|
2015.3.12
震災の翌日は土曜日でした。私は自宅までも取りつかずに、
飯田橋のグループ会社本社ビルから徒歩で、5時間歩き
途中に位置する実家で一夜を過ごしました。
翌日の3.12土曜日は、電車は止まっているのでバスを乗り継いで
途中の駅まで帰り、そこから更に歩きました。
当時の記録として私たちとある名もない業者が撮影した写真を
記録としてご覧ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これらの撮影は 3月に行われています。
瓦礫は 撮影の中でも 崩れていたと報告がありました。
私たち 本社のものは 現場の安全性 危機リスクの回避よりも
まずは 現状の被害状況把握優先しました。
なによりも ガソリンの確保が 私たちの 使命ですから。
当社の気仙沼営業所の所員のご家族皆様も流されました。
その彼も、今では見かけ上元気で気仙沼の所長としてがんばっています。
以下 当時のものを掲載します。
今回で この記事は 終わりにいたします。
あくまでも 興味本位ではなく、わが社の業務としての撮影です。
掲載は 転載ではなくて 写真をコピーしてご自分の記事として掲載ください。
3/11 以降の直後の雪降る時期のものです。
撮影時も余震があり、瓦礫が音を立てて崩れ始めたとの事です。
命がけとは大げさですが、使命感に燃えての現場からの映像です。
道の両側とも このような破壊された状況です。
遠い先に 家が一軒・二軒と見えますが、果たして無事なのか?
当然のことながら、車はこれ以上先には入れません。
なにも在りません。
左手の土手の上は、まったく被害がありません。
右側の海に面した土地は、全てが流されました。
地下のガソリンタンクには沢山の燃料が入ったままです。
遥か遠くの先まで何もありません。
このスタンドの屋根だけ残っていますが、その上まで津波が来たことが分かります。
完全にガソリンを車に入れる機械ごと無くなっています。
下にあるガソリンタンクからは、シューシューと圧力が抜けるようにガソリンの蒸気が上がっており
非常に危険な状況です。
左手側は海の防波堤です。
以上の映像をお届けします。
被災地の復旧は、まだまだ出来ていないのが実態です。
重機で瓦礫の撤去と言っても、やはりガソリンの爆発の危険性が高く、まずは地下のガソリンを抜かなければなりません。
爆発は、ガソリンの蒸気が空気中の漂い、それに静電気等で引火します。
ガソリンの蒸気は空気よりも重く、地面すれすれにはいずっています。
現在、産業廃棄物処理業者がガソリンの抜き取りを行っているのですが、
処理車両と爆発の安全性が確保できていないという観点から、順調には進んでいません。
皆様、くれぐれも興味本意で このような写真を撮影するなどとは思わないでください。
なにかの拍子に・・・例えば・・・足で石を蹴って、それが鉄骨に当たりスパークして火花をだした場合、
それに引火します。
また着衣が静電気防止処理をしていないものを、一般の方々は着ていますので、
その静電気発生に引火して、人間に大災害をもたらします。
作業員は、きちんと静電気防止処置の服とズボン、
それに静電気防止の安全靴と耐電気・耐落下強度の高いヘルメットを着用しています。
車には消火器を載せています。
皆様とは違う装備をしているのです。
安易な気持ちでの現場入りでの撮影などは、
絶対に二次災害・また人身事故・復旧の迷惑になりますので、
お止めして頂きたく、ここに再度お願いします。
以上で、このコーナーを終わります。
2013.3.9 再度
いま 私たちは ひとつになっていますか ?
この答えは ひと それぞれが 心に持つべきものです。
小さなことでも 良いと思います。
もし ひとりが \1をその日に寄付したら それで 1億円以上が たまります。
もし 他人に 親切や 優しさを 少しずつ 分けたら ・・・ みんなが ひとつの 家族に成れます。
今一度 人としての あり方を 考えてみるべき とき ・・・ と思い
ここで 終わります。
どうも ありがとうございました。
|

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用




