希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考える、和歌山大学江利川研究室のブログです。

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NHK教育テレビの「歴史は眠らない」で、2月1日(火)から4回にわたって『英語・愛憎の二百年』が放映されることについては、過去ログでご紹介しました。

そのテキスト(690円)をNHK出版の編集部からお送りいただきましたので、感謝を込めてご紹介します。

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ご案内役の鳥飼玖美子先生(立教大学)の達意の文章で、とても読みやすく、また写真も豊富で楽しい仕上がりになっています。

第4回後半の現状編は必読です。現在の英語教育政策の問題点が、「鳥飼節」できわめて見事に指摘されています。
僕はとても感動しました。

ここでは、カラーグラビアのみ紹介します。
戦時下での英語教育の知られざる実態を扱った第3回(2月15日)「“敵性語”の時代」に関する資料です。戦後直後の資料も少し含まれています。

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長らく書庫で眠っていた資料たちが、こうしてNHKという「ひのき舞台」に立てるとは。
なんだか、子どもの発表会を客席から観る親のような感激とドキドキ観を味わっています。

2月1日の第1回目は「英語教育事始」。
主な舞台は長崎です。

鳥飼先生は遠路はるばる長崎に取材され、その帰りに和歌山大学を訪ねてこられて、第3回の戦時下編を収録されたのですよ。
本当に頭が下がります。

ぜひご視聴ください。

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空海が入唐する際、乗船した船が難破して中国南部の海岸に流れ着いた時に、地元民と海岸の砂浜に字を書いて筆談したとか、その地区の地方長官宛に自分達が遣唐使であることを知らせる手紙を大使の代わりに書いた、といった話がありますよね。それとは逆に、時代は下りますが、種子島にポルトガル人を乗せた船が着いた時も領主である種子島氏と接触する前に島の有力者と中国人船長が身振りも交えて筆談した、という話がありますので、知識人に限らずある程度の階級ともなれば漢字や漢文の素養は付けていたのでしょうね。ただ、空海の様な当時知識階級の最先端を行く人物であっても入唐前の段階では会話が出来なかった様ですから、通詞といった特別な職種は別として、一般的に読み書きは可能でもオーラルコミュニケーションは無理だったのではないかと思います。
飽くまでも私見でありますことをご了承下さいませ。

2011/2/2(水) 午前 11:44 [ ken**anayo*00*com ] 返信する

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上の方(お名前をハッキリ言わないことをご容赦くださいm(__)m)
ありがとうございます!
しかし、中国文化の時は中国語を話せないことが問題にならなかったみたいなのに、西洋文化になると英語が話せないことを問題視することは何か奇妙な感じがしますね?(-_-) 削除

2011/2/2(水) 午後 7:25 [ 受験を伊藤英語から考える者 ] 返信する

「受験を伊藤英語から考える者」様
すみません、私のHNは「kenchanayo2003」なのですが、投稿すると「*」が入ってしまうのですよね…。以後「ケンチャナヨ」でお見知りおき願います。
中国語が話せなくても問題にならなかったのは、当時は中国語を話す必要性が無かったからではないでしょうか。「孫子」といった軍学や朱子学を学ぶ上で武士階級は漢文をたしなむ必要があったと思いますし、貴族やその他知識階級でも中国古典に通じていることが必要でしたが、それは読めれば事足りたわけで、外の世界と接する機会が極めて限定されていた当時としては会話能力までは必要とされなかったからではないでしょうか。
ところが日本は戦後アメリカに占領され英語と身近に接する様になり、戦争に負けたというコンプレックス(an inferiority complexという言葉を使うべきでしょうか)や、長らく政治経済共にアメリカが主要相手国だったことも手伝って英語が別格な存在となり「英語が話せなきゃダメだ…」ということになってしまったのではないでしょうか。(乱暴で短絡的なこじつけですが、素人考えなのでご容赦を…)

2011/2/3(木) 午前 0:23 [ ken**anayo*00*com ] 返信する

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ケンチャナヨさん
ありがとうございますm(__)m
確かに該当のネイティブと接する機会は、古代から江戸までよりははるかに多いですよね。
更に付け加えれば、幕末から明治にかけては欧米列強の植民地をいかにして避け(不平等条約改正)、肩を並べられるか、という切実な必要性があったこともあるでしょうね。 削除

2011/2/3(木) 午前 7:22 [ 受験を伊藤英語から考える者 ] 返信する

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録画していた第1回放送分をようやく視ました。
オープニングで日本のTOEFLスコアがアジア諸国で下から2番目だという文科省のデータを紹介していましたが、順位だけ捉えて悲嘆に暮れてもしょうがないので私なりにフォローさせて頂きたいと思います。
文科省ウェブサイトで件のTOEFL各国平均スコア(29ヶ国)の資料をご覧頂ければ分かりますが、1位のシンガポールの受験者数は227人しかいません。これは日本人受験者数82,438人の0.3%にも満たない数です。インドの42,000人は別格としても、日本の受験者数と比較して10%に満たない国が殆どです。最少人数はラオスの41人で、受験者が2ケタしかない国は3ヶ国、3ケタは先に挙げたシンガポールを含めて11ヶ国。つまり29ヶ国中、14ヶ国は数十人〜数百人しか受験者がいないことになります。また、英米の旧植民地や保護国だった国が多いので(上位10ヵ国中8ヶ国)そういった点を考慮に入れて順位を捉える必要があります。
ただし、韓国は日本より受験者数が多く(102,340人)、スコアも高い(韓国215、日本191)ので、彼の国の英語教育に興味を惹かれますね。 削除

2011/2/4(金) 午後 3:11 [ kenchanayo ] 返信する

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とても重要なご指摘ですね。
数字だけが一人歩きするのは恐いものです。
そうした恐い数字で扇動されると、教育を歪めることになります。
気をつけたいものです。

2011/2/4(金) 午後 5:17 [ 江利川 春雄 ] 返信する

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スミマセンm(__)m
今晩は見れそうにないです…。
しかし前回分のテキストについてコメントさせていただきます。ジョン万次郎についてです。
ジョン万次郎が通辞を仕事にしながらも、「高度」で「正しい」英文を書けなかったことは確かに驚きですが、彼にダブるのが「狼少年(嘘つき少年ではありません)」です。
勿論ジョン万次郎はある程度日本語に精通していたため、それを「思考のための道具」として使えたので
「挨拶」程度は出来たのでしょう。しかし、狼少年の場合、基盤となる母語を持たないため言語習得は不可能だったと考えられます。
ここから考えると、昨今の文法軽視・母語排除の英語教育は、狼少年に何か言語を教えることに似ていると思えます。そして行き着く先は「失敗」の二文字です。
文科省の「授業は基本的に英語で」はまだ強すぎると思えるのです。「授業は生徒の実態に則して、適宜英語で」ぐらいがいいのではないかと、私の目には見えるのです。 削除

2011/2/8(火) 午後 7:10 [ 受験を伊藤英語から考える者 ] 返信する

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次の言葉にビンビン来ました。
同感です!
「昨今の文法軽視・母語排除の英語教育は、狼少年に何か言語を教えることに似ていると思えます。そして行き着く先は「失敗」の二文字です。」
伊藤和夫が生きていたら、同じことを鋭い舌鋒で述べていたでしょう。

授業での使用言語は教師の裁量権の範囲です。
生徒の実情が実に様々だからです。
国が一律に「授業は英語で行うことを基本とする」などと言うべきではありません。
どうせ失敗の責任を取らないくせに!

2011/2/8(火) 午後 9:35 [ 江利川 春雄 ] 返信する

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ご賛同、大変ありがとうございますm(__)m

さて「見ない」と言ってましたが、ヤッパリ視聴しました。
私の気のせいか、テキストとほぼ同じですが、何となくテキストとは違うな〜っと思いました。毎日新聞事件で江利川先生が仰っていた「黒幕」がいるのかな〜って感じですね。まぁ四技能を総合的に伸ばすのが理想ですけど、それならば明治最初期のように全て授業を英語でやった上で、一日の最後に翻訳をさせるのがベストだと思いますよ。ただし、母国語(日本語)の能力は必ず衰えるでしょうけど(テキストから考えて)。
伊藤先生が『伊藤和夫の英語学習法』(駿台文庫)の中で確か述べられていたと思いますが、寝言を英語で喋ることについて賞賛しながらも、「母国語と外国語の逆転現象」になるわけだから問題視されていましたね。どこの国民・民族にとっても、母国語の方が重要なんですからね。 削除

2011/2/8(火) 午後 11:42 [ 受験を伊藤英語から考える者 ] 返信する

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「英語・愛憎の二百年」第2回を視聴させて頂きました。今回は明治から大正にかけての時代でしたが、番組の冒頭に小渕内閣時代の「英語第二公用語化」の動きについての導入部分がありました。最近になって始まったものではないということですね。明治時代からすでに小学校への英語を導入する学校もあれば、逆にその抑制を促す訓令が出されるなど、この時代は英語教育を暗中模索していた時代であろうと思われます。当時の文部省が師範学校に出した訓令で「学力に余裕のある者又は語学の才幹ある者」以外は戒むべきとしていましたが、これは近年における伊吹元文部科学大臣の「おいしいケーキを食べるということは余裕があればやればよい」という発言と似ているように思います。違いは、当時の文部省は権力を持ってそれに従わせたのに対して、伊吹元文相はそこまで権威がなく財界や英語教科調査官の言いなりになっていたという点かと思います。「昔の日本人は一つの方向にまとまっていた」とよく言われますが、それは嘘で、現在の方が(悪い意味で)よくまとまっているように思うのは私だけでしょうか?

2011/2/8(火) 午後 11:56 [ Paul ] 返信する

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私のコメントの追加です。
授業を全て英語でやった上で最後に翻訳させるのがベストでしょうけど、母国語が衰えるだけでなく、成績不振者が大増加しますね。そもそも翻訳が出来ないでしょうから。



あっ!でも「翻訳」の時間は、面白いと思いました。「翻訳」を「予習」「復習」の時間にすれば、家庭学習をロクにしない生徒にピッタリだと思いましたね。勿論「予習」は一時間目、「復習」は最終時間目に設定すればいいでしょう。但し、本気でする場合、一時間では足りないでしょうけど。 削除

2011/2/9(水) 午前 0:06 [ 受験を伊藤英語から考える者 ] 返信する

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第三回放映を視聴させていただきました。
伊藤和夫先生は「現在の英語教育の最大のガンは高校入試にあるのではないかと、私はかねがね思っています」(『ビジュアル英文解釈PARTI』p.v)と仰っています。私自身は戦後学制改革によって、中学五年制が中学三年制・高校三年制と変化したことがよろしくなかったのではないかと、以前から思っております(中学が義務制に変わったこともですが、これにより様々な人たちと接する機会が増えたことも見逃してはいけないでしょう)。つまり私はどちらかと言えば戦時中の学制を復活させてほしい方です(伊藤先生は勿論そこまでは言っておられません)。
本日放送中に拝見した実業学校用の教科書(テキストにも載ってますね)というのは、私の不勉強のせいか現在見られないタイプの教科書のように思えました。なぜこのタイプの教科書を目にしないのか、憤りすら感じます。現在実業学校で使用されている教科書が、普通科などと同じだからです。これら戦時下の教科書は再評価されるべきではないでしょうか? 削除

2011/2/15(火) 午後 11:20 [ 受験を伊藤英語から考える者 ] 返信する

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本日、第3回を非常に興味深く視聴させて頂きました。戦時下の海軍兵学校の授業は中等学校とは違って軍事色のない題材で、すべて英語で行われていたというのは新たな発見でした。ただ残念だったのは、墨塗り教科書についてテキストには載っているものの、番組ではまったく取り上げられなかったということです。時間の制約もあるかと思いますが、1944〜45年の中等学校用英語教科書『英語1』などの題材が戦意高揚に利用され、終戦とともに一挙に日米会話手帳やJack and Bettyに移行したと誤解する視聴者も少なくないのではないかと思いました。おそらくNHK側の都合でカットされたのでしょうね。

2011/2/15(火) 午後 11:26 [ Paul ] 返信する

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テレビを拝見いたしました。
海軍兵学校での英語教育について、「和訳をせずに」といったことを当時の学生の方が語っておられましたが、それはオールイングリッシュということではなかったのではないかと思います。テキストに「関係副詞」とか「仮定法」などの用語が鉛筆で書き込まれているのが映っていました。おそらく「解釈」はきちっとやっていたのではないでしょうか?思わず、「訳読」と「解釈」の違いを考えてしまいました。

2011/2/15(火) 午後 11:43 [ ydw ] 返信する

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訂正しもう一言!
「歴史は眠らない」じゃなく「夜は眠れない」ですね。
海軍兵学校でダイレクトメソッドが採られていたようですが、この件で千田さんタイプが喜びそうなので付記したいのです。
このメソッドの成否は学生の質に大きくかかっているということ、そして恐らく全ての卒業生が高林さんのような(英語を使った)活躍をしたとは限らないことを分かっていただきたい。 削除

2011/2/15(火) 午後 11:51 [ 受験を伊藤英語から考える者 ] 返信する

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「すべて英語で行われていたというのは新たな発見」というのは訂正します。私も高林さんの述懐には疑問を感じました。すべてがそうだったわけではなく、そういう授業が行われることもあったという理解でいいと思います。

2011/2/16(水) 午前 0:10 [ Paul ] 返信する

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みなさん、短時間の間にどうもありがとうございます。
1945年に入学した高林さんらの海軍兵学校予科(78期)では、日系二世の指導の下に、オーラル・メソドで授業を行うという方針でした。
ですから、原則としては「すべて英語で」行い、定期試験もすべて英語で出されていました。
もちろん、それが本当に教育効果があったのかは疑問ですし、教官の中には訳読式に戻った人もいたようですが。
当時の教官にはアメリカ文学の大家となる大橋健三郎さんもいましたが、氏の伝記にも同時の様子が書かれています。
放送テキストには「墨ぬり」教科書が載っているのに、画面ではその解説が無かったのは、限られた時間とは言え、残念でしたね。
題材的には「戦時色がない」側面のみが強調されていましたが、準国定の『英語』(1944)にはかなりの戦時色が盛り込まれています。ですから、敗戦後に「墨ぬり」にされたのですが。
この点に不満の方は、ぜひ院生と私が書いた「『墨ぬり』英語教科書の実証的研究」をダウンロードしてください。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110005231518

2011/2/16(水) 午前 1:20 [ 江利川 春雄 ] 返信する

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第4回を見ました。戦後の英語教育における財界の影響が示唆されていました。コミュニカティブ・アプローチの会話例として生徒が "I like to play baseball."と言っていましたが、この場面では "I like playing baseball."と言うべきです。この誤りは「likeの後には動名詞でも不定詞でも可」という文法規則を教えられた結果であって、コミュニケーション場面で身についた表現とは思えません。その後で「文法の間違いは気にせず」にというアナウンスが流れていたのが非常に気になりました。最後に鳥飼さんが「日本人の特性を生かした英語学習法を」とまとめられていた点が良かったと思います。

2011/2/22(火) 午後 11:09 [ Paul ] 返信する

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おっしゃるとおりですね。
乏しい放送時間のためか、番組ではテキストにあった企業内英語公用語批判などが一切なかったですね。
「墨ぬり」教科書の場合もそうですが、放送されなかった事柄がテキスト(690円)にはたくさん盛り込まれています。
第4回のテキスト後半での鳥飼先生の「英語教育批判」は素晴らしものです。
みなさん、書店に在庫があるうちに、ぜひテキストをお読みください。独自の価値があります。

2011/2/22(火) 午後 11:17 [ 江利川 春雄 ] 返信する

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私もPaulさんと同意見で「日本人の特性を生かした英語学習法」という言葉に惹かれました。日本人というよりも「日本語を母国語にしている者」の方が適切かもしれませんが。

話は変わりますが、現在の教育の元凶「ゆとり教育」が述べられていました。私個人の意見としては、留年・浪人=悪と見る日本社会全体を変えないと教育全体がうまくいかないのではないのか?と思うのです。
ちょっとうろ覚えで申し訳ないのですが、フィンランドは社会全体が留年を悪と見なさず、分からない子は躊躇なく留年するという話を聞いたことがあります。確か日本よりも授業時間数も少ないはずです。勿論うろ覚えですが…。
日本の教育改革は他国のいいとこ取りをやっているようにしか思えず、必ず失敗する。例えるなら明治期の日本が改革を成功させた例に倣って、アジア諸国が失敗したのに似ているような気がします。社会全体を見ながら、そして日本の特性を考えながら、改革はやってもらいたいものです。 削除

2011/2/22(火) 午後 11:54 [ 受験を伊藤英語から考える者 ] 返信する

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