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鎌倉時代初頭の美濃須衛四耳壺です。
骨董主コメント抜粋です。
瀬戸の四耳壺は時々見かけますが、
美濃須衛となりますと…う〜む!超貴重品…
解りますよね! ん? 知らない…?
だとしたら、ちょい〜と勉強不足と言われても仕方ありませんョ!
猿投の影響を受けて成立した窯で、
土は猿投以上ともいわれ、もち灰釉を施してます。
この壺は、一部分を除き、
ほとんど釉はカセのため、剥げ落ちております。
でも、堅く焼き締まった土味や、肩の張り、美濃須衛ならでは…
口の内寸 65mm前後、高さ 約197mm。
口はすべて欠けておりますが、
耳は1つにちょっとの削げがあるだけで、
水漏れもありません。超ベリグッ!
高台内側に窯傷による亀裂はありますが、
見込み内には少ししか見えませんし、
石ハゼや窯傷等水漏れの心配になる要因がありながらも全く漏れはありません。
(骨董主コメント抜粋)
――・――・――・――
土味、品格、形と抜群です。
おそらくは、中国の四耳壺の写しでしょうが、
肩から高台へキュッと締まった感じは、
端正な印象を与えています。
また、四耳の線刻意匠、高台も丁寧な作りです。
省略していませんね。嬉しいことです。
釉の流れた後、石ハゼが味わい深く、
口縁周りや僅かに残る灰釉も楽しいです。
中も綺麗です。
この壺の用途は、
貴族が酒などを入れて愛用していた、と思います。
そしてその主人の死後は、その主人の埋葬用に使われたことでしょう。
美濃須衛は各務原(かがみはら)周辺ですから、
私の地元に近いです。
でもあまり眼にしませんネ。
で、私、手を挙げました。
――・――・――・――
灰釉陶器は素焼きのものに、植物の灰を釉薬として用いた焼き物です。
この焼き物も緑釉陶器と同じように、生産地が限定され、
愛知県の猿投窯・篠岡窯、岐阜県の美濃須恵窯、
静岡県の清ヶ谷窯・旗指窯が有名です。
これらの製品は当時の生産・流通を考える上で重要です。
(抜粋)
良い週末を!
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こちらにコメント書こうと思ってたら、用事が出来、出ている間に骨董のコメントをいただいていまして・・・。素人で何もわかりませんが、この壷灰釉のかせた感じが趣があります。形も優美で気品がありますね。これに萱を生けると、侘び寂びの心ですね。800年前の陶工の心が伝わってくるようです。
2006/7/22(土) 午後 2:32
陶志朗さん!こんにちは。萱、映えますネ。下名には風雅がなく、壺は我部屋にひっそりと佇んでいます。この壺は、フォルムだけ見ていても飽きません。カセにより精製された土味が器に柔らかさと無骨さを同居させてくれました。貴台コメントに感謝です。
2006/7/22(土) 午後 3:25 [ gigei10 ]
鎌倉時代初期美濃四耳壺、は珍しいですね。鎌倉時代の美濃壷は、 なぜか?三耳壷が殆どでした。鎌倉初期は泥を手に擦り付ける上釉で、 カセやすく、すぐかけ釉が現われる。 美濃は綺麗な貫入のとろっと、した釉です。瀬戸と美濃では土の違いで判る。 三耳壷だと、美濃が殆どでした。昔は沢山発掘品が手に入ったが、今は? 30年前の話です。太聖
2006/7/22(土) 午後 7:05
歌人太聖さん!今晩は。ご教授有り難うございます。大先輩のお方より珍しい、と言われ嬉しさまします。下名はもともと初見なのです。バシッ、と手を挙げました。さらに追加画像を出したくなります。次回掲載骨董も力入れます。有り難うございました。
2006/7/22(土) 午後 7:16 [ gigei10 ]
窯跡発掘か土中埋め発掘か... 「 四耳壺に宋銭ありて堀出され 口かけ底穴 骨壷想う 」太聖 7.22
2006/7/22(土) 午後 7:21
歌人太聖さん!今晩は。おそらく土中埋め発掘、と思います。気持ちは窯跡発掘?
2006/7/22(土) 午後 7:26 [ gigei10 ]
歌まで戴き感謝申し上げます。
2006/7/22(土) 午後 7:28 [ gigei10 ]
写真お借り致します。太聖
2006/7/23(日) 午後 0:32
歌人太聖さん、こんにちは。ご紹介を頂き恐縮です。感謝。
2006/7/24(月) 午前 10:50 [ gigei10 ]