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コンウォール・リー女史(以下リー女史)はどのような交通手段でどのような経路で草津温泉へ来たのか?
 
今日は始めて来た時ではなく、草津温泉に電車が開通した時からの話です。
 
すでに、聖バルナバミッションを開始して10年の歳月が流れていた頃です。
 
草軽電気鉄道っていう電車が避暑地として当時から有名な軽井沢〜草津温泉に全線開通したのが大正15年 55キロの道のりを4時間位かけて結ばれたのです。 これで東京方面から草津温泉に来るのには 軽井沢で一回乗り換えるだけで草津温泉に来られるようになったのです、勿論車が普及されてないので大変便利な乗り物であったのです。 リー女史がこれを利用したのです。
 
路線図がこれです(※この路線図は晩年です、当時の国鉄長野原線が開通してますので)
イメージ 1
 
 
軽井沢を出発した電車は北軽井沢の浅間高原を走りぬけ草津温泉へと向かったのです
イメージ 8
(こちらの油絵は、このブログを担当している、バルナバ★うっP-家の長老が生前描いたものです、長老はリー女史が一時住んでいた家のお隣さんだったのです、長老は聖バルナバ幼稚園卒で日曜礼拝にも度々参加しておりました リー女史のことを「リーさん」と呼んでました 残念ながらもうそういう話を聞くことが出来ません・・・・・・)
 
電車は嬬恋を通りイヨイヨ草津へ
 
こちらは今日の写真です、すでに草津前口駅〜草津谷所駅を通過し草津温泉駅まで約2キロ地点、今でも線路道残ってます、ウォーキングコースにもなってます リー女史が東京へ向かう時・・・・・あるいはイギリスから帰ってきた時この車窓(ここは当時は立ち木がなく景観が大変良い場所です)から何を思ったのでしょうか?
イメージ 2
 
さあ、あと一つ曲がれば草津高原が見てくる ここは一之沢です 右側の釣鐘は道しるべではありません 熊よけです、ウォーキングのみなさん思い切り鳴らしてくださいネ、熊と勝負しても”勝てません〜ヨ!!) こちらの写真も今日です
イメージ 3
 
草津温泉駅跡地に到着しました、今は回りにホテル、マンションが立ち並んでます リー女史がみたらビックリでしょうね、中央の鉄道祈念石碑の下に何か2本見える イメージ 4
 
線路があります、軽井沢〜草津温泉間で線路として唯一現存する線路らしいです
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では、当時の草津温泉駅の紹介です
イメージ 6
 リー女史が長旅から草津温泉に降りたときどんな風が吹いていたのでしょうか? その風は今でも同じ風なのでしょうか? 軽井沢〜草津温泉間の足跡を今後も訪ねてみたいと思います、もしかしたらリー女史が車窓から見た風景、同じ風に出会えるかもしれないから・・・・・・
 
 
                 リー女史ってどんな方? この方です
イメージ 7
 
リー女史の記念館が草津温泉に開館して3年目です 詳しいことは こちら から
是非お越しください。

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    草軽電気鉄道なつかしいですね。リー女史が来草の際は、長野原駅経由だと思っていました。 削除

    [ あかいわ ]

    2014/5/8(木) 午後 7:36

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    あかいわ 様
    初めての来草のころはまだ長野原線がなかったのです 次回は嬬恋まで草軽電鉄でその後の道路の紹介をしたいと思ってますお楽しみに!

    [ gfc**366 ]

    2014/5/8(木) 午後 7:53

    返信する

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