ここから本文です
字幕映画のススメ

書庫フランソワ・トリュフォー

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

イメージ 1
イメージ 2
 1968(C)Les Films du Carrosse
 
イメージ 11
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
黒衣の花嫁』(1968・仏=伊)
La Mariee Etait en Noir
 
わたしとしては、忘れてしまいたい映画の一本なのです
(フランソワ・トリュフォー)

今回はフランソワ・トリュフォー自身が「失敗作」と
認めている作品で、ミステリー小説にどっぷり漬かっていた
少年時代のトリュフォー。彼がジャンヌ・モローのために選んだのは
コーネル・ウールリッチ原作の『黒衣の花嫁』だった。
トリュフォーが『黒衣の花嫁』を失敗作と看做すのは
二つの要点が存在する。
まずひとつは、主演のジャンヌ・モロー自身。
彼女は、トリュフォーの長編第一作『大人は判ってくれない』に
ゲスト出演後、長編第三作でトリュフォーの代表作のひとつになっている
『突然炎のごとく』で主演として体当たり的な演技で高い評価を得た。
だが、この『黒衣の花嫁』のジャンヌ・モローは撮影当時(1967年)は
39歳。だが年齢よりも皺が増え、目じりも下がり、目の下のくまも目立つ。
彼女の容姿の老いもフィルムは隠すことは出来なかった。
トリュフォーはこう後述していた。
彼女は笑ったり、喋ったり、はつらつと動きまわっているときが
いちばん美しい。しかし、この映画のヒロインは彫像のような存在で、
むしろウルスラ・アンドレス向きの役でした
。」
ふたつ目はこの作品の撮影時期であった。
撮影は1967年の5月から7月にかけて、カンヌ、パリおよびその近郊。
そしてグルノーブルで撮影がされている。時期は初夏から夏のフランスだ。
夏の明るい太陽が、映画から謎めいたムードを完全に奪っている。
映画は夜間より昼間のシーンが多く、しかもコダックの
イーストマンカラーの鮮明な色彩がミステリームードを完全に払拭しているという。
晴天の日の白昼に撮影され、明るく派手な色彩がジャンヌ・モローにとって
弱点となっていた顔のシワや目尻のくまを反って目だ立たせてしまっているようだ
 
 
イメージ 3
 
 
 
 
 
イメージ 4
イメージ 5
イメージ 6
イメージ 7
イメージ 8
1968(C)Les Films du Carrosse
 

写真のアルバムをめくっていた女(J・モロー)は、発作的に窓から身を投げようとする。
そこへ止めに入る母親。「ジュリー、やめて!」
やがて女は荷造りをして、家を出る。黒い革の鞄に現金を並べて何か決意したようだ。
心配そうに彼女を見つめる母親。駅までまだ幼い姪が見送りに来て、女は列車に乗る。
だが・・・列車の反対側から向い側のホームに出た全身黒ずくめの女は駅を出る。
当然、母親や姪は彼女が列車に乗って町を出たものと思い込むに違いない。
コートダジュール。カンヌの高級アパート。
まばゆい陽光の下に天使のような白いドレスを着た女が現れる。
彼女はブリス(C・リッシュ)を訪ねたが、留守中で管理人が応対するが
100フラン札をちらつかせながら留守の部屋に入れろと言う。管理人は
困っているうちに女は姿を消す。ブリスは翌朝、訪ねてきた友人のコリー(J・C・ブリアリ)
に訪ねて来た女の事を話して笑う。「俺のファンかも知れない」
そしてブリスの部屋でパーティの日。彼らのその背後にあの女が立っていた。
言葉巧みにブリスをバルコニーに誘い出して、コリーを寄せ付けない女・・・
女のスカーフがバルコニーのルーフに絡みつく。
君の名を教えてくれよ
あのスカーフを取ってくれたら教えてあげるわ
バルコニーの柵から身を乗り出してスカーフを取ろうとするブリス。
だが足元は目も竦むほどの高さだ・・・「私はジュリー・コレールよ
ブリスが気付くが早いか遅いか、ジュリーはブリスを両手で突き放した。
悲鳴を上げながら、高層アパートのバルコニーから落下していくブリス。
そして白いスカーフが風に舞いながら、カンヌの空を舞って行く・・・
所変わって山のふもとの小さな町。銀行員のコラル(M・ブーケ )は
中年で独身の銀行員で女性にはシャイで晩熟な性格だった。
酒だけが楽しみな無趣味な男。見知らぬ相手からコンサートの切符が届く。
わからぬままに会場へ出かけるコラル。切符の席はボックス席だが、
やがて会ったこともない女が後ろからやって来て、コラルの隣に座る。
どうして僕に切符を送ったんです?」
秘密よ
そして翌日の晩に自分の部屋で会う約束をするコラル。
女は少し約束の時間に遅れてコラルのアパートに酒とレコードを持って現れた。
酒に目が無いコラルは差し出された酒を旨そうに飲み干す。
「さあ、その秘密とやらを教えてください」
「まだよ」
だがコラルの様子がおかしい。酒に毒が盛ってあったのだ。
意識が朦朧としてきたコラルに女がやっと秘密について打ち明けた。
白いチャペルの前で幸福に酔いしれる新郎と新婦。だが一発の銃声で
新郎が倒れる。「あの時の花嫁か・・・僕らのせいじゃない。あれは弾みだった
「違うわ、あなたのせいよ」コラルは床の上で息を引き取る。
若手政治家モラン(M・ロンダール) の家に夫人の母が危篤だと電報が入る。
そこへ息子の小学校の先生だと名乗る女が現れ、息子の世話をするから、
女はモランの家に入り込む。女はモランの食事を作り、息子を寝かしつける。
そして息子とかくれんぼをした時に、指輪を失くしたと、捜させて
モランを階段の下の大人がやっと入れるくらいの小さな物置に閉じ込めてしまう。
「先生、錠を外してください」
「先生じゃないの。あなたを閉じ込めたのよ」
じゃ、あなたは誰だ?」
ジュリー・コレールよ あなたを殺しに来たの
場面はチャペルの前のホテルの一室。
五人の男が何やら談笑していて、ブリスやコラル、そしてラモンがいる。
ラモンはスコープ付きのライフルを取り出して、教会の屋根の風見鶏に狙いをつける。
コラルがライフルの弾丸を持ってきて銃に装填している。
そこへハゲの男がライフルでふざけて、教会の正面玄関にいる結婚式の一団に狙いをつける。
あわてて、やめさせようとモランがライフルに手をかけた瞬間、銃は暴発して新郎が倒れた。
五人は独身グループで、この事件の後はお互いに二度と会わない約束をして、
各地に散らばったとモランが言う。
「私は教会の祭壇の前であなたたち五人に復讐を誓ったのよ。彼を返してちょうだい!」
そう言うとジュリーは物置の隙間にテープで目張りをしてモランの家を後にした。
だが、小学校の先生がモラン殺しの容疑者として逮捕される。
良心の呵責に悩んだジュリーは空港から警察に電話して、誤認逮捕を阻止する。
そして4人目の中古車ブローカーのダルロー(D・ブーランジェ)は
拳銃を用意したジュリーの目前で、窃盗容疑で警官に逮捕されてしまう。
計画が狂った彼女は、画家のフェルグス(C・デネール)に近づく。
上手い事に、ジュリーはフェルグスのイメージにぴったりのモデルだった。
そこへコリーが現れ、ブリスの部屋で見た女ではないかと感ずる。
だが、コリーが確信した時は、フェルグスが絵の小道具の弓矢で突かれて
殺された後だった。そしてフェルグスの葬儀の時に、ベールを被った女が現れた。
コリーがそのベールを取るとジュリーだった。
ジュリーは逮捕されて、取調べが行われたが、警察もなぜ簡単に捕まったか謎だった。
そしてジュリーは刑務所に送られる。だがそこには逮捕されたダルローが収監中だった。
ジュリーは最終的な実行犯である、ダルローに復讐すべく、フェルグスの殺人を利用して
逮捕され、刑務所に入ったのだった。食事係として、労役につくジュリーは
厨房から包丁を盗んで、牢の中でダルローを刺殺する。
(1968年10月9日公開 ユナイト映画配給)

観終えた感想はトリュフォーが語るほど、そんな酷い作品ではないことだ。
だが指摘どおり、晴天の日に撮影されて、陰鬱な映画の内容が薄くなっている点と
ピエール・カルダンの衣装も画家のモデルの衣装はともかく
復讐を誓う女が、人目に浮いてしまうコスチュームで登場する設定はいただけない。
金髪フェチのアルフレッド・ヒッチコックに対して、
「脚フェチ」のフランソワ・トリュフォーがジャンヌ・モローの膝や脚の
クローズアップを随所に入れているのは興味深い。
 
 
イメージ 9
1968(C)Les Films du Carrosse

モノクロで夜間に撮ったら、もっといい映画になったとトリフォーは語った。
「ハワード・ホークスの『三つ数えろ』(1946)やジャン・コクトーの
『美女と野獣』(1956)のすばらしさは、ほとんど全編、夜のシーンだということです。
 夜の魅惑は映画の魅惑です。』
DAY FOR NIGHT (『アメリカの夜』(1973)の英語タイトル)は彼のこの言葉も含まれていると思う。
 

イメージ 10レ・フィルム・デ・キャロッセ
ユナイテッド・アーチスツ
ディノ・デ・ラウレンティス
監督: フランソワ・トリュフォー 
原作: コーネル・ウールリッチ 
脚本: フランソワ・トリュフォー 
    ジャン=ルイ・リシャール 
撮影: ラウール・クタール 
音楽: バーナード・ハーマン
衣装: ピエール・カルダン

 ジャンヌ・モロー 
 ジャン=クロード・ブリアリ 
 ミシェル・ブーケ 
 クロード・リッシュ 
 ミシェル・ロンズデール 
 ダニエラ・ブーランジェ 
 シャルル・デネ 
 アレクサンドラ・スチュワルト

イーストマンカラー
ヨーロッパ・ヴィスタ(1:1.66)
フランス語
107分

開くトラックバック(2)

イメージ 1
イメージ 2
イメージ 3
1978(C) Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.
 
イメージ 7
 
 
その人が死んだから、それで私たちの愛情が衰えるのではない。
本当は私たち自身が死ぬからなのだ。
マルセル・ブルースト 「死んだアルベチーヌ」
 
 
 

緑色の部屋』(1978・仏)
LA CHAMBRE VERTE

フランソワ・トリュフォーが自ら監督して出演した
野生の少年』(1970)、『アメリカの夜』(1973)についで3本目の作品。
原作はヘンリー・ジェームズの短編「死者の祭壇」だが、それだけでは
1時間未満の中篇になってしまうので、登場人物を増やして
同じくヘンリー・ジェームズの「友人の友人」(こよなき友ら)という短編から
エッセンスを貰ってきて、ジャン・グリュオーによる第一稿が完成した。
ヘンリー・ジェームズの原作は19世紀が舞台になっているが、
『緑色の部屋』の舞台となるのは20世紀の前半、
第一次世界大戦が終了した後のフランスが映画の時代背景になっている。
これはトリュフォーの意向で戦争で友人が多数死んだ主人公の
死に対する強迫観念を強調するには、大きな戦争の傷跡が残っている
この時代を選んだということだった。
当初はシャルル・デネを主人公のジュリアンに起用しようとしたが
恋愛日記』(1977)で彼の主演で撮った直後の作品だったので、
彼を起用せず、自らが主演と演出を担うことになる。
おそらく主演することは、前の年にアメリカへS・スピルバーグ
未知との遭遇』(1977)に呼ばれて演じた科学者の評価が良かったので
トリュフォーの背中を押したものと捉えてもいいのじゃなかろうか。
事実この『未知との遭遇』に出てトリュフォー自身が俳優の演技を
見直すターニング・ポイントとなったことだ。
ただカメラの向こう側と前では演出が変わってくる。
だからトリュフォーの右腕でまさに相棒であるシュザンヌ・シフマン女史が
事実上演出をしてトリュフォーの出演部分のカットを見極めるという方法で
撮影された。トリュフォー自身も彼女を共同監督と思っている。
この作品は1970年頃に企画され、それからやっと8年後に撮影が開始した。
当初のタイトルは「死んだ女」とされ、どれから『緑色の部屋』になった。
トリュフォーは知らなかったのが、英語の ”THE GREEN ROOM "は芝居で
役者たちが使う「楽屋」のことで、それを後で聞かされ、一層このタイトルが気に入ったとか。
 

そしてトリュフオーが最も気に入っていたのは、モーリス・ジョーベール
音楽であり、パトリス・メストラルの指揮で演奏されたオーケストラの録音は
映画のクランク・イン前に既に出来上がっていて、撮影現場でこの曲を流して
ミュージカル映画のように、音楽に沿って役者の動きも合わされたものだったとか
そして映像は最大の効果を出しているのは撮影監督ネストール・アルマンドロス
よる祭壇の「火の森」何百本というロウソクが燭台の上で灯され、
照明は間接照明だけを使ってロウソクの光だけで捉えられた映像は神秘的かつ
幻想的な絵作りとなっている。またそれ以外の場面でもこの作品は屋外場面も
一切陽光は入らす、青空もない。墓地のシーンも夕暮れ時や曇天で今にも
雨が降りそぐ直前のような陰気なカラーの使いかたを徹底している。
(『黒衣の花嫁』(1967)で失敗した色彩設計を見直したということか・・・)
 
特に素晴らしいのはナタリー・バイの起用で、
彼女は『アメリカの夜』でスクリプターの役で出ていた女優だが
『恋愛日記』にも顔を出し、ゴダールの映画にも常連になっている。
彼女は当時30歳、役のセシリアとほぼ同じ年齢で、初恋の男性に憧れる少女のような清楚さと
過去の情に翻弄される女としてのニ面を見事に演じて『愛しきは、女/ラ・バランス』(1983)
と共に『緑色の部屋』は彼女にとっての代表作といえるのではないか。

第一次世界大戦の終結から10年後のフランス東部にある小さな田舎町。
ここに古くからある雑誌「グローヴ」の編集者であるジュリアン・ダヴェンヌ(F・トリュフォー)
は友人マゼの夫人の葬儀に参列していた。愛する妻の亡骸にすがりつき棺の蓋をさせないマゼに
困り果てた神父が神の教えを説く。それに反論したのがジュリアンでえらい剣幕で
他の参列者や神父を礼拝堂から追い出してしまう。
実はジュリアンは過去に新婚間もなく妻のジュリーを亡くして以来、再婚もせず
自宅の二階にある「緑色のドアの部屋」に妻の写真や遺品を飾っては妻と「語り合って」いた。
ジュリアンの自宅には家政婦のランボー夫人と彼女の甥で戦争孤児で
聾唖の12歳の少年ジョルジュと暮らしていた。ジュリアンは戦争に砲兵として従軍したが
友人の多くが戦闘で犠牲となり、死への脅迫観念が彼の心の中に深く根付いていたのだ。
ある日、亡き妻ヴァランス家の家財が競売に出される事を知ったジュリアンは
開催前の競売場へ出向き、亡き妻の思い出の指輪を探す。そこで応対してくれたのが
競売場の秘書であるセシリア・マンデル(N・バイ)で、ジュリアンが依頼した
指輪を探す事を引き受ける。実はセシリアにとってジュリアンはシャイな少女時代に
唯一やさしくしてくれた男性で、初恋の対象でもあった。そんなセシリアをジュリアンは
全く忘れていた。ある日、あのマゼが新しい妻を連れて職場に現れた。まだ先妻が亡くなって
半年しか経たないとジュリアンは憤慨して、その愚痴を聞いてくれる相手がセシリアだった。
そんなきっかけで、ジュリアンとセシリアは互いに親しくなっていく。
またお互いに自分の妻や彼女の父の死の際に霊的な体験をしていたというのも
なにか運命を感じさせるところがあったのだろう。
我々は愛する者の死に関して同じ体験をしている
死者は決して裏切らない 私たちは一緒だ
「いいえ、違います。 死者を愛するのは事実だけど、生きている人も愛します」
翌日、一本の電話で編集部が慌しくなった。この町の出身で政界にも出た
名士であるポール・マシニーが事故で亡くなったという。編集長は
ジュリアンにマシニーの追悼記事を書けという。ジュリアンは資料も見ずして
マシニーの追悼記事をさっと書き上げ、編集長に渡す。
そして帰り支度をして編集部を出た。そこへ編集長が赤い顔で追いかけて来た。
「何だね、この記事は。死者をもう一度殺すひどい記事だぞ!」
「彼が君の親友だと思って書かせたのに」
「編集長 彼は確かに親友でしたが、今は忌々しい裏切り者で醜い人間です」
君は彼を憎んでいたのか・・・
そしてマシニーの亡骸は町へ戻され、多くの参列客が墓地を取り囲んだ。
その中に人目を避けるようにセシリアの姿もあった。
ある雷雨の夜、ジュリアンの緑色の部屋は、火事になり、ボヤで済んだが
部屋は使えなくなってしまった。亡き妻ジュリーの墓前で嘆くジュリアン・・・
墓地の奥にさびれて廃墟となった礼拝堂があった。戦禍によってこうなったのだ。
ジュリアンは司教に会い、この礼拝堂を再建して「自分の死者たち」を
祀る祭壇にしたいと説得する。ジュリアンの情熱は教会を納得させ、
彼は自費で礼拝堂を建て直して、新しい「緑色の部屋」を作る。
そうして疎遠になっていたセシリアを招いて彼女に礼拝堂を案内する。
セシリア 私と一緒にこの祭壇の管理人になってほしいのだ
死者たちを見守ってやりたい。私の死者もあなたのものになる
もちろん君の死者もここにおきなさい
わたしの死者はひとりだけなのよ
北欧へ出かけていたジュリアンが戻ってきて
初めてセシリアの部屋に訪ねる。少女をセシリアはピアノのレッスン中だった。
ジュリアンはある部屋を見て愕然としてしまう。そこはポール・マシニーの写真で
埋め尽くされていたのだ。セシリアの部屋を飛び出すジュリアン・・・
その夜にセシリアが礼拝堂に現れた。
まさか、マシニーの愛人が君だったなんて
お互い共通項があるわ、私も彼に苦しめられたの
死者は許さないの?」
いや 彼はもう許したよ
じゃポールのロウソクはどれ?」
ポールのロウソク?そんなものはここには存在しない
彼はあなたの死者であって 私の死者ではない
絶望したセシリアは礼拝堂を飛び出していった・・・
だがその日を境に絶望したジュリアンは倒れて、医者にもかかろうとしない。
セシリアは出向いても会ってくれないジュリアンに手紙を書いた。
あなたは死んだ人間しか愛さない 死者には寛大です
イメージの中の死者たちは優しい あなたに愛されるには私は死んだ女になるしかない
手紙を受け取ったジュリアンは力を振り絞って礼拝堂に赴く。
そこにはセシリアが待っていた。
私は毎日ここに来ます 死者のためよ
死者たちも君のために集まっている マシニーの居場所もある
だが、ジュリアンはセシリアの目の前で伏せた・・・
セシリア お願いだ もう一本 ロウソクを
その一本でこの祭壇は完成するのだ
セシリア 私たちに起こった事は・・・何もなかった・・・」
と言いながら彼は息を引き取った。
遺されたセシリアは真新しいロウソクに火を灯した。
ジュリアン・ダヴェンヌ」と死者の名を告げて・・・・
(日本公開1980年2月9日 東宝東和配給)

トリュフォーは自ら演じたジュリアン・ダヴェンヌをこう語った。
彼は死の強迫観念に魅入られた半狂人なのです。」
確かにこの主人公は頑固な上で、人付き合いの悪い変人に違いない。
礼拝堂にはジャン・コクトー、ジャック・オーディベルティ、ジャック・ベッケル、
モーリス・ジョーベールなど「トリュフォーの死者たち」の写真が飾られてあった。
 
 
イメージ 8レ・アルティステ・アソシエーツ提供
ユナイテッド・アーチスツ(UA)

監督: フランソワ・トリュフォー 
製作: マルセル・ベルベール 
    ローラン・トゥノー 
原作: ヘンリー・ジェームズ 
脚本: フランソワ・トリュフォー 
    ジャン・グリュオー 
撮影: ネストール・アルメンドロス 
音楽: モーリス・ジョーベール

 フランソワ・トリュフォー 
 ナタリー・バイ 
 ジャン・ダステ 
 アントワーヌ・ビデス
 
 
イーストマンカラー
ヨーロッパヴィスタ(1:1.66)
フランス語
モノラル・94分
日本語字幕(劇場公開時):山田宏一
 
 

 
 

国内ではDVD化されていない唯一のフランソワ・トリュフォー作品。

イメージ 4
イメージ 5
イメージ 6
1978(C) Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.
 
 
 
イメージ 1
イメージ 2
1966 (C) Universal studio.
 
 
 
 
イメージ 8
 
華氏451』(1966・英)
FAHRENHEIT 451
 
この記事の下書きをしていたところに飛び込んできたところに訃報が・・・・
レイ・ブラッドベリ氏が亡くなりましたと。ご冥福をお祈りします。
40年以上前の作品だから古さは否めないが
壁掛けの大画面テレビ、悪書追放運動(成人雑誌)未来が現実となった今は
逆にインターネットでスマホやタブレット、パソコンで文字が溢れかえっている。
反証すればこれは書物を愛する人々へのオマージュと考えていただければいい。
(電子書籍はどう扱うのだぁ!)

華氏451度とは書物が自然に発火する温度で、摂氏に直すと232度になる。
この舞台となった未来は「文字」が抑制され書物を読む事が禁止されて
人々はラジオと壁掛けテレビで情報操作され、かって流通していた
書物を所持している人間は、通報され国家から派遣される組織によって
焼き捨てられる。これを「焚書」と呼ぶ。
かって秦の始皇帝が行った、主として儒家に対する思想言論弾圧が始まりで
転じて、学問や思想に対する弾圧をいう。
古代や中世のキリスト教徒も結構行っており、ナチス・ドイツの焚書も有名で
ブラッドベリが原作を書いた背景には、「レッドパージ」が吹き荒れた1950年代の
マッカーシズムの時代を強く反映されていた
 
フランソワ・トリュフォーがこの映画を思い立ったのは、50年代の末に
プロデューサーのラウル・レヴィに会った時に、トリュフォーがSF小説をめちゃくちゃ
けなした時に、レヴィの口から出たのがレイ・ブラッドベリの小説「華氏451度」だった。
トリュフォーはこの原作に大変な興味を抱き、1962年にニューヨークに飛んで
ブラッドベリ本人に会って、映画化権を得た。トリュフォーが感銘を受けたのは
単に書物(活字)が禁じられた世界を想像したばかりではなく、書物を禁じられたら
書物を暗記してしまえばいいという、人間が生き抜くための知恵としては
素晴らしい発想だったという点に着目した。
 
イメージ 3
イメージ 4
イメージ 5
イメージ 6
1966 (C) Universal studio.

彼が映画化を決めた時点から、実際の製作までに四年の歳月がかかってしまったが、
本来なら『突然炎のごとく』と『柔らかい肌』の間に製作されるはずだった。
トリュフォーはSFが実は大嫌いで、機械やロボットが出てくる映画は
生理的に嫌悪感を覚えるらしい
が、レイ・ブラッドベリを支持する理由は
人間的なエスプリを感じるからで、「火星年代記」と「華氏451度」は傑作と絶賛する。
ただ、反面、ロボットがうじゃうじゃ出てくるフリッツ・ラングの『メトロポリス』や
当時の盟友、ジャン=リュック・ゴダールが監督した『アルファヴィル』もゴダールの
映画の中では最も好きになれない作品だと言っている。
よって『華氏451度』にあったロボットの猟犬機械シェパード」は映画には
登場しない。主人公を追うのは追跡用ヘリにすり替えられていた。
メインタイトルは文字はなくナレーションで観客に伝えられる。
そのバックは家の屋根に取り付けられているUHFアンテナのクローズアップだ。
(ゴダールの『軽蔑』(1964)もナレーションだけで文字のないクレジットだった)
またトリュフォーなりのSFは意外や意外 ジャック・ドゥミーの『シェルブールの雨傘』(1964)
で普通の台詞が全て歌になっているというのが奇異でSF的ということだ。
 
フランソワ・トリュフォーも活字中毒と言えるくらい少年時代から書物を読み漁った。
シネフィルという人間は書物も同じくらい貪らないと気が済まない
「読書狂」の傾向にある。
これは書物へのわたしの愛を描いた映画なのです。読書のたのしみ、さらに書物を所有し
ときどき手にしてみるたのしみ。書物なしでは私は生きられない。読むことの幸福はもちろん、
書物を所有することの幸福もある。時間とともに書物はますますいとおしい存在になるのです。
装丁から、カバーから、においまで心にしみとおるものになる・・・
わたしは長い間、書物を主人公にした映画をつくることを夢みてきたのです
。」 
フランソワ・トリュフォー)

主演はジュリー・クリスティオスカー・ウェルナー
それにシリル・キューサックアントン・ディフリィング
撮影は映画監督になる前のニコラス・ローグがあたり、音楽はヒッチコック映画の
スコアで有名なバーナード・ハーマンが担当した。
ユナイテッド・アーチスツがフランスで製作する企画でこの映画も候補になったが
結局フィリップ・ド・ブロカの『リオの男』(1964)が選ばれた。
だがフランスでは製作することができず、ユニヴァーサル系列であった
MCA(ミュージュック・コーポレーション・オブ・アメリカ)の資本で
チャップリンの『伯爵夫人』と共にこの映画はイギリスで製作されることになり
ジュリー・クリスティが『ドクトル・ジバゴ』(1966)のアップが終わるまで待機して
イギリスのパインウッドスタジオで13週間の撮影が始まった。(1966年1月〜4月)
(モノレールの場面だけはフランスのシャトーヌフ=シュル=ロワールでロケされている)
トリュフォーはこの撮影時の日記を書きカイエ・デュ・シネマ誌に記事として掲載された。
それを一冊の本にまとめたのが『ある映画の物語』(フランソワ・トリュフォー/山田宏一・訳)だ。
 
イメージ 10
1966 (C) Universal studio.
クラリスが勤める小学校の生徒に『小さな恋のメロディー』のマーク・レスターが出ていた。
 

焚書隊に燃やされる書物はありとあらえる書物が登場する。
ジャック・オーディベル『マリー・デュボア』やレイモン・クノー『地下鉄のザジ』
『サルバドール・ダリ画集』上映禁止になったアンナ・カリーナの『修道女』(1965)の
表紙になったカイエ・デュ・シネマ、それに『ドリアングレイの肖像』や
『ライ麦畑でつかまえて』『カラマーゾフの兄弟』『火星年代記』『白鯨』
『月と6ペンス』なども画面で確認できた。

未来の国の話で、その住民はあらゆる知識や情報はテレビを通じて得ている。
思想や行動は政府によって監視されていて、そこでは読書は禁止されているのだ。
それは反社会的な行為と看做され、書物は見つけ次第、消防士(焚書隊)によって
即時に焼き捨てられる。その焚書隊の隊員モンターグ(O・ウエルナー)は
通勤するモノレールの中で妻リンダ(J・クリスティ)と瓜二つのクラリス(J・クリスティ)
と知り合う。テレビばっかり見ていて無気力なリンダと比べてクラリスは
行動的で活発な女性でモンターグはクラリスに好意を持つ。
そしてクラリスの影響でモンターグは本を入手して生まれて初めて読書をして、本の魅力にとりつかれてしまう。
だがそれを知ったリンダは焚書隊に密告する。
そしてモンターグに出動の命令が下った。行き先は自分の家だった。
入れ違いに荷物をまとめたリンダが出て行った。モンターグは隠していた書物を全部庭に積まれて
焼くようにと隊長に命令されたが、自分の家も焼こうとして、止めようとした隊長(S・キューサック)を
火炎放射器で焼き殺して逃走する。モンターグが辿り着いた場所は
「本の人々が住む森」だった。そこの住民は本が焼かれても、 後世に残していけるように
ひとり一冊ずつ暗記していた。モンターグは焼かれずに持っていたエドガー・アラン・ポーの
「怪奇と幻想の物語」を暗記する。再会したクラリスとモンターグはここに留まることにする。
(1967年12月20日公開 ユニヴァーサル映画=ATG配給)

不思議で気味の悪い未来が描かれる。反抗分子は警察に逮捕され、国民はいとこや兄弟と
呼ばれうわべだけの結びつきだが、密告社会だ。それに人々はみんなナルシスト
自分の頬に手を当ててさすったり、リンダも鏡の前で自分の乳房を愛撫するようにまさぐる。
焚書に場面は人間こそは焼かないが(老婦人は自分で焼身自殺するが)
中世の魔女狩りの火刑を連想させる。そしてその老婦人の膨大な隠された書物の前で
隊長はモンターグに一説ぶつのだ。「これは小説だ。ありもしない人間のことだ。
空想、妄想の断片の綴りあわせだ。こんなものは人間を不幸にするだけだ

これは哲学書で小説よりもたちが悪い。要するに正しいのは自分だけで
他の者はみな間違っているということだ
これは死んだ人間の物語だ。伝記や自伝と呼ばれているんだ
 
イメージ 9
トリュフォーが意識したショット 彼の敬愛するニコラス・レイの『大砂塵』
 

トリュフォーはニコラス・ローグと綿密な打ち合わせでヒチコック・タッチで挑んだ。
めまい」(1958)でヒッチコックが使った遠近感を狂わせる手法で
キャメラを前進移動しながらズーム・バックをするショットをモンターグの悪夢の
中に出てくる「小学校の廊下」で使った
。ユニヴァーサル側からは将来のテレビ放映も
事も考慮されフルフレーム(1:1.37)で撮るように指示されていたが、トリュフォーは
拒否してビスタサイズ(1:1.85)で撮影した。隣のステージで撮影していた
チャップリンの最後の監督作『伯爵夫人』はそんな指示は無かったからだ。
ラストの雪の中のラストシーンは意図されたものでなく偶然で本来なら延期なるところだが
撮影契約期間の間際で時間的余裕がなく開き直って撮影されたが、かえってよい結果となった。
このラストでやっと文字が登場する。「THE END」の文字だ。
 
イメージ 7
           フランソワ・トリュフォーとリンダに扮したジュリー・クリスティ
 
撮影中でトリュフォーが手を焼いたのは、オスカー・ウェルナーの態度
何かにつけてトリュフォーに反抗的な上に、自分で目立とうとする必要以上の演技や
階段を昇ったりするシーンは拒否するとか、撮影中に勝手に髪を短くして周囲を困らせたとか
もう二度とオスカー・ウェルナーだけは使いたくないとトリュフォーを憤慨させた。
リンダ/クラリスの役は当初ジーン・セバーグを考えて脚本が書かれた。
だからクラリスのヘアカットはセシールカットに近いものだ。
(ティッピー・ヘドレンも考えられたとか)
モンターグの役もベルモンドポール・ニューマンシャルル・アズナブール
テレンス・スタンプも候補にあがったが、スタンプは元恋人のクリスティと
共演は断り、フランス俳優はイギリス映画なので採用できなかった。
 
 
わたしは映画を見た。そして心から愛した。
「ばかな!」というひとがいるかもしれない。
「ブラッドベリのやつ、無理に好きだなんて言ってるんだ。自分の小説の映画化だし
SFはやつの得意とするところだからな」と。
そう、だからこそ その面には最も厳しい批評家にもなりうるのだ、とわたしは答えたい。
しかし実際のところは、もっと単純に、わたしはとても幸運な原作者だったと言わなければならない。
トリュフォーは書かれた言葉を映画という視覚的な詩の形式に見事に移し変えてくれたからである。
これからもはずっと、わたしはこの映画化に心から感謝しつづけることだろう。
                                        レイ・ブラッドベリ
 
 
 
参考図書
「フランソワ・トリュフォー映画読本 」(平凡社/山田宏一・著)
「ある映画の物語」(草思社/フランソワ・トリュフォー著/山田宏一・訳)
 

 
イメージ 11ヴァニヤード・プロ作品
ユニヴァーサル提供

監督: フランソワ・トリュフォー 
製作: ルイス・M・アレン 
原作: レイ・ブラッドベリ 
脚本: フランソワ・トリュフォー 
    ジャン=ルイ・リシャール 
撮影: ニコラス・ローグ 
プロダクションデザイン: シド・ケイン 
衣装デザイン: トニー・ウォルトン 
編集: トム・ノーブル 
音楽: バーナード・ハーマン

 オスカー・ウェルナー
 ジュリー・クリスティ
 シリル・キューザック 
 アントン・ディフリング 
 ジェレミー・スペンサー 
 アレックス・スコット

テクニカラー
ヴィスタサイズ(1:1.85)
英語モノラル
112分
 
 

開くトラックバック(1)

イメージ 1
イメージ 2
イメージ 3
 1964(C)  Athos Films
 
 
イメージ 7
 
 
柔らかい肌』(1964)
LA PEAU DOUCE
 
フランソワ・トリュフォーの長編第4作は主題が「姦通」だ。今で言う「不倫」。
44歳の中年男。その妻38歳、そして夫の愛人22歳。
この3人の登場人物が織り成す三角関係から生まれるサスペンス
おそらく世界一のヒッチコキアンだと思われるトリュフォーが
ヒッチコック作品を大胆に意識して作られた映画だと思われる。
この映画の主人公はジャン・ドサイ扮する文芸評論家なのだが
ヒッチコック映画同様に重きはヒロインに与えられる。
それは愛人に扮するフランソワーズ・ドルレアックだ。
ヒッチコッックが金髪女性を愛したように、トリュフォーは脚の綺麗な女優を好んだ。
彼はドルレアックの脚の美しさを強調するが如く、スチュワーデスの制服を着させて
有名なストッキングをベッドの上で脱がすシーンを設定した。
「彼女は容姿端麗なのに自分に不満があるようだ・・・」とドルレアックについて語った。
カトリーヌ・ドヌーヴの実姉のフランソワーズ・ドルレアックは
明るく、艶麗で、美しい。だが彼女の内面ではコンプレックスを持っていたという。
リオの男』(1963)のように動き回る役ではなくこの『柔らかい肌』では
トリュフォーは、静かに動かさず、顔のアップを撮ったと言う。
おかげで彼女は引っ張りだこになり翌年にはロマン・ポランスキーの『袋小路』にも出た。
 
イメージ 4
イメージ 5
 1964(C)  Athos Films
 
この映画は実は『華氏451』の製作の遅れから急場しのぎみたいに
製作された映画で、予算も製作スケジュールも余裕が無かった。
映画のヒントは実際にあった事件で1963年にパリで食事中の夫が
レストランで夫の浮気に怒り狂った妻が猟銃で射殺した事件を選んでいる。
脚本はフランソワーズ・ドルレアックが『リオの男』でブラジルに行っている時に書かれ
当初の主演はフランソワ・ペリエのために脚本は想定されていた。が、彼は
スケジュールが開かなくて、やむなく、ジャン・ドサイに役を振った。
そんなわけで、「代役」のジャン・ドサイとは撮影中は上手くいかなかったらしい。
「欠点は男が魅力的でなかった事です」と後日きっぱり自己批評している。
 
ラスト近くは好きな場面だ。
写真屋で夫のカメラに入っていたフィルムを現像して写真を受け取る妻。
印画紙に焼かれていたのは、愛人と夫の写真。揺ぎ無い証拠だ。
妻はいったん写真を歩道にぶちまけるが、通りかかった男が拾う。
ここでカメラは妻のなまめかしい脚をアップで撮り、その男に台詞を言わせる。
「手を貸しましょうか?散歩でもしませんか?」
妻はその場を逃げるように立ち去るが、男はなお執拗に「ナンパ」をやめない。
「レストランに行かないかい?それとも家に・・・」
「何様のつもりなの?女をひっかけてどうするの?田舎でも行くつもり?」
妻は男に逆襲し夫への恨みをぶちまけるかのように男の胸倉を掴んで
罵倒をやめない。「色事の名人だと言うの?自分の顔を鏡で見たことはあるの?」
あまりの剣幕と声を掛けただけで十ニ分に見下された男は怒って消えてしまう。
そして妻は家に帰り夫の猟銃に弾丸を込めて家を後にする。
この場面で哀れなナンパ男として登場するのは共同で脚本を書いた
ジャン=ルイ・リシャールが演じている。
 
ヒッチコック同様にトリュフォーはこの映画から
シネマスコープ・サイズをやめてヨーロッパ・ヴィスタを使っている。
(例外は『暗くなるまでこの恋を』(1969)のディアリスコープだけ)
この作品はすごいカット割が細かく、トリュフォー作品の中でもカット数の多い映画だと言える。
時間的なサスペンスも計算されており、実際にかかる時間を先に計って編集されたと言う。
(ただ夫と愛人が初めて出会うエレベーターの場面は映画的に
増幅して時間を延長したウソの時間だということだ)

ピエール(ジャン・ドザイ)は四十四歳、文芸雑誌の編集長で著名な評論家でもある。
彼はリスボンへの旅行の途中、美しいスチュワーデス、ニコール(フランソワーズ・ドルレアク)と知りあった。
リスボンに着いてから、彼はニコールを食事にさそい異郷の町で一晩中語りあった。この日から、
平和でなに不自由ない落ちついた彼の生活が狂い始めた。
二人はパリに帰ってからもしばしば会うようになったが、
どこにも落ちつける場所はなかった。その頃ピエールに、田舎町での講演の依頼があり、
密かにニコールをつれて出発した。講演が終ってからも田舎町の人は彼を放してくれない。
深夜、やっとのことで町を脱出した二人は、誰も邪魔する者のいないホテルに着き愛を確かめあった。
しかしピエールにとって、単なる浮気ではなかったにしても、やはり家のことが気になり始めた。
予定よりまる一日帰宅が遅れているのだ。その頃、
講演先に電話をかけた妻のフランカ(ネリー・ベネデッティ)は
帰宅した夫を疑い、激しくその行動をなじった。いさかいの果てに離婚のことまで口ばしった。
しかしそれはピエールにとっては思うつぼだったのだ。
その日から彼は事務所に寝とまりするようになりニコールと新しい生活をするためのアパート探しを始めた。
しかしニコールはピエールの求婚を拒絶してしまった。行き場のない孤独が彼をつつみ、友人に相談し、
妻に謝罪することにした。だがその頃、夫とニコールのことをすべて知った妻は、
古い銃を取り出し、無言のまま家を出た。彼が妻に電話をかけたのはその直後だった。
ピエールが行きつけのレストランで新聞を読んでいる頃、そこへ向かう妻の顔には殺意がみなぎっていた。
【キネマ旬報】より
(1965年5月11日公開 日本ヘラルド映画配給)
 第39回(1965年度)キネマ旬報ベストテン外国映画第4位
 
 

イメージ 6レ・フィルム・キャロッセ
SEDIF
 
監督: フランソワ・トリュフォー 
脚本: フランソワ・トリュフォー 
    ジャン=ルイ・リシャール 
撮影: ラウール・クタール 
音楽: ジョルジュ・ドルリュー
 
 ジャン・ドザイー 
 フランソワーズ・ドルレアック 
 ネリー・ベネデッティ 
 サビーヌ・オードパン 
 ジャン・ラニエ 
 ポール・エマニュエル 
 ロランス・バディ 
 モーリス・ガレル

モノクロ
ヨーロッパ・ヴィスタ(1:1.66)
フランス語
115分
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

開くトラックバック(2)

イメージ 1
イメージ 2
イメージ 3
1961(C)Les Films du Carrosse、SEDIF
 
 
 

君を愛している」とあなたは言いました。
待って」とわたしは言いました
わたしを抱いて」とわたしは言おうとしていました。
もう用はない」とあなたは言いました。
 
をすると頭にがついて、
それが身体中かけめぐって爪先まで下りて耳鳴りが残る
 
イメージ 7
 
 
 
 
突然炎のごとく』(1961)
JULES ET JIM
 
アンリ=ピエール・ロシェは生涯にたった二冊の小説しか出さないでこの世を去った。
まず『ジュールとジム』(1953年)、そして『二人の英国人女性と大陸』(1958年)
いずれもフランソワ・トリュフォーが映画化して、『突然炎のごとく』『恋のエチュード』となった。
元々は小説家ではなく画家だったというロシェは高齢に差しかかった時に、本を書き始めた。
生涯に女性遍歴が旺盛な人物だたっというロシェは、関係した女性の事を克明に手帳に「記録」として
残し、それをトリュフォーに遺し、その内容を元にして『恋愛日記』(1977)が生まれた。
トリュフォーは原作本『ジュールとジム』を古本屋で偶然見つけて、夢中になり、
ついにはロシェと交友を結ぶまでとなる。この映画のヒットで、ほとんど無名だった
ロシェの原作は世間に注目されて、世界各国で出版されるようになった。
 
まさにファムファタールと形容した方がふさわしい女性、カトリーヌに翻弄される
ジムとジュールの二人の青年。トリュフォーはいままで映画では描かれなかった存在を
映像化してみせた。また台詞以上にナレーションを多用した実験的な映画とも取れる。

大人は判ってくれない』(1959)、『ピアニストを撃て』(1960)に
続くフランソワ・トリュフォーの長編第三作目は男女の三角関係を描いたいわば屈折した恋愛映画だ。
トリュフォーはロシェの小説を読んでいたが、彼はこの作品の映画化を思いついたのは
エドガー・G・ウルマーの西部劇『裸の夜明け』(1956・日本未公開)を観てこの映画に
描かれる男女の三角関係を『ジュールとジム』にオーバーラップさせ、映画化を決意した。
またルイ・マルにジャンヌ・モローを紹介され、処女作である『大人は判ってくれない』に
特別出演してもらったモローにロシェの原作を渡して読むようにすすめたとされる。
トリュフォーにはジャンヌ・モローのカトリーヌのイメージがすでにこの頃から内包されていた。
ジャンヌ・モローについてトリュフォーは
女は限りなく情熱に酔い、女優は限りなく情熱をかきたてる」と述べている。
彼にとってはジャンヌ・モローはあこがれのヒロインそのものだったに違いない。
彼女がこの映画で演じたカトリーヌは、奔放で大胆で淫らで突発的で驕慢で我侭だが
眩しいくらい生き生きと輝く女がこの映画のヒロイン像だ。二人の男を翻弄するには
もってこいのキャラクターで、このカトリーヌを映画を観た女性たちが共感して
当時はセンセーションを呼んだ。特にフランス映画を褒めないイギリスの女性から支持された。
またカトリーヌがピアノで「つむじ風」を歌うシーンシナリオには無く全くの即興で
取り入れられた。ヌーヴェルヴァーグの映画はほとんど低予算なので
セリフはアフレコが多いのだが、このテイクのみプロの録音技師を呼んで同時録音で撮影されている。
 
イメージ 4
イメージ 5
1961(C)Les Films du Carrosse、SEDIF

ジャンヌ・モローがセーヌ川に飛び込むシーンは即興ではないけれど、
まるでドキュメンタリーのように撮られているのが印象的だが、汚いセーヌの水で
ジャンヌ・モローは喉を痛め二日も寝込んだ。本来はスタントの女性が飛び込む予定だったが、
現場で怖気づいて、拒否したため、ジャンヌ・モロー自ら飛び込んだと言う。恐るべき女優根性!
(キャサリーン・ヘップバーンがデビッド・リーン監督の『旅情』(1955)でベニスの川に落ちるシーンで
彼女は目を細菌に侵され、晩年までその後遺症に悩まされ続けた。女優も命懸けだ。)
またジャンヌ・モローも私財をつぎ込んで、この映画の制作費を捻出したり、
二十数人いるスタッフの昼食を彼女自身が作ったり、衣装も自前で用意したりと
この映画はまさにジャンヌ・モロー抜きでは完成しなかったほどだ。
冒頭では、『ピアニストを撃て』のヒロイン、マリー・デュボアがテレーズという娘で
出てきて、タバコを銜えて機関車の如く煙を蒸かす。トリュフォーはジャンヌ・モローの
出演が適わなかったら、マリー・デュボアにカトリーヌを演じさせる気でもあった。

パリジャンのジムとドイツ人のジュールの二人はパリの街で出会いすぐさま意気投合し親友となる。
そんな二人の間に割って入るように現われたのが、女神のように美しい女性カトリーヌだった。
世界第一次大戦が勃発し一時は離れ離れになりながらも、
戦場から帰ってきたジュールと結婚したカトリーヌは、二人でオーストリアの田舎にて山荘暮らしを始める。
幸せな結婚生活もつかの間で、カトリーヌの奔放な男性関係に困り果てたジュールは、
カトリーヌを他の男に奪われたくない一心から、パリから遊びに来たジムにカトリーヌと
結婚するように懇願する。そして結末は・・・
(1964年2月公開  日本ヘラルド映画配給)
1964年度キネマ旬報ベストテン外国語映画第2位

ジャン・リュック・ゴダールは当時盟友だったトリュフォーのこの作品、中でも
オーストリアの田園地帯に展開する名シーンに共感して
ゴダール風の『突然炎のごとく』と言える『気狂いピエロ』(1966)を作った。
本作はふたりの男にひとりの女・・・
そして『恋のエチュード』(1971)は真逆でふたりの女にひとりの男だった。
怪しきトライアングル・ラヴ。
 
劇中に「誰か私の背中を掻いてくれない?」とジャンヌ・モローが言う台詞に
スタッフの一人が反応してカメラが回っているのに拘わらず
彼女に駆け寄って背中を掻いてやったというエピソードがあった。
当然、NGカットになり、撮影現場は爆笑の嵐になったが、
こんなエピソードを映画にしたら面白いと思ったトリュフォーは
アメリカの夜』(1973)を作るヒントを得たらしい。
 
 参考文献:フランソワ・トリュフォー映画読本 (山田宏一著  平凡社)
 
イメージ 6監督: フランソワ・トリュフォー 
原作: アンリ=ピエール・ロシェ 
脚本: フランソワ・トリュフォー 
       ジャン・グリュオー 
撮影: ラウール・クタール 
音楽: ジョルジュ・ドルリュー

 ジャンヌ・モロー 
 オスカー・ウェルナー 
 アンリ・セール 
 マリー・デュボワ 
 サビーヌ・オードパン 
 ミシェル・シュボール
 
モノクロ
フランスコープ(1:2.35)
107分/6巻/2918m
フランス語
日本語字幕:山田宏一(再公開時)
 

開くトラックバック(1)

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

GH字幕
GH字幕
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(22)
  • 茂
  • ごや
  • ソフィア
  • フーテンのトモロー
  • くらげ
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

最新のコメント最新のコメント

すべて表示

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事