にこちゃん教育日記

子どもや教育、そして学校や行政,について考え、動こまい!
  1. 入試問題を分析してもらえる人が見つからない!
    この時期、本当につらい・・・・
    この時期、20年以上こんな思いをしとるんだけど、これってやめられないんだよね。
    大学がずいぶんと入りやすくなっている今、「入試に振り回されなさんなよ」と言いたいのだけれど、それがしっかりと通じるほど世の中甘くない!
    ...
    だからこそ、まずはボクらから見て良いと思われる入試をやってもらうために、最大限の努力をするべきではないかと思う。
    ボクらが交流している国公立大学の場合、高校でしっかりと勉強してきて、それがちゃんと活かされた入試をクリアして大学で有意義な勉強をして欲しいと、間違いなく思ってくれている。
    共通一次試験が出来て以来、30年以上にわたって続けられてきたこの活動があるからこそ、10を越える大学から、幹部クラスのスタッフの参加を得てお互いの思いを確かめ合う場を持たせてもらえているわけだ。
    高大接続が注目され、昨日の文科省の発表がニュースで大々的に取り上げらられるような時代になった今、これをやめるにはもったいなさ過ぎる。
    入試問題の分析に関しては、「そんなこと、ボクにはできない」と言って断られることがよくあるけど、高校生を教えている側からの思いを素直にあらわせば良いだけのこと。「忙しくてそれどころではない」ともよく言われるけど、大学に入れていただくために、大学に振り回され、で、本当に力のある生徒を大学へ送り出せているんだろうか?
    などとあれこれほざいてみても、話は進まない!
    昨日発表された高大接続改革、報道はほとんど大学入試センター試験にかわる試験のことだったけど、よく見ると上から要求ばかり押しつけられ、それを押しつけられる現場への人的配慮があるとは思えない。
    それで良いのかなぁ・・・・
    優先順位をやりくりして、「こんな事態はおかしい!生徒にちゃんと勉強してもらうことが出来ない!!」と訴えてこういった活動に取り組むって無理なんだろうか?
    ただ、最後の14年間=学校完全5日制になって以来進学校と名の付くところに勤めさせてもらっていないボクは、進学校の異常な忙しさが理解できていないらしいんだけどね。

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超ご無沙汰!
ブログの投稿方法まで忘れてました。

ただいま「大学入試問題の分析と批判」作成の時期に入っています。(ほかの組織には4月早々から取り掛かっているところもあるようですが、実質個人営業の岐阜の場合、年度初めのバタバタがひと段落した連休明けにとりかかるようなことになってしまっています)。
で、この活動をやっていて気が重いのが、問題の分析を引き受けていただくまでの交渉です。もう20年来やっているのですが、こちらもうまく説明できていないので、お願いした方の多くが、どうしても「解く」ことに気持ちがいってしまわれるようなのです。...
そして、活字になる以上責任を持たなくてはならないという思いからか、なかなか気軽には引き受けてもらえません。
もちろん「忙しすぎる」という根源的な問題もあるでしょう。
しかし、僕らがいちばんこだわりたいのは「大事な教え子を大学へ送り出すにあたって、少しでも良い問題、良い制度で大学へ進み、そこで思い切り勉強してもらいたい」という一念であって、目に見える形である大学入試問題が僕らの思いにかなっているかどうかという視点で、大学入試について大学との交流会を持ち、大学入試問題の分析と批判に取り組んでいるのです。
この活動をやってきて、強く印象に残っていることが2つあります。(何回かお話したことがあるのですが、ともかく読んでください)
一つはとある飲み会で、岐阜大学で元入試担当の副学長をやっておられた方から「みなさんにこっぴどくたたかれましてねぇ」と言われたことです。
ちなみに、岐阜大学は、岐阜大学を受ける高校生にとってどんな形の入試問題が良いのか、かなり前から積極的な研究を重ねておられると、ボクは受け止めています。
分析をお願いした原稿を読んでいても、受験生にとって酷だという批判はほとんど見られなくなりました。
ただ、地域科学部の小論文は別ですが、これはこれで学部の学際的性格をどう高校生にアピールしていくか検討を重ねられてきた結果打ち出された方針だとボクは受け止めていますし、地域科学部の先生方の勉強会に呼んでいただいた時もそんな空気を感じました。
ちなみに、その場で、今度の入試改革で今のような小論文入試をはたして続けられるのかどうか、非常に気にかけての発言がありました。
もうひとつは、岐阜薬科の数学の入試問題で、「受験生にとって難しすぎる」とのコメントを入れさせてもらったところ、数学の出題責任者と思しき先生から「もう少し具体的に説明してもらわないと、問題を作った先生の次回の雇用契約に関わってくるからよろしく」と言われ、急ぎ別の数学の先生にコメントをもらい持参させていただいたことです。
文章は匿名で発表しています。
ただし、冊子の表紙に参加高教組の名前はしっかり入れていますので、現場で高校生に接している者の素直な思いが原稿化され、何かあったときの対処は当委員会及び組合で責任を持つという意識でいます。
以上のことを考えに入れ、ご自分でなくとも、こういったことに関心のある知り合いとかお見えでしたら紹介していただけると幸いです。
また、今回はどこかの教科で、問題を見てもらって、意見を聞かせてもらい、ボクが原稿化して、チェックしてもらって発表するといったことも考えています。
具体的には看護学部を考えているのですが、岐阜大学、県立看護大の入試に向けるポリシーが微妙に違っていて面白いことから、じゃあ高校側としてはどうしてもらいたい・・・・的な文章はできないかと、漠然とですが、考えています。
また、三重県の高教組が今過渡期で、なかなかつきあってもらえず、そんなことならと、三重の問題も手に入れました。
あれこれ長々と書き連ねましたが、少しでも意識していただけたら幸いです。

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部活動について思う

今、NET上で部活動について話題になっています。
 
 
 
ボクは部活動は地域のクラブに任せるべきだと思っています。
20年くらい前にこの件に関して議論した頃は、クラブの指導者に問題があり「任せられない」という結論になってしまったのですが、最近では(岐阜の場合)いろいろなスポーツでクラブが成立、指導も20年前よりは教育的(合理的)な指導ができているようです。

そして、特定スポーツの指導をしたい教員は、勤務時間を厳守して、勤務時間外でクラブスポーツを指導すれば良いわけです。

そうすれば、エリートクラブを指導したい人はエリートクラブへ、そうでない人はそれなりのクラブで指導することが可能で、指導者がいないクラブや、指導者とメンバーのミスマッチなどということは避けられるのではないでしょうか。

大阪の悲劇にしても、そうなっていたら避けられたのではないでしょうか。実績を残した指導者でも、学校は転勤してもクラブはずっとおなじところで指導することが可能になります。

実は、ボクの場合まったく素人だったバスケットボール部の顧問になって、通算20年になるのですが、この間過重な負担を感じたことはありません。高校の場合、基本的には2人顧問なので、どちらかは休める体制でやってきました。
進学校にいた時は、岐阜県の場合模擬試験の監督なんかも回ってくるのですが、そちらは拒否し続けました。(おかげで評判が悪かったという話もありますが・・・・)
土日休みになってからは、日曜日は基本的にはやっていません。
朝練は絶対にやりません。
部員が休むことに関しては、基本的には本人の意志に任せています。

今年、復帰したのですが、土曜日の練習は、朝8時半からはじめて必ず午前で終わるようにしています。

そんな部活ですから決して強くありませんが、それ以上のことを望まれても受け入れる気はありません。
部活で評価されるようなことがあったらお断りです。

お金も極力かけません。
何万円もする資料や道具は絶対に買いません。

・・・・長々とここまで書いてきたのですが、この方針で30歳から今まで、途中10年近くのブランクはあったのですが続けてこられました。

で、何が言いたいのかというと、今の教員の多くが実に「いいひと」で、言われたことを素直に受け入れすぎではないかと言いたいのです。

教師だって労働者、法で保護されている範囲は絶えず意識し、プラスアルファはボランティア、無理なことは無理と断る。この意識を持ち続けることが大切だと思うのです。

おそらくは「そんなことできない!」と言われる方が少なくないと思います。けれども、無理をして自分の身体を壊すことと比べれば、決意を固めて断る方がましなはずです。
 
と、FBの知人の投稿へ書き込んでみたのですが、中学校と高校ではわけが違うようです。
で、そうなると、学校では部活の面倒は見られない。=部活は地域のクラブで面倒を見る。
そして、その指導の一翼を担うためにも学校の多忙化を解消し、教師が地域へ出よう!
 
というわけです。
 
そして、そのためにも、教職員の労働条件を改善していくべきだし、それをすすめていく教職員側の団体である教職員組合は欠かせません。

そんな思いで教組の役員も続けてきたので、管理職へのお誘いは皆無でした。けれども、部活で関わった教え子たちと卒業後楽しい時間を持つことが出来ているのでボクの方針は悪くはなかったと思うのですが・・・・

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昨日はちょっとしたパーティーがあり、アルコールありということで、タルテツで出かけた。
岐阜の会議後いったん帰宅し、タルテツ16時50分谷汲口発飲み会直行便に乗った。
 
パーティは楽しく、さらに平均年齢オーバー50歳というメンツでカラオケに行った。ただ、ボクは田舎暮らしの悲しさで、最終に乗るべくものの30分程度で席を立つしかなかった。
 
60歳に手が届くところまで来たボクは、最近おとなしく帰ることも増え、この日もタルテツ21時21分発帰宅最終便に乗った。そこにはいつもの光景があったんだけど、今年も繰り返されるいつもの光景に、なんだか悲しくなってしまった。
 
谷汲口で降りるとき、塾帰りの受験生が車内で勉強しているのを見た。土曜日まで半日か1日か、塾へ行ってきた帰りなんだろうけど、ボクとしては「土日までごくろうさん!」ととても言えない。
学校での課題を家でじっくりと学び直すということをなぜやらないのか?塾の学習スペースで一人黙々と学習に取り組むのが流行っているということもわかっている。しかし、くつろげる場所で、リラックスして勉強に集中することから生まれてくる力というのが何物にも代えがたいものだと思うが、その点はどうなのか?さらに、塾が流行り、そんなところでしか勉強できないと高校生の多くが思い込んでしまうと、親の資金力で学習環境が変わってくると言うことでも問題だと思う。また、こういった学習は、悪く言えば人の視線を意識しながらやる学習であり、やらされ、追い込まれてやる勉強ということで、本当に本人の力になっているのか、ボクは怪しいものだと思っている。おまけにその内容の中心が暗記や問題演習ということになるといかがなものか。
 
こうでもやって、センター試験で点を取らないと良い大学に受からないからというプレッシャーがそうさせていると言うこともあると思うが、良い大学に入学したところで、その後が保証されるわけでもない。むしろ、頭が柔らかい青年期のうちに、もっともっと知的好奇心を磨く方が将来にとって有効だと思うのだが、どうだろうか?
 
実は、帰りのタルテツでもう一人、好対照の女子高校生を見たことでさらに気持ちが暗くなった。
 
その高校生らしき女の子は行きも同じタルテツに乗っていた。とっても短いスカートで、つけまつげを付け、どこかへお出かけといったところだった。ワンマンレールバスの最前部、料金箱に一番近いシートに座ってでスマホをいじくっていたので、目に付く格好が視野に入ってきて、印象に残っていた。それが、帰りも同じタルテツだった。谷汲口で降りた。
農業用軽トラで家の人が迎えに来ていて、自転車を荷台にのせて帰って行った。
 
別にそれ自体悪いことでも何でもないし、これをうちのクラスで「何だか気になったんだよね」と言っても笑い飛ばされるのがオチだけど、ボクにとっては不自然に受験勉強に埋没する高校生と、不自然に行動パターンだけ大人じみて、中身はどうだかわからない高校生と・・・・
 
そこで、学校ってどういった存在なんだろうと・・・・いつも考え込んでしまう。
 
現代の高校が、高校生の意識がとうの昔に学校の外に行ってしまい、それを規則やら単位で一生懸命学校につなぎ止めようとしているようでたまらない。親だって、昔のようには学校を信じてなくて、極端な話高卒の資格さえもらえれば御の字だと思っている親も少なくないのではないか?
 
どうしたら良いのか、こんな時こそ生徒一人一人を縛るのではなく、大切にする教育、そして保護者も含めて、生徒と保護者をしっかりと見届ける姿勢が必要だと思うのだが、この忙しい学校社会で取り組むには膨大な時間がかかり、かけた時間に対する成果という点では非効率で説得力に欠ける。いろいろあって11年間担任を持つことがなく、こういった思いで取り組むHRでの実践の積み重ねは実質ゼロ。でも、あと実質50日程度しかない3年の担任クラスでこの点にこだわり続けて、現代の高校教育に求められるものについて考えていきたい。
 

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 今年度転勤して、3年の「世界史B」を1クラス持てることになった。
 前任校で「地理A」と「現代社会」を中心に担当、時たま「世界史A」というパターンに飽き飽きして身にとって、2年生で2単位履修した後の継続履修3単位というのは実に楽しみだった。おまけに、8月にリリースされたサザンオールスターズの「ピースとハイライト」で批判された現代史学習のことや、その後来日したオリバー・ストーン監督の日本のあり方に関する指摘が、ボクのやる気をたきつけてくれた。
 おまけに、3年生に「世界史」を履修せずに、「世界史」の履修が終わっている本校に転校してきた生徒がいて、目標50時間で「世界史A」のマンツーマン指導をすることになり、ここで感触をためして、授業で実践するというパターンを取ることができた。そこで、この2パターンの世界史の授業を使って、効率的にボクが日頃考えていた近現代史教育を実践することができた。
 
1.50時間の「世界史A」
 放課後や夏休みに取り組んだ「世界史A」はとても良い実践研究の場になった。条件は50時間を目指すということのみ。評定を出さなければならないということもなかったが、生徒もマンツーマンという状況ではやるしかなく、結局はまじめに付き合ってくれ、評定もしっかり出させてもらった。本来あまりまじめに授業に参加するというタイプの生徒ではなかったが、後半はそれなりにおもしろかったようだ。50時間のうち半分は20世紀の歴史を扱った。
                                         
    1   導入:世界史Aの授業をすすめるにあたって
 2・3  明代までの中国史
    4   清帝国と東アジア
    5   ルネサンス・宗教改革・大航海時代
    6   オランダの独立・イギリス革命・アメリカ独立革命
    7   ここまでの学習のまとめ
 8〜10  フランス革命と産業革命(3時間目に「ベルサイユのばら」アニメ視聴)
 11・12  1830年頃のフランス(マンガ「レ・ミゼラブル」を読む)
 13・14   1848年前後の英仏
15〜17 南北戦争とその時代のアメリカ情勢(映画「風とともに去りぬ」部分視聴)
 18・19  清帝国とその周辺地域の19世紀の歴史
 20・21 深まる国家と民族の対立(19世紀末〜20世紀初頭の帝国主義の歴史)
 22・23  17〜19世紀ヨーロッパ史復習とまとめ(プリント使用)
 24・25  第一次大戦前の世界
 26・27  第二次産業革命と大衆社会の出現(映画「MODERN TIMES」視聴)
  28   第一次世界大戦とロシア革命
 29・30  第一次世界大戦の歴史的意味を考える (映画「西部戦線異状なし」部分視聴)
  31  第一次世界大戦後のアジア(五・四運動と三・一運動)
  32  大戦間のヨーロッパ                                                   
   33   ファシズム
    34  第二次世界大戦
    35   第二次世界大戦(続)
    36   ユダヤ人虐殺を学ぶ(NHKスペシャル「映像の世紀」より)
 37・38 日系アメリカ人にとっての第二次大戦(ドキュメンタリー「誰も知らない日系アメリカ人の歴史」視聴)
  39   アジアの戦後
  40・41 国際連合と冷戦
  42   第二次世界大戦後のアジア(まとめ)
43〜45 映画「プラトーン」観賞
 46・47  ベトナム戦争とそれ以降のアジア情勢
 48〜50  (75分×2)冷戦の終結と社会主義諸国の変容 /3・11とその後の世界
           
2.3年1組と「世界史B」
 「世界史B」を受け持った3年1組というのは、本校でも学習に対する動機付けが最も弱いクラスといえる。かといって、クラスの32人全員の学習意欲が全くないなどということは考えられないわけで、要求を最低レベルに落とすことはない。ここまで、学ぶことのおもしろさや意義を見つけられずにここまでやってきているという見方もある。
 また、こちらの要求を下げすぎると学ぼうとしない生徒が出てくることも大いに考えられるので、ボクは覚えてもらうことと考えてもらう(感じてもらう)という2つの視点から授業を組み立てるようにしている。
 
 ただ、「覚えてもらう」と言ってもきりがない。覚えてもらう量が増えれば増えるほど、「歴史は暗記科目」だと言ってそこから逃げ出す生徒を作ってしまう。それをつなぎ止めるのが受験なのだろうが、あいにく本校に入試で次の学校にチャレンジする生徒はほとんどいない。したがって、覚えてもらうことは極力減らす。漠然と時間が流れているというイメージがつかめれば良いとさえ考えている。
 しかし、譲れないのが今の社会がどういったかたちで出来てきたかと言うこと。
 「資本主義」というのがどんなところから出来てきたのか。労働者がどうしても搾取される対象であるということ。戦争という行為がどうしてこんなに大規模なものになってしまったのか。そして、しつこく続くのかを考えること。
 19世紀までの歴史に関しては、本校のような学校で考えてもらうためのネタ(教材)に限りがあるが、20世紀以降の歴史に関してはさまざまなネタがある。これまで使ってきた「西部戦線異状なし」「モダンタイムス」「プラトーン」というネタに加え、2単位の世界史Aでは使いこなせなかった「NHKスペシャル・映像の世紀」を使うことで生徒に迫ってみた。

3.PLATOON
 前任校は工業高校で男子生徒が90%以上ということから、「世界史A」を受け持ったときは、映画「プラトーン」を2時間見てもらって授業を終えることにしていた。 しかし、今年度は十分に時間があるということで、最初からこの映画を全編見せることを授業の最後の部分の柱に考えていた。全編で120分のこの映画は、3時間かけてじっくり見てもらうにはちょうど良い。(かなり刺激の強い=リアルな描写のある映画なので、「世界史A」で女子に見てもらい、「世界史B」での対策も考えた)
 
【以下、生徒の視聴ノートから】
前線で活動する小隊にはどんな人が多かった?
・薬を使って頭がおかしくなっている人や新兵が多かった。
   →そうなんだろうか?前線が過酷な状況だったので、薬物で紛らわすしかなかったんじゃないかなぁ?

その小隊の隊長バーンズ(トム・ベレンジャー)は冷酷非情、顔の深い傷痕が証明するように過去何度も死線をくぐりぬけてきた強者だ。班長のエリアス(ウィレム・デフォー)は戦場にありながらも無益な殺人を犯してはならないという信念の持ち主。その他、様々な個性を持つ兵士たち13人の小隊は、人間の最大の罪悪といえる戦争の真っ只中に放り込まれる。ある日、ベトコンの基地と思われる小さな村を発見した。
 
バーンズはどんな人物?
・生き残るため、村で虐殺をする。しかし、現実を見ている。
  任務をこなすために人を殺した。人間らしくない。
・すごい力のある人。でも、きらわれている。
 
エリアスはどんな人物?
・情け深く、人間らしい。かわいい。命大切にする熱い人。心の優しい人。

バーンズは真実を吐かない村民を銃殺した。バーンズの非情さに怒りを爆発させたエリアスは殴りかかった。「軍法会議にかけてやる」と叫ぶエリアスと、彼の平和主義的言動に心良く思っていなかったバーンズの対立は決定的となった。そして――大規模なベトコンの大部隊との戦闘が間近かに迫ったある日。エリアスが単身、斥候に出た時、後を追ったバーンズが卑劣にも射殺してしまう。やがて、ベトコンの大部隊と凄まじい接近戦が始まった。圧倒的な人海戦術の前に次々と倒れていく戦友たち。悪夢のような一夜が明けた。傷つきボロボロになったクリスの前に、バーンズが息も絶え絶えに倒れていた。エリアス射殺のことを気づいていたテイラーは、バーンズに向けて怒りの引金を引いた。.
..
戦争ってどういうもの?
・戦争とは、多くの犠牲を伴うもの。他の国同士の戦い。戦争は決してしてはいけな いものだと思いました。できるだけ外交上の話し合いで決めるべきだと思います。 戦争で人は大きく変わってしまうもの。
 
・戦争は、人々の考え方や心の持ち方が変わってしまうようなできごとで、人々が簡 単に殺されてしまうような世界であるので、人々は命を大切にして、戦争はしない ことがやっぱり平和につながると思った。
 
・この映画では、ベトナムの真実を描いている。米兵による民間人のぎゃくさつから りゃくだつなどまで、さまざまなことを描いて、戦争とはなにかを表している。し かし、戦争をひはんするだけじゃなくて、戦争はどういうものか学ぶ必要がある。
 
・戦争はひどいと思う。国民の1人1人の意見がとおっていないにもかかわらず、上 の人だけの意見で決めてしまう。上の人は安全で、普通の人や兵隊は被害にあい続 ける。ひどいことだと思う。戦争をしても、お互いに傷つき合うだけで、何人もの 命を失うだけで、話し合いで解決した方が絶対に良いと思う。最近、無人機という ざんこくな物まで出てきているので、なんとかしないとと思います。
 
 生徒の書いたことを見てもらえれば、真剣に映画を見て、考え、感想を書いてくれたことがわかると思う。さらに、考えたことの定着をはかるため、定期考査でも以下のようなかたちで取り上げた。
 
13年度3年「世界史B」学年末考査  より
Ⅳ.ヴェトナム戦争と東南アジアの歴史に関して、以下の文章(省略)をもとに問に答えなさい。

問1.ヴェトナム戦争は、どことどこが戦った何戦争を受けてはじまったものですか。
 
問2.ヴェトナム戦争は、南ヴェトナムで、政府の独裁に対して民衆が立ち上がったことがきっかけで始まった戦争ですが、ここで抵抗した組織を何と言いますか。 その略称を答えなさい。
 
問3.ヴェトナム戦争を契機に東南アジアに共産主義の勢力が広がるのを防ぐために、東南アジア5カ国が結成した組織とは何ですか、その名称を答えなさい。(正式名称でも略称でも可)

問4.映画「プラトーン」から何を学びましたか?どんなことでも良いのでまとめな  さい。・・・・感想の内容と長さで評価します。
 【解答例】
・戦争をしているのは、上官にあやつられている人形じゃなくて人間なんだと、怒り を覚えました。兵士一人一人にそれぞれの考えがあって、家族があって、理想があるということに気づきました。国の利害のために戦争をすることほどおろかなこと はないと思いました。(男子)
 
・日本の戦争の映画では日本軍が英雄のようにかかれているが、プラトーンではそう ではなく、自分の軍で行われていること、薬や小さな争い、そして無抵抗の人を殺すということまでかかれていて、あらためて戦争の汚さやおろかさを学ぶことがで きた。(男子・・・・この生徒は「永遠のゼロ」を見ています。

・映画の中の話はとてもひどいと思いました。どの人を見てもまだ若いし、戦争に行きたくてきている人はほとんどいませんでした。最初は、まだ部隊としては保てていたが、途中からは自分の命を守るために仲間をうらぎったり、仲間どうしでもめて殺したりしていました。戦争の相手は人間です。同じ人間どうし、自分が死にたくないなら相手も死にたくない人たちです。なので、戦争は絶対にだめだと思いま した。(男子)
 
・戦いは、何も解決せず、かんけいない人までまきこむということ。そして、何もかも殺せばいいという考えと、命を大切にするという考えだけがちがうだけで、一緒に戦っている仲間を殺してしまう。日本の戦争でも、沖縄の人達を守るために来た はずなのに、殺したり、ガマから追いだしたりして、自分のことしか考えてないから、むごいことだし、わすれないためにも、もっといろんな映画(戦争の)を見るべきだと思った。そして、次の世代にも教えるべき。(女子)
 
・私は、戦争ものの映画は得意じゃなくてあまり深入りしては見れなかったけど、あらためて戦争・命・武器にいろいろと考えさせられた。自分の生きるため、自分の国を守るためなら手段を選ばない戦争は、今でも嫌いです。いつ戦争が始まるのか分からなくてびくびく生きていた人の気持ちを考えると、複雑な気持ちになりました。
今を大切に、堂々と生きたいです。(女子)
(この映画には残忍なシーンも含まれているため、前もってそういうものが苦手な生徒は目を伏せるなり、どんな姿勢でいても良いと言っておいた)
 
問5.ヴェトナム戦争はアメリカにどんな変化をもたらしたか、2つ答えなさい。

 時あたかも映画「永遠のゼロ」が話題になっており、対極に位置するとも考えられる「プラトーン」の訴えかけるテーマは重い。ボクの気持ちとしてはより多くの生徒に「永遠のゼロ」を見てもらい、その上で「プラトーン」を見てもらいたかったが、その魂胆(下心?)は叶えられなかった。それでも、見てきた生徒の感想(2人目)は的を射ているのではないか。
 「考える力」「感じる力」というのは誰にでもある。ということで、授業の中で生徒の心を動かすような問いかけをすることは大切だと思う。先に、このクラスの生徒達の学習意欲に関して、決して高くないと書いたが、筋道をたてて授業を進め、内容のしっかりとしたネタを投げかければ反応してくれる。ボクの経験でも、「西部戦線異状なし」を、事前の授業が不十分なまま見せて失敗した経験がある。しかし、ここまでしっかりと授業を積み上げることができた今回は、3時間かけて見てもらった映画を、ほとんどの生徒がしっかりと見てくれていたは言うまでもない。
 
4.生徒に何を求めるか
 学年末考査の最後に以下のような問題を出してみた。ただ、これに関しては欲を出し過ぎたようだ。
 
Ⅴ.冷戦後の世界について、以下の問に答えなさい。
問1.冷戦終結が宣言されて以来中東では大きな戦争が3度起きていますが、2003年3月、ヨーロッパのいくつかの国が慎重論を唱えるなか、アメリカが侵攻した国とはどこですか、答えなさい。
問2.冷戦後、米ソ両大国の押さえがきかなくなった世界は、紛争を繰り返し、事態はますます深刻になっている印象さえ受けますが、これに対して世界はどう対処すべきか、自分の思うところを簡潔にまとめなさい。
【解答例】
・戦争を無くすために、話し合わなければならないと思いました。(男子)
 
・世界ではまだいろいろな問題をかかえており、また戦争がおきては悪化するから、 どちらかが一歩退き、協力していく必要があると思う。(男子)
 
・どちらかが助けを求めてきても、耳をかしたりしてはいけない。力をかすともっと 多くの犠牲が増えると思うから。(女子)
 
5.ボクの歴史教育観
 今の政権が河野談話を見直すことを考えているようだ。しかし、その不自然さを暴いたところで、問題の本質が変わるとは思えない。むしろ日本の指導者たちの中に見られる女性蔑視の考え方があぶり出されるだけだろう。(13.02.21.朝日新聞インタビュー 冷泉 彰彦 http://www.asahi.com/articles/DA3S10990455.html
 さらに悪いことには、こういった指導者達の歴史観を教育現場に押しつける動きが進んでいる。
 
 世界的に見れば、史学の役割は人間誰もを尊重する今の世界の考え方を、時間の流れの中で裏付けることではないだろうか。天皇中心の、2650年以上にわたる(これもあやしいものだが)由緒ある国の歴史を顕彰するためのものではないはずだ。
 一方で「国際化」を強調しても、独りよがりの勝手な歴史観を持った国が相手にされるとは思えない。
 「敗北を抱きしめて」培ってきた当たらず障らずの歴史教育がここへ来て曲がり角に来ていることは確かだと思う。けれども、そこで独りよがりの歴史観に陥るのではなく、地域(東アジア)で協力して進んでいくためにはどうしたら良いかを考えるための歴史教育であるべきだと考える。
 日本は日本なりに、そして韓国は韓国なりに、中国は中国なりに抱えている歴史上の問題点というのがあることはまちがいない。せっかくそれを共同して研究し、正していこうという動きがあったものを今の3国の政権がそれぞれにぶちこわそうとしているのが現状ではないか。そこで、それぞれに冷静になって歴史を考えるべきではないか。ボクとしてはそのための歴史教育をすすめていくべきだと思う。

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 2014年朝日新聞の年頭特集はズバリ「教育」・・・・なんだけど、どうも違和感を持ってしまう。ただ、そうは言いながら「じゃあおまえらここまで何をやってきて、何ができたんだ」と言われたとき、学校内でどれだけ成果を上げてきたかということになると何も言えなくなる。
 ボクは、教職というのはただの職業のひとつだと思っている。かつては聖職だと言われることもあったようだが、聖職視されていたからこそ陥った不幸の方が多いように思えてならない。たとえば、他人を殴ることが許されてきた職業などというのは特別な職業なるが故のことだろう。サービス業に従事する人が客を殴るなどということは考えられない。というか、まさかそんなことを考える人はいないだろう。
 教職が、(日本のような国の場合)職に就いた当初から人を指示できる職業であると考えられているいうことも、考えてみればおかしいのではないか。また、教育という営みがより完全でなければならないと構えてしまうことで、教師も完全であらねばならないとなり、反論を恐れ、萎縮し、教育の質を落としてきたということがありはしないか?「絶対」というものが保障されない現代において、絶えず完全であることや正しいことを目指す作業というものにどれだけ意味があるのか?いろいろなレベルで議論を重ね、生徒があらゆる考えを巡らし、自分なりに結論を見いだしていく、こういった作業こそ人の育ちにとって最も有益だと思う。
 ボクは、教職の究極は、子どもの知的好奇心を呼び起こし、あれこれ考え、自分なりの判断を進めていくのを手助けするということだと思う。そこでは、ボクラは指導者であるというよりも、時には援助をし、時には少し勢いをつけてあげる存在であるべきなのではないかと思う。ただ、そうなるとボクラにはそれなりの力量が求められることになる。だから、教育職という職業に求められることは多い。僕自身はそう考えるようになったのだが、公教育の性格上、安全であること、平穏であることが求められることが中心になってしまう今の学校でこれまで何ができたかということになるとたいしたことはできていない。それどころか、子どもたちに植え付けられてしまった「勉強観」を突き崩すことさえもできていない。
 そんな現状があり、悪く言えばその逃げ道として学校の外での「平和ゼミ」とか「ようこそ先輩平和課外授業」とか、若者との関わりがあるとも言える。
 そこで話は戻るが、朝日新聞の年頭特集に違和感を感じたのはなぜか。
 家庭で基礎的学習を済ませ、学校で分からない箇所を確認し、教師の指導でこれを補うような反転授業が本当に成立するのか?それにともなって、全員にタブレットPCを持たせるようなことが可能なのか?持たせたからと言って生徒がみんな家で学習してきてくれるのか?塾と学校が協力して・・・・というので良いのか?
 今のままで良くいないことは十分に分かっているが、もっと大切なことはないのか?
 へそ曲がりのボクは、フィンランドの教育がもてはやされてきた昨今、人口の少ないフィンランドの教育をそう簡単に見倣えないと思ってきたが、今回の朝日新聞の途中の端々にもっと強い抵抗や疑問を感じた。 
 けれども、公教育が陥ってしまった隘路からそう簡単に抜け出すことが出来ないということもまた事実だとは思うので、今の公教育でやっているカイゼンレベルではどうしようもないだろう。
 ボクは、あくまでも学校教育の力を信じたい。
 教え込む教育はもうこれくらいにして、どの子も伸ばす教育に転換するよう、まずは教師の意識改革から取り組むべきなのだろう。そして、そこから少人数教育の必要性を、教育を受ける側が感じられるようしていくのが良いのではないかと思っている。
 さらに言えば、特定の価値観や評価に縛られないよう、子どもたちに様々な「場」を用意し、子どもたちがいろんな方向に伸びていくことが出来るよう、制度を整えていくべきなのだろう。
 年頭にあたって、FBでボクの教育観を長めにまとめてみたいと宣言し、三連休の最終日、ちょっと時間をかけてみたが、内容は尻切れトンボになってしまったし、何より他にやらねばならないことが山積している。というわけで、この辺でキリを付け、ブログにアップしたいと思うが、これをたたき台に何度も書き直し、ボクなりの教育観を見直してみたいと思う。

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世界史の公開授業

授業改善のための勉強会で授業を公開してほしいと言われた。
 
チャレンジャーのボクは、もちろん引き受けた。
しかも、地理の授業でお茶を濁せばどうってことないのをあえて「世界史B」、20世紀の歴史で授業を見ていただいた。
 
ということは3年のクラス、そのことを生徒に言ったら「なんで今さらボクらのクラスでやるんだ?」と言われた。
 
で、前回報告した歴史教育に関するボクのこだわりについて説明し、
だからこのクラスなんだ・・・・ということをわかってもらった。
 
ただ、10年前にまったくのよそ行き公開授業で大恥かいた経験があるので、それなりに準備した。
 
前2時間は、今回と同じように視聴覚室でNHKスペシャル「映像の世紀」を見せ、パワーポイントを使った授業をした。さらに、その前には、もうちょっと歴史を考えるヒントになりやすい、映画「西部戦線異状なし」を見て戦争について考える授業をやった。
 
そうやって伏線をしっかりと張って、世界恐慌とファシズムの台頭について考える授業をやった。
 
結果は大満足とまでは行かずとも、それなりに満足できるものになった。
何よりも「このクラスの生徒達がこんなに反応するとはおどろいた」といったようなコメントをもらえたのは良かった。
 
考えることは誰でも出来る。これをもとに現代史の学びを進めていきたい。
おかげさまで映像資料はたんまりある。
 
そんなわけでこれからも十分に楽しませてもらえそうだ!
受験指導に時間をかけなくてはならないみなさん、ゴクローサン!!というと顰蹙を買うだろうか。(笑)
 
 
 

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「世界史」の授業

ところで、最近世界史の授業をやってて楽しいんだけど、それがなぜか、何となく見えてきた。
前任校の7年間、ほんの少し、しかも2単位しかやれず、「現代史を教えない」云々という歴史教育批判に関して、自分の考えを試す場がなかったというのか・・・・
何か不完全燃焼だった。
 
ボクは「現代史を教えない」批判は若干的外れじゃないかと思っている。
教えていない学校、教えていない教師も少なくないかもしれないが、センター試験を受けさせているような学校では、現代史を教えていないなんてことはあまりないと思うが、・・・・ボクがそういったたぐいの学校の歴史教育から10年以上はずれているので、実態はわからない。
 
ボクは今年、入試に関係ない「世界史B」の後半部分を1クラスと、転校してきた生徒で、このままだと世界史を履修せずに終わってしまうので、放課特別にやっているマンツーマン「世界史A」をやっていて、覚え込ませなくても良い「世界史」をやりながら、サザンオールスターズとオリバーストーン監督からいただいた課題に自分なりに向きあうことが出来ていて、これが楽しいのだ。
 
社会科の教師が「社会科は暗記ではない」とよく言うが、日本の場合客観式の試験が評価の根本にアリ、そうすると、それなりに覚えなくてはならないので「暗記科目」になっていってしまう。
で、そんな教育を受けてくると[誰が誰と、どこそこの戦いでどうした」といったようなことが面白い、そんな歴史好きを育ててしまうのではなかろうか。
 
でも、本当に意味があるのはそこじゃないと思う。
 
マンツーマン「世界史A」授業は、放課後のバタバタするなかで、しかも多くの高校で履修の条件としている35週の2単位=70×2/3 を上回ってキリも良い50時間やるといことで始めている。
 
教科書の前のほうは退屈なので思い切り飛ばして、30時間にさしかかった今、20世紀の学習をはじめた。
 
先日、資本主義の成立、労働問題の発生、第二次産業革命と帝国主義とやってきて、チャップリンの「MODERN TIMES」を見せた。ボクが教員になった頃、この映画を「巨大なシステムに巻き込まれる個人」を考えてもらうために使い始めた。しかし、2時間連続で見せながら考えたのは、「格差社会」のことだった。
さらに「西部戦線異状なし」の冒頭の高揚した教室の部分と、主人公がそこに戻ってきて後輩達に戦争の無意味さを訴える部分を見せた。
 
どちらも、ボクが主張したいことはしっかりと受け止めてくれたようだった。
 
どちらも1930年代の映画だが、今に通じるメッセージがふんだんに盛り込まれている・・・・
 
そうやって考えると、19世紀後半からの1世紀ってものすごく重要な意味を持っているのではないだろうか。
現代史を第二次世界大戦後の歴史と考えるのなら、東アジア史も含め、じっくりやるのならこのあたりのほうが良いのかも知れない。
 
とは言っても早めに勧めてきたおかげで時間はどちらもたっぷりある。
「世界史A」のマンツーマン授業でいろいろと探りながら、
1クラス32名の「世界史B」でボクなりの形を作っていきたいと思っている。しかも、このクラス、月〜水の3日連続3単位授業で、映画を見せてまとめる授業がやりやすくなっている。
 
なにせ「世界史A」は、評価は自在、1人に対してテストをやるといっても作る時間が半端ないので、理解を確認する問いかけと、授業に向かう姿勢で評価すると言ってある。
「世界史B」も単位をもらえれば良しと言った生徒が半分はいる状態で、変わったことがやりやすい環境だ。
 
そんなわけで現在「世界史」を楽しんでいる。
ただし、生徒の多くは勉強が嫌いだし、言われることを深く考えずにこなしていくタイプの生徒も少なくない。
 
しかし、それを入れても「楽しんでいる」と言い切れる今の気分・・・・なのです。
 
 

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