東北アジアの平和 一在日コリアンの願い

隣同士仲良くしないとね。 引越しできないんだし。

祖国統一に関すること

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南側を口実にしてでも六者会談復帰するのが最善の選択

Q 北がミサイルを発射したのが、米国の対北制裁のためだと見ますか。でなければ戦略的判断によったことだと考えますか。

 「二種類だと見ます。
 米国の対北制裁が強化されたから、米国との交渉で有利な位置を占めるための一種の局面転換用だったのです。
 米国が金融制裁方式で北朝鮮の首を締めたが、そこから抜け出るために北の表現で「米国の鳥の尾に火をつけた」のがミサイル発射です。
 このようにすれば米国が一対一交渉に出てくるだろうと考えたのだが、計算が合わなかったのです。
 北韓は米国を相手にするにあたって、それなりの戦略的判断をして手を使ったわけですが、クリントンに食われた方式を今でも使うのには問題があります。
 この程度したのに効果がなかったら、南側を口実にして六者会談に出てこなければならないし、北韓が南側の口実になることができるなら、わが政府がもう少し積極的に北韓の言葉を聞くほかはない局面を作らなければなりません。
 長官級会談を復元させて、そこで北を真剣に説得して、北が六者会談に出てくるようにしなければなりません。」


Q ところが北が米国と直接対話を通して問題を解決しようとしながら、南側は排除する感じを受けるんですが。

 「北韓のそのような姿勢は大きな誤りなのです。
 北韓が言葉では「民族協調」を主張しながらも、南北関係を北米関係の下位概念においたことは重大な失敗です。
 これこそ民族協調する姿勢ではなくて、自家撞着です。
 最小限、並列にならなければなりません。
 北韓が韓国の力量に対して低評価をしているからそうするようです。
 南韓の人たちの米国に対する依存度が高いから、米国と直接話すのがはやいと見ているようです。
 最近、戦時作戦統制権返還問題議論過程でも見られるように、北韓が南韓をそのように見るようにしてしまった側面がなくないために、このような点は私たちも少し反省し、直していかなければなりません。
 それはそうと、事実として南韓の力量が米国と一対一の関係までは到達できなかったが、米国が私たちの話をむやみに無視することもできません。
 少なくとも21世紀になって、韓国も米国に‘NO’と言わないですか? 北韓は今からでも南北関係を北米関係に従属させる姿勢を直さなければなりません。」


Q 日本の対北強硬政策も米国と同じ線上で見なければなりませんか。

 「日本の国家利益、執権勢力の政治的利益は北韓たたきを継続する時有利です。
日本が普通国家になって行くためには自衛隊が海外出兵までできる軍隊として大きくなければならず、そのためには常時的な威嚇が存在するということを押し出して、米国のネオコンと補助を共にしなければなりません。
 ところで私たちがそこに巻きこまれるようになれば韓半島の緊張は高まって南北関係改善も難しくなります。
 それでは国家信用等級も低くなって、韓国経済が難しくなるほかありません。
私たちは私たちの経済のために、また国民の安保不安感を解消するためにも、北と和平した関係を継続しなければなりません。
 米国と日本の右翼勢力らは自国の利益極大化のために北韓たたきを継続するために、私たちが対北政策面で米国、日本と一緒に行くには限界があります。
 一部保守層はどのように米国と違った声を出すのかと批判するが、私たちは北韓と米国の間で調停者、均衡者の役割をするほかはありません。」



戦時作統権還収、中国牽制のための米国の戦略的判断によること


Q 現在戦時作戦統制権還収や戦略的柔軟性など韓米関係を囲んだ論争が熱いです。このような韓米関係が南北関係にはどんな影響を及ぼすと見ますか。

 「私たちが戦時作戦統制権還収、戦時作戦統制権単独行使を行えば、韓米関係の具合が悪くなることだと見るのは杞憂です。
 戦時作統権還収は私たちが要求したからなることではなく、米国が与えようとしなければならないことです。
 米国が駄目だと言えば、いくら要求をしてもだめなことです。
 ところで私たちがそれを取り戻すという努力はすでに80年代から始まったんです。
 盧泰愚大統領の選挙公約でした。
 軍人出身大統領候補が出したのが戦時作戦統制権還収でした。
 この時韓国が提起したことに対して米国が2000年に返すといったのに、わが方で度々遅らせて、2012年に返してくれることになったわけで、今は米国が操り上げて持っていけということです。
 米国の立場では、西太平洋駐屯米軍兵力を迅速機動軍化できる最前方軍事基地が韓国なのに、ここで戦時作戦統制権を持っていれば足止めをくって、外に出て行けないです。
 米国の国家利益と関連して問題が生じた時、駐韓米軍が迅速に動くことができないのです。
 米国は駐韓米軍を迅速機動軍化して、東北アジア地域で米国の国家利益を極大化させる軍事的力量としてで活用するために、戦時作戦統制権を戻すということです。
 一部では私たちが度々返せと要求するから、米国が腹が立って戦時作戦統制権還収を決めてしまったと批判しますが、それは初歩的な考えです。
 米国のように国家利益を重要視しながら冷徹な計算をする国が、そのような問題を感情的に決めますか?
 2009年に返すということも米国自らの計算があるためだと見ます。
 中国を牽制するためで、2010年までは中国が米国に対して協調的かもしれないが、2008年北京オリンピックと2010年上海エキスポを行ったら、中国経済がアップグレードされて、その後からは米国と競争する状況がくると見ているのです。
 その時中国を軍事的に制圧しようとするなら、2009年にを韓国に作戦統制権を返してあげて、2010年からは、これに備えた準備をしようとする意図があると見ます。
 韓国において、作戦統制権を2010年以後まで持っているのが、米国の東北アジア軍事戦略上役に立たないという判断で2009年還収話が出てくるのではないか考えます。」


Q この前、北韓の対南政策を事実上総括してきた林東玉労働党統一戦線部長が死亡しましたが、対南政策の基調が変わったりしはしないでしょうか。

 「林東玉部長は統一戦線部所属で永く対南工作をしてきましたが、この頃は統一戦線部が南側から支援と協力を引き出す最前方の司令部だったから南北関係改善のためにも努力をしてきました。
 昔は対南次元で悪役もしたが最近になっては南北和解協力のために少なくないことをしたので、二つの顔を持っていることですね。
 職務上何度か会った人が死亡したというので、恩怨関係を離れて、人間的にまず弔意を表わします。
 林部長が死亡したといって、北韓の対南政策の基調が変わったりしはしないです。
 しかし誰が林部長の後任者になるかは分からないが、北韓のその分野の人材プールの状態から、年令が10〜20年ほどは若くなる可能性が大きいです。
 したがって北韓の戦略戦術がちょっと柔軟になることはあると見ます。
 対南ラインにおいて世代交代が戦略戦術次元を越えて、路線の変化まで連結すると良いという期待をしています。」


Q 南北関係改善のために孤軍奮闘しておられる議長様と民間団体らの努力が、良い結実を得ることができればと願っています。

 「民和協が今回の北韓の水害と関連して、初めのボタンを締めました。
これを契機に南北関係がまた正常に復元されて、7月以前の状況になればという願いがあり、上手にすればそうなると見ます。
 今は北側も南側に対する道理をしなければなりません。
 北韓のために国内外世論がひっくり返した状況において、南側の民間団体らが立ち上がって北韓の困難を少しでも解こうと先に立ち、南側政府も厳しい中で対北朝鮮水害復旧支援に誠意を尽くしているところに、北が南北関係改善の第一線で走る人々の立場を難しくさせてはいけません。
 南側がこのようにするのは同胞の困難を知らない振りすることは道理ではないためです。
 今は北側も道理をつくす姿を見せなければなりません。
 自分らはどんなことをしてもかまわないという考えは捨てるべきです。
 特に核実験のようなことは絶大してはいけないのです。」

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《民族和解》 2006/09/10 (通巻第22号) 巻頭インタビュー

民族和解協力汎国民協議会 代表常任議長 丁世鉉  2006/09/10 (通巻第22号)

“今は北側も南側に対する道理をしてこそ……特に核実験は絶対ダメ

対談イ・スオン《民族和解》編集人
整理・写真イ・ヒョンフィ民和協政策広報チーム部長

南北問題に関する限り丁世鉉議長はプロだ。
南北首脳会談を初め開城(ケソン)工業団地事業や金剛山観光など、分断時代に統一の道を整える歴史的事件には、いつも丁世鉉議長の足跡が残されている。
北のミサイル発射で南北関係が難しい局面になったのに、彼は対北韓水害支援を果敢に推進してゆき、閉じられた北のドアをあけた。
南北、北米関係が膠着状態に置かれている状況において、丁世鉉議長が提示する明快な解決法は、新しい突破口を用意する道しるべになるだろう。



Q 北のミサイル発射などで北朝鮮に対する国内世論が悪化した状況にもかかわらず、北韓水害支援の必要性を初めて提起して、積極的に北韓水害支援活動をしましたが、困難が多かったことと思います。

 「去る8月2日‘民和協緊急議長団’会議を通して、民和協が南北水害支援活動に出るという決定をして、現在4億 5千万ウォン相当の緊急救援物資を北に支援しました。
 このように民和協が北韓水害に積極的に対処したことは設立目的とも合致しています。
 1998年新しいパラダイムの対北政策である太陽政策が推進され始めなかったですか?
 このような政策が推進される過程から生じうる韓国内葛藤を最小化して、対北政策に対する国民的合意を引き出すために作られたのが民和協です。
民族和解協力に進むためには汎国民的協議がうまくいかなければならないという趣旨だったのですよ。
 去る8年の間、民和協は南北社会文化交流の先頭で南北関係改善のために多くの努力をしてきたし、今回の水害支援もそのような活動の延長線にあるといえます。
初めて北韓水害支援問題を提起した当時は、北韓のミサイル発射、わが政府の対北米肥料支援中断決定、赤十字事業の中断などで、南北関係が梗塞し、国民の対北情緒でも悪化していました。
 だから対北水害復旧支援の話をするということが容易なことではありませんでした。
 しかし南北関係が安定的に持続してこそ国民も不安感なしで生業に従事できて、私たちの経済も活性化します。
 南北関係が詰まっている状況が持続すれば、結果的に安保危機指数が上がるほかはなく、結局国民が不安に思うようになって経済にも悪影響を及ぼすようになります。
 こうした時は誰かがアイスブレイキングの役割をしてくれるべきなのですが、用心深くはありましたが、民和協がそのような役割を主導的にしなければならないと判断しました。
 私たちが問題を提起するやいなや、ちょうどハンナラ党も対北水害復旧支援の必要性を提起したので、その問題が運良くうまく解決したようです。」



Q しかし私たちも水害が深刻な状況でしたから、より一層容易ではなかったと思いますが。

 「もちろん私たちの水害も北韓に劣らず深刻でしたから、私たちが何の余力で北を助けるかとの批判もありました。
 しかし南北関係の安定的管理のためには国民世論にだけ巻きこまれてはいけません。
 国民世論を先導しながら理解をさせて、先を歩んでいく側面がなければなりません。
 ところが、政府次元の南北関係管理動力が弱まっていきつつある状況であったため、民和協が立ち上がってそれを培う役割をするのが道理と考えました。」



北、不敢請だが固所願の心だった

Q 初めて赤十字社を通した対北朝鮮水害支援の話が出た時は北が否定的な立場を見せたと思うのですが。

 「わが政府が米と肥料支援をミサイル問題と連係させたことに対して北韓が一番最初に取った措置が、赤十字事業中断でした。
 「その間肥料支援は赤十字を通してあたえる人道的事業であったし、米支援も形式は経済協力でしたが、人道的次元で推進されたことなのに、南側がこのような人道的事業を政治的に悪用したら、私たちも人道的事業に対して協力するのが現実的に難しくなった」として離散家族画像対面と離散家族面会所建設工員撤収措置を取ったのです。
 そのように北韓が赤十字事業を切っておいて、どのようにしたらすぐに韓国赤十字次元の支援提案を受容できたことと思いますか。
 多分不敢請だが固所願の心だったです。
 与えるといえば受けることはできるが、支援してくれという要請をしたり、待っていたとばかりに受けることは難しかったでしょう。
 それで赤十字よりは民和協のような純粋民間団体が出なければならないと考えるようになったのです。
 民和協をはじめとする民間団体が先に出て、民間が政府に対北支援を要請して、政府も動きを見せて、北も「政治的な伏線だけないならば受けられる」という形で出てきました。
 このように相手の立場を推し量りながら状況を管理していかなければならないのが色々と優位にある側の道理で責任だと考えます。」


Q 異例にも、ハンナラ党でも足早に動くように対北支援に対する声が出てきたのですが、対北朝鮮政策変化の試みでしょう。

 「野党では対北朝鮮政策や南北関係に対して保守的な立場を持っていましたが、実質的に南北関係現実を認める土台の上で対北政策を調整しなければ、先にある大統領選挙で不利だという計算があったと見ます。
 2000年南北首脳会談以後南北関係はその以前2〜30年の間の南北関係に比べて途方もない変化をもたらしました。
これを無効にしてしまったり、Uターンをすれば国民的抵抗にぶつかるほかはないことです。
 もちろん私たちが精魂を込めたことに比べて、北韓の変化がのろくて、それで北韓の変化が私たちの国民を満足させるほどの水準に達することができなかったけれど、それでもゼロ状態に戻してしまうにはとても惜しいほど南北関係は多くの発展をしました。
 北韓の軍隊があった最前方地域に公団が入り、観光地が入りました。
1年に10万人も越える人々が南北を往来しながら、南北韓の経済統合、社会文化の統合をしていっています。
 またその過程で国民は以前に比べて、安保不安感を感じずに暮らしています。
これを無視してどのように南北関係を中断させたり、Uターンさせることができますか?
 そのために対北政策を批判した人々も、結局は今までの方向性を維持するほかはないでしょう。
 今回の水害復旧物資を支援しなければならないという、ハンナラ党の立場もそんなことを予測して、布石を打っておいたのだと考えます。」



対北朝鮮水害支援は六者会談で私たちの役割を高めるためにも必要

Q 今回の水害を契機で梗塞していた南北関係が突破口を探せますか。
「展望することは用心深いが、過去南北関係が詰まって解放されてきた先例を見れば希望があります。

 84年北韓の対南水害復旧物資支援が離散家族対面事業に連結して、これが南北当局間経済会談につながって、国会会談、総理級会談で発展していきました。
 赤十字会談、赤十字事業、経済会談、国会会談、総理級当局会談に発展したのに、その時は事実南北間に何の基盤がなかったために、そうなるのに5年かかりました。
 ところで今は2000年首脳会談以後、長官級会談が19次まで進行された状態ですし、南側政府が2400億ウォン以上を入れて、自身を助けているということを北も知っているから、上手にすれば旧盆の時ぐらいに離散家族対面に連結することができるという期待をしてみます。
 そしてこれを契機に対北支援に対する国民感情が緩和されれば、北核、ミサイル問題と連係させておいた米支援に対しても、政府が融通性を持てるようになるだろうと見ます。
 私は人道的支援方式でも、借款供与形式でも、米を北に与えるのが当局間対話のモメンタムを生かす第一歩だと見ます。
米と肥料は南北関係改善という機関車の燃料のようなものなのです。」


Q このような形でも南北当局間対話の動力を用意するのが重要な理由は何ですか。

 「米国の場合、11月中間選挙までは北米関係改善のために動かないでしょう。
今は北朝鮮に条件なしで出てこいと言っていますが、9月、10月なれば選挙局面に入るから選挙が終る時までは北朝鮮たたきを継続するほかはありません。
 日本もまた自民党総裁選挙を控えているから、9月末までは動くのが難しいです。
結局11月にある米国の中間選挙が過ぎてしまってから動くほかはないならば、その時まで当局次元の南北関係動力を回復しておいてこそ、六者会談がまた開かれる時、私たちの役割が生きるのです。
 わが政府が北韓に米、肥料支援を打ち切りながら、米国の要求を聞き入れ、北にも南側の立場を難しくすれば支援が中断されることもあるという確実なメッセージを送りました。
 このように米国の補助に合わせて、ムチを振り回したので、今度は北朝鮮にニンジンを与えながら、北韓を会談に復帰させられる影響力を自ら確保しなければなりません。
 ムチを振り回す所にだけ列をつくったら、私たちは永遠に六者会談で対北影響力を行事できず、米国の対北先制攻撃論者らに引きずられて行く局面になるかも知れません。
 六者会談が日本総理選出が終わって米国中間選挙が終わった後にでも開かれるほかはない現実を考慮して、その前にはやく南北関係動力を回復するのが切実だということです。
 そしてこのために重要なのは、北韓が南側の立場を高めてくれるのが自ら生きる道だと考え、南側の措置などに友好的に呼応して協力して出なければならないということです。
 ミサイルを発射して、国際的に孤立し、南側の米支援も中断されるほかはない状況を作ったら、今度は、別の判断をして、南側の体面を助ける形に出てこなければなりません。
 受け取るのはみな受けて、「六者会談は米国との話だから南側は抜けていろ」このような形に出てきてはいけません。
 北韓は六者会談に出て行くと宣言して、私たちは六者会談開催前に当局会談を含んだ南北関係動力を回復させ、北の核問題とミサイル問題と関連して、米国と北韓の間の接点を作り出せる基盤を用意しなければなりません。
 私たちが北韓を説得するから米国がずっとムチだけ振り回していてはいけないという話をするべきではないですか?”

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海外同胞の役割とは・・・・
〜6.15共同宣言6周年民族統一大祝典に参加して〜

NPO法人三千里鐵道 事務局長 韓基徳

 光州市および現在の全羅南道道庁所在地である木浦市で開催された6.15共同宣言6周年民族統一大祝典に、NPO法人三千里鐵道の都相太理事長に代わって、海外代表の一人として参加した。このような意義深い大会に参加するのは、これで3年連続のことである。
 NPO法人三千里鐵道は、6.15共同宣言を契機に誕生した、ささやかながらも6.15共同宣言を実践するための団体である。
2001年6月17日に一周年記念祝祭を大々的に開催して以来、毎年6月に欠かさず記念集会を行い、その他にも、時機に応じて、金石範氏や李鍾元氏を招いた講演会を企画してきた。
 2002年には、3月に南側統一部を訪問し、『非武装地帯鐵道連結1km分の線路代金』として募金680万円を伝達し、同年12月には、『拉致事件』を格好の材料とした反朝鮮プロパガンダの厳しい中、北側内閣を訪問し、同趣旨により同額を伝達した。
そして、今年4月21日には、南側民和協と北側民和協による南北合同植樹行事に、海外同胞としては唯一参加し、ソウルから陸路バスに乗って、開城を訪問した。
 このような活動をしてきた私にとって、南北海外の同胞代表がともにする民族統一行事に参加することは、この上の無い喜びである。北側の人々と何の垣根も無く交わり、その素晴らしい公演を見ることが出来るのだから。
 今回の行事でとりわけて印象深かったのは、15日の本大会の後、午後に開催された分野別相逢で、『6.15民族共同委員会 教育本部』による『6.15南北共同授業』に参加したことであった。
 光州市ムジン中学校で行われた授業では、パワーポイントを使って、6.15共同宣言の内容と意義、これまでの成果がとてもわかりやすく教えられていた。生徒たちの発表も堂々としていて、北側そして海外代表団も、誰もが惜しみない拍手を送った。その後に講堂で開催された集会では、南北双方の代表者による演説の後、生徒たちの合唱のプレゼントがあり、会場全体が、統一の願いで充満した。
(なお、この共同授業で使われた教材はCDになっており、光州市支部長から、CDを4枚頂くことが出来たので、日本代表団の中で分配した。内容の一部は、NPO法人三千里鐵道のホームページでも公開しています。)
 しかし、大祝典を終えた今、私の中にあるのは、喜びばかりではない。
 それは、大きく二つの理由によるようである。
 第一に、海外同胞の具体的役割とはいったい何であろうか、海外代表団の高齢化をどう克服していくのであろうか・・・・という課題意識である。
 語弊があるのを承知で言うならば、統一をしようというのは、一部の反動勢力を除いた、わが民族の全体意思といって過言ではない。方法や速度をめぐる議論は当然必要であるが、海外同胞はいかんせん海外にいる。NPO法人三千里鐵道は、具体的な活動をしようという明確な意思を持っている。そして、世界各地において私たちのような運動が始まることを期待してきたが、いまだそのような消息は聞かない。
 それは、海外代表団の高齢化とも関係があるようだ。数人の海外代表と話してみてわかったことは、二世が民族を継承するように育っていないという残念な状況であった。
6日にソウルで開催された海外韓民族代表者協議会での決議で、民族教育のために『政府の格別な支援を求める』というものがあったが、何もしてこなかったといっても過言でない状況の中で支援もないものである。
 そして、日本に戻ってきて、民団の混乱状況が完全に守旧派の勝利に傾いていることを知り、暗澹たる思いにさせられた。
 しかし、これは在日のチャンスというべきであるかもしれない。民団が在日同胞を代表する組織でないことは、すでに著しい民団離れでわかっていたこと、その民団にこれ以上無駄な期待をすることなく、在日の未来のために新しい民族運動、民族組織を創造していくことが出来る機会なのだ。
 民族統一大祝典の後、私は、京義線と同じく建設されている東海北部線の視察に向かった。金剛山に向かって伸びていく鐵道を見ながら、近いうちに汽車に乗って金剛山に行くことを夢見た。


この文章は、7月1日付 民族時報に投稿したものです。

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