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虎哉 宗乙(こさい そういつ、享禄3年(1530年) − 慶長16年(1611年))は美濃出身の臨済宗妙心寺派の僧。 快川紹喜に師事した後、伊達輝宗より招聘を受け、嫡男伊達政宗の学問の師となると共に、米沢・資福寺の住職となった。 政宗とは終生、師弟の関係にあったとされる。 米沢市の西方、上杉鷹山の籍田の碑跡の向こう、西明寺の近くに覚範寺跡がある。 覚範寺は、横死してしまった父輝宗の菩提を弔うために政宗が建てた寺である。開山は虎哉宗乙。この方、山梨の長禅寺開山となった岐秀元伯の弟子であり、恵林寺住職となった快川紹喜の弟子でもある。政宗の師であり、終生政宗を導いた。非常に元気な人で「80歳にして再び歯を生ず」の詩を作ったらしい。
虎哉さんが,快川とつながっていただなんて,知りませんでした。
2007/10/18(木) 午前 0:42
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