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TVからの画像なんですが、
熊本城です。
平山城ですから
江戸城(現皇居)などと違い型式は少し古い感じがします。
日本各地に城はありますが
この城の初代城主は加藤清正公。
後にあの総理大臣にもなった細川○○氏の直系の先祖
細川家の居城にもなります。
日本各地に名城あれど
この熊本城はその一つに数えられると思います。
どこに行っても街並があれば不思議と必ずお城があります。
各地を訪れて寺社仏閣に限らず、
お城に出向くのも楽しいですね。
話しは逸れますが、
時は中世。
いつ頃まで行われていたか分かりませんが、
この日本でも築城の際「人身御供」の風習があり
「人柱」と呼ばれる儀式があり
城跡を発掘すると時代によりその痕跡が見られるそうです。(恐)
「白羽の矢が立つ」という言葉を聞いたことがあると思いますが、
今では、いい意味で使われことが多いようですが
当時は、白羽の矢が放たれ、立った家の女子は、
何らかの「人身御供」になったそうです。
中世の世界各地では科学も医学もなにもなく
ただ神頼みということが当たり前だったのですね。
(人身御供:ひとみごくう)
終わり
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ちなみに熊本城に僕いった事あるのですが
石垣にあるくぼみは“船”から撃った大砲の弾の痕だそうですよ〜^^
2010/1/8(金) 午後 9:32
熊本城、日本の名城のひとつに数えられますよね。
私は熊本城と長野県の松本城、どちらも黒塗りで質実剛健さを感じます。
江戸城や大阪城そして姫路城の華美さとは違う趣きを感じます。
人身御供、ピラミッドの時代もあったそうですね。
神様へのお供えなんでしょうか。
2010/1/9(土) 午前 11:30
ムーメイさん、コメントありがとうございます。
ということは海に近かったということなんですね! 熊本はクリームシチューの故郷ですね。(笑)
(笑)
2010/1/9(土) 午後 5:44
いおりさん、こんにちは
まったくなにもなかった時代、いたたまれないことがあったのですね。実はブログに書きたくはなかったんですけどね。
(+_+) 思い切って載せました。
2010/1/9(土) 午後 5:49
”人見御供”
そんなことしたら、かえって恨みかいそうなのに
時代が違うと解釈がちがうのかな?
2010/1/11(月) 午後 2:47
みどりさん、
昔はほんとに人権があってないようなかんじだったんですね〜 衛生もひどく病院だってすぐ近くになかったでしょう。 想像すると恐い
です。
2010/1/12(火) 午後 4:23