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 日差しはもう真夏のものだ。タチアオイが鮮やかな色で咲いている。夜はトロッコ列車が気持ちよさそうに走っている。
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様々な色の鮮やかなタチアオイが咲いている

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下りの夜トロッコが牛久駅へ向かって進んでくる。

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五井を6時過ぎに出たトロッコ列車は牛久に7時過ぎに着く。まだ薄明かりが残っている。

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乗客は満員だ。

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夜トロッコは五井発で牛久が終点になる。

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 牛久で15分休憩して、上りに変わって五井へ向かう。

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 気温がめまぐるしく変わる。肌寒い小雨の中いすみ鉄道の小さな祠とアジサイの様子を見に行った。
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 飯給駅の紫陽花。少しづつ色づいてきた。

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上総中野から上り方面のゴルフ場わきには紫陽花がある。

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 この辺の紫陽花もまもなく色づくだろう

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いすみ鉄道の秘境駅久我原。この駅周辺にも紫陽花があるが、まだ色づいてはいない。

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いすみ鉄道の小谷松駅は紫陽花の駅として有名だ。一部に色づいた紫陽花が見られる。

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 大多喜病院近くを走る下りの列車

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小さな祠の近くを通過する下り列車

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西畑駅にも紫陽花が咲く。この駅は蛍の駅としても知られている。

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 西畑駅の上り方向にも紫陽花が咲くがまだ咲き出していない。

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 小湊鉄道沿線に様々な動きがある。春先に新聞にも報道されたが、鶴舞駅の歴史的建造物に指定されている発電所跡を利用した移動喫茶店が開かれた。原則トロッコ列車の走る金・土・日だがそれ以外の日にもオープンしている。軽自動車を利用した小さな喫茶店だ。

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軽自動車を利用した小さな喫茶店だ

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森の中に小さなテーブルとイスが

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歴史的建造物の発電所跡。

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発電所跡でも喫茶ができる

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発電所跡の天井。雨漏りの修理はしてあるがほぼ建てられた当初のままだ。

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床には古い機材が無造作に置かれている

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喫茶店の前から鶴舞駅が

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鶴舞駅に上り列車がやってきた。目の前に駅舎も列車も見える。


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小湊鉄道沿線に咲く花


 小湊鉄道沿線に様々な花が咲き中には散りかけている。この後一雨来ればアジサイも咲き出しそうだ。
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 鶴舞駅の構内に咲いている花

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鶴舞駅

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鶴舞駅へ2時の下り列車が入ってきた

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下り列車が鶴舞駅を出て行く

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高滝の田んぼ中で2時の上りのトロッコ列車を撮る

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上りのトロッコ列車は後ろ向きにやってくる

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菜の花の印象が強いが小湊鉄道沿線には絶えず様々な花が咲いている。

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野田っポリで菜種を採る

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野田っポリにはまもなくアジサイが咲き出す


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 馬鈴薯の花の咲くこの時期、啄木の歌を思う、このところ馬鈴薯の花は早く咲き出すようになった。昨年は大きなアートイベントが終わった直後で書けなかったがそれ以前は同じようなことを書いてきた。同じようになるのは啄木の歌の中で馬鈴薯の花を詠んだ歌はわずかに2首のみだからである。

  馬鈴薯の花咲く頃と
  なれりけり
  君もこの花好きたまふらむ

  馬鈴薯のうす紫の花に降る
  雨を思へり
  都の雨に
 
 最初の歌は「一握の砂」の中にある「忘れがたき人人二」の中に詠われている二十二首のうちの一つである。啄木の永遠の憧れであった橘智恵子への思慕である。橘智恵子については調べつくされている。函館の代用教員時代の同僚でわずか三か月、話をしたのも2度ほどという淡い交流が永遠の慕情となり名歌を生んだ。

 二首めは故郷渋民を偲んだものである。

 雨は誰にとっても様々な思いを抱かせる。都会の生活に疲れ故郷を偲んでもそこに自分の帰る場所はない。この歌の前に蛍のことが出てくることから(蛍の人とは
別に)啄木が故郷を思うときに必ず思い出し手紙の交流も多かった、渋民小学校代用教員時代の同僚堀田秀子を想像する。すでに結婚している啄木が姉のように慕った人である。日記にもしばしば登場しまた歌や小説の中にも登場する。
 彼女は啄木の死後上京し、啄木の住んだ本郷界隈で教師を続け結婚し三児の母となった。幸せな生活が約束されるはずが、啄木との若干の交流が間接的な要因となって三十年の結婚生活が破綻した。
 一時消息不明と伝えられたが、彼女の消息が再び世に出るのは平成十一年に出版された「啄木と教師堀田秀子」による。
 馬鈴薯の薄紫の花は様々な思いを抱かせるにふさわしい。
啄木の故郷渋民では6月から7月にかけて。橘智恵子の思い出のある函館ではやはり6月から7月にかけて咲くようだ。

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飯給駅近くに咲いている馬鈴薯の花

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薄紫だけではなく白い花も見られる

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 今日の飯給駅、5時の下り列車

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