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トレイシー・ローズ」と聞いて、ああ、居たねそんな女優が。
と言うのは40歳半ば以上の男性か。
1980年代、彗星のように現れて、わずか3年で50本近くの
アダルト映画(日本で洋ピンと呼ばれた35㎜の劇場映画)や
アダルトビデオに出演してひと時代を築いたが、
実は18歳以下でハードコア映画に出演していたことが
露見してしまって、全米を揺るがす大事件となる。
これが「トレイシー・ローズ事件」であった。
彼女がフランスで撮影した「TRACI I LOVE YOU」以外は
全て35㍉のネガ、上映用ポジは焼却、
ビデオの原版テープもFBIが押収してアダルトショップからは
一夜にして彼女の出演作品が消えたと言われている。
当然、関係者は一斉に逮捕されてしまって
この件でアダルト映画業界は大打撃を被る。
なんせ彼女の出演作品のほとんどが今で言うと
「児童ポルノ」に抵触するからである。
日本の配給会社はこの事件にいち早く反応して
ヨーロッパにあった彼女の初期の作品を輸入して
禁じられた幼星/トレイシー・ローズ」(1985)として
話題になっているうちに公開してヒットさせた。
 
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彼女の出世作となったのは
『スプラッシュ』のパロディでハードコアポルノに
仕立てた『アナザー・プッシュ/人魚交愛』(1985)
彼女が15歳で出たという恐ろしい作品。
後に共演が多いジンジャー・リン
ジョン・レスリーなんかも出ている記念碑的作品。
今ではアメリカではDVDで入手可能だが、
トレイシー・ローズの出演場面は全て削除されて
他の女優で撮り直されたものだけが販売されている。
日本でも彼女の人気はうなぎ上りで
劇場公開映画は延9本も公開され
街のレンタルショップでは貸出し中の連続で
裏ビデオと呼ばれた無修正ビデオは高値を呼んでいた。
そして代々木忠監督の演出の下、
彼女が来日して『白日夢』のハードコア女優の愛染恭子
共演したビデオ「THEエロスvol.1」が話題を呼んだ。
もっとも、世の男どもが狂喜乱舞したのは
アメリカで出たこのビデオの北米向けの「TRACI TAKES TOKYO」で
何か月も「裏ビデオ屋」のトップセールスを記録する。
 
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TRACI LORDS and JOHNNY DEPP
CRY BABY 1990(C)Universal Studios Pictures.

そして事件発覚後、女優として一般映画に進出、
MGMの『美女とエイリアン』やジョン・ウォーターズ監督の
クライ・ベイビー』でジョニー・デップと共演したり
端役だがW・スナイプスの『ブレイド』に出たりしていた。
あの騒ぎから約30年が過ぎようとするが
彼女ももう46歳。だが未だに恨んでいる連中もいるらしい。
 
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BLADE 1988(C)NEW LINE CINEMA
 
最近は『ディープ・スロート』の主演女優リンダ・ラブレイスの自伝的映画
ラブレイス』(2013)や少女モデル兼女優のエヴァ・イオネスコ
自らの人生を監督した『ヴィオレッタ』(2013)など
この手の話題は事欠かない。

 
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1982(C) Paramount Pictures Corporation
 
 
 
 
ベイビー・イッツ・ユー』(1983)
BABY IT'S YOU
 

「高校時代は最の民主主義社会だ」 − ジョン・セイルズ −
 
 
セコーカス・セブン』を発表したジョン・セイルズの国内劇場公開第二作目。
製作後、4年を経過して日本で配給、上映された。
セイルズにとっては最初のメジャー作品(パラマウント映画)だった。
ジョン・セイルズを知らない人のために書いておくが
彼は当初はシナリオライターで、ロジャー・コーマンの門下生のひとりだった。
ジョー・ダンテの『ハウリング』やジミー・T・ムラカミの『宇宙の7人』も
セイルズの脚本。その脚本料で彼のデビュー作『セコーカス・セブン』を自ら作り
長い間、温めていた『エイトメン・アウト』も監督をした。
ブラザー・フロム・アナザー・プラネット』や『メイトワン 1920』も評価が高い。
監督をしてもシナリオライターとしても活躍して
ギレルモ・デル・トロの『ミミック』やロン・ハワードの『アポロ13』にも
ノン・クレジットで参加している。
主演は当時22歳のロザンナ・アークエット。彼女はロックグループ「TOTO」の
スティーブ・ポーカロと恋仲だった時期があり、「TOTO」のヒット曲「ロザーナ」は
彼女をイメージして作られた曲という。まだ名が売れていない頃で
これが初めて主演作だったのだろう。この後『スーザンを捜して』や『アフターアワーズ』に出て
リュック・ヴェンソンの『グラン・ブルー』でブレイクした。
決して美人じゃないが60年代のティーンエイジャーを可愛く演じている。
それと当時売出し中のヴィンセント・スパーノ
他にマシュー・モディーン、マイケル・J・フォックスの奥さんになったトレイシー・ポラン
そして「アイアンマン」ロバート・ダウニー・Jrの実質デビュー作。
 
 
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1982(C) Paramount Pictures Corporation
 

舞台は1966年、ニュージャージのハイスクールから始まる。
ユダヤ系のアッパー・ミドル・クラスの家庭に生まれたジル(R・アークエット)は
成績も良く、演劇部に入って活躍していた。
そんなジルの目の前にイタリア系で貧しい家庭に育ったシーク(V・スパーノ)が
ジルの通うハイスクールに転校してきて来る。
シークはパリッとしたスーツを着ているが、札付きの不良だ。
シークはジルを気に入って学食でナンパする。「俺と付き合えよ」
「冗談でしょ?初対面よ」「「初めはみんなそうさ」
境遇も家柄も違う二人の男女、おやっと思うこの設定は・・・
同じパラマウント映画の大ヒット作『ある愛の詩』(1970)と同じか。
ただ今度は男女が正反対の立場となる。
やんわり断るジル。ただジルに嬉しい知らせが・・・
演劇部の舞台で主役に選ばれたのだ。ウキウキ気分のジルに
駐車場でシークが待っていた。
「主役に選ばれたお祝いだ、俺の車に乗れよ」「じゃあ五分だけ」
ムチャクチャな運転で愛車をぶっ飛ばすシーク。
だがジルは彼に惹かれてしまう。シークはジルを下町のパブへ連れて行き
好奇心いっぱいのジル。その夜、はじめてのキス。
だが付き合う内にジルが身体を許さないのに苛立つシーク、そして喧嘩別れをしてしまう二人。
ついにジルに脚光を夜がやって来たのだ、彼女の主役の舞台が学校の講堂で発表され、
精一杯に演技を続けたジル。舞台の評判や彼女の演技は絶賛だった。
だが相手にされないシークは思い余ってジルの友人と寝てしまうのだが・・・
しかしシークもジルもお互いすれ違い悶々とした日を過ごすが、ある日、
帰宅途中に友人のベスと一緒にシークの車に押し込まれてしまう。強引なやり口な閉口してしまうジル、
だがその夜によりを戻して、学校をサボって冬の海に行くジルとシーク。
シークの夢はフランク・シナトラに憧れて高校を卒業するとマイアミへ行くことだ。
だがシークをよく思わない教師に逆らったシークは退学処分になってしまう・・・
プロムの夜は入り口でシークから褒められたジルだったが、彼なしのプロムはつまらなかった。
その夜に、シークは強盗を働いて警察から追われてニュージャージから消えて消息不明に・・・
晴れて名門サラ・ローレンス大学に入学したジルだったが、高校での晴れやかな世界は
大学では続かなかった。大学の演劇部に入った彼女はそれまでの演技力を全面否定されてしまう・・・
何か違和感を感じるジルは、手紙をもらったマイアミで歌手をしているシークを訪ねる。
シークは生き生きとして明るく、逆にジルは高校生活と違って落ち込んでいた。
そして事のなり行きでマイアミでシークとジルはようやく結ばれたが、ジルは大学に帰ってきた。
ジルは生活態度を変えていく・・・マリファナを吸い、酒もタバコも覚えた。新しい男も作った。
シークは仕事に生きがいを感じていたが・・・歌っていた酒場を解雇される。
ジルに会いたい一心でマイアミからNYに来たシークだったが・・・
何かが違っていた。何かが変わっていた。ジルは「私たちもう高校生じゃないわ!」と叫ぶ。
もうあの日には帰れないのだ。

高校時代に順風満帆だった優等生ジルの心の荒み方が当時(1968年ごろ)のアメリカ全体
の風潮とほどよくマッチしている。しっかり自分の道を歩んできたジルと
刹那的な生き方をしてきたシークはお互い愛し合っても決して幸福になれない。
ジョン・セイルスは醒めた視点でこの青春ドラマを描いたのか。
青春って残酷な時かもしれないよな。
 

使用曲は下記の通り。
題名にある「ベイビー・イッツ・ユー」はシュレルズの曲だが
ビートルズがカヴァーして有名でカーペンターズも歌っていた。
あとは「ダイヤモンド作戦」の主題歌でヒットしたシナトラの「夜のストレンジャー
シュープリームスベン・E・キングサイモンとガーファンクルの曲が使われている。
特筆すべきはブルース・スプリングティーンの曲が使われた初めての劇場映画であること。
 
"Baby it's you " The Shirelles
"Wooly Bully" Sam the Sham and The Pharaohs
"It's Hard To Be A Saint In The City"  Bruce Springsteen
"You Don't Have To Say You Love Me" Dusty Springfield
"Surfin' Bird" The Supremes
"Unchained Melody" The Righteous Brothers
"The E Street Shuffle" Bruce Springsteen
"A Whiter Shade of Pale" Procol Harum
"She's the One"Bruce Springsteen
"Adam Raised a Cain"Bruce Springsteen
"Shout" The Isley Brothers
"Stop in the name love" The Supremes
"Chapel of love" The Motel Play
"Ooo baby baby" The Miracles
"Stand by Me "  Ben E.King
"Starnger in the night"  Frank Sinatra
"A lovers concerto" The Toys
"Please love me forever" Bobby Vinton
"Stay" The Foue Seasons
"Mr.Success" Frank Sinatra
"Wives and Lovers" Jack Jones
"Venus in furs" The Velvet Underground
"A Hazy shade of winter" Simon and Garfunkel
"At the zoo" Simon and Garfunkel

イメージ 4パラマウント映画製作

監督: ジョン・セイルズ 
製作: グリフィン・ダン 
    エイミー・ロビンソン 
原作: エイミー・ロビンソン 
脚本: ジョン・セイルズ 
撮影: ミヒャエル・バルハウス

 ロザンナ・アークエット 
 ヴィンセント・スパーノ 
 マシュー・モディーン 
 ジョアンナ・マーリン 
 ジャック・デヴィッドソン 
 ニック・フェラーリ 
 トレイシー・ポラン 
 ロバート・ダウニー・Jr

ムービーラブカラー
ヴィスタサイズ(1.85:1)
英語・モノラル・105分
日本公開1987年10月3日
(ユーロスペース配給)
日本語字幕:菊地浩司
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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ナチ女収容所/悪魔の生体実験』(1974・米=カナダ)
ILSA, SHE WOLF OF THE SS
(イルサ、親衛隊の狼女)

1974年製作のアメリカ=カナダ映画。
もう公開されるや否や、史上最低の悪名映画とマスコミでゴミ以下に叩かれ
イギリスなど各国では輸入禁止になったいわくつき映画であった

だが観客が「見たがる要素」にあふれ(これぞエクスプロイテーション映画の主題)
グラインドハウスでは大盛況だったとか。
日本でも松竹傘下の洋画ポルノ専門のグローバル・フィルムが成人映画として配給、
洋ピン・チェーン劇場で公開、ヒットを記録している。
まあ決して家族団欒で観れる映画ではないので・・・
ビデオ・DVDは何度もリリースされているけど
地上波では一度も放送されていないと思う・・・まあ出来ないか。
 
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 1974(C)Aetas film puroduction.
 
 
製作者デイヴィッド・F・フリードマンはカナダのプロダクションの依頼で
ナチスの収容所を舞台にした残酷ポルノをアメリカ国内で撮影を始めた。
撮影はロサンゼルスのシネマ・ジェネラル・スタジオに残されていた
TVシリーズ「0012/捕虜収容所(OK捕虜収容所)」の番組が終わって
使われなくなったセットを利用してわずか9日間の日程で撮影された。
このスタジオは元々セルズニックのスタジオだったらしく
ここで『風と共に去りぬ』や『白昼の決闘』を撮った由緒ある土地だったが・・・そこでポルノを(笑)
時は流れ、テレビシリーズも撮影の3年前に打ち切られ、収容所のセットがまるまる残っていた。
フリードマンはセットを破壊しても構わないという許可を貰っていたので
ラストは監視塔のセットを爆薬で破壊している。
低予算の上に内容が内容だけにスタッフも俳優たちも実名でクレジットに
出すのを嫌がり、監督のドン・エドモンズ、主役のダイアン・ソーン以外は
変名でクレジットされている。
この作品以前にもナチス収容所を舞台にしたエクスプロイテーションは
あるが、有名になったのは1968年のR・L・フロスト監督のエロ映画『ラブキャンプ7
そして、このジャンルは奇しくもリリアーナ・カヴァーニ監督の『愛の嵐』が
世界的に有名になったために、グラインドハウス映画の製作者らに
目が留まり、この『悪魔の生体実験』が生まれる結果となった。
この作品のブームはイタリアに飛び火して70年代後半には
イタリア製のアホなナチス女囚残酷映画が数多く作られた。
 
 
主役のダイアン・ソーンは日活が配給したジョセフ・W・サルノ監督の
痴情』(1964)とか『ピノキオのエロな冒険』(未公開・1972年)とか
B級アクション映画やソフト・ポルノで俳優を続けていたが、
このイルサ役がオファーされた時は42歳で(※)、女優としてはこれが最後の
チャンスとばかり自慢の120cmの巨乳とサディステックな演技で奮闘している。
これが幸いしてイルザ・シリーズは第三作まで作られたが、ブームが去った後に
ラスベガスで結婚式の司会者に転職して活躍していたらしい。
(※)IMDBでは1943年生まれとあるが、どう見ても撮影当時は31歳に見えない。
やはり撮影時は42歳説の方が信憑性は高い。
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1945年、第9医療収容所の女性所長で親衛隊長のイルザ(ダイアン・ソーン)は
捕虜の男を夜な夜な自分の寝室に呼び込んでは、欲望の捌け口に使い
満足せてくれない捕虜は翌日には実験室で去勢していた。
イルザは収容所に運ばれてくる女囚たちに残虐な生体実験を施して
ある者は梅毒菌を植え付けられ顔が崩れて気が狂い、
ある者は熱湯の浴槽に放り込まれて全身火傷で肌が爛れてもがいて死に、
ある者は乳房と性器に電極を付けられて電気ショックで感電死など
イルザの残虐趣味で無意味な生体実験が続けられていた。
そんな収容所にある日、男性捕虜のウォルフが連行されて来る。
早速、その晩に寝室にウォルフを引き込むイルザだったが、
ウォルフはまるでロボットのように女性を何度でも満足させられる特異体質だった
ために、イルザは彼を気に入り、殺さずペットのように手元に置くようになる。
そして将軍一行を収容所に迎えたイルザは女囚たちを将校に提供して
乱痴気パーティを始める。その後に捕虜たちが反乱を始め
収容所は銃撃戦になるが、イルザに止めを刺したのは反乱を起こした
捕虜たちではなく、あまりのイルザの暴走に堪忍袋の緒が切れた
親衛隊が第9医療収容所殲滅命令を下して収容所はナチスの手によって
破壊されてしまう。

グラインドハウス』のフェイク・トレイラーの一遍、
ロブ・ゾンビWerewolf Women of the S.S.(ナチ親衛隊の狼女
はこの『ナチ女収容所・悪魔の生体実験』がベースになっているのは言うまでもない。
マチェーテは作品化されたが、この作品も本編化をお願いしたい。
ただウド・キアーは『アイアン・スカイ』でナチス将校として登場したが。
 
 
 
 
イメージ 6エイタスフィルム製作
監督: ドン・エドマンズ 
製作: ハーマン・トレーガー 
脚本: ジョナ・ロイストン 
撮影: グレン・ローランド

 ダイアン・ソーン 
 グレッグ・ノフ 
 シャロン・ケリー 
 トニー・マモロ 
 マリア・マークス 
 ニコール・リデル
 ドナ・ヤング

イーストマンカラー
ヴィスタサイズ
90分
英語・モノラル
日本公開1975年8月23日
(グローバル・フィルム配給)
成人映画
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1970 (C) Metro-Goldwyn-MayerInc.
 
いちご白書』(1970・MGM)
THE STRAWBERRY STATEMENT
 
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もう劇場で観られないと思っていた『いちご白書』が35㍉のニューマスター版で
再公開された。1970年が初公開だから41年ぶりのスクリーン上映。
しかもあのヒット曲『いちご白書をもう一度』がヒットした頃(1975年)には
配給元のMGMは日本から撤退しており、上映用プリントも全てジャンクされて
劇場のスクリーンで観るには幻の映画だった。
映画の紹介は今年の5月に既に書いている(※)ので、ストーリーについては詳しくは触れないが、
大学のボート部に所属するノンポリの主人公が学園紛争に揺れるキャンパスで
運動に参加する女子学生に一目惚れして、彼女との仲も進んでいくと共に
自ら学生運動にのめり込んで行く主人公を描いたドラマだが、学生運動が果たして
どこまでアクチュアルに描けているかは、当時は疑問の声もあった。
そんなムーブメントは今となっては起こすような者がいなくなってしまったので
検証のしようがない。
 
(※) もう一度・・・『いちご白書』
 
 
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ニューヨーク、コロンビア大学における1960年代の学生運動をモデルに、
原作者のジェームズ・クーネン(映画では議長役で出演)が日記風に
綴ったストーリーで、それをアーウィン・ウィンクラーロバート・チャートフ
が目をつけ、企画して脚本をイスラエル・ホロヴィッツ
(学長室の天井から出てくる古典学のベントン教授役で登場)
が書き、TVのCM畑出身のスチュアート・ハグマンが演出した。
キャンパスからの反体制、反戦を訴えた作品として
カンヌ映画祭の特別審査賞を受けている。
主人公の部屋の壁には、ロバート・ケネディ(1968年にロサンゼルスで暗殺)
の大きなポスターが貼られていた。(余計だがドアには48手のラーゲの絵も・・・)
また町の通りでは「ボビーを忘れないでね!50セントを」と募金を呼びかけている人物も。
(ボビーとはロバート・ケネディの愛称)
だが、主人公が学生運動にのめりこむと、今度は窓にチェ・ゲバラのポスターを
貼る。主人公の心境の変化が部屋のポスターとは判りやすい映画だ。
作品は時折、当時のニクソン大統領の顔も挟み込まれている
 
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実際に撮影されたのは、サンフランシスコでバークレー校が使われていた。
関連があるのは、学長室で好色な女子学生が裸になって主人公に迫るシーンで
「『卒業』は観たかい?」と彼女に尋ねるシーン。
『卒業』のエレインはバークレー校に通いベンジャミンが追いかける設定だから。
 
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学生たちが「女の子」を話題にする時にやたら使うのが"Woman"でも"Girl"でもなく
"Chick"=「ちょっと可愛い子」という意味だけど・・・(商売女を指す場合もある)
このタイトルのスキンマグも昔アメリカにあったと思うけど(笑)
主人公サイモンはボート部で、オールを漕ぐに忙しく学生運動に目もくれない。
ボート部の掛け声は"Stroke"(漕げ!)それが学生運動に燃え
彼の発する声は"Strike"(ストライキだ!)に変化していく言葉尻の面白さ。
現役の学生が原作を書いたからだろう。
 
 
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1970 (C) Metro-Goldwyn-MayerInc.
 
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主演はブルース・ディヴィソンキム・ダービー
ブルース・ディヴィソンはMGM映画『去年の夏』(1969)にも出ていて
ウィラード』(1971)で内行的な青年役で有名になったが
どちらかと言えば淡白系・草食系が似合う俳優。
キム・ダービーは『トゥルー・グリット』の元ネタである
ジョン・ウェインがお情でアカデミー賞を獲った『勇気ある追跡』(1969)で
一躍注目されたが、この映画の彼女はポッチャリして、美人じゃないのだが
結構可愛い女子学生を演じていた。
あとは「新宿武蔵野館のアイドル」と呼ばれたバッド・コート
 
 
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1970 (C) Metro-Goldwyn-MayerInc.
 
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メトロ・ゴールドウィン・メイヤー提供
 
監督: スチュアート・ハグマン 
製作: アーウィン・ウィンクラー 
     ロバート・チャートフ 
原作: ジェームズ・クーネン 
脚本: イスラエル・ホロヴィッツ 
撮影: ラルフ・ウールジー 
音楽: イアン・フリーベアーン=スミス 
主題歌: バフィ・セント=マリー

 ブルース・デイヴィソン 
 キム・ダービー 
 ボブ・バラバン 
 ジェームズ・クーネン 
 バッド・コート 
 ジーニー・バーリン 
 ダニー・ゴールドマン 
 ジェームズ・ココ 
 エドラ・ゲイル
 
 
 
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 1970  Jury Prize Ex-aequo
"THE STRAWBERRY STATEMENT"
 
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メトロカラー
ヴィスタサイズ(1:1.85)
英語・モノラル
103分(1970年公開版)
35mmニュープリント&
デジタル・ニューリマスター版
配給:アンプラグド
109分
日本語字幕:風間綾平
未DVD化
大阪・テアトル梅田にて鑑賞。
 
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VHSビデオ(ポニー・キャニオン)ならここで借りれる!
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1967(C)Les Films Ariane
 

パリのめぐり逢い』(1967・仏)
VIVRE POUR VIVRE
 (生きるための生活)
 
男と女』(1966)に次ぐ、監督クロード・ルルーシュ、撮影パトリス・プージェ
音楽フランシス・レイの黄金コンビの大人のラブ・ストーリー。
主演はイヴ・モンタンアニー・ジラルド
それに前年にデビューしていきなり売れっ子になったキャンディス・バーゲン
今回は台詞を極端に減らして、物語はモンタージュと音楽で表現される。
だからこの映画におけるフランシス・レイの貢献度は高い。
彼の音楽なしではこの作品をもはや存在しないと言っても過言じゃない。
それに時折インサートされるモノクロのドキュメント・フィルム。
ナチズム、コンゴ動乱や、アルジェリアの戦いやインドシナ独立戦争、ベトナム戦争も挟んである。
これはクロード・ルルーシュが放った反戦メッセージだと受け留めてもよいはずだ。
 アラン・レネ、ジャン=リュック・ゴダール、ウィリアム・クライン、
ヨリス・イヴェンス、アニエス・ヴァルダ、そしてクロード・ルルーシュは同じ年に
それぞれの視点から描いたオムニバス『ベトナムから遠く離れて』(1967)に参加した。
 
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1967(C)Les Films Ariane
 
 
TVレポーターのロベール・コロンボ(イヴ・モンタン)は10年連れ添った妻の
カトリーヌ(アニー・ジラルド)の目を盗み浮気三昧な毎日を送る。
今回も取材旅行とカトリーヌを欺いて若い娘と浮気旅行に出かけるが、
その現場で会ったソルボンヌ大学に留学するアメリカ娘キャンディス(キャンディス・バーゲン)
に出会う。パリに戻ると家にはカトリーヌの姿はない。カトリーヌは夫の行動をある程度察知していたが
寂しさを紛らわすために友人ジャクリーンと映画やショッピングを愉しんでいた。
浮気相手とボクシングの試合に行った夜にロベールは再びキャンディスに再会する。
ロベールはキャンディスに心奪われ、食事に行き、彼女の電話番号を聞く。
彼は手が早く番号を聞き出した夜にはキャンディスの部屋に訪れていた。
取材旅行でアフリカに行く事になったロベールはキャンディスも同行させ
中年男とアメリカ娘が燃え上がるのにはアフリカの大自然は格好の舞台装置だった。
もはやキャンディスがロベールにぞっこんになってしまった。
アフリカから帰国したロベールはすぐアムステルダムに旅立つ。それは
結婚10年を記念してカトリーヌが前からロベールに約束させていたのだった。
10年前にロベールとカトリーヌはこのオランダのアムステルダムの橋の上で初めて出会い
恋に落ちたのだった。懐かしいアムステルダムの街を歩くロベールとカトリーヌ。
だがパリからキャンディスが追いかけてきて偶然にも彼等が泊まるホテルにやって来た。
焦るロベールはカトリーヌを誤魔化して、急用でパリに帰る口実を作りホテルを出る。
一旦パリへ戻ったように嘘をついてキャンディスの部屋に訪れ、彼女と逢瀬を愉しむ。
だがカトリーヌの女の感が働き、ロベールの嘘はカトリーヌにばれてしまう。
再びアムステルダムに戻って来たように見せかけたロベールだったが、駅で彼が持っていた列車の切符
は入場券だったため、彼女はロベールの嘘を見抜いてしまったのだ。
パリは戻る列車の中でカトリーヌはロベールに恨み言を残して、彼女はひとりで
ブリュッセルで途中下車してしまう。
ロベールはキャンディスと同棲するが、やがて2人の中にも亀裂が生じて
お互いそれぞれの道を歩むようになる。キャンディスはパリを離れてアメリカに戻り
ロベールはベトナムに飛ぶ。カトリーヌは自立して新しい恋人も出来たようだった。
やがてカトリーヌとキャンディスの耳にロベールがベトナム取材中に、
行方不明になった事が入ってくる。
心配するパリのカトリーヌとニューヨークのキャンディス。
だがロベールは無事、パリへ戻ってくる。
カトリーヌは雪山のアルプスにやって来ていた。そこへ訪れるロベール。
お互いにやり直そうと彼女に願うロベールだがカトリーヌはそれを拒否する。
その夜にカトリーヌたちと食事をして踊るロベールだが、彼はちっとも面白くない。
全てを諦めて独りでパリへ戻ろうとするロベールは駐車場で雪に隠れた愛車の
フロントガラスの雪を取り除く。その車内にカトリーヌの姿があった。
(1968年3月16日公開   ユナイト映画配給)

この映画の主人公イブ・モンタン扮するロベールの視点から描いているが、
ヒロインは間違いなくアニー・ジラルドのカトリーヌだ。
アニー・ジラルドはちょっと陽気なおばさんというイメージがあるが、
この作品のアニー・ジラルドはちょっと細身で、実に魅力的なマダムを演じた。
元々情婦や娼婦の役のファムファタール的な役柄が多かった彼女だが
夫の浮気に悩む妻を見事に演じていた。それに若いときのアニー・ジラルドは
フランスきっての美脚で鳴らしたものだった。
クロード・ルルーシュとも相性が良いのか『この愛をふたたび』(1970)や
『レ・ミゼラブル』(1995)にも起用している。
ヨーロッパ映画には100本以上出演の輝かしいキャリアがあり、
名実ともにフランスを代表する大女優だった。惜しくも今年の2月28日に亡くなっている
 
 
キャンディス・バーゲンは女優の顔も持つが女流キャメラマンとしても有名で
劇中でもカメラを構える彼女が登場する。
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かってフランソワ・トリュフォーは語った(ルルーシュと犬猿の仲)
いわゆるニュー・シネマは一時期、決定的にクロード・ルルーシュの
影響を受けてしまったのではないかと、私は恐れています。
たとえば望遠レンズやズームの濫用、ハレーションだらけの映像
構成がしっかりした脚本を無しで撮って、やたら甘美な歌や音楽を流して
ストーリーを中断してしまうモンタージュ・・・これは悲しい現象です
。」
そういえば、フランソワ・トリュフォーはフランシス・レイも使った事はないはずだ・・・

決してハズレ映画じゃないが、この作品は1968年に劇場公開されて
以来、何度かの地上波放送はあったが、ビデオやLD、DVDは全く発売された
ことがない不思議な作品だ。ただフランスではちゃんとDVD化されている。
だからTV放送で見た人はいるかも知れないが、作品より音楽の方が有名になってしまっている。
だが、今は古いフランス映画、とくに60年代の旧作はDVDになりにくいらしい。
やはりノルスタジックな作品は売れ行きが芳しくないからが理由と言うことだろう。
日本もフランスももっとクロード・ルルーシュの作品を評価すべきだと思う。
彼の作品は『男と女』くらいしかソフト化されていないが、
ずば抜けて上質な作品ばかり撮っているのではないが、水準以上の作品は
撮り続けていると思う。先入観だけで決め付けるのは良くないのだ。
 

イメージ 13
監督: クロード・ルルーシュ 
脚本: ピエール・ユイッテルヘーベン 
    クロード・ルルーシュ 
撮影: パトリス・プージェ 
音楽: フランシス・レイ

 イヴ・モンタン 
 キャンディス・バーゲン 
 アニー・ジラルド 
 アミドウ
 
イーストマンカラー
ヨーロッパ・ヴィスタ(1:1.66)
フランス語・モノラル
125分
 
 
 
イメージ 3
イメージ 4
イメージ 5
イメージ 6
イメージ 7
1967(C)Les Films Ariane
 
 
 
VIVRE POUR VIVRE / FRANCIS LAI

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