戦国の魂〜〜本格的な戦国歴史研究室

人間五十年 化天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり 一度生を受け滅せぬ者の有るべきか

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快川紹喜

快川 紹喜(かいせん じょうき、生年不詳 - 天正10年4月3日(1582年4月25日))は、安土桃山時代の臨済宗の僧。俗姓は土岐氏で、美濃国の出身。諱は紹喜。字は快川。

妙心寺の仁岫宗寿の法を継いだ。美濃国の寺院を経て妙心寺の43世に就任し、美濃国の崇福寺から甲斐国に移った。武田信玄に迎えられて塩山恵林寺に入寺し、信玄に機山の号を授けている。織田信長の甲州攻めにより武田氏が滅亡して領内が混乱すると、中世において寺院は聖域であるとする社会的観念があったため信長に敵対した六角義弼らを恵林寺にかくまい、織田信忠の引渡し要求を拒否したことから焼討ちにあい、一山の僧とともに焼死を遂げた。このとき残した「安禅必ずしも山水を用いず、心頭滅却すれば火も亦た涼し」の辞世で知られる。(杜荀鶴の原典は「…火も自ずから涼し」)

また、快川紹喜は明智光秀と同じく美濃国の土岐氏出身であり、同族であったと見られている。このため、本能寺の変において光秀が信長・信忠父子を討ち取った事件に、彼の死が影響したとする見方もある。

「滝のぼる 鯉の心は 張り弓の 緩めば落つる 元の川瀬に」という言葉でも知られる。

弟子には伊達政宗の教育の師として有名な虎哉宗乙がいる。

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心頭滅却すれば。恵林寺ですね。昨年訪れました。その快川さんの書状を,静岡・誓願寺(片桐勝元の墓あり)で,発見しました。

2007/10/9(火) 午後 5:05 佐野雄人


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