内部被曝を論じるブログ

Bandazhevskyのデータを論じています。ご意見、間違い指摘などを頂けると嬉しいです。

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Bandazhevskyの、Swiss Med Weeklyの主要論文2編にかんする学術的価値は、私は、なるべく中立的に、震災直後から評価する方向で受け止めています。

一方、Bandazhevskyは、論文以外にも、著書や、小論文のようなものを書かれておられ、私も震災後、ネット検索で、彼の発表されておられる、心筋病理像などを目にしてきました。

私も、日常的に主には実験動物の、そして時としてヒトの病理標本を、実際に自分で取り扱う現役の研究者ですから、いろいろと感じるところはありました。

不整脈関連のことを、自分の背丈の届く範囲で議論する以外には、あまり、かれの病理標本のデータを、他の学者と話し合ったことはなかったのですが、あとから見返してみると、震災後から、批判的な意見を述べておられる方もおられることを知りました。一部の批判にかんしては、もっともな指摘もあります。

(ただし、写真の撮り方が上手いだとか、下手だとかいう、技術的な部分に関する個人的な感想は、ここでは棚上げにしておきたいと思います。得てして、恵まれた立場にいる研究者というのは、最良の機器、理想的な道具が、当たり前のように使える幸運を、誰にでも享受できるものだと錯覚しがちですが、私も自分の研究室の立ち上げの時に経験があるのですが、他のラボがジャンク品として、廃品にだしているような、古びた、調節機能のままならない顕微鏡を引っ張り出してきて勝負しなければならない苦境というものはあります。また、病理標本のプロセッシングにしても、パラフィン自動埋包機というものを、有能な技官の方が、全部代行してくれるという状況も、教室によっては当たり前の光景だと思いますが、時に、こういう泥臭い作業も、ひとつひとつ、手作業で、温度の不安定なイカれかかった恒温槽で処理しないといけない、そんな、ダイハードな状況というのも、あり得るわけですから。)

その上で、心筋の断裂像があるのか、ないのか、アーチファクトに過ぎないのか、また、炎症性変化があるのか、ないのか。

結論を言えば、どちらも(それぞれの所見があってもなくても)、メカニズム的には十分考えうる。


個人的には、Badazhevskyの心筋症の場合、病理像から得られるメカニズム推定は、限定的なものであろうという、推測の元に、当ブログでのメカニズム推定を行っています。

しかし、例えばQT 延長の致死性不整脈発作であるtorso-de-pointというのは、心室心筋の「痙攣状態」のようなものですから、心筋の過興奮毒性(注)のような形で、心筋がびまん性に壊死像を示すことがあっても、それはそれで、結果像としてはありうる話ですし、その際には、基礎疾患などがあり、心筋炎症を経て心室細動に至るような心筋炎による心筋症などとはメカニズムが違う想定をしているわけですから、炎症反応(浸潤細胞)は、二次的なもので、ごく軽度にとどまる可能性が考えられます。したがって、すくなくとも、Bandazhevskyの病理像の、不定形的な所見をもって、彼のプライマリな発見(微量の放射性セシウムによる心筋症、伝導路障害など)を、否定する材料には、全くならないだろう、というのが、震災直後からの、一貫した私の見方です。



(注)excitotoxicity(興奮毒性)という専門用語は、厳密には、神経生物学において、神経細胞が、グルタミン酸などの神経伝達物質の過剰刺激によって、過興奮という状態を起こし、細胞死を来す現象として知られています。メカニズムに関しては、現在進行形でいろいろな議論がありますが、たとえば細胞内カルシウムがオーバーロード(細胞質内にカルシウムイオンが過剰に流れ込むこと)して、細胞死に至る、などのメカニズムで説明されています。ただし、細胞は正常の興奮状態でもカルシウムのシグナルは有効に利用することができるので、異常カルシウム・オーバーロードが、正常の反応と質的にどう違うのか(流入量が過剰なのか、持続時間の問題なのか、タイミングなのか、他にセイフティ・スイッチがあるのか)、いろいろな角度からの面白いことも解明されつつあり、まだまだ現在進行形で研究されている分野です。ともかく、「細胞が異常なまでに興奮したり、過度の刺激をうけると死ぬ」という現象自体は、様々な実験系で再現性が高く、一般的に広く受け入れられています。このブログでは、「細胞がたとえば痙攣状態になるような、異常な活動をしたら、細胞死のリスクが高まる」と、少し広い意味に拡張して、興奮毒性という言葉を使っています。日常生活での経験則として、誰もが知っている現象としては、「こむらがえり」を考えてみてください。誰しも、寝ている時に足がつって、痛みで目がさめたという経験はあると思いますが、あの、こむらがえり(有痛性筋痙攣と言います)。筋肉の細胞が、過度に興奮してまさに痙攣しているわけなのですが、この、過度の興奮のために、筋肉細胞が細胞死を起こすことがわかっています。



この記事に

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当ブログ記事を執筆するにあたり、最初から理論を拡大しすぎるよりは、まずは「一点突破」を目指して、もっとも定量的議論が明確にできそうな、Bandazhevskyの微量放射性セシウム心筋症の説明に、分野を絞って議論させていただきました。


心筋症の議論には、ある程度の議論の流れが出来たのではないかと思いますので、類似のメカニズムで起こりうるであろう、その他の症状に関して、少しだけ議論させていただきたいと思います。


当理論を当てはめる際に、いくつかの議論の着眼点があるのですが、

(1) KirなどのCsイオンに対する高親和性のカリウムチャネルが、高発現している臓器
(2) カリウムチャネルによる電位調節が、組織機能維持に重要な働きをしている臓器
(3) 直列接続(神経系、骨格筋、ギャップジャンクションが重要機能をもつ臓器)
(4) Kirチャネルがdominant positiveになることにより生じる、タイミングのズレ不安定性創出になるような、フィードバック制御をしている機能

この4点を目安に、その他の臓器への理論拡大として、アタリをつけていきます。

(1)の理由は説明の必要はあまり無いですよね。いくら放射性セシウムで内部被曝しようが、放射性セシウムがアタックするターゲットが、その臓器に存在していなければ、恐るに足りません。散々ブログの記事で繰り返してきましたが、放射性セシウムのターゲットは、セシウムイオンが固くはまり込む、Cs高親和性のカリウムチャネルだと想定しています(Kir1.1, 2.1&2.2, 3.1&3.2, 5.1など)。

図で列記してみたいと思います。

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次に(2)の条件、「カリウムによる電位調節」の重要性最初に書いたように、生体の細胞にとって、Kイオンの調節というのは、原始太古の時代に細胞というものができて以来、極めて重要な役割を担っていて、Kイオン調節のおかげで、細胞が電池として機能しうるのだ、と書きました。したがって、Kチャネルが重要でない細胞など、存在しないのですが、「その臓器で、おそらく微量セシウム内部被曝でやられうると思われる、どの調節機構に焦点を当てるのか?」となると、なかなか難しいものがあります。

心室心筋では、当ブログで論じているように、再分極第2相の外向きK電流がやられる、と考えられます。
おそらくですが、血管平滑筋、骨格筋、神経細胞、膀胱の排尿筋などでも、似たようなメカニズムで、興奮状態の鎮静、という部分でのK電流が影響を受けるメカニズムが、まずは類推できます。

そのほかの臓器に関しては、仮説としてはいくらでも述べることは可能ですが、現段階では、何か確からしいことに言及できるような判断材料が揃っていない、という状況です。とは言っても、それでは考察が進まないので、最新の医学研究からわかっている知見を頼りに、出来うる限りの推測を、チェルノブイリ事故後の疫学調査と照らし合わせて、各臓器の機能障害のメカニズムの各論を考えてみたいと思います。上の図に、一部の情報を、簡略に挙げておきました。


次に、(3)の条件、「直列接続」を解説してみます。
ごく微量の放射性セシウムが、その臓器機能全体に影響を与えるためには、その臓器に何百何千億個もある細胞の中のたった1個の細胞が、ただ単に死んでしまったりとか、ただ単に、みんなとは別に個人行動的に怠けてしまうだけでは、他の細胞が機能をカバーしてくれるので、臓器全体の機能には影響の出ようがありません。

従って、ごく微量の放射性セシウムによって臓器機能に影響がでるとすれば、このブログでも繰り返し述べてきたように、細胞群が何らかの直列接続で機能を果たしていないといけないのです。

直列接続の機能が、臓器の機能に、何らかの重要な役割をしているだろうということが分かっている臓器、あるいは、予想される臓器を、列記してみたいと思います。

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まあ、一言で「直列接続」と言っても、たった2個3個の細胞がギャップジャンクションで繋がっているだけでも、直列接続には違いありません。ですが、当ブログの試算では、数百個くらいの細胞が直列接続をしていて初めて、Bandazhevskyの報告と同程度の微量のセシウム内部被曝で、臓器症状が出得る、と見積もっています。上記の直列接続臓器の、直列細胞個数は、ざっとした見積もりでは、まあだいたい、このレンジに収まっているものが多いのではないかと思います。(ただし、免疫系・造血系のストローマ細胞(間質支持細胞)は、まだ研究の端についたばかりの分野なので、未解明ですが)。


(4)の条件、「制御の不安定性」がなぜ必要と考えられるかと言いますと、そもそも細胞内で、ごく微量の放射性セシウムがたった1個崩壊し、そこからたった1本のβ線、γ線が出たところで、その細胞が死ぬということは無いでしょう。また、細胞の中にあるたった1個のカリウムチャネルが壊れたとしてもその程度で、その細胞が死ぬ、ということも無いでしょう。問題は、(正常では細胞がシステムとして、上手にタイミングを同期して、フィードバック調節をしている、その)、タイミングの調節に遅れが生じると、制御理論的には、安定性余裕の喪失が起こりうると考えられる、という部分が、理論の根幹として、大事なのです。(制御の安定性に関しては、別途補足記事をご参考ください)

昔のカラオケ屋さんに行くと、マイクがキーンという耳障りな高音を発して、「ハウリング」という現象をよく起こしていました。なぜああいう現象が起こるかというと、マイクがスピーカーからの音を拾って、また増幅にかけてしまう、という、正のフィードバックが働き、「発振」という状態が起こっているからなのですが、(日本のメーカーが得意な分野ですが)いろんなモノ作りの際や、生体内で行われている制御も、この、正のフィードバックが掛かりにくくなるように、上手く設計されていて、この設計要求事項を、制御の「安定性余裕」と呼んでいます。ごくごく微量の内部被曝で、システム全体の破綻が起こる際の、もっとも考えやすいメカニズムが、この、安定性余裕の減少(安定性の破綻)だと想定しています。

したがって、逆に考えると、微量セシウム内部被曝等で、臓器のシステムとしての、機能破綻が起こりうる目安として、フィードバック制御が関わっているような機能の発振状態を、ヒントにするのが良いと思っています。


以上の条件を踏まえた上で、それぞれ考えうる、臓器機能障害の各論を、推測的なメカニズムと、チェルノブイリ事故で得られた知見を交えて、解説して参りたいと思います。



(a) 血管病変
チェルノブイリ事故後、様々な血管病変の疫学報告がなされています。議論を始める前に、まずは、血管の構造を図で解説してみます。

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心臓から送り出された血液は、動脈という血管を通って全身に送り出されますが、この動脈という管は、実に巧妙な(それでいてシンプルで合理的な)構造をしていて、誠に上手に、血液を流す、という技をやってのけてくれています。

動脈の機能の面白さと巧妙さを書き始めると、(分かっていること、分かっていないことも含めて)それだけで教科書が何冊もかけてしまう程なのですが、一言で言うと、程よい弾性を持っていて、その弾性が実に巧妙に調節されています。(この弾性調節が破綻した状態が、「高血圧」と呼ばれる状態だったり、血管が攣縮性の「虚血発作」だったりするわけです)。

この、弾性を調節するための構造が、上記の左図の断面図です。外膜、血管平滑筋(中膜)、血管内皮(内膜)という3層構造になっています。

システムとして、巧妙な機能連動を計るために、血管平滑筋同士、血管内皮同士は、ギャップジャンクションという構造で連結されていて、電気的な巧妙な繋がりを保っています。

例えば、右の図。これは、平滑筋の活動電位の図の伝わり方を、わかりやすく概念図で示したものです。

図では、脱分極(興奮状態)の伝搬を、「直列シグナルの例」として図示していますが、実際にセシウム内部被曝で、システムとしての破綻や不安定性に繋がるのは、ブログの本文の理論と同じく、再分極(興奮状態の鎮静)にかんする直列接続の方なのではないかと考えています。

では具体的に、システムとしての、血管の弾性調節の機能に、破綻が生じたらどうなるでしょうか?

例えば、比較的大きな動脈で、平滑筋の安定性の破綻(例えば血管攣縮のような形で)が起これば、もしかしたら、「動脈解離(血管中膜が裂け、外膜側と内膜側が乖離すること)」のようなことが起こる可能性が想定し得ます。また、何度も繰り返し血管攣縮、血管狭窄を繰り返すような好発部位に、血液の流れのストレスが掛かると、「動脈瘤(動脈の内腔が風船のように膨らんで、コブを作る状態)」のような病変が起こりうる可能性も考えられます。

あるいはまた、例えば、全身の血圧に影響を与える、中等度ー比較的抹消の動脈が、弾性機能に破綻をきたしたら、高血圧を来たし得るとも考えられます。

チェルノブイリ後の疫学調査でも、様々な血管病変の症例数の増加の報告が挙げられています。高血圧、動脈硬化、動脈瘤、血管出血性病変、血管狭窄・閉塞性病変、等々、さまざまな報告が挙げられています。古典的放射線医学理論に留まらない、様々なメカニズムの検討が必要だと認識しています。当ブログでの理論の延長線上での血管障害の説明は、内部被曝での量的な関係を説明する上で、比較的きれいな説明がつけられる理論なのではないかと思っています。



(b) チェルノブイリ膀胱炎、膀胱癌
次に、膀胱の話をしてみましょう。いうまでもないと思いますが、人体の下腹部で尿を貯めておく臓器、それが膀胱です。
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図のように、膀胱は、内腔側を移行上皮細胞と呼ばれる上皮細胞層に覆われ、その下に、上皮下interstitial細胞や求心性神経線維層、さらにその下に、排尿筋と呼ばれる平滑筋層があります。
これらの細胞、特に膀胱移行上皮細胞同士は、connexinという分子を発現し、ギャップジャンクションで接続されていることが分かっています(細胞ー細胞同士が、電気的に繋がって連動していると言う事)。interstitial細胞同士もギャップジャンクションでつながり、当然、平滑筋同士もギャップジャンクションで繋がっています。神経細胞はそのものが直列構造で機能をしています。以上列記したように、膀胱の主要な機能に関わる細胞は直列接続をしています。

人間は、いちいち、「さあ、今から平滑筋を伸ばして、膀胱を膨らませて、尿を溜めるぞ!!」などと考えながら膀胱を使うわけにはいきませんから、ある程度のことは、膀胱サマに、お任せするしかないのです。膀胱の各細胞も、上記のように、実に巧みな連動を保って機能しているために、スムーズに蓄尿、排尿ができていることが分かっています。実際、蓄尿や排尿の機能障害の多くの患者さんでは、この連動機能が異常になっているということが分かっています。

さて、膀胱の機能と、各細胞の電気的興奮状態の連動に関しては、上記のように詳しいこともいろいろ分かっていますが、例えば、ギャップジャンクションという、細胞の電気的連動性に関わる部分の障害が、膀胱炎や、過活動性膀胱症で報告されています。ここからは、あくまで推測に過ぎませんが、当ブログで考察してきたような(心室心筋の発振状態、痙攣状態)ことが、微量セシウム内部被曝下で、膀胱の排尿筋や、膀胱上皮付近で起こったらどうなるでしょうか?細胞が痙攣状態に陥れば、その細胞は、「excitotoxicity」(注)と言って、細胞死に陥るリスクにさらされると考えられ、慢性的に、繰り返し膀胱炎を起こすような可能性も想定できます。

では、チェルノブイリ事故で、何が報告されているのか?

重要な研究が、日本人研究者によって発表されています。チェルノブイリ膀胱炎・膀胱癌と言われている病理研究です。
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Romanenkoと福島らの論文では、チェルノブイリ事故後の疫学調査で、セシウム汚染地区の、セシウム内部被曝患者における膀胱癌、異形成が大変高頻度に見られ、患者の膀胱組織において、慢性炎症の関与を示唆する所見があり、慢性炎症からの発がんを示唆させています。

この研究は、原発事故後に、東大の児玉先生が国会での演説の際に紹介をされたそうなので、すでに目にされたことのある方も多いかもしれませんね。

私はこの研究はその他のチェルノブイリ事故後の疫学報告と照らし合わせてみて考えた上、重要な知見だと思っていますが、ただし、少々留意しておくべきことは幾つかあります。一つは、論文の尿中セシウム排泄量は、事故から何年も経った後での計測値です。内部被曝量の見積もりにしても、事故直後はもっと高かったのではないか、という推測も可能で、本当に、最初からこの程度の微量セシウム内部被曝量で膀胱癌や異形成に至るのかどうかは、よく分からないというのが現段階での見解かと思います。もう一つは、この病理学研究は、前立腺肥大患者などの膀胱組織を調査したものなので、一般大衆の、セシウム内部被曝による膀胱癌のリスクがこれと同程度になるわけではありません。ということで、スタディのデザイン上、やむを得ない制約もありますが、それを踏まえた上で、重要な研究結果です。

ここからは余談になりますが、「炎症」というのは、生体にとって、良くも悪くも、無くては成らない重要な反応です。問題は、炎症が長く続く「慢性炎症」と呼ばれる状態です。急性の炎症は、それが臓器死や個体死につながるものでなければ、むしろ生体にとって必要な現象であることも多く、炎症が治まって仕舞えば、患者はもとの健康体に戻ることができます。一方、ごく微量の炎症であっても炎症が遷延化してしまうと、「慢性炎症」という状態を引き起こし、各種の慢性疾患を引き起こすことが分かっています。人間の発がんも、分かっているだけでも、3割以上は、慢性炎症が関与しているとされています(この割合の数字は、今後の発がん学の進歩とともに、上がっていくだろうという見方もあります)。慢性炎症の重要性は、かなり早い時代から注目されていて、日本人では1910年代には東大の山極勝三郎らが、ウサギの耳にコールタール刺激による人工発がんモデルを作成した先駆的な貢献が有名です。時代をはるか下りこの数年来、より扱いやすい、遺伝子操作による慢性炎症による動物モデルなどが次々に確立され、具体的なメカニズムを含めた議論の上で、慢性炎症研究への注目が増してきつつあります。

また、セシウム内部被曝が膀胱癌に関与していたと仮定した時、実はもう一つ、慢性炎症の理論以外に、別のメカニズムによる説明が可能です

近年、ギャップジャンクション(コネキシンという生体分子により細胞が電気的に連動するための連結機構)の機能不良が、各種の発癌過程に、重要な役割を果たしているのではないかという理論が提唱されています。膀胱癌も含めて、様々な癌組織で、ギャップジャンクションの機能不良や、ギャップジャンクション関連分子の発現低下・変性が見られ、逆に癌細胞にギャプジャンクションを強制発現してやったり、ギャプジャンクション機能強化をしてやると、癌細胞増殖を抑制したり、癌細胞を殺したりすらできる、ということが分かってきています。つまり、細胞というのは、生体内ではコミュニティを成していて、細胞の機能連動はもちろん、細胞の分化・増殖にも、細胞ー細胞間の、メッセージの連携プレーが重要で、お互いに話し合って、正常な増殖・分化タイミングを決めている。この連携が破綻すると、ある細胞の増殖能の暴走が始まり、癌化の重要なステップへと至るのではないか、という理論です。

まさに後者のメカニズムは、微量セシウム内部被曝での心室心筋の機能連動の破綻のメカニズムとよく似ており、チェルノブイリ膀胱癌を説明するのに、理解しやすい理論だと思います。

ここに記したメカニズムが正しいのかどうか、初期からの内部被曝量の見積もりの妥当なのかどうか、など、幾つかの点は議論の余地がありますが、セシウム内部被曝での、膀胱関連の障害に留意しておかなければならないと、福島らの論文は示唆しています。



(c) 白内障
セシウム内部被曝の影響を考えるときに、意外に盲点になるかと思うのが、眼の水晶体への影響の可能性かと思います。驚くことに、チェルノブイリ原発事故後に、白内障の好発が複数の疫学調査で発表されています(Bandazhevskyのほか、"Number of bilateral lens opacitiesand level of incorporated Cs-137 in Belarussian children" by Arynchin and Ospennikova, 1999など)。

白内障というのは、目の水晶体というレンズの部分が、濁ってしまい、物が見えにくくなる病気です。

高線量の外部被曝にさらされた際の水晶体への影響は、古典的放射線医学理論でも、現在進行形で、比較的知見が蓄えられています。原発作業労働者や、原発事故処理活動に関わった大人が白内障を好発する場合には、大筋はその考え方で良いのだろうと思っていますが、実は、汚染地区の小児にも、大変高頻度に白内障が好発することが、チェルノブイリ事故後の疫学調査で分かっています。小児が高線量外部被曝にさらされていた状況は考えにくく、おそらく多分、放射線絡みの白内障に関しては、従来の理論以外にも、別のメカニズムに依るものを、見落としてしまっているのではないかと感じます。Bandazhevskyは、たしか、やはり微量セシウム内部被曝が関与していると発言していたはずだと記憶しています。

一体、どんなメカニズムを考慮していけばいいのでしょうか?考えるための材料は、最新の医学研究でも、まだまだ不足していると個人的には感じるのですが、まずは、人間の目のレンズ細胞の図を記します。白内障というのは、このレンズの、絶妙に調節された透明性が失われ、濁ってくる状態です。

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(注)あくまで概念図的な構造で、一部不正確です。実際にはもっと沢山の細胞がギッシリと詰まっています。


昨今では、レンズの透明性維持に、レンズ細胞のイオン濃度調節、容量調節、そのための、レンズ細胞同士の機能連携が重要ということが分かってきています。ただし、成熟レンズ細胞(図の黄色い部分)では、Naイオン、Clイオンの調節が重要であり、Kイオンの挙動はあまり解析されていません。これは、成熟レンズ細胞にはKチャネルは存在しないとされているためだと思います。ただし、Kイオンは無関係なわけではなく、レンズ上皮細胞(図の赤い部分)には、多くのカリウムチャネルが存在し、Kirも発現していることがわかっています。Kirとカウンターに働くカリウムチャネル(各種Kvチャネル系:KvLQT1, MiRP2のほか、BKなど)の存在もわかっています。Na/K-ATPaseという分子ポンプを回して、細胞内外のNa, Kイオン濃度調節をしていることもわかっています。レンズ上皮細胞同士ギャップジャンクションを介して接続しています。

重要なことに、動物実験では、レンズ細胞の各種のコネキシン(ギャップジャンクションを作る重要な生体分子)を阻害してやると、白内障を生じることが分かっており、レンズ細胞同士の、なんらかのイオン調節機能の連動が、能動的にレンズ透明性の維持に重要ということが解明されつつあります。

微量のセシウム内部被曝は、心室心筋においては、興奮・脱興奮のタイミングを狂わせ、システムとしての安定性に破綻を来すというメカニズムが当ブログの理論です。水晶体に於いても、あくまで考えうる可能性の一つに過ぎませんが、似たようなメカニズムで、例えばレンズ上皮細胞の機能同期不良が、なんらかの形で、レンズの各種の細胞におけるイオン濃度調節機能異常から、レンズ透明性維持機能が破綻したり、上皮細胞などの同期不良がなんらかの形で細胞分裂や成熟過程のタイミング異常によるレンズ細胞配列の異常などにつながる可能性は、十分に想定し得ると考えています。

以上を一言でまとめますと、セシウム内部被曝による、レンズ透明性維持機能の破綻や、レンズ細胞アラインメント(配列)の不整化などのメカニズムを、あくまで一つの可能性としては、想定しておいても良いのではないかと思います。



(d) 神経症状、骨格筋症状
当ブログでは、心室心筋細胞での、脱分極(興奮状態)、再分極(興奮状態の鎮静)のタイミングのことを、主テーマとして議論してきました。セシウムが、心室心筋の、Kirという、ある種のカリウムチャネルに異常を来たし、システム全体としての、制御機能の安定性の低下から、破綻が生じる、という可能性に関する考察です。

実は、心室心筋の時に考察してきたのと、全く同じ議論が、同じく「興奮性臓器」である、骨格筋と、神経系での活動・鎮静の制御にも、そのまま成り立ちます。心筋と同じような電位調節を受け、心筋細胞と同じようなKチャネルが重要な働きをしていて、心筋細胞と同じように、骨格筋も神経組織も、「直列接続としての機能」がシステムとしての働きに重要だからです。

心臓での話は、一言で言うと、心筋細胞が痙攣のような状態になったら、不整脈が起こり得るよね、という話でした。

では、骨格筋で、痙攣状態が起こったら、どんな症状がおこるでしょうか?神経系で、神経細胞が痙攣状態のような状態になれば、どんな症状が起こるでしょうか?

考察していけば、この分野も、延々と議論できてしまうのですが、実際、チェルノブイリ事故後の疫学調査でも、様々な、神経筋疾患の疫学報告がされています。微量のセシウム内部被曝による、当ブログと類似のメカニズムが関与していた可能性は、考察に値するのではないかと考えています。



(e) 消化管疾患
チェルノブイリ事故後、各種の消化管疾患が、放射性セシウム汚染地区で増加していることが報告されています(胃癌・胃炎・胃十二指腸潰瘍・大腸癌等)。内部被曝との関連を明らかに示す疫学調査は私の知る限りな調べられていないと思いますが、おそらく、外部被曝量からの見積もりよりは、内部被曝によるメカニズムを考察したほうが、説明が容易なのではないかと思います。

上の表に挙げたように、胃粘膜上皮細胞、大腸粘膜上皮細胞、消化管平滑筋細胞では、いずれもCs高親和性Kチャネル(Kir2.1等)を発現しており、放射性セシウムのターゲット分子(候補)を持っています。消化管粘膜上皮細胞は、KvLQT1 (KCNQ1)により、胃酸分泌調節、消化液・粘液分泌調節がなされ、一方、消化管平滑筋では、Kイオン調節は静止膜電位や再分極の調節に重要です。

また、胃粘膜上皮細胞同士、腸粘膜上皮細胞同士、消化管平滑筋細胞同士は、ギャップジャンクションにより直列接続を受け、電気的に巧妙な連動をなしています。以上、すべての項目で、放射性セシウムのターゲット臓器としての条件を満たしています。

(i) 胃癌・大腸癌などと、KvLQT1(KCNQ1)の関わりを示唆する研究、(ii) 胃癌・胃炎・ゲリコバクターピロリ菌感染や大腸癌とギャップジャンクションの発現・機能異常との関連を示唆する研究もあり、消化管細胞同士のカリウムイオン調節・電気的活動の直列連動の異常から、各種癌や胃腸炎にいたるメカニズムの存在を示唆しています。

消化管ではありませんが、同じく消化器系の癌で、チェルノブイリ事故後に好発の疫学調査があるもののひとつに、膵癌が挙げられます。膵臓というのは面白い臓器で、内分泌(ホルモンなどの血中への分泌)と、外分泌(消化液の消化管への分泌)を、共に担うユニークな臓器です。膵臓の内分泌機能に関しては糖尿病関係の研究から、極めて多くの知見が蓄積しているのですが、臨床上よく問題となる膵癌に関しては、主には外分泌系からの発癌が重要視されています(もちろん内分泌系由来の膵癌もあります)。ここ数年のことですが、いわゆる一般的な膵癌に関しては、膵臓のacinar細胞由来の発癌が問題だということが証明されて来ました。このacinar cell同士もまた、ギャップジャンクションにより電気的な連動をしており、Kir系(Kir2.1や2.3など)のセシウム高親和性のKチャネルを発現しており、KvLQT1(KCNQ1)などのKチャネルによる細胞内Kイオン濃度調節が、膵液分泌など様々な役割を果たしていることが分かっています。やはり、注視しておくべき臓器の一つであることには違いないと思っています。



(f) 乳腺
チェルノブイリ事故後、放射性セシウム汚染地域で、乳癌の増加が多数の疫学調査により報告されています。これも、内部被曝との関連を明らかに示す調査は知りませんが、やはり、外部被曝の見積もりよりは、セシウム内部被曝による理解の方が、容易だろうと考えています。

乳腺上皮細胞、乳腺筋上皮細胞は、いずれも、セシウム高親和性のKir2.1などを発現しており、放射性セシウムの分子ターゲット候補を持っています。カリウムイオン調節は、乳腺細胞の浸透圧調節、乳汁分泌などに重要と考えられており、ギャップジャンクションによる乳腺細胞の直列接続も同様に、これらの機能に重要です。また、乳癌組織で、ギャップジャンクションの発現低下も報告されており、乳腺細胞同士の密な直列接続による機能連携が、正常乳腺組織の維持に重要であろうと示唆されています。

以上、乳腺もまた、放射性セシウムのターゲット臓器としての条件を満たしています。


(g)甲状腺疾患
すでに皆様がよくご存知のように、チェルノブイリ事故後には甲状腺疾患が多発しました。公的に認められている統計、認められていない統計などいろいろあると思いますが、ざっと広く統計を拾うと、甲状腺癌、甲状腺機能低下症、亢進症、甲状腺炎などなど。一般的には、甲状腺疾患一般は、甲状腺癌の症例が1例見つかれば、その1000倍は甲状腺機能障害の症例がある、と言われています。

この、チェルノブイリ事故後の各種甲状腺疾患ですが、一般的には、チェルノブイリ事故に関連する甲状腺疾患は、放射性ヨウ素の初期被曝によるものに帰結されており、セシウム内部被曝は強くは示唆されていません。というのも、特に事故後生まれた子供たちでは、診断数も事故後10年をピークとしてその後現象に転じていることや、逆に年齢の高い層には晩発性に診断数が増えているという疫学上のパターンがあるせいなのでしょうね。そのほか、いくらかの疫学調査の結果や、あとは、現代医学的は、どうしても、放射性ヨウ素内部被曝に関する医学知見の蓄積があることと、放射性ヨウ素の体内動態が圧倒的によくわかっていることなどから、原発事故後の甲状腺疾患に関しても、放射性セシウムよりは、放射性ヨウ素の方に結びつけられて考察されるのでしょう。

ただし、あくまで私見ですが、放射性セシウム内部被曝による影響が関与していた可能性は残しておいたほうが良いのではないかという気がしています。甲状腺濾胞上皮細胞同士は、ギャップジャンクションで直列につながっていることが分かっています。また、セシウム親和性の各種のKir系のチャネルが数多く発現しています。甲状腺濾胞細胞におけるカリウムイオンの調節は、甲状腺ホルモン産生、そして甲状腺細胞自身の増殖調節に極めて重要だということが分かっています。したがって、放射性セシウムのターゲットになりうる臓器としての条件は満たしているわけです。

生物学的な実験結果から分かっていることとしては、甲状腺細胞のギャップジャンクション強化により、細胞増殖抑制が起こります。逆に多くの癌細胞ではギャップジャンクション機能の抑制。マウスの実験での甲状腺濾胞上皮細胞でのカリウムチャネルの阻害は、甲状腺機能低下症につながり、T3,T4↓、TSH↑という甲状腺ホルモンバランスにいたります。(ちなみに高TSH血症は、近年、甲状腺癌のリスクファクターと捉える考え方が一般的です)。

あくまで可能性にすぎませんが、その他の臓器異常のメカニズムと似たように、直列につながった濾胞上皮細胞の、膜電位シグナルの制御の安定性の低下から、発振状態を来し、ホルモン産生能の異常、細胞増殖能の異常に至ったり、炎症性変化につながったりすることは、可能性としては考えておいても良いのではないかという気がします。

ただし、チェルノブイリ事故にせよ、福島第一原発事故にせよ、疫学調査を見るときには注意事項があります。甲状腺機能異常症というのは、もともと、正常のポピュレーションにも多い疾患であり、甲状腺癌も潜在的には、一定の割合で存在するため、疫学調査からバイアスを排除して結論に至るのは、容易ではないと思います。予断を排し、出来うる範囲で良いので留意を続けていただきたいと思っています。



(h) 免疫系・造血系異常
チェルノブイリ後、様々な免疫系、造血機能系の異常の疫学調査が挙げられています。日本でも、福島第一原発事故後の、野生ニホンザルの白血球数の異常などの調査(羽山さんらによる)というのが報告されています。ニホンザルの研究は、私もまだ原著に当たっておりませんが、骨格筋中のセシウム内部被曝量で、数百ー1000Bq/kg程度の内部被曝量だったと記憶してます(これ、ちなみに、Bandazhevskyの臓器別内部被曝量のデータを当てはめると、ホールボディーカウンターでは、全体重あたり数十から100Bq/kg程度に相当するはずで、やはり、Bandazhevskyの心筋症と同程度の桁の、ごく微量セシウム内部被曝という風に理解しています)。

したがって、ごく微量のセシウム内部被曝で、免疫系・造血系に異常を来たし得るのか?そのメカニズムは?という点を考察してみたいと思います。

ちょっと残念なことに、免疫系・造血系での、カリウムチャネルの働き、カリウムイオンの調節、直列接続かどうかの知見というのは、まだまだ、これからの科学知識の蓄積を待たねばならない分野です。

ただ、近年面白いことも分かってきつつあります。

1960年代から1980年代に掛けての、「古典的免疫学の黄金時代」の研究は、免疫細胞を単体で取り出して研究するのが常套手段でした。何も、難しい組織の中での免疫細胞の振る舞いを扱わなくても、簡単に免疫細胞は人体からも実験動物からも単離できるし、また、単離した免疫系細胞の振る舞いも、試験管の中で綺麗に扱えるので、この、試験管の中での研究を手掛かりに、一気に免疫学の学問体制が、完成していった時代です。シンプル・イズ・ベストという言葉は研究にも当てはまり、単純化した、試験官内での研究モデルで、次々に大事なことが発見されていきました。

私たちオジさん研究者が教育を受けた云十年前の学生時代には、例えばリンパ節の中の免疫細胞の分布にしても、何にしても、免疫細胞たちが、試験管の中の反応と同じように、単に液性の因子をお互いに出し合って、それで、住み分けも、増殖も、発達分化も、決められているのだろう、と考えられていました。まあ、イメージで言えば、プカプカと海の中を漂うクラゲ同士が、液性のものを分泌してシグナルをやりとりしているような感じです。

しかし、実は2000年代以降に、とても重要な知見が、生体内の細胞の実際の挙動観察から得られることになりました。

テクノロジーの進歩というのは凄いもので、動物個体のリンパ節の中を生きたまま、つぶさに観察する、などという、以前は夢のまた夢と考えられていた研究方法というのが、2000年代の中盤に確立してきました。これは、ご存知の方も多いと思いますが、下村脩さんのみつけたGFP(緑色蛍光タンパク)という蛍光色素で細胞をラベルすることが出来るようになったことの恩恵でもあります。

すると、生体の中のリンパ節を観察してみると、どうしたことでしょう!免疫系の細胞が、「支持細胞」と言われる細胞(間質ストローマ細胞)の突起と突起でできたレースの上を、密接にコンタクトを保ちながら、這うように移動していることが分かってきたのです。それまで、これらの支持細胞は、ただ単に、リンパ節の構造を維持するためだけに、そこにある、無用の(無用に近い)細胞だと思われてきたにもかかわらず。

たとえば、リンパ節における、FDC(濾胞樹状細胞)。この細胞は、リンパ節の濾胞といわれる部位で、網の目のようにネットワークを張り巡らせていることが、昔から分かっています。面白いことに、Cx43という、ギャプジャンクションに関わる分子を発現しています。このCx43を阻害してやると、各種の免疫系細胞の発達が阻害されます。これらのことから、免疫細胞の正常な発達には、細胞ー細胞間の電気的なコミュニケーションによる連動が必要だ、という新たなパラダイムが開けて来るという期待感が学界に漂い始めています。ただし、あくまでそういうことが想像出来る、という仮想の段階の話で、まだまだ、研究の緒につきかかったばかりの分野です。もしかしたら、樹状細胞のネットワークが、(神経回路のように)お互いに電気的連動をなしていて、なんらかの形で、免疫系細胞の正常な発達を促しているのかもしれませんね。


少し、似た話で、もう少しだけ別系統の研究からの解析が進み、注目されつつある分野の話をしてみたいと思います。

骨髄のニッチ組織(niche: ニッシュともニッシェとも呼ばれます)、と言われる部分に関してです。

皆様は、「幹細胞」というキーワードを耳にされたことはあるでしょうか?いろんな種類の「幹細胞」がありますが、ざっと、「様々な細胞を作り出すための、発生段階の源となる細胞」というのが、幹細胞という風に理解しておいてください。我々研究者にとって、もっとも馴染みの深い細胞が、Embryonic stem細胞(ES細胞)だとか、inducible pluripotent stem細胞(iPS細胞)と言われるものです。後者は山中伸弥さんの貢献を耳にされた方は多いことと思います。

これらの細胞は、今や、いろんなルートで一般の研究者にも入手ができますが、培養して飼ってやろうとすると、なかなかテクニックを要する細胞たちなのです。そんじょそこらの初級者向けの培養細胞というのは、培養ディッシュに細胞を撒いて、培養液を加えただけで、簡単に細胞培養実験を行うことができます。

ところが、ES細胞にしても、iPS細胞にしても、ただ単に、ディッシュに巻いただけではダメで、従来的には、最初に「フィーダー細胞(栄養供給細胞)」というものをディッシュに蒔き、その準備を延々と整えた上で、フィーダー細胞の上に、ようやく幹細胞を撒いてやることが出来るのです(もっとも、最近ではフィーダーの不要な培養方法というのも広まりつつあります)。

なぜこんな面倒臭いことが必要かというと、ES細胞やiPS細胞の「幹細胞性」(幹細胞を幹細胞たらしめる性質)をキープしたまま、上手に培養してやるには、どうしても、フィーダー細胞の助けを借りなければなら無いのです。

これは、生体内のことを考えても、至極納得の帰結なのです。造血幹細胞という一種の「幹細胞」が、骨の中の「骨髄」と言われる組織にあるのですが、造血幹細胞は、骨髄の中のniche(ニッシュ、ニッシェ、ニッチとか言われます)という、支持組織の中にキープされ、ニッチの細胞群のヘルプによって、幹細胞性を保っている事が分かっています。(フィーダー細胞も同じ図式ですね!)

骨髄造血幹細胞と、この、生体内の骨髄ニッチの各細胞群との関係を、図にまとめてみます。

イメージ 4


現在わかっているのは、ニッチの中の、骨髄ストローマ細胞(細網細胞:CAR細胞等)の、カルシウムシグナルなどの同期ギャップジャンクションを介した直列接続)が、骨髄造血系の機能に極めて重要、という知見です。

そもそも細胞のカルシウム波は、細胞のカリウムイオン、ナトリウムイオンなどによる膜電位変化によっても、調節を受けているのは、いろんな細胞での共通事項です。したがって、当ブログで検討したような、微量セシウム内部被曝による、膜電位調節機構の破綻、安定性の損失ということが、造血機能、免疫系細胞の正常な増殖・分化能に影響を与える、という可能性は、推測され得ることだと思います。

まだまだ、生体内での詳細な、免疫細胞系や造血細胞系の機能調節というのは、研究課題が山積みの分野ですが、もしも、ごく微量のセシウム内部被曝と免疫系・造血機能系とが、なんらかの関係があるのであれば、当ブログの理論と同様のメカニズムが潜んでいる可能性を検討しなければならないかもしれません。



(注)excitotoxicity(興奮性による毒性)というテクニカル・タームは、厳密には、神経生物学において、神経細胞が、神経伝達物質(たとえばグルタミン酸など)の過剰刺激によって、過興奮という状態を起こし、細胞死を来す現象を指します。メカニズムに関しては、現在進行形でいろいろな議論がありますが、たとえば細胞内カルシウムがオーバーロード(細胞質内にカルシウムイオンが過剰に流れ込むこと)して、細胞死に至る、などのメカニズムで説明されています。ただし、細胞は正常の興奮状態でもカルシウムのシグナルは有効に利用することができるので、異常カルシウム・オーバーロードが、正常の反応と質的にどう違うのか(流入量が過剰なのか、持続時間の問題なのか、タイミングなのか、他にセイフティ・スイッチがあるのか)など、その他のメカニズムも含め、いろいろな角度からの面白いことも解明されつつあり、まだまだ現在進行形で研究されている分野です。ともかく、「細胞が異常なまでに興奮したり、過度の刺激を受けると死ぬ」という現象自体は、様々な実験系で再現性が高く、広く受け入れられています。このブログでは、神経細胞以外にも拡張し、「細胞が痙攣状態になるような、異常な活動をしたら、細胞死のリスクが高まる」と、少し広い意味で使っています。日常生活での経験則として、誰もが知っている現象としては、「こむらがえり」を考えてみてください。誰しも、寝ている時に足がつって、痛みで目がさめたという経験はあると思いますが、あの、こむらがえり(有痛性筋痙攣と言います)。筋肉の細胞が、過度に興奮してまさに痙攣しているわけなのですが、この、過度の興奮のために、一部の筋肉細胞が細胞死を起こすことがわかっています。


(補足)ここに書き損ねた疾患に、チェルノブイリ事故後の糖尿病の好発があります。1型にしても、2型にしても、同様の考察で綺麗に説明することができます。字数制限のため、別途追加記事を用意したいと思います。


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この補足記事では、Bandazhevskyの報告している、微量セシウム内部被曝による「高血圧」と、動物実験データ(「低血圧」)の不整合に関して、解釈を書いてみます。

最近知人から指摘されたのですが、Bandazhevskyのデータを信じられない、という方が意外に多いとのことです。彼のSwiss Med Weeklyの心筋症の論文を読んで、おそらく、次のような受け止め方をされる方がおられるのではないでしょうか?

(論文を読んだときに起こり得る否定的意見)「バンダジェフスキーのデータは、何一つ再現されていない。動物実験で、心電図変化も再現されていなければ、バンダジェフスキーの高血圧との報告も、ラットでは低血圧だ!これほど何もかも再現されないのだから、デタラメに決まっている!」

これは、まあ、(込み入ったメカニズム論に立ち入る必要もないので)データの読み方の問題なので、まず一番に見解を述べることの出来るポイントですね。少し解説を書かせていただきたいと思います。


ちょっとだけ、まず、個人的な体験談を書きますが、Bandazhevskyの論文を最初に私が目にした時、私も、同じように、いくつかのポイントに気がつきました。

かれのデータが、非常にユニークだったために、原発事故直後、動物実験との整合性をたしかめようと、文献検索を行い、Gueguenの論文に行きあたったお話は、以前の記事で述べました


2つの研究の整合性がきちんとしていれば、それがなによりなのですが、幾つかの、一見、不整合と思えるデータに、すぐに気がつきました。おそらくは、このあたりがネックになり、上記の意見のように、Bandazhevskyのデータを信じられない、と判断される方も、当時は多かったのではないでしょうか?



この補足記事で議論するのは、もう一点、大事なポイントで、血圧データの、見かけ上の不整合という問題があります。

Bandazhevskyは、高血圧になる(しかも血圧は少々不安定)と記しているのに、ラットの実験のGueguenの論文では、低血圧になる、と書かれています。これを持って、「ほら、Bandazhevskyは信用ならない」と、思ってしまわれた方もおられるかもしれません。

でも実は、私はこのデータをみた瞬間に、両方のデータが、どちらも正しかった、という、解釈が成り立ちうる、と考えました。

低血圧と、高血圧が両立する?まさか!
と、否定的な反応をされる方も多いと思います。

私は、医学生物学系でも、「実験」を手がける人間ですので、論文のデータを見た瞬間、まず第一に、そのデータが、どのような研究手段で得られたのか、という実験方法を吟味します。

Gueguenの方法は、観血的血圧測定法と言って、ラットの動脈にカテーテルを挿入し、圧トランスデューサー(圧センサ)といわれるものを接続し、持続的に血圧を測定する方法で、手の込んだ方法ですが、大変正確に、動脈血圧に関するありとあらゆるパラメータを、連続波形として測定することができます。
(図1)
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(「医療関係挿絵に使える無料素材」様から借用壊変)


この図のように、最高血圧(収縮期血圧)というのは、一番高い所の血圧になります。一目瞭然、簡単ですね。


一方のBandazhevskyのデータはどうでしょうか?

(じつは、このBandazhevskyという学者、ものすごく大事なデータを論文にまとめているのに、論文を書きなれていないせいなのか、論文執筆に関する、マナーというか、基本的な、「てにをは」が、ちょっと問題のある書き方の論文ではあります。方法論等の記述、データの処理や統計など。もちろん、これらの問題が重要ではないとは言いませんが、しかしながら、一方で、そういう、基本的な部分が、かれのこの分野に関する貢献を薄めるものであってはいけない、と、極力、私は個人的には思っています。問題はあれども、それほど、重要なテーマに関わるデータだと思っています。が、論文を読む学者によっては、このような細部の問題点を重要視する学者も多いと想像しますし、そういう批判的な意見は私も十分に理解できます。特に、放射性セシウム心筋症、という、従来理論からは逸脱した分野では、批判の声が強くなるとしても、宜なるかなという思いです。)

私は、学者として、この、新しい報告をきちんと説明するメカニズムに今は興味をもっているので、最大限、行間を追って、解釈を試みたいと思います。

論文中に詳細の記載がないのですが、おそらく、Bandazhevskyの論文の血圧測定は、「通常の血圧測定」がされたはずです。つまり、カフ(マンシェットと言います)を上腕に巻いて、動脈のコロトコフ音という、動脈の脈波音を、聴診器で聞き当てます。

ご存知ないかたのために簡単に原理を説明しますと、カフ圧が高い時には、動脈が完全にブロックされ、コロトコフ音は聴診されません。徐々に、カフ圧を下げていくと、ある圧を境に、明瞭な脈音が聞こえ始めます。これが、被験者の動脈圧の、最高血圧が、カフ圧に打ち勝った時点なので、最高血圧、と呼ばれます。
(図2)
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(「医療関係挿絵に使える無料素材」様から借用壊変)


健常人で、脈波が一定に、安定しているときは、話は簡単です。

観血的手法(図1)で計ろうが、カフ圧(図2)で測ろうが、同一の個体では、最高血圧は、変わるはずがありません。当たり前ですよね。同一人物なんですから。


ところが、血圧が少々不安定な時を考えてみてください。


どういうときに、血圧が不安定になるかというと、不整脈がでていたり、自律神経系に問題をかかえているときなど、脈圧が安定しないことが良くあります。

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この時、観血的血圧測定では、常時連続して、血圧を記録しているので、当然、「最高血圧(収縮期血圧)」は、脈波のピークからピークの、平均を、コンピューター上で計算して、収縮期血圧のパラメータとして記述する論文が多いのですが、一方、カフ圧で測定すると、どういうことがおこるでしょうか?

まあ、これは、測定者(医師であれ、看護師であれ)の、心理問題になってくるのですが、「コロトコフ音が聞こえ始めるポイントを持って最高血圧とする」という診断学の教えがある通り、おそらく、最高血圧の中の最高血圧をもって、収縮期血圧と記録する医療従事者が多いのではないでしょうか。

つまり、同じ「最高血圧」と言っても、脈波が不安定になったとたん、2つの測定方法で、乖離が起こってしまいます

これが、Bandazhevksyの論文と、Gueguenの論文にかんする、血圧データのパラドックスなのではないか、と、私は震災直後に理解しました。実際、Bandazhevskyの論文を読むと、「血圧は不安定」と記述されています。


ただし、この解釈にも、問題がないわけではありません。

なにが解釈上、問題かというと、Gueguenの論文では、明らかなる「不整脈は認められなかった」と記されているのです。ここが、解釈上の一番難しいところなのですが、一つの解釈は、Gueguenの論文の心電図記録は、24時間連続して計り続けているわけではなく、毎時毎時、断続的に数分間記録しては、記録を止め、また記録して止め、ということをくりかえす測定方法です。不整脈の患者も、常時不整脈が出続けているわけではなく、出たり、止まったりを繰り返す方も多いものです。すなわち、Gueguenの方法での心電図記録では、記録時にたまたま不整脈を見落としてしまっていた、という可能性。一方、観血的血圧測定では、(1) 常時最高血圧の値だけを記録し続けたか、(2)同じように断続的に観血測定するのだが、心電図記録のタイミングとはずれていて、不整脈の出がちなタイミングで血圧を記録していた。そして、あるいは、実験者は、血圧測定の脈波系の乱れに目を通すことなく、機械の記録した数値だけのデータを論文に使用した(これは、ここのポイントが重要、と、「用意された目」でデータに注視していないと、よくあることなので、実験者を非難する趣旨の解釈を述べているわけではありません)、などの解釈が成り立ち得るます。


Bandazhevskyの高血圧、血管障害のメカニズムに関しては、別途議論したいと思います。



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このブログの理論をご理解いただくために、多くの方が引っかかるポイントの一つは、心臓が、伝導系を成していて、そのシステムとしての機能は、直列接続である、という点に気がつくことができるか、受け入れることができるかどうかという点かと思います。

最近知人から指摘されたのですが、このブログの理論を誤解されるかたが多いかもしれない、とのことです。いろいろな理由があると思うのですが、その一つが、この、「心臓が直列システムである」ということに気がつかない、あるいは、専門家でも日頃の研究の思考回路が邪魔をしたり、専門知識による先入観によって、直列システムであるということを受け入れられない、という点かと思います。

(先入観に基づいた発言1)「心臓には、何百億個もの細胞があり、たった50個や100個、いや千個でも万個ですら、そんな一握りの細胞がおかしくなったからといって、心臓の機能に影響が出るわけがない」

という一般的な先入観や、

(先入観に基づいた発言2)「心臓の再分極が直列接続だなんて、馬鹿な話をするな。再分極は自律調節だ」(これ、知らない方は何の話をしているのか訳が分からないとおもいますが、後段にて詳しく解説していきます)

という、むしろ専門知識があるがための先入観があるのではないかと思います。以前の記事(記事1記事2)ですでに述べていることなのですが、この補足記事では、それらの誤解や否定的意見に対して、改めて、少し詳しい解説を書いてみたいと思います。

(図)心臓の刺激伝導系
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上の図は、心臓の電気的興奮状態が心臓内を伝わっていく様を図示したもので、「刺激伝導系」と呼ばれます。上流(洞結節)に発した興奮状態が、下流(心室心筋)に伝わっていきます。皆様が日頃よく目にする心電図も、この心臓全体の電気的興奮状態の総和を記録したものですし、心臓全体が効率よく、秩序立って血液を全身に送り出すポンプの役割を果たすことができるのも、心臓全体がシステムとして、このように、整然とつながった一連の接続でタイミングを取っているからなのです。

心臓の刺激伝導系が直列システムであるなんて、言われてみればなんのことはないのですが、得てして、生物学の専門家になればなるほど、日々手がけている実験の条件に引きずられてしまい、こんなごく当たり前の条件を、忘れてしまいがちです。あるいは一方、専門知識の豊富な方は、現状での見解の先入観が邪魔をして、「直列接続である」ことに、違和感を覚える方もおられるかもしれません。

そういう、いろんなレベル、いろんなバックグラウンドに応じた、否定的な意見があると想像していますので、ひとつひとつに、見解を書いていってみたいと思います。


まずは、第一の誤解意見について。



ーーーー直列システム、並列システムーーーーー


誤解(直列システムを想定できない)の理由1

原発事故後にも、セシウム内部被曝をアセスするときにも、次のような計算をやっておられた方が多いのではないでしょうか?

(古典的理論での計算)セシウム50Bq/kgの実効線量は、xxxミリシーベルトであり、心臓の等価線量はyyyミリシーベルトである。この程度のエネルギーでは、なにも臓器障害は起こらないだろうが(まあこれ、古典的「確率的影響」の目安であるシーベルトというエネルギー影響換算単位を臓器障害の目安にも当てはめようという目論見自体が古典的理論体系の中だけでもルール違反なんですが)、(古典的計算方法はここで終わりですが、話のネタとして、蛇足的な計算例を書いていきます)、念のため、一個あたりの細胞への影響を計算するためにも、心臓の1キログラムあたりには、10のzzz乗個の細胞があるから、こいつで割ってやって、、、(以下略)、やっぱり、1個あたりの細胞にたいするエネルギーが小さすぎて、なにも起こらないだろう。。。

このような、古典的理論に沿った計算方法というのも、並列システムにおける考え方の典型的な例ですね。

これは、生物学研究者でも、陥りがちな罠なのですが、人間というのは、毎日の自分の思考パターンに縛られる、という傾向があると思います。何が言いたいかというと、大半の生物学者も、毎日、細胞実験を手がけることが多いのです。(細胞を培養してやりながら、細胞培養液に、薬剤を振りかけて、細胞の挙動を様々な手法を駆使して観察するような実験、というのが、日常のルーチンなわけです)。
この、細胞実験というのは、ほぼ須らく、「並列システム」を取り扱う実験なのです。例えば、典型的な例として100万個の細胞をだいたい1ディッシュに撒いて、薬剤刺激するわけなのですが、細胞培養液中に薬剤を加える、ということは、100万個の細胞全体に均等に薬液を行き渡らせ、すべての細胞に、同じ刺激を加えたときの、(並列システムとしての)総和をアウトプットとして捉えて、データにします。

ということで、細胞実験を専門にしていると、実は、「生体には直列のシステムがたくさんあるのだ」ということを忘れてしまいがちです。普段の思考ルーチンに、思わぬ目隠しにあってしまうということもあるのかもしれません。

(では動物個体を扱う学者が、直列システムを普段意識しているか、と言えば、そんなこともなく、私なども、動物に薬剤を投与するときには、だいたい、薬剤が組織に均等に行き渡ったときの、並列システムとしての考え方をすることが大半です。)

やはり、心臓の伝導路など、特殊な系で普段仕事をしている方以外は、気をつけておかないと、直列システムで考えないといけない可能性というのに、最初は気がつくのは難しいのかもしれませんね。


さて、ここまではいいでしょう。まずは、ちょっとザックリとまとめてみます。

心臓は、ここで話題を持ち出した通り、その刺激伝導系は、直列接続です。心臓の脱分極(興奮状態)が、上流のペースメーカーから、次第に、下流の心筋細胞に、次々に伝わっていく。心室心筋同士も、ギャップジャンクションという接続を介して、電気的に興奮状態を伝えていく。心臓の興奮状態の伝わり方が、伝言ゲームのような直列接続をなしているというのは、過去脈々とした医学生物学研究で証明されてきた、紛れもない事実です。これに異を唱える人は、一般の方も、専門家も、おられないことでしょう(でも本当は、きちんとした詳細なメカニズムの証明は難しくて、現在進行形で、長い研究の歴史があるのですけれどね)。

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これは、以前に出した説明です。最初の解説では、少し細かい話は抜きにして模式図で感覚的にわかっていただくことを目標にしました心筋細胞のシグナルが、直列接続をなしていて、上流から下流に、脱分極(興奮状態)が伝搬していく。


ところが、これが、心筋再分極(興奮状態を鎮める時期)のことになると、ちょっと話がややこしくなってきます。

特に、もしかしたら、循環器学をよくご存知の方は、中には異をとなえられるかたもおられるかもしれません。

実は、心筋の再分極の様式に関しては、最初の記事でも異論の可能性を想定し、最後尾の注釈などを入れつつ、出来うる限り正確に書いたつもりですが、簡単な説明にするために端折った部分もあり、また、少々複雑な事情もあり、納得されない方もおられるかもしれません。


ーーーー再分極の直列伝搬についてーーーー
(ここから、少し専門的な話になります。興味のない方は飛ばして下さい)


誤解の理由2:

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これ、何度も出した図ですが、心臓の心室心筋の脱分極・再分極のフェーズ(時期、相)の模式図です。図のphase2とphase3(平らになっている部分から、右肩がなだらかに落ちていっている部分)を合わせて、再分極相(興奮を鎮める時期)と言います。この再分極相の挙動を、このブログでは延々と論じています。

上の図は、実験動物の生体内の心筋細胞から記録したデータの模式図ですが、実は面白いことに、この、心室心筋脱分極・再分極のパターンは、細胞実験でも、簡単に再現できてしまうのです


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図の左グラフは、モルモットの心臓から、酵素処理をして単一の心室心筋細胞を分離したものに、電極を当てて、活動電位を記録しています。右のグラフは、培養細胞に、KvLQT1チャネルを発現させ、同じく活動電位を記録しています。ともに、実際の論文からデータを借用し、トレースしたものです。

ご覧のように、たった1個の細胞で計測しても、綺麗な、脱分極、再分極のデータが得られます。この図からわかるように、たった1個の細胞ですら、このような挙動を取るわけですから(持続時間は若干違えど、生体内の心筋データと似た、綺麗なカーブ)、再分極が起こるには、細胞ー細胞間の直列ネットワークというのは、本質的には必須ではないのです。つまり、脱分極が起これば、一定の時間の後に、再分極が起こる。KvLQT1という分子(などを始めとした再分極時に働くKチャネル)に、内在的に組み込まれた、電位依存性の開閉特性のプロファイルによって、自然に、こういう、脱分極ー再分極のカーブが描かれます。つまり、再分極のタイミングは、もともと、本質的には、個々の細胞に内在性のもの(一種のセルフタイマーがある、という表現を使ってもいいかもしれません)。

、、、という生理学上の事実があるために、専門家の中には、

(先入観に基づいた主張)「心筋再分極は、自律的に決まっているのであって、心臓ないの直列システムではない」

と考えておられる方が、予想外に多いのではないでしょうか?
(まあ、これは現在進行形で研究されつつある分野なので、「誤解」とか、「間違い」と言い切ってしまうのは、言い過ぎなのかもしれません)。


この意見の誤解を解くための解説を書く前に、実は、もう一つ、専門家であればあるほど、そう思ってしまいたくなる(再分極が直列接続ではないのではないかと考えてしまう)理由があります。


誤解の理由3
実は、再分極というのは、(これは非常に面白いけれども非常に複雑なので、本文中では説明をあえて省いてきたことなのですが)、脱分極(興奮)の伝搬のように、上流から下流への、素直な一直線の直列ではないことがわかっています。

生体内の心臓の再分極のタイミングというのは、非常に面白いことに、まずは、心室外壁側の細胞(epi層)が再分極し、次に、心臓内膜側(endo層)、そして、何故か、最後に真ん中の中間層(M層)、と再分極していくことが、わかっています。なぜ、こんな複雑な再分極のタイミングになっているかというと、少々面白い仮説もあるのですが、今のところは、まだ現在進行中で、説明の決着の付いていない分野、と理解しておいておください。

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さて、ここで、問題が生じます。まず、一番に湧き上がってくる問題提起というのが、
「もしかして、脱分極と違って、再分極は、直列接続ではないのではないか?だって、もしも直列接続だったら、epi-->M-->endoという素直な一直線の順番で再分極していくはずじゃないのか?」「もしかして、個々の細胞が、勝手に、自律的に、細胞内時計を持っていて、それぞれ、あるタイミングがきたら、勝手に興奮を鎮めて、再分極して行っているだけなのではないか?」


歴史的に複雑な経緯があり、とても長い話になりますので、まずは結論だけを書いておきます。

最新の医学データからは、再分極も、直列接続である、ということを示唆する証拠が、着々と示されています。

(ごく一部ですが、近年の医学研究からの知見を、下の表に、列記してみます。)

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と、再分極も直列接続であろう、ということを示唆する知見は、数多く蓄積されつつあるのですが、いくつかの実験例を、一つだけ模式図で解説してみます。

下図のように、connexin43の発現量や機能を大幅に抑えてやると、心筋細胞の興奮持続時間(APD)が著変してしまい、APDのdispersion(dispersionというのは、乱れるというか、差が大きくなるというニュアンスの言葉です)が起こります。つまり、再分極も、正常ではうまく、細胞ー細胞間の直列接続での電位調節によって、タイミングをとって、ずれ幅がきちんとコントロールされているのだろう、ということが言えるわけです。

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(注)この図は実際のデータではなく、データから導かれる理論を説明するための概念図です。


以上をまとめると、

心筋の再分極の様式が、直列接続ではないという、先入観をもっておられる方もいるかもしれませんが、実は再分極も、直列接続をなしているという証拠が蓄積しつつあります。おそらくこれは、生物のシステムとしても、合理的なのだろうと思います。個々の心筋細胞自体それぞれにも、再分極時間を決める自律機能があるけれど、心臓全体の調律の協調を行うために、再分極も協調リズムを取っていると考えられています。

(ただし、脱分極のように、endo-->M-->epiではなく、epi-->M, endo-->M のように、両側層に起点をもつような直列接続になっている可能性が高い)



蛇足的議論1:あくまでも、仮説としてですが、phase 2からphase 3のトランジションの伝播(恐らくはエッジ・トリガーのような形で)が大事なのかな、と個人的には理解しています。当ブログでの理論での、phase2の遅れが、モロに下流に効いて来るというモデルは、この再分極のギャップジャンクション協調モデルに従っています。





この記事に

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知人から指摘されたのですが、このブログの理論を誤解されておられる方が多いかもしれない、ということを指摘されました。いくつかの理由があるようですが、その一つが、

(誤解に基づいた発言)「非放射性(コールドの)セシウムでQT延長になるのは昔から分かっている。放射性(ホットの)セシウムだけじゃなくて、体内にはもともとある程度の量のコールドのセシウムがあるので、量的にはそっちの方が多いから、コールドの方が大事だ。そして、量的な事から言って、(過去のコールドのセシウムのQT延長の沢山の論文での報告量を考えても)、ごく微量の放射性(ホットの)セシウムでQT延長になることは起こり得ない。
(注)コールド=非放射性、ホット=放射性

という誤解がある、という話を指摘されましたので、誤解を正しておきたいと思います。


この補足記事で議論するのは、「コールドのCsと、ホットのCsでの、カリウムチャネルへの影響の出方は、全然別のメカニズム」というテーマです。


このブログで扱っているのは、ごく微量のホットなセシウムでの影響の出方のメカニズムですが、実は、(メカニズムは別なのですが、面白いことに)、コールドの(非放射性)セシウムでもQT延長になることが、随分前から、動物実験でも、ヒトでもよく知られています。(超大量に投与しなければ症状に至らないのですが)この、コールドのセシウムによる不整脈などにかんしては、昔から、沢山の論文が発表されており、目にされた方も多いことと思います。

注意喚起する側も、「だからセシウムは危険です」と言っておられる方もいるかもしれませんし、逆に、安全宣言を出したい立場の方は、「超大量でない限りセシウムは安全だ」と言っておられることでしょう。

違うのです。大事なのは、ごく微量の放射性セシウムで、心臓伝導路に障害を来すメカニズム。これが、Bandazhevskyのデータの本質で、最初に書いたように、コールドのセシウムのメカニズムとは、異なるのです。

しかも、コールドの(非放射性)セシウム投与時の(以前から分かっている)QT延長というのは、それこそ、超大量に投与しなければ起こり得ないので、原発事故後の微量放射性セシウムでの影響を説明することが出来ないのです。

ここが、すべての議論のスタート時点です。


では、(主要記事中には、何度も説明してきたことですが)この補足記事の本題である、コールドのセシウムの影響の出方と、ホットなセシウムでの影響の出方の違いを、改めて、まとめてみます。



2013年初頭の記事で、「たっけ」様のご質問に対する答えにも、書かせていただいていますが、
 
非放射性(コールドの)セシウムと、放射性(ホットの)セシウムの違いは、詰まるだけなのか、詰まった場所で崩壊するのか、という違い。これらの条件の違いを、きちんと認識していれば、カリウムとセシウムをごっちゃに議論することもなく、非放射性セシウムと放射性セシウムをごっちゃに議論することも避けられるわけです。

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この違いを認識することが、まず第一段階です。

でも不思議ですよね。コールド=詰まるだけ(機能を阻害する)。ホット=詰まったところで崩壊(そのためKチャネルをオープンの形に固定する=機能過多にする)。オーケー、全然逆の条件ですね。でも不思議なのは、そういう(カリウムチャネルに対して)逆の挙動をする、コールドとホットなセシウムが、なぜ、両方共に、心電図異常(再分極異常)を来すのか?


なぜ、なぜ、なぜ?


ここで、心筋の再分極に関与するカリウムチャンネルKvLQT1と、それと逆向きの働きをもつカリウムチャネルであるKirの対比を持ち出さねばなりません。
(KvLQT1とKirのざっとした基本的説明は過去の記事1記事2を参照)

もう一度、基本を復唱させていただきます。

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以前この図で説明したように、心室心筋が興奮(脱分極)したあとは、興奮を鎮める(再分極)必要があります(心室心筋の細胞膜電位の「脱分極・再分極のphase2」と言います)。このphase2にかかる時間が延長してしまうと、大変やっかいなことが起こってしまいます。従って、このphase2にかかる時間を決定する、「外向きK電流」(上記の赤いツブツブ=Kイオンの、細胞外への流出)の大小を論じよう、というのが、このブログの量的議論の着眼点でした。

正常では、このphase2の外向きK電流に関わるもっとも重要なKチャネルが、KvLQT1 (別名KCNQ1, Kv7.1)です。


下の図のように、心室心筋細胞再分極phase2の時は、心筋膜電位の興奮状態を鎮めるために、KvLQT1をほんのちょっとずつ開きながら、外向きK電流をオンにする(下図の赤丸)という説明は以前しました。 

この時、Kirは、微細にコントロールされたKvLQT1の働きを邪魔をしないように、closedになっています。(下図の青丸(注)

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(注)複数の教科書や論文から、議論に必要な部分を抽出し、図を合成しました。一箇所、少しだけ不正確な場所がありますが、混乱を避けるため、従来の教科書的記述を踏襲しています。ただし、微量放射性セシウムの影響を論じるときには、より正確な挙動を整理しておいたほうがわかりやすいかもしれませんので、この図は一部、将来修正する可能性もあります。

 

では、議論に戻りましょう。まずは、コールドのセシウムでの影響の出方から。

コールドの(非放射性の)セシウムで議論になる際のKチャネルは、量的な問題からも、機能異常が前面に出てくるのは、生理学的な見地からは、むしろKvLQT1などに着目しなければならないのです。
(もちろん、非放射性セシウムと、放射性セシウムで、カリウムチャネルのターゲットが変わってくる、と考えているわけではなく、どちらも、同じように、結合していきます。大事なのは、結合のaffinity(親和度)はともにKir>>>KvLQT1なので、ともに、先にKirのほうから結合していく。)

ひとつひとつ、段階を追って説明してみます。

もし、今、コールドのセシウムが、ごく微量だけだったらどうなるか?
表2にまとめたように、Csイオンというのは、Kirの方に優先的にガチハマりしていきます。まあ、このKirは、そもそも、phase2ではもともとcloseなわけですから、心筋再分極phase2に影響は出ません。かりに、affinityの低いKvLQT1の方にほんの少しくっ付く分があったとしても、Csは(Kirと違って)KvLQT1にガチハマりするわけではないし、まあそれでもはまった1個分のKvLQT1の電流は低下させますが、これは、recessiveな機能異常なので、その他沢山のフリーのKvLQT1が機能をカバーしてくれるわけです。

次に、同じくコールドのセシウムが、今度は超大量に投与された場合は、どうなるでしょうか?
表2に記したように、この時は、affinityの良いKirはもちろん、affinityの悪いKvLQT1の方も、かなりブロックされていきます。Kirは全部ブロックされようがなにしようが、もともとphase2には関係無いので、KvLQT1の方を考えれば良いわけです。さすがに超大量のコールドセシウムとなると、KVLQT1も、影響を受け始めます。KvLQT1にコールドのセシウムが(ゆるりとだが)はまるのは、recessiveな異常ですが、recessiveな異常も、量が大量にあれば、全体のシステムに影響が出始めます。よって、この場合は、KvLQT1による外向きK電流が低下します。

最後に、ホットなセシウムによる、ごく微量内部被曝の場合は、どうなるでしょうか?

ごく微量のホットな(放射性)セシウムの際に議論になるのは、量的なことから言って、affinityの高いKir系の方が問題になると考えられます。優先的にガチ嵌りしたKirで崩壊し、オープンに壊してしまう。たった1個のオープンKirでも、1個の心筋細胞の再分極時間に影響を与えうるという計算は以前書いた通りです。一方、KvLQT1への影響ですが、まず、affinityが圧倒的に低いので、結合の優先順位が低いですし、また、CsはKvLQT1にはガチハマりというわけではなく、ゆるりと通過できますので、これをオープンに壊す可能性に関しては、考えなくて良いわけです。

(表2)
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(注:phase2のことに議論を絞って作表しています。記事最後に注釈を参照)

非放射性セシウムは、カリウムチャネルをブロックして機能を阻害していくだけなのですが、先にくっつくKirのほうは、実は少量ブロックされただけではphase2での細胞機能異常につながりにくく(なぜなら、上の方の図のように、Kirはそもそも心筋再分極phase2ではもともと閉じているものなので)、細胞に5万個Kirがあったとして、その全て(あるいは大部分)をブロックして、さらに余剰量の非放射性セシウムが、こんどはaffinityの低いKvLQT1をブロックし始めて(KvLQT1に関しては完全にはまり込むのではなくゆっくりにする程度ですが)、さらに、5万個ある(仮定)KvLQT1の10%くらいをブロックして、ようやくphase2の影響としてはQT時間に影響が出始める(推測的考察ですが、一応量的な部分は過去の実験データとある程度の整合性を取っています)、と考えています。(ただし、わかりやすく説明するために議論を端折っていますが、(結論は全く同じですが)、実際には全体としてはphase3の影響を加味しなければなりません。最後尾注釈を参照。)


つまり、非放射性のセシウムの場合、乱暴な仮定的数量ですが、数万個くらいで影響が出るイメージです。



一方、放射性セシウムは、各種カリウムチャネルへの選択性は、非放射性セシウムと全く同等だけれども、同じように先にくっつき始めるKirに、これをオープンに壊すモデルを推定しているので(本文に書いたとおりです)、細胞にたった1個Kirが壊れても影響が出うるし、もっと言うと、数百個の細胞に1つという割合だったとしても、臓器全体として影響が出うる、というメカニズムが想定できる、ということです。





(注)わかりやすい説明をするため、理論の説明の本文でも、この補足でも、phase2のことに絞って解説をしています。実際、微量放射性セシウムでの再分極への影響の出方は理論的にはphase2における影響が主体と考えられますので、bandazhevskyの心筋症つまり、放射性セシウムの問題に限っては、ほぼこの議論を押さえておけば良いと思いますが、非放射性セシウムのことを厳密に論じていく際には、phase3のことなども絡んできて、少し複雑な話が入ってきます。結論は全く変わらないのですが、専門的には、とても面白い話が少々ありますし、最先端の分野でも決着の付いていないパラドックスの話(でもきちんと考えればすべて綺麗に整合性のある説明の付く話ばかりです)などの深い話もありますので、また機会があれば、議論してみたいと思います。また、Kirの開閉に関しては専門分野の中でも、過去二十数年以上にわたり、決着の付いていない興味深い議論があり、恐らくは今後5年から10年くらいを掛けて、その開閉機の条件と生理的役割が、かなり書き換わってくる様相を見せつつありますので、機会があれば後ほど、議論してみたいと思います。当理論では震災後より、様々な理由で、Kirの開閉機構は他のチャネルと同様の開閉機構でコントロールされているという立場で解説しています。セシウム云々の議論とは別に、そのように考えなければ、過去の生理学的データと心筋細胞の膜電位調節上の挙動の間で、いくつかの矛盾が生じてしまう可能性があるからです(後ほど議論したいと思います)。


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