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高柳恵里の木の作品・優しい積み木!
題 Wood Block
素材 木・ニス サイズ 236×165×133(H)mm
制作年 1999年
組み立て方の説明書と写真付き
単純に木のものゆえ、
親しみを感じ寄って行きますでしょ?
で、積み木?で、積み方を観て…
考えちゃう…何を?
ど、ど、どうしてこれが現代美術だと…。
積み木をミツメテ…去っていく貴方!!
す、す、少しだけ…お時間を?
――・――・――・――
先ずは籐の作品に対する高柳氏インタヴュー記事を抜粋します。
【編集室】あえてカテゴリーを語るとすれば、
これはやっぱり“工芸作品”ではなく“芸術作品”なんですね。
【高柳】そうだと思います。工芸性も“素材”とした芸術作品かなぁ、と。
【編集室】モノとしての籐だけが“素材”ではなく、
工芸の様式そのものも素材である、という事ですね。
【高柳】はい。様式や歴史、あるいはこうした籐工芸を取り巻く生活環境だとか。
【編集室】諸々のモノやコト。形あるもの、形なきもの。
全てを含めて“素材”である、と。こうした諸々に埋没し、
あえて取り込まれるよう自らを追い込みつつ、
逆に素材として取り込んでもいく…そんな感じですね。
ところで、こうしたまるで籐工芸品のような“芸術作品”を、
工芸品のショップとかではなく、現代美術のギャラリー等に展示すると、
見る人はちょっと戸惑いを覚えるかもしれません。
そこには、高柳さんの“美術”あるいは“芸術”の制度に対する、
ある種のアイロニー(皮肉)もあるのですか?
【高柳】アイロニーというか批判精神は、ない訳ではないので、
出るべくして出る程度です。ただ、その為だけの作品というのは、
あまり面白い事ではないと思います。
美術に限らず、あらゆる制度というのは、なるべくしてなっていると思いますし、
私もその一角にあるのでしょうし。
それよりも、作品と一対一で向き合ってもらって、
何かを感じてもらう事が出来るか…そちらの方に関心があります。
【編集室】なるほど。ユーモアとしてのアイロニーや批判精神は良きスパイスになるけど、
それが強すぎると、批判の対象という第三者が介入してしまい、
一対一の対話が出来なくなってしまう。
微妙なさじかげんですね。高柳さんの作品を前にすると、
ユーモラスな一方で、目と目を合わせた対話が出来る…
そんな印象をいつも覚えます。
【高柳】いろんな要素を取り込んだ、ひとつの小宇宙であればなぁ、と。
それ自体で自己完結してるような。
自由な精神で、一対一で対話出来るといいな、と。
そんな感じです。
(抜粋)
――・――・――・――
まだ…去らないで…。
そして、別のインタヴューで、「ミニマリズムも、主義云々以上に、
視覚的にマッチョになっていく感じがします」、
と高柳氏は応えています。
作家が木を削り、ペーパーをかけ、ニスを塗りました。
そしてこのように設置すると指示を出しました。
喜んで手を挙げる人は少ない?
木です。日本人って感覚が先にくるのです。
自然や風土を意識してきた私達には、
空間とか概念とか…ではないのです。
モノの理解には触感性が優先してしまいます。
次にブロックです。大きさはちょっと大き目。
これを組み立てる指示書により、
イメージができる空間があるのです。
日本人って大きな空間を必要としてきませんでした。
このことが、空間をイメージ化、意匠化できるのです。
日本人は、触感性もイメージも
視覚から発展していないのです。
高柳氏はこれらのことを充分考察しています。
インタヴューの応えに
「様式や歴史、あるいはこうした籐工芸を取り巻く生活環境だとか。」、
と。
(そして、そのことを西欧の新表現主義を踏まえて、)
日本固有な表現のエッセンスを構造化てみせた、
のではないでしょうか。
単純な造形ですが…もがき?が感じられるのです。
新表現主義って…案外、人気ありませんが?
ミニマルからどう超えて?もがいて?きたか…
お時間がある時にでもお調べ願えれば嬉しいことです。
私が説明すると…くどい。ガハ。
次回(後になります)の高柳氏作品は、
ドローイングをご紹介します。
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ご存知だと思いますが、今日DMが来ました!
中村一美 存在の鳥2 南天子画廊
Part1 2008/6/16-7/5
part2 2008/7/8-7/26
2008/6/5(木) 午後 0:24 [ hir*j*_k ]
去らないで、去らないでと懇願される伎芸天さん、ダイジョウブ去りません(実は昨日おサルの記事を書いて少々サルには飽きましたから、笑)
う〜ん、フローリングの床にその作品ーユーモアとアイロニー・・・・。
フローリングが線路のように続いていく途中にこの形、は何か訴えてはきているようなと私の心は感じました
でも現代美術って何回みても難解(?)
2008/6/5(木) 午後 0:27
積み木の角の丸みに触りたい!!で・・・指でなぞってみたりしたら、きっと、触った感じはこんなかな〜?、重さは???ウムウム・・・なんて、想像したりしちゃいますね☆決まり事や知識がないと、理解できないってされてる様式のものより、”自由な精神で、一対一で対話出来るといいな”・・・とおっしゃっていられるような、精神状態で臨める(?!・・・向き合える?!)現代美術って、私、好き!!です☆
2008/6/5(木) 午後 1:44
積み木ってフツウの奴だと 丸とか三角とかあるのに
これは四角のみ?
2008/6/5(木) 午後 2:00 [ pap**topet*o2*18 ]
芸術って凡人にはなかなかわからないものも多いんですね・・・・
2008/6/5(木) 午後 5:46
たしかに!!見た瞬間、触ってみたい☆って思いました!
日本人は、平面で表現することに長けてるって聞きますが、空間認知が弱いってことなのかしら?西洋人と、知覚・認知する方法が違うのかしら。。。たしかに、「空間」を意識したり、捉えたりする機会って、身近に少ない気がします。
でも、そういう視点を教えてもらうだけで、新しい発見がどんどん飛び込んでくるので、これから、そういう感性を磨きたいです♪
2008/6/5(木) 午後 6:25
現代美術は製作する立場だと面白くて楽しいけど
鑑賞するほうの立場になると???なことが多いですよね。
木の温もりが伝わってくるよい作品ですね。
これは眺めるのだけではなくて、触れてみたい作品です。
やっぱり日本人は木との繋がり深いのでしょうね。
2008/6/5(木) 午後 8:11
この積み木!
手ざわりよさそうですね。
触ってあそんでみたいです。ぽち!
2008/6/6(金) 午前 4:02
hiroju_kさん!こんにちは。ご無沙汰をしています。お元気ですか。知りませんでした。大体、情報には疎いのです。有難うございました!
2008/6/6(金) 午前 10:29 [ gigei10 ]
たあちゃんサン!こんにちは。「見猿 聞か猿 言わ猿」の記事、学ばせて頂きました。感謝。
訴えてきたとのこと。それだけで嬉しいことです。
この記事は少々大袈裟に書き過ぎた、と思っています。
自然物の提示ではなく加工品の提示。
その加工品がまたまた変てこな形に組まれ・・・対話がはじまりますね。
2008/6/6(金) 午前 10:57 [ gigei10 ]
secbonbonさん!こんにちは。クドイ記事を読んで頂き感謝に堪えません!作家は、世の中の動きから隔世した存在ではありませんから、繋がっていますね。世の中の事は、時間の流れの中にあります。存在と時間…哲学の命題です。
現代美術が好きっ!とのこと心強いことです。有難うございます。
2008/6/6(金) 午前 11:35 [ gigei10 ]
papettopettoさん!はじめまして、こんにちは。
鋭いご指摘に感謝。この題名は「Wood Block」ですね。ブロックというとコンクリートをイメージしますが・・・そんなズレも楽しい?
積み木は、分かりやすく表現させて頂きました。
2008/6/6(金) 午前 11:36 [ gigei10 ]
とけいサン!こんにちは。下名の説明が貴台の時計説明のように明確でないために、難しくしています。
もっとシンプルに書きますね。
変なの?で結構です。そして気になったら是非、お調べ下さい。
2008/6/6(金) 午前 11:36 [ gigei10 ]
yukojiさん!こんにちは。その通りです。貴台の読解力は素晴らしい!有難うございます。
椅子を以前紹介しています。お時間のある時にでも見て下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/gigei10/24732942.html
2008/6/6(金) 午前 11:36 [ gigei10 ]
licaさん!こんにちは。日本人固有の表現を模索しています。西欧の動向に影響されながらも・・・もがいていますね。それを軽やかに♪です。
貴台の周りには、草木が多くあります。下名は、コンクリートに朝から晩まで囲まれています。ウンギャ。
2008/6/6(金) 午前 11:37 [ gigei10 ]
Kさん!こんにちは。私、遊んでいます!
ポチに大感謝です。
2008/6/6(金) 午前 11:37 [ gigei10 ]
トバさん!こんにちは。3件も有難うございます。ガハ。
2008/6/6(金) 午前 11:38 [ gigei10 ]
木の感覚…なるほどね
日本の住宅、たとえば「床の間」
布団を敷けば寝室になるし、布団をたたんで押し入れに収納すればリビングにもなる…
淡路島に行った時、いざなぎ神宮の社務所の白髪さんという方が、おっしゃっていました
日本の建造物は木でできている…その理由として、日本人は形を後世に残さない…。
そのかわり、血を残す…血で繋がっていく…「いざなぎ」と「いざなみ」の「クニウミ」がまさにそうで、「くにづくり」と言わないところがまさにそうかと…
ああ、これが、縄文時代から続く、日本人の連綿とした感性なのだな…と…
2008/6/6(金) 午後 1:35 [ shizuko ]
shizukoさん!こんにちは。なるほど、でしょ。
今は、多くの事が人間の知恵という世界だけで計られます。
そして、振り回されています。
淡路島の話・・・学ばせて頂きました。
感謝申し上げます。
2008/6/6(金) 午後 3:10 [ gigei10 ]