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			<title>東北アジアの平和 一在日コリアンの願い</title>
			<description>　在日コリアンの三世です。私たち在日コリアンが自尊心を大切にして生きることが出来るようになることを、何より願っています。
　そのためにも、南北に分断された二つの祖国と日本の友好関係を何より願いますし、東北アジアの平和という観点から、いろいろと考えてみたいと思っています。　
&#039;&#039;&#039; ボールド &#039;&#039;&#039;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gideok3559</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>東北アジアの平和 一在日コリアンの願い</title>
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			<description>　在日コリアンの三世です。私たち在日コリアンが自尊心を大切にして生きることが出来るようになることを、何より願っています。
　そのためにも、南北に分断された二つの祖国と日本の友好関係を何より願いますし、東北アジアの平和という観点から、いろいろと考えてみたいと思っています。　
&#039;&#039;&#039; ボールド &#039;&#039;&#039;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gideok3559</link>
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		<item>
			<title>科学鑑定で思い起こすこと。その1</title>
			<description>それは、『めぐみさんの遺骨鑑定疑惑』のことです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私のマイミクさんの一人が、例の餃子事件の犯人を『解雇された労働者』なんて決めつけたような書き方をしていて、それがとても気になって、それで、めぐみさんの遺骨のことをまた思い出して、ちょっと検索してみたら、よくまとめてあるサイトがあって、ちょっと紹介したいと思ったの。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.krp1982.com/ash.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.krp1982.com/ash.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
横田めぐみさんの「偽遺骨」の鑑定について &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１．遺骨の鑑定状況（２００４年１１月１５日、北朝鮮から持参） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　＾箙両掘平軍禪警が外務省から１１月１９日遺骨を預かり、同署内に設置） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「骨は高熱で焼かれ、細かくなっていた。こういった骨を焼くということは、ＤＮＡは一般的に言って非常に困難になるということだ」（瀬川勝久警備局長、０４年１２月１０日、衆議院拉致問題特別委員会での答弁） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　■庁裡全嫩蠅鬘害媾蠅飽兮 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ＤＮＡ鑑定の知見を有する専門家が、ＤＮＡを検出できる可能性のある骨片１０片を慎重に選定し、警察当局（新潟県警）により国内最高水準の研究機関（警察庁科学警察研究所、東京歯科大学、帝京大学）３箇所にＤＮＡ鑑定を嘱託した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　Ｄ覽膤悗隆嫩蠏覯漫複隠卸遑憩 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　新潟県警は帝京大学より、骨片５個のうち４個から同一のＤＮＡが、また他の１個から別のＤＮＡが検出されたが、いずれのＤＮＡも横田めぐみさんのＤＮＡとは異なっているとの鑑定の状況を聴取した。警察は鑑定した吉井富夫講師（４８歳）から口頭で結果報告を聞いた。正規の鑑定書が届いたのは５日後の１２月１３日である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
２．日本政府の結論と北朝鮮の反論 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　△細田博之官房長官（１２月８日） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　警察から報告を受けて &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「北朝鮮側から、先般これが横田めぐみさんの遺骨であるとして渡されました骨は、鑑定を実施してきたが、主として帝京大学法医学研究室でのＤＮＡ鑑定結果であるが、本件については横田めぐみさんのものではないとの結論が出た。本件は北朝鮮側の調査結果の中でも非常に革新的な部分であって、先方の調査が事実でなかったということを断じざるを得ない。極めて遺憾である」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　△町村信孝外相（１２月１０日） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「私どもは、世界最高の水準の知見をもって行ったこの遺骨が横田めぐみさんのものではないということを明らかにした。この点についてはもう全く疑う余地はない。北朝鮮がいろいろ言っていることは承知しているが、その点についてはもう全く議論の余地がない」（衆議院拉致問題特別委員会での答弁） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　▲北朝鮮外務省の反論（１２月１４日） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「夫が妻のものでない他人の遺骨を日本に引き渡すとは想像すらできない」 &lt;br /&gt;
「鑑定結果は受け入れられない。鑑定書の提出を求める。真相の究明を求める」と反論 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　△日本政府の反論（１２月２４日） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「これは、国内で最高水準の研究機関による客観的で正確な鑑定である。北朝鮮側の主張には何の合理的根拠もない」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　▲北朝鮮政府の再反論（０５年１月２４日） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　第一点「世界最新設備を持って鑑定を行った歴史と経験のある警察庁科学警察研究所でＤＮＡを検出できなかった事実についてはその科学性に背を向け、帝京大学の鑑定結果を絶対視したのはなぜか」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　第二点「１２００度の高温で火葬した遺骨を、ＤＮＡ方法で鑑定しても個人識別が不可能というのが一般常識だ。帝京大学が１２００度の高温状態で燃焼した遺骨（白骨）から細胞を採取し、それを培養、増殖させる方法でＤＮＡを鑑定したというのは信じがたい」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　△日本外務省の再反論（０５年２月１０日） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「鑑定手続きの厳格さ、ＤＮＡ鑑定の技術水準に関する現実を（北朝鮮は）少しも認識していない」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
３．遺骨論争起きる &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　▲英国科学雑誌「ネイチャー」の報道（０５年２月３日付） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　※ネイチャーの記事は同誌東京駐在記者、デイビッド･シラノスキー氏の記事で、鑑定した吉井講師に電話インタビューしてまとめたものである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「日本では火葬された標本に対して法医学的鑑定が行われたことはほとんどない。帝京大学の吉井富夫講師を含むほとんどの専門家らは、１２００度で焼かれた遺骨にはＤＮＡは残っていないと考えていた。吉井氏も『私も全く驚いた』と語っていた。吉井氏はこれまでに火葬された標本を鑑定した経験は全くなく、また彼は、自分が行った鑑定が断定的なものではなく、また、サンプルが汚染されている可能性があることを認めた」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
４．国会論争に波及 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　民主党の首藤信彦議員が衆議院外務委員会で追及（０５年２月２３日） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「遺骨の問題だが、３箇所に調査を依頼した。Ａ、Ｂは結果が出ない。Ｃの吉井富夫講師がミトコンドリアの分析で、他人のものであることがわかった。それで日本国中が怒った。ところが、２月３日の『ネイチャー』、世界で最も権威のある科学雑誌に、科学的に言うと、そんなことは全然言えないとの論文が出た。これは大変なことだ。世界では事実上、日本の言ったことを、外務省が言ったことを否定したわけだ」 &lt;br /&gt;
　「要するにＡ、Ｂ、Ｃであって、Ｃしか確証できなかったものを、そして国際的にチェックせずに、そのサンプルを国際的な機関に依頼してクロスチェックせずに北朝鮮の不誠実な証拠として突きつけるのは外交的にどうか」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　△町村外相の答弁 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「警察が最も信頼するものとして依頼をした帝京大学の結果ということで、まあそれは正しいと思っている。第三国、第三機関にもう一度やったらどうかということだが、北朝鮮が不誠実な対応を早く改めることが重要で、ＤＮＡ論争に入っていくと肝心の主張がぼやけてくる。さらに、これからどこかの外国の機関に委託して、再鑑定をやる考えは今のところない」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　▲「ネイチャー」が社説（「政治対真実」）で再反論（０５年３月１７日） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「吉井氏は一般論としてではなく、明確に骨の汚染を認めた。日本政府は科学に政治介入している」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
５．吉井氏の警察転職問題に関して &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　（吉井氏は２００５年３月２６日に警視庁科学捜査研究所法医科長に起用された。） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　首藤信彦議員が衆議院外務委員会で再度追及（０５年３月３０日） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「吉井氏に会う必要があると思っていたところ、吉井講師はなんと、警視庁科学研究所の研究課長になってしまった。証人隠しではないか。相手がでたらめだから、こっちもでたらめをやっていいということにはならない」「ネイチャーに火葬された骨の断片からは今の技術ではミトコンドリアのＤＮＡが発見されないというのが科学的知見である。その後ネイチャーは『日本政府のやっていることは科学を政治で歪めることだ』と社説で書いている。世界を代表する科学者、何十万人の科学者が見ているこの雑誌の言っていることに日本が反論できなければ科学を日本が悪用しているとの批判に答えられない。ネイチャーの社説が出て、世界中から日本の検査に関しては大変な批判がある」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　▲「ネイチャー」も再反論（０５年４月７日号） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「複数のジャーナリストが吉井氏に接触を試みた。（警察への）転職は日本の拉致証明の障害である」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　△町村外相の反論答弁 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「ネイチャーが立派な雑誌であることは認めるが、いちいち反論する必要はない。警察当局から事実関係を確認したところ、取材を受けた関係者（吉井講師）も、取材の中で焼かれた骨によるＤＮＡ鑑定の困難さを一般論と述べたようだ。当該鑑定結果が確定的ではないという旨を言及したわけではないと、吉井講師が言っていると我々（外務省）は聞いている。我が方の科学鑑定のその信憑性を誠に疑わしめるような発言は大変残念に思う」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
６．吉井講師の鑑定方法 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※吉井氏は１９５６年生まれ。コピー用紙や感熱紙に残された指紋からＤＮＡを解析する技術を確立した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　△鑑定書 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「骨片に汚染物資を予想してまず超音波洗浄をして、ここから出た不要物に骨片に適応した同様の方法でＤＮＡ検出を試みたが、増幅は認められなかった。鑑定したのは骨の表面に付いている汚染物資でなく、骨の中にあるＤＮＡである」「遺伝子分析技法＝ＰＣＲを使った」「（ＤＮＡを増幅させる）ネステッドＰＣＲ法という通常のＰＣＲ法より感度の良い方法を用いた」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
７．韓国からも反論（韓国で最も権威のある法医学者３人） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　（イ・ビョンソンソウル医科大学教授、パク・キウォン国立科学捜査研究所遺伝子研究室長、イ・スンファン検察庁遺伝分子室長） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　。院ぃ横娃暗戮旅皺垢撚仭鬚気譴唇箙らのＤＮＡ検出は実質的に不可能である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　※パク室長（３年前にテグ地下鉄火災事件で遺骨の身元確認にあたった）の話 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「高温で完全に白骨化した骨からのＤＮＡ抽出、分析に成功した論文は今まで見たことがない」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　仮にＤＮＡが検出されたとしても分析の過程で外部の異質物に汚染されたに過ぎない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　０篥岨卻析技法は増幅過程が繰返される度に正確度が下がるという短所がある。従って、専門家からはこの方法による分析結果の信頼性を認定することに極めて保守的な立場を取っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その２に続く・・・</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gideok3559/41279519.html</link>
			<pubDate>Wed, 05 Mar 2008 14:42:11 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>科学鑑定で思い起こすこと。 その2</title>
			<description>その1から続く&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
８．米誌「タイム」とインターナショナル･ヘラルド・トリビューヌも異議 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　▲「タイム」（０５年４月４日号） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「吉井氏が用いた分析技法（ＰＣＲ）は信頼度に問題が多く、米国の法医学研究所では使用しない」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　▲ヘラルド・トリビューヌ（０５年６月２３日） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　＾箙亡悗垢襯瓮妊アの対応について &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「日本政府が完全な事実を語っているのかどうかについての疑惑が湧き上がっているのに政府はそれについて公式に語ることを拒絶し続けている。その上、ますますナショナリステイックな雰囲気が支配されている日本では、政府の対北朝鮮政策に対し異論を唱えることがタブーになっているため、日本のメディアはほとんどこの問題に対して無視を決め込んでいる」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　国民感情について &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「拉致被害者家族のリーダーになっている彼女の両親は、北朝鮮側の説明を受け入れることを拒否し、自分達は北朝鮮で彼女がまだ生きていると確信していると言っている。今は初老の彼女の両親がテレビ画面で感情を込めた嘆願をする光景は、それ以外ではほとんどありえないような方法で感情を呼び起こしている」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ＤＮＡ鑑定について &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「ＤＮＡ鑑定結果は本当に日本が主張したようなものだったのか？英国の一流科学雑誌『ネイチャー』（２月号）に第一の疑問点が示された。吉井氏は同誌とのインタビューで『鑑定結果なるものは決定的ではなく、サンプルが汚染された可能性がある』と語った」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さ醗羯瓩侶抻‥梢Δ砲弔い &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「吉井氏は、誰か他の人にインタビューされる前に大学でのポストを離れ、警視庁の新たな職場に移った。警察は現在、『彼が会見に応じることは法的に禁じられている』と語っている」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
９．日本の専門家らの見方（新聞などに掲載されたコメントから） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ー津銚一・国立科学博物館人類第一研究室室長（人類学＝古人骨のＤＮＡ鑑定経験豊富） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「ＤＮＡ鑑定の際に特に気をつけなければならないのはコンターミネーションと呼ばれる外在性のＤＮＡの混入です。帝京大学でもそれに十分注意したと思いますが、焼けた骨片はいわゆるスカスカ状態で、人の息、汗、フケなどに容易に吸着する。特に唾液や汗のような液体であれば、やはり容易に骨片内部に侵入するでしょう。（帝京大学鑑定では）骨片の表面を超音波で洗浄したと聞きますが、一般に超音波洗浄だけで外在性のＤＮＡ除去は難しいでしょう。それを証明するには同実験の過程と結果を示す必要がある。さらにＰＣＲ法による増幅の場合、コンターミネーションの発生する危険性が高まる。とにかく、現在の手法と技術水準では、完全に外在性のＤＮＡを排除できないと考えるべきだ」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　∨榲長醋蕁γ淒搬臻＾絣惷擬 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「我々がこの検査から結論付けることのすべては、提供された遺骨から二人のＤＮＡが検出され、それらが横田めぐみさんのものと一致しなかったということだ。我々がその遺骨がめぐみさんのものではないと結論付けるまでにはまた、別の膨大なステップが必要だ」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「問題は、帝京大学の結果の一部のみが公表されて、科学警察研究所の結果が公表されていないところにある。両者を併せて公表すべきだった。例えば、科警研でＤＮＡそのものが抽出できなかったとしたら帝京大学の鑑定結果も慎重に解釈しなければならない。帝京大学の鑑定技術は奇跡とも言うべきレベルにある」「（白骨からのＤＮＡ鑑定の可能性について）どのような場所で、何で燃やし、何分ぐらい時間をかけたのかというデーターがなければ判断は難しい」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　赤根敦･関西医科大学教授 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「焼かれた骨を日本に持ってくるまでの間に関与した誰か別人のＤＮＡが検出される可能性は大いにある。ＤＮＡは熱に弱いので、焼かれた骨の分析は難しい。骨辺が確かに横田めぐみさんのものであっても、めぐみさんのＤＮＡは検出されず、代わりに誰か別人のＤＮＡが検出される可能性は大いにある。但し、骨片はやはり別人のもので、そのＤＮＡをうまく検出できたという可能性も皆無とは断定できない」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「火葬された骨は他人の皮膚や唾液によって簡単に汚染されてしまう。（日本政府の発表について）もし貴方が専門家でなければ、他人のＤＮＡが検出されたと聞けば、貴方はその遺骨が彼女のものでないと推論するかもしれない。政府の発表は極めて慎重に行われたほうが良かった」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　だ仍鎌夫･帝京大学名誉教授（吉井氏の恩師的存在） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「北朝鮮から２人分の人骨が来たと見るのが一般的だが、鑑定中に誰かのＤＮＡが混じった可能性も否定できない」（毎日新聞、０４年１２月１８日付） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「我々が言えることは、めぐみさんのＤＮＡ鑑定の結果、どの骨片からもめぐみさんのものが検出されなかったということだけだ」「科学鑑定の常道として、吉井氏は、別人のＤＮＡが検出されたと言っているだけだと思います。そして、当局（警察）はこれらの成果（ＤＮＡ鑑定結果）とそれ以外の情報を検討し、別人の骨と結論付けたものに過ぎないと思います」（２００５年６月８日発売の「ミクロスコピア＝医学系機関誌」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ザ極楡擬］此陛豕並膤惱擬 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　※橋本助教授は日本政府の現地調査団（０２年９月）に加わる。特定失踪者の藤田進さん（１９７６年、埼玉で失踪）と加瀬テルコさん（１９６２年、千葉で失踪）の顔写真を「同一人物の可能性が高い」と断定。その後も松本京子（１９７７年、鳥取で失踪）と斉藤裕（１９６８年、北海道で失踪）さんらについても「同一人物の可能性が高い」と鑑定したが、この２人は韓国人で韓国に実在していたことが判明した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「ネイチャー誌の問題提起自体は妥当だと思う。私の鑑定結果も『めぐみさんの骨であるとの判断にいたる結果は得られなかった』というもので、別人と判定したわけではない。しかし、法人類学では北朝鮮が出してきた他の証拠なども参考に総合判断することが許されており、別人の可能性が非常に高いとの印象を得ている。別人であることを証明する鑑定においてはＤＮＡよりも法人類学的手法のほうが有効な場合が多々ある。鑑定書の結論部において具体的にどのように証言したかは私の立場からは言えない」（共同通信） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
１０．北京での日朝協議での攻防（０６年２月４－９日） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　▲北朝鮮側 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ヾ嫩蠏覯未砲弔い督樟槓垢たい。鑑定担当者と会えるならばどこにでも行く用意がある &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　遺骨がめぐみさんのものでなく、他人のものならば日本側がなぜ持っているのか。現状のまま返還すべきだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　△日本側 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　＾箙ら複数のDNAがなぜ捻出されたのか、北朝鮮側が説明することが先決だ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　夫とされる人物が不確かだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　５曲の証拠品として保管する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
１１．３つのＤＮＡ鑑定の比較 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　．悒ョンさんのＤＮＡは鑑定から発表まで３週間 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　△瓩阿澆気鵑里發里箸気譴拭岼箙廚牢嫩蠅ら発表まで１９日間 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　めぐみさんの夫、金英男さんについては鑑定から発表まで５５日間 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　※２箇所に依頼（神奈川歯科大学は９９．５％、大阪医大は９７．５％の確率で断定）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gideok3559/41279491.html</link>
			<pubDate>Wed, 05 Mar 2008 14:40:53 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>在日朝鮮人の帰還に関する日朝赤十字協定</title>
			<description>　日本政府、朝鮮政府、在日朝鮮人の三者三様の同床異夢というほかない『帰国』事業に関する協定である。第６条で、帰国時の携行財産のことが定められている。&lt;br /&gt;
　それこそ、ほとんど着の身着のままで帰国船に乗ったことが伺える。また残された財産を、本人が日本で引き出すことを想定している所を見ると、帰国した人々がのちに、日本に帰ってくることもあるのだと読み取れる。&lt;br /&gt;
　しかし、実際には、帰国したものは、特別な例外を除いて、二度と日本に帰ってくることはなく、南の地に親族がいる在日コリアンは、北の地に親族を送ることで、南、日本、北と三国にわたる離散家族となってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
在日朝鮮人の帰還に関する日朝赤十字協定&lt;br /&gt;
（日本赤十字社と朝鮮民主主義人民共和国赤十字会との間における在日朝鮮人の帰還に関する協定）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１９５９年８月１３日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[全文]&lt;br /&gt;
　日本赤十字社及び朝鮮民主主義人民共和国赤十字会は，居住地撰択の自由及び赤十字の諸原則に基き，在日朝鮮人がその自由に表明した意思によつて帰還することを実現させるため，次のとおり協定する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一条　帰還者の範囲は，帰還を希望する在日朝鮮人（日本の国籍を取得した朝鮮人を含む。）とその配偶者（内縁関係の者を含む。）及びその子，その他それに扶養されている者で共に帰還することを希望するものとする。この場合十六才未満の者については，親権者又は後見人の意思による。ただし，日本の法令により出国を認められない者は除かれる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二条 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１．帰還を希望する者は，日本赤十字社の定める様式による帰還申請書を本人自身が直接日本赤十字社に提出し，所要の帰還手続きをとらなければならない。 &lt;br /&gt;
　申請は自由意思に基くものであり，かつ本協定に掲げる条件を満すものでなければならない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２．帰還申請書を提出した本人から個別的事情によつて帰還しないとの要請を受けた場合には，日本赤十字社がこれを処理する。&lt;br /&gt;
　帰還意思の変更は乗船前一定時間まで許される。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第三条 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１．日本赤十字社は，帰還希望者の登録機構を組織する。この登録機構は所要の補強を行つた上，日本赤十字社の現在の組織をもつてこれに当て運営される。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２．日本赤十字社は，赤十字国際委員会に対し，帰還希望者の登録機構の組織と運営とが人道的原則に則つた公平なものであることを保障するために，赤十字国際委員会が必要かつ適当と考える措置をとることを依頼する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　前記の措置の内容は次のとおりである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（イ）日本赤十字社が帰還希望者の登録機構を組織する場合，助言を与えてくれるよう依頼する &lt;br /&gt;
（ロ）前記の登録機構の運営が適当であるかどうかを確かめるよう依頼する。&lt;br /&gt;
（ハ）前記の登録機構の運営について必要な助言を与えるよう依頼する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３．日本赤十字社は，本協定が人道と赤十字の諸原則に合致したものであることを，放送を通じて公告するよう赤十字国際委員会に依頼する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第四条　帰還に関する手続きを終えた者の引渡しと引受けとは，乗船港において日本赤十字社代表と朝鮮民主主義人民共和国赤十字会代表との間においてこれを行う。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　前項の引渡しと引受けは，帰還者名簿と確認書との交換をもつて完了する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第五条 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１．帰還船は，朝鮮側が配船して，その費用を負担する。帰還船が遵守すべき事項は，付属書で定める。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２．日本側は，新潟港を帰還者の乗船港と指定し，朝鮮側は，羅津，清津，興南の三港をその下船港と指定する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３．帰還船の配船問題は，帰還希望者数と配船準備状況に基いて決定するものとし，帰還希望者の毎回の集結する期日の間隔を七日前後とし，毎回の人数を約千人と予定する。ただし帰還希望者数の増減によつてこれを日朝両赤十字団体協議の上適宜変更するものとする。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４．帰還希望者の状況により必要がある場合は，日朝両赤十字団体協議の上施設及び輸送の増強を計るための必要な措置をとるものとする。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
５．帰還者の第一帰還船は，日朝両赤十字団体間に締結された本協定が効力を発生した日から三箇月以内に乗船港から出港するものとする。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
６．日本赤十字社は，毎回の帰還希望者の概数，指定港及び帰還船の指定港への到着期日を予め朝鮮民主主義人民共和国赤十字会へ通告する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　帰還船は，前項の通告による指定期日に指定港に到着するよう期する。ただし，気象条件その他止むを得ない事情のある場合は日朝両赤十字団体協議の上これを変更することができる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
７．日本側は，帰還船に対する補給と通信連絡並びにその他必要な便宜と協力とを提供する。その費用は，朝鮮側の負担とする。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第六条 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１．日本赤十字社はその定めるところにより次の便宜を帰還者に供与する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（イ）帰還者が居住地を発つてから集結地までの輸送費，食費，六十キログラム（帰還者一人当り）までの荷物の運賃及び応急医療費 &lt;br /&gt;
（ロ）集結地における乗船までの宿泊，食事，応急医療費及び輸送 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２．帰還者は，一人当り日本の通貨四万五千円までを英ポンド小切手で携行することができる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　前記の限度を超える日本の通貨を所有する者は，本人名儀で日本の銀行に預金し，後日本人の申請に基き，日本の法令によつて外貨で引き出すことが認められる。ただし，本人が日本で使用する場合には，日本の法令によつて，日本の通貨で引き出すことが認められる。&lt;br /&gt;
　株式公債等の証券及び預金通帳等の携帯持ち出しは，認められない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３．帰還者の持ち帰りできるものは，旅行携帯品，引越荷物及び職業用具とする。&lt;br /&gt;
　日本の法令によつて輸出が禁止されているもの及び違反品は携帯することができない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４．日本側は，帰還者が持ち帰る一切の財産に対して関税を賦課しない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
５．日本側は，帰還者が止むを得ない事情によつて持ち帰れない財産に対して引続き本人の所有権を法的に認める。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
６．朝鮮側は，帰還者が乗船した以後の輸送及び食事，宿泊費等一切の費用を負担し，医療上の服務を無償で提供する。また帰還者の帰還後の生活安定のため，その住宅，職業，就学等すべての条件を保障する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第七条　帰還船には，朝鮮民主主義人民共和国赤十字会代表（複数を含む。）が乗船するものとし，同代表は，その帰還船が乗船港に碇泊する期間中その港域内に滞在して帰還者の引受け，連絡及び帰還者の帰還協助に当る。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第八条 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１．日本赤十字社は，本協定の内容及び帰還手続きを可能な限り出版，報道手段を利用して在日朝鮮人に周知徹底を図る。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２．帰還者のうち，国籍問題解決を希望する者に対して，日朝両赤十字団体は，必要な協力をする。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３．本協定の実施につき必要な連絡は，電信，文書又は指定港において日朝両赤十字団体の代表間で行うことができる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第九条　本協定の有効期間は，調印の日から一年三箇月とする。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし，この期間に帰還事業が完了できないと認められる場合は，協定期間終了三箇月以前に日朝両赤十字団体協議の上本協定をそのまま又は修正して更新することができる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
付　属　書 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　帰還船が出入港に際し遵守すべき事項 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一，帰還船は出港した港から直航して日本赤十字社が指定する月日に新潟港に到着する。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
二，帰還船は日本赤十字社が指定する到着月日三昼夜前に出港する港名，出港予定日時，船型，船舶名，呼出符号，使用周波数，総屯数，きつ水，航海速力，帰還者搭載可能人員数，船長名，船員数及び国籍，船員以外の乗船者数及び国籍を日本赤十字社に電報で通知する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
三，帰還船は出入港に関する諸手続については日本赤十字社が斡旋する代理店（以下代理店という）を通じてこれを行うものとする。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
四，帰還船は出港後直ちに代理店に電報で出港を通知するとともに入港予定日時を通知し又到着六時間前に船舶の位置及び航海中の病人の有無を通知する。 &lt;br /&gt;
　なお連絡海岸局は新潟海岸局，呼出符号ＪＫＰ周波数四三八ＫＣである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五，帰還船は新潟港の検疫錨地（北緯三七度五八分東経一三九度○三・五分付近）に碇泊して日本の当該関係機関の検査を受けた後水先案内人によつて入港し指定する場所に碇泊すること。 &lt;br /&gt;
　なお入港は日出時より日没時までとする。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
六，帰還船の乗員は必要のある場合には入国審査官の許可を受けた後上陸することができる。この場合寄港地上陸許可申請書を一通提出することを要する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
七，帰還船が日本の当該関係機関に申請連絡又は質問する場合は日本語若しくは英語を用いる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
八，帰還船は入港に際し次の書類を提出若しくは提示する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　入港届　 四通提出 &lt;br /&gt;
　明告書　 一通提出 &lt;br /&gt;
　乗務員名簿　 三通提出 &lt;br /&gt;
　旅客名簿　 三通提出 &lt;br /&gt;
　船用品目録　 一通提出 &lt;br /&gt;
　托送品目録　 一通提出&lt;br /&gt;
　ねずみ族の駆除に関する証明書　提示 &lt;br /&gt;
　予防接種証明書　提示 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
九，帰還船は出港前に次の書類を提出する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　出港届　 四通提出 &lt;br /&gt;
　乗務員名簿　 一通提出 &lt;br /&gt;
　旅客名簿（帰還者名簿を除く）　一通提出 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
十，帰還者は日本の規定する屯税等所要の費用を外国為替をもつてこれを支払うものとする。&lt;br /&gt;
　帰還船は最初に到着する三日前までに代理店に対し七千米ドル若しくは二千五百ポンドの為替を預託するものとする。 &lt;br /&gt;
　前記の預託金に不足を生じたる場合は改めて預託するものとする。 &lt;br /&gt;
　この場合に代理店は，帰還船と予め協議の上，帰還船がいつでも必要な金額を受け得る条件を整うべきである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
十一，その他帰還船は日本の法令を遵守するほか帰還輸送の実施につき日本の当該機関の指示に従わなければならない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gideok3559/28681065.html</link>
			<pubDate>Tue, 13 Feb 2007 11:47:39 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>海外同胞政策においてすべてに優先すべき韓民族教育 その1</title>
			<description>一連の論文は4年前のものです。あしからず・・・・&lt;br /&gt;
三つに分割して掲載しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
～第１回世界韓商大会に参加して思う～&lt;br /&gt;
海外同胞政策においてすべてに優先すべき韓民族教育&lt;br /&gt;
　韓　基　徳&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
海外同胞は全体韓民族の未来を左右する主役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
去る１０月８日から１０日、在外同胞財団主催で、第１回世界韓商大会が開催された。大会の狙いは、全世界で活躍する海外同胞企業人と国内企業人を結び、世界規模の韓民族経済ネットワークを構築しようということにあったが、世界韓人商工人総連合会や世界海外韓人貿易協会、各国各地域の韓人商工人団体などの協力を得て、世界２６カ国から約８００名の海外同胞企業家が参加したことで、ひとまずは成功したといわれている。&lt;br /&gt;
在外同胞財団理事長の権丙鉉理事長は、主催者挨拶の中で｢国内外の商工、貿易、ＩＴ、科学技術などの各分野が網羅された経済ネットワークを形成し、相互連携をすることは無限の可能性を秘めている｣｢海外同胞が全体韓民族の未来を左右する主役であると信じて疑わない。｣と、海外同胞の新たな可能性を高らかに謳いあげた。&lt;br /&gt;
また、基調演説に立った在米同胞のAmＢex　Ventureグループの李鍾文会長は、｢中国の経済発展の原動力は華僑の本国に対する投資にある。そして、本国の経済発展が華僑5600万人の今日の繁栄に直結している。｣とし、その“WIN　WIN戦略”を世界の韓民族も見習うべきであることを強調した。さらに、経済の分野においても明確な変化を見せている朝鮮民主主義人民共和国に対する、海外同胞の投資のよい参考になるということも付け加えた。&lt;br /&gt;
海外同胞企業人が国内企業人と結合して活動を活発化させれば、輸出効果が輸入効果よりも大きいと考えられること、国内への投資誘致が期待できることなどから、本国が海外同胞を経済的に利用しようとする意図が見え見えだという批判的な声も聞こえるが、本国が海外同胞を対等なビジネスパートナーとして認識したことは、海外同胞の立場においても歓迎されることであるはずである。&lt;br /&gt;
日本からは在日韓国商工会議所から１２６名、世界海外韓人貿易協会日本支部からも十数名が参加した。&lt;br /&gt;
私は、愛知韓国商工会議所の事務局長という立場で参加させていただいたが、私自身、昂揚する気持ちを押さえられなかった。&lt;br /&gt;
中国や米国からの参加者との出会いは、祖国の人々との出会い以上にエキサイティングなものだったからである。海外同胞という共通点から来る共通の課題を発見すれば、見知らぬ国の見知らぬ世界を垣間見ることもあった。韓民族世界ビジネスネットワークという壮大な夢を描くことにも大きな魅力を感じるが、それだけに集約するには惜しい空間が演出されていたからである。&lt;br /&gt;
もっと期間が長ければ、多様なプログラムがあればと、欲深いことも考えたが、私の韓民族の血、海外同胞の民族魂が騒いだからであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
海外同胞共通の課題として浮上する言葉の問題&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回の大会では、基調演説やセッションの報告などについては、英語と日本語の同時通訳がなされたが、晩餐会その他の交流の場においては、通訳がつけられるはずもなく、公用語は当然ながら韓国語であった。&lt;br /&gt;
その結果、韓国語がある程度出来なければ、他の国からの参加者との交流は難しく、実質的な成果をあげるのは困難にならざるを得ないという問題が露呈した。&lt;br /&gt;
実際、日本からの参加者は日本からの参加者だけで固まり、他の国からの参加者と交流する姿はほとんど見られなかった。米国や中国からの参加者は、それぞれ同じ国からの参加者との会話は英語や中国語ですることがあっても、韓国語も出来ることから交流が比較的活発に行われていたのにである。&lt;br /&gt;
このような姿を見るのは、これまでに参加して来た国際会議でも経験済みではあったが、今回は特に言いようのない悔しさと寂しさを感じた。&lt;br /&gt;
それは、皮肉なことに、今回愛知韓商から参加した内の三人の会員が、大会期間中に他の国からきた同胞と縦横無尽の交流をし、実際に取引にいたっている姿を見たからである。彼らは朝鮮学校の卒業生であり、韓国語がある程度出来るということで、水を得た魚のように生き生きとしていたのである。&lt;br /&gt;
その彼らから聞こえてくるのは、｢セレモニーはいいから、もっと実践的な交流が出来るような工夫が欲しい。｣｢具体的にどういう業種の方が参加していて、どういう取引を計画しているのか、そういう情報がまったくない中で、無駄な時間を多く過ごした。｣というような、至極真っ当な批判であったのだ。&lt;br /&gt;
私は、民団社会における民族教育とりわけ韓国語教育の立ち遅れ、無関心、無策などに腹が立って仕方がないのだが、10日の午餐会の時には、本当に衝撃を受けた。&lt;br /&gt;
この午餐会は世界韓人商工人総連合会の主催で、まず中国韓人商工会の宋在国会長と在日韓国商工会議所の金建治会長のスピーチがあり、最後に美州韓人商工人団体総連合会のイム・チャンビン会長が壇上に立った。&lt;br /&gt;
｢中国の宋会長と日本の金会長の立派なスピーチを聞きました。彼らは二世です。ですからあまり韓国語があまり上手ではありません。しかし私は、二人が昨晩寝る間を削って今日のスピーチの練習をしていたのを知っています。(場内大拍手)&lt;br /&gt;
私はアメリカに渡って４５年になりますが、韓国で教育を受けたのですから韓国語が出来るのは当然です。しかし、二人の会長の姿は、２０年後のアメリカの代表の姿なのです。｣&lt;br /&gt;
つまり、韓国語習得の問題は在日同胞だけの問題ではなく、世界の同胞たちの共通した課題であるということに気付かされたのある。&lt;br /&gt;
世界韓商大会は､私の目にも大きな可能性､未来を予感させるものだったが､一方で、海外同胞に韓国語教育を中心とした民族教育が保証されなければ、こういう目論みも、所詮『絵に描いた餅』になる他ないということを､はっきり感じたのであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その２につづく</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gideok3559/28386279.html</link>
			<pubDate>Wed, 07 Feb 2007 11:46:18 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>在日の立ち位置を確かなものに。</title>
			<description>書かれている内容の全部ではないとしても、心情的には、とても共感した文章を転載します。私もこれに応えて、私の率直な所を書いてみたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46484292.html#46484292&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46484292.html#46484292&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
在日として、そして、一市民として・・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨日の転載【べっけん】”とってもあいごー”さんの記事についてのコメントを書いて見ました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誤解があってはいけないんで、一応、前置きしておきます。決してこの場で、反北、総連パッシングをする気はありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一人の、在日として、在日の人権や権利を声高に訴えたい！、&lt;br /&gt;
その反面、北からの脱北の支援をすると言う、自分の中では”人権”と言う、ひとつのキーワードが成り立ってはいますが、自分自身の中で起こっている、「ねじれ＝よじれ」現象。”在日”として考えたら結果として自分自身が空に唾を吐いてるかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　在日韓国・朝鮮人は、日本の植民地支配という歴史』的な経緯によって日本で暮らすようになりました。80年以上の長きに渡り、この社会で色々な差別の中にあっても、人間としての尊厳と、民族としての誇りを守り、必死の思いで生き続けてきました。行政の不条理や社会的差別を受けながらも、なお在日韓国・朝鮮人として国際政治や南北政府の動向に翻弄されながらも、人としての”誇り”だけをなくすまいと歯を食いしばって生きてきました。日本社会の中にあって、「在日」の存在そのものが、多民族、多文化共生社会の大きな力になると信じ、日本社会が差別のない平和な社会になる事を願って生きてきました。&lt;br /&gt;
　それは、決して歴史への”恨=ハン”だけではありません。又、日本社会に対して植民地支配の歴史を語り続ける事によって、その事実を真摯に反省し、それを元に、同じ市民として共に暮らせる社会を築こうと常に働きかけてきました。それは「歴史の反省」こそが、差別のない平和な社会づくりに繋がると信じてきたからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後、レッドパージによる朝鮮連盟解散を受けて、その主流が朝鮮総連、そして、その左翼思想に反旗を翻して出来た民団組織、個々には色んな問題を抱えてはいても、当時の軍事独裁国家であった韓国政府を支持できない6割以上の在日が、この在日朝鮮人の基本的な権利と財産を守るのが主たる目的とした組織の傘下に集まったのも、しごく当然の成り行きだったと思います。&lt;br /&gt;
そして、その傘下組織の在日の多くが朝鮮総連の組織に加入し、在日として、この社会の逆風の中、生きてきたと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で北朝鮮の広報機関となってしまった組織が、まじめな大部分の在日の知らない所で変貌を遂げながら、北の政権の御用機関と化してしまった所に問題の根の深さがあると思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北朝鮮政府が「拉致疑惑」を一貫して否定し、むしろ、「拉致疑惑」は日本側の完全な”でっち上げ”とまで言い張ってきました。又、朝鮮総連も”でっち上げ”と声を大にして主張してきたのも事実です。&lt;br /&gt;
結果として、この両者は日本社会を欺いてきたばかりか、自分たちの傘下の「在日」を裏切っった事になり、その責任は重大かつ甚大です。そして、今まで、在日社会が、日本社会と同じく”拉致問題”には、ほとんど関心を示してこなかったのも否めません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それ以上に、問題は、北朝鮮（政府）が拉致事件を「不正常な関係にある中で生じたこと」を理由に軽視し、朝鮮国営通信に至っては日本の植民地支配の事例を上げながら拉致事件を正当化する宣伝まで行っていた事実です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　また、在日社会の中でも、植民地支配を引き合いに出して拉致事件を論じる人がいます。植民地支配の歴史研鑽は、それを語り継ぎながら、今の市民社会を明日に向かって豊かにするために用いるものであって、北朝鮮の蛮行を隠蔽するために引き合いに出すものではないはずです。今の日本社会では、こうした言動や態度が「開き直り」としか理解されないことを悟るべきです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、同じように北朝鮮（政府が）”開き直り”の論拠を、日本の「過去の清算」に置いている点でしょう。彼等は「日本は過去の植民地支配を反省したというが、”責任者処罰、謝罪、真相解明、国家賠償”など、全て曖昧にしてきた」と事あるごとに声高に言い放って来ました。今回の拉致事件で、北朝鮮側も、これを真似て、「真相解明」などを曖昧にしようとしているのはあきらかです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、植民地支配の辛酸な過去の被害を受けてきた民族だからこそ、拉致事件は誠実に「謝罪と真相解明」をし、そして国家賠償をするのは当然の事です。拉致事件の「完全解決」で、未来に禍根を残さぬようするのが、北の政権と、それに組織として裏で手を貸した総連そのものが厳しく断罪されるべきだと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　北朝鮮による「拉致事件」が白日の下にさらされた今日、在日社会がこのまま沈黙を続けることが許されるのでしょうか？&lt;br /&gt;
私はこの機に乗じて、捜査当局による人権を無視した「別件」での過剰なまでの”総連パッシング”には当然、抗議し憤りを覚えます。それより、私が危惧するのは&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一、聞こえてこない”総連組織”による日本社会への謝罪と反省。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二、その犯罪を知らなかった、黙認してた、その暴走を結果として許してしまったであろう、傘下組織の人々の中央に対する抗議の声のひ弱さ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
三、”総連パッシングは”結果として”在日パッシング”であるとわかりながらも、動けないで黙認を続け、”人権侵害”のコメントすら出せない民団&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
四、内政干渉？の批判が怖いのか、「在日の人権に対して留意されたし」と暗に、プレッシャーすら、かけられない韓国政府&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私を含めて、今一度、在日が、自分自身を見直し、今、何が出来るのか、何をしなければならないのかを自問自答する、大切な時期ではないかかと思っています。&lt;br /&gt;
韓流ブームは、決して嫌韓の流れを遮ることは出来なかったし、日本の世論が、今までの様に”在日社会”を応援したり同情してはくれません。ともすれば、その長い間の同情こそが、今回の事件を引き起こし、収集のつかない、反省の無い組織にしてしまったのかも知れません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無条件に”北”を支持し、総連を支持してきたであろう、左翼や労働運動の団体も、今こそ、自分たちの反省を含め、愛すればこそ”総連批判”をすべきではないでしょうか？&lt;br /&gt;
北の楽園と、宣伝して帰らせた、日本の政府、日赤、そして報道、マスコミ各社は、今、北パッシングに躍起となっていますが、彼らは、自己批判をしたのでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今になって、「”拉致”は国家犯罪だ。」とわめいていますが、20年前から、民団や被害者家族はその事実を語っています。その時期、日本政府や自民党、野党までもが、そして日本社会そのものが、この事件そのものに感心を示さず、耳を傾けようともしなかったのも事実です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他者を批判する前に、各人が己の非を恥じ、自己批判し、素直に詫びる謙虚な気持ちから新しい出発が、そして、市民の太い連帯が又、出来あがり、それが強い塊となって、捜査当局の不当な人権侵害に抗議する世論となるであろうと思っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、人権侵害を声高に唱える日本政府は、「別件=べっけん」逮捕の繰り返しをし、果たして「人権」を語る事が出来る程、在日外国人としてこの地に生活している人々の「人権」守っていると言えるのでしょうか？そしてその行為を放置している、マスコミは、北の人権侵害、総連パッシングの報道に明け暮れ、足元で起きている人権侵害が見えてるのでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、私たち在日が、第一に抗議するべきは、長年、多くの犠牲の上に培ってきた在日社会の存在そのものを卑しめ、変質してしまった”総連”そのものでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この”拉致”と言う問題が人権問題であるからこそ、この1世紀近く戦って来た”人権”問題がすべて水の泡に化してしまったと言う現実は大きな歴史の汚点であることに間違いはありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今こそ、本国志向ではない、”在日”の為の組織に衣替えしないと、その存続に明日は無いでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今、日本社会の世論の動向を見ながら行われてる、国家権力による「何をしてもスルー！」の、「別件」捜査が繰り返されてる現状を組織存続の危機では無く、在日社会そのものの存亡にかかわってると言う認識を皆が持つべきでしょう。&lt;br /&gt;
日本の世論を敵に回した在日社会が反省せず、過去と同じスタンスで”被害者意識”で居続ける限り、心ある、在日は今以上に風化の一途を辿るでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで、日本社会に対して目に見える形での、努力、変化を見せつけない限り、文化活動や市民運動すら、在日の社会活動そのものが、戦前の様な”肩身の狭い”行動の制約を受けかねないかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後に、現在の北朝鮮の指導者達は、果たして、日本の過去を糾弾し、日朝国交回復を論ずる資格なんかあるんでしょうか？・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
拉致事件被害者、家族の”悲痛な叫び”は、まさに植民地時代にわが民族が上げた”悲痛な叫び”であり、その痛みは在日韓国・朝鮮人が一番よく知ってるはずです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下の発言は、数少ない総連組織から出された謝罪のコメントです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「金正日総書記が拉致事件を認めたことにより、これまでの報道、論調そのものが過ち、誤報であったことが明らかになった。「読者に迷惑を与えたことを率直に反省している・・・いくら祖国の報道を信じ、それに依拠してきたとはいえ、先入観に基づいて展開した編集部独自の検証記事などはジャーナリストとしてあるまじき行為だった」（朝鮮新報：朝鮮総連の機関紙）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「拉致問題が事実であったことは私たちにとって青天の霹靂であり、大きな衝撃を受けざるを得ませんでした。すべての総連の職員と在日同胞もこの予想だにしなかった現実に直面し、言葉を失っています・・・私たちは今、この厳しい事実を前にして言い表せない悩みと痛みを抱きながら『拉致問題はありえない』と明言してきたことに深い自責の念を禁じえません・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　総連組織をよりどころに生活してこられたすべての同胞のみなさまに甚大なる衝撃と苦しみを与えたことに対し、朝鮮総連愛知県本部常任委員会として心からのおわびを申し上げます。かさねて、朝鮮総連の活動を理解し、支持してくださった親愛なる日本のご友人のみなさまと、拉致の被害に遭われた方やその家族のご心痛に思いをはせるとき、申し上げる言葉もありません。また、亡くなられたと発表された方やその家族・・・心より深い哀悼の意を表する次第であります」（朝鮮総連愛知県本部常任委員会）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「在日韓国・朝鮮人の中にも、植民地支配を引き合いに出して、拉致事件を論じる人があるが、憂慮すべきことだ。被植民地支配の歴史は、未来を豊かにするために用いるものであって、北朝鮮の蛮行を隠蔽するために用いるものではない」（在日コリアンのある市民団体声明）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gideok3559/28329339.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Feb 2007 09:15:48 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>日朝国交正常化に関する両国議員団共同声明 １９５５年１０月</title>
			<description>　朝鮮戦争は、停戦条約という形で一旦収束した。&lt;br /&gt;
　残されたものは、破壊されつくした国土と、1000万人を超える離散家族の悲劇であった。&lt;br /&gt;
　日本の植民地支配下から解放されてやっと祖国建設の端緒についたばかりだった両祖国は、解放当時よりも荒廃してしまい、マイナスからのスタートとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　54年8月、朝鮮民主主義人民共和国の南日外相が、『在日朝鮮人は朝鮮民主主義人民共和国の公民である』こと『日本の法律を遵守すること』を内容とする声明を発した。&lt;br /&gt;
　そして、朝鮮と日本の国交樹立を含む諸関係及び、在日朝鮮人の処遇改善について日本と協議を始めた。日本政府は、すでに大韓民国政府との国交交渉を始めていたが、久保田妄言や李ラインをめぐって国交交渉が事実上頓挫していた頃であった。&lt;br /&gt;
　そのような中で出されたのが、この声明であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日朝国交正常化に関する両国議員団共同声明，第一次声明&lt;br /&gt;
平壌　１９５５年１０月２０日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議李英議長の招請によつて朝鮮を訪問した日本国会議員団は，一〇月一八日から一〇月二〇日まで平壌に滞在した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一〇月二〇日朝鮮民主主義人民共和国内閣首相金日成元帥と朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議常任委員会金●｛木へんに科のつくり｝奉委員長は，朝鮮訪問日本国会議員団を接見した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　同接見の席上には朝鮮民主主義人民共和国南日外務相が参席した。 &lt;br /&gt;
　日本側からは，日本国会議員団団長古屋貞雄と高津正道，前田栄之助，原茂，長谷川保，佐々木良作，永岡光治，石野久男等の諸氏が参席した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　相互理解と和気藹藹とした雰囲気のなかで行なわれた同接見の席上では，平和と朝日両国間の外交関係の正常化およびその他の朝日両国の関心事となる当面の一連の問題について意見を交換した結果，次のような重要な問題について合意をみた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一，朝日両国は国交の正常化を実現するため積極的に努力すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　二，朝日両国は未だ国交関係が正常化されていないといえども，貿易の道をすみやかに開くべきであり，これに必要な代表部を設置するため努力すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　三，両国間の文化交流は朝日両国の平和と親善の促進のために有益なことを認め，この実現のため両国は努力すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　四，朝日両国は双方の僑民が自由に自らの本国を往来できるように積極的に配慮すると同時に，国際法上公認された僑民の当然の権利を保障するよう努力すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　五，双方は朝日両国沿岸の公海で朝日両国漁民の自由な漁労活動を保障するための具体的対策を講究するため努力すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一九五五年一〇月二〇日　平壌にて &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議 常任委員会 　　副委員長　金應基 &lt;br /&gt;
朝鮮民主主義人民共和国訪問日本国会 議員団 　　　　団長　　　古屋貞雄 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日朝国交正常化に関する両国議員団共同声明，第二次声明&lt;br /&gt;
平壌　１９５５年１０月２９日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議李英議長の招請によつて朝鮮を訪問した第二次日本国会議員団は，一九五五年一〇月二六日から同一〇月二九日まで平壌に滞在した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一〇月二七日朝鮮民主主義人民共和国内閣首相金日成元帥と朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議常任委員会金●｛木へんに科のつくり｝奉委員長は，同朝鮮訪問第二次日本国会議員団を接見した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　同接見の席上には朝鮮民主主義人民共和国南日外務相が参加した。 &lt;br /&gt;
　日本側からは，第二次日本国会議員団団長帆足計と田原春次，大西正道の諸氏が参席した。 &lt;br /&gt;
　また，この期間，朝鮮民主主義人民共和国政府要人も同国会議員団を接見した。 &lt;br /&gt;
　相互理解に溢れる雰囲気のなかで行なわれたこの会談では，朝日両国の利益に関係する諸問題の題目について率直な意見の交換が行なわれた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　双方は，一九五五年一〇月二〇日調印された共同コミュニケがアジアの平和と安全の保障と朝日両国間の正常な関係の樹立および両国人民の親善と協調を促進させるであろうことを確信しながら，とくに朝日両国の国交の正常化，貿易の開始および貿易関係を発展させるための代表部の相互設置，文化交流の促進，両国僑民に対する国際法上公認された正当な権利の保障，公海上での漁労活動問題等朝日両国間の当面する一連の問題の実践のため積極的に努力することについて合意をみた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今般の会談では，第一次コミュニケの精神に立脚し，その実現を促進させることについて意見を交換した結果，次のような具体的な問題について合意をみた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一，朝日両国の国交の正常化のための両国代表団の会談をもつように積極的に努力すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　二，朝日両国間の相互理解と親善強化を促進させるのに文化交流がもっとも重要な手段であることを認め，一九五六年から次のような措置をとるように努力すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ア，芸術代表団，スポーツ団体，科学者，文化人および大学教授等の相互訪問の組織。 &lt;br /&gt;
　イ，新聞記者，特派員等の相互派遣。 &lt;br /&gt;
　ウ，図書，科学技術文献，レコード，映画フィルムおよびその他の芸術作品の相互交換。 &lt;br /&gt;
　エ，両国のラジオ放送機関の相互協力。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　三，双方は，朝日貿易商社間にすでに締結された貿易協定の正確な実践とそのさらにいっそうの発展のため努力すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　四，朝日両国は，隣接した国家であるにもかかわらず，相互経済交流はもちろん，往来の道までもまったくとざされている。このような非正常的な現実を打開し，両国人民，とくに僑民の自由な往来を保障し，直接的な貿易の開始等のため，双方の銀行間の為替協定，民間航空協定等の締結，商船，旅客船等が出入りできる港の開港等のため具体的な対策を樹立すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　五，日本側は，日本に居住する朝鮮僑民自らによる教育において国際慣例に従い，彼らが朝鮮公民としての民主主義的民族教育をうけるべきであることを認め，そのため各種便宜をはかると同時に，朝鮮民主主義人民共和国の奨学金の給与，不足する朝鮮人教員の補充等の措置に対して協力すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　六，朝日両国は，相互の書信，小包，電信および電話等の正常的連絡のための協定を締結するよう努力すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　七，朝日両国は，自国領域内にある双方僑民の遺骨をそれぞれの本国に送還できるように適切な対策を相互に講究することについて努力すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一九五五年一〇月二九日　平壌にて &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議常任委員会　　副委員長　金應基 &lt;br /&gt;
　朝鮮民主主義人民共和国訪問第二次日本国会議員団　団長　　　帆足計</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gideok3559/28056872.html</link>
			<pubDate>Wed, 31 Jan 2007 21:13:14 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>朝鮮戦争停戦協定 1953年 7月 27日 板門店で 署名後ただちに発効</title>
			<description>長文なので、前文、付則と署名者のみの掲載とする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この条約の一番のポイントは、締結当事者が、米国と朝鮮、中国であるということである。東北アジアの平和を作っていくうえで、もっとも優先的に解決しなくてはならないことは、この条約を平和条約に転換することであるが、そのためには、その三者による合意が絶対条件となる。&lt;br /&gt;
　六者協議は『北』朝鮮の核問題を解決するための枠組みにすぎず、やはり、切実に求められるのは、この三者協議である。とりわけ、まだ国交関係さえない朝米二者協議なのである。&lt;br /&gt;
　私たちは、このことを決しておろそかにしてはならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.linkclub.or.jp/~partisan/museum/2000/teisenkyoutei.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.linkclub.or.jp/~partisan/museum/2000/teisenkyoutei.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝鮮戦争停戦協定 &lt;br /&gt;
1953年 7月 27日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国際連合軍総司令官を一方として朝鮮人民軍最高司令官及び中国人民志願軍司令官を他の一方とする下記の署名者らは、双方に莫大な苦痛と流血を招いた朝鮮衝突を停止させるためにお互い最後的な平和的解決が達成される時まで、朝鮮での敵対行為と一切武力行為の完全な停止を保障する停戦を確立する目的で下記条項に記載された停戦条件と規定を受け入れ、又その制約と統制を受けることに個別的や共同で、若しくは相互間で同意する。 この条件と規定の意図は純然に軍事的性質に属するものであり、これは唯一朝鮮での交戦双方にのみ適用する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第1条　軍事境界線と非武装地帯&lt;br /&gt;
第2条　停戦と休戦のための具体的な措置&lt;br /&gt;
第3条　戦争捕虜に関する措置&lt;br /&gt;
第4条　双方関係政府らへの建議&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第5条　附則&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
61.本休戦協定に対する修正増補は、必ず敵対双方司令官等の相互合意を経なければならない。 &lt;br /&gt;
62.本停戦協定の各条項は、双方が共同で受容れる修正及び増補または双方の政治的水準での平和的解決のための適当な協定中の規定により明確に交替される時までは効力を持ちつづける。 &lt;br /&gt;
63.第12項を除く本停戦協定の一切規定は、1953年7月27日22:00時から効力を発生する。 &lt;br /&gt;
1953年7月27日10:00時に朝鮮板門店にて英文・朝鮮文及び中国文で作成する。 これらの各協定本文は同等な効力を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国際連合軍総司令官・米国陸軍大将・マーク＝Ｗ＝クラーク&lt;br /&gt;
朝鮮人民軍最高司令官・朝鮮民主主義人民共和国元帥・金日成&lt;br /&gt;
中国人民志願軍司令官・彭徳壊&lt;br /&gt;
参席者&lt;br /&gt;
国際連合軍代表団首席代表・米国陸軍中将・ウィリアム＝K＝ヘリソン2世&lt;br /&gt;
朝鮮人民軍及び中国人民志願軍代表団首席代表・朝鮮人民軍大将・南日</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gideok3559/28001565.html</link>
			<pubDate>Tue, 30 Jan 2007 20:03:46 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>海外同胞政策においてすべてに優先すべき韓民族教育 その２</title>
			<description>その１から続く&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全世界に撒き散らされた韓民族&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旧韓末の時代に始まる韓民族の海外移民１００年の歴史は、移民という単語から連想されるような自発的なものばかりではなかった。むしろ、その大多数は韓民族の苦難の歴史の中で流浪を強いられ、世界に撒き散らされたといえよう。&lt;br /&gt;
日本帝国主義による過酷な植民地支配は、まず五百万人にも昇る流浪の民を生んだ。日本人の“植民”はつまり、朝鮮人からの土地略奪を意味し、生活の糧を失った民は、山間部に追いやられ火田民となり、あるいは京城などの都市零細土幕民となる他なかった。&lt;br /&gt;
いつしか“タルトンネ(月あかりの街)”などと美しい名前がついた街では、その日暮しの人々の慟哭が絶えることがなかったことであろう。&lt;br /&gt;
脱亜入欧、殖産興業、富国強兵をスローガンに、アジアではいち早く産業を発達させ、工場や土木建設現場、炭鉱での労働力を必要とした日本。五族協和、八紘一宇という欺瞞に満ちた名目をつけて朝鮮､中国を初めとしたアジアを侵略していった日本。アジア太平洋に侵略戦争を拡大していく中で戦時労働力を必要とした日本。経済格差から朝鮮内よりも賃金が格段に高かった日本。&lt;br /&gt;
少しでもよい生活を望むことが罪となろうはずがない。生活の糧を奪われた朝鮮人は労務者募集に応じて仇国、日本へ渡り、土方となり、炭鉱夫となり、工場労働者となり働いたのだった。&lt;br /&gt;
仕事の内容や給金などの約束が違うなどというのは序の口で、そこは生きては帰れぬタコ部屋、そんなことはその時代ではありふれたことだった。&lt;br /&gt;
『大東亜戦争』が激しくなると、少なく見積もっても六十万人にも昇る同胞が強制連行の被害者となった。その多くは着の身着のままで“拉致”されて、異境の地で強制労働を強いられたのだった。【私の住む東海地方では、代表例として愛岐丘陵地区に密集する地下軍需工場建設(山中のトンネル掘削)が挙げられる。】&lt;br /&gt;
ある者は栄養失調で倒れ、ある者は発破で吹き飛ばされ、またある者は落盤事故で生き埋めになり、果てはダム建設現場で人柱にされ、どれほどの朝鮮人が犠牲になったのであろうか。&lt;br /&gt;
それでも生きていかなければと朝鮮人は生き抜いた。解放当時のその数なんと二百三十万人。そんな歴史を生き抜いてきたのが、私たちの一世の祖父母、父母だったのである。&lt;br /&gt;
植民地支配は、朝鮮人を中国東北部にも押し出していった。韓国併合前後からすでに流出し始めたが、日本帝国主義による偽“満州国”捏造(1932年)後は、積極的計画的な朝鮮人移住政策によって、“満州”移住を強要されていったのである。目的は食糧の増産と、対ソ戦争への備えだった。苦労して開墾した土地は、後からきた日本人に奪われ､それでも生きていくために、荒涼とした凍土に鍬を入れたのだった。解放当時のその数なんと二百十六万人。&lt;br /&gt;
さらに、ソ連の極東地域、朝鮮と国境をはさんで向かい合う沿海州にも、数十万人の朝鮮人が、植民地支配を逃れて流れ込んだのである。&lt;br /&gt;
日本が負け、韓民族は解放された。しかし、日本や中国やソ連にいた朝鮮人がこぞって祖国への帰還を果たすことは出来たわけではなかった。&lt;br /&gt;
解放されたとはいえ､祖国は彼らを受け入れることのできる状態ではなかった。解放直後の混乱期に、祖国に何ら生活基盤を持たない海外居住者数百万人が、一時に祖国に帰ることは不可能だったのである。&lt;br /&gt;
日本についていえば、約170万人の朝鮮人が祖国に帰っていったが、約60万人の朝鮮人は、祖国の状況が落ち着くまでの間、日本で待機することを選んだ。&lt;br /&gt;
解放の喜びもつかの間、祖国は分断され､数年後には史上最悪の同族相殺の戦場となり､南北ともに国土は廃塵と化し、民は生き別れ、心まで荒廃させた。&lt;br /&gt;
大多数の在日同胞は南に故郷を置きながら、政治的には北に共感を示し、結果、祖国を選択できぬまま帰る機会を失った。当時はそれが今日にいたるなどとは思いもよらなかったであろう。&lt;br /&gt;
中国では、約半数が解放祖国に帰還したが、半数は中国内にとどまり、朝鮮族中国人として現在にいたっている。&lt;br /&gt;
ソ連沿海州に逃れた同胞は、更なる流浪を強いられた。1937年スターリンが、対日戦争を想定し、朝鮮人が日本側につくのを恐れて、中央アジアへの強制移住を決定したからである。シベリア鉄道を利用したそれは、18万人に昇る朝鮮人(高麗人・カレンスキー)を、現在のウズベキスタンやカザフスタンなどの中央アジアの荒地に放り出したという。人々は行き先も知らされないまま貨物列車や家畜運搬車に押し込まれ、劣悪な食事や衛生状態、寒さのため、多数の老人や子どもらが命を落とす残酷な旅だったという。&lt;br /&gt;
しかし、かの地での朝鮮人は、荒地の開墾から始め、放牧文化の中で農業というものを根付かせていったのだ。現在ではその子孫がロシアやウクライナなどの在住者も合わせて約50万人に昇るといわれている。&lt;br /&gt;
また、在日朝鮮人の一形態といえるサハリン(樺太)在住朝鮮人の存在も忘れてはならない。&lt;br /&gt;
現在では２００万人に昇るといわれる在米同胞の場合はどうであろうか。公式的な最初の移民船が仁川港を出航したのは１９０２年１２月２２日、船は９３年１月１３日にハワイのホノルルに到着し、１０１人が第一歩をしるした。この移民も祖国が植民地化されていく過程で経済が破綻し、一方ハワイでは農場労働力が要求されていたからだった。しかし、３年後には、その過酷な労働実態が伝えられ、移民政策は取りやめとなった。この３年間では７２２６人がハワイに渡ったという。&lt;br /&gt;
米国本土への移民については、特に日露戦争でロシアが負けたことを契機に「黄禍論」が激化し、それほど増加することはなかったが、戦争終結時には、約一万人が居住していたといわれている。&lt;br /&gt;
戦後の米国移民で最初に挙げられるのは、朝鮮戦争勃発に起因する移民である。韓国に戦争しにきた米軍兵士と結婚して太平洋を渡った『戦争花嫁(Ｗａｒ Ｂｒｉｄｅ)』は６４２３人、米国市民によって養子縁組された戦争孤児は5348人に昇った。そして、留学生がそれに続いた。&lt;br /&gt;
米国移民が本格化したのは、68年7月、米国で東洋人差別状態を改めた新移民法が発効した時からだった。アジア系移民が一挙に急増し始めたが、その中核をなすのが韓国人だった。その背景には、農村が荒廃することで生じた過剰な都市流入人口を経済が吸収できなかったこと、朴正煕軍事独裁政権のもとで社会的葛藤が高まっていたことが挙げられる。韓国人は自由を求めて、アメリカンドリームを夢見て、続々と海をわたり始めたのである。それは他の米州地域にも広がっていった。&lt;br /&gt;
ヨーロッパにおいて最も多く韓国人が居住しているのはドイツである。その理由は、63年に始まる炭鉱夫に始まる労働者輸出にある。当時のドイツは急速な経済発展にともなう労働力不足を補うために、外国人労働者を輸入し始め、失業率の高い韓国がそれに応じたというわけだ。66年からは、女性看護士が文字どおり“天使”としてドイツに渡った。その累計は、1万人を超えるという。&lt;br /&gt;
80年代に入ると、中近東地域への労働者輸出が始まった。今度は灼熱の石油採掘関連施設建設工事に駆り出されていったのである。&lt;br /&gt;
６０年代から８０年代においては、これらの移民奨励、労働力輸出は国策であった。失業率を減らすことが出来、かつ貴重な外貨を獲得出来るという、一挙両得の政策として、彼らは“英雄”としてもてはやされたのである。&lt;br /&gt;
今日の韓国の経済発展の裏にはこのような歴史があったことを決して忘れてはならないはずである。全体韓民族人口の８％にも昇る６００万海外同胞は、韓民族の苦難の近現代ゆえに形成されたのであり、海外同胞の歴史は、必ず祖国の歴史の一部として認識されねばならないのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
海外同胞の人口状況（１９９２） &lt;br /&gt;
地　　域 人　　数&lt;br /&gt;
日本 　　７１２，５１９&lt;br /&gt;
中国 １，９２７，２７８&lt;br /&gt;
その他のアジア 　　　７３，７２７&lt;br /&gt;
米国 １，５３３，５７７&lt;br /&gt;
その他北米地域 　　　７０，１８１&lt;br /&gt;
中南米地域 　　　９２，８６４&lt;br /&gt;
ＣＩＳ(旧ソ連邦) 　　４５８，９２３&lt;br /&gt;
欧州地域 　　　６０，２０７&lt;br /&gt;
中東地域 　　　１１，６１２&lt;br /&gt;
アフリカ地域 　　　　２，６９３&lt;br /&gt;
総数 ４，９４３，５８１&lt;br /&gt;
（韓国外務部発表）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その３に続く</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gideok3559/27946061.html</link>
			<pubDate>Mon, 29 Jan 2007 19:40:35 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>海外同胞政策においてすべてに優先すべき韓民族教育 その３</title>
			<description>その２から続く&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無関心、無策、甚だしくは『棄民』の海外同胞政策&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
韓民族の苦難の近現代史ゆえに形成された海外同胞に対して、大韓民国は一体どのような政策を取って来たのであろう。&lt;br /&gt;
在日同胞に限っていうならば、それは、『棄民』政策であった。&lt;br /&gt;
６５年６月、韓日条約が締結された際、韓国籍の在日の法的処遇を規定する韓日法的地位協定が締結され、一定の要件を満たすものには協定永住権が『付与』された。しかしこの協定は、三世以降の法的処遇を決めず、協定発行後25年、つまり1991年1月までに韓国政府の要請があれば韓日間で協議を行うとだけしていた。いわゆる９１年問題である。&lt;br /&gt;
これは日本政府が民族抑圧と同化政策の推進で在日の三世は存在しなくなると想定していたことによるが、同時に、「在日僑胞は将来同化する運命にある。」とした韓国政府の態度を忘れてはならない。&lt;br /&gt;
韓日条約締結後、在日の分断にも成功した日本政府は、満を持して在日同胞に対する同化政策を本格化させた。&lt;br /&gt;
翌６６年、最初に手をつけたのが、民族教育を抹殺する政治的な狙いを持った『外国人学校法案』であった。その前年の６５年１２月には､｢朝鮮人としての民族性または国民性を涵養することを目的とする朝鮮人学校｣は『１条校』どころか各種学校としても認可すべきではないとの文部次官通達が各都道府県に出されていた｡&lt;br /&gt;
このときの韓国政府の態度は、「数校しかない韓国系学校に比べて朝鮮学校は約１３０校もあるので廃止されると朝鮮総聯側に打撃が大きい」という「反共実利論」を持ち出してこれを容認し、民団をして法案に賛成するように仕向けたのである。&lt;br /&gt;
外国人学校法案が廃案に持ち込まれるや、６９年、在日同胞の政治活動を規制し、強制退去による追放政策を強めようとした『出入国管理法案』が上程された。このときも韓国中央情報部は、「入管法に反対するのは朝総聯の指示でやっている」とし、日本政府の方針に迎合しながら、在日同胞の必死の運動に冷や水を浴びせたのである。&lt;br /&gt;
幸い両法案とも、広範な日本市民の共闘もあって廃案になったが、韓国政府の恥ずべき態度を決して忘れることはできない。&lt;br /&gt;
本誌昨年１１月・１２月合併号に『今新たに、ウリハッキョを創りたい　～民族教育こそすべてに優先する―東亜国際学院という夢～』という拙稿が掲載された。その中で私は、韓国政府及び民団が、朝鮮民主主義人民共和国及び総聯のそれに比べれば、民族教育を何もやってこなかったに等しいと書いた。&lt;br /&gt;
日本において韓国系といえる学校は数校に過ぎないし、当初は韓国政府の支援がない中で、同胞たちの熱意によって開設されたのである。&lt;br /&gt;
実は､韓国政府は､在日同胞のみならず他の海外同胞についても､民族教育に関心を払ってこなかった。&lt;br /&gt;
在日同胞社会では、一般に中国の朝鮮族は韓国語が出来ると信じられているし、在米同胞も、コリアタウンなどでは韓国語で事足りることから韓国語が出来ると思われている。しかし、それは近年急速にそうではなくなって来ている。&lt;br /&gt;
中国では、延辺や吉林などの朝鮮族自治区においては朝鮮語が公用語として認められ、学校でも朝鮮語教育が保証されているのであるが、自治州以外の地域へ出れば、何の保証もされない。&lt;br /&gt;
近年、一部地域の急速な産業化に伴い、若年層が北京や上海､青島などの産業都市に流出しており､その二世世代については放置されているのである。しかも、若い女性の流出がより深刻で､朝鮮族自治州の中では少子化が深刻となり、学校の維持が困難なところが続出しているとのことである。&lt;br /&gt;
北京や上海などの大都市では、朝鮮族の中から自発的に週末学校をつくり一定の成功を収めているとの報告があるが、今のところ、韓国政府が何らかのアクションを起こしている形跡はみられない。学校維持さえ困難になって来ているという自治州に対しても、韓国の市民団体が、実態調査や教師派遣に乗り出しているだけである。&lt;br /&gt;
米国について言えば､コリアタウンは祖国と直結したリトルコリアであり、マスコミに至るまで韓国語世界であるが､一歩外へ出れば､韓国語はまったく効力もなく失われていくという。二世以降世代の同化のスピードは､在日の比でないばかりか、たちの悪い事に､大多数の青年たちは、誤った米国至上意識に毒されていて、韓国語を学ぼうという意識さえまったく欠如しているというのである。&lt;br /&gt;
ここでも、キリスト教会やボランティア団体によって細々と民族教育の場が維持されているのみで、韓国政府のアクションは見られないという。&lt;br /&gt;
日帝時代、ソ連沿海州に逃れた朝鮮人は厳しい生活を送るなかでも、独立軍を支援し、朝鮮民族としての文化を継承するために３８０校もの朝鮮学校を設立していった。しかし、スターリンによる強制移住後学校は閉鎖され、民族教育は否定された。&lt;br /&gt;
現在ロシアやウズベキスタンやカザフスタンなど旧ソ連邦に居住する彼らに対しても、韓国政府は何のアクションも起こしていない。&lt;br /&gt;
在独同胞の場合は、看護士の女性と炭鉱労働者の男性の結婚が、ほぼ同時期であったこと、世代も境遇も共通していることから、同胞コミュニティが自然に形成され、民族教育も週末学校を軸にして熱心に取り組まれているという。&lt;br /&gt;
彼らの社会的地位が決して低くないこと、ドイツという文化的に成熟し、教育に熱心な国に住んでいることもよい作用をしたのであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
海外同胞を一つにする韓民族教育を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これまで長々と海外同胞の形成史と現在の状況について書いてきたが、ここで明らかにしたかったのは、韓国政府は、韓民族の苦難の近現代史ゆえに形成された存在であるにもかかわらず、海外同胞に対して、何ら関心を払ってこなかったし、無策であったということである。&lt;br /&gt;
韓国の国定教科書においても、海外同胞についての記述は皆無である。日帝時代については､相当な分量で､植民地支配の非道さ､たゆまない独立運動のことを詳述しながら､日本や中国への同胞の流浪の歴史には何ら触れていないのである。&lt;br /&gt;
最近になって海外同胞に対する新しい動きが出てきた。&lt;br /&gt;
1999年、『在外同胞の出入国及び法的地位に関する法律』が制定された。この法律の目的は、海外同胞を韓国国内において積極的に活用することであった。が、それは、韓国の国益を考えたに過ぎず、中国の朝鮮族やロシアや中央アジアの同胞など『貧しい国』の同胞を『在外同胞』の定義からはずしていることからも、それは明白である。&lt;br /&gt;
つい先日の新聞には、国内では労働力が不足するいわゆる3K労働に、朝鮮族などの海外同胞を活用しようという動きがあることが伝えられているが、これも、現状を追認しながら、韓国の国益だけを考えているというようにしか聞こえてこない。&lt;br /&gt;
世界韓商大会で、『海外同胞は全体韓民族の宝』と持ち上げられ、２１世紀のグローバルコリアンネットワークの壮大な夢が語られ、興奮を隠せない私が、日が経つにつれて熱気が冷め、一方で疑問が膨らんでくるのは、このような韓国政府の姿勢を否が応でも垣間見てしまうからである。&lt;br /&gt;
私は、この拙稿を締めくくるにあたり、是非、韓国政府に伝えたいと思うことがある。&lt;br /&gt;
それは、今後のグローバルコリアンネットワークを展望するにあたり、今からでも遅くはないから、まずは海外同胞のための政策を立案し実行せねばならないということである。&lt;br /&gt;
そして、その政策の中核にすべきものが民族教育であることは、言を待たない。海外同胞である当事者が、韓民族の一員としてのプライドを持たなければ何も始まらないからである。&lt;br /&gt;
世界韓商大会では、何よりも華僑ネットワークのことが強く意識されていた。&lt;br /&gt;
華僑社会が強力なネットワークを維持しているのは、自らの文化に対する強いプライドと、それを育てる教育であることは広く知られている。&lt;br /&gt;
海外同胞＝世界に撒き散らされた韓民族がネットワークを形成しようという時に、このことを無視することなど出来るはずがない。&lt;br /&gt;
海外同胞政策において、何よりも優先されるべきは、韓民族教育なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
(了)</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gideok3559/27945980.html</link>
			<pubDate>Mon, 29 Jan 2007 19:39:06 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
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			<title>延辺旅行記 ７．延辺あれこれ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-87-c7/gideok3559/folder/1540200/42/27760342/img_0?1169729435&quot; width=&quot;400&quot;&gt;&lt;br /&gt;
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&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-87-c7/gideok3559/folder/1540200/42/27760342/img_2?1169729435&quot; width=&quot;400&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-87-c7/gideok3559/folder/1540200/42/27760342/img_3?1169729435&quot; width=&quot;400&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-87-c7/gideok3559/folder/1540200/42/27760342/img_4?1169729435&quot; width=&quot;400&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　２３日は三合を最終にして、延吉に帰った。帰る車中、少し時間があることに気がついた。それで、何がもう一つしておきたいことがないかなあと考えた時に、ふと、思い浮かんだのが、オモニの健康のことだった。&lt;br /&gt;
　オモニは一ヶ月ぐらい前から、ずっと胃の調子が悪くて、元気がなかった。どういう症状かというと、食べたものが胃から食堂に逆流してくるというものである。病院に通い、胃カメラ検査をしたときは、立ち会ってその状態を見せていただいたのであるが、食堂と胃の境にある幽門が伸びた状態で、逆流した胃酸のために食堂が荒れていた。それで、処方された薬を飲んでいるとはいえ、一向に改善されないのであった。正直に言って、いわゆる化学薬で治るとは思えなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それで、権君にいい漢方薬のお店はないかと尋ねたら、『中医』で有名な先生を知っているとのこと。それでそこに向かうこととした。&lt;br /&gt;
　その先生は、朝鮮族の方で権君の父親と友人で、子どもの頃からお世話になっているのだそうだ。&lt;br /&gt;
　その医院につくと、本当にやさしそうで名医の雰囲気がある。それでオモニの症状を詳しく話すと、メモ用紙を取り出して、いろいろ説明をしてくれた。陰陽の話である。その説明に納得がいったので、すぐに処方をお願いし、ついでに私自身の高血圧の相談もした。今の日本ではあまりやらなくなった触診をひとしきりした後、やはり処方していただいた。&lt;br /&gt;
　オモニの薬はいわゆる煎じ薬で私のは粉の飲み薬であった。&lt;br /&gt;
　カルテを作ってくれて、なくなる頃にまた電話してくれれば、日本に送ってくれるとのこと。実際、日本のお客さんも何人もいるとのことであった。&lt;br /&gt;
　それから、ひとしきり、雑談していたんだけど、この先生は安東柱さんといい、海外同胞の会議にもよく出席してて、海外同胞雑誌にも漢薬の論文が載ったりしたのを見せてもらった。しかも、かの韓昌佑さんもよく知っていて、海外同胞商工人連合会にも参加しているとのこと。いやあ、世間は狭いですね。それで名刺を頂いたら、延辺伝統医学研究所所長で、中国延辺国際公共医系協会の副会長でもあった。聞けば、テレビの健康相談にも出てるとのこと。&lt;br /&gt;
　で、私のウリマルをとてもほめてくださった。今までたくさんの在日同胞に会ったけど、君のように流暢に話す人は初めて会った。君のように話せる同胞はどれ位いるのかと。正直、とても嬉しかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて、日本に帰ってから、かれこれ一ヶ月近くになるが、オモニの症状は確実によくなっている。この薬のおかげなのかどうか、確実なことはいえないかもしれないが、オモニはこの薬が効いたのだと信じている。良い親孝行が出来て、私も嬉しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この日の夜は、冷麺と決めていた。延辺式冷麺は名古屋の朝鮮族の店でも食べていて、美味しかったからとても楽しみだったのだ。しかも、ホテルの近くで、その名も『三千里冷麺部』。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
で、それは、正直、ちょっと期待はずれだった。今度来るときは、やっぱり一番美味しいと評判の店にしようと心に決めた。でも、一緒に頼んだ、酢豚は美味しかったかな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
食後に、権君に、お風呂に行こうと誘い、ホテルの裏手にあるお風呂に行った。三日間の疲れをじっくり癒せればと思ったのだが、このお風呂は、素晴らしかった。最近同胞があちこちで経営しているスーパー銭湯のように、お風呂があり、チムヂルバンがあり、あかすりがあり、マッサージがあり、休憩室があり、食堂もある。そして宿泊することも出来るのだ。実際、ホテルに泊らないで、こういうところに泊る人も多いのだという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　で、私は久しぶりにアカスリをお願いすることとした。ところが困ったことに、朝鮮語が通じない。みんな漢族なんだという。それで、言葉が通じないまま、でんと体を任せるということで、少々不安な気持ちであったが、始めてしまえば、気持ちがいいので、ウトウトとする。で、そのアジョシが、身振り手振りで指示するままに、うつ伏せになったり仰向けになったり、手を投げ出したりしていると、何かおっしゃる。どうも、オプションのお勧めのようである。で、何もわからないけど、この際だからと言うがままに頷いていたら、足の裏の角質取りをしてくれたり、爪切りをしてくれるのである。どんな風にしているのかなあと、盗み見してみると、なんと小刀のようなものでしているのである。真剣そのもの。&lt;br /&gt;
　これが素晴らしい。かかとなどの角質が綺麗にそぎ取られ、それはそれはスベスベ。足の爪なんぞ、いつも綺麗にするのが難しいんだけど、これも見事というほかない。&lt;br /&gt;
　で、最後は、塩とローションでマッサージまでしてくれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その後チムジルバンでウトウトした後、仕上げに、足裏マッサージをしていただいた。これは女性によるものだが、なかなかに力が入っている。痛気持ちいいというのだろうか、思わず声を上げそうにもなったが、必死にこらえた。やはり漢族の方で、話が出来なかったのが残念だった。&lt;br /&gt;
　このお風呂には、あわせて３時間ぐらい居ただろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そしてその日は、権君もホテルに一緒に泊ったのであった。もとよりダブルベッドが二つの広々としたツインルームだったから。この日は、本当にぐっすりと眠った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つづく</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/gideok3559/27760342.html</link>
			<pubDate>Thu, 25 Jan 2007 21:50:35 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
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