戦国の魂〜〜本格的な戦国歴史研究室

人間五十年 化天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり 一度生を受け滅せぬ者の有るべきか

地方篇

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 前のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

高松ーーー沼(約35キロ)ーーー六日未刻(午後二時頃)出発ーーー同時夜到着
沼ーーーー姫路(約70キロ)ーー七日早朝出発ーーーーーーーーーー同時夜到着
姫路ーーー明石(約35キロ)ーー九日午前出発ーーーーーーーーーー同時夜到着
明石ーーー兵庫(約20キロ)ーー十日午後出発ーーーーーーーーーー同時夜到着
兵庫ーーー尼崎(約25キロ)ーー十一日未明出発ーーーーーーーーー同日辰刻(午前八時頃)到着

信長の三職推任

 天正六年(1578)四月九日、信長が突然右大臣と右近衛大将の両官を辞任した。その後、左大臣推任の話もあったが、結局立ち消えになり、四年もの間朝廷の官職には就いていなかった。本能寺の変の一ヶ月前にあたる天正十年五月、関白・太政大臣・征夷大将軍、どれでも信長の好む職に就かせる、といわゆる「三職推任」と言う事態が起こるのである。

 信忠が二条城で奮戦した際、黒人の家臣ヤスケ(弥助)も戦ったという。ヤスケはもともと、宣教師との謁見の際に信長の要望で献上された黒人の奴隷である。ヤスケは、この戦いの後捕まったものの殺されずに生き延びたが、その後の消息は不明である。本能寺の変に触れるドラマの中には、ヤスケが信長に殉じて討ち死にする描かれ方をされることもある。

全2ページ

[1] [2]

[ 前のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事