敵の世界へ振りカザし、四海の国際貿易をＦＴＡに広げ、地球の奇跡を行き届かせます。
　核対決を尻目に沸いた焦土の民主・トルネードですから、非核・トラウマに疲弊する、米大陸のスーパー恐怖攻撃システムを解体に向かって労り、ペリーさんのように、厳かに友好アジアの風を尊んで親しませます。世界のコームいんの、その狡猾や裏切りを国際ボランティアが、民主公開のグリッド結合コンピュータで、仔細を交代・監督、猫ばばをジ画ジ賛する共同謀議の巣、事務・正義や自己勘定を、舐めるようにデジタル監視、ホイッスルは世界を慄わせて鳴り渡り、棄てられた正義と善を、汗して復活させます。
　世界は確立した日本狭小列島のその地政パワーに敬意を払い、一計100年うねり経済の中国大陸は、古代から21世紀へ復古、米大陸に肩を列べさせ、米ドルが中国元に寄り添い、野放図から自由を奪還、金融大騒擾の主犯、金融の契約…自己勘定…を、ソントクツゴーの神々から引き抜き、ヒト並みに御します。
　しかし、内需拡大が要求されるまま、“トロイの木馬”に運びこまれた…４０００兆円インフレ自爆デフレ…、毎年４０兆円、１０年通期４００兆円、信用規模の４０００兆円の深層崩壊に、打ち砕かれ、デフレは早20年、孤島・ピラミッドが自暴自棄の谷底へ崩壊、宮沢喜一・田中曽根内カクの、敗ける戦争の敗け自滅につぐ、自滅する自暴自棄の再燃ですから、もて余すデフレ禍は魔の真っ最中です。
　誠実がことなかれの強情を張って事務・正義にひきこもり、ロールズさんの…格差原理と公正な機会均等原理・1971年…に眼を傍立て、仲良しの相合い傘を妄想、中国大陸がその危うさに割って入り、反省しない列島の強情を万力で、挟撃します。
　無謀・開戦に向かって、正義と微笑を掲げた、太宰治さんの思いを忍ばせるように、サンデルさんが公開哲学講座に、正義と善を公示、慈しみを掛けて洗います。
　∋  愚々も愚々　愚々の愚コクの　嘘こもり　∈ユマ、微笑しながら、ああ賢人、
　∈　下々も下々　下々の下国の　涼しさよ　∋一茶　　☆☆ 丈司ユマ</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/georgeyuma</link>
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		<item>
			<title>虞美人草に燻って焦げるお節介の不快・迷惑２/２</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/158567/24/53609024/img_0?1347665522&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/158567/24/53609024/img_1?1347665522&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/158567/24/53609024/img_2?1347665522&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;虞美人草に燻って焦げるお節介の不快・迷惑２/２&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;	…おい、今から休息しちゃ大変だ、さあ早く行こう…。&lt;br /&gt;
　愛される心地の中ですから、佇んだ思い思う咽びが、生の初声を耳に訊かせ、アホが響く下品を口にさせないはず。相続・戸主のワンマンに吐かせる、唯一無二の肉声なら、誠実な徴集兵士は雑兵にされる死の運命を、背に科せられ、無常の中に囚われ鎖ざされざるをえません。&lt;br /&gt;
	…「君はあの山を頑固（がんこ）だと云ったね」と聞く。&lt;br /&gt;
「うむ、動かばこそと云ったような按排（あんばい）じゃないか。こう云う風に」と四角な肩をいとど四角にして、空（あ）いた方の手に栄螺（さざえ）の親類をつくりながら、いささか我も動かばこその姿勢を見せる。&lt;br /&gt;
「動かばこそと云うのは、動けるのに動かない時の事を云うのだろう」と細長い眼の角（かど）から斜（なな）めに相手を見下（みおろ）した。&lt;br /&gt;
「そうさ」&lt;br /&gt;
「あの山は動けるかい」&lt;br /&gt;
「アハハハまた始まった。君は余計な事を云いに生れて来た男だ。さあ行くぜ」と太い桜の洋杖（ステッキ）を、ひゅうと鳴らさぬばかりに、肩の上まで上げるや否（いな）や、歩行（ある）き出した。瘠（や）せた男も手巾（ハンケチ）を袂（たもと）に収めて歩行き出す。&lt;br /&gt;
「今日は山端（やまばな）の平八茶屋（へいはちぢゃや）で一日（いちんち）遊んだ方がよかった。今から登ったって中途半端（はんぱ）になるばかりだ。元来（がんらい）頂上まで何里あるのかい」&lt;br /&gt;
	…「頂上まで一里半だ」&lt;br /&gt;
「どこから」&lt;br /&gt;
「どこからか分るものか、たかの知れた京都の山だ」&lt;br /&gt;
　瘠（や）せた男は何にも云わずににやにやと笑った。四角な男は威勢よく喋舌（しゃべ）り続ける。&lt;br /&gt;
「君のように計画ばかりしていっこう実行しない男と旅行すると、どこもかしこも見損（みそこな）ってしまう。連（つれ）こそいい迷惑だ」&lt;br /&gt;
	…「君のようにむちゃに飛び出されても相手は迷惑だ。第一、人を連れ出して置きながら、どこから登って、どこを見て、どこへ下りるのか見当（けんとう）がつかんじゃないか」&lt;br /&gt;
「なんの、これしきの事に計画も何もいったものか、たかがあの山じゃないか」&lt;br /&gt;
「あの山でもいいが、あの山は高さ何千尺だか知っているかい」&lt;br /&gt;
「知るものかね。そんな下らん事を。――君知ってるのか」&lt;br /&gt;
「僕も知らんがね」&lt;br /&gt;
「それ見るがいい」&lt;br /&gt;
「何もそんなに威張らなくてもいい。君だって知らんのだから。山の高さは御互に知らんとしても、山の上で何を見物して何時間かかるぐらいは多少確めて来なくっちゃ、予定通りに日程は進行するものじゃない」&lt;br /&gt;
	…「進行しなければやり直すだけだ。君のように余計な事を考えてるうちには何遍でもやり直しが出来るよ」となおさっさと行く。瘠（や）せた男は無言のままあとに後（おく）れてしまう。&lt;br /&gt;
　春はものの句になりやすき京の町を、七条から一条まで横に貫（つら）ぬいて、煙（けぶ）る柳の間から、温（ぬく）き水打つ白き布（ぬの）を、高野川（たかのがわ）の磧（かわら）に数え尽くして、長々と北にうねる路（みち）を、おおかたは二里余りも来たら、山は自（おのず）から左右に逼（せま）って、脚下に奔（はし）る潺湲（せんかん）の響も、折れるほどに曲るほどに、あるは、こなた、あるは、かなたと鳴る。山に入りて春は更（ふ）けたるを、山を極（きわ）めたらば春はまだ残る雪に寒かろうと、見上げる峰の裾（すそ）を縫（ぬ）うて、暗き陰に走る一条（ひとすじ）の路に、爪上（つまあが）りなる向うから大原女（おはらめ）が来る。牛が来る。京の春は牛の尿（いばり）の尽きざるほどに、長くかつ静かである。&lt;br /&gt;
「おおい」と後れた男は立ち留（どま）りながら、先（さ）きなる友を呼んだ。おおいと云う声が白く光る路を、春風に送られながら、のそり閑（かん）と行き尽して、萱（かや）ばかりなる突き当りの山にぶつかった時、一丁先きに動いていた四角な影ははたと留った…。&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　思い思う生は、生殺しの生に貼り合わせれば、チガいの酷さが懐を抉ります。&lt;br /&gt;
　お節介に背を向け、お節介の外にスラッと出て麗しく美しい、藤尾の跡をなんにん仕留めるか、反応を見た漱石は、お節介の禍中に死を貼られ、死に向かう藤尾の独つに、咽ぶ一意の意の異を奉じ、生を絶つお節介の悲劇に荷担すれば、広がる悲劇のお披露目のお節介を断念、生殺しの延長から訣別しました。銀河鉄道の生は一本限り、大塩平八郎の乱は、鴎外の生で打ち切り。莫大な儲けの秘訣を父に尋ねなかった太宰治は、HUMAN LOST・1936年のメモランダムで６男・オズカスの正直や素直を堅め、未練の生を束ね５回目の心中で、思い思う屍の生を封じ、生殺しの悲惨な悲劇を賛美歌の中で絶ちました。&lt;br /&gt;
　お節介に燻る僻み（ひがみ）妬み（ねたみ）嫉む（そねむ）やっかみが、お節介を発揚、欲を自由のシンボルに篝る自由・知ら図の愚が山岳・列島を、漢字・観念の瓶詰めや缶詰にしました。欺し騙し瞞すウソ八百が、保守・傭兵ジ民トーの空に、入れ替て入れたのは、なち親衛隊・ミン主トーの虚空。&lt;br /&gt;
　燻る空・権力。マニフェストの中身はカン空・奸、4年をデフレ30年に収めたカン空奸の報酬・セッ取はカンワの逆手・増税が見返り。カラ壜・カラ缶や、カラ樽・カラ荷を詰めて集めた、カラ函・コッカはウソの効用を世界に知らせます。ヤキモチにスタンスを張る島田雅彦さんや斉藤環さん、お節介の猛毒を無心に呑み過ごして、驚かせました。	&lt;br /&gt;
　ウソ書き歴史に身を潜めるカスミ我セキ・独裁、山県有朋・由来のエイエンを目指すから、驚く。エジソン・フォード・ライトやヘレンケラーの20世紀・文明市場は、荷を失った機関・車をスローダウン、ギガ・ネット社会が継ぐ自由市場は、欲を制し、携帯電話の荷を募らせます。世界遺産が大穴を埋めると思うなら、泥沼の泥舟や泥縄ばかり、権力・ジゴロの背後からホロコーストが迫ります。&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;	…百折（ももお）れ千折（ちお）れ、五間とは直（すぐ）に続かぬ坂道を、呑気（のんき）な顔の女が、ごめんやすと下りて来る。身の丈（たけ）に余る粗朶（そだ）の大束を、緑（みど）り洩（も）る濃き髪の上に圧（おさ）え付けて、手も懸（か）けずに戴（いただ）きながら、宗近君の横を擦（す）り抜ける。生（お）い茂（しげ）る立ち枯れの萱（かや）をごそつかせた後（うし）ろ姿の眼（め）につくは、目暗縞（めくらじま）の黒きが中を斜（はす）に抜けた赤襷（あかだすき）である。一里を隔（へだ）てても、そこと指（さ）す指（ゆび）の先に、引っ着いて見えるほどの藁葺（わらぶき）は、この女の家でもあろう。天武天皇の落ちたまえる昔のままに、棚引（たなび）く霞（かすみ）は長（とこ）しえに八瀬（やせ）の山里を封じて長閑（のどか）である。&lt;br /&gt;
          「この辺の女はみんな奇麗（きれい）だな。感心だ。何だか画（え）のようだ」と宗近君が云う。&lt;br /&gt;
          「あれが大原女（おはらめ）なんだろう」&lt;br /&gt;
          「なに八瀬女（やせめ）だ」&lt;br /&gt;
          「八瀬女と云うのは聞いた事がないぜ」&lt;br /&gt;
          「なくっても八瀬の女に違ない。嘘だと思うなら今度逢（あ）ったら聞いてみよう」…&lt;br /&gt;
　お節介が、たわいもないお節介を、詰み上げねます。&lt;br /&gt;
	…「誰も嘘だと云やしない。しかしあんな女を総称して大原女と云うんだろうじゃないか」&lt;br /&gt;
「きっとそうか、受合うか」&lt;br /&gt;
「そうする方が詩的でいい。何となく雅（が）でいい」&lt;br /&gt;
「じゃ当分雅号として用いてやるかな」&lt;br /&gt;
「雅号は好いよ。世の中にはいろいろな雅号があるからな。立憲政体だの、万有神教だの、忠、信、孝、悌（てい）、だのってさまざまな奴があるから」&lt;br /&gt;
「なるほど、蕎麦屋（そばや）に藪（やぶ）がたくさん出来て、牛肉屋がみんないろはになるのもその格だね」&lt;br /&gt;
「そうさ、御互に学士を名乗ってるのも同じ事だ」&lt;br /&gt;
「つまらない。そんな事に帰着するなら雅号は廃（よ）せばよかった」&lt;br /&gt;
「これから君は外交官の雅号を取るんだろう」&lt;br /&gt;
「ハハハハあの雅号はなかなか取れない。試験官に雅味のある奴がいないせいだな」&lt;br /&gt;
「もう何遍落第したかね。三遍か」&lt;br /&gt;
「馬鹿を申せ」&lt;br /&gt;
「じゃ二遍か」&lt;br /&gt;
「なんだ、ちゃんと知ってる癖に。はばかりながら落第はこれでたった一遍だ」&lt;br /&gt;
「一度受けて一遍なんだから、これからさき……」&lt;br /&gt;
「何遍やるか分らないとなると、おれも少々心細い。ハハハハ。時に僕の雅号はそれでいいが、君は全体何をするんだい」&lt;br /&gt;
「僕か。僕は叡山へ登るのさ。――おい君、そう後足（あとあし）で石を転（ころ）がしてはいかん。後（あと）から尾（つ）いて行くものが剣呑（けんのん）だ。――ああ随分くたびれた。僕はここで休むよ」と甲野さんは、がさりと音を立てて枯薄（かれすすき）の中へ仰向（あおむ）けに倒れた。&lt;br /&gt;
「おやもう落第か。口でこそいろいろな雅号を唱（とな）えるが、山登りはから駄目だね」と宗近君は例の桜の杖（つえ）で、甲野さんの寝（ね）ている頭の先をこつこつ敲（たた）く。敲くたびに杖の先が薄を薙（な）ぎ倒してがさがさ音を立てる。&lt;br /&gt;
「さあ起きた。もう少しで頂上だ。どうせ休むなら及第してから、ゆっくり休もう。さあ起きろ」…。&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　	悦から離れ、侘び寂びにこころを広げた西行の名を控え、個の拗る私の悦を成敗の先に尊び、観念の先き迸りを妨げ、代わりに大原女の健気な清冽を眼前に拝み、お節介の出鼻を挫き、異変の侘びを信に諭す寂びこころ、調変の寂びを懐かしむ隣の侘びこころ、暗示の文法・律は、お節介の頭々を、寡黙の中に押しこめ、沈めました。嫌う対照を、文の嫌う限りにいたぶればいい（甚振る）、そんな考えを理解に持たない漱石ですから、お節介のドロップ・アウトは、読みながらお節介を認識するのも芳しくないレベルに低迷し、お節介に触れる鬱陶しさに迫られる思い思う徒労は、上手の手から零れて逃れ、軽い読みを貫く精一杯がその終わりを全うします。お節介が渦まく無人の駅舎に迎えられれば、万事休すです。&lt;br /&gt;
	…「誠に済みません。――親不孝な学問か、ハハハハハ」…、&lt;br /&gt;
序でに燻すお節介の半畳は、&lt;br /&gt;
	…「君白い帆が見える。そら、あの島の青い山を背（うしろ）にして――まるで動かんぜ。いつまで見ていても動かんぜ」…（停止する引用1/3の永遠回帰）&lt;br /&gt;
		つつしんで&lt;br /&gt;
				丈司ユマ&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;著作権</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/georgeyuma/53609024.html</link>
			<pubDate>Sat, 15 Sep 2012 08:32:02 +0900</pubDate>
			<category>写真</category>
		</item>
		<item>
			<title>虞美人草に燻って焦げるお節介の不快・迷惑１/２</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/1545289/01/53609001/img_0?1347664874&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/1545289/01/53609001/img_1?1347664874&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　お節介を集める虞美人草は、プライドの秀麗を、死の誘いに与らせ、人を死に行かせ、果てしない悩の中に沈み思い思う漱石は、お節介を止めさせようと、周りに迸る欲を猫の自由に代え、5・7・5の俳句を燻す子規の自由・意志を敬い、観念の煩わしさを掃き払って消し、イロハ会話の日本語を即天去私の境に蹲らせました。観念よさらば。&lt;br /&gt;
　叡山が聳え、大原女が瑞々しい清冽を運び、お節介の集まる虞美人草が秀麗を死の餌に追い遣り、悩む漱石は、鴎外のシャドーな二人三脚を浮かばせ、小林秀雄の一角ツノを咎めに蹲かせ、富裕の馴れ初めを尋ねられず、HUMAN LOST・1936年のメモランダムに向かって骸を結んだ太宰治を。納得の世界に並べます、世はインフレ自爆デフレの30年。&lt;br /&gt;
　デフレ30年は働かない知の瘡蓋、漢字・観念を唯一無二のガリガリ・ガチガチに固め、解釈や講釈のお節介を欺し騙し瞞す構えの囮に際立て、臆するひとが楽な安全・安心を信じる終の幻想。              &lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;	…見上げる頭の上には、微茫（かすか）なる春の空の、底までも藍（あい）を漂わして、吹けば揺（うご）くかと怪しまるるほど柔らかき中に屹然（きつぜん）として、どうする気かと云（い）わぬばかりに叡山（えいざん）が聳（そび）えている…、　侘び寂びの現実を真実の理に捉える叡山を心に描き、元来（がんらい）どこから登るのだ、そんな声を聞かせ、元来の云い詰めを空しい無の中にホドき、&lt;br /&gt;
	…見えてるから、好いじゃないか。余計な事を云わずに歩行（ある）いていれば自然と山の上へ出るさ…〈引用〉、&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　漱石はお節介の尻にケリを入れ、炙り出すお節介を、虚空・菩薩の中に納めさせました。虞美人草は思い思う生殺しの生ですから、お節介の根に張りつくなんて、滅相もない責めの締めを返上、吐血に苦しみ神経衰弱と闘う漱石は、お節介のお節介・回しを嫌い、こころに、硝子戸の中に、悪たれの折り紙を結びました。&lt;br /&gt;
　瀕する品乏の向こうに徳の侘び寂びを認識した、西行の名を控え表に使わなければ、すかさずお節介が割りこんで飛び入りする、ドコもカシコもドン・キホーテ。&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;	…どこから登ったって、同じ事だ。山はあすこに見えているんだから…と諌め、…随分遠いね。元来（がんらい）どこから登るのだ…、消沈させる会話は、神経質になれば尖って刺し返す、お節介の悍ましいコト初め。…どこから登ったって、同じ事だ。山はあすこに見えているんだから…、切り返してもお節介は黙らず、…「恐ろしい頑固（がんこ）な山だなあ」と四角な胸を突き出して、ちょっと桜の杖（つえ）に身を倚（も）たせていたが…、&lt;br /&gt;
　飽くなきお節介のお手盛りは、虚を重ね詰め、加害の蔦は伐られません。&lt;br /&gt;
	…あんなに見えるんだから、訳（わけ）はないと今度は叡山（えいざん）を軽蔑（けいべつ）したような事を云う…。&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　謙虚・忌憚のそこそこ、お節介の意固地は謙遜を踏みつけ、云い忘れず、イロハ会話の日本語に執着のキワみを尖らせ、お節介の矢が無遠慮に飛ぶ、日本語の歪みを律の漱石は忘れられず、コーム・シューダンから脱し、意の一意の異の意を忘れまいと、虞美人草の麗しい花を咲かせました。&lt;br /&gt;
	お節介の尻取りは、軽蔑するコトごとを賤しんで云わせ、情報をコトゴトく小言の中にカエし、権力の空っぽを脅すお節介の汀は、小言の上の空に満開するニッポン大学の辺境・魂。理解・不能な山岳・列島の観念を追ったラフカディオ・ハーン小泉八雲（1850～ニッポン・1890～1904年）、ギリシアのレフカス島に生まれダブリンへ移り、仏英米の流転を40才まで点々、山岳・列島に深く根づく源平・合戦の凄惨に、心を奪われ、ニッポン人の優しい大人しさに魂を出し抜かれたハーン、文法も要らない名詞句の漢字交じりを体得して受け継いだニッポンの悟り観念、仏英米のどの言葉にも実らない心のその不満は、耳成芳一の英訳・怪談に終の果てを体得したようです。&lt;br /&gt;
	しかし漱石は、沙翁（シェークスピア）の凄まじい葛藤ドラマに巻きこまれました。観念を棄てなければ、舞台のセリフが憶えられない。奇蹟を愛でるオトコ・オンナの淫を清冽へ指南した、源氏物語より遅く、15世紀に書かれた平易な舞台・言葉なのに、多民族に揉まれ骨の髄まで聞かせて利く英語の底深さ、沙翁（シェークスピア）に名残る観念は、優しく哀しい上に耳に響き、意味・無しの擦過・破裂音はタダ故のタダの狡猾・渦。&lt;br /&gt;
	刷りこみ習い倣う山岳・列島の漢字・観念ですから、石ころのように手から掌に転々と転がるその狭い心の厳さ、あって無いに等しい英文法の凛々しい日常・律の会話・一存が、一意の意を異の意に広げる人間らしさを、漱石の心に投じ、すべての含に出会い睦むそれを、見逃した八雲。山岳・列島のショアクは、漢字・観念の根源にあると、咽び偲んで帰コクした漱石。&lt;br /&gt;
　心を支配する東洋の漢字・観念、信を支配する西洋の会話・論理、沙翁（シェークスピア）に無かったニッポン会話は、誤魔化しの痛し痒しに埋まり、お節介の中に遊ぶ隙間だらけ、欺し騙し瞞すウソの終いが観念の中で、眠りに着きます。沙翁（シェークスピア）がヒトを殺さなかったヒトの死を要にしたのに、殺しを藤尾に兆す虞美人草は、底流に長けて渦巻くお節介の裏切り・本心を認識・証明。&lt;br /&gt;
	耳成芳一の隙に割り込み、人魂のようにお節介が募らせる騒ぎは、小言のお節介からマル出しする観念の疼き。観念が、お節介の終着駅を無人の駅舎に煙を立たせて迎え、お節介の黙過を通過させます。揚げ足捕りに煙を揚げさせるお節介の汀、情報なんて揚げ足の一点攻めで無に詰められ、情報は意気揚々と零を重ねます。正統を世襲に帰順する唯一無二の観念ですから、世襲する有職故事のホカは、すべて異端の聞かず跳ばず、外交・電報も異端の端呉だから、リョー袖の観念が、正統に非ずと紙縒に巻いて頭の中に届かせません。観念の中に観念したモロモロいがい情報の正統を損じ、外交はコーム・シューダンの言葉・遊び、情報なんて空っポの紙・風船。ハワイで限られない太平洋戦争、重油をガブ呑みして聯合艦隊が届かず屈する米大陸に向かって、飛ばした僅かな正気が風船・爆弾だったという、欺し騙し瞞すウソの中に燦然と閃く侵略の手勢・実存。こんな手勢・締めは戦艦大和から一発も撃たせず屑鉄に崩落させた46センチ虚砲の仏ごころ。ムダ死の死に追いやられた3000余兵士の100余命を、生還させた大本営の意中の意は、愚々愚の愚・策の臆病・焦がし。&lt;br /&gt;
　一瞬にお節介の結びが会話から消えると、止められた簡単なことが、カンタンに進み始め、&lt;br /&gt;
	…あんなに見えるって、見えるのは今朝（けさ）宿を立つ時から見えている。京都へ来て叡山が見えなくなっちゃ大変だ…だから見えてるから、好いじゃないか。余計な事を云わずに歩行（ある）いていれば自然と山の上へ出るさ…。&lt;br /&gt;
	お節介がストップを成就した意の無のその遅延、神経衰弱に捕まり、食の楽しさを苦に変える吐血／気分に構えられれば、不可解なお節介は、生殺しの生を相手にするようで、気色の悪い煙りだけが立ち登ります。自由・意志に絡むお節介／観念の邪魔／法師。お節介の壁は信にバカの壁、恭順に抱える唯一無二の観念が辺り構わず露出、優秀な頭からお節介の疼きが消えないとなると、欺し騙し瞞すウソ咄しが近代化の精神を囓って腐らすのを止められません。権力・ジゴロに献げる、恭順／要領を編み出した志賀直哉の狡猾は、恭順に楯突きバカの壁を聳えさせる愚鈍の愚を戒め、もうけを懐に入れたいなら、素直に恭順を現し、権力・ジゴロを安心させ、ポピュリズム／権力に我が意の意を高じさせればそれで澄むこと。しかし生殺しの生に襲われるとは考えもしないのが恭順の平伏・宣誓。	&lt;br /&gt;
つつしんで&lt;br /&gt;
丈司ユマ&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;著作権</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/georgeyuma/53609001.html</link>
			<pubDate>Sat, 15 Sep 2012 08:21:14 +0900</pubDate>
			<category>哲学</category>
		</item>
		<item>
			<title>金の小判や、アジア圏通商を拡大した岩見の銀山</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/158567/35/53281635/img_0?1336862629&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/158567/35/53281635/img_1?1336862629&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/158567/35/53281635/img_2?1336862629&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
金の小判すら通貨に使った商人主導のコッカ・権力、その前は岩見銀山が、アジア圏の通商を拡大させたのに、コッカ・産業の認識から隠されました。&lt;br /&gt;
トラックバックへの対応12/5/12：　源氏物語の有頂天は異常、誇った有頂天は卑しさが涌きあがり、ヒトの心軸が怪しく揺れて割れ、政の軸と性の軸が錯綜、律の軸がそれらの情欲に塗され、為政の軸足にソントク・ツゴーの心情を湧かせます。治世なんて漢字を使って云っても実態のない騙しに疼くタダの観念、ヒュポケイメノンを論じれば論理が笑い声を漏らし哭きかねません。いろは会話の日本語に混ざった漢文・漢字、実体に反するカタチを山岳・列島の内に遊ばせ、意の異を切ったアジアの一番手も文明開化が、二ハン談合・絶対独裁のもとで歪められ、借り物の空の観念がコッカ・権力を空洞を脅して響かせたため、降伏しないそれに原爆二発がを浴びせられ、アジアはヒトつなりを棺桶に納め、空っポには反省が起こらず、世界の奇蹟・自由貿易にも待ち伏せたデフレ30年に捕まり、富裕リッチのポピュリズムはサボタージ・権力に囚われ、心軸の無い怖い空洞が囲む自由貿易から直撃されました。芭蕉や一茶・良寛は、ソントク・ツゴーの情欲に流れ、心情が理不尽に乱れることに気づき、禁欲を時事に折り込む日本魂を5・7・5…最小にして最大、最短にして最長…の俳句に納め、感情を拭い去る言葉のその真髄に到達、感情を誘い乱れる元になった漢文・漢字を日本語の中枢から除外しました。しかしそれに頓着しないのがニッポン文学。お節介は世の中のにウソや騙しの毒を流す、そうアピールした漱石の虞美人草は、不発。シャッキン1000兆円が吐いて造った厚い瘡蓋は、勤勉で誠実を誇った山岳・列島の血潮を薄め、デフレ30年の加重を掛け、押し潰します。&lt;br /&gt;
束ね詰まれる借用書のその紙切れの書き換えを武士に向かって拒否、商人は信用商売の厚い広がりを誇り、金貨の小判・大判を借用書の書き換えに要求、どこでもどこにでも露われる権力・オフィサーたちの権力・ジゴロ、責任の及ばないポピュリスト・ポピュリズムを撒き散らし、民の対立心を臆病の中に誘います。衆愚は恭順の裏返し、‘衆愚’の陪審制がコッカの正義を判断、権力・司法を束ねるカスミ我セキ・独裁は野心・カニバリズムがコッカ・権力の内を疾しる蛮・族の呪いです。一気書きは、ココでブレーキ、お寄りの折りは、お気に召すまま、コメントは、まったく自由です……丈司ユマ</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/georgeyuma/53281635.html</link>
			<pubDate>Sun, 13 May 2012 07:43:49 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>島田雅彦や斉藤環は、デフレの谷底を転がって雨月物語に戻って戦き控える、虞美人草のハードルがこれホド高かったと仰天させる無惨、対等の花が咲く山岳・列島のあわれや、もののあわれ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/1578208/91/53191991/img_0?1333664061&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/1578208/91/53191991/img_1?1333664061&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/1578208/91/53191991/img_2?1333664061&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　　観念を砕くデジカメ・カラーのダイナミック・スナップ〈木村伊兵衛の風〉&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　島田雅彦や斉藤環は、デフレの谷底を転がって雨月物語に戻って戦き控える、虞美人草のハードルがこれホド高かったと仰天させる無惨、対等の花が咲く山岳・列島のあわれや、もののあわれ&lt;br /&gt;
　してみると期待の星だった島田雅彦はヒトの利用に枯れて飢え、情けない悲劇のヒトに連なる、お節介を蔑視し憎む虞美人草はそう囁き、その耳元に無常を粘らせ、眼元に幻光を射してヴァーチャルに眩ませる。同席する斉藤環には、悲劇のヒトに役立たないそれを喜劇のひとに甘んじさせ納戸の片隅に押しこめ、収入に見合う精神科医の仕事に没せよと、耳垢を穿って引っ張り、お節介をでしゃばって緩み放うけるその口を噤ませる。ニホン文士が虞美人草を理解しないム恥・ム知を21世紀に曝す悲劇は、漱石が怖れた喜劇、何かに意志を隠し、売り上げ増の感情移入にウソの構えを高じ、豊満リッチ1％の恭順に取り憑かれて眼が醒めず、虞美人草の毒に当たる、それなら雨月物語へデフレの谷底を転がって戻るしかない。行きわよいよい帰りわ怖い、花一匁をバエズが歌ったら悲しげに聞こえるでしょうか、貶めを聴かせるでしょうか、千の風を声に聴かせるでしょうか。&lt;br /&gt;
　∈納戸の隅に折から一挺の大鎌あり 汝が意思をまぐるなといふが如くに（牧水）∋&lt;br /&gt;
　芽吹く虞美人草の艶やかな咲き誇りを閑かに控え忍び寄る飽きに曳かれ永遠回帰を結ぶ虞美人草のその死の亡骸、虞美人草に挑むバカに仄めくお節介の眼は亡骸を拒んで代々をリレー、島田雅彦が枯れた借り物の意志薄弱に燻されて燻み、義美人草の蔓を滑り落ち、こころのコインに兆す奇蹟から隔てられ、ウソにマルめられ、生命の命令を憶え知らすふん転がしの知恵に及ばず字面に呑めって劣すれば、読み手なしに付け入りヒトごとの明後日を意志抜きのカルテ・字面に残し、専ら躁の鬱を交互に喋る医師の意志・ブ養生、動かない岩を見て岩に傾ぎ身を正し、ダイナミックに鳴く蝉の声を岩に聴き、蝉の精力に耳を傍立て、閑かさを偲び、自然の奇蹟を咽ぶ他方、奇蹟を認識せず、観念に閃き、意図に疼く思い思うお節介の眼、虞美人草に開いた怖れに戦く永遠回帰のその兆しから逃れず、そして即天去私の受難に気づかず、神経衰弱に祟られ、食に味わったお節介の味を忌み嫌わせた惨い因果に触れられず、大吐血したその不幸・不運を理解しない。第一義の意図が見落とし見逃す。&lt;br /&gt;
　　☆☆意志は、道義の認識、意図や抱負は道義の否認☆☆&lt;br /&gt;
　　意図を重視する理由は、安全・安心が高まるから。認識では得た認識に安心感も安全・確実意識も持てず、正しい認識だったのかと迷い出し、迷いを絶てない不安に襲われるため、無関係の他の認識を束ねて認識を大きな意図の中に包み、意図の概念の一部に認識をセットし、丸裸の認識を意味ありげな意図に変質させ、意志を字面から消し去り、はなはだしきは、その意志を忘却してしまいます。&lt;br /&gt;
　　ヒトとひとを束ねる意図は、絆に非ず、お節介や出しゃばりの悍ましい蔑み・地獄、お節介の眼に曝されお節介の眼が心魂に沁み、神経衰弱の中で大吐血した夏目金之助が死に、虞美人草の嫉妬や秀麗や冷視の無視に甦って、夏目漱石がまたヒトり誕生する。お節介を頂上体験する虞美人草を読んだら、ポール・エクマンに向かってライ・ツー・ミーを、意志・露わに実行、藤尾の死を悼み思い思う故郷は、遠くにありて思うもの、近くにあって思い焦がれる、蓴羹鱸膾じゅんこうろかい、お節介の眼に炙られて驕り出しゃばる中に飲まれます。&lt;br /&gt;
　　その背景には、意志をマル出しに射す一瞬に、不安・心理が臆病を衝いて意志を覆って包むことがあります。しかし意志には、不安や心配や失敗を気にする必要がないのに、意志を出すことに馴れていないと、意志を丸裸にするその思い思う瞬間の躊躇いが烈しく、意志の丸裸を、意図の意味の中に刷りこませ、意図のカタチで思い思うことを書き、述べるため、意志が意味の裏に隠され、字面やお喋りの表に意志を現せません。&lt;br /&gt;
　　吉本隆明とギ論した江藤淳が、権威の陶酔ポイントを、手際よく主張し切れずモタツき、マル出しした生脛を吉本隆明からケっ跳ばされると、感情を剥き出し、罵詈・雑言を吐いたため、見守るひとビトに江藤淳の劣勢を直感させた上に、吉本隆明から見くびられ、意固地になった保守・ホン流の自尊・意識を喪失、彼の評を読むひとを減らし、余所見しながらホンを読むなと大岡昇平から叱責された後はキレを喪ったしどろもどろが売りに転じ、権威の威勢を喪失、軽々しいヒトのひとりに落ちたのは、デフレに墜ちたコッカとオナじですから、本望らしかったようです。小林秀雄が、小林秀雄を超えたと誇らしくホコった下々下の下々の下・ワイを江藤淳から聞きながら、笑ってなにも答えなかったシーンを、思い出させます。驕りがどこから興りどこからどこに射すのか、憶え易き文と覚え難き言葉すら知らない恭順の保守・ホン流は、反省も不能の改革もままならない権力・ジゴロに混ざるポピュリスト・ポピュリズムのヒトりでした。&lt;br /&gt;
　　金閣寺を焼滅したように安田講堂の焼き討ちに向かう全学連を見て、茫然自失したそれは、国会を囲んで巨っきくうねった反安保のデモ大行進を前に講演、その吉本隆明がなぜ愚民・共同妄想に呑まれパワーを失って縮んだか、冗長にすぎる芸術言語のその幻想に浸み着き拭い取れない欠陥に気づかなかったらしい真実を、仄めかせたものでした。	権威と闘い、観念を蹴飛ばし壊した闘いは、芸術・言語論では支えられず、ホンを買わずホン読まない愚民の群れがその荒廃の後をリレー、対決死票に退き隠った大労組・政トーは、陳腐化のサボタージに耽る大企業とともに、嘘に生きシャッキンに焦げる政府・かすみ我関の三巨頭・政治のム恥・ム策を転がり、日本世界・自由貿易の終わりの始まりを認識せず、ジョーン・バエズが唄った市場に向かう牛のように、デフレ30年の谷に沈みました。&lt;br /&gt;
　　意図が意志より尊ばれ意図・合戦の終始を追わせるのは、意志を隠したままが咎められず許されるからです。こうして文藝春秋には嘘が嘘に詰まったまま野積みに詰みあげられ、図書館は整理室に大部屋を割かなければならず、焚書坑儒の逆さ吊りに悩まされます。&lt;br /&gt;
　　　　　☆☆鋭い夏目漱石☆☆&lt;br /&gt;
　鋭い夏目漱石は、双つの鳥籠の囀りを聴き較べながら、観念や意図を先ず、当の頭脳から洗い清めて掃き出し、頭から観念や意図を空っポにすると、双つの鳥籠に耳を傾け、聴き惚れる意志をマジマジと真面目に眺め、なぜ意志を現さない習慣の中に、勉強した英知を刷りこみ表に現さない意志を裏に退き隠らすのか、疑問は懐疑を跳び越え急旋回、字面や咄しから、意志が掻き消されるのをヨシとするのは、何故か、諸悪の根源は深く張った、根っ子の先にコビりつく怨念とは別にさらに刷りこみ習う倣いにあるのではないかとホンキをホントーに掻き立て、気持ちを揺さぶるお節介の眼や口元の存在に気づき、文学でお節介を逆さに吊るし、不安な自我を欺し、驕るヒトを騙す芥子の媚薬とオナじそれを塾考、お節介の眼や口元を表から退かせることが意志の大成に欠かせないと確信、自我を騙しヒトを欺くこころの執着・コインの頭と尻尾をペアに組み、麗の妖が疼く藤尾を死に行かせるワケとワザを心得ましょうと、虞美人草の十九を現し、お節介の眼と口元を消す信の構えに自由の意志を律し、恭順の愚民・共同幻想を戒め、侮りに隠れる外国の厳しさに注意を促し、虞美人草に惑わない自由を意志に向かって宣言、お節介を固める恭順の猛毒を藤尾に呑ませ、自由・意志の天下・武布を認めました。&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
虞美人草　十二　　 貧乏を十七字に標榜して、馬の糞、馬の尿を得意気に咏ずる発句と云うがある。芭蕉が古池に蛙を飛び込ますと、蕪村が傘を担いで紅葉を見に行く。明治になっては子規と云う男が脊髄病を煩って糸瓜の水を取った。貧に誇る風流は今日に至っても尽きぬ。これを卑しとする。&lt;br /&gt;
虞美人草　十九   　 凝る雲の底を抜いて、小一日空を傾けた雨は、大地の髄に浸み込むまで降って歇んだ。春はここに尽きる。梅に、桜に、桃に、李に、かつ散り、かつ散って、残る紅もまた夢のように散ってしまった。春に誇るものはことごとく亡ぶ。我の女は虚栄の毒を仰いで斃れた。花に相手を失った風は、いたずらに亡き人の部屋に薫り初める。&lt;br /&gt;
　　　藤尾、友禅の小夜着、片輪車、浮世らしからぬ恰好の染め抜き、色づいた蔦、淋しい模様、郡内を二枚重ねた敷布団、滑かに敷き詰め塵さえ立たぬ敷布（シート）、下には粗い格子の黄と焦茶が一本ずつ。&lt;br /&gt;
　　　黒髪、取って捨てた紫の絹紐（リボン）、有るたけは、有るに任せ、枕に乱し、今日まで、浮世と思う母、櫛の歯も入れてやらぬ、乱るる髪、純白な敷布（シート）にこぼれ、小夜着の襟の天鵞絨（びろうど）に連なり、仰向けの顔、昨日の肉をそのまま、色が違い、眉は濃く、眼は母が眠り眠るまで、母は丹念に撫った――見えるのは顔だけ。&lt;br /&gt;
　　　敷布の上の時計、濃に刻んだ七子は無惨に潰れ、鎖だけはたしか、ぐるぐると両蓋の縁を巻き、五分ごとに曲折する黄金の光を真中に、柘榴珠がへしゃげた蓋の、眼のごとし。&lt;br /&gt;
　　　逆に立つ二枚折の銀屏、六尺一面に冴え返る月の色、会釈しない緑青の柔婉を、茎の乱れに描き、不規則のぎざぎざを畳む鋸葉に描き、緑青の尽きる茎の頭に、薄い弁（はなびら）を掌ほどの大さに描き、茎を弾けば、ひらひらと落つるばかりに、軽く描き、縮む吉野紙の幾重の襞、畳む絞りを描き、色は赤に、紫に描き、銀の中からすべてが生え、銀の中に咲き、落つるも銀の中、思わせるほどを、描く。&lt;br /&gt;
　　　花は、虞美人草、落款は抱一（ほういつ）〈耳成芳一？？〉。&lt;br /&gt;
　　　屏風の陰に、寄木の小机を置き、高岡塗の蒔絵の硯筥は、書物と共に違棚に移し、机の上は、油を注した瓦器、昼ながらの灯火を一本の灯心に点け、瓦器の丈を余る灯心は新らしく、三寸を尾に引く先は、油さえ含まず白くすらりと延びる。&lt;br /&gt;
　　　ほかに白磁の香炉、線香の袋が蒼ざめた赤い色を机の角に出し、灰の中の五六本、一点の紅から煙となって消えて行き、香は仏に似て、色は流るる藍、根本から濃く立ち騰るうちに右に揺き左へ揺き、揺くたびに幅が広がり、広がりながら色を薄め、薄い帯のなかに濃い筋がゆるやかに流れ、しまいには広い幅も、帯も、濃い筋も行方知れず、燃え尽きた灰が時に、ぱたりと、棒のまま倒れる。&lt;br /&gt;
　　　違棚の高岡塗は、沈んだ小豆色に古木の幹を青く盛り上げ、寒紅梅の数点を螺鈿擬に錬り出し、黒地の鶯が、裏に一羽飛び、蘆雁の高蒔絵の中、昨日まで深き光を暗き底に放つ、柘榴珠が収まり、両蓋に隙間なく七子を盛る金側時計を収め、高蒔絵の上に、一巻の書物が載り、四隅を金に立ち切った箔の小口が鮮かに見せ、間から紫の栞の房が長く垂れ、栞を差し込んだ頁の上から七行目に「埃及（エジプト）の御代（みよ）しろし召す人の最後ぞ、かくありてこそ」〈死の書？？　昨日である私が、また明日を知る私。人の心は不思議なるかな〉の一句、色鉛筆の細い筋が入る。&lt;br /&gt;
　　　すべてが美くしい。美くしいもののなかに、横わる人の顔も美くしい。&lt;br /&gt;
　　　眠った藤尾は、驕る眼を長えに閉じ、驕る眼の眉も、額も、黒髪も、天女のごとく美くしい。「御線香が切れやしないかしら」と母は次の間から立ちかかり、「今上げて来ました」と欽吾が云い、膝を正しく組み合わせ、手を拱いている。（中断1/3）&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　∈君が代は　乞食の家も　のぼりかな∋&lt;br /&gt;
　　　　∈日本と砂へ　書きたる　時雨かな∋&lt;br /&gt;
　　　江田憲司が云う、財務省の裏舞台工作員による　人格攻撃は尋常じゃない、それなら、&lt;br /&gt;
　　　　∈腹切りを怖がるや　武士の春（一茶）∋&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく&lt;br /&gt;
　　　　　　　 つつしんで　　丈司ユマ&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;著作権</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/georgeyuma/53191991.html</link>
			<pubDate>Fri, 06 Apr 2012 07:14:21 +0900</pubDate>
			<category>倫理学</category>
		</item>
		<item>
			<title>対等の花が咲く山岳・列島のあわれや、もののあわれ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/158567/07/53171607/img_0?1333005320&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/158567/07/53171607/img_1?1333005320&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　　　対等の花が咲く山岳・列島のあわれや、もののあわれ。&lt;br /&gt;
　　　書くことや喋ることは、意志そのものの現れと思われていますが、言葉の世界では、意志のそのままが書かれず、お喋りされないことがホトンどであるのに、言葉の裏に意志が退き隠らされ字面の表に現されていないのだとは、気づかれません。&lt;br /&gt;
　　　意志とは何か、外の表に向かって現す意志は、紛れもない自分自身なのに、字面の世界や議論の世界では、意志がその裏にも曲げられネジられ、明暗を衝く二股使いの曖昧が常套に蔓延り、恭順や反対に向かって意志が錯綜し言葉の裏に隠されます。&lt;br /&gt;
　　　嘘とは何か、嘘がなぜ自然を装って八方に吐かれつづけるのか、哲学すら嘘を捕まえ真実から区別できず、ソクラテスを刑死させた体験すら解かれず不幸の再現を阻めず、戦争を幾多もリピート、人殺しの大量・死が歴史の中に放ったらかされます。&lt;br /&gt;
　　　吐かれた嘘を承ける言葉で解明できず、嘘の論を分析し解明し嘘の論の嘘を成敗できないのが言葉の世界です。どの言葉や発言が嘘であるのか、嘘を認識できず嘘を指摘できませんでした。奇蹟と嘘は、こころのコイン。言葉の無力が、法治社会を覆い、嘘のトクがヒトの欲を渇望させ、嫉妬の欲を根絶やしにしません。&lt;br /&gt;
　　　編み出された弁証法を駆使しても、嘘は嘘のまま、ホントーの顔をしてホントーの中に紛れます。仮面がパーティーの主役となる仮装パーティーが、欧米社交の中心のヒトつになれば、山岳・列島には狂言が興り、能がこころの世界を演じ、仮面に代わり、化粧で固めた歌舞伎の前は、人形浄瑠璃の素顔が一世を風靡したように、真実の噺や真実を貫く面白くもない咄を後に斥け、嘘が活躍するこころの二面性に、胸一杯の熱気を陶酔のスポットに充たし、嘘まがいの実話に、ドラマを組んで楽しむエンターテイメント、嘘抜きのドラマに広い興味が惹かれることはありません。&lt;br /&gt;
　　　正義も哲学中の難題のまま、なにが正義であるか解明されず解かれた名言を書き取れず、述べられず、契約のトップに捕囚した自由がロールズの部分正義を囃すまま暴走、金融大騒擾を大爆発させたのに裏切った嘘には大学連山は知らん顔、白熱・教室が解釈のあれやこれやを沸かすだけ。&lt;br /&gt;
　　　正義も自由も意志の表に現したいのに、沈黙の中に閉じこめられ、正義は主張されずに自由から切り離され、統合・統治の外に放っておかれます。権威と闘い、観念にむしゃぶりつき、薄弱意志に肘鉄を食らわせ、マル暗キする条件反射の中、砂粒を型の中に押し固めた観念や権威の生そのものの脛を蹴り上げ、生意気を誇った保守・江藤淳の急所・意志薄弱に襲いかかった吉本隆明の芸術言語、野心・カニバリズムには迫れなかったにしても、唯一無二を煽って空威張りする観念は、有害の毒を水俣に流し、エイズに流し、ハンセン病に流し、山岳・列島の科学は嘘好みの想定・談合に代わられ、森林太郎にはじまった反科学はとうとう被爆に被曝を継がせ、悪のエンドレスに嵌った統合失調を、恥じらいもせず世界に披露しました。貴族をキゾクならしめた欧米の貪欲・カニバリズムや、皇帝に恭順せず闘魂の絶倫を誇った孔子の人肉喰、中庸に届かない嘘好みの薄弱意志は、山岳・列島のソントク・ツゴーに割り込む野心・カニバリズム、豊満リッチの拡大格差を煽り、フンドシ・皇帝の口泡を吹き、想定の短刀を刃に奮い暴れました。&lt;br /&gt;
　　デフレ30年は、権力・ジゴロらのポピュリスト・ポピュリズムが囲むもの。1000万人・かすみ我関のウソ八百に挑む橋下徹チヂ・シチョーが統合失調に民主々義のメスを立てます。&lt;br /&gt;
　　　対等の扉ですから、扉の外には、時局の嵐が吹き荒れます。感情の内と外を擦れチガわせ、気を揉ませながら、対等の扉はカンタンに開きません。裂かれたGDPの烈風が吹き、異常な千の風が渦をマくので、身の交わしようがなく、嵐の中に眼を閉じて立ち竦みます。墓が見えません、墓は幽む向こうです。&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;　　　　言葉を掠った千の風、風に舞い、風の中に甦る、読み人知らずの魂。&lt;br /&gt;
   私のお墓の前で　泣かないでください&lt;br /&gt;
   そこに私はいません　眠ってなんかいません&lt;br /&gt;
   千の風になって　あの大きな空を　&lt;br /&gt;
   吹きわたっています…………、千の風に舞い　千の風に名残り&lt;br /&gt;
   無の風に吹かれ　名残りを涼しげに舞う　虞美人草の風&lt;br /&gt;
   夏目漱石を吹き抜ける　お節介の眼は　千の風に舞い　&lt;br /&gt;
   風に運ばれ　幽んで消えるお節介の眼　そこに私はいません　&lt;br /&gt;
   眠ってなんかいません　私の前で　泣かないでください&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   吐血に苦しみ　神経衰弱に鬱ぎ　傷んだ夏目漱石のこころ&lt;br /&gt;
   お節介の眼から解かれ　虞美人草の風邪にのり&lt;br /&gt;
   自由が意志へ　里帰りました&lt;br /&gt;
   眠ってなんかいません　私の前で　泣かないでください&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   幼児から青年を終わる24才まで、夏目漱石を苦しめ、&lt;br /&gt;
   細く渦まくお節介の長い眼、転々とする養子、里子に注ぎ、&lt;br /&gt;
   喜びを鎖し、優しさに飢えさせ、云われるままに&lt;br /&gt;
   その余りを噛むご飯の不味さ、&lt;br /&gt;
   眠ってなんかいません　私の前で　泣かないでください&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   光る眼の下で、雁字搦めにしたお節介　こころはささくれだち、&lt;br /&gt;
   閑かなひと時に包まれるのは、字を読む言葉の空の下だけ&lt;br /&gt;
   知を結ぶ優越に当たって刺さる冷やかさ、時をおかず芯を抜かれ、&lt;br /&gt;
   ふにゃふにゃに萎む自由・意志の　寂しい侘びしさ、&lt;br /&gt;
   不自由が急かす自由はこころをキツく締めつけ、狡賢いひとの眼が&lt;br /&gt;
   素早く自由を切り分け、丸まるのひと時を与えず、こころは&lt;br /&gt;
   常にボロボロ、不自由の切れ目に匂い立つ、虞美人草の艶やかな芳り、&lt;br /&gt;
   芥子の深遠を掴み東大で手にした転職の自由・意志、&lt;br /&gt;
   眠ってなんかいません　私の前で　泣かないでください&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
   初めもそれは、独立の意志を虞美人草の謎に託した自由・宣言、&lt;br /&gt;
   正直に撤し素直を温め意志の自由に迫る厳しさは足らず、&lt;br /&gt;
   言葉を束ねて結ばず、臥せる子規の眼から授かった、&lt;br /&gt;
   不足の足しを、我が輩の猫に焦がし、自由・気侭な自由を愛でて拝み、&lt;br /&gt;
   先行く眼は子規のヒトつ、こころの神経を自前のとおりに温めます。&lt;br /&gt;
   傷んだこころを鼓舞する意志は、初めて自前に細工の流々を秘め&lt;br /&gt;
   道具使いの快速・自在を確保、ややこしい字句の輪郭を&lt;br /&gt;
   虞美人草で彫り揃え、こころの謎を字句にキッチり囲わせ、&lt;br /&gt;
   霊に傾ぎよそ見する小泉八雲の裂ける意志を騒がず、&lt;br /&gt;
   日本語と英語を串刺し　東西の魂を虞美人草の開化に供えます&lt;br /&gt;
　　　眠ってなんかいません　私の前で　泣かないでください&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　　　∈ぬす人の記念の松の吹おれて…&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　骨を見て坐に泪ぐみうちかへり（芭蕉）∋&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　つつしんで　　丈司ユマ&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;著作権</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/georgeyuma/53171607.html</link>
			<pubDate>Thu, 29 Mar 2012 16:15:20 +0900</pubDate>
			<category>写真</category>
		</item>
		<item>
			<title>ポピュリズムは知に病んで行き詰まった権力・オフィサーたちから、、…私にウソをいいなさいライ・トゥ・ミー…ウソはバレバレ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/322281/25/52843925/img_0?1323053295&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/322281/25/52843925/img_1?1323053295&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
観念を砕くデジカメ・カラーのダイナミック・スナップ〈木村伊兵衛の風〉&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　　　☆☆謙遜を捨てて掛かる謙虚。&lt;br /&gt;
　　　　　観念を意志から追放、謙虚さは謙虚さ。&lt;br /&gt;
　　　　　しかしへりくだって黙過すれば、&lt;br /&gt;
　　　　　重々しい矛盾を、兄に伝えずに終わり、&lt;br /&gt;
　　　　　オズカスが臆病に患います。&lt;br /&gt;
　　　　　ポピュリズムは知に病んで行き詰まった&lt;br /&gt;
　　　　　権力・オフィサーたちから、ウソのバレバレ、&lt;br /&gt;
　　　　　…私にウソをいいなさいライ・トゥ・ミー…☆☆&lt;br /&gt;
　知に働けば、闇の陰りに包まれ、情に差す棹は、一蓮托生の不遇。足掻いて抜けるその先は、枠に嵌める状況確認のその囲み。事件の観念を消しひとの死の前でグズんで蹲る、事務・正義の究極。原因の観念を不明の字面に隠す権力・オフィサーたち、隠す字面はポピュリズムを流行らせます。&lt;br /&gt;
　コクみんに向けて放つその権謀・術策は、刷りこんで習う倣いのポピュリズムの囃し。雲の上に沸き、ぽっかり浮くポピュリズム。ひとを誘って状況確認へ奔らせ、コッカ・権力の唯一無二に蹲る、安楽・浄土を悟らせ、恭順に服す安心の極み。&lt;br /&gt;
　ウソの構えに誘う、状況確認の権力・技。ひとの死の自殺は事故か心中。原因・究明に権力・外の口出しを拒み、他殺を自殺に結んで疼く犯人捜査・不要の安楽は、状況確認の一徹から。事故死が倣る信の構えは、ウソの構えへスンなりと回転。&lt;br /&gt;
　権力・オフィサーたちに沸く権謀・術策のポピュリズム、世界の資本・財産が財務・破綻に瀕します。&lt;br /&gt;
　状況確認では隠すウソを騙し欺すにも、間に合わない権力・オフィサーたちの足りないKY・放埒、大陸のコッカ・観念が消され霧散、権力の詰みあげた二枚舌は未結を露し、唯一無二のコッカ・権力は、霧散・ボラタイルされ、焼滅した金閣寺のように高貴はウソの塊を晒し、赤字の炎で高貴に咽んだ権力のカタチを焼滅させます。&lt;br /&gt;
　高貴なんて古事記に消され源氏物語に消され、万葉集に散って磨かれ、残った知の極意は祇園精舎の鐘の声、無の空の空の鋼。&lt;br /&gt;
　権力・オフィサーたちが崩壊させるコッカ・秩序だから、なにごともタダ故のタダのマル暗きは、騙して欺す唯一無二の観念を執拗に疼かせ、字面を組んだ闇の奥に臆病を赫かせます。結束しない未結の現実を虚けるポピュリズムのこと、観念の思い込みを刷りこむ頭脳の中にクユらせて発現します。引き金は、なにごともタダ故のタダのマル暗キ。&lt;br /&gt;
　太宰治さんが竦んで蹲ったコッカ・権力、観念・失格を現実に露わしながら、重なって隠れるウソの構えを、信の構えから炙り出しました。謙遜の自己・研削から退き、謙虚の自己欺瞞に蹲った、オズカスの壁は、油断するままバカの壁を働き、抜け出せない情動・不定の優しさに囚われるまま、津軽や親友N君に最后の別れを告げ、HUMAN LOST・1936年のメモランダムへ向かいました。観念との闘い。ダリにそれをみて、ピカソにそれを感じ、コッカ・観念やコッカ・権力に絡まれず、&lt;br /&gt;
　状況確認に訪れた最后の津軽は、深いオズカスの壁の中。観念の扉を開け、観念を崩さないことには、予期する故郷も棺桶のまま、オズカスの壁は棺桶となって不甲斐ない自己を閉じこめ、自己を超えさせず、寂しさのはてなむ国を、今日もひとり旅させます。若山牧水さんは酒の中の玉の歯に陶酔、太宰治さんはオズカズの中の忠孝・敬愛に陶酔、世界に誇るワンペア正直や素直が、ポピュリズムの権力・オフィサーたちを相手に、ひとのこころの中をいまも旅します。ポピュリズムに惹かれ、ポピュリストの末人になることなかれ。…わたしにウソを吐きなさい…ライトーミーlie to me、ウソってバレバレ、1000万人・かすみ我関は赤字・焼滅するバカの摩天楼。ウソに捲かれずウソに乗らなかった財務・権力のオフィサーたち、糞を転がす生命の命をウソの構えの中に明かすでしょう。少数の角に追い遣られても多数に咽ぶポピュリズムに嵌らず、観念に屈しなかったオフィサーは、何％の現実を露すでしょうか。権力・オフィサーたちは、若年定年制に服し蹲り、権力から退いた後、ポピュリズムを吐き出すべし。ジャン・アンリ・ ファーブルのフンコロガシ・スカラベスカラベは、コームいんの鏡。&lt;br /&gt;
　☆☆憑かたれ三島由紀夫から大江健三郎に&lt;br /&gt;
　　　眼醒めたジョン・サンクス、&lt;br /&gt;
　　　列島・山岳の闇を見つめ、悟った観念に蹲るクニは&lt;br /&gt;
　　、信念が燻むアンバウンドやボラタイル、&lt;br /&gt;
　　　未結・霧消する刷りこんで習い倣う&lt;br /&gt;
　　　コッカ・観念とコッカ・権力☆☆&lt;br /&gt;
　リッチの機会均等にただ乗り、営利や幸福を求めるなか、不ツゴーはウソを云わせ、失敗や不得意のソンはウソを云わせ、トクをしたトクは知らせずに隠すウソを捻らせ、自慢を気取るそのトクには正直を働かせ、話す咄しから隠す秘めごとを欠かせ、素直が裏返しされ、教えないキョの虚を選択、ウソが散り填められるから、ひとの動機に割りこんだソントク・ツゴーが追求するトク・意識を時と場に合わせ刷り換える妙が先に疾り、ホントーを求めるほどにウソが色濃くなり複雑になり、ひとの信頼・意識を人質に囚えるにすら至るので、否応なしに多重化するウソが、単純化した分析心理の結果をあっさり捨て、ウソの構えをイッソー堅固にさせ、人生の幸福・意識はホドきようがないウソの塊を造り、水面に映る月に魅せられるように、夢の中に浮かぶ幸せを信じて放さないひとに換わります。&lt;br /&gt;
　面はゆくとも、秘かに思い思う密の意識は、知らぬ間に他に知らせる、仄かな癖を悟ったように、小林秀雄に縁るその自意識を、知らず識らずに尖らせ、溜息に怜悧を絡ませ、吐く時のそれは、…サすわ、サされるわ、そらエエわ…。裏返して捨てた過去のそれらは、周りの孤影を心に映し、薄情に慄える自我のこころに、記憶を固執、強迫を薄情に添え、自我ゆえのその自我を存在に揺らせ、幽まずキラっと光る自意識、手触る乳の芳香に咽ぶ卵のまろみ、ほころぶ夢幻に浸るひと時、こころならずもその時の永遠回帰、光芒に匂い立つ白鼻祖の陰は、見えない意識に仄めき、底はかない未映子の灯火をくゆらします。&lt;br /&gt;
　どれがunboundになりなにがvolatileするか。日本語が固めた観念が刷り換えを求めるから、なにごともタダ故のタダの刷り込みに、インプットされれば詰んだ苦心も元の木阿弥。それを避ければ、えもしれず、三島由紀夫の字面・組に誘われて迷い込んだ理解不能を、大江健三郎の作品に出会って覚遂、豊饒の海は和魂を、そして荒魂、加えて奇魂、ようようにして迎える幸魂に至る三島の観念は、悟りに乗ってさ迷い、観念に燻る、曖昧模糊。国姓爺合戦に劣る、無の空の鋼はunbound＆volatileに乗って散り、末人の永遠回帰は生を捨て死に急ぐ無人の駅舎。&lt;br /&gt;
　　　唯一無二の観念をホドけば、観念に隠った三島由紀夫の失敗が水面に映って、…サすわ、サされるわ、そらエエわ…。……意識とは、観念と行為との算術的差であって、差がゼロになった時に本能的行為が現れ、差が極大になった時に、人は、可能的行為が林となって道を失う。安全な社会生活の保証人は、習慣的行為というものであり、言い代えれば、不徹底な自意識というものである自意識を豊富にしたければ、何もしなければよい〈小林秀雄さんの‘罪と罰’についてから〉&lt;br /&gt;
　　…サすわ、サされるわ、そらエエわ…川上未映子&lt;br /&gt;
　　　∈なまけるなイロハニホヘト散桜（一茶）∋　　つづく&lt;br /&gt;
　　　　　　つつしんで　　丈司ユマ&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;著作権</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/georgeyuma/52843925.html</link>
			<pubDate>Mon, 05 Dec 2011 11:48:15 +0900</pubDate>
			<category>国際経済</category>
		</item>
		<item>
			<title>　謙遜を捨てて掛かる謙虚。観念を意志から追放、ライ・トゥ・ミー</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/1578208/98/52843698/img_0?1323045978&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/1578208/98/52843698/img_1?1323045978&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
観念を砕くデジカメ・カラーのダイナミック・スナップ〈木村伊兵衛の風〉&lt;br /&gt;
☆☆　謙遜を捨てて掛かる謙虚。観念を意志から追放、ライ・トゥ・ミー☆☆&lt;br /&gt;
　　　　　謙虚さは謙虚さ。しかしへりくだって黙過すれば、&lt;br /&gt;
　　　　　重々しい矛盾を、兄に伝えずに終わり、&lt;br /&gt;
　　　　　オズカスが臆病に患います。二の舞は最后の津軽平野でも&lt;br /&gt;
　　　　　リピート、正面切って伝えなければ、矛盾の切迫は&lt;br /&gt;
　　　　　エンエンと続きます。とうとう退屈も&lt;br /&gt;
　　　　　苦痛を覚え観念に坐します。&lt;br /&gt;
　　　　　津軽平野の永遠の誇りが、飛び出します。☆☆&lt;br /&gt;
……私はジヤンパー姿のままで二階に上つて行つた。金襖の一ばんいい日本間（にほんま）で、兄たちは、ひつそりお酒を飲んでゐた。私はどたばたとはひり、&lt;br /&gt;
「修治です。はじめて。」と言つて、まづお婿さんに挨拶して、それから長兄と次兄に、ごぶさたのお詫びをした。長兄も次兄も、あ、と言つて、ちよつと首肯いたきりだつた。わが家の流儀である。いや、津軽の流儀と言つていいかも知れない。私は慣れてゐるので平気でお膳について、光ちやんと嫂のお酌で、黙つてお酒を飲んでゐた。お婿さんは、床柱をうしろにして坐つて、もうだいぶお顔が赤くなつてゐる。兄たちも、昔はお酒に強かつたやうだが、このごろは、めつきり弱くなつたやうで、さ、どうぞ、もうひとつ、いいえ、いけません、そちらさんこそ、どうぞ、などと上品にお互ひゆづり合つてゐる。&lt;br /&gt;
……外ヶ浜で荒つぽく飲んで来た私には、まるで竜宮か何か別天地のやうで、兄たちと私の生活の雰囲気の差異に今更のごとく愕然とし、緊張した。……&lt;br /&gt;
　　☆☆　津軽平野の永遠の誇り、&lt;br /&gt;
　　　　　敬って謙虚の中に退屈を静めても&lt;br /&gt;
　　　　　恭しい観念は慟哭せず、惨めさを募らせ、&lt;br /&gt;
　　　　　へんに嬉しくて仕方が無い気分を涌かせ、&lt;br /&gt;
　　　　　退屈を炙り出す兄の孤独を見た。　&lt;br /&gt;
　　　　　ニーチェが病んだ精神・異常は、誰も語らない。☆☆&lt;br /&gt;
　ニーチェの病んだ精神が砕かれ解かれ、否定する神に傍だって沸くのは、禁欲に閃く純な物質主義。急かされ焦がされ、唯一無二のヒステリー・観念が、列島・山岳を縛ったその禁欲・列島に、色即是空を立ちこめます。サボタージに行き詰まった資本主義は自由を剥奪され、日干しの情欲に充ちぬ自我を持ち重りする物質主義に吊し、思案投げ首。&lt;br /&gt;
　物質主義の退屈に鎖され、ダモクレスの剣がその両刃に諭す禁欲の潔癖・創意は、情欲を囃しざわめく末人の争乱を、禁欲の底に転がし、情欲の物質主義に触れさせず、蓄えた知識を陳腐化。&lt;br /&gt;
　なにごともタダ故のタダを無視・黙殺・黙過する辺境・意識は、禁欲と情欲を逆さ読み。…さび・わび・かろみ・ほそみやしをり…を禁欲とは気づかず、隣のひとを見る眼は、嫉妬の炎をかがせば、なにする人ぞ、その太り具合を想像・想定。&lt;br /&gt;
　シラバくれって白気ける秘術を驚かせ、禁欲を逆さに吊して燻る情欲の炎、ニーチェを泣かせ、悍ませ退き隠る精神病から、タダでは解放させない永遠回帰。ニーチェと物質主義を絡ませないニホンの解釈は、時計が回る心理の陽と陰、常套・無常の鐘が鳴るニホンの漢字・観念、中島みゆきが時代はまわるを唄い、恋心を諦める情欲を明日に回し、わがままが欲しいと疼く禁欲を恋人に伝え、情欲の物質主義を永遠回帰。禁欲を嫌って忌む情欲をうつつ抜かすなら、語るに落ちた末人の、哀愁・愁訴が末路の足元を闇に包む。&lt;br /&gt;
　それを呑みこんで涌く番組の真砂は1年・12ヶ月・毎日の1日・毎時間の24時間。番組の物質主義が、涌かせる情報を、切り刻み、鋼鉄・コンクリートのスケジュールでひと心を串刺し、タダ故のタダの精神を分裂へ追い遣り、電波が圧す唯一無二のコッカ・観念。&lt;br /&gt;
　泡沫のひとつひとつの泡を拝み、情報・呼応するのは、膜のように泡に貼りつく膜間の同情・意識か、ラブレターを認める賛成・多勢に貼りつく膜間の自尊・意識か、よこしまのラブレターに貼りつき膜間に隠る反対の無勢・自慰か、こころを刺戟する情報は、塗りこめられ膜に貼られて渦巻く情なのか。タダ故のタダに備える無警戒・無防備の自我は、手出し無用に踏み倒すヒステリーに煽られ流され、天の邪鬼を真似る似非に唆され拐かされるまま、情念のダイナミックを沸かせて対応するそれイガイに、対処の仕方も浮びようがない侘びしさに討ち延ばされます。唯一無二のヒステリー・観念は、そのまま高揚するソントク・ツゴーの神々に誘われ、ツゴーの合間を縫ってソンを避けトクに固執、頭の先から爪先まで鼻くそやゲップと一体に、トクを美化し、トクの美意識に悍ましい自己を献げ、渾身のムダに、虚しい哀愁の念を悼みます。哀愁は詫び寂のマ反対。哀愁は、タダ故のタダのム能・ム徒が蹲って放心し放念し、動機とともに自己を裏切り、忘年の灯火を年忘れの宴に炎し盆を迎えて送る臆病の慰問・自我。ウソや隠蔽を唯一無二の墓場まで運ばせる人生のエスカレーターは縦社会の構造に限るという、とんでもない咄。女は産んだ子を位階・世襲で守る、対等の平等に預け苦労させるのは忍びないと、世襲・位階の縦構造を祈願する、列島の浅ましさ。&lt;br /&gt;
　民主々義ですからと云って弾み、民主々義を小馬鹿にしても、否定に及ぶその本音は表に立てず、裏に結ぶ一意の意。民主々義の愚に絡まれず、伝統の唯一無二の観念が最后を凛と燻らせて了る一意の異の否定を学んでこころえ、その時のその場限りを陰らせ鎖す、そう云うだけの云い分だから、民主々義の否定が粘る世の常を患って煩い、列島に咲きホコって乱れる桜の雲を遠く映すその眼は、思い思う吐息に曇り、平らな眼に映る花曇りの華やぎを渺と眺め、散り始める桜が眼をよぎって陰る、そこはかなとない募りは、否定のニュアンスをグーに燻らせ、秘かな本音の中で、肯定の否定が折檻の罰を疼かせ、和の輪に映す散る桜の道理は陰る中で不束に戦き、思い思う散る桜から残る桜を眼醒めさせ、参入・動員するその輪を順序・不同に撹乱、咲き初めの初々しい桜も咲き誇る桜もゆく行くは一過を残して余す散る桜と知りながら、生・死の順序はツゴーのトクを煙らせ、賛成・多勢の反対・無勢を誇る残る桜が散る桜を囃し、気勢を焦がす残る桜は、後先をひっくり返し先後を繰り返させ、後先に名残る常の思いを拗らせ、散る桜を粛々と無視・黙殺・黙過、残る桜もやがてすべてが散る桜になって散り行くその定めを瞬く刹那の狭間にあって否定、残る桜の異を意の頂上に反り返して幽ませ、高々、先後のその後咲きだから、死に後れようが死に急ごうが、服従の無常を非情に炙るはやめよう、そう思う思いは唯一無二の恭順を前に、なにごともタダ故のタダを足掻き、唯一無二に囚われ、囚われの囮になった自己の覚悟は、唯一無二の観念に囲われ、ウソの構造がひとり勝ちの火事場騒ぎを煽って騒ぐ術中の真ん中、犠牲を強いる罰の監獄・洞窟と思わず邪を騒がず、試練はふつうに入った耳から耳の外へふつうにパスさせなかった自我に固執する自意識の問題、ふつうに眼に入り思いの外へふつうに去らせれば、自尊を自損の屈辱から自律させ、詰み重なる字面の多に脅えず臆さず、無に瀕する臆病を知に扱いた意志は意思とうりに働き、倣ねる安全の陳腐化・ヒステリーに竿を差して動かず、自我に固執する自己の自意識は生涯のテーマ。　云い分に目くじらを立てず、白を切って定めに刃向かわず、現実の生・死をシラバっくれ、デンデン太鼓を叩く縦社会がその意を叶える打ち出の小槌だから、想定・外を念仏する肯定の否定に惑わされないように、縦社会と云ったって、無敵を誇った武士の出家も色々だし開化ごは外国勢を加えてもっと熾烈、ピンからキリまでならぶ商人のそのどれを倣ねカプラー・転回するも、天体すら自由は無限、想定・内というコワばりには心意が不在、臆病が色めき立つヒステリーの世界も、これまた色即是空、宇宙マルごとの自由に多さの不足はない。野放図、そんなニッポン漢字がありました。想定の字面には、想定・内も想定・外も云い分の自由が自在・勝手。&lt;br /&gt;
　　　　∈云ぶんのあるつらつきや引がへる（一茶）∋&lt;br /&gt;
　　　　∈散る桜 残る桜も 散る桜（良寛）∋&lt;br /&gt;
　　　  ∈花の世や出家さむらい諸あきんど（一茶）∋&lt;br /&gt;
　　　　∈秋深きとなりはなにをするひとぞ（芭蕉）∋&lt;br /&gt;
　内側は粘る密の鈍速、外側は疎の高速、非似ながら同じカタチは、ウソの構造。&lt;br /&gt;
∈古池やかわず飛びこむ水の音（芭蕉）∋&lt;br /&gt;
　《禁欲と情欲を、その両刃に仕込んだダモクレスの剣》&lt;br /&gt;
　禁欲の太刀を探して枯れ野を歩き、情欲の西国を背に、自然・境界に瀕して闘う蝦夷の東国を咽んで忍び、奥の細道を山刀伐峠に歩み、禁欲の奥に…さび・わび・かろみ・ほそみ・しをり…を探し、生・死の情欲に信に深い芭蕉、芭蕉を敬い古池に閃く形而・感性を憧れ、飛びこむ水の音に、耳を澄まして傾ぎ、蛙の機敏に眼を見張り、岩に沁みいる蝉の声、温もるこころに聴き耳を立て、冴える庶民の慎ましい禁欲の情欲に手を合わせ、擦って焦げる手触・感性を遠目に翳しした一茶、手鞠をつく童を愛おしみ、凛とリーダーの自己・禁欲を、月の兎に包み、禁欲の慈愛に慄え、情愛の切ない契りに咽び嫌った。&lt;br /&gt;
　　良寛の三つの嫌忌…詩人の詩、書家の書、料理人の作った料理…　&lt;br /&gt;
　　∈とびは鳶 すずめは雀　さぎは鷺∋ &lt;br /&gt;
　　∈からすは烏 何かあやしき（良寛）∋&lt;br /&gt;
　　∋木の葉ずく・梟・ミミズク、&lt;br /&gt;
　　　チガっても同じでも三つの嫌忌、何かあやしき（偽・形而）∈ 　つづく&lt;br /&gt;
　　つつしんで　　丈司ユマ著作権</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/georgeyuma/52843698.html</link>
			<pubDate>Mon, 05 Dec 2011 09:46:18 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>津軽のオズカスに重ねる禁欲と情欲の数奇の隙、ゴールドマンサックスの方言は津軽弁にも囁き、5・7・5の形而・感性が、禁欲に結ぶさび・わびを募らせます</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/159259/65/52639165/img_0?1317925086&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/159259/65/52639165/img_1?1317925086&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/159259/65/52639165/img_2?1317925086&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/159259/65/52639165/img_3?1317925086&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　……秩父の宮様が弘前の八師団に御勤務あそばされていらつしやつた折に、かしこくも、この農場にひとかたならず御助勢下されたとか、講堂もその御蔭で、地方稀に見る荘厳の建物になつて、その他、作業場あり、家畜小屋あり、肥料蓄積所、寄宿舎、私は、ただ、眼を丸くして驚くばかりであつた。……（引用）&lt;br /&gt;
　観念がこびりついて可笑しい。&lt;br /&gt;
　…なぜチチブのミヤサマ、弘前の八シダンにゴキンム‘あそば’されて‘いらつしやつた’折に、‘かしこく’も、このノージョーに‘ひとかたならず’御ジョセイ下されたとか、コードーもそのお陰で地方‘まれに’見る‘ソーゴン’の建物になって、その他、作業場あり、家畜小屋あり、肥料蓄積所、寄宿舎、私は、ただ、眼を丸くして驚くばかりであつた…、そんな漢字・字面を書くに至った動機は闇の奥、観念に取り憑かれ観念に蹲る太宰の矛盾が、字面に捻れるオズカスを迸らせ、漢字・字面が敷衍する唯一無二の観念を高揚させ、従順や恭順を蹲まらせて退き隠らせ、太宰治にして見せる従順の不思議を、悍ましく燻させます。&lt;br /&gt;
　賛美歌や聖書をシャドーのますらおに掲げ、正義すら語ったのに、太宰が臆するそれに気づきさえすれば、侵略戦争の敗けに図々しく気負う軍ブ・権力に絶望しながらも発言したはず。孔子もなければ中庸もなく、左翼の激しさが滲み出なければ、右翼・攻撃も煙を立てず、それでも酒乱を自認し口論の連戦連敗を是認、その気になる女に出会えば、心中・未遂、穏やかでない生きザマを、燃やし尽くそうという30代の炎が、不思議の頬を抓ります。&lt;br /&gt;
　郷土愛が、裏返しになっている。禁欲と情念が裏返し。なにごとも独占に疾しる文壇を嫌悪、懐疑をいだく太宰が意を決し、最后と悟って戻った戦中の津軽は、オズカスの壁が厳しく陰り、本州最北の感慨は燻んだまま改まらず愚図るまま、あい変わらず持ち重りするオズカスの境が津軽弁に隠って退屈をマル出し。志賀直哉の卑しい観念を忌み嫌ったのに、臆面もなく妥協する哀訴を手紙に書く一世一代の挙にでたけれど、結果は逆さまのまま、文学賞のおねだりはしっぺ返しされ、嘲られ、強烈な観念に見下され、見極めの悪いショボい観念にオズカスが蹲り、歯軋りは束の間に消え、津軽の字面の中で触れて書く思いは、疼いたまでストップ。友人たちを前にした自嘲混じりは、淡々と書かれて終の諦めを炙り出しました。煮え切らない図々しさが、ウソのようです。&lt;br /&gt;
　おもえば言葉どうしの衝突は、あるとすれば評論や批評の字面・上。衝突する観念と観念は、権力と反・権力や正統と異端に転回、漢字の交ざるいろは会話・言葉の日本語は、漢字・観念に支配され、唯一無二の秩序に呑まれます。&lt;br /&gt;
　　☆☆　弘前の新進・気鋭　☆☆&lt;br /&gt;
　昭和18年田中稔がいて、誕生させた「藤坂５号」の早植え保温折衷苗代が初めて北日本の稲作を安定、増産・可能になり、戦後の日本が食料危機を脱出でき、長大な50年の凶作・屏風が終わりを告げ、洋風建築の先駆者・堀江佐吉45-1907年がいて、斜陽館や旧青森銀行などを設計・建設し、1932年コルビュジェ風をデビューさせた前川國男がいて、1913年帝国ホテルを騒がせながら浮世絵を収集したフランク・ロイド・ライトが舞い降り、カトリック弘前教会のステンドグラスは、岩木山・五重塔・カトリック教会・りんご・津軽三味線などまるごと弘前の絵となって、ひとびとの眼を麗わせ、意気を募り、弘前が本州の北端を彩って羞じないのに、太宰治は津軽の字面にそれを書きませんでした。大正時代、イギリス国教会風の日本聖公会や弘前昇天教会には、120年前のアメリカ製リードオルガンが壮麗な和音を鳴らし、鐘の音色とともに弘前の文明開化を開花しました。カトリックの弘前教会も語って羞じるどころか、ゴスペルやバイブルの関心を緩めなかった太宰治から、書かれ残されたかった、津軽の不明な真相でした。先進国から多くの関心が寄せられたのに、跨線橋の大造り・駅舎に胸を躍らせたオズカスの壁が、読むひとを狼狽えさせます。&lt;br /&gt;
　　☆☆観念が唯一無二のコッカ・権力を囃すのは、反・権力が疼くまま対抗・観念を衝突させず、禁欲も情欲も権力の思いのままにさせ、反・権力の無言がウソの構造を信頼の構造の内に退き隠らせます。☆☆&lt;br /&gt;
　唯一無二の独占・観念に溺れ、権力の情欲と禁欲をはきチガえとうとう反・権力に蹲って沈む、アメリカ・ＥＵ金融の権力・オフィス。&lt;br /&gt;
　挑戦する中国・朱民（ＩＭＦ副専務理事）が権力の禁欲と情欲を統率する、ブリックスＢＲＩＣＳは黒字・成長の救世・勢力。&lt;br /&gt;
　グロバリゼーション・金融の、細切れミックス・債券を呑みこんだ高金利・囃し、変動為替の一本シーソーで制御する不可は、予測されたとおり。深層雪崩の寸前まで焦げついた巨きな不良債権、1位米から5位ドイツまで米・ＥＵが独占、ゴールドマンサックスらしい金融大騒擾の責任逃れは、信に血眼。自己勘定の巨大なツケを残し、投資・銀行の代わり身に蹲る責任逃れのポーズは、玉葱の芯が変わらず、禁欲を欺瞞に幽ませ情欲一本の為替バネは、グロバリゼーション・騒擾を制御せず、なにごともタダ故のタダに墜ち、操縦・不能。GS社の若い女性1人が作成した50年先の予測・報告書は、1位：アメリカ　2位：中国　3位：インド〈2050年〉。情欲の予想はGSらしい、無反省の暁。&lt;br /&gt;
　ゴールドマンサックスGoldman Sachs.が、手錠・ハンギングを覚悟し、投資銀行の牢を破り、ビリー・ザ・キッドの野心、カニバリズムを返り咲かすのは、いつの日か。&lt;br /&gt;
　自己・勘定の金融大騒擾が残した代理・金融権力のツケは、債権国〈順の項目〉：ドイツ・スペイン・フランス・イタリア・その他ユーロ圏・イギリス・日本・アメリカ・ その他・計までの順10項。&lt;br /&gt;
　債権額は〈順の項目〉：512.7・117.3・410.2・76.3・281.1・370.0・52.0・352.9・109.0  ・計2281.3億ドルの順10項。債務国では〈順の項目〉・ギリシャの内訳：65.4・1.3 83.1・6.8・31.6・17.0・2.3・36.2・8.5・252.1億ドルの順10項。（BIS発表、単位は億ドル、集計日は若干異なる）&lt;br /&gt;
　「PIGS」向けの外銀全体の融資残高は2兆5350億ドル、EU諸国の銀行だけで1兆9150億ドル(75.5%)。主な債務国（借り手）ギリシャの内訳：フランス788・ドイツ450・米国166ほか（日本67）合計2170億ドル。&lt;br /&gt;
　対して聳える箪笥貯金1400兆円、ロッカー詰み・赤字国債1000兆円、信頼の構造かそれとも、デフレ30年を掘り進むウソの構造か。&lt;br /&gt;
　　☆☆ビリー・ザ・キッドは禁欲と情欲の夾い数奇の隙☆☆&lt;br /&gt;
　権力の禁欲と情欲、臆病と不協調、優柔不断と無責任、連帯・世界を裏返した高金利の無謀・共謀、GDPの総量にレバレッジを挑ませた、グロバリゼーション・ヒステリーは情欲を募らせて醒めず、双つの大陸ＥＵとアメリカに開け放たれたウソの構造、そっくりそのままプラトンの洞窟へ輪廻・回帰。&lt;br /&gt;
　内・外を別け隔てる禁欲・情欲の差配・認識はマスコミも裏切りを同調、国際コッカ・権力が持ち重りする信頼の構造は、ガルブレイスが予想した通りに、喪失。&lt;br /&gt;
　ウソの構造と信頼の構造を、無断で行き来する金融の権力・オフィスは、信にドストエフスキーの監獄のよう。&lt;br /&gt;
　外の禁欲に浸り内の情欲・ニホンをウソの構造に鎖す、田舎館の関所・かすみ我せき、眼を眩ますのは、持ち重りする債務上限・落とし蓋を、ガタガタ揺すり、禁欲・情欲の内外・半々に呻吟するオバマ大統領の膝元、金融・権力のオフィス・オフィサーが見せる禁欲・恐怖。&lt;br /&gt;
　グロバリゼーションを金利・爆破したゴールドマンサックスやモルガンスタンレー、罪も罰も宙ぶらりんのまま、囲って囲われた投資銀行、奇妙な予測値を発射、金融の権力・オフィスを援護するスタイルは、信にビリー・ザ・キッド。&lt;br /&gt;
　5・7・5の形而・感性、&lt;br /&gt;
　　　　　∈秋深き　隣は何を　する人ぞ∋&lt;br /&gt;
　　　　　∈骨を見て坐に泪ぐみうちかへり∋&lt;br /&gt;
　　　　　∈ぬす人の記念の松の吹おれて∋芭蕉&lt;br /&gt;
　　　　　∈穀値段どかどか下るあつさかな∋&lt;br /&gt;
　　　　　∈米値段ばかり見るなり年初状∋一茶&lt;br /&gt;
　禁欲と情欲の夾い数奇の隙、禁欲に結ぶ芭蕉の…さび・わび・かろみ・ほそみやしをり…　　　　∈芭蕉翁の臑をかじって夕涼み∋&lt;br /&gt;
　　　　　∈芭蕉翁の像と二人や初時雨∋一茶&lt;br /&gt;
　　　　　∈草いろいろおのおの花の手柄かな∋&lt;br /&gt;
　　　　　∈送られつ別れつ果ては木曽の秋∋&lt;br /&gt;
　　　　　∈朝顔は酒盛知らぬ盛り哉∋芭蕉&lt;br /&gt;
                          つつしんで　丈司ユマ&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;著作権</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/georgeyuma/52639165.html</link>
			<pubDate>Fri, 07 Oct 2011 03:18:06 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>月も雪も花も無い、風流もない、ただ、まづしいものの、まづしい命だけ、破格の着想　風流の概念の破壊、志賀直哉に届いたのだろうか、津軽平野の２</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/1578208/16/52276916/img_0?1308993201&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/1578208/16/52276916/img_1?1308993201&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/1578208/16/52276916/img_2?1308993201&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
☆☆まづしいものの、まづしい命だけ&lt;br /&gt;
　　破格の着想　風流の概念の破壊&lt;br /&gt;
　　にやけたマンネリズムを見事に蹴飛ばし&lt;br /&gt;
　　あけすけでいや味&lt;br /&gt;
　　私たちは学校で、どんな説明を&lt;br /&gt;
　　与へられてゐたか。&lt;br /&gt;
　　耳触りのいい言葉を捨てて離れ、&lt;br /&gt;
　　退屈や自惚れから、心を澄ませ心を冴えさせる&lt;br /&gt;
　　芭蕉・風に脱帽、津軽平野の２　☆☆&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
……名物にうまいものなし、と断じてゐたが、それは私の受けた教育が悪かつたせゐであつた。あの古池の句に就いて、私たちは学校で、どんな説明を与へられてゐたか。森閑たる昼なほ暗きところに蒼然たる古池があつて、そこに、どぶうんと（大川へ身投げぢやあるまいし）蛙が飛び込み、ああ、余韻嫋々、一鳥蹄きて山さらに静かなりとはこの事だ、と教へられてゐたのである。なんといふ、思はせぶりたつぷりの、月並（つきなみ）な駄句であらう。いやみつたらしくて、ぞくぞくするわい。鼻持ちならん、と永い間、私はこの句を敬遠してゐたのだが、いま、いや、さうぢやないと思ひ直した。どぶうん、なんて説明をするから、わからなくなつてしまふのだ。余韻も何も無い。ただの、チヤボリだ。謂はば世の中のほんの片隅の、実にまづしい音なのだ。貧弱な音なのだ。芭蕉はそれを聞き、わが身につまされるものがあつたのだ。古池や蛙飛び込む水の音。さう思つてこの句を見直すと、わるくない。いい句だ。当時の檀林派のにやけたマンネリズムを見事に蹴飛ばしてゐる。謂はば破格の着想である。月も雪も花も無い。風流もない。ただ、まづしいものの、まづしい命だけだ。当時の風流宗匠たちが、この句に愕然としたわけも、それでよくわかる。在来の風流の概念の破壊である。革新である。いい芸術家は、かう来なくつちや嘘だ、とひとりで興奮して、その夜、旅の手帖にかう書いた。&lt;br /&gt;
「山吹や蛙飛び込む水の音。其角、ものかは。なんにも知らない。われと来て遊べや親の無い雀。すこし近い。でも、あけすけでいや味（み）。古池や、無類なり。」……&lt;br /&gt;
……「いつ、東京を？」と嫂は聞いた。&lt;br /&gt;
「一週間ほど前です。東海岸で、手間どつてしまひました。蟹田のＮ君には、ずいぶんお世話になりました。」Ｎ君の事は、嫂も知つてゐる筈だつた。&lt;br /&gt;
「さう。こちらではまた、お葉書が来ても、なかなかご本人がお見えにならないので、どうしたのかと心配してゐました。陽子や光（みつ）ちやんなどは、とても待つて、毎日交代に停車場へ出張してゐたのですよ。おしまひには、怒つて、もう来たつて知らない、と言つてゐた人もありました。」&lt;br /&gt;
　その二人の姪が、からみ合ひながら、えへへ、なんておどけた笑ひ方をして出て来て、酒飲みのだらしない叔父さんに挨拶した。陽子は女学生みたいで、まだ少しも奥さんらしくない。&lt;br /&gt;
「をかしい恰好。」と私の服装をすぐに笑つた。&lt;br /&gt;
「ばか。これが、東京のはやりさ。」&lt;br /&gt;
　嫂に手をひかれて、祖母も出て来た。八十八歳である。&lt;br /&gt;
「よく来た。ああ、よく来た。」と大声で言ふ。元気な人だつたが、でも、さすがに少し弱つて来てゐるやうにも見えた。&lt;br /&gt;
「どうしますか。」と嫂は私に向つて、「ごはんは、ここで食べますか。二階に、みんなゐるんですけど。」&lt;br /&gt;
　陽子のお婿さんを中心に、長兄や次兄が二階で飲みはじめてゐる様子である。&lt;br /&gt;
　兄弟の間では、どの程度に礼儀を保ち、またどれくらゐ打ち解けて無遠慮にしたらいいものか、私にはまだよくわかつてゐない。&lt;br /&gt;
「お差支へなかつたら、二階へ行きませうか。」ここでひとりで、ビールなど飲んでゐるのも、いぢけてゐるみたいで、いやらしい事だと思つた。&lt;br /&gt;
「どちらだつて、かまひませんよ。」嫂は笑ひながら、「それぢや、二階へお膳を。」と光ちやんたちに言ひつけた。……&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
　　☆☆　謙虚さは謙虚さ。しかしへりくだって黙過すれば、&lt;br /&gt;
　　　　　重々しい矛盾を、兄に伝えずに終わり、&lt;br /&gt;
　　　　　オズカスが臆病に患います。二の舞は最后の津軽平野でも&lt;br /&gt;
　　　　　リピート、正面切って伝えなければ、矛盾の圧迫は&lt;br /&gt;
　　　　　エンエンと続きます。とうとう退屈も苦痛を覚え。&lt;br /&gt;
　　　　　津軽平野の永遠の誇りが、飛び出します。☆☆&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;……私はジヤンパー姿のままで二階に上つて行つた。金襖の一ばんいい日本間（にほんま）で、兄たちは、ひつそりお酒を飲んでゐた。私はどたばたとはひり、&lt;br /&gt;
「修治です。はじめて。」と言つて、まづお婿さんに挨拶して、それから長兄と次兄に、ごぶさたのお詫びをした。長兄も次兄も、あ、と言つて、ちよつと首肯いたきりだつた。わが家の流儀である。いや、津軽の流儀と言つていいかも知れない。私は慣れてゐるので平気でお膳について、光ちやんと嫂のお酌で、黙つてお酒を飲んでゐた。お婿さんは、床柱をうしろにして坐つて、もうだいぶお顔が赤くなつてゐる。兄たちも、昔はお酒に強かつたやうだが、このごろは、めつきり弱くなつたやうで、さ、どうぞ、もうひとつ、いいえ、いけません、そちらさんこそ、どうぞ、などと上品にお互ひゆづり合つてゐる。&lt;br /&gt;
……外ヶ浜で荒つぽく飲んで来た私には、まるで竜宮か何か別天地のやうで、兄たちと私の生活の雰囲気の差異に今更のごとく愕然とし、緊張した。……&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
　　☆☆　津軽平野の永遠の誇り、&lt;br /&gt;
　　　　　敬って謙虚の中に退屈を静めても&lt;br /&gt;
　　　　　恭しい観念は慟哭せず、惨めさを募らせ、&lt;br /&gt;
　　　　　へんに嬉しくて仕方が無い気分を涌かせ、&lt;br /&gt;
　　　　　退屈を炙り出す兄の孤独を見た　☆☆&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;……秩父の宮様が弘前の八師団に御勤務あそばされていらつしやつた折に、かしこくも、この農場にひとかたならず御助勢下されたとか、講堂もその御蔭で、地方稀に見る荘厳の建物になつて、その他、作業場あり、家畜小屋あり、肥料蓄積所、寄宿舎、私は、ただ、眼を丸くして驚くばかりであつた。……&lt;br /&gt;
……修錬農場は、その路から半丁ほど右にはひつた小高い丘の上にあつた。農村中堅人物の養成と拓士訓練の為に設立せられたもののやうであるが、この本州の北端の原野に、もつたいないくらゐの堂々たる設備である。&lt;br /&gt;
……農場の入口に、大きい石碑が立つてゐて、それには、昭和十年八月、朝香宮様の御成、同年九月、高松宮様の御成、同年十月、秩父宮様ならびに同妃宮様の御成、昭和十三年八月に秩父宮様ふたたび御成、といふ幾重もの光栄を謹んで記してゐるのである。金木町の人たちは、この農場を、もつともつと誇つてよい。金木だけではない、これは、津軽平野の永遠の誇りであらう。実習地とでもいふのか、津軽の各部落から選ばれた模範農村青年たちの作つた畑や果樹園、水田などが、それらの建築物の背後に、実に美しく展開してゐた。お婿さんはあちこち歩いて耕地をつくづく眺め、&lt;br /&gt;
「たいしたものだなあ。」と溜息をついて言つた。お婿さんは地主だから、私などより、ずいぶんいろいろ、わかるところがあるのであらう。&lt;br /&gt;
「や！　富士。いいなあ。」と私は叫んだ。富士ではなかつた。津軽富士と呼ばれてゐる一千六百二十五メートルの岩木山が、満目の水田の尽きるところに、ふはりと浮んでゐる。……&lt;br /&gt;
「へえ？　ちつとも、知らなかつた。金木には過ぎたるものぢやないですか。」さう言ひながら、私は、へんに嬉しくて仕方が無かつた。やつぱり自分の生れた土地には、ひそかに、力こぶをいれてゐるものらしい。……&lt;br /&gt;
……「まるで、もう、高山帰りの姿です。」嫂は、私のさつきの高山へ遠足してみじめな姿で帰つた話をふと思ひ出したらしく、笑ひながらさう言つて、陽子もお婿さんも、どつと笑つたら、兄は振りかへつて、&lt;br /&gt;
「え？　何？」と聞いた。みんな笑ふのをやめた。兄がへんな顔をしてゐるので、説明してあげようかな、とも思つたが、あまり馬鹿々々しい話なので、あらたまつて「高山帰り」の由来を説き起す勇気は私にも無かつた。兄は黙つて歩き出した。兄は、いつでも孤独である。……   　四　津軽平野・終わり&lt;br /&gt;
　　　　　　∈目には青葉　山ほととぎす　初がつを∋山口素堂&lt;br /&gt;
　　　　　　∈骨を見て坐に泪ぐみうちかへり∋芭蕉         つづく&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　つつしんで　　丈司ユマ&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;著作権</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/georgeyuma/52276916.html</link>
			<pubDate>Sat, 25 Jun 2011 18:13:21 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>オズカスを囲んで隠る強情な退屈、意固地に屈し津軽を思い思う太宰治に慄える故郷の心情は卑屈の中で乱れ、待ち構えるのはHUMAN LOST・1936年</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/158567/31/52276331/img_0?1308976628&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/158567/31/52276331/img_1?1308976628&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-4f/georgeyuma/folder/158567/31/52276331/img_2?1308976628&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　　☆☆　オズカスの卑を霧散させ、&lt;br /&gt;
　　　　　津軽の顔を造ろうとした太宰、&lt;br /&gt;
　　　　　人情の壁は厚く、卑しさに隠る&lt;br /&gt;
　　　　　強情な退屈の意固地に屈し、&lt;br /&gt;
　　　　　故郷を思い思う心情は&lt;br /&gt;
　　　　　卑屈の中で乱れました、　&lt;br /&gt;
　　　待ち構えるのはHUMAN LOST・1936年　☆☆&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
　神妙になる図を読まされるに及んで、思うようには一人前に自律しないオズカスの奴隷並みの身を腐し、思い思う矛盾が詰まされるその苛烈さを偲ばせ、シノニム・アントニムを斬り分けて聖書を読み、俳句や和歌にあわせ賛美歌を愛し、引用までする太宰が、時代の顔となりつつあるキリシタン4人組・新渡戸稲造・内村鑑三・矢内原忠雄・南原繁のクラークを拝む大志のまるごとを、無視・黙殺・黙過して堪える…矛盾の退屈…が逼迫、あらためてHUMAN LOST・1936年のメモランダムに、正気のその沙汰を思い知らされ、骸になる意識の想定が音を立てて歯車列を回し軋ませ、敗け戦の厭戦に打ち拉がれる心情を伐り立てます。&lt;br /&gt;
　受賞の競いを有利にしない卑屈の退屈が書かれて読まされれば、巨きなサロンを開いて小説の神様を自負する志賀直哉の毒牙に掛かり、練りが足りないと蔑まされ除け者にされるのは当然の成り行きになります。尊ぶ観念を根刮ぎに消す太宰の詰めは、世の受賞・意識に油を注ぎ燃え上がらせるもの。&lt;br /&gt;
　おクニの大事を練りあげる志賀のその観念が火炙りにされるのですから、志賀を批判する一文を太宰の作品から読んだ直哉が、舞い上がって怒り、文壇から追い出しを謀るのは、サロンの主には当然というわけです。&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　　　　　☆☆　敬う観念の否定は主の否定　☆☆&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
　敬う観念の否定は主の否定、列島は言葉の不当を罵倒して急せ、観念を絶対と仰がせ、上意・下達の下責め・意識が、列島を観念で狂わせました。誤解を上積んで手抜かりしたとは、直哉をへつらい諂う取り巻きが付け足す、架空の言いぐさ、陶酔する観念が緩み、陶酔が純粋を譲り、退屈を純化する陶酔の裏腹は不能・不可の一徹、強情な退屈が融けて消えようとは微塵も考えません。退屈に砕かれ心が荒廃に襲われると、優しさの名残る思い出が涌いて浮かび、閃輝暗点、ヒステリーの激情が迸り、退屈する心を重々しく締めあげます。自責の念が粉々に飛び散り、自己・嫌悪が退屈をいっそう意固地にさせます。&lt;br /&gt;
　退屈から脱しようと、誘って向かわせる先はネオンの明かりと酒の臭いや色の香、赤提灯が不思議な光でいじましさを集め、悍ましさを執・拗させます。ゲーム感覚なら川端康成を友連れに、不滅の精霊が集う雪国の、執拗なる鎧亜の牢獄。退屈の怖さに気づいたら、若冲のミリ画・絵画を飽きて渇くまで眺めつづけ、見飽きない痺れに縛られる秘の秘を会得したら、万事上々、しかし太宰治は江戸時代の若冲を知らず、地元の絵師に執拗に拘りました。&lt;br /&gt;
　観念は退屈を呼んで退屈を硬め、不慟の観念が退屈を意固地にさせ、行動の停止する退屈が行動を止めた人の後ろ髪を曳き、自発・意志の不動へ人々を鎮め、怖いものを疎んじ怖いものから遠ざかり、知らぬが仏を極めるが、心の中に入った退屈が人間に何をさせるか、　&lt;br /&gt;
美学の美意識なんて、日々・時々の口げんかを誘うだけで、褌が赤かろうが白かろうが、汚れていようがフルチンだろうが、日常の列島にはなんのトクもソンもなく、ツゴーも傷つきません。薔薇好みで、終戦や敗戦が嫌忌される図は、大人になり損ねたマル暗キ・正義のなれの果て、マル暗キの言葉が何に反応して飛び出したか、それを考えるなら、観念の陶酔を甘味と崇めず、甘味のそれを裂いて割り、観念の悪用や乱用を戒め、外国に向かって手抜かる無警戒・無防備の観念を、国際・情報の中で、綿密に分析・構成しなければ、真実や真理を失します。真実や真理は、観念の中から産まれる訳がありません。伯仲戦なら敗けないというのは観念で、勝ちや敗けの真実や真理は、観念通りにいきません。想定の観念なんて、反対意見を締め出して半数未満に抑えれば、何でも観念になります。この愚を案じ、俳人は想定の忌まわしさを指摘、&lt;br /&gt;
　　　　　∈下々も下々下々の下国の涼しさよ∋一茶。&lt;br /&gt;
　列島を覆う巨大な退屈を書いて示す、その作品が泡沫のような津軽から出現した事態は、蝦夷やアイヌを片づけたように、受賞対象にしない封印を志賀の天下に示させました。読み手を陶酔させる観念こそ、おクニを大事にさせる作家の義務であって、義務を果たさなければ、正統に与されないばかりか、異端の枠に封じられるという、卑屈・排斥の文学・権力です。惨敗しム知のム恥を上塗りし、敗ける敗けのその重大・結果には、志賀は責任を感じて示さず、ハワイの米海軍を布告のどさくさに紛らわせる、テロ攻撃、敗ける侵略に米の返り討ちをセットしたム理ム徒の敗北は、初めのその時から終いを見ずに分かり切っていたのですから、文壇がコクみんのおクニを意識したなら、列島の大都市が次々と大火災に包まれつづける頃、降参しかない降参をおクニの大事に選ばず、最悪の観念へ無理解のまま奔走、20万人を死なせた沖縄決戦は、時間稼ぎの大儀を3月ほどで分解し何の役にも立たず、大空襲が始まった列島は騙しが事実となった本土決戦を布告、被爆の歴史を墨書させました。志賀の手には、降伏を拒む日本人200万人の喪失と原爆二発が残されましたが、怒りを舞い上がらせた気配はありません。文字には怒り、事実には沈黙、練りを誇る志賀の思い思うおクニ大事は無想・分解、原発の放射能・被爆が空前の三発目になります。&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　　　　　☆☆ またまた…反省…がない ☆☆&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
　またまた…反省…がないのは、太宰がエグって示した卑屈の退屈を思い起こせば、ごく当たり前な成り行きになります。‘は’より‘が’がいい‘が’より‘は’がいいと会議・決裁して散会した原子力安全委員会の斑目春樹が‘云った’‘云わない’の喧嘩は何だったのかと大向こうの罵倒を追加、志賀直哉・流の言葉・権力が国際の中で、よちよち一人歩きするのを、殺される退屈を拒みぼんやりしながら、骸の太宰のように眺めさせられます。観念に、真実も真理もなく、正しいもマチガいもなく、観念はソントクツゴーの神々を取っ替え引っ替え盥回しする、その限りのもの。&lt;br /&gt;
　最后に訪ねた津軽で、卑屈が刺戟され、思い思う意も異も故郷に黙過され、いじましい…退屈…のドン底から悍ましい現実を、直面させられる彼の眼には、津軽に来た一週間遅れの実家・訪問に、青空が仰げず、兄も娘婿も、オズカスを相手におお者の場を踏んで見せるばかりでした。成りすら酷いオズカスを易々と見下げ、カタチばかりの相好を訪問のそれに崩し、太宰を腐らせ、豪壮・屋敷を囲んで羨望する辺りの人目を充たせば、オズカスは退屈のそれまでの、それっ切りにされます。&lt;br /&gt;
　巨きな財をなし、束ねた多くの田畑を故郷に誇示する家主も養父も、嫡男の家族も、おクニ大事の観念のその筆頭なら、敬わされ、待ち構えたように絶対の服従を、オズカスに名残らせ、挨拶遅れの訪問はまさに退屈のその骨頂に吊され、なんのために故郷に戻ったのか。多くの人が思い思う故郷は、戸主・嫡男の掟の下では上・下が尖って刺さって痛く、故郷は遠くにありて思うもの……らしい。山岳の山河・森林が7割、がら空き海岸線・四周のその内・3割は、観念より地理と計画の理念がおクニの大事だと云うのに、凶作・干魃や風水震災害を相手に陶酔する、観念の飾り選びや観念の練りに思う思いを掛ける必要はないのに、内紛が列島の伝統です。&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　　　　　☆☆　五百旗頭真が嘆く応仁のランは、&lt;br /&gt;
　　　　　　　　治の情動・不安とそっくり、どちらにも&lt;br /&gt;
　　　　　　　　足軽将軍・骨皮道賢が奔るようです　☆☆&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;　信頼されず盛り上がらず焦る復興構想会議の五百旗頭真議長、2011.5.13の記者会見で云うことは、応仁の乱（１４６７年）や戦国時代を振り返り、「国中が、血で血を洗う争乱で乱れに乱れた。今の首相がバカかどうかという問題のレベルではなかった」と絶叫。カンブが絡め取られたギ員ギ会とかすみ我せきの権力・争いが、責任を実感する人の前で、卑屈の退屈を底深く、縦覧させます。&lt;br /&gt;
　足軽大将・骨川道賢が、観念の一騎打ちに名乗りをあげ、うろうろする武士や武家の劣情が列島内に広められました、足軽大将が必要らしいと。責任を掛けて責任を果たす、逃れて条理に背を向ける卑屈の退屈は、列島の伝統となってリレーされつづけます。大本営が臆病の巣だだったなんて想像させないのが、観念がおクニに果たす観念の役割ですから、内政を越え侵略・植民を煽った和辻哲郎もキリシタン4人組・新渡戸稲造・内村鑑三・矢内原忠雄・南原繁も、足軽大将・骨川道賢の跡を追うのでしょう。大本営全権梅津美治郎参謀総長は…終戦は認めるが敗戦は認めない…とごね、責任・観念は薔薇の愛好家どまりでした。&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;3&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;　　　　☆☆ 津軽といふのは、日本全国から見て&lt;br /&gt;
　　　　　　　　まことに渺たる存在 ☆☆&lt;br /&gt;
……芭蕉の「奥の細道」には、その出発に当り、「前途三千里のおもひ胸にふさがりて」と書いてあるが、それだつて北は平泉、いまの岩手県の南端に過ぎない。青森県に到達するには、その二倍歩かなければならぬ。さうして、その青森県の日本海寄りの半島たつた一つが津軽なのである。……&lt;br /&gt;
……金木の生家に着いて、まづ仏間へ行き、嫂がついて来て仏間の扉を一ぱいに開いてくれて、私は仏壇の中の父母の写真をしばらく眺め、ていねいにお辞儀をした。それから、常居（じよゐ）といふ家族の居間にさがつて、改めて嫂に挨拶した。……&lt;br /&gt;
……金木の生家では、気疲れがする。また、私は後で、かうして書くからいけないのだ。肉親を書いて、さうしてその原稿を売らなければ生きて行けないといふ悪い宿業を背負つてゐる男は、神様から、そのふるさとを取りあげられる。所詮、私は、東京のあばらやで仮寝して、生家のなつかしい夢を見て慕ひ、あちこちうろつき、さうして死ぬのかも知れない。……&lt;br /&gt;
……ひるすぎ、私は傘さして、雨の庭をひとりで眺めて歩いた。一木一草も変つてゐない感じであつた。かうして、古い家をそのまま保持してゐる兄の努力も並たいていではなからうと察した。池のほとりに立つてゐたら、チヤボリと小さい音がした。見ると、蛙が飛び込んだのである。つまらない、あさはかな音である。とたんに私は、あの、芭蕉翁の古池の句を理解できた。私には、あの句がわからなかつた。どこがいいのか、さつぱり見当もつかなかつた。……&lt;br /&gt;
　　　　　　∈花の月とちんぷんかん浮世かな∋一茶 　　　つづく&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　つつしんで　　丈司ユマ&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;著作権</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/georgeyuma/52276331.html</link>
			<pubDate>Sat, 25 Jun 2011 13:37:08 +0900</pubDate>
			<category>写真</category>
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