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1968(C)Les Films du Carrosse
『黒衣の花嫁』(1968・仏=伊)
La Mariee Etait en Noir 「わたしとしては、忘れてしまいたい映画の一本なのです」
(フランソワ・トリュフォー) 今回はフランソワ・トリュフォー自身が「失敗作」と 認めている作品で、ミステリー小説にどっぷり漬かっていた 少年時代のトリュフォー。彼がジャンヌ・モローのために選んだのは コーネル・ウールリッチ原作の『黒衣の花嫁』だった。 トリュフォーが『黒衣の花嫁』を失敗作と看做すのは
二つの要点が存在する。 まずひとつは、主演のジャンヌ・モロー自身。 彼女は、トリュフォーの長編第一作『大人は判ってくれない』に ゲスト出演後、長編第三作でトリュフォーの代表作のひとつになっている 『突然炎のごとく』で主演として体当たり的な演技で高い評価を得た。 だが、この『黒衣の花嫁』のジャンヌ・モローは撮影当時(1967年)は 39歳。だが年齢よりも皺が増え、目じりも下がり、目の下のくまも目立つ。 彼女の容姿の老いもフィルムは隠すことは出来なかった。 トリュフォーはこう後述していた。 「彼女は笑ったり、喋ったり、はつらつと動きまわっているときが いちばん美しい。しかし、この映画のヒロインは彫像のような存在で、 むしろウルスラ・アンドレス向きの役でした。」 ふたつ目はこの作品の撮影時期であった。
撮影は1967年の5月から7月にかけて、カンヌ、パリおよびその近郊。 そしてグルノーブルで撮影がされている。時期は初夏から夏のフランスだ。 夏の明るい太陽が、映画から謎めいたムードを完全に奪っている。 映画は夜間より昼間のシーンが多く、しかもコダックの イーストマンカラーの鮮明な色彩がミステリームードを完全に払拭しているという。 晴天の日の白昼に撮影され、明るく派手な色彩がジャンヌ・モローにとって 弱点となっていた顔のシワや目尻のくまを反って目だ立たせてしまっているようだ。 1968(C)Les Films du Carrosse
写真のアルバムをめくっていた女(J・モロー)は、発作的に窓から身を投げようとする。 そこへ止めに入る母親。「ジュリー、やめて!」 やがて女は荷造りをして、家を出る。黒い革の鞄に現金を並べて何か決意したようだ。 心配そうに彼女を見つめる母親。駅までまだ幼い姪が見送りに来て、女は列車に乗る。 だが・・・列車の反対側から向い側のホームに出た全身黒ずくめの女は駅を出る。
当然、母親や姪は彼女が列車に乗って町を出たものと思い込むに違いない。 コートダジュール。カンヌの高級アパート。
まばゆい陽光の下に天使のような白いドレスを着た女が現れる。 彼女はブリス(C・リッシュ)を訪ねたが、留守中で管理人が応対するが 100フラン札をちらつかせながら留守の部屋に入れろと言う。管理人は 困っているうちに女は姿を消す。ブリスは翌朝、訪ねてきた友人のコリー(J・C・ブリアリ) に訪ねて来た女の事を話して笑う。「俺のファンかも知れない」 そしてブリスの部屋でパーティの日。彼らのその背後にあの女が立っていた。 言葉巧みにブリスをバルコニーに誘い出して、コリーを寄せ付けない女・・・ 女のスカーフがバルコニーのルーフに絡みつく。 「君の名を教えてくれよ」 「あのスカーフを取ってくれたら教えてあげるわ」 バルコニーの柵から身を乗り出してスカーフを取ろうとするブリス。 だが足元は目も竦むほどの高さだ・・・「私はジュリー・コレールよ」 ブリスが気付くが早いか遅いか、ジュリーはブリスを両手で突き放した。 悲鳴を上げながら、高層アパートのバルコニーから落下していくブリス。 そして白いスカーフが風に舞いながら、カンヌの空を舞って行く・・・ 所変わって山のふもとの小さな町。銀行員のコラル(M・ブーケ )は
中年で独身の銀行員で女性にはシャイで晩熟な性格だった。 酒だけが楽しみな無趣味な男。見知らぬ相手からコンサートの切符が届く。 わからぬままに会場へ出かけるコラル。切符の席はボックス席だが、 やがて会ったこともない女が後ろからやって来て、コラルの隣に座る。 「どうして僕に切符を送ったんです?」 「秘密よ」 そして翌日の晩に自分の部屋で会う約束をするコラル。 女は少し約束の時間に遅れてコラルのアパートに酒とレコードを持って現れた。 酒に目が無いコラルは差し出された酒を旨そうに飲み干す。 「さあ、その秘密とやらを教えてください」 「まだよ」 だがコラルの様子がおかしい。酒に毒が盛ってあったのだ。 意識が朦朧としてきたコラルに女がやっと秘密について打ち明けた。 白いチャペルの前で幸福に酔いしれる新郎と新婦。だが一発の銃声で 新郎が倒れる。「あの時の花嫁か・・・僕らのせいじゃない。あれは弾みだった」 「違うわ、あなたのせいよ」コラルは床の上で息を引き取る。 若手政治家モラン(M・ロンダール) の家に夫人の母が危篤だと電報が入る。
そこへ息子の小学校の先生だと名乗る女が現れ、息子の世話をするから、 女はモランの家に入り込む。女はモランの食事を作り、息子を寝かしつける。 そして息子とかくれんぼをした時に、指輪を失くしたと、捜させて モランを階段の下の大人がやっと入れるくらいの小さな物置に閉じ込めてしまう。 「先生、錠を外してください」 「先生じゃないの。あなたを閉じ込めたのよ」 「じゃ、あなたは誰だ?」 「ジュリー・コレールよ あなたを殺しに来たの」 場面はチャペルの前のホテルの一室。 五人の男が何やら談笑していて、ブリスやコラル、そしてラモンがいる。 ラモンはスコープ付きのライフルを取り出して、教会の屋根の風見鶏に狙いをつける。 コラルがライフルの弾丸を持ってきて銃に装填している。 そこへハゲの男がライフルでふざけて、教会の正面玄関にいる結婚式の一団に狙いをつける。 あわてて、やめさせようとモランがライフルに手をかけた瞬間、銃は暴発して新郎が倒れた。 五人は独身グループで、この事件の後はお互いに二度と会わない約束をして、 各地に散らばったとモランが言う。 「私は教会の祭壇の前であなたたち五人に復讐を誓ったのよ。彼を返してちょうだい!」 そう言うとジュリーは物置の隙間にテープで目張りをしてモランの家を後にした。 だが、小学校の先生がモラン殺しの容疑者として逮捕される。 良心の呵責に悩んだジュリーは空港から警察に電話して、誤認逮捕を阻止する。 そして4人目の中古車ブローカーのダルロー(D・ブーランジェ)は
拳銃を用意したジュリーの目前で、窃盗容疑で警官に逮捕されてしまう。 計画が狂った彼女は、画家のフェルグス(C・デネール)に近づく。 上手い事に、ジュリーはフェルグスのイメージにぴったりのモデルだった。 そこへコリーが現れ、ブリスの部屋で見た女ではないかと感ずる。 だが、コリーが確信した時は、フェルグスが絵の小道具の弓矢で突かれて 殺された後だった。そしてフェルグスの葬儀の時に、ベールを被った女が現れた。 コリーがそのベールを取るとジュリーだった。 ジュリーは逮捕されて、取調べが行われたが、警察もなぜ簡単に捕まったか謎だった。 そしてジュリーは刑務所に送られる。だがそこには逮捕されたダルローが収監中だった。 ジュリーは最終的な実行犯である、ダルローに復讐すべく、フェルグスの殺人を利用して 逮捕され、刑務所に入ったのだった。食事係として、労役につくジュリーは 厨房から包丁を盗んで、牢の中でダルローを刺殺する。 (1968年10月9日公開 ユナイト映画配給)
観終えた感想はトリュフォーが語るほど、そんな酷い作品ではないことだ。 だが指摘どおり、晴天の日に撮影されて、陰鬱な映画の内容が薄くなっている点と ピエール・カルダンの衣装も画家のモデルの衣装はともかく 復讐を誓う女が、人目に浮いてしまうコスチュームで登場する設定はいただけない。 金髪フェチのアルフレッド・ヒッチコックに対して、 「脚フェチ」のフランソワ・トリュフォーがジャンヌ・モローの膝や脚の クローズアップを随所に入れているのは興味深い。 1968(C)Les Films du Carrosse
モノクロで夜間に撮ったら、もっといい映画になったとトリフォーは語った。 「ハワード・ホークスの『三つ数えろ』(1946)やジャン・コクトーの 『美女と野獣』(1956)のすばらしさは、ほとんど全編、夜のシーンだということです。 夜の魅惑は映画の魅惑です。』 DAY FOR NIGHT (『アメリカの夜』(1973)の英語タイトル)は彼のこの言葉も含まれていると思う。 ユナイテッド・アーチスツ ディノ・デ・ラウレンティス 監督: フランソワ・トリュフォー
原作: コーネル・ウールリッチ 脚本: フランソワ・トリュフォー ジャン=ルイ・リシャール 撮影: ラウール・クタール 音楽: バーナード・ハーマン 衣装: ピエール・カルダン ジャンヌ・モロー ジャン=クロード・ブリアリ ミシェル・ブーケ クロード・リッシュ ミシェル・ロンズデール ダニエラ・ブーランジェ シャルル・デネ アレクサンドラ・スチュワルト イーストマンカラー ヨーロッパ・ヴィスタ(1:1.66) フランス語 107分 |

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