戦国の魂〜〜本格的な戦国歴史研究室

人間五十年 化天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり 一度生を受け滅せぬ者の有るべきか

雑学篇

[ リスト | 詳細 ]

細かい知識の集め
記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ | 次のページ ]

旧国名由来

 国名  読み方  語源(多くは、国内にある一つの小地名が本源地で、広域の呼称に拡大して使用されたものである。)      (地形が主な語源であり、植物名は採らない。)
 安芸  あき  ★あぎ(上ぎ)。周辺よりも上がった土地。高所。
 安房  あわ  ★あばる(暴る)。崖。崩壊地形。荒廃地。隆起海岸、浸食河川などをいう。
 阿波  あわ  ★あばる(暴る)。崖。崩壊地形。本源地の露出地形(土柱)を指したもの。
 淡路  あわじ  あわじ(阿波路)。阿波国に至る道筋。
 伊賀  いが  ★いかし(厳し)。険しい。伊賀郡は、阿我郡とも。「あが」は「上がる」で高所。
 壱岐  いき  ★いき(行き)。行き交う往来の地。
 伊豆  いず  いづ(出づ)。海中に「出る」地形で、突出した半島。 ※湯が「出づる」湧泉地の意味も併せ持つ。
 和泉  いずみ  いずみ(泉)。井泉。湧泉地。
 出雲  いずも  ★いづも(厳藻)。いつ(厳)は「神聖な」、も(藻)は水草・海藻で信仰の対象。(水野祐)(白石昭臣)
 いつも(斎藻)。斎く藻(いつくも、出つ雲)。「斎く」(潔斎してこもり神事に仕える)と「厳(いつく)し」(霊威・威光が盛んで、威厳があり、荘厳である)は、どちらも同じ「いつ(稜威)」からの派生語。神送りの神事において、一方では龍蛇神を海藻と共に海から迎えることから、「藻」は出雲の国名の象徴とされる。
 伊勢  いせ  いせ・いそせ(五十瀬)。多くの川瀬、五十鈴川(谷川士清)。いそ(磯)。岩石の多い海岸。
 因幡  いなば  いなば(稲羽)。語源の稲葉山は、稲積と同じ形の山。稲場。
 伊予  いよ  ★いよ(弥)。いよやかの意味で、高くそびえ立つ地。
 石見  いわみ  いわうみ(岩生み)。石に神霊を斎(いつ)き、それを仲立ちとして新生すること。(白石昭臣)
 近江  おうみ  あはうみ(淡海)。近つ淡海。琵琶湖のこと。
 大隅  おおすみ  おおすみ(大隅)。隅。端の地。奥地。九州の南の隅。
 隠岐  おき  おき(沖)。本土より見て沖にある島。沖から神々を招く日置部や置系の人々の信仰地。(白石昭臣)
 尾張  おわり  おはり(小墾)。開墾地。古くは「尾治」「小治」「小針」と記す。
 甲斐  かい  かい(峡)。山峡。山と山の間(谷間)。
 加賀  かが  かが(高処)。高台の芝草地。
 河内  かわち  かわうち(川内)。河川の流水によって形成された山間の平地。旧大和川の下流域に開けた平地。
 紀伊  きい  き(木)。「き」の二字化。木を産する国。
 吉備  きび  ★ひび(皹)。古い呼称に「比美」あり。大小の入江(ひび割れた地形)がある。
 毛野  けぬ(けの)  きぬ(木野)。毛(草木)の生い茂る土地。
 越  こし  こし(越)。山の越える所。高い所。山を越えて入った国。
 相模  さがみ  ★さかみ(坂見)。坂(箱根の足柄峠)から見下ろす土地。
 薩摩  さつま  さつま(狭詰)。詰まった地形。奥まった所。さつま(狭端)。
 佐渡  さど  さわだ(沢田)。雑太・雑田(さわた)に由来する地名。佐渡は転訛。沢の多い所。湿地。
 讃岐  さぬき  ★さぬき(狭抜)。河谷に沿った崖地。火山性の台地が急崖をなす地形。
 信濃  しなの  ★しなの(撓野)。しなやかな曲線を描く土地(火山の裾野)。
 志摩  しま  しま(島)。半島を島と呼んだもの。
 周防  すおう  すわ。すばる(窄る)。すぼまった地形。上下流とも狭窄した盆地地形。
 駿河  するが  すが(州処・砂処)。砂地(砂でできた土地)。本源地は「素賀」と言った。
 摂津  せっつ  官職名。難波津を摂する(とりしきる)官職「摂津職」が置かれた。
 但馬  たじま  たちま(立ち間)。たち(台地)の間。両側の洪積台地に抱かれた谷間。流域の河岸平野。
 丹波  たんば  たには(谷端)。竹野川中上流の谷の端で、急に平地が開けた所。
 筑紫  つくし  ★つくし(尽くし)。細く高い所。境の峰山。鋭峰(基山)の見える所。
 対馬  つしま  つしま(津島)。港の島。津(港)の多い島。
 出羽  でわ  いでは(出端)。出端(山などの先端)。越の国の北方の端に出た地域。
 遠江  とおとうみ  とおつおうみ(遠つ淡海)。琵琶湖(近つ淡海)に対する、浜名湖(遠つ淡海)の表現。
 土佐  とさ  とさ(門狭)。海の狭くなった所。海峡。浦戸湾と太平洋との間の狭くなった水路を門と称した。
 豊  とよ  とよむ(響む)。河川の川音を「とよむ」で表現したもの。山国川。
 長門  ながと  あなと(穴門)。海峡。古くは「穴門」、好字化して「長門」となった。関門海峡の空隙地形。 
 穴の如く細長い水路。
 能登  のと  ぬと(沼処)。沼地、湿地。
 播磨  はりま  はりま(墾間)。開墾地。針間。 ※はま(浜)という解釈は採らない。
 肥  ひ  ひ(干)。有明海、八代海の干潟。 ※ひ(火)の国の意味も併せ持つ。
 飛騨  ひだ  ひだ(襞)。山谷が多く、襞の地。
 常陸  ひたち  ひたち(直地)。一面に(一様に)平らな土地。
 日向  ひゅうが  ひむか(日向)。日に向かう地。朝日のよく当たる国。
 総  ふさ  ★ふさぐ(塞ぐ)。東京湾を塞ぐ房総半島。
 伯耆  ほうき  は(端)はき。「はき」は大山火山による「崖地」。
 三河  みかわ  みかわ(御川)。川とは、矢作(やはぎ)川のこと。古くは「三川」「参河」。
 美濃  みの  みの(御野)。原野。広野。古くは「三野」「御野」と記した。
 美作  みまさか  みまさか(水間坂)。津山盆地は河川の間に緩傾斜地が広がる。
 武蔵  むさし  ★むさし [形容詞] は、乱雑な様子をいい、「沼沢地」「湿地」を表す。
 陸奥  むつ  みちのおく(道の奥)。朝廷支配地の奥。「むつ」は「みちのく」からの転訛。
 山城  やましろ  やまうしろ(山後ろ)。平城山(ならやま)の背後。奈良の都の背後。山代。
 大和  やまと  やまと(山処)。山のある所。山とは、三輪山をいう。
 若狭  わかさ  わかさ(分かさ)。「わか」は別れる、「さ」は場所。若狭湾の岬や山尾根によって海が区切られた所。

寄親・寄子の制

よみ:よりおや・よりこのせい
時代:戦国時代


内容:戦国時代の軍事組織の根幹。寄親は有力家臣を指し、軍事編成の上の組頭、寄子は寄騎あるいは与力、同心などとも称され、組頭のもとに配属された小武士をいう。
 寄親は寄子指南として、法度に従って寄子を取り締まった。寄子が勝手に寄親に背くことは許されず、またすべての訴訟や嘆願は、所領の寄親を通じて行うよう厳しく義務づけられていた。公・私にわたって寄親の命は絶対であったが、寄親も寄子も身分上は主君の家臣であった。惣領が一族を統率するという従来の族制的結合方式に代わる、新たな家臣団統制の方式である。

種子島鉄砲

種子島に漂着したポルトガル人がもたらした銃が日本における鉄砲の始まりだとする説。

1543(天文12)年8月大隅(鹿児島県)にある種子島の西村浦にポルトガル人が漂着。その時手にしていた鉄砲を見た島主種子島時堯は、その百発百中の威力に驚き、二千両で鉄砲2挺を購入。家臣の篠川小四郎に火薬の製法を学ばせ、八板金八兵衛に一挺を分解調査の上、製銃の技術を習得させた。更にこれを伝え聞いて教えを乞いにやって来た紀州(和歌山県)根来寺の有力な子院である杉之坊の門主津田監物に対し、銃一挺を分け与えると共に製薬法と射撃法を教えた。その後、将軍足利義輝はその功を賞し、朝廷は従五位下に任じ、また1923(大正12)年1月の皇太子御成婚の大典に際して、特に旧功を嘉して正四位を贈られている。更に彼には門弟が数十人居たが何れもが日本の砲術諸流の開祖となっている。

教科書にもそう書かれているほどの定説中の定説だが、この説の唯一の根拠となっている「鉄炮記」は実は時堯の子の久時が父の名を後世に残すために僧南浦に命じて代作させたものであるため、その信憑性は著しく悪い。特に最初の渡来が1543(天文12)年であるというのはほぼ否定されている。また種子島に漂着したポルトガル人が携えていた、火縄銃としてはほぼ完成したものではなく、「石銃」や「鉄放」と言われていた支那から渡来したとみられる旧式銃であればそれ以前から有ったこともまず間違いない。

ただ「初渡来」かどうかはともかくとして、此の頃に種子島に鉄砲が伝来したということそのものは間違いなく、また時堯が製造法、射撃法、火薬調合法などを会得していたのも確かで、だからこそ火縄銃の代名詞となっている。

戦国用語

あ行
石仏
[いしぼとけ(せきぶつ)] 石で造られた仏などの像。
583年百済より鹿深臣らが石像を持ち帰り、その後我が国は石工が盛んになり始めた。
戦国時代の城にも多く流用されている。
一揆
[いっき] 百姓による武装蜂起。
元は漢籍の揆を一にするというところから来た言葉。
一向一揆
[いっこういっき] 浄土真宗本願寺派の門徒が主導した武装蜂起。
室町・戦国の120年間に各地で発生。
犬走
[いぬばしり] 土居や石垣の上の塀の外と溝との間の細長い平地。
初陣
[ういじん] はじめて戦いに参加すること。通常は元服後はじめての戦いの事をさす。
『具足初め』とも言う。
うつけ者
[うつけもの] バカ者。当時はバカ者という言葉が使われていなかった。
「うつけ」とは本来、気が抜けて、ぼんやりしていることをさす、まぬけという意味。
采女
[うねめ] 主として天皇の食事に奉仕した下級の女官。
五世紀頃より地方豪族が中世の保証として貢進したが九世紀以降は形骸化した。
馬印
[うまじるし] 将帥が出陣するとき、馬前または馬側に立ててその所在を示す標識。
永禄のころより始まり敵を威嚇するだけではなく所在を味方に示して軍事行動を円滑にする必要から創案された。
馬廻り
[うままわり] 馬に乗った大将の周囲を守る騎馬武者の一隊。
江戸期には「馬廻り組」という職名ができた。
奥州探題
[おうしゅうたんだい] 足利尊氏が北畠顕家に対抗するために斯波家長を送ったのが起源。
戦国時代に伊達氏に滅ぼされる。
か行
海賊禁止令
[かいぞくきんしれい] 秀吉が刀狩と同日に発布した海賊鎮圧の令。
過去帳
[かこちょう] 死者の法名や死亡年月日などを記した帳簿。
清和天皇朝に慈覚大師が記したことが始まりとのこと。
カステラ
[かすてら] 安土桃山時代に伝わる。
当時のスペインの事をカスティラ(Castilla)と呼んでいたことから、スペイン人のもたらした菓子としてこの名が定着した。
関東管領
[かんとうかんれい] 関東地方の取締りに任じた者。
室町幕府の職名で管領とは、将軍を助け政務を総轄した者をさす。
京都所司代
[きょうとしょしだい] 京都の出先機関。織田信長が村井貞勝を任命したのがはじまり。
京銭
[きんせん] 室町時代から江戸初期まで通用していた銀貨のうち、もっとも質の悪い悪銭の一つ
南京銭ともいう。悪銭の総称。
クリスマス
[くりすます] 永禄八年(1565)教父ルイス・フロイスが合戦中に兵と降誕際を祝ったのが始まり。
江戸時代基督(きりすと)教弾圧により消滅。明治九年(1867)原女学校にて復活した。
熊手
[くまで] 主に船戦や攻城戦で用いられた。
敵方の船に乗り移るために、熊手で引き寄せた。
平安末期の源平の戦いで盛んに用いられた。
黒船
[くろふね] 安土桃山時代から江戸時代に渡航した黒いタール塗りのポルトガル船。
後に幕末期の西欧諸国からの軍艦を含めて西欧型船の総称とされる。
下克上
[げこくじょう] 元は陰陽道の五行相克の思想、隋の時代に現れる。
室町末期の乱世を指して使われる。下のもののスローガンではなく、上の恐怖感を表した言葉。
化粧領
[けしょうりょう] 戦国時代以降の武家社会において女性に与えられた領地。
検地
[けんち] 大名が領国内の土地・農民に対する支配確立のために、実施した土地の丈量調査。

[こうがい] 金属性の箆の形をした髪をかきあげるための用具。男女ともに利用。
髪の乱れるような場面に際し刀の鞘に挿さしておく。
江戸時代のは婦人のまげにさして飾りとした。
国人
[こくじん] 南北朝室町時代に活躍した在地性の強い地主層
石高制
[こくだかせい] 土地の価値を玄米収穫量で示した石高を基準とした制度。
太閤検地以降に貫高から石高に変えられた。
ちなみに、当時の総石高は約1800万石。人口は約1800万人。
人口1人につき約1石と考えられている。
金平糖
[こんぺいとう] 永禄十二年(1569)スペインの宣教師ルイス・フロイスが織田信長に謁見したときに献上したのが最初。
貞享の頃になると日本でも製造が始まった。

さ行
西国将軍
[さいごくしょうぐん] 池田輝政の渾(あだ)名。
輝政は関が原の戦いの後、播磨52万石を与えられた。
後の慶長八年(1603)次男忠継に28万石。同十五年(1610)には三男忠雄に淡路6万石が与えられた。
2人の子は幼少であったため実際は輝政が八十六万石の全てを支配した。
この石高は西国で最大であり輝政は、徳川家に代わり豊臣氏をはじめ西国の抑えとなった。
堺公方
[さかいくぼう] 第十二代将軍足利義晴に対抗していた弟の義維(1509-1573)が和泉堺に入っていたときの呼び名。
地侍
[じざむらい] 在地から勢力を伸ばし村々を支配した侍。
大名家の家臣、有力名主といった分離政策ざ採られ、郷士となったものが多い。
嗣子
[しし] 親のあとをつぐ子。あととり。
硝石
[しょうせき] 硝酸カリウム。火薬の原料として使われた。
黒色火薬は硝石と硫黄に木炭などを混ぜてつくる。
城代
[じょうだい] 城主の代わりに城を守る職。
江戸時代には、幕府諸藩に存在する。
生得危険の姦人
[しょうとくきけんのかんじん] 生れつきずる賢く危険な人物。
「改正三河風土記」で真田昌幸を評している。
相伴衆
[しょうばんしゅう] 室町幕府における身分。将軍家が他家を訪問または饗宴の際培席する人々。
三職に次ぐ身分。後に職務的意味を無くし一定の身分的表示のみに変質。
庶子
[しょし] 次妻以下の子。
征夷大将軍
[せいいたいしょうぐん] 本来は、蝦夷(えぞ)征討のために任じられた令外官。
坂上田村麻呂の武功によってこの職の栄誉的性格が強まる。
源頼朝以後、武家の首長の職名となる。
歳暮
[せいぼ] 世話になった礼の意味で、定期的に物品を送ったり返礼をしたりする儀礼的行為。
集まりの共同飲食をする上で、参加できなかったものに同様の飲食物を後で送り届けたのが始まりという。
切腹
[せっぷく] みずから腹を切って死ぬこと。武士の自殺の方法として源平争乱の頃から一般化する。
戦国時代には敗軍の将が切腹して部下の助命をする例も見られる。

た行
太閤検地
[たいこうけんち] 豊臣秀吉の行った検地。
全国征服後検地竿を用い検地奉行を送って全国に実施された。
太平記
[たいへいき] 後醍醐天皇の治世から細川頼之の上洛を持もって終える南北朝時代を描いた軍記物。
他の軍記物と違い、実用的な性格をもった百科辞典として利用される。
檀那寺
[だんなでら] その家が檀家となっている寺。菩提寺
蟄居
[ちっきょ] 閉門の上、部屋の中で謹慎させられること。
「蟄」とは虫が地中にこもるという意味。
嫡子
[ちゃくし] 嫡妻の長子。これに対し次妻以下の子を庶子と呼ぶ。
中世には、家督を継ぐ者を指す。
天守
[てんしゅ] 城郭の中心にある高層の楼閣。
十六世紀に望楼が高層堅固になったのが起源。
伝馬
[てんま] 王朝時代に(駅馬とは別に)官用に置いた馬。
通信・荷物等を宿場から宿場へと順順に送る馬のこと。
同朋衆
[どうほうしゅう] 室町時代、将軍家の殿中で技芸。雑事をした僧。足利義満が幼い時に設置された。
戦国時代の大名、江戸幕府にも受け継がれる。
秀吉の義父、筑阿弥は信秀の同朋衆、利家の笄を盗んだ捨阿弥は信長の同朋衆。
外様
[とざま] 武家時代、一門や譜代以外の大名・武士。
転じて、その組織体で傍系であること。
緞子
[どんす] 紋織物の一種。繻子(しゅす)の絹織物。
天正年間に織法が中国から入り、堺で織り始めたという。

な行
南蛮船
[なんばんせん] 南方経由で日本に来航したポルトガル・スペインなどの船の総称。
十六世紀半ばより来航が始まり寛永十六年(1639)来航が禁止された。
南蛮屏風
[なんばんびょうぶ] 安土桃山から江戸初期にかけてポルトガル船来航の様子や風俗を描いた屏風
主題は異国的ではあるが、表現技法は大和絵。
野伏
[のぶし] 地侍や農民の武装集団。恩賞や残兵狩りの為組織的なゲリラ戦を行った。
またの名を「のぶせり」という。

は行
半片
[はんぺん] 天正三年(1575)津田宗及の手記が所見。
直垂
[ひたたれ] 戦国時代の武将の平服。
家紋を大きく染めた「大紋」や肩に掛けた「肩衣」などもある。
肩衣は江戸時代には公服として用いられ、時代劇などでおなじみの「裃」となる。
人掃令
[ひとはらいれい] 全国の戸口調査を行い他国他郷者の在住を禁じたこと。
これによって朝鮮出兵の動員準備が行われた。
百姓
[ひゃくしょう] 皇族以外の有姓者の総称(藤原・源・平・橘は含まず)。
徐々に農民を指すようになったが必ずしも同意ではない。
菩提寺
[ぼだいじ] 先祖代々の墓をおき、葬式や法事を行う寺。檀那寺。
母衣
[ほろ] 主に騎馬武者が屋を防ぐために用いた布製の嚢状のもの。
源平期や戦国期において盛んに使用された。

ま行

[まゆずみ] 眉(まゆ)を書くための墨。
奈良時代ころに宮中の女の間で、若返りのため白眉を抜いて黛で眉を描く風習が始まる。
平安末期から公家に広がり、鎌倉以降には、武家の女や遊女にまで広がった。
水攻
[みずぜめ] 水を利用して敵陣を攻めること
天正十年(1582)の羽柴秀吉の備中高松攻城の水攻が有名。
目付
[めつけ] 敵情偵察や戦功査察のものをいう。
江戸時代には、旗本・御家人を監視する役職となった。
乳人(乳母)
[めのと(のと・うば)] 母に代わり子に乳をあたえ育てる女性。
語源は「妻(め)の弟」からと言われる
面頬
[めんぼお] 顔・頭を覆い守る武具。

や行
矢銭
[やせん] 軍用金の意。南北朝の時代から守護大名によってかけられいた。
戦国期の大名にも受け継がれた、信長が堺に掛けたものが有名である。
流鏑馬
[やぶさめ] 騎射の一種。
室町時代から衰退し戦国時代ではほとんど見られない。
神事などの儀式として伝承される。
楊枝
[ようじ] インドから発祥し中国に伝わる。中国では楊柳の枝を使ったことで楊枝と命名された。
平安時代の頃に、仏教と共に七病を除くものとして日本に伝来。
江戸時代には、専門店も現れるほど定着した。

ら行
楽市令
[らくいちれい] 特権的な座や市場の独占を廃し、商品取引の拡大・円滑化を図った政策。
吏僚派
[りりょうは] 吏とは、役人という意味。
他に「官吏・公吏・小吏・良吏・俗吏・汚吏・能吏・獄吏・捕吏・執行吏・収税吏・執達吏・吏員・吏道」などがある。
戦国乱世が終焉すると共に、武功ではなく、内政や算術が得意な頭脳派が台頭してくる。
豊臣家の吏僚派は石田三成。徳川家は本多正信・正澄など。
楼閣
[ろうかく] 高く立派な建物。
たかどの

わ行
脇差
[わきざし] 打刀と同じ形式の短い刀剣。
平安末期から武家に用いられ始めた。
倭寇
[わこう] 十四世紀より東アジアで活動した寇族集団に対する呼称
豊臣秀吉の海賊禁止令と明の海禁緩和で下火となる。
侘び
[わび] 閑居を静かに味わい楽しむこと「―住まい」。
また、静かに澄んで落ち着いた味わい。
茶道や俳諧(はいかい)の極致としての趣。

侘び茶
[わびちゃ] 侘びの具現を理念とする茶湯。
十五世紀後半の村田朱光に始まり、十六世紀に千利休によって完成。

戦国官位

官位名 位階
関白 正一位 治部卿 正四位下 左中弁 正五位上 図書頭 従五位上
太政大臣 従一位 民部卿 正四位下 右中弁 正五位上 内匠頭 従五位上
左大臣 正二位 兵部卿 正四位下 中務大輔 正五位上 大学頭 従五位上
右大臣 正二位 刑部卿 正四位下 大膳大夫 正五位上 雅楽頭 従五位上
内大臣 従二位 大蔵卿 正四位下 修理大夫 正五位上 玄蕃頭 従五位上
蔵人別当 従二位 宮内卿 正四位下 太宰少弐 正五位上 主計頭 従五位上
大納言 正三位 左大弁 従四位上 左少弁 正五位下 主税頭 従五位上
権大納言 正三位 右大弁 従四位上 右少弁 正五位下 木工頭 従五位上
権大納言 正三位 蔵人頭 従四位上 式部大輔 正五位下 左馬頭 従五位上
中納言 従三位 蔵人頭 従四位上 治部大輔 正五位下 右馬頭 従五位上
中納言 従三位 左京大夫 従四位下 民部大輔 正五位下 兵庫頭 従五位上
権中納言 従三位 右京大夫 従四位下 兵部大輔 正五位下 左衛門佐 従五位上
権中納言 従三位 弾正大弼 従四位下 刑部大輔 正五位下 右衛門佐 従五位上
権中納言 従三位 左近衛中将 従四位下 大蔵大輔 正五位下 左兵衛佐 従五位上
権中納言 従三位 左近衛中将 従四位下 宮内大輔 正五位下 右兵衛佐 従五位上
弾正尹 従三位 左近衛権中将 従四位下 弾正少弼 正五位下 大和守 従五位上
左近衛大将 従三位 左近衛権中将 従四位下 左近衛少将 正五位下 河内守 従五位上
右近衛大将 従三位 右近衛中将 従四位下 左近衛少将 正五位下 伊勢守 従五位上
太宰帥 従三位 右近衛中将 従四位下 左近衛権少将 正五位下 武蔵守 従五位上
中務卿 正四位上 右近衛権中将 従四位下 左近衛権少将 正五位下 下総守 従五位上
参議 正四位下 右近衛権中将 従四位下 右近衛少将 正五位下 近江守 従五位上
参議 正四位下 左衛門督 従四位下 右近衛少将 正五位下 陸奥守 従五位上
参議 正四位下 右衛門督 従四位下 右近衛権少将 正五位下 越前守 従五位上
参議 正四位下 左兵衛督 従四位下 右近衛権少将 正五位下 播磨守 従五位上
参議 正四位下 右兵衛督 従四位下 中務少輔 従五位上 肥後守 従五位上
参議 正四位下 太宰大弐 従四位下 帯刀先生 従五位上 五位蔵人 従五位上
式部卿 正四位下 勘解由長官 従四位下 大舎人頭 従五位上 五位蔵人 従五位上

五位蔵人 従五位上 内蔵頭 従五位下 但馬守 従五位下 右大史 正六位上
侍従 従五位下 縫殿頭 従五位下 因幡守 従五位下 中務大丞 正六位上
侍従 従五位下 大炊頭 従五位下 伯耆守 従五位下 大内記 正六位上
侍従 従五位下 主殿頭 従五位下 出雲守 従五位下 大内記 正六位上
侍従 従五位下 掃部頭 従五位下 美作守 従五位下 内蔵正 正六位上
侍従 従五位下 勘解由次官 従五位下 備前守 従五位下 正親正 正六位上
侍従 従五位下 山城守 従五位下 備中守 従五位下 内膳正 正六位上
侍従 従五位下 摂津守 従五位下 備後守 従五位下 奉膳 正六位上
侍従 従五位下 尾張守 従五位下 安芸守 従五位下 造酒正 正六位上
大監物 従五位下 三河守 従五位下 周防守 従五位下 東市正 正六位上
大監物 従五位下 遠江守 従五位下 紀伊守 従五位下 西市正 正六位上
式部少輔 従五位下 駿河守 従五位下 阿波守 従五位下 弾正大忠 正六位上
治部少輔 従五位下 甲斐守 従五位下 讃岐守 従五位下 左近将監 正六位上
民部少輔 従五位下 相模守 従五位下 伊予守 従五位下 左近将監 正六位上
兵部少輔 従五位下 美濃守 従五位下 筑前守 従五位下 右近将監 正六位上
刑部少輔 従五位下 信濃守 従五位下 筑後守 従五位下 右近将監 正六位上
大蔵少輔 従五位下 下野守 従五位下 肥前守 従五位下 式部大丞 正六位下
宮内少輔 従五位下 出羽守 従五位下 豊前守 従五位下 治部大丞 正六位下
左京亮 従五位下 加賀守 従五位下 豊後守 従五位下 民部大丞 正六位下
右京亮 従五位下 越中守 従五位下 大外記 正六位上 兵部大丞 正六位下
大膳亮 従五位下 越後守 従五位下 大外記 正六位上 刑部大丞 正六位下
修理亮 従五位下 丹波守 従五位下 左大史 正六位上 大蔵大丞 正六位下

宮内大丞 正六位下 薩摩守 正六位下 六位蔵人 従六位上 右馬大允 正七位上
大舎人助 正六位下 中務少丞 従六位上 六位蔵人 従六位上 兵庫大允 正七位上
図書助 正六位下 式部少丞 従六位上 六位蔵人 従六位上 左衛門少尉 正七位上
内匠助 正六位下 治部少丞 従六位上 左京大進 従六位下 左衛門少尉 正七位上
大学助 正六位下 民部少丞 従六位上 右京大進 従六位下 左衛門少尉 正七位上
雅楽助 正六位下 兵部少丞 従六位上 大膳大進 従六位下 右衛門少尉 正七位上
玄蕃助 正六位下 刑部少丞 従六位上 修理大進 従六位下 右衛門少尉 正七位上
主計助 正六位下 大蔵少丞 従六位上 主殿首 従六位下 右衛門少尉 正七位上
主税助 正六位下 宮内少丞 従六位上 主工首 従六位下 左兵衛少尉 正七位上
木工助 正六位下 内蔵助 従六位上 主馬首 従六位下 左兵衛少尉 正七位上
左馬助 正六位下 縫殿助 従六位上 勘解由判官 従六位下 左兵衛少尉 正七位上
右馬助 正六位下 大炊助 従六位上 和泉守 従六位下 右兵衛少尉 正七位上
兵庫助 正六位下 主殿助 従六位上 伊賀守 従六位下 右兵衛少尉 正七位上
隼人正 正六位下 掃部助 従六位上 志摩守 従六位下 右兵衛少尉 正七位上
織部正 正六位下 主水正 従六位上 伊豆守 従六位下 少監物 正七位下
釆女正 正六位下 舎人正 従六位上 飛騨守 従六位下 少監物 正七位下
弾正少忠 正六位下 主膳正 従六位上 隠岐守 従六位下 大舎人大允 正七位下
弾正少忠 正六位下 主蔵正 従六位上 淡路守 従六位下 図書大允 正七位下
上総介 正六位下 左衛門大尉 従六位上 壱岐守 従六位下 内匠大允 正七位下
常陸介 正六位下 左衛門大尉 従六位上 対馬守 従六位下 大学大允 正七位下
上野介 正六位下 左衛門大尉 従六位上 少外記 正七位上 雅楽大允 正七位下
安房守 正六位下 右衛門大尉 従六位上 少外記 正七位上 玄蕃大允 正七位下
若狭守 正六位下 右衛門大尉 従六位上 左少史 正七位上 主計大允 正七位下
能登守 正六位下 右衛門大尉 従六位上 右少史 正七位上 主税大允 正七位下
佐渡守 正六位下 左兵衛大尉 従六位上 少内記 正七位上 木工大允 正七位下
丹後守 正六位下 左兵衛大尉 従六位上 少内記 正七位上 大舎人少允 従七位上
石見守 正六位下 左兵衛大尉 従六位上 左京少進 正七位上 図書少允 従七位上
長門守 正六位下 右兵衛大尉 従六位上 右京少進 正七位上 内匠少允 従七位上
土佐守 正六位下 右兵衛大尉 従六位上 大膳少進 正七位上 大学少允 従七位上
日向守 正六位下 右兵衛大尉 従六位上 修理少進 正七位上 雅楽少允 従七位上
大隅守 正六位下 秋田城介 従六位上 左馬大允 正七位上 玄蕃少允 従七位上

主計少允 従七位上 主殿少允 従七位下 主膳佑 正八位下
主税少允 従七位上 掃部少允 従七位下 主蔵佑 正八位下
木工少允 従七位上 内蔵佑 従七位下
左馬少允 従七位上 正親佑 従七位下
右馬少允 従七位上 内膳佑 従七位下
兵庫少允 従七位上 典膳 従七位下
内蔵大允 従七位上 造酒佑 従七位下
縫殿大允 従七位上 東市佑 従七位下
大炊大允 従七位上 西市佑 従七位下
主殿大允 従七位上 隼人佑 正八位上
掃部大允 従七位上 織部佑 正八位上
内蔵少允 従七位下 釆女佑 正八位上
縫殿少允 従七位下 主水佑 正八位下
大炊少允 従七位下 舎人佑 正八位下

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ | 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事